師弟対決♭キミはありのままで(前編) ◆gry038wOvE




 ファンガイアの王となった青年――紅渡。
 彼の中の時間は、師、名護啓介と出会った瞬間に停止した。

 一方、渡と会う覚悟と正義を秘めた青年――名護啓介。
 彼の中の時間は、こうして渡と再びまみえた瞬間に再び動き出していた。

 時間の感覚が異なった二人の音は調和しない。

 お互いが出会った時の思惑も違えば、互いの主張も、立場も、ここに来た時間も、戦う手法も違う。
 しかし、渡は名護啓介という男を誰よりも尊敬しているし、名護もまた紅渡という男の優しさに光を見出している。
 ただその一点だけが、いまこの二人が二重奏を美しく奏でられる要素だった。



♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪



 渡にとってみれば、名護啓介の出現はこの場で最も忌むべき事象だった。ここに来て、殺し合いに乗り、キングとなってから……何度音也や名護と出くわす事を想定したかわからない。
 しかし、いざそうなった時にどうするかはまだ答えを出し切れていなかった。
 まるで喧嘩をして家を飛び出した後にもう一度家に帰るような、うしろめたさと気まずさが彼の心の内を取り巻いていた。

 勿論、まったく覚悟していなかったわけではない。会う事があれば前のようにはいかない事もわかっていた。――だが、想定と現実は、往々にして異なるものだった。
 こうして出会ってしまうと、非情に対処したいという想定を、何かが害してくる。
 その躊躇と引っ掛かりが渡の中の時間を止めた。

 最初の一声をかける事が出来たのは、名護の方だった。

「渡君」

 力強い呼びかけだったが、そこには敵意や怒りはなかった。何かの覚悟の込められた、正義感の名護のいつもの声色。
 しかし、その何気ないたった一声が、渡の中の返事を促す。
 渡の中の時間も、遅れて動き出す。

「――名護さん。僕の名はもう紅渡じゃありません。ファンガイアの王……キングです」

 何度となく誰かに向けた、この返事だ。こうして、渡という名前を拒絶し、この新しい名前を告げる事で、己の決意とここから先の生き方を思い返せる。
 名護の前でそれを告げる事には、渡も気持ち悪さを感じた。他人に告げるのと、親しい人に告げるのとでは、胸の内に広がる物が違いすぎる。
 だが、その決意を告げる勇気のない者には進むべき道はない。たとえ敬愛した相手の前であっても、怖じる事は負けを意味するように感じられた。
 ひとたび言葉を発する勇気を超えた後は、もう引けない。
 力強い面持ちで名護を睨みつける。

「これからは貴方も、僕の事はキングと呼んでください」

 続けて、そう告げた。
 渡の中の時間が動き出す。
 今度は名護の中の時間が止まる。

(やはり、……そうか)

 その拒絶の言葉を聞き、その瞳を見た時――名護は、記憶の中である一つの時期の渡を思い浮かべた。
 同じようにして渡が名護の前でキングを名乗ったのは、ほんの少し前、実感として一週間程度前の出来事である。

 渡は、ごく最近同じようにキングを襲名し、登太牙からその座を奪還しようとした。尤も、それは太牙を守る為の彼なりの考えであり、その行動もすべて本気とは言い難かったが――今回はどうやら様子が違う。
 まぎれもない本気だ。
 あの時とは、何かまた別の事情が――本気にならざるを得ない理由があるように聞こえた。
 ナイーヴな彼がどこかで傷つき、そこから誤った考えで掬い上げられたのは何となく想像ができる。
 少なくとも、おそらく名護の訪れた時間より少し前の時間軸が彼の元の居場所な事は間違いないと思えた。まあ、理性の失せた形でないのならまだ幸運と云えた。対等以上に話し合う事ができるシチュエーションだ。

 それに、紅渡は――名護が出会ってきた中で、誰より優しい青年だ。
 思い出す。彼と、彼の父親が名護の中の何かを変えていった壮大なストーリーを。
 名護は、負けじと口を開いた。

「……君の名前は紅渡だ。キングという名は九画、字画が悪い。
 神がそんな名前の男の未来に幸を与えるわけがない。
 正式な手続きを踏む前に、紅渡という名前のすばらしさを見つめ直しなさい」
「未来を定めるのは、神じゃない。――王であるこの僕です。
 それに、幸も不幸も関係ない。たとえ不幸を負っても、世界を正すのが王の責務……」

 渡の周囲には、小さな白い円盤が――サガークが飛び回る。それは明確に戦闘の準備だった。名護は、サガークの姿に目を凝らした。太牙の用いるサガの鎧が彼の手元に渡っているのだ。
 いつものキバットバットⅢ世ではなく、無機質なサガークを従えている状況に、名護は少しばかり眉を顰める。キバットバットⅢ世はどうしたのだろう。
 そんな折、もう一体のキバットバットが、名護の耳で囁いた。

「……おい、名護。どうする? 音也の息子はやる気だ。
 この俺が面白くなるほどの悲しみ、闇を感じる。奴は限りなく本当の王の器に近づいている……」

 何かに惹かれつつも今はかろうじて名護に協力するキバットバットⅡ世。そんな彼に促されながらも、名護はイクサナックルに手をかける事はなかった。
 元より、名護もキバットも無駄な争いをしに来たわけではない。
 争いは最後の手段だ。たとえそれが選択肢に含まれているとしても、それを選ぶにはまだ早い。

「――キバット君。少し席を外しなさい。俺から、彼と二人きりで話がしたい」
「話し合いか。フンッ……どうなっても知らんぞ」
「悪い事にはならない。そんな確信がある。
 俺が名護啓介で、彼が紅渡である限り……」

 名護は覚悟の瞳でそう言うと、キバットも少し思案げな表情をした。

「……面白い。そうまで言うなら、俺は口を挟むのをやめよう。
 勿論、彼奴が王を名乗る器かどうかも考えさせてもらうがな」

 それからそう言って、キバットが高く空へ飛び、渡と名護を見下ろせるようなビルの窓枠に留まった。
 キバットバットⅡ世もまた王に仕える身だ。本当に席を外すわけにはいかない。紅渡が王たりえるかを眺め、その在り方次第では名護たちではなく彼に力を貸すというのも躊躇はしまい。
 そんなキバットの姿は下から見上げてもなかなか見えづらいものだったが、渡はいまのキバットの姿に目を奪われていく。

「キバット……? いや――」
「――彼はキバットバットⅡ世。キバットバットⅢ世の父、闇のキバの力を与えし者。
 彼には、少し席を外してもらった。ひとまず、俺が君と話す為に」

 こう言いながらも、やはりダークキバの事を知らない渡である事を再認識する。
 少なくとも渡の方からすればキバットバットⅡ世との面識はないようで、それはつまり名護の想定通り時間軸が少し前であるという事を示していた。
 渡がサガークを掴むか悩む素振りを見せたのを見て、名護は加えて言った。

「……お互い、無駄な力を使いたくはないはずだ。
 同じ世界同士で戦う事はルールの上でも利はなく、情報にも常に飢えている。
 いま、必要なのは……男と男の、語り合いだ」

 次の行動を決めかねている渡に対し、名護は真剣なまなざしで言った。
 渡も自らの周囲を飛行するサガークへと指示を出す。

「――サガーク、僕もこの男と話がしたい。退いてくれ」

 渡の答えはそれだった。
 サガークは彼の指示通り、その場から引く。
 名護の言う通り、今こうして名護が会話を求めるのなら、それは渡にとってはマイナスではない。
 唯一避けたいのは、説得を受ける事で少しでも覚悟が鈍る事だった。
 向けられてくる言葉すべてを拒絶する事で、最初から説得させまいとする事も出来たはずだが……名護は説得の意思を直接は見せなかった。

 何より、ルールの話や情報不足の件を持ち出されると、渡は痛いところを突かれる形でもある。
 同じ世界の存在である名護を一方的に攻撃する事は自らを不利にする事であると同時に、彼らのいる世界を守るという己の信念さえ否定してしまう事にもなる。
 情報不足はまさしく渡の手痛い部分であり、キバットバットⅡ世の存在についてだけでも既に名護には劣っている部分があると言わざるを得ない。この状況ゆえ、お互い情報は惜しい。

 そんな折、名護は切り出した。

「――だが、その前に、まずは飲み物を買って一息つこう。何が良い?」

 悩む渡を前に、名護は本当に男と男、一対一での会話を望んでいた。
 名護の本気の眼差し。
 それは名護らしい、意外と古風でウェットなやり口だった。
 そんな名護の提案を拒絶するでもなく、流されるようにして、渡は名護の後を追った。



♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪



 団地に設置されているような、本当に幼い子供が井戸端会議の横で時間を潰す為のような小さな公園。
 遊具はブランコと滑り台しかない。遊具以外には、砂場と小さなベンチだけがあるだけだ。
 そこで渡と名護は、そのベンチに腰掛けて缶コーヒーを飲んでいた。渡が何も答えなかったが故のチョイスとして、二人分、同じものを自動販売機で買っていた。
 プルトップを開けて、少し落ち着けて温かいコーヒーを流し込んでから、名護は切り出した。
 渡は受け取りこそしたが、開ける様子もない。

「――渡君。いま、日本は少子高齢化という社会問題にぶち当たっている。
 未来を担う若い力が不足し、このままでは国の将来が危ういところまで来ている――」
「……それがどうかしたんですか」
「人の話は最後まで聞きなさい」

 口を挟んだ渡を諫めるように言ってから、ただ彼は、もう少し単刀直入に言い直した。

「この時間の君はまだ知らないだろうが、俺は縁あって……麻生恵と結婚する事になった。
 いずれ、子供も作るだろう。
 この日本の未来を案じれば少なくとも三人は必要だが、養育費やあらゆる負担を考えると悩ましくもある……」

 渡の動きが完全に止まる。
 脳が情報を処理するのに少し時間がかかったようだった。

「待ってくださいっ……恵さんと!?」

 コーヒーを開けて飲んでいたなら吹き出していただろう、というくらいに素で驚く渡だった。そこで、またもやキングの威厳は消え去っていた。
 仕方のない話だろう、渡は普段いがみ合っている二人の姿を知っている。記憶や、名護と恵の印象までは捨てられない。
 あの名護と恵が裏でそこまで発展していたとは、渡は思いもしなかっただろう。

「俺と渡君が連れてこられた時間が異なる。
 近い未来、俺は彼女と結ばれ、共に戦った仲間たちに祝福を受ける事になる筈だった」

 ……ただ、考えてみれば組み合わせとしては納得がいかないわけもなかった。
 恵が理想として口にした男性像は、まるっきり渡の見ていた名護啓介の特徴と合致していた。それがすぐに結婚となると話は別であるし、仮に結婚に行き着くとしてもそこまでには名護も恵ももう少し時間がかかると思えるが。
 尤も、渡も恋愛下手な方だ。他人の色恋は、聞いた限りでも意外な事尽くしである。

「――僕のいる世界に、そんな未来が……」
「ああ。……そして、その祝福の輪の中には、君もいる。キングではなく、紅渡として。
 だから、たとえ道を違えたとしても、俺は式場から君の席を外したくはない。
 俺が結婚したら君の祝福を受け、君が結婚したら君を祝福できる……俺は君と、ずっとそういう関係でありたいと思っている」

 唖然として言葉を返せない渡だった。
 頭の中に様々な想いが湧いてくる。
 この名護という男の気持ちを裏切っている事へのうしろめたさも胸の内から噴き出してきそうになった。
 胸を締め付ける、という表現が全く偽りでない事を証明する、心臓あたりの息苦しさ。何かが抜け出そうとしてくるような痛みでも痒みでもない何か。
 だが、後に退かない覚悟が自分の中にはある。

「どうした、渡君。祝福はしてくれないのか?」
「いえ……おめでとうございます。喜ばしい事実には違いありません――」

 名護の言う通り、渡にとって名護と恵が結ばれる事は祝福すべき事実であり、そんな未来の中で自分が悩まずに祝福出来ているのなら、それほど嬉しい事はなかった。
 それは、キングとしてではなく紅渡として。

「でも」

 しかし、渡は思い出す。
 それはあくまで世界の過程でしかない。

 この先の未来が――彼らの思い描く幸福までが、大ショッカーやディケイドに奪われようとしている。だから、その世界には『強き王』が君臨している事をここで知らしめなければならない。
 幸福のその先に、その陰に、いつも世界の破壊は待っている。名護も、恵も、その先に生まれる子や、あるいは……今の自分にはまったく実感の湧かない「自分の伴侶や子」までもがその先に在るのなら、渡はファンガイアの王である事を辞めない。

 むしろ、だ。
 名護や恵の未来が具体性を帯びた時、彼は尚更――。

「――それなら、尚更、僕たちはその世界を守らなければなりません」
「その方法が、ファンガイアの王となる事だというのか……?」
「……はい」
「その為に君は――ここで誰かを殺めたのか?」
「……既に僕たちには、その手段しかありえません。
 この後も、僕は仮面ライダーではなく……ファンガイアの王として、二つの種と世界を守る。それだけです」
「誰かの世界を犠牲にして――」
「残念ながら、それが唯一の方法です」
「ならば、渡君、それは間違っている……!」

 今度締め付けられるのは、名護の心だった。
 嫌な予感はあった。だが、あの優しい渡がこうして修羅の道を突き進んでいるというのなら、名護にはそれを正す責務があった。
 名護にとって、この会話はかつてのどんな敵との戦いよりも重苦しい。
 素晴らしき青空の会の会長の座を託そうとした自分の気持ちと判断には、間違いはないと今も信じている。――むしろ、これが渡の優しさがゆえの行動であると思うと、自然と納得もできてしまうのだ。
 彼は思いを押し殺して、被る必要もない罪を被ろうとしている。
 だから、名護は彼の性格を知り、彼の優しさを知りながらにして、彼の行動を否定するしかない。
 ――最も否定したくない、仲間の事を。

「考え直しなさい、大ショッカーは我々を騙そうとしている不埒な輩!
 これ以上罪を被っても全て無駄になる! ……今からでも遅くはない! すぐに俺たちと共に大ショッカーを倒し、共にここから抜け出す道を探るべきだ! 渡君!」

 名護は思った。
 渡も気づかない男ではあるまい。
 大ショッカーに正義があるというのなら、悪戯に人の命を奪う正義などありえない。
 世界を守る為の殺し合いだとして、首輪をつけて閉じ込めゲームのように弄ぶ事に何の意味があるのか。
 別の場所で待っている“彼”のように、かつて自分の世界を壊そうとしていた者さえも参加しているくらいである。
 本当に世界の在り方を決める戦いならば、露悪な輩が覗いて楽しめるようなふざけた作りは許されないはずだ。

 ……そして、今は神をも名乗ろうとしている。
 名護が強く影響を受けている世界観の中で、大ショッカーは最も侮辱してはならない存在を、大ショッカーは侮辱しているのだ。
 だが、頭に血が上りすぎて伝わりづらいであろう事を承知して、少し冷静に渡に言い直した。

「――俺は何人かの仲間にも情報を貰い、確信を持っている。
 悪の権化、大ショッカー……神を名乗り、我々を誤った道に扇動しようとしている集団だと」
「――そんな事は、僕も承知しています。大ショッカーの幹部、アポロガイストから情報を得ました。
 大ショッカーの真の目的は世界を征服する事であり、世界を選別する事ではありません」
「ならば何故……!」

 意外だった。
 世界を守るためではないとするのなら、何故。
 決して理性を失ったわけでもなければ、殺し合いをしたいようにも見えない。
 彼なりの正義があるとして――その理由はわからなかった。てっきり、大ショッカーの言葉に何か確信を持つような事があったのではないかと思っていたが、そうでもないらしかった。

 渡は、何か期待を込めたようなまなざしで、名護を見つめ返す。

「いくつもの世界が滅びに向かっている事は、事実です。
 それを阻止する為には、まず世界の破壊者ディケイド――彼を倒す必要があります。
 彼こそが真の世界の歪み……彼を破壊しない事には、世界の滅びは止められません……。
 僕らはもはや、手段を選ぶ事は出来ない。
 このままいけば、すべての世界は融合し、大ショッカーの言う通り破滅する」
「ディケイド……? 門矢士の事か?
 噂には聞いている。だが、彼は悪人なのか……?」
「――悪人かどうかは言い切れません。
 しかし、ディケイドはその存在そのものが世界を脅かす悪魔です」

 渡はもう一度言い換えた。

「おそらくですが、人格を持った災害……破壊という事象を人間化したものと認識してもらえれば良いと思います」

 対象が悪であるか否かは関係ない。
 ただ存在そのものが無数の世界の融合を促し、破壊へと導く混沌の悪魔――それがディケイドだった。

 仮面ライダーたちはすべからく彼を倒さなければならない宿命を負っている。
 彼の仲間になるのではなく、彼と対抗して彼を破壊する事こそが、このライダー大戦の真の意義だ。――大ショッカーと戦うとしても、それはディケイドを倒しライダー大戦で勝利し、キバの世界が狙われた後の事。
 最低限の勝利条件たるディケイドの破壊をクリアーしなければ、もとより世界を守る事など出来ない。

「名護さん、出来るのなら、あなたにも僕の考えに協力してもらいたい。
 このディケイドを倒す事に関してだけは……」
「――他ならぬ君の言葉だ。きっと嘘はない。
 他の世界を犠牲にする君の考えは相いれないが、ディケイドの件については考えておこう」
「ありがとうございます……」

 名護の中に巡る想いは複雑だった。
 渡自身の言葉には嘘はないだろうが、渡がその情報をどこから得たのかにもよる話である。つまりは、彼自身が他者からの情報に踊らされている可能性も否定はできないという事だ。
 純粋ゆえ、騙されやすくもあるのが欠点の人間もいる。

「だが、ディケイドを倒したなら――その後、君はどうする?」
「次の脅威となるのが他のライダーの世界や大ショッカーです。
 ディケイドは仮面ライダーのいるすべての世界を融合させ、そして、破壊します。
 ディケイドを破壊すれば世界は融合から免れるかもしれません――だけど、もう手遅れかもしれません。存続する世界は一つと言っていました……。
 世界が融合し、そこから先に残る世界が僅かの可能性も否定はできない状況です」
「……誰から訊いた?」
「大ショッカーの幹部、アポロガイストです。嘘を言っている様子ではありませんでした」

 名護は、息を飲んだ。
 アポロガイスト――信頼に足るかはわからない。
 しかし、もし本当だとしたら。

「その時になったら――いや、そうなる前に、僕はキバの世界を残す為に戦うだけです。
 大ショッカーと本当に対抗するのはその後。
 まずはディケイドや他の世界を優先的に破壊し、勝ち残った僕たちの前に現れた敵を――破壊します」
「渡君……やはり君の進むべき道は間違って……――」

 名護は、渡のかつてない真剣なまなざしを前に――そして自分の中のジレンマを前に、そこから先を言いきれなかった。
 思い返せば、これまでは「大ショッカー」という明確な悪の存在を軸に団結し、対抗していたともいえる。

 だが、世界滅亡それそのものが正真正銘の真実として、それにあやかる形で大ショッカーという組織が不随してゲームを仕組んだならば、この災害めいた事象をどう乗り越えろというのか。
 正直、代案はわからない。
 そのディケイドという「破壊の人間化」を叩き潰す事を最低条件とすれば良いが、世界が何らかの事象で滅ぶとして――かつて隣にいた我が妻は。
 そして、自分の生きた世界は……どうなる。

(――)

 ――だが、名護は「敵」とされる他ライダーの世界の住人たちの顔を思い出す。
 先ほどまで一緒にいた、ここで出来た仲間の事を。
 彼らを忘れていたわけではない。忘れるわけがない。しかし、同時に駆け巡る自分の中の微かな迷いには答えは出しがたい――史上最悪の、二択。

 さながら思考実験のようなものに陥る。
 勿論、すべてはあくまで仮定だ。嘘だと考えたって良い。
 しかし、真実である前提のもとに考えたなら――?
 世界の滅びが確実だったら、本当にライダーの世界同士で戦う必要があったら、自分は果たして一体どんな答えを出す――?

 ――ふと、自分の言葉が止まっていたのを感じ、図星を突かれるより前に、名護はごまかすようにして続けた。

「――……どちらにせよ、君が他の世界と戦い続ける道を選ぶのなら、俺にとっては同じ事だ。
 ここで出来た多くの仲間の命を奪う事は、許されない」
「そうかもしれません。
 でも――僕にとって一番大切なのは、貴方やかつての仲間です。
 僕には、ここで仲間を作る必要なんてありませんでした。
 ……いや、やっぱり違うかもしれない。僕にもここで仲間のようなものはいました。
 ただし、彼らに騙され裏切られるばかりでした。お互い様でもありますが」
「――だとしても、それは君の運が悪かっただけだ。
 俺の仲間は、決して裏切らない。共に来てくれ、渡君」

 そう言われた瞬間に、渡の中で、そっと何かが動いた。
 名護には、多くの良い仲間がいたのかもしれない。ただまっすぐな人間が寄ってきたのかもしれない。それは悪い事ではないと思う。
 だが、名護の周りには――裏切り者が少なくとも、一人いる。
 それを渡は思い出したのだ。

「僕が……います」

 冷たい言葉を放つ渡。
 彼は名護を責めるような瞳で、自分自身を、責めていた。

 音也と名護。
 渡の中に滾る罪悪感は加速していく。
 想われている。――ような気はする。少なくとも、この名護啓介には。

 確かに、名護は良い人ではあった。
 先生のように面倒見は良く、少し厳しくもありながら面白いところや優しいところがたくさんあった。多少空気は読めないところがあるが、悪気はないし、大概は渡自身もそれを許せた。
 だが、ここまで自分を熱心に説得しようとするほど――名護が自分を仲間として意識してくれていた事など、渡は思ってもいなかった。
 てっきり、否定だけを返すとばかり――思っていた。
 そんな名護を、裏切っている自分がいた。

「かつて仮面ライダーだった僕は……名護さんや父さんの想いを、既に裏切っています」
「馬鹿な事を言うな。君が俺を裏切るわけがない」
「僕は多くの罪を犯した。――それは立派な裏切りです」
「……いや、君は決して、俺たちの想いを裏切ってはいない。
 少なくとも俺は、そう思う」
「どういう事ですか」
「俺の進む道と、君の進んだ道は確かに違う。
 そして、確かに君の考えは間違ってはいる。
 ……だが、君なりに俺たちを想っての事でもあるのも承知している。それだけ世界に対して責任を持ってくれる人間なんて、この世の中そうはいないはずだ。
 その想いを、裏切りとして否定する事は、君をよく知っている俺には出来ない」
「――……名護さん」

 かつてのように人を強く責めたてる事のない、少し変わっていった名護。
 己を強い人間ではなく、弱い人間として向き合った後の男の言葉。

 少しだけ、渡の中の心が動く。
 認めてはくれないと思っていたところを認めてくれた喜びや感動が、渡の目頭を少し熱くした。――でも、だからこそ、余計に傍にはおけなくなった。

 名護は、決して渡と同じ道を行ってはくれない。
 一つの正義として認めつつ、ただそれぞれが別の正義として交われないのが渡と名護それぞれの道だった。

 渡は名護が好きだ。だが、同じ道はいけない。
 同じように名護も渡という男を気に入っている。だが、己の道に引き込もうとはしている。
 そちらに行く事は、出来なかった。

「君はもう、罪を負わなくて良い。これからは、俺と償えばいい」
「名護さんと――」
「ああ、弟子の罪は、師匠の罪。俺と君とは一心同体だ。
 君が間違いを犯したのなら、この俺も同じように懺悔し、同じように背負う義務がある」
「――……でも、僕が罪を犯しているというのなら、その罪をただの人間である貴方に転嫁する事は出来ません」

 渡は思い返す。――自分の罪は重い。ただの罪人ではない。
 再びフラッシュバックする――ライダー大戦の記憶。
 地の石を利用して人を操り、無理矢理戦わせて多くの者が死んでいった諍い。
 人の命だけではなく、想いさえ踏みにじる覚悟があった。

 深央の死、加賀美の死、王という運命……あらゆるものが渡を後には退かせないよう背中を押し続けた。
 名護は――缶コーヒーの残りを一気飲みすると、立ち上がり渡の方を向いた。

「――ただの人間じゃない。その言い方は、水臭くて気に食わないな」
「え?」
「俺は、君の師匠、友人、仲間だ。その絆は恋人などよりも深い。
 俺の事を指すなら、『ただの人間』ではなく、『ただならぬ人間』と呼びなさい」
「――貴方は、まだ僕がどんな罪を犯したかは知らない。
 ……だから、そんな事が言えるんです」

 渡の悩みは、消えた。渡もまた立ち上がった。
 もう一度、紅渡の眼差しを捨て、名護に向けて冷えた口調でそう突き返すだけだった。
 そう、名護は渡の罪を背負おうと告げている。――だからこそ、だ。
 責任感や正義感の強い名護が相手だからこそ、渡は罪を託せない。もっと冷徹になりえる仲間にしか、「罪」は託せないのだ。

 いっそ、裏切り者の方が仲間としては都合が良いとさえ思う。
 初めからお互い様であるのなら、傷つけずに済むのだから。

「――」

 この大戦で、渡のこれまでの経緯を全て思い返すなら、それはそれらの行動に一切関係のない、ただ師匠であるだけの名護に背負わせるにはあまりに重い。
 名護も決して軽い気持ちで言ったわけではないだろうが、名護は渡の歩みを知らない。
 一人、二人を葬ったわけではない。渡の行為によって不幸になった者は、数が知れない程である。あるいは、名護自身にも余波が来ている可能性さえ否定できないほどだった。
 それどころか、これまで名護が憎み戦ったファンガイア以上に、たくさんの人を殺め踏みにじっただろう。
 名護は、少し黙った後で、静かな声色で渡に告げる。

「それなら――渡君。
 罪を犯している自覚があるのなら、この俺の前で……ここですべてを話しなさい。
 そして、残りの時間は、罪を重ねるよりも懺悔する事に回しなさい。
 きっと、手遅れにはならない――俺の仲間たちのように」

 そう、名護は渡の罪を知らない。
 それは、渡が直接話さなかったからに違いなかった。
 名護が知るのは、渡の考え方だけだ。スコアを上げたのも知ってはいるが、それが果たして、悪人を葬ったケースなのか、それとも無差別的なのかは名護もまだ知りえない。
 これまで――どんな物語を積み上げたのかは、渡のみが知る。
 明確な情報すら得ていない名護にとってみれば、むしろどんな形であれそれを知りたい――知る事で背負いたいとさえ思っているのかもしれない。

「……」

 渡は、そう言われて少し考えた。
 渡にとっては、嘘を告げる手段もあった。このまま曖昧にして隠す手段もあった。その方が楽には違いなかった。

 だが、そうやって閉じこもるのは渡の悪い癖でもあった。
 今の渡に必要なのは――覚悟。名護や父と向き合ったうえで、自分のやり方を貫き通さなければ、全ては、嘘になる。
 嘘じゃない――とは言い切れないが、少なくとも、そのまま逃げ続けるのは「王」の行動ではない。
 ため息のような声が思わず漏れてから、渡は語りだした。

「……そうですね。名護さん。貴方には、すべて話すべきでした。
 そうでなければ、すべてが曖昧になってしまう。
 僕は……これ以上逃げるつもりはありません。
 貴方には、まずすべてを話します。――覚悟の証明として」

 そう言ってから、名護を牽制するかのように、渡は語気を強める。

「ただ……僕がそれからどうするかは――僕が決めます」

 これはあくまで、懺悔ではなく、覚悟。
 名護の言う通り、ここから道を変えるのではなく――名護に選択肢を与える為のものだった。
 渡を許すか、やはり許さないか。あるいは、渡と背負うか、それとも渡を捨てるか。
 その選択肢は、「知る」事で初めて本当の意味を与えられる。
 王の威厳ある口調で、渡は語りだした。

「――僕は最初に、ある正義感の仮面ライダーの命を奪いました。これは偶然ですが、僕自身の行動と迷いが原因です。
 僕はそこで、世界を守る道を遂げる運命を背負った。
 やがて、かつてのキングと出会う事になりました。
 僕に襲い掛かってきたキングを倒し、僕は新しいキングとなった。そこで――この世界を守る覚悟は確固たる物となった」
「――……」
「別の世界で、僕と同じように自分の世界を保守する為に戦おうとする参加者たちとも多く出会いました。
 利用し、利用される関係と言えたかもしれませんが――その同盟はほぼ破綻しました。僕がここに一人でいるのも、それが原因です。
 ……ある時は、ある参加者を操る石を得て、多くの参加者を無差別に襲う同盟を組み、中央の病院で多くの命を奪いました。
 ――しかし、本命のディケイドは仕留めそこなった。残念ながら」

 渡はそれから、己の所業を詳しく告げた。
 ある男は、そこで散ったのは、と――あらゆる質問が名護の方から飛び交い、渡はそれに偽りなく答えた。
 まるで取り調べのようだったが、それゆえにか、名護は怒る事も嘆く事もなく、ただ冷静にすべてを聞き取った。
 それが、彼なりの渡への向き合い方だったのだろう。

 名護の内心が焦っていなかったわけではなかった。それは、名護の想像を確かに超えていた。渡が痛みを感じず、この表情でそれをやってのけたのが信じられないほどだった。
 はじめは渡が何かの事情で嘘をついている可能性さえ疑った。かつて王を名乗った時のように、何かを守るための芝居であるのかもしれなかった。
 だが、その意味がなかった。死者の名前を持ち出してまで、彼が再び庇うほどの人間はここにはもういなかったし――何より、話の辻褄は合っていた。
 誰か、もっと中央で戦っていた参加者に聞けばすぐにわかる話でもあった。

 名護は、あらゆる事を思い返しながら、深く考えていった。
 そして、渡が全てを告げた後で、名護はもう一度口を開いた。

「……渡君。確かに、君の罪は重い。だが、やり直せないわけではない」

 名護を突き放そうとした意図もあった渡にとっては、それは意外な返答だった。

 他の参加者と出会った影響もあったのかもしれない。そんな中で、この殺し合いで参加している者たちはすべからく、「被害者」であるという意識も芽生えていたのかもしれない。
 彼が責める事をしないのは、仲間の中に「仮面ライダー」を貫いた者や「罪」を犯した者がいた――その男たちと、誰より深く関わったからだろう。
 嬉々として人を殺める者もいた――しかし、背負い、涙し、償う者もいた。
 彼らはただの加害者だろうか。むしろ、あらゆる思い、あらゆる生き方、そしてあらゆる正義を――この場所で踏みにじられた、被害者なのではないだろうか。

 特に――ここにいる、紅渡は、そうかもしれなかった。
 それに、考えてみれば、もう被害者だとか加害者だとか、そんな事さえ関係ないのかもしれない。
 もっと根源的に、名護の中には渡を見るもう一つの目があった。
 正義、という言葉を使う以前の話として。

「君のした事は、もしかすれば神には許されない事かもしれない……。
 しかし、俺と君とは師弟――そして、それ以上に、かけがえのない友人だ。
 君が罪の重さに耐えきれないのなら、共に背負い、共に歩く。
 君の召された先に、もし地獄があるのなら――俺たちが君の荷を共に背負い、隣を歩けば良い」

 そして、名護の中に、渡が見せた「友を捨てる覚悟」に勝る――友を捨てない覚悟があった。
 名護の想いは歪まない。
 彼と共に進んだ思い出や記憶がある。――ぶつかり合った事も、悩みぬいた事も、信じあった事も、すべてが捨てられない。捨てたくない。
 結局のところ、それが名護の答えだった。

 渡は少し、息を飲んだあと――言葉を返した。

「――ですが、名護さん。貴方は、これまで多くのファンガイアを倒してきました。
 それは、ファンガイアが人を襲い、罪を犯してきたからです。貴方の正義が、彼らの存在を否定した。
 だが、僕はそれ以上の罪を犯している。――だとすれば、貴方は僕の存在を否定しなければならない筈です」

 渡の罪が、今まで名護が「罪悪」の象徴たるファンガイアを憎み倒してきた以上に「罪悪」である事実。それにより名護は渡を憎み倒さなければファンガイアを倒した自分を否定されると渡は言う。

 だが――。



「関係ない。俺は名護啓介、君は紅渡だ。――その事実がある限り」



 罪を犯したか否かではない。
 それより前にある――情。
 正義でも、悪でも、罪でも、社会でも、被害でも、加害でもなく、それが優先されるべき時がある。

 紅渡を見てきたひとりである名護啓介は、たとえ紅渡が悪魔に落ちたとして、彼が弟子であり友である事を否定はできない。
 そんな自分の情動を許せるだけの想いと余裕が、本当の正義の味方には必要なのだ。
 かつて紅音也が教えてくれた遊び心――あらゆる呪縛を捨て去り、本当に心の動く場所へと歩み寄る、勇気と力、あるいは開き直りだった。

「それに、渡君。ファンガイアの事を持ち出せば、俺も同じだ」
「……」
「――俺は少し前、ここで正しい人を殺め、悪の道からはぐれ、そして今罪を償おうとしている青年を見た。
 俺も自分の人生を改めて思い浮かべた。――思っていたより、ずっと恵まれていた。だから正義の味方などと名乗って来られたんだ」
「……」
「だが、俺は、正義の味方ではなかった。……それを教えてくれたのは君だ。
 君は、人間とファンガイアの共存を目指していた。
 考えてみれば、それが戦うよりも素晴らしい、最も理想的な未来に違いない。だが、俺にはその発想がなかった……ただ、俺が正義になるには悪が必要だった。
 だから、ファンガイアを都合の良い悪とみなし、倒してきた。
 ……そう、俺はこれまで、自分の勝手でファンガイアを殺しすぎた。平和に暮らそうとしていた者も、多くいた筈だ。俺の非、俺の弱さ、俺の罪……」
「それは、人とファンガイアの戦争の中の話。……貴方のやった事は、仕方のない事です。
 人を襲うファンガイアも多くいる。残念ながら――」
「それを言い出せば、世界と世界が争い、戦う他に生き残る術のないと言われた今この時も――同じ、仕方のない戦争かもしれない」

 渡は図星を突かれた気がした。
 そんな正当化も、一度はしたかもしれない。
 渡と名護にどんな決定的な差があり、ファンガイアを倒してきた名護と比べて、自分が罪人になれるのか――その抜け道を考えるようにさえなっていた。だが、答えを出すには思考を巡らせる必要があった。
 名護は構わず続けた。

「――だが、たとえファンガイアとの戦いが戦争だったとしても、俺はあの時の自分の行いは……紛れもない、大きな罪だと思っている。
 俺はあの時……間違いなく自分の力に溺れ、正義に酔っていた。
 己の正義の為に――父を死なせた自分の思想を守る為に、自分の中でファンガイアを強力な悪に見立て、戦った。
 だから、君のように共存の道を考えなかった!
 そう、もし共存してしまえば俺は正義ではなくなる……。
 倒すべき悪が消え、正義である事が出来なくなる……。
 それに、世界が変わり、人とファンガイアが交えるのなら、その時に俺がファンガイアを倒してきたそれまでの正義は否定される。
 きっと、それが怖かった。
 だから、共存を望まなかったし、共存という思考さえも封じていた。
 ファンガイアを蔑み、憎み、殺してきた。自分の中にある非や弱さ、自分の為に武装された公式、そして……父を殺した過去の罪にも向き合おうとはしなかった。
 ……そんな姿に、本当の正義はない。ただの快楽の権化、暴力性と罪悪感のジレンマを『正義』で推し隠し、逃れ、ファンガイアたちの命にぶつけた、弱虫だ」
「……」
「――そして、俺はキバである君ともぶつかった……。
 かつて俺が君に向けたのは、まぎれもない本気の殺意だった。今思うと怖くなる。
 もしかすれば、俺は君を殺め、それを誇っていたかもしれない。俺がキバを倒したと、何も知らずただ歓喜に震えたかもしれない。
 あるいは、俺は君に挑み、敗れ、偽りの正義を抱いたままみじめに死んでいたのかもしれないな……」

 そして、そういう風にして決着がついた時、敗れて死ぬのはやはり……おそらく、自分だったのだろうと――名護は思う。
 キバはあまりに強く、敵対していた時期の名護では到底勝てる相手ではなかった。今客観的に見ればそうなる。キバに勝った事を誇ったのは一つの事実だが、あの後でしてやられたくらいだ。
 本気の渡の強さは、並じゃない。
 守るべきものがあるから――そして、キバは、人類の敵ではなく、偉大な男の魂を継ぎ誰かの音楽を守ろうとする仮面ライダーだったから……。

「――」

 今もこうして瞳を閉じると映る――それは、自身の敗北のビジョンだ。
 正義に溺れ、正義を信じ、父を殺した罪に許されようとしながら――しかし本当の償いや痛みから目を背け、キバに葬られる自分の姿。
 人とファンガイアが愛し合う世界を否定し、突き進んだ『正義』に踊らされる哀れな男。
 己が暴いた罪で死んだ父が、自分の前から去っていく幻想。
 何度思い描いたかわからない。そうだったかもしれない。

「だが、俺と君は今、こうして、最高の形でここにいる!!
 ――師匠と弟子として、そして、仲間として!!
 罪を犯したのに……その先の生には価値があった。償う機会と仲間があった。
 だから――神がもたらしてくれたこの奇跡と運命を、今になって否定したくはない」

 ――それが名護の渡への想いだ。
 たとえそれが神に抗う事だとしても、渡や太牙や恵や音也……ファンガイアの戦いで奇跡的にわかりあえた仲間たちとなら、戦える。
 ここでなら、やはりここで出会った仲間と――残っている仲間たちと、それから、ここにいる渡と共に戦えば良い。

「――だから」

 それが、名護の行きたい道。たとえ罪を負うとしても、それが憎しみを向けられる原因になるとしても、名護は渡を庇う覚悟がある。
 罪や弱さから逃げない事こそが、そして前を向き、本当の守るべき者を守り、戦うべき者と戦うのが――今の名護の正義。

 渡もまた、思い返していた。
 名護がいなければ――支えてくれるひとがいなければ、立ち直る事のできなかった状況があった。それこそ、お互い様だった。
 僕はひとりじゃない。隣にいた仲間がいたから戦えた事。それは戦力としてではなく、心の支えとして……。
 そんな場面が、いくつもある。
 思い出される記憶。――その積み重ねがあったからこそ、こうして、自分がここにいるというのは、間違いないと思えた。
 しかし、退けなかった。

「だから、君には考え直してもらう。
 ――そして、俺にはやはり、君と償う義務がある!」

 名護は思う。――君だけが罪を負う必要はない。
 君は仮面ライダーになって良い、もう一度俺の隣で戦えば良い。
 確かに俺は、君が間違っていると言った。
 だが、もう良い。俺が言いたいのはもはやそんな事じゃない。
 正しいかじゃないのだ、君が君らしく戦える場所にこそ正義はあるのだ……。
 それがきっと、君にとって最も良い生き方なのだから。
 優しい渡君だから。

「――そんなものは、ありません。
 すべての憎しみと罪も、王のもとに捧げられるべきものです」

 渡は思う。――名護が罪など負う必要はない。
 貴方は正義であれば良い、仮面ライダーであれば良い。
 確かに僕は貴方にディケイドを倒す仲間として、戦力として加わればと言った。
 だが、もう良い。それこそが最大の過ちだ。
 貴方は、ただ幸せにあれば良い……。
 それがきっと、一番つらくなくて済むのだから。
 正しい名護さんだから。

「……これだけ話してもわからないか。
 それなら――俺たちはもう一度、かつてのように戦う必要があるのかもしれない!」
「そうかもしれません。――僕も、もう一度貴方と戦いたい!」
「不思議だ。俺も、君と戦わなければならない以上に、君と戦いたい!」

 二人は、おもむろに、同じペースで歩き出した。
 互いを見つめて、拳を握る。
 かつてぶつかり合ったその拳と拳が、震えている。
 ――その拳が震える意味は、彼らの言う通り、戦いたいからなのか、それとも戦いたくないからなのかはわからない。
 話し合いは終わりだ。ここからは本能で戦うしかないと、渡も名護も悟っていた。



♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪



117:time――out 時系列順 118:師弟対決♭キミはありのままで(後編)
投下順
116:対峙(後編) 紅渡
名護啓介


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最終更新:2018年03月18日 09:03