無題8-143


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

神谷奈緒は困っていた。
非常に困っていた。
今現在自身の置かれた状況から抜け出す術が思い浮かばず、散々悩んだ末に結局、隣の部屋に居るはずの友人に助けを求めるべく手元の携帯でメールを送ることにした。

「おりょ、奈緒からメールだ」
「加蓮にも来たの?」
「ってことは凛にも?」
はて、と二人は顔を見合わせる。
共通の友人である神谷奈緒が怪しげな足取りで隣の仮眠室に入っていったのがつい先ほど。
そんなに眠いのならさっさと家に帰ってから寝たらいいのにと言ってみたところ、返ってきた返答は、
「少し仮眠取らないと絶対電車の中で寝過ごすから」
であった。
この後は特に予定も無く、先に帰っても良かったのだが誰も居ない中一人で帰るのは寂しかろうと二人時間をつぶしている最中の事。
さて何事かと携帯を開いてみれば文面にはシンプルな「たすけて」の4文字のみ。
けれども二人は文面の切実さとは裏腹にやれやれとでも言いたげに立ち上がると隣の仮眠室へと足を踏み入れた。

電気の落とされた暗い室内を見渡すべく薄明かりをつけて二人は部屋の中に入ると、ベッドの中で頬を赤く染めたままんじりともせずにこちらを見つめる奈緒が自分の腰の辺りを指さしていた。
かけ布団を少しばかりめくってみると、奈緒の腰に誰かの手が回されている。
大体想像はつくが、この手の持ち主が誰なのか確認すべく布団をはぎ取る。
「「あー」」
思わず声が漏れる。
二人の予想した通り、奈緒の担当プロデューサーが彼女を後ろから抱きしめるようにして安らかな寝息をたてていた。
わかりやすく言えば、抱き枕状態である。
「なんでこんなことになってるわけ?」
「アタシもプロデューサーがいるなんて気づかないまま布団に入ってさ、そのまま寝てたらこうなってた」
布団の中に誰か入っていたら普通気づく物ではないのだろうか。いやしかし眠気も限界に近ければ見落として仕舞うこともあるかもしれない。
前例もあることだし。
加蓮は少しばかり呆れたように奈緒を詰問する。
「で、助けてほしいってのは何?」
「いやだからさすがにこれは色々まずいからどうにかしてくれないかなと」
「起こせばいいじゃん」
「いやだって疲れて寝てるのに起こすのもちょっと気の毒じゃないか」
「じゃあそのまま一緒に寝てればいいんじゃない? 別に変な事はしないんでしょ」
「変な事って……確かににそうだけどさぁ……」
そこで見物人と化していた凛が一言。
「てゆーかさ、こんなに近くで話してたらプロデューサー起きてるでしょ」
「えっ」
口をパクパクさせながらゆっくりと奈緒が後ろを振り返る。
プロデューサーはしっかり目を開けてからからと笑っていた。

『ソレカラドウシタ』

「もーいい。寝る」
ひとしきり謎の言語を叫びながら枕を叩きつけてようやく落ち着いたのか布団をすっぽり被って不機嫌を隠そうともせずに奈緒は呟く。
ちなみにいつ起きるかなんてどうでもよくなったので凛と加蓮には先に帰って貰った。
「ゴメン。少しからかい過ぎた」
そう言い残して去ろうとするプロデューサーの服を掴んで引き留める。
「奈緒?」
「何日、家に帰ってないんだよ」
「ちょっと数えてないなぁ。まだ話せないけど結構大きい話があってそっちにかかりっきりでさ」
薄暗かったから解らなかったが、明るい場所で見るプロデューサーの顔は漂白されたように真っ白だった。
どれだけ疲れていたのだろう。少なくとも、自分が入ってきた事にも気づかない程には熟睡していたはずなのだ。
「いいよ。眠いなら寝てて」
怒ったのは、からかわれたからであって、抱き枕に代わりされたからじゃない。
だから、
「アタシはこっち、プロデューサーはそっち、ただし、こっちは向かないようにな」
二人背中合わせになって横になる。
一緒の布団で眠るくらいは別に構わないのだ。
体は正直なもので、あれだけ騒いでも直ぐに眠気が押し寄せてくる。
ただ、やっぱり顔を合わせるのは照れくさいから、
今はまだ、
背中に体温を感じるぐらいで、
背中が暖かいぐらいで丁度いい。
でも、
いつか、ちゃんと正面から見る事が出来ますように。