飛び込んでく嵐の中(1) ◆JOKER/0r3g


 大ショッカー幹部であるスペードスートのアンデッド、キングが来訪してから、30分ほど経った頃。
 既に存在していた質量の半分以上を失った白亜の建物のすぐ側で、残された三人の男達は先の戦いで犠牲となった男、野上良太郎の墓の前でそれぞれ異なる表情を浮かべていた。
 悪意の塊とも言える怪物、キング。
 彼の口車にまんまと乗せられ、良太郎を変身すらさせぬままに戦場へと送り出してしまった為に、彼は死んだ。

 それを思えば思うほどに、彼らの表情には深く感情が表立っていく。
 簡易的極まりない、ただ埋めただけのその墓に、険しい表情を浮かべながら手を合わせる男の名は、橘朔也。
 良太郎の犠牲は、自分がもっとしっかりとしていればなくせたかもしれない。
 そんなやるせなさと、何より許しがたい悪への憤りを滲ませていた

 その後ろで同じように手を合わせながら下を向く男の名は、フィリップ。
 彼が良太郎の墓に向けるその視線には、何より後悔と懺悔の念が浮かんでいる。
 それも当然だ。フィリップにとって野上良太郎とは、交流を通して得た信頼よりも姉の敵として誤解していた際に抱いた怒りや憎しみが勝ったままの存在であった。
 姉を殺し自分を騙し、そして無実の良太郎にその罪を着せた志村純一が死んだ後も、首輪の解析などが立て込み彼に対し面と向かって親交を深める時間もなかったのである。

 ちゃんとした謝罪を後回しにしてしまった結果、彼は死んでしまった。
 もう、彼にそれを謝ることも、彼という青年を深く理解することも出来ない。
 それが死。生物であれば誰しもが避けることの出来ない恐ろしい概念なのだと、フィリップは検索を必要とすることもなくこれ以上ないほどに理解していた。
 そしてそれと同時に、良太郎だけではない、死亡者の多くは大ショッカーの手によってこの場に連れてこられなければもっと長く生きられただろうことを思いだし、彼は苦悶と後悔の表情を浮かべた。

 (全く、いつまでこうしているつもりなのですかね……)

 そうしてただ物思いにふける二人の後方で一人、仁王立ちのまま彼らを見つめる男がいた。村上峡児である。
 彼は、今この場でただ一人だけ良太郎の墓に向けて手を合わせることもせず、ただ時が経つのを待っていた。
 良太郎とこの場で最も長く行動を共にしていたはずの村上がしかしその瞳に浮かべていたのは、ただ普遍的に存在する死という現象への慣れ。
 優秀な同胞であるのならともかく、人類とオルフェノクに共存の道があるのでは、などと見当違いの意見を述べた野上良太郎の死に、村上が惜しさを感じることはない。

 どころか下手に(この場で発生する可能性は皆無なのだろうが)使徒再生を果たし同胞になってしまわなかった分だけ無駄なライダーズギアの争奪戦が起こらなくてよかったとすら、村上は思っていた。
 つまりは纏めてしまえば……村上が今の状況に感じていることはただ一つ。
 目の前で死人に心奪われ続ける二人に早く首輪の解析と解除について行動し大ショッカー打倒のために働いて欲しいという、ただそれだけの血の通わない要求だった。

 (全く、首輪さえなければこの二人をここまで頼りにする必要もないのですがね……)

 二人に悟られないように今また一つ大きく溜息をつきながら、村上は現状を嘆く。
 本来であればこんな墓参りなどはただの時間の無駄である。
 元の世界と違い社長としての職務もないが、それでも村上は時間の浪費が嫌いだった。
 だというのにこうして甘んじて立ち尽くすしかない理由は、この目の前の不快な男達が自分を縛り付ける首輪を解除するのに恐らくはこの会場内で最も有益な働きを期待できる存在だからだ。

 この首輪を解除し、憎き大ショッカーを倒す。その目的のために、彼は貴重な変身手段さえ浪費して彼らに媚を売ったのだから、ここで下手に扱って自分の立場を悪くするつもりもなかった。
 とは言え、物事には限度というものがある。
 後々の首輪解除を思えばあまり二人からの心象を悪くはしたくないがやむを得ないか、と村上が口を開こうとしたその瞬間。
 フィリップは、何かを振り切るかのように思い切り立ち上がった。

 「――野上良太郎、君の死は、決して無駄にはしない。
 大ショッカーを倒すのは勿論だが、それ以上に君の世界だって絶対に滅ぼさせたりしない。今ここに、それを誓おう」

 拳を握りしめ、どこかポエムチックに今は亡き仲間へと宣誓するフィリップ。
 それに触発されたか、橘もまた伏せていた目を真っ直ぐに向けて、フィリップと同様に立ち上がった。

 「……あぁ、そうだなフィリップ。野上の死を無駄にしないためにも、今俺たちは俺たちに出来ることをやるしかない。
 首輪を解除し、大ショッカーを倒すのに必要な情報を少しでも多く集めなければ、俺たちに勝ち目はない」

 どこか切なげにそう呟く橘の瞳には、しかし諦めは浮かんでいない。
 決して易しい道ではないがそれでもなお歩まなければならない道であることを覚悟しているような、そんな瞳だった。

 (やれやれ、ようやくですか)

 どうやら決意を固めたらしい男達の言葉を聞きながら、村上は改めて溜息を吐いた。
 何にせよ、これで彼らも自分の使命を思い出したはずである。
 ようやく一安心、後は彼らと共に破壊された病院内に戻り首輪解除に付き添えばいい。
 そうして良太郎の墓に背を向けて、しかし村上の足は一瞬止まった。

 ――『何で貴方は人間とオルフェノクの共存を考えたりしないんですか、そんなにオルフェノクに優しいなら、人間と戦わない道を探すことだって――』
 ――『貴方が……人を襲わなくなるまでです。 それまでずっと、僕は何度だって貴方を止める』

 何故か頭の中に響いた言葉。
 それは良太郎が、生前に自分に向けて真っ直ぐに訴えかけた言葉であるということを、村上は理解していた。
 どこまでも甘く、自分のこのオルフェノクという種への愛が人類にも向けられるとそう信じた愚かな男。
 すぐに脳内から消してもいいはずのそれを未だにこうして引きずってしまうのは、彼という男の持つ言葉への説得力故なのだろうか。

 (……馬鹿馬鹿しい。私の意思は最早そんな言葉などで揺らぎはしない)

 頭を振り、先ほどの思考を疲労の為だと自分自身に言い訳をして、村上は再度歩む。
 オルフェノクの繁栄の為、まずは大ショッカーを倒し人類を滅ぼすために。
 それこそがこの村上峡児の野望の全て。故に――。

 「――我々に、戦争以外の道はない」

 良太郎に告げたその言葉を、再度一人確かめるように復唱して。
 村上は、もう振り返らなかった。


 ◆


 「――これから首輪の解除をするにあたって、首輪の内部構造について幾つか確認しておきたい」

 先の戦いで崩壊した病院の中、未だに僅かながら残る無傷で残っていた病室の一つの中で、フィリップは橘と村上に向けてそう言った。
 その言葉は僅かに震えていて、額に浮かぶ汗と合わせて彼がらしくないほどに緊張しているのが見て取れた。
 だが、それも当然だろう。
 今から自分は生きている人間の首輪を解除しようとしている。

 つまり、誰かの命を文字通り自分の手で預かることになるのだから。

 「まず、分かりきっていることからだ。首輪には複数の種類があり、その種類はその参加者の種族によって異なるということ。それから――」

 言いながら、フィリップは素早く用紙にペンを走らせていく。
 彼の口調は恐ろしく早く、他者に説明している意図は余り感じられなかったが、聞いている橘も村上も聡明な人物である。
 それに彼の背負っている緊張感を思えば、その程度は指摘することもないだろうと二人はそのまま黙って彼の書き上げた資料を覗き込んだ。

 ――以下は、その資料の内容である。



 ・首輪について分かっていること

 1.首輪には複数の種類が存在する。(現在確認出来ているものは人間、オルフェノク、アンデッド、イマジンの5つ)

 首輪の種類が分かれていることでそれぞれ特殊な怪人が持っている能力(アンデッドの不死性など)を抑制する狙いと、首輪解除を円滑に進めさせない狙いがあると考察できる。
 しかし、一見する限りそれぞれの首輪の構造の大本は人間につけられている首輪が元のようで、まずは人間の首輪を解除することで今後の大きな参考になるのは間違いない。

 また、大ショッカー幹部であるキングの言葉を信じるのであればクウガ(五代雄介、小野寺ユウスケ)、ディケイドとディエンド(門矢士と海東大樹)のものも人間の首輪とは異なる。
 クウガのものがグロンギと同種の首輪なのか、またアギト、ワーム、ファンガイア、そして地球の本棚を持つ僕(フィリップ)の首輪がそれぞれ異なるのかは未だ不明。

 2.首輪を爆破させる為の爆薬として魔石ゲブロンが用いられている

 門矢士によれば、ゲブロンはガドルやダグバを始めとするグロンギ族がベルトに使用するアイテムらしく、ゲゲルに失敗したグロンギを確実に殺す為のものらしい。
 強力なグロンギにはそれだけ強力な威力を秘めたゲブロンが使用されるため、それを応用した今回のバトルロワイアルでも強力な参加者の首輪の爆発には広範囲の被害が想定される。(事実、未確認生命体41号の爆発では半径3kmが吹き飛んだようであり、警戒は必要だろう)

 3.首輪の動力にはライフエナジーが用いられている

 ライフエナジーとは『キバの世界』において生物が生きていくのに不可欠な栄養である。
 また首輪の中に存在するのはファンガイア族がライフエナジーを吸収する際に用いる吸血牙であり、これは上記ゲブロンによる爆発で参加者が死亡しない(仮面ライダーに変身している状態の人間など)という状況に関する予防策とみられる。
 これによって首輪が制御されている為に首輪の爆発は致死性を保つと同時に、参加者が死亡したエリアが禁止エリアに指定されたことで首輪が爆発し禁止エリア外にまで被害を及ぼすという事態を防いでいる模様である。

 4.参加者につけられている変身制限は首輪で管理されている

 この会場においては仮面ライダーや怪人等に変身出来るのは一度に10分まで、更に変身が解除された後は2時間の間同じ姿には変身できないという制限が設けられている。
 しかし、大ショッカー幹部であるキングを見る限り、その制限は首輪を解除すれば無視できるらしく、これによって首輪を解除すれば大きなアドバンテージを得られることは明白である。


 「――こんなものか」

 汗を手で拭いながら、フィリップは息をつく。
 纏めてしまえば中々に複雑なようでシンプルである。
 少なくともそう自分を納得させなければ、緊張と責任感でフィリップはどうにかなってしまいそうだった。

 「では、情報も纏まったところで実際に首輪の解除を始めていただきましょうか。橘さん、よろしいですね?」

 「何?」

 チラと目配せをしながら述べられた事実上のモルモットになれという言葉に、僅かながら橘は動揺を隠せない。
 内部の情報は集まり理論上は首輪の解除も可能かもしれないが、今の状況ではその成功確率は保証されていない。
 無論未知の分野に100パーセントの成功など存在しないことを橘はライダーシステムの立ち上げと桐生の尊い犠牲により痛いほど知っている。
 だが……、いやだからこそ、この状況での首輪の早急な解除は、自分はもちろんフィリップにとっても危険すぎると判断したのであった。

 しかし橘の怪訝な目を受けて、しかし村上はいつもの余裕を崩さぬままにコツリ、と革靴の小気味いい音を響かせた。

 「……では、いつになったら参加者についている首輪の解除を行うおつもりです?
 この場では100パーセントの保証など存在しないことは、貴方も重々ご承知のはず。
 それに貴方は先ほど誓ったのではありませんでしたか?野上さんの犠牲を無駄にしないためにも、この殺し合いを打倒してみせると」

 「……あぁ」

 「であれば首輪についての情報も揃い技術者もいるこの状況、逃すわけにはいかないと、私は思いますがね」

 「それは……確かにそうだが」

 村上の人を舐めたような表情から吐き出されたその言葉に、思わず橘は勢いを失う。
 もしかしたら村上は自分を良いように言いくるめようとしているのではとも思うが、しかしそれでも構わなかった。
 どうせ騙され利用され続けてきた人生なのだ。
 最後の最後、本当に信用出来る仲間に命を預けられるだけ、幸せなのではないだろうか。

 それに、病院に来てからのこの6時間ほどを共に行動し、フィリップの能力にも自分は信頼を置いている。
 恐らくはこの男は安全に対処出来る算段もないままに他者の命を預かることをするような狂った倫理観を持ち得てはいないだろう。
 であれば彼の中では首輪の解除はまだ実際に行えていないというだけで、脳内では既に何回と繰り返されたことに違いない。
 そう思う程度には、既に橘はフィリップを信用していた。

 「フィリップ、頼めるか」

 「……橘朔也、本当に大丈夫なのか。僕が失敗したら、君は――」

 「構わない。お前は、いや俺たちの理論は失敗しないはずだ。心配する必要はない」

 「……わかった」

 未だ緊張が拭いきれない様子のフィリップに対し、橘はあくまで確固たる口調で返す。
 その強さに思わず気圧されたか、フィリップもまた諦めたように一つ息を吐いて覚悟を固めたようだった。
 そうして頷きあった二人が適当な個室へと移動しようとした、その瞬間。

 「――待ってください」

 村上が、らしくなく少し焦った様子で二人を呼び止める。
 何事かと振り返った両者が見たのは、あの村上が余裕ぶった表情の一切を捨て去った姿であった。

 「村上、何が――」

 「静かに。何者かがここに来たようです。それも、とてつもなく強大な何かが、ね」

 村上の言葉は、決して嘘や出まかせではなかったらしい。
 彼が聞いたのであろうそれが自分たちの耳に届いたとき、橘たちはそれを深く理解した。
 ――小さい、しかし何故か嫌に耳に響くような足跡が遠くから近づいてくる。
 一歩、また一歩と“それ”が近づいてくるたびに、嫌な汗が全身から噴き出していく。

 (だがこの感覚、覚えがある……。まさか……)

 一方で、橘はこの感覚に対してどこか既知感があった。
 だがそれはあってはならない。なぜなら今の自分たちでは“奴”には……。
 思考を重ねる橘に対し、姿さえ見えないというのに強烈なインパクトを浴びせたそれが、彼ら三人の前に姿を現したのは、それからすぐのことだった。

 「――やぁ、リントの戦士たち。それともこう呼ぶべきかな?仮面ライダーって」

 「ダグバ……!」

 「ダグバだって!?」

 遂に現れた、闇夜になおも輝くような白い上下の服を纏った青年に対し、橘は嫌な予感が的中したことに苛立ちを隠しもせずに呟いた。
 そしてその名前に対し驚愕を示したのは、フィリップである。
 乾巧、橘朔也、日高仁志、そして葦原涼……彼を知る全ての参加者がいずれもこの会場の最大の脅威として認識していた男が、今目の前に現れたのだ。
 よりにもよって、ライジングアルティメットとの戦いのために集まった仲間たちがもうほとんど残っておらず、かつここまで戦力が削られた、今。

 (やれるのか……今の僕たちに)

 ゆえに、どうしても不安は大きい。
 橘はともかくとして、ダブルに変身できない自分は決して戦闘要員ではない。
 奇襲も含めた数字とはいえ小野寺ユウスケや橘朔也ら5人を一斉に相手どって勝利をつかみ取ったというダグバを相手にするには、今の自分たちの戦力はあまりにも心もとなかった。

 (全く、このタイミングで最も警戒していた危険人物が現れるとは……!)

 そしてフィリップと同様に、ダグバという名前に対し言葉には出さないながらも村上もまた一層の警戒を強める。
 あの乾巧を以てして捨て身の攻撃でようやくダメージらしいダメージを与えられたという化け物、未確認生命体第0号、ン・ダグバ・ゼバ。
 ラッキークローバー最強の北崎、或いは前社長である花形にも匹敵する可能性のある彼を前に、村上に戦力を惜しむ考えなど既に消え失せていた。
 一瞬で敵意を全開にした三人に対し、しかしダグバはどこかマイペースに抜けた天井から天を仰ぎ、少ししてから「あっ」と声を上げた。

 「君、誰かと思ったらあのクウガと一緒にいた仮面ライダーかぁ、生きてたんだね。
 もう一度クウガと戦った時にはいなかったから死んじゃったのかと思ったよ」

 「何?まさかお前、あの戦いの後にもう一度小野寺と戦ったのか!?」

 「うん、戦ったよ。楽しかったなぁ」

 怒りを込めて問い詰める橘に対し、思い出話でもするかのようにダグバはゆっくりと噛み締めるように語る。
 恍惚とさえ表現できるその表情に橘が怯んだその隙に、ダグバは何かに気付いたかのように「そういえば」と続けた。

 「ねぇ、もしかしてだけど、君って仮面ライダーギャレン?」

 「何故それを知っている?」

 「やっぱり!じゃあさ、君はキングフォームになれないの?」

 「何……?」

 橘の問いさえ無視して、興奮した様子でダグバは問い詰める。
 しかしそうして吐かれた問いは、極めて理解不能なものだった。
 なぜ自分がギャレンであることを知っているのか、そしてなぜキングフォームを知っているのか、そしてなぜそれになれるかどうかを気にするのか……。
 疑問が次々と沸き起こる中で、思わず黙りこくった橘にしかし、沈黙を伴う思考の時間は与えられない。

 「ねぇ、どうなの?キングフォームにはなれるの?なれないの?」

 「……!」

 再び問うたダグバの声は、先ほどよりも僅かに苛立っている。
 このまま黙っていても彼が会話をやめ情報を得ることも出来ないままに戦闘が始まるだけだと理解した橘は、自分の中の戸惑いを全て飲み込んで、答えた。

 「……俺は、キングフォームには、なれない」

 それは、真実だった。
 ラウズアブゾーバーとカテゴリーキングのカードこそあるが、そもそも自分の手元にカテゴリークイーン、つまりラウズアブゾーバーの起動スイッチとなるカードがない。
 それに、そもそもギャレンへの変身が制限されている現状、例え素材が揃っていても同じ返答をする以外に彼に道は残されていなかっただろうが。
 そしてその言葉を聞いて、やはりというべきかダグバは著しく気分を害したように大きく溜息をついた。

 「なんだ、つまんないの。まぁいいや、それじゃ――」

 「――待ってくれ、一つ教えてほしい。なぜお前がキングフォームにそこまで固執する?
 お前がキングフォームの……いやブレイドの一体何を知っているんだ」

 失望のままに会話を切り上げ恐らくは戦闘の準備を始めようとしたダグバに対し、しかし橘は素早く新たな問いを投げた。
 キングフォーム、ひいては既に死亡し自分も死体を確認した友、剣崎一真、仮面ライダーブレイド。
 13体のアンデッドと融合したブレイドであれば或いはダグバにも匹敵しうるかもと考察を述べたこともある橘にとっては、張本人がその名前を述べたことを無視するわけにはいかなかったのだ。
 その質問が無視されるかどうかは正直五分だと踏んでいたが、しかし気が向いたのかダグバは動かしかけた左手を再びダランと下ろして視線を再度彼に向けた。

 「僕が変身できなくて戦えなかった時に、ガドルが僕にブレイドをくれたんだ。
 それでその後、クウガと会ったから僕の本当の力が戻るまでそれで遊ぼうと思ったんだけど、運よくスペードのカードが全部揃ったから、なってみたんだよ。――キングフォームに」

 「なるほどな……」

 ブレイドをダグバが纏った、という事実に沸いた怒りを隠しつつ、合点がいった、という様子で橘は頷く。
 門矢と葦原がブレイドをガドルというグロンギに奪われたのは知っていたが、奴はそれをダグバに渡していたらしい。
 なるほど辻褄はあっているが、とはいえそこで再び新たな疑問が浮かぶ。
 なぜこいつは“クイーンとキングの2体と融合しただけのキングフォーム”にそこまで固執しているのか、という疑問が。

 13体のアンデッドと融合したブレイドの存在をどこかで知ったのかと思ったが、ダグバが変身したというならそれは不完全な形態(というよりそれが本来のキングフォームなのだが)で然るべきである。
 ではそんなただの形態のどこに、あれほどの力を持つ彼が心惹かれたというのだろうか。
 そんな疑問を抱いた橘を無視して、再びダグバは恍惚の表情を浮かべて天を仰いだ。

 「キングフォームは凄いね……、それまではいちいちラウズしないと使えなかった力が、念じるだけで使えちゃうんだもん」

 「なんだと?念じるだけで……?」

 どういうことだ、と橘は困惑する。
 念じるだけでアンデッドの能力を使える力、それは剣崎の変身する“あの”キングフォームにしか携わっていない能力のはずである。
 だがその能力をダグバが変身したキングフォームで用いることなど出来るはずがない。
 そうして思考の渦にハマりかけた橘に対し、後方より助け船のように響く声が一つ。

 「――なるほど、これも首輪の制限、ということですか」

 村上の、よく通る声で囁かれたその言葉に、思わず橘は振り返る。
 一体どういう意味だと眉を潜めた橘に対し、一方でずっと目を伏せ思考を重ねていたらしいフィリップがハッとした様子で顔をあげた。

 「そうか……、この首輪の“変身を制限する”力には決してマイナスな面だけではなく、殺し合いを円滑にするための平等性を保つ機能があったのか……!」

 「どういうことだ?」

 何かに思い至ったらしいフィリップに思わず困惑を浮かべた橘に対し、彼は矢継ぎ早に口を開いた。

 「橘朔也、そもそも君の世界の仮面ライダーに変身するのには、本来相当な適合率が必要なんだろう?」

 「あぁ」

 「だがこの場では、誰も変身を失敗したものなどいない。
 葦原涼や日高仁志、そしてダグバに至るまで、誰も君の先輩であった桐生豪のように腕が飛んだりはしていない」

 フィリップのその言葉に、橘は思わず目を伏せる。
 この会場に呼ばれた参加者を説明するときにその名前と関係を説明した、桐生。
 まさかその存在がこうして彼の推論に名前を覗かせるなどとは思ってもみなかったのである。
 だが、推理に夢中なのか、それとも橘はこうした動揺の中にあっても重要な情報を聞き逃すような無能ではないと信じているのか、フィリップは気にせず続ける。

 「僕たちはこれをただ単に幸運だとばかり思っていたが、実際は違ったんだ。
 さっき村上峡児が言ったように、これは君たちライダーシステムの適合者と他の参加者の間にある多大な不平等を取り除くための制限だったんだよ」

 「なんだと……それじゃまさかダグバが言うキングフォームは……!」

 「あぁ、そのまさかだろうね。
 剣崎一真と他の参加者との間にある最も大きな不平等、13体のアンデッドとの融合をも、この首輪は制限している。そう考えるべきだろう」

 フィリップの推理に、橘は絶句した。
 全ての参加者が問題なく自分たちのライダーシステムを使えることはともかくとして、まさかその制限がキングフォームにまで適用されるとは。
 であれば首輪を解除するということは、決していいことばかりではないのか、と冷静な自分が囁く声は、しかしすぐに掻き消えた。
 それ以上に橘にとって今大事なのは……目の前のあの悪魔が、あのキングフォームで以て再び小野寺の前に立ちはだかったという事実だけだった。

 「話は終わった?もうそろそろ戦おうよ。話には飽きてきちゃった」

 「ダグバ、最後に一つだけ聞いておきたい。ブレイドはまだお前が持っているのか?」

 駄々をこねる子供のように騒ぐダグバに対し、橘は臆せずに問う。
 それに対しまた質問攻めかと肩を落としつつ、しかしダグバは嘘を吐く様子もなく答えた。

 「ううん、まだ遊びたかったんだけどさ。もう僕は持ってないよ。帽子を被ったリントに取られちゃった」

 「帽子……?」

 ダグバの言葉に反応したのは、今度はフィリップだった。
 帽子を被った男、という特徴を聞いただけで、彼の脳内にはどうしてもいの一番にあのハーフボイルドが思い当たってしまったからだ。

 「そう、帽子のリントだよ。『ブレイドは俺たち仮面ライダーに繋がれてきたバトン』とかなんとか言ってたけど」

 「その口調……翔太郎だ……!」

 ダグバが述べたそのクサイ台詞に、しかしフィリップはどこか確信めいて相棒の姿を連想する。
 きっと翔太郎は、この悪魔に一杯食わせてブレイドを仮面ライダーの手に引き戻したのだ。
 未だ情報を聞けていなかった相棒をこうして間接的とはいえ感じて、フィリップはどことなく嬉しくなった。
 だがそんな彼に対し、此度質問を投げたのは、ダグバのほうであった。

 「――ねぇ、『仮面ライダー』ってなんなの?繋がれてきたバトンとか、リントを守る誇りとか、そんなもので強くなれるの?
 ……リントの希望になれば、強くなれるの?」

 ダグバにしては珍しく、どうにも本気でその概念が理解できていないようだった。
 誰かを失った怒りではなく、守るために強くなる戦士。
 そんな存在を、この場に来るまでダグバは考えたことさえなかった。
 あのガドルでさえ心奪われ自分もまた敗北を喫した今となっては、その存在を深く理解してみるというのも、或いは面白いと気まぐれに思ったのかもしれなかった。

 そんなダグバの率直な疑問に答えたのは、覚悟が決まった様子で真っ直ぐダグバを睨み据える橘だった。

 「仮面ライダーの定義が何なのか……正直、俺にもよくわからない」

 だが述べられた答えは、ダグバが求めていた定義とはかけ離れたもの。
 しかしそれも、仕方のないことだ。
 橘に最も親近感のある概念としては“アンデッドの力を用いてアンデッドを封印する戦士”というところだが、この場にはその概念に当てはまらない『仮面ライダー』がごまんと存在するのだから。
 魔化魍を清める鬼、鏡の世界の中で互いに殺し合い続ける存在、時の運行を適切に守るため過去と未来を自由自在に走る抜ける戦士……。

 そんな多くの存在を前に、未だ橘も仮面ライダーの広義が何なのかなど考えても分かろうはずもなかった。
 その橘の答えにダグバは失望しかけるが、しかし彼はそのまま続ける。

 「だが一つだけ、確かなことがある。
 ――俺の信じる“仮面ライダー”は、決してお前を許しはしないということだ!」

 高らかに叫んだ橘の声に呼応するように、既に崩壊した天井から黄色の一閃が降ってくる。
 一直線に橘に向かっていったそれは、彼の右手の周りを数度周回した後、その中に収まった。
 今天より舞い降りた彼の力の名は、ザビーゼクター。
 橘は今、連綿と受け継がれてきた戦うための力を、その手に握りしめていた。

 そしてそんな彼を見て、溜息を一つつきながら歩を進める男が一人。

 「やれやれ、あまり無益な戦いは好まないのですが。
 ……とはいえ貴方のような危険人物をこれ以上野放しにしておくのも不愉快だ。
 今ここで、私が消してあげましょう」

 ――5・5・5・ENTER
 ――STANDING BY

 戦闘態勢を整えた二人に合わせる様に、村上もまたデイパックから新たなライダーズギアを身に着けていた。
 鳴り響いたけたたましいサイレンのような音は、しかしその実彼らの闘争本能を掻き立てるかのようで。
 それにつられるように、フィリップもまたその腰にドライバーをつけながら懐より小さな白い箱を取り出していた。

 (エターナル……)

 それは、自分が使い慣れたサイクロンではなく、かつて風都を支配し死者で満たそうとしたテロリスト、大道克己の用いた永遠の記憶が込められたガイアメモリ。
 極めて強力な能力を持つことを身を以て知っているはずのそれを、フィリップが今の今まで使わなかったのは、ひとえにこのメモリに対する並々ならぬトラウマじみた思い出によるものだ。
 風都の人々を恐怖に陥れたことも勿論そうだが、それ以上に自分の母親への強い思いを計画に利用するような悪魔の力を、この身に纏うのは彼の言う「兄弟」という言葉を肯定するようで嫌悪感があったのだった。

 (けど……さっき分かった。やっぱり僕は君とは違うよ、大道克己。
 僕には相棒がいて、仲間がいて、そして君やダグバを許せないと思える心がある。
 だから僕は、仮面ライダーだ。それならきっと、エターナルを正しく扱える。
 人々を恐怖に陥れる悪魔なんかじゃない、本当の意味で街の希望としての、エターナルを!)

 しかしそんなマイナスイメージを払拭したのは、やはり先ほどの橘と翔太郎の言葉であった。
 今自分が使うのは、大道克己からではない、秋山蓮から継がれたバトン。
 そしてそれを用いるのは大道克己のような悪魔ではない、人の心を持った風都の探偵、フィリップなのだ。
 であればそれはもう、かつてのエターナルとは違う。

 ならばこの力を振るうことに、もうフィリップが恐れを感じることはなかった。

 ――ETERNAL

 ガイアウィスパーが、野太い声で内包された記憶を告げる。
 それぞれに力を得るためのアイテムをしかと構えて、フィリップは、村上は、橘は、叫んだ。

 「「「変身!!!」」」

 ――HEN-SHIN
 ――COMPLETE
 ――ETERNAL

 そこに並び立ったのは、それぞれ異なる世界の仮面ライダー。
 ファイズ、ザビー、エターナル。赤と黄色と白、それぞれ鮮やかなオーラを生じさせ戦闘の準備を完了させた彼らは、そのまま並び立ちダグバを睨みつけた。
 否、ただ一人以外は。

 「……あれ?」

 エターナルが、一人自分の腕を見て困惑の声を漏らしていた。
 まるで“本来想定していた姿と違う”ようなその声に、ダグバから視線を外さないままザビーは尋ねる。

 「どうしたフィリップ、大丈夫か」

 「あ、あぁ、問題ない」

 どうにも歯切れの悪い返答だが、しかし今は強敵を前にしているのだ。
 これ以上仲間に気を割いていられる時間もなかった。
 一方、そんな彼らを前にして、ダグバは未だ意味深な笑みを浮かべるのみ。

 「キャストオフ!」

 ――CAST OFF
 ――CHANGE WASP

 ならばとばかりにザビーは、そんなダグバを気にせずザビーゼクターを回転させその身に纏っていた銀の鎧を弾き飛ばす。
 ライダーフォームへの変身を完了し戦闘態勢を彼が整えると同時、未だ生身のダグバにアーマーの残骸が肉薄し――。

 「――変身」

 小さく囁いたダグバの声に従うようにして、カブティックゼクターが一瞬で虚空から現れ自ら右手に嵌めたブレスの台座に収まった。

 ――HEN-SHIN
 ――CHANGE BEETLE

 それを受け彼の肉体を一瞬で金色のヒヒイロノカネが覆っていく。
 先ほどまでの人間としての姿であったならその骨や肉を跡形もなく吹き飛ばしていたであろうザビーのアーマーは、しかしコーカサスと化した彼の身には一切届かない。
 コーカサスが軽く振るったその腕に、アーマー群は全て発泡スチロールも同然のように弾き飛ばされてしまったのだから。

 「……じゃあ、始めようか。仮面ライダー。僕をいっぱい怖がらせて、僕を笑顔にしてよ?」

130:居場所~place~ 時系列順 131:飛び込んでく嵐の中(2)
投下順
120:Bを取り戻せ/闇切り開く王の剣 ン・ダグバ・ゼバ
126:ステージ・オブ・キング(3) 村上峡児
橘朔也
フィリップ
125:魔・王・再・臨 葦原涼
相川始



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最終更新:2018年10月06日 09:43