勇気


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 ギラギラと照りつける太陽。空には大きな入道雲。まさしく夏の空だ。そんな夏の空の下、川沿いの土手で
PVの撮影を終えた真と俺は、目と鼻の先を流れる川へ立ち寄った。市街地から少し離れた場所にあるこの川に
は、石の転がる川原がある。
「プロデューサーっ」
 両手でメガホンを作りながら、真が俺を呼んだ。真の立っているすぐ側には、石が小さな山を作っていた。
近寄って見てみると、集められた石はそのほとんどが──全てと言ってもいい──平たいものだった。
「水切りか」
「ええ、プロデューサーもやりませんか?」
 今日の撮影は上手くいった。その結果が、真の笑顔を一層爽やかなものにさせていた。
「よし、いいだろう。となると、もうちょっと石を集めないとな」
 遠めに見える鉄橋の上を、電車が猛スピードでかけていく。きっと、快速か特急か何かだろう。あの電車の
乗客にとっては、この川は通り道の景色に過ぎないだろう。川原で石を拾っている俺達のことなんて、目にも
止められないだろうし、止まらない。俺達にだって、もう走り去った電車に乗っていた乗客のことなんて、知
りようが無い。
「ん、だいぶ集まったな。そいじゃ、そろそろやるか」
 シャツの袖をまくって、右肩をぐるぐると回す。俺の頭一つ分低い所で、真も同じことをやっていた。水面
に水鳥はいない。対岸にも人はいない。それどころか、岸にいるのは俺と真だけだ。
「こういうのも、随分久しぶりだ。子供の時以来かもな」
「ボクも同じです。石の転がってる川原なんて、ウチの近所にはありませんし」
「都内に流れてる川の土手沿いも護岸されてて、石なんて転がってないもんな」
 集まった平たい石に手を伸ばし、小山の中腹にあったものを一枚拾う。
「ボク、先にやりますね」
 うずうずした様子で、掌で石を転がしながら、真が川岸に立った。短い後ろ髪が、吹いてきた風になびく。
「ていっ!」
 サイドスローで、真が石を投げた。水面に向かって石は飛んでいき……跳ねることなくボチャンと川に沈ん
でいった。飛沫の跳ねた後に、小さな波紋が幾つか、空しく広がる。
「あ、あれ……?」
「蛙の飛び込みだな」
 真は、納得がいかないといった様子で何度か首を傾げていたが、
「次はプロデューサーの番ですよ」
 と言って、俺を手招きした。
「いつ以来だろうな、こんなことをするなんて……」
 体を低く屈め、余計な力を抜いて、水平に近い角度で、指のスナップを効かせながら、石を投げた。パチン
と弾ける音と共に、俺の投げた石は水面を跳ねていく。石の作った波紋は、できあがった側から川の流れに飲
み込まれていった。
「おおっ、プロデューサー、上手ですね……!」
 石の行く末を見守っていた真が、感嘆の声を挙げた。
「体はまだやり方を覚えてるってことだな」
「ボクも昔はもっと遠くまで飛ばせたんだけどなぁ……」
「力んでたんじゃないか? もう少しリラックスしてやってみろよ」
「うーん、そうかもしれません」
 俺の投げた石が作った波紋も消え、静かな流れを取り戻した川の前に、真が立つ。何度か深呼吸してから、
ゆっくりと体を折り曲げ、肘を引いて、
「それっ!」
 放たれた石は一投目よりもずっと鋭角に飛んで行った。ぱしんぱしんと水面を叩きながら、不揃いの波紋を
生み出していく。石をリリースした瞬間からじっと水面を見つめていた真は、遠くまで飛んで行った石の最後
の波紋が消えた瞬間、ガッツポーズを作った。石は、俺の投げた時よりも遠くへ飛んでいた。
「やるじゃないか」
 白い歯を見せて笑う真の姿が、競争心に火をつけた。

 そうやって、石を投げては集め直し、集め直しては投げを繰り返している内に、日が傾き始めてきた。カラ
スのしゃがれた鳴き声や犬の遠吠えも聞こえてくる。何度も集めなおした石も、そろそろ底を尽きてきた。
「ふんっ!」
 投げている内に昔の勘が戻ったか、最初の一投目に比べて飛距離は伸びてきた。今投げた石は……何度も跳
ねた末に随分遠くまで飛んで行った。跳ねた回数は、今までで一番多い。
「さ、次は真の番だ」
 足元に残っているのは、あと一枚だけ。平たい石もほとんど見つからなくなっていたし、これが最後の一投
になりそうだった。
「そろそろ、潮時ですよね」
 石を拾い上げながら、真が尋ねる。
「ああ、そうだな」
 俺も、きっと真も、肩がだるくなってきていたし、時間的にもそろそろ事務所に帰るべきだろう。
「プロデューサー」
「ん?」
「もしこれで、ボクがプロデューサーに勝ったら」
 夕陽を受けてキラキラと光る川から、真は目を離さない。意図的にこちらを見ないようにしているようだった。
「勝ったら?」
 俺が問いかけると、真はワンテンポ置いてから、
「ボクのお願いを一つ、聞いてくれますか?」
 と、妙に落ち着き払った声で言った。真がこんな声で話すのは、緊張する自分を抑圧している時だ。
「どんなお願いだ?」
「それはナイショです。けど、実現不可能なことじゃないですよ」
「ふむ……」
 ナイショ、か。なんだか意味深だが、真が実現不可能じゃないと言うんだったら、それほど無茶な願いでは
ないんだろう。どうして緊張しているのかが、気になる所だが。
「ああ、いいぞ。真が勝ったらな」
 俺の返答を聞いて、真が首だけ振り向かせた。
「言いましたね。約束ですよ?」
 ニッコリと唇を吊り上げてから前方に向き直り、真が両腕を振りかぶった。
 柔軟に、体全体がうねる。
 腰、肩、肘、手首、指……。力が体の先端に向かって収束していく様が見えるようだった。
 そのモーションの美しさに、思わず息をすることも忘れて、目を奪われる。
「やぁっ!」
 一閃の気合と共に、石が指先から離れた。水平に近い角度でぐんぐん小さくなっていき、水面を叩く。
 水面に触れた瞬間、石は大きくジャンプして、更に飛距離を伸ばしていく。
「お……おぉっ……!」
 真の投げた石は、俺が投げたのよりも遠くへ跳ねていき、向こう岸に届くんじゃないかという所で、陽光を
反射する水面下に消えていった。
「よっしゃーーっ!」
 背中を見せたまま、天に向かって、真は拳を突き上げた。
夕日の中でぴたりと静止したその姿は、まるで一枚の完成された風景画のようだった。

「参った。俺の負けだ」
 拍手をしながら、真の元へ歩み寄る。
「で、何がお望みなんだ?」
「……えっと、ですね」
 ゆっくりと、真が振り向く。
「ボクがプロデューサーにお願いしたいこと、それは……」
 顔を伏せたまま、真がボソボソと言った。
 指先を胸元でもじもじさせるなんて、歯切れ良く話すいつもの真からすれば、珍しい。


「プロデューサー、ボクと……」

 真が、伏せていた顔を上げた。
 胸元から手が下りていく。

「ボクとっ……!」
「真と?」

 沈黙。

「ででで、デー………」
「デ?」
「…………」

 またも沈黙。

 デ……何だろう。何か言おうとしているようだが。
 デカスロンしませんか? 違うな。
 デスクトップ晒してくれませんか? それも無さそうだ。
 デストローイしませんか? うーん、無い。

「ボ、ボクとっ……」

 ギュッと、きつく握られる拳。
 心なしか真の顔が赤らんでいるように見える。夕日のせいだろうか。
 真の言おうとしているのは、何かとても重大なことだ。そんな予感がして、緊張が走る。

「……でっ、デッカイ牛丼、おごってくださいっ!」


 真が大声でそう叫んだ。


「んな、なっ!?」
 予想しうる範囲内の遥か彼方から飛んできた言葉に、思わず仰け反ってしまった。
 ……だが、自分の中で合点が行った。
 女の子一人でボリュームのあるものを食べに行くのは、いささか気が引けるだろう。名前の売れたアイドルとも
なれば、なおさら。かと言って、女子高の友達を連れて行こうと思ったって、浮いてしまうに決まっている。

 そう、俺が相手になることで、真の願望を満たしてやれるのだ。
「よし、分かった。そういうことなら、たらふく食わせてやる。行こう」
「はっ……はい」
 快く了承したものの、真はどこか浮かない顔をしている。
「ん、どうした?」
「いっ、いえっ、なんでも無いです!」
 真はビシッと背筋を伸ばして返事をした。



「ギガ牛丼お待ちのお客様、お待たせ致しました」
 牛丼屋で俺の隣に座った真の目の前に、大きな丼が差し出された。丼というより、最早ボウルの領域だ。そ
んなに大きな丼だというのに、溢れんばかりに牛肉が盛られている。男の俺でも、食べたら胸焼けを起こして
しまいそうだ。
「よーし、じゃあ食べるか」
 自分が頼んだ特盛りの牛丼に──真のより小さいのが情けないが──紅ショウガを載せながら、俺が言った。
「い、いただきまーす」
 元気良く手を合わせて、真が丼の縁に手をかけた。




 ──ボクのいくじなし。
 ぺろりと牛丼を平らげた後、溜め息混じりにそんな一言が聞こえたような気がした。



 終わり