青春ミンミキミキミキ


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人の惚気話ほどつまらないものはない、とはよく言われるもので。
「それでね。ミキが抱きつくと、千早さん顔真っ赤にして。だからカッワイーって言ったらね」
おまけにそれが好きな、というか気になる人間からの話だったらなおのこと。
キーボードを叩く指が僅かに強くなっていくのを、冬月律自身も気づいてないようだった。
「それでそれでー」
うるさいっ!
面と向かってそう言えたらなんと楽なことか。
コロコロと楽しそうに表情を変える星井美希に律はそっぽを向くことしか出来ない。
この意気地なしめっ。
そっぽを向いた先、窓に映る自分の顔はお世辞にも良いものじゃなかった。

恋には何種類もある、ということを冬月青年は理解してるつもりだった。
それこそ音無小鳥嬢が趣味の一環として楽しんでいるアレやソレも、性倒錯とは古来より人間、特に日本人は寛容に接してきたわけで云々。とまあ何とも面倒くさいプロセスを踏んで解釈してるつもりだった。だったとも。
だけども割り切れないのが人の情。
実際に星井美希が如月千早にひっきりなしに絡んでいるのを見ていると、思春期特有の感情と思考のせめぎあいがあるわけで。
なにより不幸なのはこの青年にそういった経験が無いに等しい点。
自身もアイドルとして活動していること、流行りの眼鏡なんちゃらであることを一切合財有効活用してこなかったツケを今ここで払わされているのだ。のだ。のだ。
と、これまた何とも面倒くさいプロセスを経て律はそう結論づける。
一切の矛盾点など無いかのように、証明を終えた数学者然としている彼に奄美ハルは頭を抱えた。
相談があると、普段は鉄仮面とも言うべき仏頂面を僅かに曇らせる律を見てついに俺が頼られる時代。
ハル君は頼れる子! なんて息巻いたのも一時間前。というか一時間も経ってたんだと、ハルはあらためて肩を落とした。
要は一方通行な三角関係なんですね、とまとめると律はどこか不服そうながらも頷く。
そんな中学生じゃあるまいし。言いかける口をつぐみ、その三角形を思い浮かべる。
なによりハルにも無関係な三角形ではないのだ。だからこそ律も相談してきた。
りっくんはミキミキが好き。ミキミキはちーちゃんが好き。あとハルクンもちーちゃんが好き。
歪な四角形の終点は一体どこなのだろう。
沈黙の時間が続くかと思われたが、社長室から顔を出した高木順子女史に促がされて男二人の相談会はお開きとなった。
時計は十時を回ろうとしていた。

翌日、午前中をレッスンに費やした律は自分のデスクで船を漕いでいた。
ランクアップに伴い、どうしても詰まっていく時間が彼を削っていく。
事務員としての業務を減らせば、という小鳥の申し出を断ったことは立派かもしれないが、根性だけでどうにかなるラインを超えていることは明白だった。
もんのすごく眠い。けど仕事は放り出せない。
本能と理性がせめぎあう中、律は白昼夢を見る。
事務所のアイドルが全員、女の子だったら。
すぐ怠けようとする美希を何だかんだで面倒見ている自分。
恋とか愛とか嫉妬とか、そんな面倒くさい事象を挟まない友情。
ああ羨ましい羨ましい。
そんな絵空事が羨ましいなんてよっぽどだ、と締めくくり、最後に女の自分を見てそのエビフライはねえよと、律はまどろみの中へと沈んでいった。
起きると、律は自分の斜向かいにある壁時計を見上げた。
軽く二周はしてるであろう短針に肩を落とすと、「あ、起きた?」とその言葉をそっくりそのまま返してやりたい美希がこちらに向かってくる。
覚醒直後のあの独特なけだるさというか空気感は美希にピッタリで、眠い目をこするだけのその動作にも律はドキリとしてしまう。
「律が寝てたから美希も寝ちゃったの。あふぅ」
「人が寝てたから自分も寝ることっていう法律があるって初めて知ったよ。あと、さんを」
「律のこと待ってたんだよ」
あふぅ、とまだまだ眠そうな美希。けど、律はそれどころじゃない。え? なに? 俺を待ってた? なして?
純情な中学生よろしく土器をムネムネさせる律に美希は眠い目を細めたまま、椅子に座っている彼に正面から抱きつく。
図らずも美希の胸に埋まる形になった律は、純情な高校生よろしく頭と体をフリーズ。
あんまりにもタイミングがアレ過ぎてコレもソレにならなくて、と律自身もよく分からなくなってきた。
ただ、頭上から「千早さんがね」と聞いただけでその全てが通常運転まで冷めていくのを感じていた。
「ミキが何回も一緒に遊ぼうって言っても、ミキは違う事務所だからって聞いてくれないんだよ? そりゃそうだけど、ちょっと冷たい気がするな。ねえ、律もそうお」
「事実なんだから仕方ないだろ。お前は違う事務所の人間なんだから」
「ひっどーい。律までそう言うんだ。ふーん」
別に親から言われたワケでも何でもないが、女の子に暴力はいけないと肝に銘じていた。
そういう礼儀のような暗黙のルールは時に弊害を生むが、それは人としての美徳だと律は認識していた。
だから、左頬を抑えてポロポロと宝石のような涙をこぼす美希を見たときに、やっと自分の過ちと認識の誤解を理解した。
停止したような時間が過ぎるかと思われたが、左頬に衝撃がはしり、目の前の景色がグルンと回って律は我にかえる。
残ったのは惨めというにはあまりに格好悪い何かと、ドアから出て行く美希に目を白黒させている小鳥だけだった。

それを私に言ってどうするの?
手につかない事務作業を全て小鳥に奪われたところで千早と雪之丞が戻ってきた。
先ほどまでの事情も知らず、珍しくソファで雪之丞の淹れたお茶を飲み始めた千早のもとにズカズカと近づく。
何か言ってやらないと気がすまない。ああ言ってやるともさ。言ってやるともさ。
雪之丞の方が怯え始めたところで立ち止まり、涼しげな視線を送ってくる彼女と対峙したところでりっくんのコンピュータが勝手に計算結果をはじき出す。
八つ当たりじゃね?
ぐっ、と言いよどむ律に可愛らしく首をかしげる雪之丞。って、お前の方かよ。
「なに?」
律の渾身のツッコミもつゆ知らず、まっすぐな視線は彼の心中ごと貫くように鋭い。
それでも、と律は千早をにらみ返す。
もとより敵を作りやすい性格の千早だが律とはウマが合うのか、たいした諍いもないままやってこれた。
その分、ぶつかったらどうなるか、という緊張感が周囲にも伝播し始める。
爆心地に近い雪之丞は既に意識を半分飛ばしているくらいだ。
「だから、なに?」
明らかに苛立ちが混ざり始めた声に、律もまたイライラと、先ほどまでの威勢が戻りつつあった。
なんでまたアイツはコイツにアレなんだろうか。
大きく息を吸って、吐いて。なんとか脳みそだけをクールダウンさせると、美希とのやり取りを説明した。
「それで、私にどうして欲しいの?」
ほらね。分かってたさ。ああ分かってたさ。
喋っている最中もひっきりなしに小さい自分が揚げ足取りに躍起になっていたんだもの。そりゃあねえ。
「もう少し美希に優しくしてやれって話だよ」
「それなら律にも言えることじゃないかしら」
きっぱりとばっさりと。
律がその場で少しのけぞる位のセリフを千早は淀みなく言い切った。
言い切って、「じゃあ私、レッスンあるから」と、お決まりのコースへと行こうとしているところを律は彼女の肩を掴んで引き止める。
「もうちょっと美希の気持ちってのもあるだろっ」
「私の気持ちは一切無視して?」
正論が通用しないなんて場面は往々にしてよくあることで、千早の言い分も時と場合によっては乱暴なお節介に叩き潰される。
それでも、それでもその不条理に抗しよう。
千早の目は常にそれぐらい切羽詰っており、子供のままの乱暴な純粋さはある意味で貴重なものかもしれない。
誰かが好きだという気持ちが、そこまで尊重されるものなの?
部屋から出て行く際に千早が放った言葉は、まるで彼女自身に言っているように聞こえた。


入れ違いで事務所に来たハルが目を丸くしていたのはもはやお約束といえよう。
「あー、そりゃ怒るよねー」
事の顛末を聞いてアッハッハフヘヘと笑った彼は、ジロリと睨む律の視線にも動じない。
変なところで肝の据わっているハルは、苦笑したまま雪之丞の出したお茶を口に運んだ。
「うん、美味しい」という彼の言葉にやっと雪之丞も安心した表情を見せる。
「千早ちゃんは人に好かれたり、人を好きになるのに凄く慎重なんだよ。その……色々あって、それでも頑張ってる最中だからさ」
「随分と千早のことを理解してるんだな」
 律の言葉にもフヘヘ、と半端な笑顔を返すだけ。
近いようで遠いようで。
以前、ハルと千早の距離をそう評した小鳥の言葉を今になって律は思い出した。
凄いな、と正直に思ったことを律は口に出すと、「結局、好きなんだよ」と、ハルは笑った。

それから二週間、当然のように美希が来なかったことは、地味に冬月青年をヘコませていた。
ああそうですとも俺が悪うござんした、だけども美希だって云々。
そんな感じにうらぶれるのも最初のうちで、今では美希に会ったらまずこの頭を地面に擦りつけるぐらいしか考えられなかった。
周囲も微妙に腫れ物に触るような態度が鼻につくし、とりあえず何か起これっ、となんとも他力本願なへっぽこぶり。
大抵はそんなヘタレに大勝利の女神様は微笑まないのが常だけれどそれはそれ。
誰もいない深夜の事務所に一人、美希がずぶ濡れで佇んでいるところに遭遇した律は、そこでやっと色んな覚悟を完了した。
「どうした?」
騒がしいくらいの美希が無言であるだけで、なんて世界はつまらないものになるのだろう。
それを再認識するだけでも精一杯なのに、律の姿を捉えたとたん、彼の胸の中へと飛び込んでくる美希に、再び頭がシャットダウンする。
え? なにこれ? おいしいの? なにが?
「千早さんに……千早さんにも……ミキ、マチガッテるのかな」
彼女から伝わる熱は殆ど無いのに、垣間見た彼女の頬が僅かに赤くなっていたことを律は見逃していなかった。
それがけして、満面の笑みを浮かべたときに頬を差す紅でないことくらいすぐに分かった。
すぐに分かるくらい、ずっと見てた。

「こんなに好きだって言ってるのに。好きなのに分かってくれない……ミキ、もう分かんなないよ」
事務所であんなに跳ね回っている元気な体は、こうして包み込むとすごくちっちゃい。
力を入れれば折れてしまいそうなくらい細くて、だから大事にしたいと思った。思うくらい好きだった。
「けど、だからね……こうやって千早さんからキョヒされて、やっと律にしてきたこと分かったの。ミキ、律にひどいことしてたの」
こちらを見上げる瞳はずっと見ていたいくらいとても綺麗。だからずっと見てきた。ずっと好きだった。
ワガママでマイペースなところが凄く好きだった。何度イライラさせられても好きだった。事務所が移っても好きだった。
「律、ミキのこと、まだ好きかな?」
だから、自分に逃げようとする今の美希は嫌いだ。

「ねえ? 律?」
「……逃げるなよ」
「え?」
「ただ嫌われるよりも、逃げだして好きって言われる方がよっぽど堪えんだよ」

その後は律もよく覚えていなかった。
いつの間にか朝になっていたこと、赤く腫れている頬は確かなことで、小鳥から強制帰宅の命を貰ったところでやっと自分がやっちまったことをジワジワと思い出す。
事務所のソファの上で一回、家に帰って一回、シャワーを浴びて更に一回。
合計三バタバタも、過ぎてしまえばどうしようもないこと。
もういっそのこと事務所を辞めてしまおうか。
けど、ここで辞めたらモロ振られたことを引きずってるみたいだしっていうかそうなんだけどあーもー。
自宅のベッドの上で散々暴れまわった律がまどろみの中へ落ちていくのに時間はいらなかった。

彼が瞼を閉じた後、彼の携帯がメールの着信を報せる。
彼がそのメールの内容を知るのは八時間後なのだが、内容からしてどういう反応をするか、日の目を見るより明らかであろう。

ミキ、あきらめないことにしたよ。だから、リツさんもあきらめないでくれますか?