ジャコビニ彗星の日


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おかしな時間に目が覚めたのは、きっとゆうべのニュースのせいだろう。
今日は朝からスポーツバラエティの収録があるので、今から寝なおすには少し都合が悪い。
『今年は当たり年なんですよね、85年、98年と13年周期であるんですよ』
帰り際、タクシーの中のFM放送。プロデューサーは充分休めとメールをくれたけど。
りゅう座流星群。ラジオの締めにアナウンサーが、ドラゴンの涙と呼ぶ人もいる、と言っていた。
きっとその龍も、誰かを恋しがって泣くのだろう。
ドレッサーの椅子を窓際に運んで、いったん点けた部屋の明かりをまた消して。
部屋を探したらクイズ番組の賞品で貰ったオペラグラスが見つかった。
――プロデューサー、使いませんか?私には必要のないものですから。
――そう言うなよ。せっかく自分で手に入れた賞品だろ?
品物を譲り合った時に触れた、温かい指先を思い出した。……あの時はまだ、別にどうとも思っていなかったけれど。
プロデューサーは、さすがにこの時間は寝ているだろうか。それともまた、無理をして仕事をしているのだろうか。
担当タレントの多い彼は業務連絡をメールでするのがもっぱらで、電話で声を聞くのも少なくなっていた。
忙しいのはわかるけれど、こちらの気持ちも考えて欲しい。

……って、私の気持ち?

伝えてもいない恋心なんか、考えられる筈もない。自嘲と諦観の引き連れた笑みが貼りつく。
これから流星が見えるなら、それはきっと私が流したものなのだろう。暗い夜空を見上げながら思う。

アイドルを始めて、しばらくは芽も出ないで。プロデューサーに出会って、考え方を変えるコツを教わって。
真剣な顔ばかりじゃなくて、優しい表情で自分の歌を届けることができるようになって、私はそのことに気づいた。
遠い昔の記憶のような……「おねえちゃん、やったね」とはしゃぐ幼い面もちや、そんな私たちを包み込んでいた大人の笑顔。
身勝手なのかも知れないけれど、私を見つめて笑ってくれる、そんな笑顔を私は見たいのだ。
友人の瞳、同僚の笑顔、社長の表情。そして、プロデューサーの微笑む顔を見たいから、今の私は歌を歌っているのだ。

そんな笑顔を恋しくなって、こちらが涙を流すというのも、思えばおかしな話だろう。
ふうと小さく息をついて、再び顔を上げた時。
「……あ」
光の糸が、短く一筋。涙にしては明るくて、少し不思議に思ったその時。ドレッサーの上で、携帯が震えた。

『起きないで欲しい、けど』

妙なタイトルの下に目を走らせた。

『流れ星が見えた……って書いてから、いま何時なのか思い出したんだ。でもせっかく書いたんで、送ります』

「……ぷっ」

くすくす笑いがこみ上げた。やっぱり、こんな時間に起きていたなんて。
さっきの薄く描いた弧線は、涙の跡ではないようだ。だってまるで、眼鏡の奥で細くなった彼の目にそっくりだったから。
いきなり電話を返したら驚くだろうか。
それともメール返信で『また徹夜ですか?』と怒ってみせようか。
一生懸命考えて、結局『おはようございます』から書き出すことにした。

さっきの笑い目がもう一筋くらい見えないだろうか、と空を見上げる頃には、黒かった空はほの明るい蒼になっていた。



おわり