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「――と思うわけよ」
「…は?」

海江田の語りに、佐藤信也は思考を放棄した。


――――――――――――――
海江田は独り身である。盛大に文句が飛んできそうな言葉であるが、事実である。
二十九になって彼氏もおらず、合コン、紹介、その他顔出しをするも、友達以上になる人は見つからない。
それだけで焦りを生む。その焦りが更に男を引き離している要因となっているのだが、海江田は気づかない。
ただでさえ焦れている中で、職場である学校では、三十路三十路と言われ続ける。
苛立ちだけが溜まる中、自分の席の隣では蠢く影。

「ひとはちゃん、目が悪くなるからあんまり入っちゃダメだよ」
「私はここが落ち着くんです」

見せ付けるかのように仲のいい男女が居る。
初めの頃こそ、教師と生徒としてしか見ていなかったが、何せ、二人の会話も空気も海江田にとって尋常ではない。
自分が欲している空間にしか見えない。二人で居るのが当たり前という感じに見受けられる有様だった。

そう、何よりこの二人の存在こそが、現在の海江田にとっての一番の苛立ち、焦りの源だった。


――――――――――――――
「ひとはちゃん、そろそろ授業に行こうか」
「お一人でどうぞ」
「もう!ひとはちゃんも受けなきゃダメでしょ!」

露骨に迷惑そうな顔を向けるひとは。一瞬怯む矢部であったが、やはり教師としての本文を優先した。

「ほら、行くよ」

ぐっとひとはの手を握り、連れて行こうとする。

「…なんであんたたち、そんなに仲が良いのよ」

我慢しきれなくなった海江田は、ついにぶつけることにした。
矢部は意外そうな顔をし、ひとはは顔を見えないようにしている。そして。

「仲良いですか、これ…?」
「は?」

別に二人の間に特別な関係があると思っていない矢部は、逆に問いかける。
無論ひとははオーラを全開にしているが。海江田も一瞬怯むが、自分が見たままを答える。

「絶対仲いいでしょ、それ」
「僕には良く分かりませんが、悪いことをしているわけじゃなし。
仲が悪いよりは良いほうがいいと思いますよ。生徒なら尚更。さ、行くよ」

そう言って教室に向かう二人。
残された海江田は、若干呆けていた。


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目から鱗である。
生徒とは仲が悪いよりは良いほうがいい。生徒と仲が良くて何が悪い。
そうだ、その通りだ。目の前に実例がいるんだから、私も良くして何が悪い。
確かに直ぐに結婚こそできないが、それはどんな出会いであれ同じである。
出会って直後になど結婚しない。ならば結婚は先でも、出会いさえ、相手さえいればいいはずだ。
決まった相手ができたのなら、そんなに焦ることも無い。
考えてみれば、男子の数は多いのだ。探すまでも無い。
今まで考えたこともなかったその発想は、隣の新任によってもたらされたのであった。


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「というわけで、生徒でもいい、と思うわけよ」
「は…?」

冒頭に戻り、海江田の思考に意識を吹き飛ばされるような衝撃を受ける佐藤。
一体何が、というわけ、なのかまるで分からない。というよりも、生徒→先生ならば問題ないだろうが、逆だと犯罪である。
海江田の日々のストレスを知らない佐藤にとって、目の前の女性の発言は、意味不明なものであった。

「そんなわけで、イケメンを捕まえようかと」
「意味が分からない!」
「だって、隣であんな感じでいられてみなさいよ。たまったもんじゃないわよ。
もう、毎日毎日毎日見せ付けられて、針のムシロなんてもんじゃなかったわ…」

完全に海江田の被害妄想であるが、彼女にとってはそれが真実である。
そして、隣の二人によって海江田の焦りが加速したのは事実なのだ。
しかし、その神経の擦り減りを聞かされようと、佐藤としては返答に窮するしかない。
そもそも大人が子供に話すようなものでもないのだ。
しかし、付き合うのならば男子生徒でもいいのだという明後日の方向の結論を出してしまった海江田に、正常な思考は働かない。
逆に、詰まった佐藤の方としては、自分がどんどん冷静になっていくのが分かる。

――多分、千葉たちが言うやっかみに近いものが大きくなったのだろう

体感することは無いであろうその心情を、佐藤なりに気遣うことはできる。
それ以前に事実を伝えることもできる。

「いや、あの二人別に付き合ってない…」
「!?あれで!?」

残念ながら事実である。矢部はあくまで常識人なのだ。

「な、なにそれ…折角いい解決方法があったと思ったのに…」

一人崩れる海江田。そもそも佐藤たちが結婚できる頃には、自分が三十五歳になっている事実を置き忘れている。
今でも必死であるのに、三十五歳までなど、相手がいても我慢が出来ないであろう。
いつもいつも顔が引きつるほどの必死さの海江田であるが、軽く涙目になっている。
そんな大人の女を見て佐藤は不覚にも、可愛いと思ってしまった。
基本的には大人の女性が眩しく見える年頃である。黙っていれば見栄えのする女性は、やはり目を引く。
だから、少し慰めることにした。
これは油断しきっている佐藤の悪いところであるが、自分の言ったことが相手に与える意味を考えない。

「まぁ小学生と付き合っちゃいけないわけじゃないし、先生可愛いんだから好きにすればいいんじゃね?」

軽くとはいえ、打ちひしがれている女に生を吹き込む佐藤。
顔を上げた海江田から向けられた目は期待に満ちていて。
佐藤は、要らぬ苦労を抱え込んだ自分に、頭を抱えることしかできなかった。