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それぞれの道行(1) ◆3ZewuHHQig



 D-1エリアに位置する病院の一室では、(事情が事情だけに仕方ないとはいえ)事もあろうに女性を襲う怪物に間違われたリュウタロスが当然の如く怒ってへそを曲げていた。間違えた慌て者の城戸真司と、同じく慌てた挙句に怪物の蛮行を阻止せんとして、生命線ともいえるアギトへの変身を無駄に消費してしまった津上翔一が、リュウタロスに対し平謝りに謝り倒していた。

「ほんっと、ごめん! ごめんなさい! 悪かった! でもさほら、分かんないだろパッと見!」
「真司ってさー、ほんとにそれで反省してるのー? ぜんっ……ぜん! 反省してなーい!」

 すっかりむくれた様子のリュウタロスが、ぷいと横を向いたまま真司の謝罪を聞き流す。先程から似たようなものが何度か繰り返されているやりとりだった。
 もう一人の当事者である翔一も最初のうちは真司と一緒に謝っていたのだが、暫くすると真司の斜め横に陣取って何故か神妙な顔をして腕を組み、両方の言い分に頷くだけになっていた。

「いや、ほんとに悪かったよ、反省してる。俺たち知らなかったんだ。イマジンっていうやつの名前も初めて聞いたしさ、こんな状況だからちょっと気が立っちゃってるっていうか……でもお前の事、ちゃんと見もしないで悪い怪物だなんて見た目だけで勝手に決めつけて、本当に悪かった、ごめん」

 先程までは自己弁護も交えてやや真剣味の足りなかった真司に、急に真剣な目付きでじっと見つめられ頭を下げられて、さしものリュウタロスもそれ以上は強く言えなくなったのか、かすかに呻いてぷいと横を向いた。

「おっ、仲直りは終わりましたか? それじゃあ、皆さんにちょっといいものがあるんですけど……」
「というか翔一、お前も謝れ、真面目に反省しろよ! 大体にして、変身してリュウタロスに飛びかかったのは俺じゃないお前だろ! 何で俺だけ謝ってんだよ!」
「まぁまぁいいじゃないですか、過ぎた事をいつまで言ったって仕方ありませんし。リュウタロスがいいイマジンだって分かったからには、俺だってもう問答無用でいきなり飛びかかったりしません」
「そういう事じゃなくて……あーもうっ!」
「それに城戸さんだって、止められるのがあともうちょっと遅かったら変身してたでしょ? 城戸さんは変身に鏡が必要だけど俺はいらなかったってだけの差じゃないですか。だったら同じようなものじゃないです?」
「……そ、それは……そうだけど」

 図星を指されて、翔一に反省を促していた筈の真司の方が反論の言葉に詰まり言い負かされてしまう。翔一は、良くも悪くも人を自分のペースに巻き込んで、周囲の人間は知らないうちについ乗せられてしまう。真司のような馬鹿正直で乗せられやすい男ならば尚更だった。
 二人のやりとりを横目で眺めていたリュウタロスは、呆れ果てた様子で長く息を吐いた。

「いーよもう、なんかそいつ人の話あんま聞いてなさそうだしぃ……。怒ってたらお腹空いちゃったし、なーんかもう、どーでもいー……」
「でしょでしょ、お腹空いたでしょ? そういう事もあろうかと……じゃーん!」

 自身に対する寸評通りに都合の悪い部分は聞き流しつつ、デイバックの中をまさぐっていた翔一が顔を上げて満面の笑みを浮かべ、取り出したものをリュウタロスに向けて掲げてみせた。
 銀色のアルミ箔に包まれた手のひら大の円形の――

「あっそれ、おにぎり!? おにぎりでしょそれっ!」
「当ったりー! はいこれ、正解のリュウタロスに。どうぞ」
「やったー! おにぎりっ、おにぎりっ! ねえねえこれ中何入ってんの?」
「ふっふっふ、それは……ズバリ、食べてからのお楽しみです!」

 翔一からおにぎりを受け取ったリュウタロスは、両手で押し頂いて右に左に振り回す。携帯食ではないまともな食事など今の状況では望むべくもないと思っていたのだから、たかがおにぎり一つとはいえ意外さへの喜びを素直に表している。翔一への腹立ちと呆れもすっかり忘れ去ってしまった様子だった。

「あっ、三原さんもどうぞ」
「え……いいんですか?」
「俺と城戸さんはもうご飯食べてきましたから。食べないと力出ませんよ、はい」
「ありがとう、ございます……」

 満面の笑顔と共に翔一から手渡されたおにぎりの包みを戸惑いつつも三原は受け取り、薄く笑い返した。
 明るい。この殺し合いの場で今まで生き延びてきたとは俄かには信じがたいほど、津上翔一は明るい。三原とリュウタロスは、殺し合いが開始してから津上や城戸と出会うまで、サーキットの男と病院まで運んだ女の二人にしかまだ遭遇していないが、津上と城戸の二人ももしかしたら自分たち同様に殺し合いには今まであまり関与せずにきたのかもしれないと、ふと考える。

「はい、どうぞ」
「……」

 続いて、ベッドの上で体を起こした女に翔一はおにぎりを差し出したが、警戒の色を強く浮かべた緊張した面持ちで翔一を見つめたきり、女は黙りこくった。

「あの、安心してください。俺たち……さっきはちょっと慌てちゃって乱暴な事しちゃったから、ちょーっと説得力弱いかもしれませんけど、悪者じゃありません。あなたのことを傷付けたりしないです。本当はもっとちゃんとした料理が作れればいいんですけど、持ち歩くにもこれが便利で美味しいですから。もしかして具合悪かったりしたら、あんまり食欲とかないかもしれないですけど、少しだけでも食べないと保たないですよ。食べられるだけでいいから食べておいてください」

 ゆっくりと告げると翔一は、口角を上げてにっこりと笑ってみせた。
 どこかで、違うけれども微かに似ているようなものを見た気がする。はっきりとしない既視感に襲われて女は目を見開いて二三度しばたき、思い出せぬ事に諦観と失望を軽く抱いて目を伏せてから、ゆるりと左手を上げて翔一の手からおにぎりを受け取った。

――声が、聞こえる。
――いつ、どこで聞いた、誰の声だったのだろう。心の奥深くから微かに、だが力強く響いてくる。
――懐かしい声。

『頑張るんだ麗奈、負けちゃ駄目だ!
 俺が側にいる、ずっと側にいるから!』

――この声を、この言葉を聞いて私は、その時確かひどく安らいだのではなかったか?
――何に怯えていたのだろう? 何に負けようとしていたのだろう?
――今もまだ胸に渦巻くこの正体の分からない恐怖は、何に対するものなのだろう?

 受け取ったおにぎりを包んだアルミホイルを半分ほど剥がして、女はおにぎりを一口頬張った。丁度いい塩気の利いた米を噛み締めると口の中にじわりと優しい甘みが広がった。
 こんな食事の味も長いこと忘れていたような気がした。
 あの人は誰だったのだろう。混沌とした記憶、大都会の雑踏のように誰かも分からぬ人影や声が巡り入り乱れる中で、優しい笑みを向け麗奈を守ると言ってくれた、あの男性は。

「つうか翔一、いつの間にこんなん作ってたんだよ」
「ついでだったんで、ちょっと多めにご飯を炊いてパパっと。早速役に立って良かったです」
「ねー翔一翔一っ、他に何かないのー? 一個じゃ足りないよー」
「ああはいはい、俺と城戸さんで二個ずつのつもりだったから、最後の一個。これはさっきのお詫びの印、って事で。いいですよね城戸さん?」
「いいよ。ほんとごめんなリュウタロス。これからよろしくな」
「しょうがないなー、許してあげるから、二人ともしっかり僕に感謝してよねー」

 すぐ側で交わされる賑やかな談笑の声も女にはどこか遠く感じられた。
 沈思するも、求める答えはどこからも降ってはこない。ほうと息をついてから、女はもう一口おにぎりを口に入れた。


▼ △ ▼ △ ▼


「金色と緑でカードを使う錫杖の人って……それって、まさか」
「間違いないだろうな」

 簡単な食事も済み、一同はそのまま情報交換へと移っていた。三原が語る、サーキットで出会った男が変身した姿に真司が反応し、キバットが真司の言葉を首肯する。

「そいつに会ったんですか?」
「これは状況からの推測だが、その男は殺され、変身する為の道具は殺した者が奪ったようだ」

 キバットの返答に三原とリュウタロスは言葉を失い、息を呑んだ。
 如何に見も知らぬ他人、しかも殺し合いに乗り自分たちに襲いかかった危険人物とはいえ、会ったことのある人が殺されたと耳にするのは心地の良いものではない。
 死んでほしいなどと、心の底から思う事が出来る筈がない。

「あの金と緑の奴に変身するための箱みたいなのに、持ってる人間が操られる力があるんだと思う。次になった奴は翔一と小沢さんが倒したんだけど、その箱を回収した小沢さんが、何かに操られてるみたいに金と緑の奴に変身して俺達に襲いかかってきて、どこかに逃げちゃったんだ……。それに俺、その金と緑の奴に、蜘蛛みたいなモンスターの姿が浮かび上がるのを何度か見た」
「それで俺たち、とりあえずは小沢さんを探す事にはしたんですけど、どこを探したらいいものか皆目見当も付きませんし……あの金と緑の奴は病院に集まる参加者を狙ってた感じがあったから、また同じ事をする可能性もあるかもしれないって事で、とりあえずこの病院に来てみて、それで三原さんと会ったんです」

 なるほど、と返しつつも、真司と翔一の話の内容を聞き、押し込めていた筈の恐怖の感情が頭を擡げて三原の胸をちくりと刺した。
 金と緑の鎧の男。戦う意志も持っていなかったのに、サーキットで一方的に打ちのめされ殺されかけた恐怖は、忘れたくても忘れられるものではない。
 今の三原が何とか平静を保って殺す殺されるの話など出来ているのは、リュウタロスの前で無様な泣き言など言えないからだという理由による。病院に着いてからは体を休める事が出来たので疲労は大分回復したが、またここで泣き言を言って特訓だなどと言い出されては敵わない。それより何よりリュウタロスの(イマジンなのでこの言葉が適当なのかは分からないが)人格はまだ子供のようなものなのだ。
 無邪気で我儘だがいい事と悪い事はリュウタロスなりにきちんと判断できている。三原はリュウタロスの事が嫌いではなかった。であれば尚の事(多分)年上である自分の方がしっかりしなければという思いも、三原の中には生まれて少しずつ強くなってきていた。
 だがしかし、三原が今放り込まれているのは世界を賭けた不毛な殺し合いの場だ。
 ここにいる限りは逃げ場などどこにもないし、泣き言を言って愚図愚図していれば殺し合いに乗った連中の餌食になるだけだろう。現に参加者の三分の一が既に死に、今もどこかで誰かが殺されているのかもしれない。心をしっかり持って正しい判断しなければ死ぬ、それは十分に弁えているつもりだったが、それでも怖いものは怖い。決意を強く持ってみたつもりでも、元々怖いものが急に怖くなくなる筈もない。三原の喉から漏れる声は自然に細くなり微かに震えた。

「じゃあ……ここにこのまま居たら、その小沢さんを操ってる奴に狙われる可能性もある……って事かな」
「俺たちはそれを期待して来た、って言ったらなんか変ですけど、そういう可能性も高いかなと思って。でも、そちらの方の事を考えると……ちょっと危ないですよね。あっそうだ、お名前、教えてもらってもいいですか?」

 翔一に呼びかけられて、ベッドで上半身を起こし座ったまま会話には参加していなかった女が一同に目線を向ける。少したじろいだものの、ゆっくりと女は口を開いた。

「間宮……麗奈、です」
「間宮麗奈さん……ああ、名簿の真ん中より下の方に確か書いてあったかな? 間宮さんは、倒れてるのを俺達が見つけてここまで運んできたんだけど……一体何があったんですか? 同じ世界の知り合いの人はここに来てます?」

 三原の問いを受けて俯き考え込んだ後、麗奈は力弱くかぶりを振った。

「よく、思い出せないんです……」
「思い出せない、って……どういう……」
「私、ここに来るまでの事は名前以外の事、何も覚えていなくて……何でこんな所にいるのかも、よく分からなくて……」

 記憶喪失。それであれば、何もかもに困惑して怯えきったような麗奈の態度にも合点が行く。文字通り何も分からないままでこんな場所に放り出された力のない女性がどれだけ恐ろしい思いをしているかなど、想像すら及ばない。
 真司も三原もかける言葉を見つけられなかったが、翔一がふっと頬を緩めて目を細め、徐ろに口を開き始めた。

「間宮さんの気持ち、俺、よく分かります……。今はもう全部思い出したんですけど、俺も前、記憶喪失だったんです。過去の事は名前も何もかも思い出せなくなっちゃってて。そういうのって、すごく怖いですよね。自分がどこにもいられないような感じがして、世界のどこにも居場所がないような気がして……外の世界全部が怖くなっちゃって」

 淡々とした穏やかな口調でゆっくりと翔一が語りかける。麗奈は少し目を細め、頷くでもなくただ聞き入っていた。

 真司やキバットを含む他の者にとって、殺し合いの場に放り込まれた今の状況でも独特のペースで明るく振る舞う翔一にそんな過去があったとは俄かには信じがたい話だったが、一語一語を噛み締めるような話し振りには、話の調子を合わせた冗談の匂いは全く感じられなかった。

「でも、間宮さんの居場所は、元の世界で絶対どこかにあった筈です。こんな所には誰の居場所もないから、皆ちゃんと自分の居場所に帰らなくちゃいけないんです。勿論間宮さんもです。だから、それまでは俺たちが間宮さんの事を守ります」
「そうだよ、麗奈の事は僕が守ってあげる!」

 翔一が言い終わるや間髪入れずに、小走りに麗奈へと駆け寄ってリュウタロスがそう宣言した。突然の事に麗奈や他の者も驚きを隠しきれずリュウタロスを見やる。

「麗奈、お姉ちゃんにちょっと似てるんだ。顔とかじゃなくって雰囲気とかがさ。僕だってこんな所いるのやだし、お姉ちゃんの所に早く戻りたいから、早く良太郎と会って、一緒に大ショッカーって奴をやっつけなきゃ。良太郎がもしここにいたら、絶対麗奈の事守るって言うもん。だから代わりに僕が守ってあげるから、安心して麗奈!」
「……ありがとう」

 龍を象ったリュウタロスの黒い面は瞳に赤い光を宿し、どこか鬼の面も思わせる。そこに憐憫や思慕の情を映し出しはしない。ただ、声色にはまっすぐでひたむきな好意と、麗奈を気遣っているのだろう、控えめな明るさが滲んでいた。その幾分かの思いは声から伝わったのか、麗奈はようやく微かに笑ってみせた。

「リュウタってお姉さんいるの?」
「僕じゃなくて良太郎のお姉ちゃんだけど、良太郎のお姉ちゃんなら僕のお姉ちゃんも同じだし。それにねっ、麗奈も美人だけど、お姉ちゃんも負けないくらい綺麗なんだからっ!」

 不思議そうに問うた三原に、当たり前の事のようにいつもの軽快な調子でリュウタロスが答える。
 良太郎の姉・愛理は、ある事情から婚約者だった桜井侑斗に関する記憶が欠落していた。事態が収束した後も依然として愛理の記憶が失われたままなのかは判然としないが、自身が良太郎と共にカイ一派と戦っていた頃のどこかもの寂しく儚げな愛理の面影を、目の前の女性にリュウタロスは重ねていた。
 そんな込み入った事情までは聞いていない三原は知る由もない。だが、善意も悪意もまっすぐにぶつけてくる幼い子供のようなリュウタロスの好意がか弱い女性に向けられている事は、歓迎すべき事態のように思われた。

「それであの、間宮さん、ここに来てからの事って全然覚えてません? 分かる範囲でいいんで話してもらえますか?」

 三原の質問に、麗奈はこの世界に来てからの顛末を簡単に語った。最初はずっと隠れていたが、桐矢京介という青年に助けられた事。途中で照井・一条の両刑事と出会い四人で行動を共にしていたが、何者かに襲撃されて、その途中から記憶がない事。桐矢・一条・照井の簡単な背格好も話に上ったが、それを耳にした真司と翔一は驚いたように麗奈を見て、それから二人して悔しげに眉根を寄せ、目を伏せた。
 照井竜の赤い革ジャケットに同色の革パンツの出で立ちは、翔一・真司・小沢が未確認と戦った際に付近に放置されていた惨殺死体のものと一致していた。そして名簿の下の方に記載されたその名前は、前回放送の死亡者の発表で読み上げられたものの内の一つでもあった。

「そう、ですか……。いつも先頭に立って私たちを守ってくれようとして、とても責任感の強い立派な方でした……」

 照井の死を聞かされ、麗奈もやはり悲しげに俯く。堂々とした照井の立ち居振る舞いは頼もしく、寄る辺のない麗奈を少しばかり安心させてくれていた。今こうして他の参加者に助けられた事は幸運だったが、頼るべき照井がもういない事は不安を呼び起こしたし、(さして長い時間一緒にいたわけではないがそれでも)知っている人間の死という事実は重しとなって胸に伸し掛かり、強い恐怖や悲しみが滲み出した。

「でも、一条って人と桐矢って人は放送で呼ばれてないから、もしかしたら逃げ延びてて、そう遠くない所にいるかもしれない」
「うまい事合流したいけどなぁ……暗いうちは周りも警戒しづらいし、あんまり外うろうろしない方がいいよなぁ……。あ、そういえば翔一、さっき変身できてたよな」
「あっ、そういえばそうですね。夢中だったんであんまり考えてませんでしたけど、そういえば」

 ふと思い出したのか唐突に真司が口にした言葉に、怪訝そうに首を傾げつつも翔一が頷いた。

「前に変身したのがえーと……何時位でしたっけ、一休みしてた時に時計見たら確か六時ちょっと前だったから、えーと、五時半位ですかね? それで、その後すぐは変身出来なかったけど、さっきは出来た」
「大体二時間位経ってるな。それ位時間が空けばまた変身出来るようになるって事かな……もう少し短いかもしれないし、何か他の条件が必要かもしれないけど。一回変身したら次に出来るようになるまでは、とにかくインターバルが必要って事だな。そうなると迂闊に変身は出来ないな……」

 真司と翔一は頷き合って、三原とリュウタロスにも、変身直後に再度変身が出来なかった事、二時間程度間を置いた後変身が成功した事を伝えた。

「一時間でどうかとかは試してないんで、どれ位間を置けばいいのかはちょっとはっきりしませんけど。でもそう考えると、さすがにちょっと……さっき変身しちゃったのはまずかったかなぁ……」
「全くお前の軽率さには呆れ果てるな、翔一。もう少し考えて行動したらどうだ」
「それはそうなんだけど……でもさ、危ないって思ったら何か考えるより体の方が先に動いちゃうでしょ。キバットはそういうのない?」
「ないな」
「ふーん、そっかぁ……でも俺あんまりちゃんと考えるとか得意じゃないからなぁ……。あっ、じゃあさ、考えるのはキバット担当って事で!」
「人の話を聞け。自分で考えろと言っているんだ」
「まあそう言わないで、ほら、人には向き不向きがあるんだし。それにキバットのお陰で俺たち随分助かってるんだからさ。感謝してます」

 キバットの(多分の呆れを含んだ)文句も翔一には馬耳東風といった趣で、却って邪気のない満面の笑みで感謝の言葉など返されてしまう。真司ならばともかく自分までペースを崩され翔一のペースに乗せられているような気がして、プライドの高いキバットにとってはなんとも面白くない。キバットは返事を返さず、翔一の目線を外れる為に真司の方へと移動した。
 キバットが翔一に語った言葉には、事実と少々異なる点がある。
 敬愛する美しいクイーン・真夜。彼女を苛む苦悩を晴らす為、あまり後先の事を考えずにキバットはキングを裏切り、真夜が愛した人間・紅音也に力を貸した。
 本来ならば、キバットが力を貸した程度でたかが人間がキングを倒せる筈などない。絶望的なまでの力の開きがキングと音也の間にはあった。音也の息子、未来のキバが過去を訪れ音也と共闘する事がなければ、その結果は揺らぐ事はなかっただろう。謂わば奇跡の産物だった。
 普段は(キバット族が仕えるファンガイアの)理に則り判断行動するキバットも、そのような理にそぐわぬ行動をとった事もあった。
 あの時は、誰より美しい真夜が嘆き悲しむ事がひたすら哀れに思え、耐え難かった。キングの真夜に対する仕打ちは気に食わなかったし、紅音也は人間ながら面白い男だった。
 もし翔一や真司が、見も知らぬ者に対してまでそのような心持ちを抱いてしまい、何か考える前に体が先に動くというのであれば、やはり人間とは、理にそぐわぬ感情を抱えた度し難い生き物としか言い様がない。その気持ちがキバットに本当に少しも分からないという訳ではないが、誰も彼もにそんな感情は抱かない。誰よりも気高く美しいクイーンの美しさを守る為であればこそ、キバットが力を尽くす意義もあったというものだ。紅音也にしても、愛する女の為なればこそ命を捨てられたのではないか。
 キバットの理解の届かぬもの。真司と翔一、二人のお人好しに共通している行動理念は、理解が届かぬからこそ興味深くもあった。
 自分の世界が勝ち残る為に利益になる事の他はしないし、いくら翔一と同道しているとはいえ助けてやる義理など持ち合わせていない。そうキバットは考えていた筈だったが、これまでを振り返ると(キバット自身の世界の関係者と一切関わりがなかった為もあるが)結果など度外視して、それこそ思わず、二人の危なっかしい道行に度々口出しをしていた。理屈抜きの所でどういうわけか向こうのペースに乗せられてしまっているようだった。
 あまつさえ、この者たちが身を守る術を失った時にはどうすべきか、などとすら考え始めている。
 それを決して不快には感じていない自身の心理もまた、キバットにとって解せぬ故に興味深いものと思われた。


 以後も自身の世界のごく簡単なあらましや知り合い、それぞれの装備などについて情報交換が続いた。

「あっ、それ良太郎のだ!」

 翔一が「使い道が分からないけど」と取り出した携帯電話型の端末を見たリュウタロスが声を上げた。
 良太郎がその願いの力で作り上げた端末・ケータロス。イマジン四体憑依のクライマックスフォームおよび、良太郎自身のオーラで変身するライナーフォームへと電王をパワーアップさせる為のツールだった。

「そっか、これ良太郎さんのかぁ。じゃあリュウタロスが持ってた方がいいかな?」
「僕だけだと使えないから、早く良太郎に渡さなくっちゃ。これなかったら困ってるかもしんないし……」

 ケータロスを翔一から受け取ったリュウタロスが、珍しくもしおらしく俯く一幕があったが、他の装備品はそれぞれ見覚えのないものばかりだった為、動きがあったのはケータロスのみとなった。
 その後、名簿と照らしあわせつつ互いの知り合いについての話が続いた。
 翔一の知り合いで生き残っているのは小沢澄子と葦原涼。
 「どっちもちょーっと怖いけどすごく良い人ですから」との翔一の漠然とした説明で、とりあえず殺し合いに乗るような人物ではない事が(真司とキバット以外の者にも)知れるが、小沢澄子が今どこでどうしているのかは目下最大の懸案事項だった。

 真司の知り合いで残っているのは秋山蓮と浅倉威。

「浅倉は絶対に殺し合いに乗ってる筈だ。元の世界でも殺人犯で、ライダー同士の戦いでもとにかく戦う事しか考えてなかった。話の通じるような相手じゃない。それと……蓮も、もしかしたら乗ってるかもしれない。でもあいつ悪い奴じゃないんだ。なんていうか、どうしようもない事情があって戦ってて……でも、もし乗ってるようなら、俺が絶対止めるから」

 元々蓮は、自身の世界でも願いを叶える為にライダー同士の戦いに乗っていた。世界が消えてしまえば蓮の叶えたかった願いも潰える。あるいは死者すら蘇らせると嘯く大ショッカーの技術力を利用して願いを叶えようとするかもしれない。その可能性は十二分に有り得る事は真司も考えてはいた。
 だが、ライダー同士の戦いに身を投じようとして、いざとなれば人を殺しきれぬ蓮の(本人は甘さと言って捨てたがる)優しさも真司は知っている。
 友達や仲間だなんて甘ったるい言葉では表せない関係だが、それでも真司は蓮の身を案じていたし、どうすればいいのか分からないにしても力になってやりたかった。
 今回どんなスタンスをとっているかは直接会う迄は分からないが、手遅れになっていない事を祈る他ない。

 三原の知り合いで残っているのは乾巧と草加雅人、村上峡児の三人。
 乾は、オルフェノクと呼ばれる人を超えた怪物にファイズのベルトを使って対抗している人物で、口は悪いが信頼できるらしい。一方の村上は、オルフェノクの首魁と目される人物だから警戒が必要らしい。三原自身もこの二人とはあまり関わりがないのでほぼ伝聞の情報しか知らず、よくは分からないとの事だった。
 草加雅人については、流星塾という養護施設で幼少時代を共に過ごした仲間で、カイザのベルトを使いオルフェノクと戦っていた為、戦力的にもかなり期待できるという。しかし、想いを寄せていた園田真理が死んでしまった事もあり、(もしかしたら、とあくまで一つの可能性である事を三原は強調した上で)自分の世界を優勝させ真理を生き返らせる為に、なりふり構わずに他の世界の参加者を狙うかもしれない、と付け加えられた。

「話したらさ、分かってもらえないかな……? 大ショッカーがほんとに死人を蘇らせてくれるかなんて分からないんだしさ」
「会ってみないと分からないけど、どうだろう。結構、何考えてるのか分かんない所がある奴だったから……」

 躊躇いがちな三原の口調は、幼馴染の草加を信じたい気持ちを滲ませていたが、迂闊には信用し切れない相手のようだった。

 そして、リュウタロスの知り合いが野上良太郎と牙王。良太郎については「すっごく強い」という大雑把な説明ながら、今までリュウタロスの発言の端々に良太郎の名前が出てきた事からも深い信頼を寄せている事が窺い知れる。殺し合いに乗るような人物ではないし、恐らくは全力をもって阻止しようとするだろう。リュウタロスの為にも出来れば早くに合流したい相手の一人だった。
 もう一人の牙王については、

「こいつすっごく悪い奴なんだけど、前に良太郎と僕たちでやっつけたのになー……なんでいるんだろ?」

 リュウタロス自身も納得のいかない様子で首を傾げつつ告げる。翔一も(もう死者としてカウントされたが)死んだはずの木野が名簿に記載されている点が気にかかっていたし、同様の点は真司の知り合いの浅倉・東條にも言えたが、他にも例があるようだった。

「それなんだけど、俺も気になってたんですよね。俺の知り合いで、もうこっちでも亡くなったみたいなんだけど……木野さんって人が、亡くなった人なのに名簿に乗ってて。一体どういう事なんでしょうね?」
「大ショッカーに、もしかしたら本当に死人を生き返らせる方法があるんじゃないか?」
「あっ、それなんだけど……これは俺の想像なんだけど」

 真司の意見に続いて三原が声を上げた。一同が一斉に三原を見やる。

「もしかしたら大ショッカーは、それぞれの世界のいろんな時間から参加者を連れてきてるんじゃないかな? それなら死んだ人でも生きてる時から連れてくればいいし、俺はデルタじゃないけどデルタのベルトが支給されてた。それって、俺が未来ではデルタに変身して戦ってるからなのかもしれない。城戸さんの装備もそれ、自分が元々使ってた奴なんだよね」
「うん、そうだ。完全ランダムなら確かに俺の手元に龍騎がたまたま、ってのは出来過ぎだよな。まあそういう可能性も全然ないわけじゃないけど……」

 そのまま各自が可能性について考え込んでしまい、辺りを沈黙が包む。咳払いでその沈黙を破ったのはキバットだった。

「どちらにしても、そんな事を根拠もないまま推測してもどうにもならん。その内また何か分かる事もあるだろう」
「それもそっか……うーん。気にはなるけど、確かに俺たちの想像だけであれこれ考えたって正解なんて分かんないか」
「そういう事だ」

 それで一旦この話は棚上げとなった。諸々の話が一巡した頃リュウタロスが、ドアの方へふいと首を向けた。
 何せ子供と同じだから、長い話に飽きて気を散らせたのかもしれない。リュウタ、と三原が呼びかけるが、三原の声を無視してリュウタロスは立ち上がり、早足で廊下へと駆け出していった。

「リュウタ、どうしたんだよ、リュウタってば」

 後を追った三原は、南に面した窓からリュウタロスと共に。他の面々はどうしたのかと身を乗り出して覗き込んだ、開け放たれたドアの向こうから。
 闇夜を裂いて天へと向かい、太く高く屹立する火柱の赤々とした光を目撃した。


▼ △ ▼ △ ▼


 E-1エリアを離脱したカブトエクステンダーは、一路北を目指していた。
 地図を見た記憶ではすぐ北のD-1エリアに病院がある筈だった。操縦者の名護にとって、この進路を選択する決断は一種の賭けだった。
 同乗している総司は昏倒したまま意識がまだ戻らないし、その後ろで総司が振り落とされぬよう支えている左翔太郎は名護以上に満身創痍の状態で、カブトエクステンダーのスピードに煽られながらも意識を失わず総司を支え続ける精神力には感嘆する他ない。名護とて負った傷は深い、バイクの操縦にすら残り僅かの気力を振り絞らねばいつ意識が途切れてしまうか分からなかった。
 双方が互いの持てる全ての力を出し尽くした、まさに激闘だった。敗れたとはいえガドルは、三人ともが生き残っているのが不思議な程迄に恐ろしい力を誇った強敵だった。
 辛くも勝利したものの、敵に対抗する手段も体力も最早三人には残されていない。ここでもし新たな敵に遭遇すれば、大した反撃も許されずに一方的に嬲り殺しにされる他ないだろう。一刻も早い手当と休息が必要だった。
 なればこそ病院を目指したのだが、これが賭けだった。傷病者が集まる事が予想される病院は、殺し合いに乗った者にとっては手軽に勝ち星を上げられる可能性の高い絶好のカモの溜まり場と映るだろう。もしそんな卑怯な輩が病院に陣取っていれば、名護たちは殺してくださいとわざわざ首を差し出しに行くような恰好となる。
 名護自身の気力体力も限界を迎えようとしている今、他の選択は残されていないとはいえ、病院へ向かう事は苦渋の決断だった。
 病院が無人か、出来うるならば友好的な人物がいてくれれば。都合のいい願望と知りつつも願わずにはいられなかった。そして、神とその名に於いて行われる正義は、自身が正義の仮面ライダーであり続ける限りは名護に味方する筈だった。
 ヘッドライトが照らし出す前方の闇の彼方に、他よりも高い白亜の建造物がうっすらと浮かび上がり始める。目的の病院に漸く辿り着いた。名護の口元が安堵からふっと緩んだ。
 減速しながら開け放たれた門を潜り、正面玄関と思しき自動ドアの手前でカブトエクステンダーを停車させる。気が緩んだのかふっと意識が途切れそうになるが、まだ倒れるわけにはいかない。自身を心中で叱咤し首を軽く左右に振ると、自動ドアが低く音を立てて中から開いた。
 現れたのは二人の若者だった。一人はやや勝ち気そうな茶色の長髪、もう一人は大人しそうな雰囲気。油断は禁物だが、見た限り問答無用で襲いかかってくる相手ではなさそうだった。尤も、襲い掛かられたところで今の名護では抵抗もままならないが。

「……あんたたちは、殺し合いに、乗ってるのか……?」

 茶色の長髪の方がおずおずと口を開き問いを投げてくる。
 万一この場を離脱しなければならないような事態に備えてバイクからはまだ降りないまま、ゆっくりと名護は首を横に振った。

「馬鹿な事を言うのは、やめなさい……それより、君たちも、乗っていないん、だな」
「当たり前だろ。それよりあんたたち、どっから来たんだ? まさか南の方から?」
「……済まないが、それに答える前に、この二人を中に……運んで、くれないか。怪我を、しているんだ……」

 名護が告げてから数拍の間を置いて、二人の青年が慌てた様子でバイクに駆け寄り、後ろに乗っている総司と翔太郎をバイクから下ろして肩を担ぎ歩き出す。
 それを見届けてから、張り詰め通しだった緊張の糸が安心からかふっと途切れて、名護の意識は闇に沈んだ。



103:闇を齎す王の剣(6) 投下順 104:それぞれの道行(2)
時系列順
089:肩の荷は未だ降りず 津上翔一
城戸真司
三原修二
リュウタロス
間宮麗奈
102:G線上のアリア/リレーション・ウィル・ネバーエンド 名護啓介
左翔太郎
擬態天道