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女の子と待ち合わせるのに場所がお寺の境内だなんて、おかしな話だ。
僕だって、本当ならもう少し他の場所がいいんだけど、でもここが彼女のお気に入りスポットなんだから仕方ない。

右手首の時計を確認すると、時間は午後六時を過ぎている。
まだ彼女は来ない。いつものことだ。彼女が時間通りに来た試しは、ほとんどない。

はじめの頃は、彼女にとって僕との待ち合わせなんてどうでもいいのかな、と落ち込んだりもしたけど、いまではそうじゃないことが判ってる。
彼女の友達──背の高い女の子や、眉毛の太い女の子にきいた限りでも、彼女はいつもそんなものらしい。
遊びに誘ってもすっぽかしたり、あるいは時間からずっと遅れてくることなんて日常茶飯なんだって。

だから僕は、いつまでも待つ。彼女が来るまで。あるいは、彼女が来ないことが納得できるまで。

さて、今日はどのくらい待つんだろう。他人から見れば馬鹿馬鹿しい光景かも知れないけれど、僕はこの時間が嫌いじゃない。
なぜなら──

「久保田くん、おまたせ!!」

来た。待ち合わせの相手──3組の、松岡さん。

「ごめんね、待ったでしょ? 四時半の約束だったのに……」
「ううん、ぜんぜん」

彼女は申し訳なさそうに数珠をかけた手のひらをあわせ、ウインクする。たったそれだけの仕草で、胸が痛むほど高鳴った。
松岡さんに会えるなら、一時間や二時間待つくらい、なんでもない。まして──

「ありがと、久保田くん」

ああ、この笑顔。
彼女の笑顔が見られるかも知れないなら、それだけで、僕は何時間だって待てる。

けれど一つだけ、わがままを言わせてもらうなら──

「それじゃ、行きましょ。予定より遅くなっちゃったけど、今日こそは幽霊さんと会いたいわ!!」
「あ、あはは……うん、そうだね」

「一緒に幽霊を見つけるため」じゃなくて、もっと他の理由で会えればいいのになぁ。


    *  *  *

僕が彼女と会うようになったのは、つい半月くらい前からだ。
出会いは四月の、環境委員でのあつまりのこと。隅でひとりぼっちだった僕に、松岡さんが話しかけてきてくれたのが始まりだ。
そして六月、僕は勇気を出して、松岡さんにお手紙を出した。色々あった結果「お友だち」になった。
女の子に手紙を出すなんて初めてで、返事がもらえるまでは本当にどきどきしっぱなしだったけど、
「まずはお友だちから」っていう僕の希望は叶えられたことになる。
まぁ、その結果としてできあがった関係は、僕が予想したものとはかなり違っていたんだけどね。

「はぁー、がっかり。けっきょく今日も、収穫なしか」

隣を歩く松岡さんは、肩を落として溜息をついた。
心霊現象大好きな彼女は、収穫のない日(ほとんどいつもだったけど)の帰り道はたいていこんな感じだ。

いま僕らは、墓地の奥にある無縁仏が埋葬されている一角から、お寺の境内に戻ってくる途中だった。
今日も一時間ほどの時間をかけて、幽霊に呼びかけたりポラロイドカメラで撮影して回ったりしたんだけど、
けっきょくなにも聞こえなかったし、出てこなかったし、映らなかった。そのせいで、松岡さんはすっかり消沈している。

「うん……残念だったね」

僕は本心半分、嘘半分で答える。幽霊には会いたくないけど、がっかりしている松岡さんを見るのも嫌だ。
瞳をきらきらさせて走り回っている彼女のほうが魅力的だし、なにより松岡さんが落ち込んでいる姿は見たくない。

「でもほら、マイクになんか声みたいなのが残ってたから、音を大きくして再生すれば、何をいってるか判るかも知れないよ?
こっちのインスタントカメラだって、現像すれば何かうつりこんでるかも知れないし」

とにかく思いつく慰めの言葉を口にする。こんな時、巧い言葉の一つも思いつかない自分が情け無くなる。
横目に松岡さんの表情をうかがうと、松岡さんは何故か僕を見つめていて──目が合った。
なんだろう? もしかして僕、変なことを言っちゃった?

「ううん、収穫がないのは、いつものことだもの。私はぜんぜん気にしてないから、久保田君こそ気を使わないで」
「そ、そう……なら、いいんだけど……」

あー、僕の莫迦!! これじゃ、逆効果じゃないか!! 気を使うつもりが、逆に気を使われちゃってるよ……

けれど、なぜか松岡さんはくすっと小さく笑って(ああ可愛い!!)、

「けどね……前までは、こんな風に割り切れなかったのよ。
幽霊に会えなくて、落ち込んで、一人でとぼとぼ帰ってたような気がする」
「……………………」

そんな彼女を想像した瞬間、胸が痛んだ。巧い返事が思いつかない。
けど、松岡さんは思いのほか明るい口調で、言葉を継ぐ。

「でも、いまは違うわ。幽霊と会えなくても、それほど落ち込んでないの」
「へ、へぇ……そうなんだ。でも、どうして?」

巧く頭が回らなくて、とにかく僕は手近な物をつかんで投げるように、思いついた質問をぶつけた。
すると松岡さんは、何故か顔を赤らめて目を逸らし、

「……内緒」

内緒って。うーん、どうしてだろう。
けど、どっちにしても、松岡さんが落ち込まないで済むんなら、僕もそのほうが嬉しいな。

それから僕らは無言で歩き、お寺の境内に戻ってきていた。
もう真っ暗だけど、お墓の並んだあたりよりはずっと落ち着く。寺務所の灯りもあるしね。

けどここまで来ると、松岡さんと一緒にいられるのもあと少しだ。
ぼくの家と松岡さんの家は反対方向。お寺の前で左右に別れなくちゃいけない。
そうなんだけど──

「久保田くん、時間、大丈夫?」
「うん。まだしばらくは大丈夫だけど……別の場所に行く?」

げんざい、夜7時。あと一時間くらいだったら、大丈夫だ。
いまからもう一カ所──例えば学校に行こうと言われても、充分門限までに帰り着ける。
いままでも何回か、そういうことはあったし。

「ううん、そうじゃなくて……お話ししたいこととかあるの。向こうのベンチ、座りましょ」
「う、うん」

予想外の言葉に戸惑う。なんだろう、一体。まさかもう、ぼくと一緒に幽霊探しをするのはやめたいとか?
だとしたら、とても悲しい。続きを聞くのが怖いけど──でも、松岡さんが話したいと言ってるんだ。僕は、それを聞かなくちゃいけない。

僕らは並んで、お寺の片隅にある石のベンチに腰掛けた。
硬い石のベンチが、腰掛けているお尻を冷やす。

夜のお寺は静かで、わずかな音でもはっきりと聞き取れた。
それこそ、肩が触れあいそうなほど近く隣り合って座っている松岡さんの、呼吸の音まで聞こえるほどに。
どきどきと、胸を押さえたくなるほどに心臓が鳴る。
どのくらい買って言うと──松岡さんが声を発した瞬間、思わず悲鳴を上げそうになるほどだった。

「久保田くん、いままで私に付き合ってくれてありがとう」
「う……うん」

松岡さんは、暗がりの中でも判るほど赤い顔で、僕を見つめていた。
あのときの──「友達になって」と言われて手をにぎられたときのことを思い出す。

「その……いままで色々迷惑かけちゃったよね。だから、その……今日は、久保田くんにお礼がしたいんだけど……」
「そ、そんなのいいよ!! 僕が好きで、付き合ってることなんだから!!」

ええと……つまりその、もうこれきりで松岡さんに会えなくなる……ってことは、無いのかな?
いや、お礼をして、それじゃあさようなら、って言われるかも……ああ、どっちなんだろう!?

「ううん!! それじゃ、私の気が済まないから。だから、その、喜んでもらえるかどうか判らないけど、
受け取ってもらえると、嬉しいな……」
「は……はい」

なんだろう。お礼って……と、のんびり構えていたら。
え!! ええっ、ちょっと松岡さん、顔が近い、近いよっ!!
目を閉じて、唇を突き出して、まさかまさか、そんな──

  ちゅっ

右頬に、ほんのりと甘い感触。え……頬に、キ、キッス、されたの?
夢にさえ見なかった、松岡さんのキス。あまりにも想像していなかった事態に、僕は硬直する。

松岡さんは指を組んでもじもじしながら、

「そ、その……ずっと付き合ってもらっちゃったから、お礼がしたいなって……でも、何を渡せばいいか判らなかったから、
ゆきちゃん──同じクラスの友達に相談したの。そしたら、その、こうすれば、喜んでもらえるはずだよって……」

ううっ、その子、僕が松岡さんのことを好きだって気付いているんだろうか。ちょっと恥ずかしい。
そりゃ、松岡さんのキッスが僕にとって一番のご褒美だってのは、否定しないけれどさ。
あまりの事態に、返事も忘れてそんなことを考えていると、松岡さんの顔が曇った。

「ええと……その、もしかして、私、変なことしちゃった?」
「う、ううん!!」

不安げに問いかける松岡さんに、僕は(思い返すと自分でも驚くほど)勢いよく答えた。

「その……ぜんぜん嫌なんかじゃないよ!! その、す、すごく嬉しい」
「ほっ、良かったぁ……」

松岡さんは、胸を押さえて安堵する。
ああ、そうか。僕が黙り込んでたから、見当違いのことをしたんじゃないかって不安になったんだ。反省。
でも僕には、もう一つ気になるところがあったりして。

「けど──松岡さんこそ、よかったの? その、き、キッスなんて……」
「うん」

うなずく松岡さんの顔が、花が開くように笑った。
ぎゅ、と右手が温かくなる。松岡さんが手を伸ばして、膝の上に置いた僕の手をにぎったんだ。
触れあっている場所から、じわじわと、松岡さんの温かみが伝わってくる。

「ね、久保田くん。私これからも、色々迷惑をかけちゃうと思う。
人の話は聞かないし、幽霊がいると思ったらなにも考えずに突っ走っちゃうし、そのせいで約束を破ったりもしちゃうし。
けど──もしよかったらでいいんだけど、これからも、こんな私と一緒に、幽霊探しを手伝ってくれる?」
「ま、松岡さん……」

間近で見つめる松岡さんの顔。その瞳は期待に輝き、不安の翳に曇っている。微かに濡れているのは、もしかして涙?
判らない。判らないけど、答えは決まってる。僕はできるだけはっきりと、その答えを口にした。

「──うん。僕で良かったら、いつまでも」
「ん……ありがと」
                    (おしまい)