FIVE DOORS


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「みんな、おはよう。だいたい揃ってるわね」
「えっ?」
「り、律子!」
 朝から今しがたまで飛び回っていて、部屋らしい部屋でひとところに落ち着く
チャンスがなかった。
 ある意味本日一枚目となる、招待客控え室のドアを開けると、アイドル仲間
たちが一斉にこちらを見た。みんなそれぞれにおめかしをして、ふだん事務所で
見るより何歳か大人びて見える。
 私はここに現れない……そうみんな思っていたみたいで、全員の目が丸く
なるのに少しだけ複雑な満足感を覚えた。
「……律子あなた、ここでなにをしているの?」
「なにって千早、そんなの決まってるでしょ?」
 どんな顔をしていいかわからないという表情のまま質問された。
「私はプロデューサーなんですからね、『うちのプロデューサー殿の結婚式』の。
参列者の状況を確認しにきたのよ」
「プロデュースって……冗談だとばかり思ってたわよ。あんたってば正気?
ここに来ていよいよおかしくなっちゃったんじゃないの?」
「ふむ、すばらしいツッコミだわ伊織。でも今あんたの相手をしてる暇はない
のよね。ここにいない人たちは?」
「……連絡は貰ってるわ。ともかく全員到着してる」
「そう、ありがと」
 みんなも不安げな顔を見合わせている。それはまあそうだろう、でも、詳しく
説明するだけの時間がないのも本当。
「まあ、とにかく来てくれてありがとうね。私、披露宴と式場のセッティング
見てこなくちゃならないから、またあとで」
「律子、わたくしも解せません」
「なによ、貴音」
「式のプロデュースなどしている場合なのですか?あなたは、その当の
プロデューサー殿に」
「そこまで。お願いね」
 食い下がる言葉を、あくまで冷静にとどめた。
「これは、あくまでビジネスよ。プロデューサー殿の一世一代の晴れ舞台を、
私の手で最高の思い出にしてあげる。これまで私を育ててくれた恩返しも込めて、
いわば私のプロデューサーとしてのデビュー戦なんだから」
 周囲を見渡しながら、精一杯の笑顔を見せる。
「普段裏方でいる彼が生涯最大の幸せを手にする瞬間くらい、あの人を表舞台に
立たせてあげたいじゃない?いいからまあ、黙って見ててよ」
「あふぅ」
 人垣の向こうから、気の抜けた吐息が聞こえた。それでも立ち上がって顔を
見せるのだから、彼女にしては良くやっているのではないか。
「ハニーのウエディングをプロデュースなんてすごく楽しそうだよね。ミキは
いいんじゃないかって思うな。こんなの考えること自体が、実に律子らしいの」
「こーら、美希。目上の人には?」
「うっ……律子、さん、らしい、の、ですっ」
「よろしい。それから『ハニー』も、さすがにもう封印しなさいよね」
 実は美希にはプロデュースの件を伝えていた。正確にはつきまとわれすぎて
バレた、というのが本当なのだけれど、その時にも援護を約束してくれた。いつもの
ままの言動にしては幾分赤くなっている目に、心がちくりと痛んだ。
「律ちゃあん……ホントにムリしてない?」
「真美も心配だよぉ」
 今度は鏡写しの同じ顔だ。
「亜美、真美、私は大丈夫。むしろあんたたちが勤めるブライズメイドは頭に
入ってるの?」
「それは大丈夫だよ。亜美たちレッスン時間も使ってモートックンしたんだから」
「それならいいけど……ん?レッスン時間ですってえ?」
「うあうあ亜美のバカっ」
「ぎゃーヤブヘビだったああっ」
 こんなときだからこそ公私はちゃんと分けろとあれほど言ったのに。とはいえ、
本当に時間が厳しい。
「まーいいでしょう。その代わりこの先のレッスンが予定通りになってなかったら
覚えてなさいよ?」
 言い捨てて部屋を駆け足で出た……出ようとした。
「あ、あのっ!律子さん!」
 その背中に、元気な声が追いすがってくる。
「やよい……」
「わたし、こういうときのことよくわからないですけど……あの、頑張って
くださいねっ!わたしたちも、みんな応援してますから!」
 ぎゅっと握った両手が、彼女なりの戸惑いなのだろう。こちらを見つめる瞳が、
それを乗り越えて今の言葉を発したのだろう。
 やよいだけでなく、みんな似たような心もちなのだろう。だからこそ私も、
ぼんやりしているわけにはいかないのだ。
「ありがとう。披露宴ではおおいに盛り上げてね」
「はいっ!」
 いつものように掲げてくれる右手には逆らえない。走り出したがる足を止めて
振り返り、大きなモーションでぱちん、と手を合わせた。

 本当は呼ぶべき人間は山ほどいたけれど、予算や立場や事務所の格的にも
あまり大仰なことはできなかった。控え室から宴会場まで駆け足で移動しながら、
でもこの短距離走で済む規模のハコでよかったかな、とひとりごちた。
 結婚式には、両家からトータル50人くらいの招待をすることになった。社長は
もっとたくさん呼びたかったようだけれど、逆に縁故者や取引先をリストに
入れ始めるとその人数は倍やそこらでは済まなくなってしまう。
 腰に下げた携帯が鳴り、相手も見ずに耳に当てる。
「はいプロデューサー、準備はできてますか?」
『あ、ああ。こっちはOKだ、律子』
「そうですか、よかった。この先の段取りは式場の方が説明してくださいます
から、ちゃんと聞いておいてくださいね」
『おう、了解。それより律子、お前』
「私の方は大丈夫です。どうかご心配なく」
 それ以上なにか言われてもこちらが困る。私は電話を切り、先ほどから数えて
二枚目の大きなドアを開けた。
 ホテルの宴会場はもちろんパーティのセッティングが終わっていて、真っ白な
テーブルが料理とお皿、グラスたちの並ぶ瞬間を待っている。会場の真ん中、
いちばん奥に高砂の席、そこからこちらに向かって扇型に参加者の丸テーブルが
広がり、座席も極力高砂に向くよう配置した。主役とはいえあまり派手派手しい
のを好まない新郎新婦は、スモークやゴンドラなど使わずオーソドックスに
後ろの扉から登場する算段だ。
「律子!」
「うわ、ホントに来たっ?」
 控え室の誰かと電話で話をしていたのだろう、驚いたような声は真と響だ。
二人とも普段は活動的ないでたちだけれど、今日ばかりは可愛らしいきらびやかな
装いを競っている。
「わあ、二人とも見違えたわね。まるで女の子みたいよ」
「む、いきなりシツレーだな」
「もうっ、余計なお世話だよっ」
「あはは、冗談よ。二人とも素敵なプリンセスになったわね」
「それはどうも。それより、律子、あの」
 真の視線が揺らいでいる。
「今日は……その、なんと言っていいか」
「おめでとう、でいいじゃない」
「だって律子、結婚式のプロデュースなんてやってて……いいの?ほんとに」
「そうだぞ!律子ほんとはそれどころじゃないはずだし!」
「まあ……確かに、体がもう一つくらいあればよかったのに、とは思ってるけど」
 今回のプロジェクトをほぼ秘密にしていたのは現場の、もっと正確に言えば
アイドル仲間の混乱を避けるためだった。こうして式当日になってしまえば
今さらどうしようもない。
 結局、その方がみんなを心配させるリスクも減らせるし……私自身も、予定が
詰まっていれば気が紛れる。
「でもね、このくらいじゃないと『仕事してる』って感じもしないのよね」
「それはもうビョーキの域だぞー」
「……まったく、律子はしょうがないな」
 響はまだ心配そうだけど、真はなんとなくわかってくれたようだった。
「いいよ、律子がそれでいいんなら」
「真?」
「大丈夫だよ響、きみも感じてはいるんだろ?律子が楽しそうなの」
「う、うん」
「結局こうしないと気が済まない人なんだよ。自分できっちり決着をつける、
それが律子の流儀なのさ」
 説明するその声音も温かく、聞いている響だけでなく私の胸にも沁みてくる。
不覚にもウルっと来そうなのを抑えているうちに、響が大きくうなずいた。
「ん、わかった!自分、律子を応援するぞ!」
「ありがと。やっぱりあんたたちは話が早いわね」
「でも、なにか大変だったらなんでもするから、すぐ言ってね?」
「うん、ボクも協力する!」
 二人だけでなく、みんなをずいぶんやきもきさせた自覚はある。今日のこの件
にしても、自分自身ずいぶん悩んだ。
 それでも、この仕事だけは誰かに譲る気になれなかった。
 プロデューサーの結婚式。他の誰でもない、私が彼を祝福してあげずに、
どうして二人が幸せをつかめるというのか。これは私の責任であり、プライド
であり、願いなのだ。
 この気持ちのいくばくかでも伝わって欲しいと願いつつ、二人に言う。
「助かるわ、最高の援軍ね。……じゃあ、さっそくだけど」
「えっ?」
「さ、さっそくって……あ」
 ちょうど、横から足音が聞こえてきたのだ。今でなければいくらでも相手して
やるけど、私は打ち合わせをこなさなければならない。
「いた!律子さん!」
「り、律子さぁんっ!」
 そちらに顔を向けると、泣き出しそうな不安顔が二つ。
「春香も雪歩も、ドレスで走り回ったらはしたないわよ。真、響、この二人の
相手をお願いね」
「それより大変なんです、律子さん!」
 他の子たちと似た状況だと思い、こう言ってかわそうとしたけれど、どうも
春香の必死さが違う。
「……なにかあったの?」
「あずささんが、行方不明なんですっ!」
「なぁんですってっ?」
「ひぃっ、ごめんなさぁいっ」
「……あ、いやいや、雪歩が謝ることないじゃない」
 そういえばここまでのどこでも見かけなかった。
「何日か前のメールでは仕事の関係で、少し早く式場入りしているということだった
けど……そうね、まず敷地内を捜索して、式場のスタッフの手も借りられれば」
「律子、ストップ」
 反射的に重要案件に取り組み始めたら、真が言った。
「律子には大事な仕事があるでしょ?あずささんのことは、ボクたちにまかせてよ」
「うん、そうだぞ。自分たちだけでなんくるないさ」
 響がさらに言葉をつなぐ。
「春香、雪歩、みんなで探そ?」
「あ……うん、そうだね、そうだよね」
「こんな時まで律子さんに頼っちゃダメですよね」
 四人の笑顔が、私の背を押す。私も、みんなに負けないように笑顔を浮かべた。
「ありがとう、あずささんをお願いね。私も、移動中は気をつけておくから」

 式まではあと少しだ、電池ももつだろうとグループトーク回線を開きっぱなし
にしてイヤホンマイクをつけた。披露宴の最終確認を終え、チャペルへ向かう。
『こちら中庭、やっぱりみつかりませえん』
『1時間くらい前に地下のショッピングモールで目撃されてたぞ』
『それだとまた移動しちゃってるな。春香、そっちは?』
『うん、ついさっき他の式の参加者の方が、見かけてサインもらったんだって。
ねえねえ聞いてよ真、私もサインさせてもらっちゃったっ』
『どうでもいいわよっ!だいたい当のあずさが圏外ってどういうわけなのよ!』
 おっと。
 控え室にいた面々も捜索に参加してくれているようだ。がやがやと会話が錯綜
するのを、少し前の事務所のようだと懐かしく思いながら三つめの、チャペルの
重厚なドアを押し開ける。
「……あ」
 高い天井の静謐の奥は、あたたかい陽の光を受け入れる全面窓だ。逆光になった
祭壇と十字架、その下にたたずむ影は手を前に組み、宙空に吊るされた博愛の象徴を
静かに仰ぎ見ている。
 一瞬その絵画のような風景に気圧されるが、思い直して声をかけた。
「……あずささん」
「あら、律子さん」
 ゆっくりと振り向き、天真爛漫な笑顔を私に咲かせる。
「やっぱり、教会って神聖な雰囲気になるわねー」
「なあに言ってるんですかっ!みんなで探してたんですからねっ」
「あ、あらぁ」
 この一喝で、みんなにも発見の報が伝わったようだ。アプリを閉じ、ゆっくり
彼女に歩み寄る。
「勘弁してくださいよ、あずささん。ご招待客が先に祭壇に上がってるとか、
神様びっくりしますよ?」
「それもそうね、ごめんなさい律子さん。神様に、わたしにも早く運命の人が
現れますようにってお願いしたかったの」
「ちゃんと聞いてくださってますよ、きっと。今じゃないってだけです」
「そう願っているわ。ありがとう、律子さん」
「携帯はどうしたんですか?」
「ああ、チャペルに入るから切っちゃってたわ……と、わ、あらら」
 電源を入れたとたんに怒涛の着信が入る。彼女にはチャペルから動かないように
身振りで伝え、迎えを待たせて私はスタッフと話をしに行った。ここの従業員は
優秀だ、希望していたことのほとんどが準備完了しており、理想的なタイムワークが
できそうだ。
「ん、チャペルもOK、っと。……これで」
 これで、私のブライダルプロデューサーとしての仕事はほぼ完了。内心の動揺を
隠しつつ独り言。ついでに、小さく深呼吸した。
「あと一カ所か。ふうっ」
「律子さん」
 通り過ぎしな、人待ちをしているあずささんに声をかけられた。……この人は
こういうところがすごい。
「大変な仕事を、お疲れ様。あとは最後の仕上げね」
「……ええ、あずささん」
「頑張ってね。わたしもみんなと応援しているわ」
 チャペルを出て、そこからほど近い場所へ通路を進む。最後の仕事は、もちろん
ここだ。
 ……新婦控え室。

 おごそかに本日四枚目のドアを開け、入室した。
 両親と話していた小鳥さんがこちらを向く。影のように付き添っていた社長も
気づいた。
「律子さん。準備、終わりましたか」
「はい。これで、もう思い残すことはないです」
 その言葉で、小鳥さんの表情が和らいだ。
「……よかった。じゃあ、あとは本来のお役目を全うしてくださいね」
 本来の役目とは、もちろん。
 小鳥さんの後ろで、両親も……私の父と母も、静かに頷いた。
「あらためて言わせてください。おめでとうございます、律子さん。どうか
プロデューサーさんとお幸せに」
 本来の役目とは、そう……プロデューサーと並んで永遠の愛を誓う、彼の花嫁。
「私のわがままでいろいろご迷惑おかけしました。私の両親、変なこと言いません
でしたか?」
「そんなこと。あ、それより聞いてください律子さん、こんど商工会青年部の
決起大会にわたし、呼んでいただけるんですっ!」
「はあ?」
「名目上は受付事務と司会進行のお仕事なんですけど、その後の懇親会でわたしの
こと紹介していただけるんですって!仕事に一途なイケメン揃いだって聞いて
もう夢が広がりまくりんぐなんです律子さんっ!」
「ああ……それは……よかったですね」
 呆れたような顔をしてみせたけれど、内心はいつも通りの彼女を頼もしく感じた。
 あまりの大舞台に不安のあまり、ただでさえやることの多い新婦の身でありながら
体を動かさずにいられなかった私なんかとは肝の座り方が違う。おかげで私の到着
まで、両親の話し相手を勤めてくれた。
 私はこうして、みんなの支えがあってようやく立っているありさまだ。
プロデューサーもこんな女のどこがよかったのかといまだに思うが……迷うの
だけはもうやめた。
 携帯の着信に気づくと、伊織からのメッセージだった。『直接言いたいことが
あるから、もう一度グループトークに入れ』と言う。
「さあ、律子さん」
 液晶を覗き込んでいた小鳥さんに促され、おずおずとアプリを操作し、耳に当てた。
『来たわね律子。もう気は済んだ?』
「はいはい、お騒がせしたわね」
『まったくよ。花嫁が自分の結婚式プロデュースするなんて前代未聞だわ。でも』
 伊織はそこで一息ついた。
『あんまりびっくりしたから、肝心なことを言い忘れちゃったのよ。みんなもね』
『ええ。ねえ、律子』
 普段のクールさを押さえきれない、興奮まじりのビブラートが。
『律子』
 カッコよく決めたつもりでも、語尾の震えている強気な呼びかけが。
『律子』
 一見ミステリアスな、それでいて確かに温かな思いやりが。
『律子、さんっ』
 無邪気でいながら思慮を重ねてきた天性の力強さが。
『律ちゃん』
『律ちゃんっ』
 息の合った、でも最近はわずかに個性の垣間見えるユニゾンが。
『律子さんっ!』
 パワフルでまっすぐな、太陽のような元気のかたまりが。
『律子っ』
 何事にも全力で取り組むエネルギーの結晶が。
『律子ぉ!』
 困難も苦境もものともしない、生命力のほとばしりが。
『律子さんっ』
 春の太陽のように体を温めてくれるぬくもりが。
『律子さん』
 さながら冬を乗り越える雪割草の可憐さと芯の通った強い意思が。
『律子さん』
 不安や心の揺らぎをやさしく包み込んでくれる、柔らかく大きな心が。

『ご結婚、おめでとう』

 私の背中を押してくれる。
 ここで微笑んでくれる小鳥さんや、社長もそうだ。
 私は、この人たちの想いとともに、次の扉を開くのだ。

「うん。ありがとう、みんな」

 プロデューサーと二人で、未来への扉を開くのだ。五枚目の……幸せに続く扉を。
 涙がこぼれないように、このぬくもりを取り落とさぬように。
 大きく目を見開いて上を向き、そうして私はみんなにお礼を言った。





end