kk28_60-62

既に立春が過ぎたものの、まだまだ寒さの続く二月中旬。
その日を迎える度に、この国の人間は本当にお祭りごとが好きなのだと実感する。
とは言え、彼女自身もまた、この国の人間の一人であり――

「どうぞ、霧切さん。アイドルの手作りチョコです!」
「……ありがとう」

あっという間に普及した新たな文化、友チョコなるものを甘受するのだった。


「義理チョコなんてもう古いですよ。時代は友チョコ、ファミチョコ、MYチョコです!」
「なんだか『チョコ』がゲシュタルト崩壊しそうだよ……」
「その割には先ほどから一切手を止めることなく食べ続けていらっしゃいますわね、朝日奈さん」

言葉通りの幸福を噛み締めたような表情で、机の上いっぱいに広がったチョコレート菓子を次から次へと頬張る朝日奈を、セレスが呆れたように見ている。
もっとも彼女の方も優雅な仕種で舌鼓を打っており、女性が甘い物に弱いというのは、古今東西変わらないようだ。

女性から男性へ、愛情や懇意を込めたチョコレートを贈るというのが、この国のバレンタインデーの風習である。
しかし近年では、同性の友人に贈ったり自分で食べたりすることが増えてきて、この仲良しクラス内ではもっぱらそちらが主流になっていた。
放課後の教室内で机を寄せ集めて、飲み物やら使い捨て食器やらまで持ち込み、さながらお茶会の様相である。

もっとも、腐川だけはいつものように、十神を追いかけてさっさと帰ってしまったのだが。

「ちょっと見てみろよ、男子共が羨ましそうな目つきでこっち見てやがんですけど!残念でしたー、あんたらにやるチョコなんざないっつーの!
 義理すら貰えないドーテー君たち、うちのお姉ちゃんより残念っ!」
「じゅ、盾子ちゃん……そんなに煽らなくても」
「男子の皆さん、ヨーロッパでは殿方がご婦人に気の利いた贈り物をするのが一般的ですわ。私への貢ぎ物なら随時、受け付けておりますわよ」

「だーもう、ウッセーよッ!オレ童貞じゃねえし、つかここは日本だろが!義理チョコの一つや二つくらい用意しとけアホアホアホォ!!」
「オイ桑田、それは負け犬の遠吠えってヤツだろうが!硬派な男はチョコなんざいらねえんだよコラァ!」
「オメーのそれも十分負け組の言い訳だろうが!」

一部の女子が煽り、一部の気の短い男子が乗せられて騒ぐ。特に珍しくもない、いつもの日常風景だ。
周りが愉快そうに笑ったり、苦笑いを浮かべていたり。楽しそうな面々に、ポーカーフェイスを徹底しているはずの霧切の頬も緩くなる。

きっと少し前の彼女ならこの賑やかさを嫌ってさっさと帰っていただろう。随分変わったものだと、自分のことながら客観的に考える。
今でも、一人の方が気楽だと思う気持ちも無い訳ではない。それでも、級友たちを邪険にしようとは思わない。

そんな自分の変化を決して良くないことだとは考えなくなっていた。
放課後に友チョコパーティーをしようと誘われて、ベルギーで作られたという高級チョコレートを、女子の人数分用意するくらいには。

「舞園さんと大神さんは手作りなんだね……上手だから市販のかと思っちゃったよ」

近くの机で不二咲とゲームに興じていた苗木が、甘い匂いにつられたのか興味深そうに振り返った。
感心したような彼の発言に、褒められた二人はやや照れ臭そうな顔をする。計算も何もなく、天然でそれだから恐ろしい。

「ふふ……もう、苗木君ったら。褒めてもチョコはあげられませんよ?残念ながら異性にはあげない、ってみんなと約束してますから」
「あ、いやゴメン、欲しい訳じゃなくて……って、違う今のは失礼だよね、えっと」
「でも苗木君ならこのクラス以外の女性から貰えそうですよね……結構モテてそうですし」
「そ、そんな訳ないじゃないか!後で家族から貰うくらいだよ……」
「ハア?何あんたわざわざ家族がチョコレート送ってくるワケ?うーわー愛されすぎてて軽く引くわー!」

舞園と江ノ島にからかわれ、苗木は顔を紅潮させて懸命に反論している。本人は必死そうなのだが、傍から見るとじゃれ合っているようにしか映らない。
女子が集団でいる時に男子は決して口を挟んではいけない――以前、そんなことを誰かが呟いていた気がしたが、割と正論なのかもしれない。

とはいえ満更でもなさそうな苗木の表情に、霧切は知らずと手袋を固く握り締め、眉間に刻まれそうになる皺を何とか理性で押さえていた。
男子達からも何とも言えない妬みのオーラが垣間見える。針のむしろと化した苗木だが、本人は幸か不幸かまるで気づかない。

「霧切よ、あまり食べていないようだが……もしや、甘いものは苦手だったか?」

苗木を見ていたのもあるのだが、それ以前から貰った菓子にほとんど手をつけていなかったことに気付かれたようだ。
大神が心配そうに声をかけてきた。その気遣いにほんの少し微笑みながら首を横に振る。

「いいえ、後でコーヒーを飲みながら食べようと思うの。よく合うし、疲労回復にもなるから」
「ほう、そうであったか。……ならば我も、後ほどトレーニングの際にはプロテインコーヒーと共に……」

正直その組み合わせは合わないと思うのだが、他人の好みに口出しはしたくないので黙っておく。

「え、インスタントコーヒーならここにあるけど……飲まないの?ほら、魔法瓶にお湯入れて来たから、すぐ飲めるよ?」
「せっかくだから豆から挽いて、淹れたてのを飲みながら食べたいのよ。部屋にコーヒーメーカーがあるから、帰ってからね」
「ふうむ、流石は真・ミステリアスな洋風美少女・霧切響子殿……ティーバッグの紅茶で満足するような単なる西洋かぶれとは違う、本物の拘りをお持ちなのですなッ!」
「おいそこのド腐れ豚野郎、今のは私への宣戦布告と受け取って宜しいんだなァァテメエェェ!!」

山田とセレスが絡みだし、葉隠がこっそりと菓子を摘もうとしているのに気付いた朝日奈が騒ぎ出し、職員室から戻った石丸が怒り出し。
何やかんやで結局いつも通りの、男女が入り混じった喧噪の空間が完成していた。

結局上品なお茶会とはいかなかったが――紙コップに注がれた茶を飲みながら、こんな日常もいいものだと、霧切はこっそり笑みを浮かべた。




解散して全員が教室からいなくなった後で、最後に戸締りをし、鍵と日誌を職員室に戻しに行く。
一礼して退室、これで日直の仕事は終わり。
特殊な学園であってもこんなところは普通の学校と変わらないなと、苗木は寮への道を歩きながらぼんやりと考える。

寄宿舎に着くと、周りに人がいないことをさり気なく確認。
その足が向かうのは右側手前から二番目の自室のドア――ではなく、その隣。
一番手前のドアの前に立つと、鍵がかかっていないことを既に知っていた苗木は、インターホンも鳴らさずに自然な動作で中に入った。

「おかえりなさい」

そこは自分の部屋ではないのだが、部屋の主から非難されることなく迎え入れられる。
ドアの鍵を後ろ手で閉め、ただいまと返事をしながら、ふんわりと鼻孔をくすぐる香ばしい匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
コーヒーに拘りを持つ彼女の淹れるその香りは極上である。

実はクラス内に恋人がいると言ったら、あの賑やかなクラスメイトはどんな反応を返してくるだろうか。

「どうしたの?締まりのない顔をして」
「いや……なんか、新婚さんみたいだなーと思って」
「……馬鹿なことを言ってないで、さっさと座りなさい」

言われた通り椅子に腰掛けてテーブルに目をやれば、先程教室で見たチョコレート菓子の一部が、ちょうど半々に分けられて置かれている。
そこに彼女が淹れたばかりのコーヒーを二人分並べれば、用意は終わり。
前もって約束していた、二人だけのチョコレートパーティーだ。

元気のいい仲間たちに囲まれて騒ぐのも好きだったが、二人でいると実家にいる時のように寛げるし、安心する。
その空気感が、苗木はとても好きだった。

「ねえ、霧切さんからの手作りチョコは?」
「ないわよ。言ったでしょう、異性にはあげない約束なの。……ところで、誰が家族ですって?」

朝日奈提供のチョコドーナツを頬張りながら聞けば、戦刃提供の銃弾型チョコクッキーを齧りながらジロリと横目で睨まれる。
江ノ島相手には話を合わせたが、実際には苗木の家族はわざわざチョコレートを送ってきたりしないし、霧切はそのことを知っている。
苗木が貰うアテが、霧切一人であることも。

「いや、とっさに口に出ちゃって……それに、そんなに間違ってもいないからさ」
「……、あなた、ちょっとは……」

慎みなさい、とでも言いかけたのだろうが、結局途中で言葉を切った彼女は、むすっと膨れてコーヒーを啜る。

その頬が薄らと染まっていることも、左手で三つ編みをいじるのが照れ隠しであることも、きっと自分以外は誰も知らない。
そう思うと、意地っ張りの彼女がより一層愛しくてたまらなくなる。
可愛い彼女の頼みでなければ、クラス全員の前で堂々と付き合っていると宣言したいくらいに。

「……ね、どのチョコレートも美味しいけどさ。どうせなら霧切さんが食べさせてくれると嬉しいな」
「…………他の女性に鼻の下伸ばしながらイチャついてるような、浮ついた男はいやよ」
「……じゃ、勝手に貰うね」

やや強引だったが、大して抵抗がなかったので、思う存分彼女の口内に残る甘い味を楽しんだ。
時間をかけて味わいすぎたせいでコーヒーが冷めてしまい、彼女の機嫌を損ねてしまったのはもう少し後の話。

――彼女のやきもちが見たくてわざと女子の会話に割って入ったと知られたら、また怒らせてしまうのだろうか。


おわり

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