未完成の僕たちに(3)




 ◆


 ――LIGHTNING SLASH

 ――JOKER!MAXIMUM DRIVE!

 ――I・X・A-C・A・L・I・B・E・R-R・I・S・E-U・P

 「ヤアァ!」

 「ライダーパンチ!」

 「ハァッ!」

 三人の仮面ライダーが、同時に必殺技を放つ。
 それを受けたアンデッドがそれぞれ爆発を起こしたのを見届けて、ブレイドはカードを投げつけた。
 それが全て的確にアンデッドの身体に突き刺されば、次の瞬間にはもう彼らは粒子となってカードへ吸い込まれブレイドの元へ舞い戻る。

 この戦いが始まって早数分。
 歴戦の仮面ライダーたちの前に未だ立っているアンデッドは、早くも三体のみになっていた。
 それぞれ、ウルフ、オーキッド、パラドキサの名を持つ彼らの風格は、その実力が今までのアンデッドとは段違いであることを佇まいだけで示している。

 「はっ、ようやく一対一になったな」

 そんな一目で分かる強敵を前に、しかしジョーカーは怯むことなく笑った。
 だがその口先に比べ、肩で呼吸をしているその様子はまさしく満身創痍。
 戦闘経験であればともかく、スペックもリーチも他に比べ大きく劣るジョーカーにとっては、この乱戦は持ち前の体力を加味してもなお厳しいものだったのである。

 それでも、なお許せない悪を打ち倒すため、揺ぎ無く構えを取り敵に応対した仮面ライダー達。
 だが彼らがアンデッドに向け走り出す直前に、新たな影が一つ、飛び出した。

 「――いや、3vs4、だね」

 突如後方から聞こえた忌々しい声に対し、ブレイドは振り向きながら思い切りラウザーで切りつけようとする。
 だが、果たしてその剣先にあったのは、先ほどまでの軽薄なイメージを抱かせるような青年ではない。
 コーカサスオオカブトを思わせるような、重厚な甲殻に身を包んだ黄金の怪人。それが、自身の渾身の一撃をその剣で易々と受け止めている姿だった。

 「キング……!」

 「……フン」

 憎しみさえ込めた総司の声に、しかしキングは鼻息を返すだけ。
 先ほどまでの饒舌極まりない彼の様子からすれば一層威圧感を感じるその佇まいを前に、しかしブレイドは一切引くことなく競り合いを繰り広げていた。

 「総司君――!」

 「ギシャアア!!」

 大ショッカー幹部という未曽有の相手を、未熟な総司が単身で相手どるという状況に、イクサは危機感を抱き増援に向かおうとする。
 だが、その歩みはブレイドがコーカサスに応対した為にフリーになったウルフアンデッドに阻まれてしまう。
 パラドキサとウルフ、上級アンデッドに相応しいだけの実力を誇る怪人たちを前にしては、幾らイクサと言えど強行突破は不可能であった。

 「名護さん!」

 「俺のことは気にするな!君はキングを倒し、仮面ライダーの正義を示しなさい!」

 「行ってこい総司!お前ならそんな奴楽勝だ!」

 「二人とも……」

 友と師が、自身に声援を送る。
 ガドルとの戦いを想起させるようなその光景を前に、ブレイドはコーカサスに向き直り得物に力を籠める。

 「はいはい、ご馳走様。んじゃ、さっさと場所移そうか?」

 心底うんざりした声音で吐き捨てたキングは、そのままオールオーバーを振るいブレイドの身体を無理矢理に吹き飛ばしていく。
 何とか直撃こそ避けているが、しかしそのあまりの威力に抵抗さえままならず身体が引き摺られていくのだ。
 それでも、なんとしてもこいつの好きにさせるわけには行かないと、ブレイドも幾度となくその剣をぶつけ合って。

 ……果たして何度そんなやり取りを終えたのか、イクサとジョーカーを視認できないところにまで移動を果たした二人は、そのまま剣を構える。
 ――先に動いたのは、ブレイドだった。
 突如コーカサスの横に回り未だこちらに身体が向ききっていない彼に向けて思い切りブレイラウザーを振るったのだ。

 その一撃は難なくソリッドシールドの自動防御に凌がれ、お返しとばかりにコーカサスがオールオーバーでブレイドを切り崩さんとするが、その直前にブレイドは大きく後ろに飛び退いた。
 なるほど、この男はパワーではキングに到底かなわないことを理解したのか、素早いヒットアンドアウェイでコーカサスを翻弄しようとしているのだ。

 だが、コーカサスもまた歴戦の戦士、その程度の攻撃で下せるほど軟ではない。
 忙しなく、しかし隙もなく攻撃を断続的に行うブレイドを前に、彼は思う。
 存在しないのなら、作ればいいのだ、隙を。

 「ねぇ、ダークカブト。君さ、本当に仮面ライダーになれるなんて思ってるの?
 ブレイド……剣崎一真やイクサ、ダブルの左側と違って、君は化け物なんだよ?そんなのに助けてもらいたい人なんていると思う?」

 「黙れ……!」

 先ほどより一際強い勢いで以て、ブレイドがコーカサスに切りかかる。
 ソリッドシールドが再びその一撃を防ぐのを見やりながら、彼はなおも続ける。

 「いやごめん。化け物、なんていうのはよくないよね。君は元人間なのに、他でもない人間たちに化け物にされた中途半端だもんね?」

 「……黙れッ!」

 ヘラヘラと笑いながら、コーカサスは人のトラウマを平気で踏みにじっていく。
 総司にとってそれは、仲間を得たとはいえ消し切れない過去のトラウマ、忘れられない悪夢。
 あまりの辛さにそれより前の記憶を忘却するほどに刻み込まれた痛みを、苦しみを、未だ身体が覚えている。

 それを思えば思うほど、未だ燻り続ける自分の中の憎しみが頭をもたげてきて、消し切れたとばかり思っていた感情の奔流に正義が押し流されそうになる。
 今は亡き剣崎に、海堂に、そして天道に……数多の存在に誓ったはずの思いが、この程度の敵の言葉に揺らぎを見せている。
 それが他ならぬキングの言葉の証明にさえ思えてきて、ブレイドの憤りはなお高まっていく。

 全てはこの男が悪いのだ、この男を倒せばまた自分はさっきまでのように仲間たちに囲まれ笑顔を浮かべることが出来るのだと、ブレイドは無理矢理に自分を納得させ、剣を振るった。
 その焦り、故にだろう。一撃ごとに退く、という基本さえ忘れたブレイドの攻撃は、怒号と共に熾烈さを増していく。
 しかし彼の怒涛の連打を前にしてもなお、キングはソリッドシールドのみを頼りにそれを防ぎ続け、その舌を止めることはしない。

 「でもさ、仕方ないのかもね。君は言ったら親を失った子供みたいなものだし、口先だけの正義の味方を格好いい無敵のヒーローだと思っちゃったりしてもさ。
 もう少ししたら君も気付くと思うよ?格好だけ取り繕った正義の味方の本性が、どれだけ薄汚いのかを知ったら、ね」

 「お前は、それを知ったから世界を滅ぼそうとしてるっていうのか……?」

 「さぁね?でも少なくとも、誰かを守る正義のヒーローなんて夢見事よりは、その方がよっぽど楽しいと思うよ」

 「それは違う!」

 キングの軽い口調を、ブレイドは再び遮る。
 すべての世界を滅ぼして自分も死のうとしていた過去の自分は、ここまで下らないことを述べていたのか。
 数多の世界にそれぞれ存在する尊い無数の命、その一つ一つが放つ輝きから目を背けて全てを壊そうとする目の前の敵の、なんと許しがたいことか!

 だから、同時に思う。
 全ての世界を滅ぼしたいという欲を抱いているこの敵を許せないと感じる限り、自分は仮面ライダーなのだと。
 今の自分が過去の自分とは違うのだという実感をも抱いて、ブレイドは続けた。

 「……お前はただ、逃げてるだけだ。正義のヒーローになって誰かを守るなんて難しいから、何かを壊すっていう簡単な方に。
 一度壊したものは……殺した命はもう戻ってこない。その一度きりしかない命の大事さに気付かないから、そんなことが言えるんだ!」

 「へぇ、なるほどね。じゃあ君が殺した剣崎一真も、君が暴走したから死んだ海堂直也も、君が命の大事さを知るためだけに死んだんだね?
 君がいたせいで、その一度しかない命って奴を終えちゃったんだもん。……そう思わなくちゃ、やってられないもんね!」

 「――キングゥゥゥゥゥ!!!」

 高々と宣言したブレイドを前に、キングはなおも煽る姿勢を崩さない。
 彼の口車に乗ってはいけない。そう思いながらも、しかしどうしても昂っていく感情のままに剣を振るい続けるブレイドの攻撃を前に、ようやくコーカサスはオールオーバーで応じる。
 だが、先ほどまでは一方的に押せていたはずのコーカサスのパワーに、最早ブレイドは互角にまで追い付いていた。

 怒りや憎しみによるアンデッドと総司の融合係数の上昇に比例する、ブレイドが持つ戦闘能力の飛躍的な向上。
 かつて剣崎一真が自分を打ち倒したのにも似たこの状況を前に、しかしコーカサスは嘲るような笑い声をあげるだけだった。

 「にしてもカブト……本物の天道総司も可哀想だよねぇ、君みたいな見た目を真似た化け物に、名前も力も奪われちゃうんだもん。
 結局君は、自分と天道総司の立場を入れ替えただけなんだよ。
 別の世界に飛ばされて皆から忘れ去られるだけの存在を、自分から彼に移し替えただけってこと」

 「違う!僕はあいつの分まで戦おうって、だから――!」

 「へぇ、別の人間なのに同じ名前を名乗ってるんだ?
 そんなに言うなら、自分の名前を名乗れば?それとも僕が呼んであげようか?君の名前はえーと確か――」

 「やめろおおおおぉぉぉ!!!」

 最早理性さえ感じさせない雄叫びと共に、ブレイドは突撃する。
 相対するコーカサスは再びそれをオールオーバーで受け止めようとして、しかし出来ない。
 融合係数が著しい高まりを見せたブレイドの一撃が、いよいよコーカサスのパワーを上回り彼の腕から剣を弾き飛ばしたのだ。

 弧を描いて吹き飛んでいく自身の得物を引き寄せる余裕さえなく、ブレイドの攻撃の雨に晒されたコーカサス。
 ソリッドシールドはそれを防ぎ続けるが、いよいよその盾も悲鳴と共に罅割れ始め、その身を二つに別つのも最早時間の問題であった。

 「これで、終わりだあああぁぁぁ!!!」

 力強い咆哮と共に、ブレイドはこの一撃でシールドごとコーカサスを倒そうと一歩下がり力を籠める。
 恐らくはかつてキングを封印した剣崎のそれにも匹敵しうるようなその勢いを前に、なおもコーカサスは余裕を崩すことはなく、故にブレイドは煮えたぎる義憤をその一撃に乗せて――。

 「――今だ、やれ」

 対するキングが、小さくそれだけ呟いた。
 とはいえブレイドに最早止まることは出来ない。
 いや或いは、そもそも怒りのあまりその声すら聞こえていなかったのかもしれない。

 そのどちらにせよ、ブレイドの目には今やキングしか映っておらず――。
 故に――キングがこの瞬間まで温存していた最後の切り札が、自身に迫っているのに気付かなかった。

 「ヴッ……!?」

 突如、全身に駆け巡った鋭い痛みが、体の自由を奪っていく。
 目の前に憎き敵がいるというのに、この剣を振るうことさえ出来ない。
 一体何をされたのか、その正体さえつかめないまま、総司は意識を手放した。


 ◆


 病院の廊下を、慌ただしく駆け抜ける6つの影。
 先頭を走るアギトは既に、走力向上のためにその身を風纏う青の姿に変えている。
 常人では追いつくことなど到底不可能な速さで駆ける彼の背には、必死にしがみつく一人の男の姿が見て取れた。

 一条薫、刑事として人並み外れた体力を持つ彼であっても吹き飛ばされないようにするのがやっとというアギトの後ろには、しかしつかず離れず4体の異形が迫っていた。
 スパイダー、プラント、モス、スキッド。仲間との合流を目指すアギトの後方に迫る4つもの異形は、自分たちとアギトとの距離が離れそうになる度、何らかの攻撃手段を用いて生身の一条を後ろから狙い撃つ。
 その度にアギトは振り向いて一条への攻撃に対処しなければならず、それ故にどうしてもスピードが下がってしまうのだ。
 そして生まれた一瞬の隙の間にアンデッドたちは距離を詰め、未だつかず離れずの逃走劇を繰り広げる羽目になったということであった。

 「クッ、このままじゃ皆と合流できない……!」

 そんな何度目かのやりあいの後、アギトは思わず今のままならぬ状況に愚痴る。
 敵の攻撃をうまく阻むためとはいえ、いくつもの曲がり角を経てしまった今、仲間たちとの合流は半ば不可能に近いものになってしまった。
 理想を言えば、終わりの知れないこの追いかけっこを終え敵を打ち倒したいところだが、負ぶさっている一条を考えればそれもまた難しい。

 とはいえ変身制限が存在する自分にとっては、これ以上の不毛な時間の消費もまた厳しい。
 一体どうしたものかとアギトが数度目の攻撃をやり過ごすと同時、不意に背中から声が降る。

 「津上君、このままでは君が変身制限を迎えてしまうだけだ。
 あの角を曲がったところで俺を下ろしてくれ、そこで奴らを迎え撃とう」

 「え、でも一条さん……」

 「心配するな、自分の身は自分で守って見せる。
 それに君なら、奴らを一斉に相手にしても不覚は取らないだろう?
 戦いは自分の得意分野だとそう言っていたのを、俺は忘れてないからな」

 「……これは一本取られちゃいましたかね」

 アギトの姿のままで、翔一はへへへと笑う。
 生身の人間が、こうして力を持つ相手に対し指示を飛ばすという状況への理解や経験において、恐らくこの会場で一条薫に並ぶ存在はいまい。
 うまく丸め込まれた翔一は、しかし特に言い返すつもりもないようで一条の指示通り曲がり角で彼を背からおろし、一人だけでモンスターの前に立ちはだかった。

 いきなり戦意を増したアギトを前に緊張感を高めた4体のアンデッドに対し、彼はそのまま自身のベルト、オルタリングの右側のスイッチを押す。
 赤い光がベルトから放たれると同時、アギトの身体は今までその身を包んでいた風の力だけでなく炎の力に染め上げられ、その全身を再び大きく変貌させる。
 右手は赤く燃え盛る火に満ちて、左手は青く吹きすさぶ風に満ち、胴体は雄々しく佇む大地の力に満ち満ちた。

 まさしく三位一体を顕現したその姿は、仮面ライダーアギトトリニティフォーム。
 アギトの新たな姿にアンデッドたちが怯む中、彼はオルタリングから質量を無視して現れた醒剣と棍棒を掴んだ。
 それぞれフレイムセイバー、ストームハルバードの名を持つそれらを両手で軽く弄んだ後、アギトは油断なくアンデッドに向け歩を進めていく。

 達人の風格さえ滲むそれに最初に攻撃を仕掛けたのは、プラントアンデッドとスキッドアンデッドであった。
 プラントは種のような弾丸を、スキッドは圧縮された墨を、それぞれアギトに向けて一斉に放つ。
 相当量の威力を誇るのだろうその弾幕を、アギトは両手の得物を振るうことで撃ち落とし難なくやり過ごす。

 だがそれでもアギトの歩を止めるには十分だと判断したか、或いは理性さえないけだものの最後の抵抗か、二体のアンデッドはその弾幕を薄めない。
 これにはさしものアギトも防戦一方か、と後方で見守っていた一条が息をのむが、しかしアギトは既に対抗策を編み出していた。

 「ハッ!」

 アギトが気合を高めると同時、彼の持つ得物がそれぞれ真の力を開放する。
 だが、あくまでそれは虚勢に違いないと、攻撃を放ち続けるアンデッドたち。
 止むことのない弾丸の雨を右手に持つフレイムセイバーでやり過ごしながら、アギトは左手でストームハルバードを回転させていく。

 ――追い風が、アギトの後方より吹き寄せる。
 窓などどこも開いていないというのに発生したそれは、最初は静かなそよ風のような、ふとすれば消えてしまいそうな弱いものだった。
 だがそれは、少しずつ、少しずつ、しかし確実に勢いを増し、ほんの少しの時間で暴風とさえ形容しうる勢力を持って、アンデッドたちに向かい風として襲い掛かる。

 それでもなお攻撃の手を緩めずその口から墨を放ったスキッドだが、しかし瞬間自身の放った墨が暴風に流され彼自身の視界を黒く染めたことで、ようやく攻撃の手を緩めた。
 無論、高密度に凝縮されたそれは他ならぬスキッド本人にもダメージを与え、その身を大きく屈させり。
 また同時、自身の種子を弾丸として放っていたプラントも、放った勢いそのままに跳ね返ってきた無数の種に怯み体制を崩させた。

 果たして、自身が不得意とする遠距離攻撃を行う敵が怯んだその瞬間を、アギトは見逃さない。
 あまりの強風に足を動かすことさえままならない二体のアンデッドに、アギトはそれぞれフレイムセイバーとストームハルバードで斬り立てた。
 フレイムフォーム、そしてストームフォームの必殺技相当のそれをその身に刻まれて、プラントとスキッドは抵抗さえ出来ずに爆炎に包まれる。

 「ギェェ!」

 怯えたような情けない声を上げて、アギトに背を向け飛び去ろうとするモスアンデッド。
 彼はアギトとの圧倒的な戦力差故に、この場を後にしようと本能的に逃げを選択したのである。
 だが、この状況でモンスターを外に放置することを許すほど、アギトは甘くない。

 彼が再びその左手に持つ薙刀を振り回せば、今度は先ほどとは逆の方向に風が吹く。
 つまりは逃げようとするモスアンデッドに、向かい風となるように。
 やがてその風は勢いを増し、モスの羽ばたきが生じさせる推進力を上回った。

 そうなればもう、皮肉にも彼の持つ自慢の羽は、最早アギトの生じさせた風を一身に受ける帆の役割を果たすのみ。
 勢いよく吹き飛ばされたモスアンデッドの身体は、そのままアギトの頭上をも超えていこうとする。

 「ハァッ!」

 しかしモスがアギトの頭上を越えるその瞬間、彼はその両手に持つ得物を勢いよく掲げた。
 ファイヤーストームアタックの名を持つその連撃を受けて、下級アンデッドごときが無傷でいられるはずもない。
 悲鳴と共に爆発をしたモスアンデッドごと武器を投げ捨てながら、アギトは残る最後の一体、スパイダーアンデッドに向き直る。

 間接的とはいえ、小沢澄子を死に追いやった悪魔の様なモンスター。
 らしくなく拳を握りしめたアギトは、そのまま両手を開き、気合と共にその頭のクロスホーンを6つに展開させる。
 それを受け、彼の足元に生じたアギトの紋様から彼の両足にエネルギーが流れ込んだ。

 構えを取ったアギトに対し、最早後がないと悟ったか、或いは僅かばかりの理性さえ消え失せたのか、スパイダーアンデッドは敵に向けて駆け出す。
 だが一方で、スパイダーが向かってくるのを一切気にすることさえなく、アギトは勢いよく跳び上がりその両足を揃え放った。

 「ハァッ!」

 気合いと共に放たれた、ライダーシュートの名を持つ必殺の一撃。
 通常のアギトが放つライダーキックを大きく上回るその必殺技の直撃を胸に受けて、スパイダーはその身から火花を散らし、爆炎と共に大きく横たわる。
 そして、僅かばかりの奮闘も虚しく、此度は確実にそのバックルを開きもうピクリとも動かなくなった。

 それは、桐生豪、ズ・ゴオマ・グ、小沢澄子、牙王、紅渡……多くの参加者に大小問わず害を及ぼした人ならざる者の悪意を、まさしく仮面ライダーが打ち晴らした瞬間であった。

 「やりましたよ……小沢さん」

 強化形態を用いたために変身制限を通常より早く迎えその身を生身に変えながら、翔一は一人既に亡きあの強気な婦警にこの勝利を捧げるように呟いた。
 あのクモのモンスターをこうして倒すことが出来たとはいえ、それで彼の気持ちが晴れるわけではない。
 どころか、こんな風に戦いで無念を晴らすなどという概念自体が、翔一にとってはとても虚しいものに思えた。

 どれだけ仇を取ろうと、どれだけ敵を倒そうと、彼女の居場所はずっとぽっかりと開いたままなのだ。
 彼女が受け持っていたという大学の生徒たちは、いつまでも帰ってこない講師の姿を待ち続けるのだ。
 そう考えると、こうして戦い続けること自体が、どうしようもなく辛いことなのだと、翔一は再実感してしまう。

 だがそれでも、止まるわけにはいかない。
 かつて誓ったように、誰かの居場所を奪う悪から、皆の居場所を守りたい。
 その為にも今は、自分にできることを精一杯する他ないのだ、とそう自分を言い聞かせるほかなかった。

 「津上君!」

 物思いに沈んだ意識を浮上させるように、一条の声が響く。
 壁に身をもたれさせながらとは言え立ち上がった彼に対し、翔一は笑顔で応える。
 少なくとも今は、彼をモンスターから守れたというだけで十分ではないか。

 そう考え彼に向けて歩を進めかけた翔一は、しかし瞬間後方からカードが風を切るような音が響いてきたためにその足を止めた。
 ふと見れば、赤いカードが突き刺さった四体のアンデッドは、それぞれ緑の粒子に包まれてカードの中に吸収され、その全てが一斉にある方向に飛んでいく。
 或いはこの混沌を生み出した張本人が現れたのかと緊張感を伴ってその行方を見た翔一の瞳に移ったのは――。

 「――なぁんだ、総司君か」

 そう、そこにいたのは、先の戦いでも見た紺のスーツに銀の鎧を纏った仮面ライダー。
 ブレイドの名を持つそれは、翔太郎から様々な理由故に総司に渡っているはずのものであった。
 恐らくはアンデッドを封印できる能力を持つブレイドの姿で以て、この状況を収めようとしているのだろう。

 「……翔一」

 「どうしたの、なんか俺の顔についてる?」

 いつもの彼と変わらぬ声で、総司が翔一の名前を呼ぶ。
 その呼びかけに翔一はいつもの調子で返すが、総司はそれに何を返すこともない。
 ただその足をゆっくりと彼に向けて進めるだけだった。

 「翔、一……」

 「……総司君?」

 いよいよ両者の距離がゼロになろうかというところで、再び総司が彼の名を呼んだ。
 ……妙だ、何かがおかしい。声音から何から、いつもの彼のようでいて、どこかそうではないような、不思議な感覚が彼を襲う。

 「総司!翔一!一条!」

 と、そんなとき、ブレイドの更に後方から、ボロボロになった翔太郎と名護がその姿を現した。
 その様相を見れば、彼らもまた相当の戦いを経てきたということは容易に想像が出来た。
 ともかく無事に仲間と合流できたという安堵と、何となく圧迫感を感じる今の総司から逃れられるという緊張の緩和。

 その二つに押し流されるままに、翔一はその足を動かそうとして――。
 ――次の瞬間その腹に、深々と刃を突き立てられていた。


 ◆


 「――え?」

 最初に総司の口から漏れたのは、あまりにも間の抜けた困惑の声だった。
 今、自分は何をした?
 キングを相手に、ブレイドの力を身に纏い戦ったのは覚えている。

 そうして奴の言葉に踊らされ、予想外の攻撃に一瞬意識を手放したのも、それからすぐにまた飛び起きてキングを探したのも。
 全て覚えている。
 だからこそ、理解が出来ない。

 ――なぜ、自分のすぐ目の前で仲間である翔一が血まみれになって倒れているのか。

 思わず彼の傷の深さを確認しようと駆け寄ろうとするが、それよりも早く自身の手に握られている醒剣が目に入る。
 その剣先を、血の赤色に染めたブレイラウザーが。

 「え……?」

 何度目とも知れぬ困惑が、彼を支配する。
 まさか、“そう”だというのか。
 目の前に倒れる心優しい青年を刺したのは、紛れもない自分だと――。

 「あーあ、やっちゃった」

 「キング……!」

 どうしようもない疑心暗鬼に駆られる総司のもとに、ある種の助けが現れる。
 今起きたすべてをこいつのせいにできるという意味で言えば、最高の存在、忌むべき悪が。

 「お前が……やったのか、キング。翔一のことを……お前が!」

 「嫌だなぁ、僕は何もやってないよ。僕は何も、ね」

 「総司!そいつの言うことに耳貸すな!今からそっちに――」

 「うるさいなぁ……おい!」

 明らかに不安定な精神状態になっている今の総司に対し、キングがこれ以上会話を続けるのはまずいと判断したのか、翔太郎と名護は生身ながら駆けだそうとする。
 だが、それを察知したかキングが何かに呼びかければ、彼らの前に新手のアンデッドが現れる。
 まだ伏兵を隠し持っていたのかと彼らが驚愕する一方で、しかし生身である現状、やられはしないまでも翔太郎と名護は敵の対処に応じざるを得なくなった。

 残るもう一人、一条もまた怒りと共にドライバーを取り出すが、彼はキングの放った衝撃波で容易く体制を崩され、反撃にはなり得ない。
 これで、倒れている翔一を除きすべての戦士は変身さえ出来ず事態を見守るしかなくなった。
 つまりはもうこれ以上、総司をキングの魔の手から助けられる存在もいなくなったということだ。

 「翔太郎、名護さん!」

 だが、生身で怪人を相手にする仲間たちを前に立ち止まっていられないのは、総司も同じだった。
 その手にブレイラウザーを携えて、仲間の元に向かおうとした彼の前に、再びキングが立ち塞がる。

 「やめておきなよ、また我を忘れて、君の仲間を殺しちゃうかもしれないよ?」

 「黙れ!お前がやったんだ、僕はそんなこと――」

 「――現実逃避も大概にしろよ」

 翔一のことはキングがやったのだと断じ吠える総司に対して、キングは声音を低くして答える。
 思いがけないその威圧感を伴う言葉に言葉を失った総司を無視して、キングは一歩総司へ距離を詰めた。

 「君が、やったんだよ、アギトを。自分の手に握ってるその剣が何よりの証拠だろ?」

 「違う……僕がそんなことするはずない。だって僕は――」

 「確かに、君はそうかもしれないね。でも、“君の中の君”は、そうじゃないんじゃない?」

 「僕の中の、僕……?」

 何を言っているのか分からないといった様子で見上げる総司に対し、キングはあくまで諭すように続ける。
 まるで、それがさも当然であるかのように。

 「そうさ、忘れたわけじゃないだろ?君はネイティブ……化け物になった元人間なんだよ。
 確かに人間としての君は仮面ライダーになったかもしれないけど、ネイティブの君は誰かを殺したくて仕方なかった、そういうことだよ」

 「嘘だ……そんなのでっち上げだ。僕は……!」

 「でっち上げなもんか。ここに来てから暫くの間、君は全ての世界を壊そうとしてただろ?
 それに、今だってアギトを殺したじゃないか。てことはそれが、君の本性なんだよ。
 どれだけ取り繕ったところで、君は結局、何かを壊したくて仕方ないんだ」

 「嘘だ……嘘だ……!」

 キングの言葉に、総司はただひたすら困惑を漏らし続ける。
 彼の中に今膨れ上がっている疑心は、キングに対するもの以上に、自分自身に対するもの。
 戦いの最中に記憶を失ってしまった自分に対し、万全の信頼を置けなくなった時点で、総司は最早キングに良いように弄ばれるだけの存在に成り下がっていた。

 「嘘じゃないさ、君は何かを壊したくて仕方ない化け物だってことも――それから、誰かを守る仮面ライダーになんかなれっこないってことも」

 キングの言葉に促されるように、総司の変身は解除される。
 ただ制限時間を迎えただけのそれが、今の総司にとっては“仮面ライダー”からの拒絶のようにも感じられて。
 カチャリ、と音を立てて地に落ちたブレイバックルを拾い上げることも出来ぬまま、総司は震える視線で何とか仲間たちをその瞳に捕らえようとする。

 こんな状態でも、きっと名護さんや翔太郎は、自分を支えるための言葉を言ってくれるに違いない。
 そんなどうしようもなく甘い考えに、それでも藁にも縋る思いで視線を走らせた総司の、その瞳が最初に映したものは。
 床に横たわりその腹を中心に服を際限なく赤く染めていく翔一と、彼に呼びかけ続ける一条の姿だった。

 「――あ」

 ガラガラと、何かが崩れ去っていくような錯覚を覚える。
 苦し気な翔一の瞳が、自分を見つめている。
 一体、何を言いたいのだろうか。いや、そんなこと考えるまでもない。

 ――なんで、こんなひどいことを。

 ――痛い、痛いよ、総司君。

 「あ、あああぁぁぁ……!」

 何を言うわけでもない翔一の瞳が、それでもなお自身にその痛みを訴えかけてくるかのようだった。
 やがてそうして届いた声は、今の彼の荒れ果てた精神状態においては、強い被害妄想と共に幻聴を発生させていく。

 ――やっぱり、化け物は化け物か。

 ――こんな化け物、殺した方がいいんじゃないか?

 ――もうお前は仲間じゃない、仲間を殺したお前なんか。

 「やめて……やめて……!」

 幻聴は、翔一だけでなく名護の、翔太郎の……或いは既に死んでいった仲間たちの声さえ伴って自身を責め立てる。
 お前なんか、仮面ライダーになれるわけないじゃないかと。

 「あああ……うわあああぁぁぁぁ!!!!」

 やがて、その声から逃れるために、総司は思い切り駆け出した。
 ただひたすら我武者羅に、それこそ海堂のもとから彼が逃げ出した時のように、何の思考も介することなく。
 その出所が自分の脳内であったとしても、それでも少しでも、その声を遠ざけるために。

 「総司君、待つんだ!おい!」

 そしてその背中をアンデッド越しに見やりながら絶叫するのは、名護である。
 だがその声は、決して届かない。最早何も耳に届かないといった様子で走る総司を前に、自分はあまりにも無力であった。

 「あーあ、行っちゃった。このバックルまで置いていっちゃって」

 「貴様……!」

 だがそんな名護の頭上を浮遊しながら、キングは一人呑気にブレイバックルをその手で弄ぶ。
 総司を言葉巧みに狂わせ翔一に致命傷を与えただけでなく、仮面ライダーに継がれてきたバトンであるブレイドをもまた悪事に使おうというのか。
 これ以上なく正義を愚弄する許されざる悪を前に、名護の握る拳はどんどんと力を増していく。

 だがそんな彼を前に、キングはカードを抜き去ることさえせずバックルを地面に落とした。

 「あげるよ。またリモートでアンデッドを開放するってのも、芸がないしね。
 それに、ブレイドを正義の味方じゃない奴が使うのもダグバの二番煎じで、なんか気に食わないし」

 「何だと……そんなゲームのような考えで、お前はこんなに色んなものを滅茶苦茶にしたっていうのか……!」

 「そうだよ、だって僕はこのゲームを面白くするためにここにいるんだから」

 「キング、降りてこい。今からこの俺が、お前の命を天に帰してやる……!」

 「いやーそれは無理だと思うよ?それに、こんな長々と話してていいの?ダブルの左側、だいぶ苦戦してるみたいだけど」

 怒りに任せ宣戦布告をすれば、キングはあくまで軽薄な印象を崩さないまま顎で視線を誘導する。
 思わず後ろを振り向けば、そこにあったのは連戦から来る疲れ故か、翔太郎が今にもアンデッドに屈するのではないかというその瞬間だった。

 「――まさか」

 だが瞬間、ある可能性に気付き名護が再び振り返れば、果たして彼の予想通り、既にそこには誰もいなかった。
 この場から消えるための一瞬の注意を引くのが目的だったのか。
 行動の一挙手一投足全てが無性に小賢しい敵の幹部をこれ以上なく腹立たしく思いながら、名護はブレイバックルをその腰に巻く。

 先ほどまでの悪夢を、自身の手で晴らすためにも。

 「変身」

 ――TURN UP

 弟子に引き続き、仮面ライダーブレイドに変身を果たした名護は、今まさしく翔太郎に襲い掛かる怪人に向けて、思い切り剣を振り下ろした。

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一条薫
津上翔一
擬態天道
名護啓介
左翔太郎
キング
門矢士



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最終更新:2018年12月18日 11:27