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  * * *

クリスマスイブ。
 一人寂しくベッドにこしかけ、ガチレンDVDを見ていた矢部の部屋に、前触れもなく
侵入者がやってきた。チャイムも鳴らさずに鍵をあけて入ってきたのは、
「……ひとはちゃん、来るのは構わないけど、お願いだからチャイムを鳴らして」
「いやです」
 クリーム色のコートに、毛糸マフラーを巻いた少女は、無表情に拒絶する。
すたすたと部屋の奥、ハムスターのチクビがいるケージの前までやってくると、
腕にかけていたバッグの中から小さな箱を取り出して、
「はい、チクビ。チクビ用のクリスマスケーキだよ」
「ちー!」
 部屋の主を綺麗に無視して、ひとははコートも脱がずにチクビと遊びはじめる。
 矢部もいい加減、ひとはのこの扱いには慣れている。溜息を一つついただけで、
それ以上言いつのることはなかった。かわりに、
「もう……ひとはちゃんもせっかくのクリスマスなんだから、チクビと遊んでないで、
他の子たちと一緒にパーティーに参加すれば良かったじゃない。杉崎さんの家で、
パーティーやってるんでしょ? ひとはちゃんも誘われてたじゃない」
 帰り際に見たのを思い出して、思わず口にでる。最近ではこの少女もすっかりクラスに
溶け込んでいたが、やはりクラスメイトと馴染めているかどうか、矢部としてはまだ
ちょっと不安なのだ。
 しかしひとはは矢部の不安を鼻で笑い、
「一人寂しくDVDを見てる人に言われたくありません」
 痛烈な一言で矢部の肺腑を抉る。が、なぜか彼女は口ごもると、矢部から
目を逸らす。白い顔にほんのりと血をのぼらせて、
「それに──クリスマスは、やっぱり、い、一番大切な人といたいものですから」
「そっか。……うん、変なこと言ってごめんね」
 意味深な一言だったが、矢部もこの少女に振り回されるのは慣れている。あっさりと、
チクビのことを言っているんだろうと納得する。
 それ以上の追及がなかったことに、ひとははほっとする──しかし一方で、ほんの少し、
もどかしさをにじませた。彼女は手のひらの上でチクビにケーキを食べさせながらも、
ちらちらと、横目で矢部の様子をうかがう。
(大切な「人」って言ってるのに、気付かないんですね先生は……)
(あまり被愛妄想が激しいのも困りますけど、ここまで鈍いのも困ります)
「ど、どうしたのひとはちゃん、急に溜息なんてついて」
「……別に、何でもありません」

 ひとはは拗ねたように、唇を尖らせた。
「何でもありません。それよりも、夕飯まだですよね?」
「う、うん」
「そう思って、色々持ってきました。ローストチキンとか、サラダとか」
 ひとははバッグの中から、次々にタッパをとりだした。ちょうど二人で食べるくらいの
量の、ローストチキンやサラダ、ロールパン。水筒にはオニオンスープまで用意している。
 驚いて声も出せない矢部を、ひとはは満足げに見る。彼女は上目遣いで、
「でもまだ大切なものが足りてません。ですから先生には、これから一緒に買いに
来て欲しいんですけど」
「えーと……ケーキ?」
「正解です」
 むふぅ、と興奮気味のひとはに、矢部もくすんと笑う。同時に、部屋に入ったひとはが
コートを脱がなかったことに納得していた。自分もハンガーに掛けてあったコートを
下ろして、
「じゃ、行こうか。こんなに作ってもらったお礼に、ケーキはボクが買ってあげるよ。
ひとはちゃんが食べたいケーキを、何でもね」
「ありがとうございます。……チクビ、悪いけどお留守番しててね」
 二人は夜の繁華街に、仲良く並んで向かっていった。クリスマスのイルミネーションが、
まるで二人を祝福しているようだった。

 けっきょくこの日、ひとはは矢部の家で食事をし、一緒にガチレンDVDを観賞し──
夜遅くなったので、矢部の部屋に泊まっていった。
 翌朝ひとはを家まで送り届けた矢部が、草次郎に半殺しにされたのは別のお話である。


 週明けの職員室。
「あー、やっと終わったやっと終わった良かった良かった、けどまた364日したら
クリスマスが来るのよねそれを考えると鬱だわホント鬱だわー……」
「あ、あの、海江田先生? どうしたんです?」
「別に。クリスマスが終わったからほっとしてるだけ。まったく、つらい夜だったわ……」
「あ、はは……」
「なによ、どーせあんただって寂しく部屋に閉じこもってたんでしょ? 一緒にいて
くれる女の子なんていっこないんだから」
「そりゃあまぁ、そうでしたけど──って、痛い! 何するのひとはちゃん!?
デスクの下からいきなり蹴飛ばさないでよ!?」
「……ふん」
          (おしまい)