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「えーと、それじゃこの問題は……ひとは、前に出て解いてみて」

 授業中、ボクは後方に座っている少女の名前を呼んだ。けれど、返事はない。沈黙が、浮き
雲のように教室にわだかまる。
「ひとは? 聞こえてる?」
 もう一度呼びかける。やはり返事はない。
 ひとはの席は宮下さんの後ろなので見えにくく、ぱっと見た限りだと、ひとはの姿は見えな
い。頭の後ろにちょこんと突き出た可愛いお団子ヘアも、つきたてのお餅のように柔らかいほ
っぺたも、仔猫のようにあどけない瞳も、温めたミルクのような味がする唇も、ぜんぜん見え
ない。
「…………あれ? ひとはは?」
 クラス全体に訊ねてみると、他の生徒たちは軒並みボクから目を逸らした。理由は判らない
けど、みんな答えたくないらしい。特に前の席の宮下さんは、露骨に嫌な顔で下を向いている。
 もしかして、またボクのデスクの下にもぐっているのだろうか。ひとはは授業中でも、ボク
が気付かないうちにもぐっていることがある。さいきんは気付くことが多いんだけど、今日は
気付かなかったんだろうか?
「ひとは? そこにいるの?」
 身をかがめてデスクの下をのぞきこむが、ひとはちゃんの姿はない。あれ?
「矢部っち。三女なら、あたしの後ろにいるぞ」
「なんか突っ伏して、寝言を言ってるわよ。気持ちよさそうに」
「え……ホント?」
 ボクは小走りに、机の間を通って後ろの席に向かう。……あ、いたいた。机に突っ伏して寝
ているから、見えなかったんだ。ボクはひとはのそばまで来ると、
「ちょっと、ひとは。いまは授業中だよ」
 肩に手を掛けて、ゆさゆさと揺する。うーん、すっかり熟睡しているみたいだね。両手を枕
にして横を向いて寝ているから、ボクの位置からだとばっちり寝顔が見えるんだけど、どれほ
ど揺すってもぜんぜん起きる気配がないんだ。

 それどころか。ひとははむにゃむにゃと、寝言らしきものを口にしている。その内容は、ボ
クの耳にもしっかり聞き取れた。

「うーん……さっ、智さぁん……もっと、もっと奥まで……!!」

 まったくもう。どんな夢を見ているんだか。
「もう。ひとはってば……授業中なんだから、ボクとのエッチのことを夢に見てちゃだめだよ。
ほら、起きて」
「んっ、ああぁっ……智さん、今夜はずいぶん、積極的ですね……んっ、はぁっ……」
 幼い顔に淫らな表情を浮かべて、ひとはちゃんはうわごとのように呟く。その様子が可愛く
て可愛くて、おもわずキスしたくなるほどだったけど、ボクは全理性を総動員してその衝動を
こらえる。
「ちょっと、ひとは。また今夜いくらでも可愛がってあげるから、いまは起きて」
「ん……智さぁん……もっと、痛くして……私のここに、智さんの熱いものを……」
 あ。無理。もう我慢できないよ、こんなに可愛いひとはを前にして、キスせずにいるなんて。
「んっ……」
「んむっ……」
 直角に唇をあわせると、まるで生まれたての子犬のように、ボクの唇にむしゃぶりついてきた。舌先を伸ばしてひとはの唇をなぞると、ひとはの唇がわずかに開き、ボクはその間に舌を
挿入する。ひとはの口の中があんまり美味しくていい匂いがするから、ボクは彼女の口中から
唾液を吸う。
「ん……はぁ」
 やがて唇を離すと、ひとはの眼がとろんと開いた。まだ寝惚けてるのか、
「さ……智さん、おはよう」
「おはよう。起きた?」
「え、ええ。……智さん、んっ」
 ひとはちゃんは目を閉じて、唇を突き出す。
 たったいま、したばっかりなんだけどなぁ。でもボクも、ひとはちゃんとは何度でもキスし
たい。だから余計なことは言わずに、
「しょうがないなぁ。……ちゅ」
「ん……」
 今度はさっきよりも、ずっと軽いキス。
「それで、起きた? いまは授業中なんだから、寝ちゃダメだよ」
「ん……起きました。けど、しょうがないでしょう。昨日だって、智さんがなかなか寝かせて
くれないから……」
「あはは……ごめん。でも、ひとはちゃんだってせがんできたじゃない。ボクは三回でやめる
つもりだったのに……」
「だ、だってあれは……智さんが早漏なのが悪いんですよ。あのくらいじゃ、ぜんぜん満足で
きません。智さんが気持ち良くなっても、私はぜんぜん足りなかったんです」
「ごめんごめん」
 ボクはひとはの頭に手を置いて、優しく撫でてあげる。相変わらず撫で心地の良い頭だ。ひ
とはもそこはかとなく嬉しそうに、上目遣いで唇を突き出している。
「今夜はひとはが満足するまでしてあげるから、とりあえず前に出て、黒板の問題を解いて。
ね?」
「むふぅ……や、約束ですよ?」
「うん、約束」
 指切りげんまん。小指を絡み合わせたことで満足したのか、ひとははすいっと立ち上がって、
黒板に向かった。

「バカップル……死ね」

「おい千葉。なに不穏なことを言ってるんだよ」
「うるせぇイケメン!! 毎日毎日授業中に、あんな風にいちゃつかれてみろ、発狂するぞ!!
三女さんが幸せそうなのに水を差す気はねぇが、矢部っちは空気読め!! PTAで問題にな
れ!!」
「落ち着けよ。まぁたしかに、気持ちは判らないでもないが……」
「だろう? ったく……あーあ、おまえはいいよな、ふたばがいて」
「な、なんでここにふたばの名前が出てくるんだよ!! 俺たちはあそこまでいちゃついちゃ…
…」

 ぎゅっ

「しーんちゃん、一緒に帰ろ!!」
「あ、おいふたば、教室では抱きつくなって言ったろ?」
「えへへー、いやッスよ。小生、しんちゃんのこと大好きッスもん。家でも教室でも外でも、
しんちゃんに抱きついていたいんス。ね、今日もしんちゃん家に行っていい?」
「あ、ああ、もちろん」

 イライライライライライライライラ

「ひっ……そ、それじゃ千葉、お、俺たちはこれで帰るから」
「へいへい。それじゃ、また明日な」
「うんっ!! あ、千葉氏、ちょっとお願いが……その、前にもらったあれのことなんスけど」
「あれ……ああ、あれか。なんだ、もう使い切ったのか?」
「う、うん。前にもらった3ダースが、そろそろなくなりそうなんス……」
「……渡したの、先週だぞ。少しは我慢しろよ二人とも」
「うっ……しょ、しょうがないだろ。朝昼晩と使ってるから、すぐになくなるんだよ。さすが
に直接やるわけにはいかないし……」
「朝昼晩ってお前……さいきん昼休みに校庭に来ないと思ったらそんなことをしてやがったの
か。場所はどうしてるんだ? 定番の保健室か?」
「あ、ああ。栗山先生はごまかしやすいから。たまに先客で、矢部っちと三女がいるときがあ
って、そういうときは使えないんだけど……」
「あー、判った判った、ブツは明日にでもまた渡してやるよ。いいから帰れ。俺の心の傷を、
これ以上広げないでくれ」
「わ、悪い。それじゃあな」
「ああ」


 ……………………

「ったく、あいつらだって、三女さんや矢部っちのことはいえないじゃねーかよ」
「なにぶつぶつ言ってるのよ、見苦しいわね」
「なんだ長女か。お前も良く平気でいられるな。ふたばも三女も毎晩のようにあれだってのに」
「べ、別に。あたし、ああいうことには興味ないから」
「そうなのか?」
「そうよ」
「ふぅーん」
「な、何よ……」
「いや、なんでもねぇよ。それより今日はどうする? バッティングセンターでも行くか?」
「えー……ミスドかサーティーワンがいいんだけど」
「太るぞ」
「う、うるさいわねっ!! あんたなんか大嫌い!!」
「けど、まぁいいか。俺としちゃ、ちょっと太めのほうが好みなんだし。ちょうどお前くらい
のほうが、な」
「~~~~~~~~!!」
「ははっ、すまんすまん。それじゃ、ミスドでしゃべくったあとで、運動がてらバットを振る
ことにしようぜ」
「……あんたが言うと、すごい卑猥に聞こえるんだけど?」
「考えすぎだって。それとももしかして、期待してるのか?」
「なっ……そんなわけないでしょ、エロゴリラ!! 本当に、セクハラばっかり!! 罰として、
ドーナツ一つくらいおごりなさいよ!!」
「…………」

 ぎゅ

「……あっ」
「目立つから、大声出すな。ほら、行くぞ」
「…………うん」

  * * *

「……ほんとーに、どいつもこいつも」
「う~~、千葉のヤツ、よくもあたしのみつばを……!!」
「これからいよいよ夏だね!! 夏と言えば恋!! うちのクラスにも、カップルが増えるといい
なぁ……」
「これ以上増えなくていい!!」

          (おしまい)