無題8-145


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ピピピピッ。
聞き慣れた電子音と共に取り出した体温計の表示は37.5度。
幾らか症状は治まってきたとはいえまだまだ立派に風邪の真っ最中だった。
(最近は調子よかったから油断してたなぁ……)
実際に数字として見てしまうと体調も幾分悪化したような気がしてしまい、見慣れた天井を見上げてため息をつく。
昨日からずっと横になっていたので眠気もすっかり無くなっていたが、かといって何が出来るわけでもなく結局おとなしくしているしかないと観念して再度の眠りについた。

何度目かの緩い覚醒。
ふと、視線を感じて首だけを動かしその方へ向ける。
プロデューサーが椅子に座ってこちらを見ていた。
「……変態」
「酷い言いぐさだ」
「女の子の寝顔をずっと見てるなんて変態以外の何者でもないじゃない」
来てくれた事は嬉しいと思うけれどこれぐらいの憎まれ口は許して欲しい。寝顔を見つめられるなんて男の人が思っている以上に恥ずかしい事なのだ。

「どれぐらい前に来たの?」
「今来たばかりだ。ひょっとして起こしたか」
「ううん、大丈夫。昨日からずっとベッドの中であんまり眠くないから」
寝ていた体をを起こしてもまだ少しふわふわしてる感じがする。
「そっか。体の調子はどうだ」
「退屈に思えるくらいには回復してきたよ」
「なら良かった。そうだ、後で凛と奈緒も来るって言ってたぞ」
「来なくてもいいってメールで言ったのにみんな大袈裟過ぎ。もし風邪が移ったりしたらそっちのほうが大変なのに」
とは言ってみたものの加蓮自身にも仕方のない事だという自覚はある。
「加蓮の場合は昔の事があるからな」
「おかげ自分の心配する分が無くなっちゃいそう」
「2人とも、それだけ心配してるんだよ」
「プロデューサーも心配した?」
「俺は昔の加蓮を聞いた話でしか知らないからな。それでも、もしかしたらってのは少しあった」
「ふふっ。ありがと」
家族以外にも心配してくれる人が居る。その事実は少しだけ申し訳ない気持ちと、それ以上の嬉しさがある。
「さてと。そろそろ行くよ」
「もう行っちゃうの?」

あれ、
普段はこんな事言わないのに、やっぱり私弱ってるのかな。
そういえば、アイドル始めてからはいつも誰かと一緒だったから一人っきりって久しぶりかも。
「年頃の女の子の部屋に二人っきりってのはあまりよくないだろ」
なるほど確かにその通りではある。その通りではあるのだがつい今し方弱っている事を自覚した加蓮としてはもう少し甘えても許されるのではないだろうかと思う訳で。
「じゃちょっとこっち来て」
ベッドの中から手招き。
「ハイハイ」
って呆れながらでも律儀に頼み事を聞いてくれるのは嬉しい。
「もうちょい近く」
「これ以上ってお前無理──」
「ていっ」

腕を掴んでベッドの中へ引きずり込む。
バランスを崩した体は案外簡単に動かせた。
ご丁寧にちゃんとかけ布団までかけてあげるおまけつきだ。

息がかかるぐらいの近い距離にお互いの顔がある。
口を開く前に言葉を被せて何も言わせない。

「ねえ」

これは、熱で少しぼやけた頭だから出来る事だ。
いつもならこんな事は出来ない。
いつもならこんな事は言えない。

「私は、ずっとここにいたんだよ」
残された時間を数えながら、不安に押しつぶされそうになりながら、冷たいベッドの中で震えていたんだよ。

体を治してくれた訳ではないけれど、
新しい世界を教えてくれた貴方の事が、
私を想ってくれる貴方の事がこんなにも愛おしい。
この言葉はまだ口にはしないけれど、
ただ、今だけは。
小さな不安の欠片がどうしても消えない今だけは。

「眠るまででいいから、ここにいて」

一人ではないと信じさせて。
人が温かい事を確かめさせて。
どうか、そばにいて。