無題42


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 昨晩から今朝に掛けて一気に展開した引っ越し作業も昼に差し掛かる頃には一段落を迎え、
午後になっていつでもおはようなギョーカイ挨拶と共にアイドルたちが事務所に出てくる頃までには、
ほぼ新事務所も仕事に支障がないほどには片付いた。

 この事務所を手配するに至った原動力たる伊織は、だいたいIU優勝した段階でなんでまだあのビルいたのよ、
移転先がマンションってのもショッパイ話ね、なんぞとぶーたれてはいたものの、だいぶ環境がよくなったので
ああ見えて結構機嫌もよいようだった。

 確かにあの雑居ビルは、ボロで手狭だった。その上で貴音たちが新たに入ってきてさらに余裕が
なくなったことを考えると移転も必然なわけだが、それでも狭い分だけ人の温かみというか、
身を寄せ合って過ごすような良さはあったよなあ、なんぞとも思ってしまう。
 そんな自分の思い入れを言ってみたところ、春香には微妙にジト目で、でもあの事務所はすきま風
けっこう入ってきたりしてましたよねえ?とか、真にも、アレが出るんですよねとか、今ひとつ同意は
得られず。新規購入でピカピカの自分の机にベッタリと貼り付いて親睦を深めている小鳥さんを眺めながら
今時そういう価値観は古いのかもしれないなあ、と苦笑を浮かべてみたりする。
「皆さま、おはようございます」
 やや遠慮がちな声と共に、銀色の髪が戸口から覗いたのは、ちょうどそんな時だった。
「おはよう、貴音。今日からこのマンションが新しい事務所になったわけだが」
 高木殿の手配ですね、という貴音の確認に、伊織や貴音、それにみんなの活躍の賜物さと返し、
社長にも感謝しないとな、と続ける。朝もはよから業者に混じって作業し続けた労苦のことも
熱いシャワーとみんなの笑顔があれば汗と一緒にスッキリ流せるというものだ、が。
 今の貴音からは、どうもそういう嬉しそうな気配がみられない。
「まあ、961プロの設備と比べるとまだまだ見劣りすることは否めないけどな」
 いえ、そんなことは、と慌てたように否定する。ここではい、そうですね、なんぞという人間はまずいない
のは知った上での物言いだが、貴音の顔色を窺う限りは、別に施設の不満というわけでもなさそうで。
それでもなんとなく落ちつかなげというか、ちょっと気乗りしてない感じというか。
 それでやっぱり、引っ越しが気に食わなかったんだろうか、とか思ってしまったわけだ。
実際、まだなにか言いにくそうな素振りでいるし。
「それとも、なにか気がかりでもあるのかな?」
 ちょっとストレートすぎるかな、と思わないでもないけども、つとめて軽い口調で水を向けてみると、
「その。事務所の環境向上は喜ばしいのですが」
 軽く上目遣いで、おずおずという感じで口を開く
「あの、お笑いには、なられませんか?」
 正直聞いてみないと判らないのだが、それを言ったら多分話はそれきりだな、と思うわけで。
ああ笑わないさ、と応じたことで、ようやく口を割る気になったようだ。
「お恥ずかしい話ですが、私は前の事務所の方が」
 ああ、貴音は古風だし、961プロから移ったギャップであの事務所のアットホーム感が気に入ってたとか、
そういう方向だったのかなあ、だとしたら判らないでもないぞー、なんぞと思ったところに
「階段降りれば、即らーめんでしたのに」
 どあ・つー・どあ・らーめんだったのが遠のいてしまいました、としょんぼりしながらの言いように、
ずびし、と思わず容赦なきツッコミを叩き込んだ自分を責める者は多分いないと思う。
「うう、素直に話せばこの仕打ち。あなた様はやはりいけずです」
 入れられた当人を除いては、だが。
 まったく、この子ってばどんだけラーメン好きだ。