「……ん」

6:00ちょっと前。いつもより30分くらい早い起床。目覚ましは鳴っていない。自然と起きたのだ。とりあえず目覚ましのスイッチはOFFにしておく。

(……洗濯の用意……)

もう長いこと家事全般をやっているおかげで、基本的に寝覚めはいい。でもさすがに下半身の違和感と、ああやっちゃったという後悔。
この2つのせいで気分はかなり悪い。昨日まではみっちゃんを注意出来る立場だったのに、今日からは同列である。姉には悪いが相当やるせない。

(……あれ?)

パンツを替えてから、もう1人の姉の姿が見当たらないことに気付いた。トイレにでも行っているのだろうか。だとすれば、鉢合わせになると面倒だ。
ふたばは身内の様子にはかなり敏感である。今の私の状態だと、変に勘ぐられるかもしれない。
しんちゃんとの関係が本格的になってからは、前にも増して注意力が強化されたような節もある。
それはしんちゃんとの交際を通じて、彼女が女の子から女性になった、ということの表れなのだろう。因みに初体験の話は非常に参考にさせてもらった。

(……私もいつか……)

昨晩の妄想をちょっとだけ思い返す。龍ちゃん(大)は16歳くらいの設定で、そうなると私は20を既に超えているということになる。
これから定期的に龍ちゃんに会うのだから、私の初体験はそれよりも早い時期になるだろう。龍ちゃんの成長を考えれば、下手をすると年内まで有り得る。
犯罪っぽい気もするが、その背徳感がなかなか良い。私の貧相な裸を目の当たりにして、取り乱してしまう龍ちゃんもポイントが高いだろう。むふぅ。
そんな龍ちゃんに対して、お姉さん振ろうと余裕綽々を装い接する自分もまた乙なものだ。或いは全く逆に、獣みたいに強引にされるのも捨てがたい。

「……あ」

いけない。昨晩の情熱がまたぶり返しそうだ。下半身が切なくなってきたのは気のせいではない。思わず声が出てしまう。
冷静になろう。今やるべきは出来る限り家族にバレないようにパンツを処理ることだ。いつも通り朝食も作らないといけない。快楽に身を委ねている暇はないのだ。
目下の問題はふたばの所在だけれど、部屋に戻って来るのを待っているのも正直惜しい。そもそもトイレに行ったという予想が外れている可能性もある。
少し迷ったけれど、私は部屋を出ることにした。

部屋を出ていきなり違和感に襲われる。料理の匂いだ。しかも肉を思いっきり焼いているような。

「……ふたばなの?」

パパとは考えにくいし、みっちゃんはまだ夢の中。残るは現在所在不明なふたばだ。最近料理を教えていたし、可能性は無いわけではない。でも突然どうしたのだろう。

(しんちゃんのためかな)

昨日は佐藤家に朝から遊びに行って、しんちゃんにお昼を作ってあげたらしい。誉められたんだよ、と夕飯の時に嬉しそうに語っていた。
あの様子と今の状況を組み合わせると、お弁当とかを作っている可能性が一番妥当だ。昼食用なら肉を焼いているのも頷ける。
しかしどうしようか。我が家は狭い。洗濯機の場所に行く過程で、確実にふたばに見つかってしまうに決まっている。
元々洗濯は朝一番にやっていることだし、何事も無かった風を装い、普段通りにするのが一番安全だろうか。
そもそも私自身がボロを出さなければ怪しまれる可能性も低いのだ。ポーカーフェイスもそれなりに自信がある。

(普通に、普通に)

自分に言い聞かせながら、いつも通りゆっくり階段を降りていく。料理の匂いもだんだん強くなってきた。

それにしてもこんなに強く香りがすると言うことは、相当の量の肉を焼いているのかもしれない。冷蔵庫の中身を思い出しつつ、後で注意しないとな、と思った。

「……な」
「あー、ひとおはよー!ちょっと早起きだね!」

キッチンにはふたばが立っていた。ちゃんとエプロンも付けている。私にすぐに気付いて話かけてきた。まぁここまでは良くありそうな光景だ。だけれど。

「火、火ぃ消して?!早く!!」
「ほぇ?」
「『ほぇ?』じゃなくて!天井や壁をよく確認しなさい!!あぁもう!?」

さすがに普通のフライパンが中華鍋のごとく火を吹いている光景はギャグだと思いたい。そりゃあ匂いもするはずだ。
ふたばの反応が鈍いので、駆け寄って自分で火元を閉める。おろおろしている姉にタオルを濡らすように指示。即座に火柱を上げるフライパンに被せていく。
肉の量自体は普通の様だけど、何を思ってこんな火力で焼いたのか。むしろどうやってこの火力を実現したのだろう。壁や天井が黒くなるなんてやり過ぎもいいところである。
黒いだけで、ひどく焦げているわけじゃなかったのは不幸中の幸いだった。ふたばの馬鹿力に任せて、黒ずみが固着する前に全部綺麗にさせる。

「終わったよー」
「はぁ……大事に至らなかったから良かったようなものを」
「……ごめんなさい……」

さすがに反省はしているようだ。一歩間違えば火事になるところだったのだから当然である。していなかったら物置にぶちこむ所だ。

「どうしてあんなことになるまで気付かなかったの?」
「うぅっ、そのぅ……」
「……私、ベタなのは嫌いだよ?しんちゃんのことを考えていたら、っていうフレーズから始める言い訳はやめてね」
「……えへ☆」
(図星かよ!!)

呆れて声も出ない。バカップルじゃなく真性のバカだ。ここまで来ると怒るのもアホらしい。
まぁそれほど強い想いっていうのは大切なものだと思う。そこは否定しない。当分何かペナルティを課すのは決定だけれど。

しかし早朝だというのに、肉体的にも精神的にもかなり消耗した。汗もかいてしまったけれど、朝シャワーは家計によろしくない。
だから私は、とりあえず持っていた布で汗をふこうとしたのだ。しかし、隠し持っていたその布を顔に当てる直前に、その布本来の用途を思い出して動きを止める。

(危なっ!?)

というかこのパンツはまだ若干湿っぽいのだ。そんなのを顔に当てていたら、と思うと恐ろしく嫌な気分である。

「……ぱんつ?」
「あ」

しまった。迂闊過ぎる。なんでこの場で出してしまったんだ。昨日の私の行為はバレていないにせよ、明らかに妙な光景である。何か言い訳を……

「……ははぁん……昨日のはひとだったんだ……」
(バレてたー!?)

何ということだ。声とかが漏れないようにしていたのに。というかパンツを見てそれに結び付けるとか、どんな思考回路だ。
……あぁ、そうだった。昨日まではみっちゃんがこんな感じで、洗濯物が増えるなぁとか嫌味を言っていたのは他ならぬ私なのだ。
ふたばもそこら辺の事情は知っているわけだから、パンツを持っている、いつもより早起きだ、ということなどから連想しやすいのは当然である。

つまりみっちゃんが大体悪い。長女のクセして本当にとんだ雌豚だよ!

……と八つ当たりするものの、自業自得な面があるのは勿論理解している。いよいよ自分がみっちゃん並だというのを改めて思い知るようで、非常に最悪な気分だ。

はうあ゛あ゛あ゛、と声にならない声を発して固まった私の肩を、ふたばがポンと叩く。
なんだ、そのすごく納得しているような表情は。うんうん、とか、そういう仕草は何だか惨めな気持ちになるからやめて欲しい。



「……洗濯機を回す準備、出来てるからね?」

「……うわあああああああああ?!」


ふたばの言葉に、『うん、全部分かってるからね、安心してね』と言うかのような無駄に優しい表情に、私は絶望を覚えた。穴があったら入りたいとは正にこのことである。

近年稀に見るひどい1日の始まりであった。

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最終更新:2011年02月27日 17:23