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それは、いつものようにふたばがサッカー中、ボールを蹴ろうとした時だった。寸前の所で蹴るのを止め、ふたばは改めてボールを確認する。
……それは、見間違えではないようだった。
目と口だ。ボールに目と口がある。
「なにやってんだよ、ふたばー」
後ろから千葉の声が聞こえた。けれど、ふたばは固まったまま動かない。
(な、なんスか、これ……)
ふたばは目を丸くして見つめる。
そのボールもまた、時折瞬きをしながら、何かを見ているようだった。
そこへ、ふたばの幼なじみである佐藤 信也が駆け寄ってくる。
「おい、ふたば。どうしたんだよ、いきなり固まって……」
「あ、しんちゃん……あの……あれ……」
佐藤が来た事でようやく我に返ったふたばは、目の前にある目と口付きのボールを指差す。
だが、佐藤は何の事を言っているのか解らないという表情を浮かべた。
「……?ただのボールだろ?」
……佐藤にはどうやら見えていないようだった。
「でも、目と口が……、目と口が付いてるっスよ!?」
ふたばはそれでも佐藤に訴えかけた。
「メトクチ……?」
だが、勿論佐藤には何の事を言っているのか解らない。伝えることが出来ず、泣きそうになっているふたばを見て、佐藤が困っていると、“佐藤が好きでしょうがない隊”の隊長である緒方 愛梨が横からいきなりそのボールを蹴り飛ばした。
「うりゃああああああ!!この雌豚がああああっ!!」
愛梨の怒声と共に、破裂せんばかりの勢いで拉げたボールは、もの凄い音と共に、瞬く間に星になってしまった。
「あぁ、ボール……!!」
ふたばはそう叫び、猛スピードでボールを追いかけた。
「あ、ふたば、おいっ」
つられて佐藤も追いかける。ただし、ボールではなく、ふたばを……。
「あ、佐藤くんっ!」
そんな佐藤を見て、緒方 愛梨もその後を追った。
残されたクラスメートはそのやり取りを見て呆然とし、その中の一人、千葉 雄大が冷静に呟いた。
「……新しいボール、取ってくるか」
クラスメート達は一斉に頷いた。

校外の路地。そこにボールは転がっていた。
「あ、見つけたっス!」
ふたばは駆け寄ってボールを拾い上げる。
そこには、まだ目と口が付いていた。
しかし、先程蹴られた所為か、汚れも増えていた。
「……なんかここ、汚いっスね……」
ボールなのだから、放っておけばいい。
それに、普段のふたばならきっとそんな事すら思わないのだろう。だが、今のボールには目と口がある。それだけで、ふたばには普段使っているボールが、なんとなく愛らしく見えた。
「そうだっ!ちょっと、待ってるっス」
ゴソゴソとスパッツの中を弄り、出てきたのはパンツだった。
「このパンツはしんちゃん用に持ってきてたんスけど、特別にボールさんにあげるっス」
そう言って、ふたばはボールにパンツを穿かせた。
パンツを穿いたボールの図は少しシュールな光景だったが、ふたばは特に気にすることなく、ボールを持ち上げて得意気になった。
「可愛い、可愛い!」
キャッ、キャッ、と子供のように喜んでいると佐藤が息を切らしながらやって来た。
「な……」
ハァ、ハァ、と息を切らしている佐藤の目の前にはパンツを穿いたボールを持って喜ぶ幼なじみ。
「な、なに……ハァハァ、やってんだふたば……」
「あっ!しんちゃん!見て見て、可愛くない!?」
興奮気味に佐藤に詰め寄る。
「はっ!?ちょ、ふたば、意味が、わかんねぇよ!!」
全速力のふたばに追いつこうとダッシュした佐藤はまだ息を切らしていた。
「よく見てしんちゃん、可愛くない!?」
再びふたばは佐藤に問い詰める。
その勢いに、ここは嘘でも頷いた方が得策だろうと考えた。
「わっ、わかったから……少し落ち着け……!」
そう言われてふたばはボールを佐藤の顔から離した。ようやく、落ち着いたと思い、佐藤は改めてボールを見て、目を輝かせてるふたばに言ってやった。
「すげぇ可愛い……っ!」
息を切らしながら。
そこに緒方 愛梨が来たことに気づいたのは、すぐだった……。
佐藤は真っ白になった。
緒方は驚いた顔のまま倒れていった。
ふたばは大喜びしながら帰って行った。

夕方。
ふたばは佐藤の部屋にいた。
佐藤はふたばの持ってきたパンツを穿いたサッカーボールをジッと見つめる。
「……どう?しんちゃん?」
ふたばが佐藤に聞いた。
「あぁ、えーと……」
佐藤は言葉を濁す。結局、いくら見つめても、ふたばの言う、目や口は見えなかった。
当たり前だ。普通ボールに目や口が付いている筈がない。
しかし、目の前の幼なじみは付いていると言い張っていた。
(嘘をつくほど器用な奴じゃないしなぁ……)
なるべくふたばの言うことは信じてやりたいが、見えないものは見えない。
「すまん……やっぱり見えない……」
佐藤が言うと、ふたばは肩を落とした。
「そうっスか……」
頭の上のちょんまげが下向きに下がる。
「ごめんな、ふたば」
「ううん、仕方ないよ……」
そう返事はしているが、残念な様子があからさまに見て取れる。
「……」
佐藤は困った顔でふたばを見つめた。
見れるものなら見てみたいが……。
自分が見れない事に対して僅かながらの口惜しさを覚える。
その時、階下から佐藤の母、あかりの声が聞こえてきた。
「しんやー、ご飯出来たよー。ふたばちゃんも良かったら食べてくー?」
「わーい!食べるっスー!」
とてちてとてちて……。
一目散に下りたのはふたばだった。
ボールを持って、軽快な足音を鳴らす。
「……」
取り残された佐藤は、真面目に考えていた自分が少し馬鹿らしくなった。

「いただきまーっス!」
「いただきます」
卓上には、トンカツをメインに、味噌汁とご飯が置かれていた。
「召し上がれ」
ふたばと佐藤の掛け声にあかりは相槌を打つ。。
二人の食べ方は対照的なものだった。
簡単に表すならば、ふたばはガツガツと食べ、佐藤は静かにモクモクと食べている。
男女の食べ方が逆じゃないかしら?とあかりは思ったが、口には出さなかった。
「おかわりっス!」
「ふたば……ゆっくり食えよ」
佐藤が心配して言うが、ふたばは平気平気、と言ってまた食べ始めた。
しかし、ご飯をかきこんでいた手が不意に止まる。
何事だろう?と、佐藤がふたばの視線を追うと、その先には、目と口付き(らしい)ボールがあった。
まさか……と、佐藤が思っている間に、ふたばはサッカーボールを食卓の上に置いた。
そして、ソースがかかったトンカツを差し出している。
「はい、ボールさんもあーんっス」
さすがにあかりは絶句していた。
「な、何やってんだ、ふたば!」
佐藤は焦りながら、何とかその場を取り繕うとしている。
「え?ボールさんが欲しそうだったから」
場を掻き乱そうとしている当の本人はあっさりと言った。
「ボ、ボールが食べるわけないだろ!!」
佐藤はそう言って、箸を見た。
しかし、そこにはトンカツはなかった。
「あ、あれ……?」
(今確かにトンカツがあったのに……)
「どうしたの?しんちゃん?」
「今、トンカツが……」
ふたばが食べたのかと思い、ふたばの顔を見た。
しかし、ふたばの口は動いていない……。
(……ま、まぁ、急いで食べたんだろう)
佐藤はそう思いこむことにした。


「みっちゃーん!朝っスよー!!」
「げふぅっ!!」
腹部に激痛を感じた丸井家長女、みつばは寝起きに気絶するというアクロバティックな二度寝をした。
口からは綺麗な水泡がキラキラと産み出されている。身体は、小刻みに震えていた。
「あれ?まだ起きてないんスか?みっちゃんはホントにねぼすけさんっスねー」
上にのしかかったままのふたばは悪意のない声でそう言うが、それにツッコむ者はその場に居なかった。
「今日はお休みだし……。もう少し寝かしといてあげよう」
優しい笑みを浮かべながらそう言って、ふたばは部屋を後にした。
(ビクンッ!ビクン……ッ!)

「ただいまー!!」
「おかえり。……あれ?みっちゃんは?」
朝食の用意をしていた丸井家三女のひとはは、ふたばが起こしてくると言っていた動物が居ないことに気づき、ふたばに問いかけた。
「起きなかった」
「はぁ……もう、洗い物は一度に済ませたいのに」
ぶつぶつと文句を言いながら、出していたご飯と味噌汁にラップをかけていく。
「って、ちょっと待てコラーーっ!!」
スパーンと襖を開けて、みつばが起きてきていた。
「あ、みっちゃん。おはよう」
「おはようじゃないわよっ!?朝っぱらからあんな殺人タックルしくさって!!」
「ご飯にラップかけた瞬間現れるなんて……もうみっちゃん、名前『雌豚』でいいんじゃない?」
「いやよっ!?人間じゃないしっ!」
「大丈夫。最初は馴れないもんだよ」
「なによそのあだ名に馴染めない人を優しく諭すみたいなノリは!?大体語呂が悪いじゃないっ!!」
(え?そこ……?)
隣で新聞を広げていた丸井家の大黒柱、草次郎は心の中でツッコんだ。
ワイワイと、三人姉妹の言い合う声がする。
(今日も姦しいなぁ)
と、草次郎は少しだけ顔をほころばせた。
その時、ある異変に気づく。
(なんだ、あのボールは……?)
食卓の上にパンツを被ったサッカーボールが置いているのだ。
そのボールはふたばの食卓の横に置いてあるように見えた。
「ふたば。そのサッカーボールはなんだ?」
草次郎はそれとなく聞いてみた。
「え?あ、コレ?これはサッカーボールだよ?」
ふたばから普通に返されたので、草次郎も一瞬たじろぐ。
「え?あ、あぁ。そうか…………いや、なんで、そんな所にサッカーボールが置いてあるんだ?」
しかし、考え直した草次郎はもう一度ふたばに聞き返した。
「ボールさんが、ここに居たいって言ってたから……だめ?」
「いや、だめって言うか……」
ウルウルとしたふたばの瞳が草次郎の心を揺らす。
「ふたば、お気に入りなのはわかるけど、食卓の上に外で使ったモノを乗せるのは汚いよ?玄関か、部屋に置いてきたら?」
ひとはがふたばを説得する。
「でも、可哀想だから……パパ……」
ふたばが草次郎に助けを求める。
「う……まぁ、ほどほどにしときなさい……」
草次郎はそう言ってまた新聞をめくり始めた。
「はーい!」
「まったく……。パパはふたばに甘いよ……」
ひとはは一人溜め息をつく。
「ムシャコラムシャコラ……」
みつばはその間、隣でひたすら食べていた。

ピンポーン。
丸井家のチャイムが鳴る。
「はーい!」
それに気づいたふたばが、確認する間もなく扉を開けた。
「ふたば……。先ず確認しろよ」
そこに立っていたのは佐藤だった。
「あれ?しんちゃん?今日は塾じゃなかったの?」
「あ、あぁ、急に休みになったんだよ……それより、ふたば。ボールはまだ……あるのか?」
「え?これ?」
ふたばは脇に持っていたサッカーボールを差し出す。
佐藤はそれをジッと見たが、やっぱり目と口は付いていなかった。
(当たり前か……)
サッカーボールに目と口が付くはずない。だけど、ふたばも嘘を付けるほど器用な奴ではない。
「なぁ、ふたば。やっぱりまだ目と口が付いてるのか?」
「うん!」
即答だった。
佐藤はすっかり困り果て、考え込んだ。
(このままでは、ふたばがおかしな奴に見られかねない。なんとかして、ふたばの見えてるモノの謎を解き明かさないと)
「それより、しんちゃん!」
ふたばが佐藤に顔を近付ける。
その不意打ちに、佐藤は素直に驚いた。
「うわっ!な、なんだふたば?」
「休みなら、小生と一緒にゲームしよう!」
ふたばが目を輝かせながら言う。
「あ、あぁ。……よし、じゃあ家に来るか」
「うん!行く行く!」
とにかく、ここで考えても仕方ない。
そう思った佐藤は、とりあえずふたばを家に招いたのだった。

「しんちゃん……なんだか緊張するね……」
「なんだ、ふたば。初めてなのか?」
「う、うんっ……」
「大丈夫だ、ふたば。俺に任せろ」
「で、でも……ひゃあっ!」
「ふたばっ!だ、大丈夫か……!?」
「う、うん……。へーき」
「次はもう少しゆっくり進むからな。キツくなったら言えよ」
「う、うんっ……しんちゃん、優しいね」
「な、何言ってんだよ。二人でイかないと意味が無いだろ?」
「でも……きゃあっ!」
「落ち着けふたば。こういうのは、狙いをよく定めて……それっ」
「ひゃあっ!中が……中が……」
「どうだ。すごいだろ?」
「うんっ……でも、ちょっと怖いかも…」
「この辺で止めとくか……」
「うん……。痛そうだし……」
「じゃあ、抜くぞ」
「うんっ……」
ガショッ。
「……ふぅ。昔から家にあったからやってみたけど、意外と楽しかったな。このゾンビを撃っていくゲーム」
「小生は怖かったよ。ゾンビを撃ったら、ゾンビの中が丸見えで、痛そうだったし……」
「ふたば、ゾンビが出る度驚いてたなぁ」
「うぅ……面目ない……」
ふたばは落ち込んで俯いた。
「信也ー!ご飯よー!ふたばちゃんは今日も食べてくー?」
階下から、あかりの声がした。
「わーい、食べるっスー!」
とてちてとてちて……。
真っ先に降りたのはふたばだった。
(早っ……)
佐藤はそれを見て、呆れ顔で後を追った。

「今日は何っスかー!?」
「あら、ふたばちゃん。今日はハンバーグよ」
「おぉっ!!ハンバーグ!?」
ふたばは目を輝かせて、席に座った。
遅れてきた佐藤は当たり前のようにその光景を見ながら、椅子に座る。
「今日も姉ちゃんは部活か?」
「えぇ。もうすぐ帰ってくると思うけど」
軽く会話を交わし、佐藤はいただきますを言う。
先に食べようとしていたふたばも慌てていただきますと言った。
相変わらずふたばは勢い良く食べ、佐藤は静かによく噛んで食べている。
それを見て佐藤の母も良い食べっぷりだと思うし、こんなに美味しそうに食べてくれると作り手冥利に尽きると言うものだ。
ただしかし、本音を言わせてもらえば、もう少しおしとやかに食べられないものか、と少々思い悩むのだった。
「ごはんおかわりっスー!」
「はいはい、おかわりね」
優しく微笑みながら、ふたばからお茶碗を受け取る。
まぁ、あと二、三年もしたら徐々に女の子らしさも出てくるだろう。
それに、ふたばはまだ小学生、子どもなのだ。子どもはやはり元気なのが一番いいのだろう。
「はい、ふたばちゃん」
「ありがとうっス、しんちゃんのママっ!」
ふたばは茶碗を受け取り、再びご飯を食べ始めた。
その時、佐藤に言われ、食卓から床に置くようになったサッカーボールの片目がゆっくりと閉じた。