one night before


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「ふう。ごちそうさま」
 ここは、都内某所にある、小さなフレンチレストラン。ここで、今をときめくAランクアイドルが3人・・・
いや、正しく言うと、Aランクアイドルユニットのメンバー3人が、全員揃って食事をしていた。

「・・・ごちそうさま」
 その中の一人、天海春香も、食事を終えた。
 元気はないが、皿の上はすっかり空だった。

「そう言えば、このお店も何度も使わせてもらったわね。私たち三人が、一つのユニットのメンバーとして
ここに来るのも、今日が最後か・・・」
 秋月律子が口を開く。
 この店は、メンバーのもう一人、水瀬伊織の兄がよく使うとのことで、紹介してもらった。店の奥を
仕切って、他の客から見えない様にして個室の様な扱いをしてくれるので、あの水瀬グループの御曹司や
大人気アイドルが来店して食事をするにも、他に気をつかわなくて済むのだ。
「別に三人じゃなくても、いつでも来ればいいのよ。あんたたちも電話番号くらい知ってるでしょ?」
「まあ、そうなんだけどね。今夜くらい、ちょっとは振り返る気分になってもいいんじゃない?」
「甘いわよ。私たちには、まだ明日の解散コンサートが残ってるんだから。これを派手に大成功させないと、
これからのアイドル活動にも影響しちゃうわ。」
「え?・・・これから?」
 それまで黙っていた春香が、驚いた様に視線を上げる。
「でも、私たち、明日で解散しちゃうんだよ?」
「このユニットは確かに明日限りよ。でも、私はアイドル続けるわ。ようやく日本中に、水瀬伊織ちゃんの
名前が知れ渡ったところなんだから、これからじゃない。」
「うん。伊織はそう言うと思った。で、今度はソロ活動にするの?」
「やっぱりソロがいいわね。だいたい、今の私の歌とダンスのレベルに付いて来れるのって、今のウチの
事務所じゃ、まあ律子と春香くらいしかいないし。歌だけなら千早、ダンスだけなら真も相当なものだと
思うけど。」
「おお、伊織も成長したわね。素直に客観的に他人の実力を認めて、分析までするなんて。」
「まあ、昔からわかってたんだけどね。ただ、自分が敵わないかも、と思ったから、素直に認められ
なかっただけよ。」
さすがはAランクアイドルである。今の自分が敵わないとは、微塵も思ってないらしい。
 事実、元々能力の高かった伊織は、人気が出ると共に更なる成長を遂げて、765プロでも間違いなく
トップレベルの実力を持っている。
「そうね。確かに今の伊織とユニットを組ませるには、このメンバー以外じゃ荷が重いわね。もし私が
プロデュースするなら、やっぱりソロか・・・あるいは全く逆にやよい辺りと組ませるか・・・」
「やよいと・・・そ、そうね!この私と組めば、やよいも一人前のアイドルになれるかもしれないわね!
ほら、私とユニット組めば、ちょうど、今の春香みたいに大成長できるかもしれないわ!」
「えっ?私?」
 上の空で聞いていた春香が、いきなり出てきた自分の名前に反応した。
「春香も成長した、ってことよ。あの伊織が認めてるんだから、相当、ね。」
「あの、は余計よ!・・・でもホント、春香も成長したわよね。最初はどうなることかと思ったわ。歌えば
音程は外すし、踊れば転ぶし。」
「立ち位置間違えて、キメのポーズの時に、リボンしかカメラに入ってないこともあったわね。」
「登場の時に転んで、アイドルなのに出オチ、とか司会者に突っ込まれたこともあったわ。」
「・・・うう、ゴメン。」
 全て事実であるだけに、謝る事しか出来ない春香だった。
 それでも、今日の二人はまだ、実例の数も言い方も控えめな方である。

「その春香を、メインに置き続けたんだから、あのプロデューサーもあれで相当なもんよね。」
 プロデューサー、その名前にも春香は、つい反応してしまう。
「うん。それは本当にそう思う。春香の伸びしろとか、性格とか、ちゃんと見えてたのよ。あ、そうそう。
ところで伊織は、春香をメインで行く、って言われた時、不満はなかったの?」
「それは当然あったわよ。だって、歌もダンスも、どう見たって私の方が上手かったんだし。だから、
プロデューサーに文句言ってやったの。そしたら、あいつ、なんて言ったと思う?」
「また、うまいこと誤摩化したんじゃない?」
「ううん、違うわ。『伊織は、メインじゃないと目立てないのか?』って。で、つい言っちゃったのよ。
『そんなわけないじゃない!』ってね。」
「あはは。なるほど。」
「でも、こうも言ってたわ。『伊織がメインだと、後の二人は完全に脇に回ろうとする。三人の内の一人は
それでもいいかもしれないけど、二人共それじゃあユニットとしては面白くない。特に春香は、自分が脇に
回る事で、他の二人よりも実力が劣るままでいいと思ってしまう。そうじゃなくて、伊織が、いつでも
メインを代わってあげるわよ、と言わんばかりに脇に控えている方が、春香には刺激にもなるし、ユニットと
しても面白いと思うんだ。』ですって。」
 この話は、律子も春香も初耳だった。

「・・・それ、結成した頃の話よね?よくもまあ、そこまで三人とも見抜かれたもんね。」
「悔しいけど、今思えば正解よね。実際にユニットとしての個性は出せたし。春香は、しっかり私たち二人を
脇にして、メインに立てるほどになったわけだし。」
「わ、私はそんな・・・ただ、プロデューサーさんの言う通りにやってきただけで・・・」
「はいはい、謙遜しなくていいから。現に、今日のリハーサルだって、これだけの低テンションで、
しっかり歌もダンスも私たちと合わせてたじゃないの。」
「そうよ。この伊織ちゃんを脇に置ける実力を持ってるのは、世界広しと言えども、あんたたちだけ、
春香と律子だけしかいないわ。」
「だから、春香も自信を持って。この先もアイドル続けて行くんでしょ?」
「私は・・・まだ・・・」
「どうせ春香は、あのプロデューサー以外とアイドル活動することが、想像できない、とか言うんでしょ。」
「・・・うん。」
「まったく。確かにプロデューサーとしての能力は認めるけど、あんな無神経な唐変木のこと、どうしたら
そこまで好きになれるのかしら。」
「えええええ?そ、そそそそそそんなんじゃなくて、わ、わわわわたわたわたしはべべべべつに」
「ほらほら。そんなに慌てないの。今さら隠さなくても、みんなとっくに気付いてるわよ。」
「み、みんな?も、もしかして・・・プロデューサーさんも?」
「それなら、安心していいわ。世界中の誰もが気付いていたとしても、あの無神経のすっとこどっこいだけは
絶対に気付いてないから。」
「うーん。でもそれって、安心していいのかな?」
 律子はそう言うが、春香はやっぱり安心した。
 でも、同時にほんの少しだけ、がっかりした気もする。
「どころで、律子さんは、これからは、どうするつもり?」
 純粋な興味と、話題を逸らす意味も多少含めて聞いてみた。
「私?私は、元々アイドル志望だったわけじゃないし、今後は違う道を行こうと思って。」
「違う道って?」
「先々は自分で事務所をやりたいと思うんだけどね。まずは、プロデューサーになろうかな、と。実は、
その時には、伊織をプロデュースさせてもらえないか、社長に頼むつもりなの。」
「ええっ!?そんなのお断り・・・と、言いたいところだけど、案外いいかもしれないわね。お互いに
手の内も実力も、よーくわかってるし。」
「でしょう?新たにプロデューサー付けるよりは、よほど事務所にとってもメリットあると思う。二人の
知名度や話題性も、充分に生かせるわけだし。」
(みんな、これからのこと、もう考えてるんだ・・・)
 春香は驚いた。しかし、考えてみれば、当然なんだろう。もう解散は明日に迫っている。その先の事も
決めなければいけないし、前へ進むなら、今の勢いがある内に、進める所まで進んでおくべきなのだ。
(でも、私は・・・)
 また、ある一点で思考が停止する。
(明日のことも、考えられない・・・考えたくない・・・)
 プロデューサーさんとの、最後の活動。その後は、プロデューサーさんは自分のプロデューサーでは
なくなってしまう。
(明日が来るのが、怖い・・・)


「それじゃあ、お疲れさまでした。」

 タクシーの窓を開けて、春香が挨拶をする。
「おつかれ。ちゃんと明日に備えてしっかり寝るのよ。」
「明日のステージの時も、そんなしけた態度だったら、承知しないわよ。」

 春香は無言で頷いた。
 動き出したタクシーに、残った二人は軽く手を振った。

「なによ。せっかくこの私が、励ましてあげたって言うのに。結局あのままなんだから。」
「まあ、こんなもんかな。後はプロデューサーにまかせましょ。プロデューサー、春香のテンションを
上げる事に関しては、天才的に上手いから。」
律子はそう言って、携帯を開いて伊織に見せた。
「なに?メール?」

 from:プロデューサー
 title:春香のテンションだけど
main:明日のステージ、大丈夫そうかな?

「ちょうど、ついさっき来たの。まるでどこかから見ていたみたいにね。」
「それだから、春香も勘違いして舞い上がっちゃうわけよね。」
「まあでも、誰かにこれだけ気にしてもらえる、って言うのは、嬉しい事だろうと思う。」
「それに引き換え、後の二人のことは、まるっきり放置状態だったんだから。」
「ホント、手がかからないのをいいことに、まるで眼中になかったみたい。でも、きっとあのプロデューサー
は、それでも大丈夫って確信があったんじゃないかな。」
「それも頭に来るのよね。何もかも見透かされてるみたいで。」
「伊織は、24時間ずっと伊織の事だけを考えてる人が、お望みみたいね。」
「プロデューサーとして?」
「それもあるけど。男の人の好みも、そうなんじゃない?」
「うーん・・・まあ、そうね。いつも私の事を考えていて、何でも私の言う事を聞いて、そして当然、
この私に釣り合うくらい、バリバリ仕事の出来る人間じゃないとダメね。」
「ハードル高そうね。」
 律子はそう言って笑った。
「つまり、あのプロデューサーが、いつも伊織の事を考えて、伊織の言う事を聞く、と言うくらいか。」
「なんであいつなのよ!だいたい、あいつが私の言う事を素直に聞くと思う?」
「意外と、専属になれば聞きそうな気がするなあ。」
「それでも、あんなオタンコナスのニブチンじゃあ、話にならないわ!あいつ、気が利かないもの。私だけ
じゃなく、律子や春香にだってそうじゃない。」
「確かに、ね。私はともかく、春香に対しても、一番肝心なところに気がついてないくらいだからねえ。」
「鈍いもの同士、お似合いだとは思うけどね。」
「しかし、上手く行くかどうか、と言うと話は別よね。あのプロデューサーの事だから、大事なところで
地雷踏んづけたりしそうな気がする。」
「ま、それもいいんじゃない?春香の頭の中は、もう差し迫った明日のことしかないだろうけど、今すぐに
どうこうしなきゃならない問題でもないんだし。」
「それに気付いてれば、最初っからあんなテンションにもならずに済んでるって。」
「そう気付かせるために、わざわざ私たちのこれからの話とかしたのに。とにかく、こうなったら他人が何を
言ってもムダよ。」
「まあ、それもそうね。」
 律子はそう言って、メールを打ち始めた。

 to:プロデューサー
 title:Re:春香のテンションだけど
 main:うーん。かなりヤバいですね。私たち二人じゃどうにも出来ないくらいです。
     明日、ちゃんと励ましてあげて下さい。いつもの誤摩化しじゃあダメですよ!


/Fin