無題255


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「お酒ってホントにおいしんですか?」
「ん~…どうだろうね?ただ…」
「ただ?」
「酒を飲む人間には主に3種類あってね」
そこで彼は一呼吸入れるように新しい氷をグラスに入れ
律子には読めない字で書かれたビンの中の液体を注ぐ
「一つは単純に味を楽しみたい人、一つは所謂“飲まなきゃやってられない”人…、そしてもう一つのタイプが厄介でね」
「と、言うと?」
「“隠す人”かな」
「隠す?」
「そう普段は勿論、酒の席でも本音と建前をアルコールに溶かしこんで喋るから本心が殆ど見えない」
「はあ…プロデューサーなんてその典型って気がしますけど」
「おいおい765プロで俺ほど裏表が無い人間も珍しいんだぜ?」

そんな会話を何とはなしに思いだしていた
某ホテルの最上階の雰囲気の良いバー 今日も今日とて夜景を肴に濃い酒を煽る
「そりゃあ人に聞かれちゃマズい話って言うのは分かるけど…」
あの日の会話から2年近い月日が流れた 2年も経てば引退したアイドルなど忘れ去られていると思っていたが
元アイドルで元所属事務所の子会社(もっとも半独立状態ではあるが)のPともなると
なかなか世間は放っておいてはくれないらしい 話題作りと言う意味では無意味でもないが
「煩わしいわね」
と律子は思う ある意味現役時代よりマスコミに気を使う生活
そのせいだろうか、二十歳になってすぐに飲酒癖がついてしまった
でもそれはきっとあの人の影響だ 今日ここに律子を呼び出した本人
「こっちから連絡しても殆ど居ないくせに…」
もっともあの人は会おうと思って会える人ではない
普段の行動からは想像もつかないが
あれでも芸能界でも5人といない“アイドルマスター”の称号を持つPの一人なのだ
その影響力・発言力は大手プロダクションの社長やTV局の重役達の比ではない
本来なら律子では会う事もできない雲上人なのだ
律子のプロデュースを終わらせた後は第一線から身を引いてはいるが
「まったくあの人はホントに…」
「何考えてる分からない?」

待ち人、遅れて来る。相変わらず、隣に立っても声を掛けられるまで気付かなかった
「人の思考に勝手に入ってこないで下さい」
「許可取れば良いってもんでもないけどね。まあ長い付き合いだし。」
そういうと彼はカウンターに座って律子の方を見る
「…何ですか?」
「いやね、美味しい酒の飲み方をするようになったな~と思ってね」
「そんな話をするために呼び出したわけじゃないんでしょ?私が忙しいの知ってるくせに」
律子は社長であるが現役のPでもある 仮にもアイドルマスターから技術を盗んだ…基い、学んだ身だ
それなり以上の結果を示し、引退アイドルの道楽だろうと嘲笑った連中を見返してきた
しかし今回だけは、流石の律子も少々心が折れそうだった
「出来る限り、少なくとも今は鉢合わないように気を使ってたのにな~」
「ん?ああ、舞ちゃんのことね」
「舞ちゃんって…あの天災であり天才をよくそんな知り合いにみたいに呼べますね」
現在律子が育てているアイドルはまだ精々Dランクだが 律子が見込んで直にスカウトした娘だ
律子自身、一応押しも押されぬSランクアイドルだったが
あの娘ならそれ以上になる可能性も十分あると律子は見ている
だから今は無茶をさせずに大事に育てたかった それなのにだ
「まあ考えて見れば、彼女の思考を読もうという方が無茶だったかしらね
 でもまさかあんな地方の仕事のオーディションに出てくるなんてね」
「…まあフリーダムという意味では彼女に敵う人間も珍しいからね
 それより頼んどいた例のブツ、持ってきてくれた?」
「ええ、はいどうぞ」
律子が渡したのは事務所所属で未だデビューしていないアイドル候補生の履歴書の束だ
「子会社から引き抜きとは流石師匠。素敵に手段を選びませんねと言いたい所ですけど
 こっちも人材・人手が足りないんですから渡しませんよ」
「知ってるよ。別にそんなつもりじゃないさ。こっちの方は建前でね」
「じゃあ本音は?」
律子はグラスを指さして言う それを見て彼は一瞬驚いたような顔をしたが直ぐにニヤリと笑った
「律子に会いたかったから…って言っても信じないだろうから本題に…
 どうするの?このままオーディション受けるの?あの娘は未だ知らないんでしょ?」

「勿論行くわよ」
氷が融けて良い感じに薄まったウィスキーを飲みながら答える
「貴方ならそうしたでしょう?例え、私がイヤだって言っても」
「…」
彼は何も答えなったが、少しだけ口角を吊り上げて
右のこめかみのあたりを指で掻くような仕草を見せた
それは、彼の問いに律子が正解した時にいつも見せていた、律子にとっては馴染みの癖だ
「別に私の負けず嫌いとかメンツの為じゃないですよ
 ただ…負けて得る物は無くても、学ぶ事は山ほどあるってことも知ってるから」
「なるほど…じゃあこれは要らなかったかな?」
そいって彼が差し出したのは大量の紙と数枚のDVDだった
「これって…」
「見ての通り舞ちゃんのデビューから今までの全データ」
「こんな表になってない情報まで…いったいどこから?」
「オリジナルを持ってる人間が居るのさ。」
律子はそれが誰なのかは聞かないことにした
どうせ知ったらロクでもない事になることも“長い付き合い”で知っているからだ
それに当たり前だが、これがあった所で勝てる訳ではない
勝率が0%から…やはり0%だろうか…

「せっかくだから律っちゃん、久々にテストしてあげようか?
 舞ちゃんの強さの理由って何だと思う?」
律子は答えに詰まった
何でと言われても、考えた事すらなかったのだ
台風をかき消すには核爆弾を何発も使う必要があると聞いたことがあるが
それを聞いて凄いと思っても、普通の人間は理由を考えはしない
仕方なく律子は昔高木社長が言っていた事を思い出して言ってみた
「日本のアイドル史そのものを相手にする様なもの、なんでしょう?」
「ノンノン、仮にもこれからあの娘と競おうってアイドルのPが
 そんなどっかの社長みたいな抽象的な認識でどうするの」
バレバレだったようだ
「いいかい律っちゃん。確かに舞ちゃんはね、アイドルとしてはある意味異常な歌唱力と圧倒的なビジュアルに加えて 
 抜群のプロポーションとしなやかさを併せ持つ体から打ち出されるダンスと、およそアイドルに求められる物の全てを持ってる
 けどそんな事は彼女の強さの本質では全くないのさ。と言うより、あのレベルのアイドルにとっては、
 その程度の事はある意味当たり前なんだよね」
目の前の男はPである以前に、現役時代は高木社長の右腕であり765プロでは戦術を担当する男だったのだ
「あの娘の凄い所はそれらを自由自在に組み合わせて、まるで手足みたいに…比喩じゃなくて
 ホントに手足を動かすのと同じ感覚で当たり前に、しかも本来ありえない程の多様性で表出できる所にあるのさ」
ここで彼は少しだけ目を細めた
律子にもう少し人生経験があれば、それは人間が昔を思いだす表情だと分かっただろう
しかし目の前の男の表情から内心を読みとるには彼女はまだまだ若すぎた
ここからは俺の想像だけど、と前置きして彼はつづけた
「おそらく幼いころ、それこそ幼稚園前の頃から、歌って、踊って、人を魅きつけられたんだろうね
 彼女にとってはそれが当たり前で、だからどれだけ絶対強者を気取るトップアイドルだって
 本能ではオーディションを避けるのに、あの娘にはそれが一切無い
 だから自分が面白そうだと思った仕事を、TV局に一言言ってやらせてもらうって選択肢と
 真正面からオーディションで他のアイドルを叩きつぶす手間を天秤に掛けられるのさ」

普通の人は一輪車にのったまま階段を降りようとは考えないだろう
しかし生まれつき一輪車に乗って生まれてきた人間ならどうだろうか?
自分ができるのが当たり前と認識しているから、時として彼らは常人には理解できない行動を示す
「だったら律っちゃん、君ならどうする?」

しかして、幸か不幸か律子も所謂ただの“常人”ではない
目の前の“天才”からあらゆる事を学んできたのだ
一つの世界の歴史の光そのものを背負っている者は
同時にそれによって生じた陰さえも抱え込んでいるものだ
それは太陽のような翼に潜むほんの僅かな傷
「日高舞だって人間よ。弱点もあれば隙もできる筈…
 何でも持てるからこそ、本来なら効率化して捨ててる物まで持ってる筈なのよ」
「ん~、まだまだ抽象的だけど、まあ合格点だね」
例の仕草を見せながら、彼は珍しく嬉しそうだ
「まあ律っちゃんも“大人の女”なったってことだよね パパは嬉しいよ」
「誰がパパですか。それに貴方が大人代表みたいな事言わないで下さい」
「でもね真面目な話、今までは俺や社長に後ろ守ってもらって、前だけ見てればよかったかもしれないけど
 もう今は守るものあるでしょ?そろそろ考え方とやり方変えないとその内致命的なミスするよ?それと…」
そこで彼は急に真面目な顔になって言い放った
「仕事と恋愛、ちなみにどっちが大事なの?」
「全然脈絡無い!?」


                                               END