第二回放送◆cJ9Rh6ekv.




 日付が変わる、その寸前。天に生じた灰色のオーロラ――のような光の壁から、何隻もの巨大な飛行船が吐き出された。

 空を駆けるその飛行船に刻まれたコンドルのマーク……それは六時間前、第一回放送が行われた時と同じく、宙を浮くそれらが大ショッカーの所有物であることを示していた。
 やはりそれらの飛行船には、液晶の巨大モニターが幾つも取り付けられていた。六時間前の再現と言わんばかりに、全施設と民家、街中の大画面液晶、店先のテレビ――種類を問わず、ありとあらゆる情報媒体が勝手に起動を始める。

 それに伴い、音声も会場中のあらゆるスピーカー……参加者の首輪に供えられたそれも例外ではなく、放送の態勢に入る。

 参加者が何処に居ようと、意識を保っている限り。大ショッカーからの情報を、本人の意思を無視して届けられる状態が、再び完成したのである。






 そうした影響を一切受けない場所――すなわち、放送を行う大ショッカーの本部にて、背広姿の男が大ショッカーのエンブレムを背に立っていた。

「時間だ。これより第二回放送を開始する」

 手前のテーブルに資料を広げた彼は、眼鏡越しにカメラを――否、その先の会場にいる参加者を見据えると、厳しい表情のまま口を開いた。

「俺は今回の放送を担当する幹部、三島正人だ――まずはこの十二時間を生き延びた参加者諸君には、賞賛の意を述べさせて貰おう。君たちの活躍は、我々にとっても想定外といえるほど目覚ましいものだ」

 告げる男の声は、まるで古い機械音声のように酷く抑揚を欠いていた。
 死んだ魚のように濁った目からは、言葉とは裏腹に生き残っている参加者への興味が一切感じられない。

 何の面白みもない三島の様は、殺し合いという状況を愉しんでいたキングとはまるで正反対――あるいは、対照的な人物が揃って従属する大ショッカーという組織の強大さを示す意図があるのか。
 そんな人事の真相にも興味がなさそうに、三島は仏頂面のまま言葉を続けた。

「早速だが、第一回放送からここまでの脱落者と、禁止エリアについて伝える。

 死亡者は、ゴ・ガドル・バ。五代雄介。小沢澄子。秋山蓮。草加雅人。金居。天美あきら。桐矢京介。日高仁志。乃木怜治。天道総司。矢車想。牙王。紅音也。アポロガイスト。海東大樹。園咲冴子。鳴海亜樹子。

 以上十八名だ。これでこの会場に残る人数は二十二名となった」

 死亡者の名前に何の感慨も込めず、淡々と告げた彼はつまらなさそうに資料をめくる。

「続いて禁止エリアの発表だ。第一回放送と同じく、二時間ごとに二つのエリアを立ち入り禁止とする。

 一時からエリア【G-7】と、エリア【D-8】。
 三時からエリア【H-5】と、エリア【C-2】。
 五時からエリア【E-1】と、エリア【B-6】。

 以上が、次回放送までの禁止エリアだ。
 気付いたと思うが、次回放送までに主要な施設はほぼ禁止エリアとなる。籠城などというくだらない考えはいい加減捨てることだな」

 そうして、一通りの伝達事項を読み終えた三島が、追加された業務を消化しようと次の資料に手を伸ばした、その時だった。

「失礼。まことに急ですが、今回のあなたの出番はここまでです」

 三島の隣へと急に降って湧いた金色の粉――それが結実した、僧服に純白のストールを掛けた神父風の男が三島の手を制止したのは。

「……どういうことだ、ビショップ」
「我らが主の意向です。この場はこれより、首領代行が引き継ぎます」

 ビショップという男に告げられたその時。初めて、無感動だった三島の顔に驚愕が浮かんだ。

「まだ納得頂けませんか?」
「いや……了解した」

 そうして頷くや否や、三島はテーブルの上に残してあった持参の資料を掴み取る。

「悪いな、参加者の諸君。担当者が交代することとなった。一旦放送を中断する」

 それだけをマイクに吐き捨てると、机の上を綺麗に空けた三島はそのまま、踵を返してカメラの前から姿を消した。

 ――彼が立ち去ると同時、複数の影が画面の奥から姿を顕した。

「首領代行。資料はこちらに整えてあります」

 接近する影に頭を垂れ、恭しく新たな書類を差し出したビショップもまた、三島と同じく大ショッカーの幹部の一人だ。
 現在の組織において大幹部と呼ぶに相応しい地位にある彼が――仮に表面だけでもここまでの敬意を見せる相手は、最古参の大幹部である死神博士ですらない。

 影より歩み出で、無言で彼の手にした書類を受け取ったのは、三つの異形を侍らせた女だった。
 エキゾチックな黒いドレスの上に、あるいはバラの群れにも見える真紅のファーを纏う長身の美女。その冷徹な美貌の額には、白いバラのタトゥが存在していた。

 先行したビショップの整えた席に、彼女は優雅に腰掛ける。
 異形達の隙間から離れて行ったビショップを一瞥することもなく、バラのタトゥの女は、己の座ったテーブルの前にあるマイクを手に取った。

「――これより、第二回放送を再開する」

 怜悧な印象に反して、その唇から紡がれた日本語は――ほんの少しだけぎこちなかった。
 カメラを向けられて、そこで彼女は初めて表情を動かした。
 先の違和感を忘れさせるほど蟲惑的な、謎めいた微笑を浮かべるために。

「前任どもに倣うとするか。
 私の名はラ・バルバ・デ――大ショッカーの最高幹部、首領代行だ」

 艶然と微笑む美女の背後には、それぞれ鯨、獅子、鷹を想わせる――どこか姿が歪んで見える異物感を漂わせた三体の怪人が、まるで彫像のように直立していた。

 あるいはその声に覚えのある者もいるかもしれない。
 あるいはその玲瓏な姿を知る者もいるかもしれない。
 あるいはその従える異形の姿を忘れられない者もいるかもしれない。

 だがそう言った因縁あるだろう相手へ何ら興味を示さず、大ショッカーの最高幹部を名乗った女は言葉を続けた。

「今回は三島が放送を担当して終わるはずだったが……先に告げた通り、我々の想定以上に今回のゲゲル、バトルロワイアルが進行している。故に生じたおまえたちへの言伝を、首領より預かって来た」






「――首領?」

 そう驚いたような声を上げたのは、空白の玉座の前の広間で、大幹部の威厳もなく尻餅を着いていたコーカサスビートルアンデッドが化身した少年――キングだった。

「へぇ、首領なんて本当に居たんだ」
「――あなたは新参ですから、御存じなくとも仕方ないでしょうね」

 そう放送を行うバルバの下から広間へ戻って来た大幹部――ビショップの声はしかし、いくらか嘲りの色が隠し切れていなかった。

「我らが首領は、偉大なる存在。今は我らの前に現界するための御身を喪っておられますが、いつでも我らを見ています――カテゴリーキング、あなたのその軽薄な態度もね」

 眼鏡の奥から、鬼気迫る瞳がぎょろりと自分を睨んだのを見て、しかしキングは挑発を失笑する。

「身体がないのに……へー、凄いね。じゃあ良かったね、君のとこの王様も、さ。そんな偉大な首領様と比べられたんなら、大事な臣下に捨てられても仕方ないよね」

 自分に投げ返された挑発に対し、ビショップの頬に音を立ててステンドグラス状の模様が走った。

「あれ、やる気? 良いよ、遊んであげても……」
「――やめろ!」

 そう笑いながらキングが立ち上がろうとした時、一喝する声が広間に響いた。
 現れたのは白いスーツにマントを付けた白髪の老人――死神博士だった。

「仮にも首領代行が任務に就いている時に、幹部同士でくだらぬ争いなどをしている場合か。――ビショップ、財団Xより使者が見えている。対応は君に任せる」
「――承知致しました」

 醜態を見られたことを恥じ入るように、ビショップはそう殊更丁寧に頭を下げ、僧服の裾を翻して広間を去って行った。

 これといった職責も与えられず面白おかしくしているだけで、このバトルロワイヤルが開始される寸前に大ショッカーに招かれたキング。対して、このようにスポンサーの歓迎、バトルロワイアルを管轄する首領代行の補佐などの激務に追われるビショップは、それだけでもキングに対して恨み言の一つも持っていたのかもしれない。
 だが、彼とキングの決裂が決定的になったのは六時間前の第一回放送が原因だろう。
 自身と同じ名を持ちながら早々に脱落したファンガイアのキングに対する言及が、同じファンガイアのチェックメイト・フォーの一員であったビショップの不興を買う結果になった――もっともキングは、ビショップを怒らせることも遊びの一環として楽しんでいるわけだが。

 無論、同じキングの名を持ちながら情けない結果となったファンガイアの王を嘲笑ったのは、単純にそんな輩と同一視されたくないという気持ち――主催側であるビショップに肩入れされ、最初から適正のある強力な支給品を与えられ、餌となる参加者の近くに配置され、さらにキバの世界において彼と敵対していた闇のキバの鎧をキングから最も遠くのエリアへ送るなどの根回しをされ、なおもあっさり敗退した魔族の王を純粋に見下す心情からだが。

 しかし去って行ったビショップへの興味は既になく、キングは死神博士に尋ねていた。

「ねぇ、死神博士なら首領のこと知ってるんでしょ? どんな奴なのか教えてよ」

 それは本来大幹部であるキングが、組織の長である首領について尋ねるにはあまりにも思慮の足りない口の利き方であったが――そんなキングの態度を今更気にするでもなく、死神博士は鷹揚に頷いて見せた。

「良かろう。思えば貴様はまだ何も知らなかったな」

 死神博士の言うように、キングは殺し合いの真意や参加者に語られた事実の正誤すらも把握していない。混血である紅渡がファンガイアのキングから次代のファンガイアの王として認められたことも業腹な種族主義のビショップに、代理人に過ぎないバルバのような異種族の女を敬わせるほどの存在――キングにも少し興味があった。

 尊き主を讃える信徒のように、陶然とした様子で死神博士は口を開いた。

「偉大なる我らが首領の名は――」






 そうして幹部達がやり取りをする少し前――大ショッカーの最高幹部が名乗りを終え、何故このような些事に彼女自らが出向いたのかを説明したその直後。彼女はまず、部下の渡して来た書類に目を通していた。

「首領の伝言の前に、おまえたちに伝えるべき事柄がまだ残っていたな」

 バルバが優雅に手を上げれば、その背後に巨大なモニターが出現する。
 並んでいたのは、『クウガの世界』、『剣の世界』、『キバの世界』……前回の放送で提示されたそれと同じものだ。

「まずは世界別の殺害数の序列だ。上から順に、現在はクウガの世界が十二人で一位、次いで八人の剣の世界、その下が四人のキバの世界とWの世界となっている」

 三島同様、大した感慨も見せずに女は原稿を読み上げる。
 背後のモニターは、女の呼び声に呼応するかのように各々の世界の名を強調していたが……『Wの世界』から下の列の名は、黒く塗り潰されていた。

「……一つ、死神博士から提案があってな。今回開示するランキングはここまでとなる。理由は各々、好きに考えを巡らせると良い」

 資料に目を落とし、淡々と読み上げていたバルバはしかし思い出したかのように、ふと背部モニターの方を振り返った。

「だが……そうだな。一つ、ついでに話しておいてやろう」

 黒塗りにされながらも名を連ねた、合わせて四つの世界の内。その末席に記された文字列へと、女は白魚のような指を這わせた。
 途端、文字列の一つを覆っていた黒がまるで拭い取られ――その下に隠されていた正体を明らかにした。

「ここにある『無所属』の参加者についてだが……説明をまだ行っていなかったな」

 現れたのは、クウガや剣と言った名前を冠さない――世界ですらないグループの名前だった。
 第一回放送時点ではランキングに上っていなかったその名の横には、彼らによる犠牲者数を示す『二人』という文字が輝いていた。

「彼らは世界の代表者ではなく、彼ら自身の生死はこのゲゲルにおける世界の存亡に影響はしない。言うなれば、勝敗の条件から切り離された存在だ。故に、我ら大ショッカーの一員であるアポロガイストも名簿上はそこに属していた」

 自らの仲間だという、先程三島によって読み上げられた死者の名の一つを口にしながらも、バラタトゥの女の表情はまるで感情が籠らず、人形の様であった。
 だがそれが不意に、可笑しそうに口角を歪める。

「――もっとも、勝敗に関わらずとも……世界の存亡に無関係というわけではないがな」

 多分に含みを持たせて言葉を区切った後、バルバは再びカメラに向かって艶然と微笑んだ。

「現に、つい先程参加者の全滅が確認された『響鬼の世界』の参加者の一人は、無所属の者の手で殺された」

 そうして告白されたのは、経緯の明かされぬ罪の在処と――一つの世界の滅亡だった。

『響鬼の世界』が――そこに生きる七十億の人口を抱えて、崩壊する。

 そんな、想像すら困難な規模の破滅の未来とその引き金を伝えながらも。美貌の最高幹部は余韻を挟むことすらなく、次の話を――首領代行としての本題を切り出した。

「放送の本来の役目は終えた。それでは、おまえたちに首領の言葉を伝えるとしよう」

 そうして彼女の口から伝えられる言葉を、カメラの向こうにいる者達はどう受け取るのだろうか。
 ただ、参加者も、大ショッカーの構成員も、その全員が、その言葉には度肝を抜かれることだろう。

「……人が、人を殺してはならない」






「――オーヴァーロード・テオス。闇の力。闇のエル。無数の名を持つ……とある世界の創造主、神そのものだ」

 死神博士から厳かに告げられた名とその正体に、キングはへえ、と相槌を打った。

「神様なんだ」
「そうだ……当然彼の世界に比べれば微々たる物だが、それでも異世界に対しても大きな影響力を持ち得る偉大なる神……バルバとも、首領が世界を渡った先で出会ったらしい」

 死神博士曰く、数多の世界を旅する通りすがりの仮面ライダーやその仲間達によって、一度ならず二度までも大ショッカーは壊滅させられたという。
 仮面ライダー達の目を逃れ、時空の狭間を彷徨っていた残党の前に、ラ・バルバ・デは現れた――オーヴァーロード・テオスの代弁者として。

 オーヴァーロード・テオスもまた、ある仮面ライダーの手によって肉体を砕かれていた。だが彼は精神だけの存在となっても滅びず、そしてその神としての奇蹟の力もまた健在。
 そんな彼と、彼と行動を共にするバルバの傘下に収まるよう求められ、逆らうこともできず大ショッカーの残党は従ったと言う。

 そうして彼らに導かれるまま、このバトルロワイヤルを行うための準備を推し進めた。テオスはその力で、従来の大ショッカーでは到底連れ去ることなどできなかったダグバを始めとした参加者を用意し、時空を完全に超越して様々な時代の様々な世界から参加者を集め、アポロガイストのような死者を蘇生し、さらには儀式によって失われたはずのファンガイアのキングの心を呼び戻しさえした。挙句、その能力でバトルファイトの統制者の役割を代行したのか、不死であるアンデッドを殺し合いに参加させると言う、キングすら驚嘆させる冗談のような事態を現実の物としている。

 参加者の力を縛る首輪の効力も、それがあれほどの戦いでまるで傷つかないというのも、大ショッカーの世界を股にかけた技術力だけでなく、会場そのものを創世したテオスの力の影響を受けているからだという。

 実際には大ショッカーの組織力と技術力を重用し、さらに財団Xというスポンサーまで必要としているということから、テオスにとってもここまでの道筋は決して楽なものではなかったのかもしれない。
 だがなるほど、全知全能ではないにしても、キングの知る限り最もそれに近い所業を果たしている存在であることは間違いない。

 ここまで手の込んだ真似をしたとなれば、本当にテオスにその気があるなら、敗退した世界を本当に消し去ることも、優勝者の願いを叶えることも――それこそキングを、この退屈な生から解放することも容易く行える準備は終えているのだろう。
 これでビショップの態度も得心が行った。元のキバの世界で敗れ、蘇生されたという彼は――自らに新たな命を与えたテオスという神の加護を、誇り滅び行く己が種に得ようと必死なのだろう。
 同じような理由で組織へ忠誠を誓っている者も、決して少なくはないはずだ。
 例えば種族に、ではなく、自己に限るとしても――ちょうど、姿を現した同僚のように。

「そして既に死んでいた俺やビショップ、ついでに封印されていたおまえを復活させたように、組織の人員補充を兼ねた聖別も首領御自ら行われたわけだ――何が起きたのかも、我々外様ではわからないほどの御力でな」

 如何にもその力に御執心と言った様子で割って入って来たのは、本来第二回放送を担当していた三島だった。

「あっ、お疲れグリラス。放送役のやる気なさ過ぎたの、お目玉なくてよかったね」
「……くだらないケチは止して貰おうか。俺は自分の仕事を全うしていた」
「わかってないなぁ。遊び心がないとつまらないだろ? 仮にも大幹部様が、さ」
「遊び、か……キング。貴様こそ、幹部としての自覚があるのか?」
「あるよ? 偉大なる首領様に選ばれたおかげで僕はこうして自由なわけだし、ほらバルバだって情報の公開は工夫してるじゃん。それとも首領の人選が信じられないわけ?」

 苛立ったような三島の返しに、キングはへらへら笑いながら挑発を重ねた。
 そうして最高幹部の振る舞いと、何より首領の御名を出されては何も言い返せないのか、苦虫を噛み潰したような顔で沈黙する三島を見たキングはわざとらしく驚いたような表情を作った。

「わ、グリラスが黙った。首領ってやっぱり凄いカリスマだなぁ」

 口先ばかりで自分達の主を讃えながら、けらけらと笑ったキングはついでに、ふと思い至った疑問を零してみた。

「……でも、そんな偉大な神様でも世界の崩壊は防げないんだ?」
「貴様……っ!」

 神を試すが如き不敬な発言に、押し黙っていた三島が眼鏡のフレームに手をかけた。
 そのまま怪人としての姿に変身しようとする彼を制するように、白い衣服に包まれた腕が翳される。

「さあ、どうだろうな」

 三島を止めた死神博士が、そのまま余裕ぶってはぐらかすのを見て、キングは一瞬むっとする。だが直ぐに頭上のモニターに映る、その神である首領の言伝を口にするバルバの姿を見て、また口の端を歪めた。

(わかるよ、神様……こんな面白いゲームを考えた理由がさ)

 自分のその考えが間違っている可能性など夢にも思わず、キングは内心呟いた。

(やっぱり退屈だよね、長生きしているとさ)

 自らの同類を得たと思い込み、キングは今までより少しだけ、大ショッカーの主催するこのゲームへの興味が湧いて来た。

「――ねえ、死神博士。僕も今から、このゲームに飛び入り参加しちゃ駄目かな?」






「……これは、あくまで首領の言葉に過ぎん」

 人が人を殺してはならない――殺し合いを強要した組織の長が口にするには、あまりにもふざけているとしか思えない言葉を伝えたバラタトゥの女は、部下の纏めていた書類をテーブルの上に投げ捨てると、再び口を開く。

「だが、おまえたちが気にすることはない。首領は最終勝利者が出ればその者の世界を存続させ、その者どもの望みを叶えるという契約を私と交わしている。首領の思惑などとは無関係に、死神博士が約束した報償は必ずや勝者に与えられる」

 優勝の褒美――それを信じることで心を繋ぎ止めている、それを信じることで殺し合いに乗ろうとする参加者が存在すると見越して、バルバはそう続けた。

「戦いを続けるが良い。そして見せてみろ。おまえたちの可能性が選ぶ、その行く末を――それがどんな答えだろうと、我々はその選択を受け入れよう」

 それをたとえ自身の望まぬ形だろうと、受け入れると首領は認めたのだから。
 それは代弁者である彼女もまた、同じ。

「以上で、第二回放送を終了する」

 そうしてバルバは踵を返し、放送室を後にする。その背には、三体の怪人――水、地、風。三種のエルロードが、静かに続いて行った。

 そうして事後処理を――キングの参戦希望すら、三島と死神博士に一任し、彼女は広間へと歩いて行った。
 人払いは済ませてある、静かな空間で――無人のはずの大首領の玉座に向けて、三体のエルロードが恭しく礼を取る。

「ゲゲルは、おまえの望まぬ方向に進んでいるな」

 バルバもまた、誰もいないはずの玉座に向けてそう告げた。

「だが、放送でも口にした通り――約束は、果たして貰うぞ」

 ――無論です。

 誰もいないはずの玉座から、そう静かな――しかし明瞭な声がバルバの中に響いた。

 ――私は、かつての使徒の言葉を見極めるのみ……

「おまえはリント――いや。人間を創りながら、それを何も知らない……か」

 対話の相手が語った、自らを使徒として選んだ理由を、バルバはもう一度口にする。

 ――ええ。私は、自らの使徒にそう断罪されるほど……視野が狭い。だから、あなたが必要なのです。ラ・バルバ・デ。

 超越者からの告白に、だがバルバは泰然とした様子を崩さなかった。

 ――人間がどのような結論を選ぼうとも……私は、それを受け入れて……彼らの選んだ世界を、信じましょう。

 たとえ、互いに滅ぼさねばならぬ運命のままに、最後まで傷つけ合うとしても。
 その運命すら打ち破って――他者を受け入れ、共に生きて行くとしても。

 創造主は、己が子ら自身の選択を尊重し、人間という存在を見極めると、そう宣告した。

 そのための舞台。極限の状況下に在ってこそ現れる、人間の真の姿。そして真の可能性。

 数多の世界の滅亡を前にして、大いなる力を持つ神は――敢えて全てを、人間に委ねた。

 人は彼が愛するに足る存在であり得るのか。彼がその力で救うべき者なのか。
 そしてそもそも――本当に彼の力を、人が必要とするのか。

 ――それを見届けるために……もう少し、私に協力してください。

「言われるまでもない」

 それこそ、彼女もまた望むことなのだから。

 オーヴァーロード・テオスは、人が人を殺してはならないと説いた。
 しかしラ・バルバ・デは、リントが争いを覚えたことを肯定する。

 進化とは、生存競争だ。より進化した者が、劣る者を狩る――グロンギがリントを狩る権利を持ったように。
 進化したリントの戦士達によって、多くのグロンギが討ち果たされたように。

 たった一つだけ世界が残るのなら、闘争の果てに残された世界こそが、無数の世界の中で最も進化した在り方なのだろうと、そう考えていた。

 だが、彼女もまた一つの奇蹟を目にしていた。

 ダグバと等しくなったあのクウガの、慈愛を湛えた赤い双眸を――
 リントが恐れた伝説を塗り替える、その姿を。

 聖なる泉を枯れ果てさせることなく、クウガはダグバを上回った。
 彼より劣るはずのリントを滅ぼす闇となるのではなく、彼らを護るために――助け合い、支え合ったことで。

 そして奇しくも同じ疑問を持ち、世界の融合に気付いたばかりのテオスに見初められ、教えられた……滅びつつある、無数の世界の存在を。そしてそこに存在する、他者を狩るのではなく、護るために無限に進化して行く者達を。

 ――仮面ライダー。

 それが数多の世界に共通する、救世主の御名。

 果たしてその存在が、結局彼女の信じる進化に劣るのか――それとも、真に勝る可能性であるのか。

 その可能性を見届けたい――その一点で、二人の目的は一致した。
 だが争いを是とし、それこそが本来あるものだと考えるバルバと――それを人に望まぬテオスの価値観は、同じ願いを抱きながらも異なる物だ。

 だからこそ手を取り合う価値があると、テオスはバルバに言う。彼の言う通り、互いの視野を拡げるために。

 また、グロンギにおいてゲゲルの管理者であったバルバは、此度のバトルロワイヤルの管理者としても適任――テオスにとっては、これ以上とないパートナーだったのだろう。

 それはまた、バルバにとってのテオスも同じこと。

 ……そうは言っても結局、テオスには未だ己の思うが通りになって欲しいと自制を欠く面はある。だが想定を遥かに越え、わずか半日足らずで世界の一つが滅びた現状に対し、先の言伝のように彼がぼやき一つで済ましたことは許容範囲だと考えたからこそ、バルバもその依頼に応じた。言うなれば今のバルバの役割は、受肉していないテオスに代わっての実務担当と共に、テオスが行き過ぎないよう見咎めることなのだから。

「――それでは、共に見届けるとするか」

 そう同志に告げて、バルバはまた踵を返し、広場を後にする。
 極限状態の中で戦い続ける、人の見せる可能性を見極めるために。
 三体のエルロードは無言のまま、主より与えられた任を果たすべく、美しき代行者の後に続いた。






【全体備考】
※主催者=大ショッカー首領は、【オーヴァーロード・テオス@仮面ライダーアギト】でした。彼は肉体を失っているため、【ラ・バルバ・デ@仮面ライダークウガ】が最高幹部として首領代行を行っています。
※主催側には、さらに【水のエル@仮面ライダーアギト】、【地のエル@仮面ライダーアギト】、【風のエル@仮面ライダーアギト】、【三島正人(グリラスワーム)@仮面ライダーカブト】、【ビショップ@仮面ライダーキバ】がいます。
 また、【財団X@仮面ライダーW】からの使者が来訪しているそうですが、その正体、および以後も主催陣営に留まるのかは後続の書き手さんにお任せします。
※参加者に支給されたラウズカード(スペードのK)はリ・イマジネーションの剣の世界出展です。
※キング@仮面ライダー剣がバトルロワイアル会場への飛び入り参加を希望していますが、どのような展開を迎えるかは後続の書き手さんにお任せします。
※世界別殺害数ランキングは、上位三位まで、および『無所属』(=仮面ライダーディケイド出典の参加者)のキルスコアのみが明示され、他の三つの世界の名称および内訳は伏せられています。


112:最高のS/その誤解解けるとき 投下順 114:更ける夜
112:最高のS/その誤解解けるとき 時系列順
074:第一回放送 死神博士 134:第三回放送
074:第一回放送 キング 119:可能性の獣
GAME START ビショップ 134:第三回放送
GAME START 三島正人 127:What a wonderful worms
GAME START 水のエル 134:第三回放送
GAME START 地のエル
GAME START 風のエル
GAME START ラ・バルバ・デ
GAME START オーヴァーロード・テオス

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2018年11月18日 17:41