Oの始まり/嗤う運命(中篇) ◆/kFsAq0Yi2



「……村上達だけじゃない。今は、金居だ」

 純一が考えていた通りのことを、フィリップが口にした。

「彼から雄介を助け出さないと」
「――となると、病院に行くということに変更はないだろうな」

 仲間を想うフィリップの真摯な主張に、乃木がそう具体的な方針を付け足す。
 ――純一の、期待通りの物を。

「金居を放置して奴に手札を与えるよりは、病院に来る可能性があるのなら罠を張る方が利口だろう。殺し合いに乗った愚か者だとわかった以上、遠慮することはない」

 待ち合わせしていたという割には、乃木の言葉は金居への遠慮と言ったものが一切ない。元々、少しでも自分に都合が悪くなれば潰すつもりだったのだろうと純一は推測した。
 殺し合いに乗っているかどうかはともかく、こいつはフィリップ達のように甘くはない――危険な相手だと、改めて認識しながら純一は一歩前に出て、力強く主張する。

「ええ。まずは五代さんを助け出しましょう!」

 病院に向かい、おそらくそこに後から来るだろう金居をこのメンバーと共に迎え撃つ。それは純一にとっても好都合なことだ。金居から地の石を奪える可能性が生じると言うのは無論、そこでの乱戦を利用して乃木や海東と言った厄介な奴らを始末する機会も得られる。金居が来なくても病院は既に激戦区である可能性は高いが、それはそれで他の参加者を減らしつつ乃木や海東の隙を誘うなど、最終的な勝利のために利用は可能。
 正体の秘匿とそのための目撃者の抹殺・フィリップの扱い・村上と野上の悪評を広げることなど、常に頭の中で整理なければならない問題は多いが、少なくとも何もせずどこにも行かずでは事態は好転などしないだろう。病院に行くことで地の石入手の可能性が生じるなど、それが優勝に繋がるのなら、虎穴に入らずんば、という奴だろう――何故虎なのかは知らないが。
 純一の真摯な訴えに、乾は強く頷いた。

「ああ。このまま放っておいたら、今病院に居る奴らが危ねえ……天道なら、迷わず行くはずだ」
「――もしも既に病院が戦いの舞台になっていたらどうするつもりだ? 後でライジングアルティメットとの戦いを控えているのに、わざわざ消耗するのか?」

 口を挟んだのは秋山だった。乃木怜治が乾に天道総司について詳しく聞いたため、その過程で何故カイザに変身する必要があったのか、という疑問の声が上がり、そこで彼らが変身制限を知らなかったという間抜けな事実が浮き彫りになった。

 既にそれを知っている乾が居なければ黙っていられたのだが――そうすれば、この高慢な乃木も軽薄な海東も、もっと楽に殺せるというのに。

「――君達人間諸君には辛いことだろうが、状況によるとしか言えないだろうな」

 乃木は――実際は反応を伺うためだろうが、フィリップを気遣うようを一瞥して呟く。

「敵はあの天道が、本気を出せない状況だったとはいえ歯が立たなかったような相手だ。殺し合いに乗るような愚か者ならば、放置して金居にぶつけてやる方が良いだろう。――場合によっては、友好的な参加者を見殺しにしなければならないこともあり得るな」

 その主張にフィリップが申し訳なさそうに乃木を見るのを、純一は視界の端に収める。
 実際には残酷だなど夢にも思っていないだろうが、直前に少年を気遣う姿を見せたことや己が人外であることの強調で、乃木は人間ではないことを理由にして敢えて嫌われ役を引き受ける優れた人格の持ち主であると周囲に思わせようとしているのだろう。
 無論、純一の他にも勘の良い者達にはこれが白々しい芝居だと勘づかれているかもしれないが、直前の視線で乃木が最も利用したい相手だろうフィリップにそれとなく主張したことで、本丸には十分に自身の偽りの姿を印象付け、好感を得る結果に繋げてみせた。
 単に蓮の言葉に対する彼の反応を観察するための一瞥に、偽りの気遣いを混ぜただけで、だ。

 既にヒトに非ずと言う、対人での交渉に不利な事実をイレギュラーの乾に暴かれたにも関わらず、自身の人間蔑視も、本来の冷血さも表に出したままここまでこなすとは――

 ジョーカーの姿を厄介な奴に知られてしまっていたものだと、純一は内心舌打ちした。

「ふざけんじゃねえ!」

 そこで乃木に反発を見せるのは乾だ。元々乃木を敵視している上、演じているだけの純一とは違い本物の正義の仮面ライダーであり――天道総司の犠牲で生き残った彼には、これ以上善良な者を見殺しにする可能性など受け入れられないのだろう。
 ――こいつは本当に利用し易いなと、内心今度は嗤う。

「てめぇ、何のために殺し合いを止めようって考えてるんだ、乃木……!」
「――無論、意味のない犠牲を出すなど愚かしい……そして殺し合いなどを強要して来る愚かな大ショッカーの諸君を許せないと思ったから、だが?」
「だったらてめぇは! どうして誰かを犠牲にするようなことを平気で……!」
「――俺は乃木に賛成だな」

 再び、乾の言葉に反発するように秋山が口を開く。
 彼の声色は微かに怒りを含んでいるような気がしたが――興奮している乾にはそのことが判別できた様子はないと純一は見る。

「聞くが乾、天道とやらの犠牲に意味はあったのか?」
「秋山蓮!」

 フィリップが強く窘める声を出したのに、純一も続く。

「秋山さん、何てことを言うんだ! 俺は天道さんを知らない、だけど彼はその命を犠牲にして、乾さんを助けた立派な仮面ライダーじゃないか!」
「そうだな……だったら乃木が言うのも、天道と同じ、意味のある犠牲じゃないのか? 何も犠牲を出さずに終わるような戦いじゃないだろ、これは」
「――っ、てめぇ!」

 純一の予想通りの秋山の返答に、激昂した乾が殴りかかった。

「待つんだ乾さん!」

 拳が振り下ろされる寸前、必死に乾にしがみ付きながら、そう純一は叫びを上げる。

「秋山さんが言っていることは――悔しいけど、事実だ!」
「志村――っ!」
「俺は……俺は、護れなかったんだ! あきらちゃんも……冴子さんも、一人も……!」

 涙混じりに、消え入るように訴える純一の様子に、興奮していた乾が平静を取り戻す。

「俺は、人を護るために仮面ライダーになったのに……誰も、女の子一人、護れなかった! 俺の助けが必要だったはずの人達を、俺は救えなかったんだ!」
「志村純一……」

 フィリップの同情を含んだ憐憫の声に、内心で純一は頬を歪めつつ、あくまで外見では涙を浮かべ、顔を皺くちゃにしながら、必死に乾に、その周囲の人間に言い聞かせる。

「ここで俺達がこうして言い争っている間にも、この会場のどこかで誰かが苦しめられているかもしれない……だけど俺は、その人達を救うことができない……できなかったんだ……!」
「志村、おまえ……」
「悔しいけど現実問題として、犠牲を出さないなんて無理だって、俺は認めるしかない……だけど、それでも!」

 そこで純一は双眸に涙を湛えたまま、秋山や乃木の方へ、強い意志を浮かべて告げた。

「……それでも、一人でも多くの人を護りたいんだ、俺は。きっと沢山の人を取り零す。その現実から目を逸らすなんてこと、俺にはできない。それでもこんなところで言い争いなんかして、届くはずの命が失われるなんて耐えられないっ!」

 掠れたような絶叫を上げ、それでも純一は声を出すことを止めない。

「今俺達がやるべきなのは、仲間割れなんかじゃないはずだ! 確かに犠牲は避けることができない。最終的に殺し合いを止めるためには、乃木さんの言うような、最悪の事態を考えなくちゃいけないことだってある……それでも、俺は! その犠牲を一つでも減らすために戦いたいんだ!」

 本当なら、そのためになら命だって惜しくない――ぐらい言っておけば、甘い奴らにはさらに効果的だったかもしれないが、かつてそれで野上良太郎に言い負かされた屈辱を、純一は忘れてはいない。
 やり過ぎなくらいの善人振りでは、逆に足を引っ張る結果にもなり兼ねないということだ。既に純一のことを警戒している輩がいる以上、その辺りの立ち回りは慎重にならざるを得ないだろう。

「だから、頼む乾さん……俺の前で、意味もなく争うのはやめてくれ……まして、いくら酷いことを言われたからって、暴力なんか振るっちゃいけない……俺達仮面ライダーの力は、誰かを傷つけるためじゃない――人を護るためにあるんだから」
「志村……」

 純一の涙ながらの訴えに、数秒視線を絡ませた乾は罰が悪そうにそっぽを向いた。

「……悪ぃ」
「良いんだ、わかってさえくれれば……」

 そう恥ずかしそうに目元を拭いながら、純一はほくそ笑む。

 今の暑苦しい芝居で十分、乾やフィリップの純一への印象を良い物にできただろう。さすがに乃木がこれでお目零しをくれるとは思えないが、彼と違って予防線も張らずに犠牲があって然るべしといった態度を見せた秋山に全幅の信頼を置くわけにも行くまい。彼を少しでも気にして、その分純一への警戒を弱めてくれれば儲け物だ。
 その秋山も、乾に謝りこそしないが居心地が悪そうだった。そんな様子を見せるということは、彼もまた純一のことを『善人』だと錯覚した、ということだろう。

「――ま、乃木が言っているのはあくまで最悪の場合だけどね」

 おおよそ、先の乾の暴走を自分の利益へと化した純一だったが――その彼にも底が見えない男の一人が、そう口を開いた。

「乾くんや志村さんのおかげで変身に制限が掛かっていること――その制限は同一人物が同じ姿に変身することに掛けられたものだということはわかったんだ。それならせっかくこれだけ頭数が揃ったことだし、それぞれの支給品を合わせればもしクウガを取り戻す前に戦いに巻き込まれても、消耗できる戦力ぐらいは捻出できるんじゃないかな?」

 海東が口にしたのは自身にとって厄介な主張だと、純一は舌打ちした。

「賛成だな。忌々しい変身制限とやらには俺も頭を悩ませていたところだ。リスクがあるとはいえカイザギアのようなものがあるなら、支給品にもう少しデメリットが抑えられ、資格者を選ばない変身アイテムがあっても良いはず……是非ともその恩恵にあやかりたいものだ」

 ほとんど間をおかずに、我が意を得たとばかりに海東の案に頷く乃木を目にして、純一は一瞬苦々しいものを表に出しそうになった。

 失態だった。乃木がフィリップへ着実に取り入るのを見て、善人としての『志村純一』を強調した。だがそれが結果として、海東の案を自然な形で呼び出す形になってしまった。

(まさか、嵌められた――?)

 笑みを浮かべる二人の男を見て、純一がそう感じてしまうのも無理はなかった。
 純一が取るべきだったのは――この二人が相手では難しいだろうが、手の内を隠すために会話を誘導することだった。最初に話題に出た草加雅人のこともある以上、装備の独占は純一のスタンスを彼らに知られることに繋がる。だが、彼らと装備の共有を行うということは……ただ必要な時が来れば相互に貸し与えるという関係ならともかく。仮に今変身手段を持たない者が居れば敵を強化し、自身は変身アイテムを失って弱体化するだけという結果に繋がってしまうのだ。

「特に、フィリップは今戦う手段を有していないという……この場においてそれはあまりに危険だ。誰か変身アイテムが余っているという者はいないのかね?」

 ――噂をすれば、か。

 乃木の宣告に申し訳なさそうな顔をしたフィリップに、反射的に殺意が漏れそうになる。

 これは純一が避けなければならない展開だった。なのに純一はフィリップ攻略を乃木にばかり許すまいと、自ら墓穴を掘ってしまった……
 無論、乃木や海東が本当にそこまで把握しているという保証はない。だが海東の提案が、口にしただけの理由によるものと楽観視するより、草加雅人の暗躍を許した例から反省し、純一へと牽制球を投げたものではないかと疑ってしまう。

「――志村。タブーのメモリ、こいつに預けてやれないか?」

 ――そして、余計なことを言う馬鹿が一人……っ!

「タブーだって……!?」
「ああ。……志村が冴子から受け取ったんだってよ」

 姉の遺品に大きな反応を見せたフィリップに、乾がそうぶっきらぼうに――だが乃木へ向けた敵意とは程遠い、純一と出会った時のようなぎこちない優しさを込めて告げた。

 勝手に盛り上がるこいつらを本気で始末してやろうかとも思ったが、先の明るさに笑顔を浮かべた乃木の目が笑っておらず、純一を睨めつけているのを察し、再び思い止まる。

「――うん、わかったよ」

 純一は力強く頷いて、デイパックを肩から降ろし、中身を物色する。

「――本当は、俺の無力さを忘れないために持っておきたいと思っていたんだけど……」

 慎重に、穴のないように考えた言葉を紡ぎながら、純一は黄金のメモリを取り出す。

「確かにこれは、君が持っていた方が良い――冴子さんも、君の無事を祈っているだろうから」

 ガイアドライバーと共に、フィリップに冴子の遺品を手渡す。
 ――自分があれだけ苦労を重ねてようやく勝ち得た戦利品に、名残惜しさを覚えながら。

「志村……純一」
「困った時は、俺のグレイブバックルも使ってくれ。きっと役に立つから」

 そう懐から取り出した自身の仮面ライダーの力を示し、純一はフィリップへ微笑んだ。
 懐に隠したままのもう一つの装備――オルタナティブのデッキだけは、秘匿しながら。
 表に出せば、誰に何と言われて奪われるかわかったものではないし、手の内を一つでも多く隠すことに損はないだろう。ここまで協力的な態度を見せれば、わざわざ純一の身体調査をしてデッキを見つけ出す真似もできまい。

「……随分武器が多いようだが、本当に園咲冴子と天美あきらの二人分と合わせただけなのか?」

 デイパックを覗きこみ、『武器』という単語を、警戒しなければ恣意とはわからぬ程度に強調しながら、乃木が尋ねて来た。
 こう振舞えば迂闊に疑えまい、と思った傍から遠慮のない奴だ。そう内心毒吐きながら純一は、言外に疑われて傷ついた、という様子を偽装する。

「いえ、その車の中からもいくつか回収したものですが……草加さんのこともあったから、やっぱり気になるんですか?」
「いや、大ショッカーは随分不公平な支給をするのだなと思っただけだよ。……俺の場合は、そのバイク以外にまともな支給品などなかったからな」
「――あれは俺のだぞ」

 極めて無難な返答を示す乃木に、そう乾が呟く。

「君のだって? おいおい、笑えない冗談だな。あれはこの俺の支給品だ」
「支給品とかじゃなくてだな、ありゃ俺のバイクなんだよ」
「――そうだろうね。そうだと思っていたよ」

 そこで乾に味方したのは、意外にも海東だった。

「君はファイズなんだろ? オートバジンは本来ファイズギアの一部である可変型バリアブルビークルだからね、本来の所有者は乾くんということだよ、乃木」
「何でおまえが――」
「何故君がそんなことを知っているのかな? 海東大樹……」

 胡乱げな乾を遮り、海東を威圧する乃木の問いに、庇うようにフィリップが前に出る。

「彼は、ファイズやカイザの存在する別の世界を知っている。だから、ファイズについて詳しく知っているらしいんだ」
「――それは、海東大樹に乾巧がファイズであるとわかった証拠にはならないんじゃないのか?」

 フィリップの言にも、乃木の追及は続く。純一も同じ思いだった。

「――僕の知っているファイズの世界でも、タクミという人物がファイズだった……二人のクウガと同じように、同じ名前の人物は同じライダーなんじゃないかと思っただけさ」

 だが乃木の態度もどこ吹く風と言った様子で、海東は飄然と答えた。

「ま、名前だけで断定できたわけじゃなかったんだけど、乃木の支給品だって紹介されたオートバジンを自分の物だって言い出したから、確信しただけなんだけどね」
「なるほどな……先程の『野上良太郎』……二人の電王の件と言い、どうやら君は以前から複数の世界について知っていたということか、海東大樹」
「質問は……まあ、車の中で受け付けよう。今は単純に装備の確認が先だろう? Gトレーラーに乗れば、少なくとも運転手は装備のトレードに参加できなくなるわけだしね」

 海東の言に従って、それぞれが装備を衆目に晒し始めた。

 まず真っ先に動いたのはフィリップだった。二セット分の基本支給品の類に、スリッパなどはまったく興味をそそられなかったが、変身できずとも装備は豊富なようだ。特に、ジョーカーの姿を捉えた蝙蝠の機械を始めとした三種類のガジェットは十分有用性がある道具だろう。

 続いたのは乃木怜治だが……なるほど、先の問いは純一の潤沢な装備に本気で嫉妬しただけだった可能性も捨て切れない。最後に名簿だけ残ったデイパックの中身を見せたが、他は基本支給品と二枚の木の板だけだ。さすがの純一も同情を禁じ得ないし、改めてこの厄介な男を敵に回す場合、割に合わないと痛感させられる。明らかな強敵だというのに、勝利して得られる物がその勝利という事実以外何もないとは……。

 海東大樹の示した支給品は純一にとって大いに価値のあるものだった。彼自身のライダーの力の他に、ランダム支給品として彼に渡されていた物――クラブのJ、Q、Kのラウズカードである。グレイブの戦力強化に繋がるため、純一は即座にそれを要求し、問題なく手に入れることができた。特にカテゴリーキングのカードは純一の本来の目的に必須な物。回収できた幸運を噛み締めると共に、残るカテゴリーキングのカードの回収も新たな目標として純一の中に刻まれる。
 海東の残る支給品はブラッディローズとか言うバイオリンだったが……明らかに戦場では価値がないように見えるそれを彼はお宝と呼び、ラウズカードを差し出しておいてこれは渡さないなど、純一からすればあり得ないことを告げて来たが……まあ、良いだろう。
 秋山蓮は奴の仮面ライダーの力であるナイトのデッキの他には、エターナルメモリというロストドライバーとやらがなければ使えないメモリを手にしていたが、それだけだった。

 純一自身はオルタナティブのデッキを隠し、残りはGトレーラー内のG4のことも彼らに示したが、乃木に自分の世界の物であるとパーフェクトゼクターを奪われた以外は特に変わりはなかった。無論、よりにもよって乃木の手に強力な武器であったパーフェクトゼクターが奪われたのは手痛いことだが。

 最後に残った乾巧が見せたのは、彼自身の――そして特定の人間にしか使えないという仮面ライダーの力、ファイズギア。さらに本来フィリップの所有物らしきルナメモリに、首輪探知機という破格の独自支給品。この時点でも今回の交換における彼の貢献は大きいものだったが、加えてさらにナイトとディエンド――秋山と海東の変身する仮面ライダーを強化するためのアイテムまで彼は手にしていた。
 海東には、周りに促されるまますんなりケータッチを渡した乾だったが――

「こいつは……渡せねえ……」
「――何?」

 サバイブのカードを握った乾は乃木の時と同様、敵意の籠った眼差しを秋山へと向ける。

「天道が言っていた……このカードは、持ち主が信用できるなら渡す、ってな。――俺にはおまえが信用できねえ」
「……そういうことか」

 目を伏せた秋山は小さく溜息を吐いた後、何を言うでもなく踵を返した。

「そう思うなら好きにしろ。今はチームの空気を悪くしてまで、おまえから奪う気はない」

 そう乾の拒絶を許容した秋山は、一人先にGトレーラーへと向かおうとしていた。

「待ってくれ秋山蓮!」

 その背中を呼び止めたのはフィリップだった。彼は男が歩みを中断し、少しだけこちらを振り向いたのを見て、乾へと向き直る。

「乾巧。確かに、さっきの秋山蓮の発言を君は許せないと思う。僕もはっきり言ってそう思った……だけど彼は、僕達が押し付けてしまった厳しい判断を代わりにしてくれただけじゃないかな?」
「……何?」

 疑問の声は、乾と秋山、その双方から漏れた物だった。
 ただの反応以外の意味を持たないそれらを無視したフィリップは、乾に続ける。

「確かに秋山蓮の言葉を、僕達仮面ライダーは認めたくない。だけどそれは、辛い現実から目を逸らすこととは違う。志村純一が言ったように、理不尽の存在を受け入れて、その上で誰かが傷つくのが当然だなんて認めたくないから戦う――そうじゃないのか?」

 自らの言葉が引用されたことにある程度の信頼を築けた手応えを感じつつ、純一は事の成り行きを見守っていた。
 純一が本当に善人なら、フィリップに加勢するべきだろう。だが競争相手の強化を自分から手伝う必要性を見出せなかったので、ここはフィリップに任せ、不幸にも成功すれば表だけの祝福を、失敗すれば慰めながらほくそ笑めば良いと考えた。故に今は見物に甘んじることにした。

「お願いだ、乾巧。彼を信じるのが無理なら、頼む。僕を信じて、彼にサバイブのカードを返してあげてくれ」
「――っ、ああ、もうっ!」

 先の乃木との争いで生じた、仲間達との不和から庇ってくれた少年にそこまで言われては、乾も無下にはできなかったのだろう。
 彼はサバイブのカードを秋山――ではなく、フィリップに差し出した。

「――俺は、霧彦が信じてたおまえを信じる」

 彼の手を取り、カードを握らせながら、乾は再び続ける。

「だから――天道が言っていたように、信用できる相手になら俺はこいつを渡す……その後おまえがどうするのかまでは、俺の知ったこっちゃねえ」

 そう言ってフィリップから目を逸らした乾に、海東が純一を視界に収めながら微笑んでいるのが見えた。フィリップが見ていないところで、乃木が下らなさそうに鼻を鳴らしたのも。純一も乃木と同じ感想だったが、表面上は笑顔を保っておく。

「乾巧……ありがとう」

 背を向けた乾にそう告げて、カードを受け取ったフィリップは秋山を振り返る。

「秋山蓮……乾巧から……じゃない、か。僕からのプレゼントだ、受け取ってくれ」

 そう差し出された少年の手から、秋山蓮はカードを受け取る。

「そうか……だが俺は貸し借りには煩いんだ」

 不意にそんなことを口走った秋山は、懐から白い箱を取り出した。

「これは、元を正せばおまえの世界の物だ……どうせ今は使えないが、返しておく」

 そうして秋山は、エターナルメモリを、フィリップへと手渡す。

「……ありがとう、秋山蓮」
「礼を言われるようなことはしていない」

 そうフィリップに断った秋山は、改めてGトレーラーへと向かった。
 薄く笑みを浮かべたフィリップが続き、純一も彼の後を追い掛けようとして、その背中と自身の間に割って入った、軽薄な笑みを浮かべた海東の姿に苛立ちを覚えた。
 後ろでは、乃木と乾がオートバジンとかいうバイクを二人で回収していた。



 ――そうして走り始めた巨大な箱を追う、いくつかの影がその数分後、その場所を通り過ぎて行った。

 全員が消耗し、獲物は封印のカードで身を護っている状態。それに加えて、向かう先に強力な同族の気配を感じたために様子を見ようとトレーラーの荷台から飛び降りた彼らは、じっと静かにトレーラーが動き出すのを待っていた。

 再び動き始めたトレーラーが目指す先にあるのは、巨大な病院……混戦にはもってこいの場所だと、ゼール達は舌舐めずりしながら車影を追った。





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最終更新:2011年12月28日 16:58