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大人をなめくさって~!!


「最初は生中でいいでしょ?…じゃ、生3つでお願いします」
「ありがと、海ちゃん。
いや~、このメンバーで飲むのは久しぶりだね~。
子供の晩御飯とか大丈夫?」
「心配ないって。ダンナが適当に何か食べさせてるわよ。
小1にもなれば、母親の手料理よりファミレスのハンバーグの方をありがたがるんだから。小憎たらしい。
そっちこそ新婚なのによかったの?」
「3日目には飽きてたから問題なし!」
「あ、やっぱり!」

「「あはははは!」」

…………お2人とも幸せそうで結構だわね。

「ああっ、で…でも海ちゃん的にはタイミング悪かったのかな。
小学校の夏休み明けって、やっぱり忙しい時期なんでしょ?」
「えっ?…ううん、気にしないで。
もう何回も経験してるんだもん、いい加減慣れたものよ。今年のクラスはみんないい子ばっかりだし。
おっとと…ビールも来たんだから、仕事の話なんか後にして、まずは乾杯しましょ!」
「そうだね。せっかく集まったんだし、高校時代思い出してパーッと行きますか!
それじゃ…

「「「かんぱーい!」」」

くあぁぁ~~!美味しい!!
この1杯のために生きてるわ~!!


ワイワイ 


「……でさぁ、最近海ちゃんの方はどうなの?
お眼鏡にかなう男は現れた?」
「……夏休み中こそ忙しかったから…。
声かけられた事は何度かあったんだけどね。ロクなのいなくてさあ……」という事にしとこう。
「あはは…海ちゃん昔から理想が高いからな~。
私の結婚式の二次会の時も、何人も声かけて来たのに、みんな袖にしちゃったもんね。
もったいないもったいない」
「あんな連中ダメよ」
「厳しいですなぁ。
ま、確かに海ちゃんなら、もっといい人いくらでも捕まると思うけどさ。
……でも、さすがにもうちょっとお酒は控えた方がいいんじゃない?
あの日も最後の方は……」
「何々?なにかあったの?その二次会で」
「わわわっ!あの事は言わないで!」
ううっ…忘れたい過去を……。
ホントは悪くないと思った人もいたのよね……。

「…いや、冗談だよ冗談!
ていうかあの位で文句言うような男なら、フッといて正解だったって!」
「……そうよね、うん。
そりゃちょっと羽目はずしちゃったところはあったけど、あの位ならまだ普通よね?」
「ま…まぁちょっとはずし『過ぎ』ちゃって……いやいや、そうそう。
普通っスよ姐さん!」
「海ちゃんは気の張りすぎなのよ。だから悪酔いするの。
もう少し気楽に振舞える感じの……職場とかさ、普段の生活の中でいないの?」
「おおっ!その話題が来ましたか!
というわけで、あの人とはどうなってるの?隣の…えっと……」
「あら、やっぱりいるんだ。ちょっと教えなさいよ」
「…どうにもなってないわよ。そもそも何にも無いから、あんなのとは。
オタクよ?オタク!日曜の特撮を毎週真面目に見て、着メロまでそれの曲にしてんのよ!?」
「今時そのくらい普通よ。
うちのダンナだって、部屋中にロボットのプラモデル飾ってるし。
先月は1メートルくらいのヤツ買って来たんだから。
男なんて大体そんなもんよ。多少は許してやらなきゃ。
…あぁ、もちろん子供に影響出てきたら、即全部捨てさせるけどね」
「それだけじゃないの。トロいし、だらしないし、足臭いし、時間にルーズだし。
昨日だって――…


==========


「おはようございます、海江田先生」
「おはようございます…時間ギリギリだけどね。
あんたねぇ、新人なんだから誰よりも早く来い、とまでは言わないけど、
せめてもう15分早く来るよう努力しなさいよ」
「す…すいません、ちょっと朝だけは苦手で………。
ひとはちゃんもおはよう」
隣に座った同僚が、突然机に向かって挨拶をする。
……常識で考えれば救急車を呼ぶべき光景だ。
けれどこれはうちの職員室の日常(になってしまった……)。今日だってほら、

「おはようございます、先生」

隣の机…正確にはその下、足元からちゃんと挨拶が返ってくる。
くぐもってはいるが、女の子の声。それが続ける。
「先生の苦手が朝『だけ』なんて、面白い冗談ですね。
それとも寝ぼけてるんですか?学校までは歩きなのに……夢遊病か。ご愁傷様です」
「勝手に結論付けて哀れまないで!」

朝っぱらからキャンキャンうるさいわねぇ…。ここが職員室だってわかってるのかしら?

「矢部先生、職員室ではもうちょっと静かに。
それとあんた、今日の1時間目は実験でしょ?理科室の準備できてんの?」
「あっ、しまった!すみません!行ってきます!!
ひとはちゃん、後でね!」

ガシャ! ドタドタドタ...

「廊下は走らない!…ったく」
そろそろ半年は経つってのに、いつまで学生気分でいる気かしら。
……アレが根っこなんでしょうけど。

「…………」モゾモゾ...
あいつがいなくなった途端、もう用は無いとばかりに女の子が這い出してくる。

この年頃には珍しい事じゃあないけど……ちょっと将来が心配になる趣味ね。
……まぁ卒業すると消えていくものだし、大丈夫か。

「…………」サッサッ
軽くホコリを払い、身なりを整える…無言のまま。

……しっかしこの子、やたらに綺麗な肌してやがるわねぇ。
この年頃はどいつもこいつもハリツヤ自慢しくさってるけど、その中でも特に……それに真っ白。
ゾッとするほどの美しさ……。
「どんな化粧水使えば……って、そうじゃなかった。
おはようございます、丸井さん。
何度も言うけど、矢部先生の机の下に入り込むのはよくありませんよ」

「…………」スイー

「ちょっと!挨拶くらい返しなさい!」
「……………」ジロリ
うわっ…警戒心剥き出しの目……。
しまった。声が大きすぎたわ。
この子、内向的で有名な要注意児童なのに(最近隣でやたらしゃべってるから、忘れてた)。

「あっ…ごめんなさい、びっくりさせ「おは…うご……ます」 え…あっ!?はい、おはようございます」

……ふむ。恐る恐るとはいえ、ちゃんと目を合わせて挨拶してく「三十路先生。間違えた、三十路の先生」


「そこだけはっきり!!しかも2回!!」


==========


…――とかね!
結局3組の生徒は礼儀ってものを知らないのよ!あいつがグダグダだから!!
梅酒のソーダ割りお願いします!」
「…って、何それ?机の下に女の子を入れてるの?」
「うわぁ…ロリコンだったのかぁ……。しかもおとなしい子を狙ってなんて……」
「そんな異常者なわけ無いでしょ!!うちの職場を何だと思ってんの!!
マジでそのケを微塵でも見せてたら、とっくの昔に追い出してるわよ!
……まぁ教師としては最低限適性の有る人格してるのよね、あいつ」
『男』としては余裕で最低ライン割ってるけど。

「…ま、そりゃそっか。今はどの学校もそういうの気をつけてるだろうし」
「なら内気な子にも慕われてるって事でしょ?生徒に人気のある優しい先生なんじゃない。
ちゃんと子供に気を掛けられるってのは重要よ。一緒になってから実感できる事だけどさ」
「優しいっていうか、単にお人よしで気弱なだけよ。
NOが言えないだけ。おまけに『すいません』、『ごめんなさい』が口癖になってんの」

いるのよね、ああいうタイプ。これまでの人生も、間違いなく余計な事まで押し付けられて損してきてるわ。
むしろ現在進行形でしてるし。

「だから生徒に舐められ切ってんのよ。
おまけに仕事もぜんっぜんできないから、余計に。
私のクラスが図工のとき、あいつんとこは音楽だから、よく職員室で――…


==========


「う~~ん……」
「隣でうんうんうるさいわね。採点に集中できないじゃない。
…なにやってんの?」
「あっ、すいません。ちょっと来週の授業で使う資料を考えてたので…。
うちのクラス理科が苦手な子が多いから、電池の並列と直列について図で説明したいんですが、
この指導書にはいいのが載ってなくて……」
「ちょっとその本、見せてみなさい……あんたここの教材業者のヤツ使ってんの?」
「す…すいません。国語のはすごく参考になったんで……」
「国語『だけ』しか参考にならないのよ。
……まさかとは思うけど、4教科全部買わされてないでしょうね?」
「え~っと……」
「はぁ~…見事にカモにされてるわね。ちゃんと中身見てから買いなさいよ。
他には?」
「…理科はそれだけで……。
あぁいえ、総合のもあるんですけど、図が少なくて……」
「……もういいわ」情けなくて泣けてくるから。
「えっと、そのぅ……すいません……」
そのまま力なくうなだれる。

よくこんなので採用試験をパスできたわねぇ。私の頃なら絶対落とされてたわ。
ていうかこの半年…夏の研修だってあったのに、何やってたのかしら?

「…………………」
まだうなだれてるし。
ったく…仕方ない。カワイイ感じの新人ならいいけど、こいつにやられてもウザいだけだからね。

「ほら、私の使ってるヤツ貸してあげるわ。絶版なんだから大切に読んでよ。
それから模造紙。そんな小さいのじゃダメでしょ。
駅の南側の画材屋が、ロール紙を好きな大きさにカットしてくれるから、行ってみなさい」
「あ…ありがとうございますっ!!」
「はいはい。
とにかく本は大切に使ってよ」
「はいっ!」
返事ばっかりいいんだから。

キーンコーンカーンコーン

「おっと、音楽の時間は終わっちゃったか……すいません」
「土日と貸してあげるから、しっかりやんなさいよ」
「ありがとうございます!頑張ります!」

ガラッ

「矢部っちー、みんなのプリント集めてきたぜー」
「ありがとう田渕くん。…音楽室の鍵は向こうの壁だよ」
「なんで音楽のプリントをあんたが見んの?」
「ああ、音楽の授業って、新しい歌や曲を習ったら、その小感想を書くことにしてるじゃないですか。
それをボクも読ませてもらってるんです。
こういう感性の部分って、みんなを知るのにすごく役立ちますから。勉強にもなりますしね。
…あれ?女子のが無いや」

ガラッ!

「ほら童貞!持ってきてやったわよ!
ありがたく受け取りなさい!!」
………生徒にあだ名をつけられるのは悪い事じゃないけど…コレは明らかに問題でしょ。

「ありがとう、みつばちゃん。ご苦労様」
なのにお礼だけで済ませてどうすんの。ちゃんと注意しなさいよね。
…そりゃ去年までも色んな先生方が言ってきてコレだから、新人がいきなりどうこうできるとは期待してないけど、
だからって完全に受け入れちゃってるのもどうなのよ?

「…ふんっ!私を使っておいてにしては全く足りないけど、その誠意に免じて許してあげるわ」
「あはは。ありがとう」
「日直の仕事なんだから当然だろうが。いっつもサボる事ばっか考えやがって。
もうちょい真面目にやれよな!」
生徒の方がよっぽどしっかりしてるじゃない。ほんと情けない。

「なんですって!チビ助!
大体あんた、どうせ童貞のとこ行くんだから、私のも一緒に持っていきなさいって言ったでしょ!」
「持ってくわけねぇだろ!なんでお前の仕事までしてやんなきゃなんねえんだよ!」
「うっさい!私の手伝いができるんだから、涙を流してありがたがりなさいよ!
そんなんだからいつまで経ってもチビなのよ!チビチビチビ!チビ助!!」
「てめぇ!」
「あ~ら、ほんとのこと言われたからって「みつばちゃん!!」


「ダメだよ、みつばちゃん!!友達にそんな事言っちゃ!!」


「な…なによ、急に大声で……。
チビにチビって言って、何が悪いってのよ。ほんとの事じゃない」
「やめなさい!
みつばちゃんは大したことないって思ってる言葉でも、相手はすごく傷ついてるんだよ。
キミだって言われて嫌な事、沢山あるでしょう?」
「べ…別に。私は完全無欠だし……」
「なら友達の気持ちをしっかり考えられるよね。
…うん、そうだよ。みつばちゃんはすごく優しい子だって、ボクは知ってる。
だからどうすればいいのか、当然わかってるはずだよね?」
「むぐっ……」
「みつばちゃん」
「…………わかったわよ!もうっ!
わ…悪かったわね、田渕」

へぇ……?

「お…おう」
「これでいいでしょ?まったく!」
「うんっ!さすがみつばちゃんだね!
田渕くんもすぐに許してあげて偉かったよ。
そうやって心を大きく持ってれば、成長期が来たらあっという間に大きくなれるさ!」
「矢部っち、全然上手く言えてねえから。ドヤ顔されても困るぜ」
「頑張って言ったのに!」
「あははっ!泣くなって!
心を大きく持てよな!!」
「うう…はい……。
……さてと、そろそろ次の時間だから教室に戻ろうか。ボクもスグ追いかけるよ」
「ん。とっとと来なさいよね」
「遅れんなよー!」

ワイワイ...

「……素直なもんね。やっぱり『女の子』って事かしら?」
「え?
…うちのクラスの子たちはいつも素直ですよ。ちょっと照れ屋が多いですけど」
「あんたそれ、本気で言ってる?」
「もちろんです!」
「……………はぁ~…。ま、それならそれでいいわ」
「??」

やれやれ。案外こいつ………ま、無いか。

...ポテチテト

「そうそう三十路。
最近ますます小じわが増えてるわよ。もっと真剣にお肌のお手入れした方がいいんじゃない?」
「わざわざ戻ってきてまで!!」
「はははっ。
それじゃボクらは先行きますね」
「『はははっ』じゃないでしょ!?さっきより本気で怒って注意しなさいよ、童貞!!」ポカッ!
「あ痛っ!」


==========


…――って感じなのよ!
とにかく手がかかる上、こっちにまで被害を拡大させてくるからタチが悪いったら!
仕事ならともかく、プライベートまであの調子で足引っ張られるのはごめんだわ!!
お兄さん、芋焼酎お湯割りで!!梅入れてね!!」
「あははははっ!
…いやっ、チガウチガウ、その人のあだ名が…っ!おなか痛い…くくくっ……。
そういうダメ先生って本当にいるのねぇ~…」
「年下だから多少仕事の手際が悪いのは許せるけど…う~ん、そんな感じかぁ……。
そのクラス、学級崩壊とかしてそうだね」
「馬鹿にしないで!いくらなんでもそんなこと無いわ!」
「あら?じゃあ全体的にはいい子の揃ってる学級なの?」
「…逆よ。問題児…とまでは言わないけど、クセの強いのが集められてんのよねぇ」
「……?どういうこと?
やっぱりすごい人なわけ?」
「すごいっていうか、運がいいっていうか…いや、やっぱり悪い……。
とにかくあいつの実力だけじゃないのは確かなんだけど……」
「なんだかもったいぶるわね。面白そうだから教えてよ」
「そうねぇ…面白いって言えば、面白いパターンなのかしら?
それがね――…


==========


「ふぅ…今日は平和な1日で良かった。
ひと休みしたら運動場に行くか」
「矢部くん、ちょっと来たまえ」
「はっ…はい!校長!」
「水曜の職員会議の議事録だが……」
毎回書くのが遅いうえ、間違いだらけ。
せめて数字だけでも正確にメモ取りなさいよね。

「まず今月のとう「矢部っちー!ドッジボール行こー!」 …ふむ」

この子もよく職員室に来るようになったわねぇ…。


「早く早く!約束したっスよね!!」
鴨小最大の要注意児童。


成績不良、なのは大きな問題じゃない。ここは小学校なんだから。
だけど居眠りの常習犯…授業にまったく興味を持ってくれないのは、色んな意味で教師泣かせ。
運動能力はずば抜けてるけど、あんまりにもずば抜けすぎて集団行動を取らせにくい。
しかも備品破損、自他へのケガについても常習犯ときた。
今のところ、ケガさせてるのは姉妹か事情のわかってる男の子(家が近所の子だったと思う)だから、
大問題になってはいないけど……それもいつまで続くやら。
かといって性格は悪いわけではない。どころか非常に『良い子』だ。…けれどそれも問題を複雑にしている。
精神年齢が幼く、良くも悪くも『純真』過ぎて、気分屋で理屈が通じにくいから指導が余計に難しいのよね……。
そして、

「1組のみんなも待ってるっスよ!!」
この子は驚くほど周囲への影響力が強い。

自然と『リーダー』になる子、というのがたまにいる。生来のカリスマとでも言うべきものが備わった子。
大抵の場合、そういう子はみんなのまとめ役になってくれる上、教師にも協力的だから非常にありがたい存在になる。
だけどこの子はその部分も規格外。
影響力が強すぎて、1人の感情がクラス全体の雰囲気を強制的に上書きしてしまうのだ。
機嫌の良いときはとってもありがたい。多少の不協和音はかき消して、全員を一致団結させてくれるから。
でも気分屋だから突然曇り空、そして雨へと天気が変わる。本当に難しい。

「あ…うん。ごめんね、後で行くから」
「行ってきなさい、矢部くん…矢部先生」

……教師としては。

教師としては生徒の良い所を見つけて、伸ばしてあげるのが仕事…いえ、使命。誰だってわかってるわ。
だけどやっぱり、規格外すぎる子は扱いにくい。言ってはいけない事だともわかっているけれど。
1人だけを見ているわけには行かないの。ここは公立校なのだから、余計に。
そして1度そう考えてしまうと、この子は敏感に察知して警戒してしまう。悪循環。

「え…ですが……」
「よく考えると、大した事じゃなかったよ。それより生徒との約束の方が重要だ。
そうだろう?」

三姉妹はどの子も要注意児童。だからクラスを分けるのがセオリー。
なのに毎年3人とも同じクラスにするのは、結局のところこの子が原因。
家族と一緒なら、せめて『妹』か『姉』になってくれるから。

そして毎年揉めていた。誰が彼女たちの担任になるのか。

「……ありがとうございます。
さぁ行こうか、ふたばちゃん!」

だけどこいつは何とか…どころか上手くやっている。
見れば誰でもわかってしまう。驚きだわ。



「押忍!!」
その目に『信頼』と『敬愛』が映っているのが。



『矢部先生』が優しい先生だから?
違う。そんな単純ならとっくに他の先生が解決しているはずよ。『友達』になってはダメなの。
生徒からそれを得るためには、発想や能力で大きく上回っている事を示さなければならない。
『勉強』では難しい。この子は興味がないから。
『運動』でも難しい。この子を上回れないから。
『人格』…そんなあやふやなものでこの子が……?
何か明確なきっかけがあったという事かしら?

「早くいこ!!みんな矢部っちを待ってるんスから!
『とにかく壁が欲しい』って!!」
「やっぱり急用が……無いですよね、校長……。
書類を机に置いてくるから待っててね……」

無い無い。
きっと波長が合ったのよ。もしくはゲームとかテレビとか、同軸の価値観で『勝った』か。
まぁとにかく、個性派揃いの変態学級が曲がりなりにもまとまってるのは、いつもこの子の機嫌がいいからなのよね。
新人のこいつの実力だけじゃ、とてもじゃないけど無理だったはず。
「だからあんまり勘違いしないほうがいいわよ?」
「え…?ええ、わかってます。
校長が生徒を第一に考えている方だから、頼りないボクを色々気にかけてくださってるんだって……。
それに報いるためにも、精一杯ドッジボールを頑張ってきます!!」
お気楽ねぇ……。
気にかけてるのは、あの子たちの担任を決めたのが校長自身だからなのよ。

……でもまぁ、

「ある意味たいしたもんね。あんたは」
もう半年も経つのに、まだそんなセリフが言えるなんて…まだ自分の立場に気付いていないなんて。
致命的に鈍いのか、そうとう波長があってるのか……。

「何ですか?」
「なんでもないわ。
ほらっ、あの子待ちくたびれてるわよ!さっさと行きなさい!」
「はい!
ごめんごめん、ふたばちゃん!」

ドタドタ

「だから廊下は走らない!もうっ!」
「はっはっはっ。
そんなに目くじら立てなくともかまわないさ、海江田くん」
「しかし校長……」
「確かに彼はまだまだ未熟だ。キミから見れば頼りないところも多いだろう。
だが彼は『教師』を仕事ではなく、生き方として捉えている誰よりも生徒想いの男だ。
自然に生徒のために動ける…そう、彼のあの自然な姿勢こそが、子供たちにとって最も必要なものなんだ」
「校長………」
「信じてくれないか。彼なら…彼だからこそ、あの子達を善き方向に導けるのだと」


「あんぎゃ~~~!!!」


「……たぶん」ボソッ
「……………………」
そういえばこないだは『結果オーライ』って聞こえた気も……。

「まぁそんなわけで、彼のフォローは頼んだよ。
席、隣なんだし」
「ちょっ!!」


==========


…――とか言って厄介ごと押し付けやがって~!!あのドジ保険医とまるで扱いが違うじゃない!!
なぁ~にが『55年間追い求めていた』よっ!あのハゲっ!
どいつもこいつもおっぱいに騙されくさって!低脳マザコンどもがっ!
ちょっと!私のウイスキー遅いわよ!もうボトル持ってきなさい、ボトル!!」
「ま…まあまあ、そろそろ時間だしさ……。
海ちゃんの苦労は良くわかったよ。ねえ?」
「ほっ…本当よね!1番大変な役目押し付けられちゃうなんて…」
「1番大変なのはあの童貞に決まってんでしょ!
新人にそれを押し付けて笑ってる、他の男どもはもっと腹立つ!!
本当にロクなのがいないわ、うちの職場!!」
あの童貞がマシな方だってんだから!!

「………海ちゃんさぁ…」
「何よ!?」グビグビ


「その矢部先生の事、すごく認めてるんだね」


「……はあ?」
「いや、だってさあ…なんだかんだでその人の事、褒めてるし……」
「私らが貶すと本気で怒るしね。海ちゃんの怒鳴り声、久しぶりに聞いたわ」
「そうそう!本気で怒鳴る海ちゃんって久しぶり!高校時代を思い出すなぁ~」
「なっ……!?
んなわけないでしょ!あいつなんてダメなとこしか無いわよ!ダメの集合体!!ダメ男の典型例!!
高校時代なら視界にも入れなかったわよ!!
っていうかあいつ、毎日この私に話しかけられてるってのに全然感謝の色が見えないわ!んも~っ!!」グビグビ゙
「それがすごいよね。毎日海ちゃんが話しかけるなんてさ。
しかも今日の話みたいに色々助けてあげてるんでしょ?」
「ちっ…違う違う!席が隣なんだから当たり前でしょ!
そもそもさっき、フォローを押し付けられてるって言ったじゃない!!仕方なくよ!!」グビグビ
「えぇ~?『そもそも』って言うんなら、海ちゃんがずっと同じ男の話すること自体、そもそも珍しいよ?
この半年、何度『矢部』って聞かされたか。
どんな男も1ヵ月で名前が消えちゃうのにさ」
「ふふふっ、『はぁ?そんな単語、記憶にないわ』が海ちゃんのお決まりだもんねぇ」
「ちょっ…バカ言わないでよ!そんなこと言った覚えないわ!
大体いくら相手がダメ男だからって、隣の奴の名前まで忘れるようじゃ社会生活できないでしょうが!」グビグビッ!
「いやはや、まさか海ちゃんがダメ専だったとは……」
「意外な結末ね」
「あんたたちねぇ~!」

ガタンッ!

…あら?立ち上がったはずなのに、床が……。

「わっ!海ちゃん大丈夫!?」
「ああっ、しっかりして!
店員さん――…」


――――――――――


「うぐっ…水……」ガサゴソ

ゴクゴク

ふぅ…少しマシになったわ……。
えっと…私の部屋……3時…?
「ああ…確かタクシーで……気持ち悪い……」
ううぅ…また飲みすぎて……。2人にも悪いことしちゃったな……。
「あやまっとかなきゃ……明日……ぐぅ…」



『もっと真剣にお肌のお手入れした方がいいんじゃない?』



「寝てたまるか~!
お化粧落としてパック!美容液!!
あんたに言われなくてもわかってるっての!!」


――――――――――


「おはようございます、海江田先生」
「おっ…おはようございますっ」
もうっ!おととい、おかしな事言われたから意識…してない!ちょっと喉の調子が悪かっただけよ!

「……?
あの…朝から申し訳ないんですが、ちょっとコレ見ていただけますか?」ガサゴソ
「………何よ?
ああ、先週言ってた理科の……いいじゃない」
「本当ですか!」
「ええ。色分けも考えたみたいだし…頑張ったわね」
「ありがとうございます!
海江田先生にそう言ってもらえるなんて、嬉しいなぁ~!」

……ま、素直は素直なのよね。
出来の悪い弟を持つと、こんな感じなのかしら。

「貸していただいた本もすごくタメになりました!
えっとそれで…これ、お礼と言うにはお粗末なんですけど……」
「あら、美味しそうなクッキー。いいの?」
「はい!是非!
画材屋の裏手に美味しそうなお店見つけたんで、一緒に買ってきたんです。
いつもお世話になってるから、何かお返ししたくて……。
お口に合えばいいんですが」
「ん…美味しいわ。ありがとう、矢部先生。
ついでにこのお店、教えてくれない?自分でも買いに行きたいから」
「もちろん…あ~っと……ちょっとわかりにくいんで、よろしければ放課後一緒に行ってお教えしますよ」
「それって……デートのお誘いなのかしら?」
「へ……?
いいいいや!そんなつもりじゃなくてっ!純粋に感謝の気持ちをですねっ!」
おうおう、真っ赤になっちゃって。
カワイイところもあるじゃない。

「冗談よ。
ほら、せっかく作ってきた教材なんだから、早く行って黒板に張り付けておきなさいな。理科は1時間目でしょう?
でも、走らずにね!」
「あっ、はい!!」

ガシャ! パタパタ...

「ふふっ…」

「…………」ゴソゴソ

おっと。今朝はあいつが挨拶もしなかったから、全然気づかなかったわ。
「おはようございます、丸井さん」
「……………」ギヌロ
うわっ、恐っ!
……う~ん…もう何度も挨拶してるんだから、少しは警戒を解いてくれてもいいんじゃないかしら?
しかも今朝はなんだか敵意まで感じる…………え?『敵意』?今朝は……!?
ちょっと待って!ひょっとしてこの子…だから警戒……!!

「…………」ガララ ピシャン!
「ちょちょちょ!待って丸井さん!」

ガララ!

って速!?もう向こうの階段まで行ってるし!
挙動とスピードが一致して無くない!?

「待ちなさい!」

ドタドタドタ!!

「…………」
「待っ…ごほっ…聞いて、お願い……」
「……朝っぱらから息切らせて何やってんの、三十路?」
「おっはよーございまーす!!」
「おはようございます、海江田先生。
……大丈夫ですか?」
「あり…がとう、ぜぇっ……。
ええっと……佐藤くん、ちょ…ちょっと肩、貸して……」
「はい…?」

生徒に警戒心を与えないためには、まずは目線を合わせること。
…なんだけど、今は中腰もつらいわ……。
全速力だったとは言え、たいした距離じゃなかったのに……我ながら情けない……。
いやいや、それはともかく!

「丸井さん、違うの!
彼とは何にも無……いわけじゃないんだけど、あなたが思ってる…ほどじゃ……まだ、無くて!」
って何わけのわかんない事言ってるの私!!
これじゃまるであいつを意識して…ウソよ~!!

「あのね、ぜぇ…本当に誤解なの!」
「ほう?何が誤解なのかね?」
「もちろん彼との関係……はっ!こ…校長先生、おはようございます……」

荒い息。男子生徒に寄りかかって……なんだか前にも似たような事があったような……。
しかも見られた相手が最悪!!

「朝、人の多い廊下を走り回り、しかも生徒たちを相手に痴話喧嘩まで演じるとは……!
キミの事情もわかっているつもりだが、いくらなんでも恥を知りたまえ!!」
「ちっ…ちがっ!『彼』っていうのは…っ!?」
あいつ!?
言えるわけ…じゃなくて、そんなわけない!!

「あのう…ええっと……その…」
「……とにかく校長室に来たまえ」

ああもうっ!
余計な仕事が増えるのも!ストレスが溜まるのも!お肌が水をはじかないのも!お尻のお肉がたるんできてるのも!
あいつを意識しちゃったのも!!


「何もかも3組が悪いんです!!」



<おわり>