―――休み時間

それぞれが好きなグループに分かれ、思い思いの話をしている。
小学生にとって友達との楽しい時間だ。この時間のために学校に通う者もいるぐらいの貴重な時間。
四月の当初と違い、今ではクラス全員がわいわいとすごしている。

始まりのとき、丸井ひとはは一人だった。
誰に話すことも無く、話しかけられるでなく、一人。
グループが出来た頃であっても、教師の側に、矢部の机の下に居るだけで仲の良いものがいなかった。
それが今では、杉崎や吉岡といったクラスメイトと話すようになっている。
担任である矢部にとって、少女の成長はとても喜ばしいものであり、同時に寂しくもあった。

最近は足元が広いとよく感じている。

その考え自体がどうかとも思うが、居た者がいなくなるというのは、誰にとっても寂しいものだ。
虚飾をしても仕方が無い、どうにもならない思いだった。
空っぽになった足元を気にしながら、ひとはのことを考えていると、ふと目が合う。

その目をひとはは直ぐに理解する。

丸井ひとはは寂しさを知っている。
自らが抱え込んでいたものを手放したからといって、それは無かったことになりはしない。
他人に無関心ではあるが、近しい人を放置するほどには冷たくもなかった。
だから、ひとはは矢部に近づく。

「先生、どうしたんですか?」

自分が考えていることを見透かされたかのような矢部は、本心を半分だけ覆う。

「えーと…ひとはちゃんも変わったなぁ、とね」
「おじさんくさいですね」
「酷い!先生なんだからそれぐらい、いいじゃない!」
「で、その変わったというのはいい意味ですか?」
「もちろんそうだよ」
「その割りに寂しそうですよ?」
「…そんなことないよ」

矢部の本心を既に理解しているひとはは、少しだけ微笑む。

「否定していますけど、先生の足元、広いままですよ?まるで誰かが入るのを待ってるかのように」

ひとはの言うとおりだった。
矢部はひとはが頻繁に入らなくなった後も、机の下に足を押し込まないようにしている。
ひとはがいつ入っても違和感がないように。それでも矢部は自らを糊塗をする。

「これは…つい、癖でね」

しかし、こんな戯言を見逃すほどひとはは甘くない。

「癖になるぐらい、私が居るのが普通なんですね」
「…そうだね」

どのようなことを言っても勝てはしない。机の下に居るときからそうだった。
何かを言ったところで、常にひとはにやり込められる。
矢部とひとはの関係性はずっとそうなのだ。ひとはがどうなろうと変わらない。
そしてひとはは内心を隠して、呆れたように伝える。

「仕方ないですね。寂しがりやの先生のために入ってあげます。私が入りたいからじゃないですよ」
「はいはい」

そうして、ひとはは定位置に落ち着く。とても満足げな顔で。ここはひとはだけの場所だからだ。

丸井ひとはがクラスに溶け込んだ。そうであるならば、クラスメイトもまた、ひとはを知る。
素直でなく、照れ屋であり、それでも仲の良い人にはどこかで甘えているひとは。
そのため、矢部を除いた皆が知っている。言いたいことは一つだけ。

お前が入りたいだけだろう、と。

そして矢部とひとはは、二人だけの空間を作る。
誰がいようと変わりなく、ひとはが変わろうといつものように。
だから、クラスにとって二人は以前と同じように、バカップル、だった。


おしまい

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最終更新:2011年02月27日 19:46