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「葉はダージリンにアッサム、アールグレイとありますが、いかがいたしましょう?」
私をソファに促しながら、さくらちゃんがガチャガチャと乱暴な手つきでお茶の準備を進めていく。
…安物なんだろうけど、こんなに食器をぞんざいにあつかわれると、家事好きとしてはちょっと悲しくなっちゃうよ。

「…アールグレイで。
ティーセット一式、そんなところに隠して……長谷部先生は知ってるの?」
「文学少女のたしなみってやつさ。
図書委員会の顧問なら、むしろこれを知ったら褒めてくれると思うね」
得意そうな顔で言い切ってから、人差し指でメガネをクイッ。

本気で意味不明なキャラ作りを頑張ってるなぁ……。
………本好きは嘘じゃないとしても、本来ならあなたはアスリートを名乗るべきでしょうに。

「よし、ダージリンにしよう。
古くなってきてたから、使い切りたかったんだ」
「………好きにして」

どうもこの高校は、私の話を聞かない生徒が多いな……。

…それとも『友達とのやりとり』って、これくらいが普通なのかな?
私が人と深く関わってこなかったから……上手く触れ合ってこなかったから、知らないだけなのかな…?

「ああやって迷える子羊を増やし続けるのは感心しないねぇ。
はい、キミの分」
「ありがと。
子羊って…そんなつもりは無いんだけど…。
…やっぱり悪い噂、立ってるかな?」
言ってひとくち。
さくらちゃんが淹れてくれる紅茶は、いつも苦い。淹れ方を知らないから。本当は紅茶になんて興味が無いから。

「いいや。私の知るところでは『流れ』になってるものは無いね。
そもそも良いことをしているわけなんだし、男女関係無く手助けしてるんだし。
ただ文学少女は噂に疎いから、参考にしすぎてもらうのはちょっと」
よくわからない理論を披露したさくらちゃんが、テーブルを挟んで向かいのソファに腰かけ、同じくひとくちつける。

「文学少女なら逆に噂通な気がするけど…?」
「付け足せば、『髪長姫』の人見知りな性格や家庭の事情なんかも全校に浸透してるから、
純粋な親切心だってこと、みんながわかってるよ」
「『全校に浸透』って、ぞっとするなぁ……」ほんとに。
「美人税さ。
…でもそんなふうに気にするくらいなら、無理して人助けなんてしなくてもいいだろう?
本来キミは、顔も知らない人間が相手だと、話しかけられるのもストレスになるタイプなんだから」
「断定なんだね。
否定はしないけど」
「中学からの付き合いなので」
「………私の理想の男性像はね?」
「うん」
「『優しい人』なんだよ」
「…なるほど。
つまり噂の『彼』は優しい人なわけだ。『髪長姫』が努力して近づかねばならないと想うほど」
「………ただの噂だよ。
だけど一応、どんな噂があるか知りたいな」
「去年来てたイケメンの教育実習生。東京に居るイケメン大学生。鴨テレで最近出てきたイケメンキャスター。
近所のイケメン幼馴染…これは変態のことだな。
そして帰国子女で、元俳優で、小説を書いたらいきなり賞を取って、しかも賞金を恵まれない子供たちに寄付した超イケメン」
「……………」またそれか。

…『イケメン』って、枕詞かなにかだっけ……?


「そして、小学校6年生のときの担任教師」


「………ふうん」
なんとか声が震えるのを我慢する…できた、と思う。
水分を要求してきた舌に従い、もうひと口紅茶を含む。
…まいった、味もわからない。落ち着け私。

「聡明な姫君に進言するのは恐れ多いけど」
「……お願いします」
ある程度開き直るべき、か。相手はさくらちゃんなんだし。

「情報をかく乱させるにしても、もうちょっと信憑性のあるやつも流したほうがいい。
千葉や杉なんかが好意でやってることなんだろうが、今の状態じゃディティールのあるものを強調しちゃうだけだよ。
変態がいなかったらヤバかったかも知れない。
三女も気をつけてはいるんだろうけど、相手が相手だけにやり過ぎって事は無いと思うよ。
……あくまで全部噂だから、実在してる人物がいるのかどうかは知らないけど、さ」
「……本当に貴重な意見だった。ありがとう」
「そんなわけでこないだ、私も鴨小に行ってみたわけだ。ちょっとお教えいただいてね。
やっぱり文学少女としては気になるからさ」
ふと、さくらちゃんの表情にふんわり柔らかい笑みが浮かんで、すぐにいつもの斜に構えたポーズに埋もれていった。

「もう『文学少女』は全く関係ないよね?」
まったく…いったい誰から何を聞いたのやら…って、大体わかったけど。

「優しそうな人だね」
「さあね」
「傷つく返答だ」
あくまで皮肉めいた態度を崩さない友人は、軽く肩をすくめて続ける。

「とにかくそういう噂も流れていて、しかもその気になれば簡単に確かめられるんだって事は覚えておいて。
さっき言ったとおり、1度千葉たち協力者と真面目にダミーの設定を練るべきだよ。
…もし今のまま『彼』との逢瀬を続けたいのなら、だけど」
「設定を練る、ねぇ……」

ちょっと考えただけでも、バカバカしくてげんなりするよ………。
ふぅ…。

「…気が滅入るのはわかるし、同情もするけど、
キミは絶世の美少女なんだから相応のコストは支払わなきゃね」
「私はそ「キミだって、どんなふうに言われてるかは、ある程度把握してるだろう?」

強い調子で、はっきりとさえぎられてしまう。
私の意思が通るのを。

「…ちょっとはね」
それこそ、バカバカしいのばかり。

「たとえば?」
「白銀の妖精、夜色の天使、虹の魔法使い、白い神姫、人魚姫、生きた美術品……」
ダメだ、泣けてきた。
コレなんの拷問?ついでに私、カナヅチなんですけど。

「まぁそのくらいで許してあげよう。
パーツを褒める言葉はいくらでもあるよ。
陽炎のように儚い肢体、白く輝く肌、夜を映した髪、七色に煌く瞳、その美貌はすでに芸術、などなど。
ご感想は?」
「……オトコノコって、意外にロマンチストだね」
「オブラートを取ると?」
「イタい。引くよ」
「ククククッ!」
心底愉快でたまらない、という様子でさくらちゃんが口角を上げ、肩を震わせる。
…こういうところ、我が友人ながらちょっと性格悪いって思う。

「三女としてはそんなところだろうね。
けど私…第三者から見れば、その賛美のどれもが的を射ていると思ってしまう。
いくつかのものは、文学少女として表現力を褒めてあげたいほどだ。
女子のつけたものもあるはずだ。私がつけた『髪長姫』のように」
「左様ですか」
「ちゃんと聞いて。
キミはもっと自分の魅力を自覚すべきだ。その上で真剣に対策を考え直さなければいけない。
男子からは羨望を、女子からは嫉妬を集めるのが当たり前だとした上で行動して。
自分は注目を集めて当然の『姫』なんだと。
当然、私も嫉妬が無いと言えば嘘になる」
「………さくらちゃんにまでそんな冗談を言われるとは思わなかった」
「男子からの扱いはどう説明する?
学食に行けばモーゼみたいに人が割れるし、こないだの図書当番ではそれこそ冗談みたいな行列ができた。
委員会でもキミの『お言葉』には、我先にと賛同してたじゃないか」
「……これだけ髪を伸ばしてる子は珍しいから……。さっきみたいな事で私に恩義を感じてくれてる子もいるだろうし。
本当に好意があったら、もっとラブレターとかプレゼントとかすごいはずだよ。
子供の頃、そういうの見たことある」
押し付けられてたのは男の子だったけど。

「どうせあの変態の事だろう?あんな底辺バカと我が身を比べちゃだめだよ。
いや、本当にあの程度の奴とじゃ比べ物にならない。キミの美しさは文字通り次元が違うから。
さらに男っていうのは、体面を気にする生き物なんだよ。実は我々よりも周囲の目に敏感なのさ。
だから『並』じゃあ『髪長姫』に告白なんてできやしない。
そんな身の程知らずなマネをしたら、次の日から学校に来れなくなってしまうもの」
「知ったふうな事を言うんだね。男子とつきあったこと無いくせに」
「お互いね。だけどあんまりに極端でわかりやすい事象だから。
だから、キミに告白してきた奴らがどいつもこいつも『有名人』だってことも知ってる。
キミは知らないだろうけどさ?」
似合うからって、いちいち肩をすくめるのはやめなさい。

「…だとすると、この高校は特殊な趣味の持ち主が幅を利かせてるって事だね。
怖い怖い」
「なら街で3桁の人数にナンパされたのは?」
「それこそただの噂でしょ。
さくらちゃんもあの場に居たじゃない」
「居たから言ってるんだ。あのままもう数時間居たら、間違いなく現実になってた。
三女もわかってるはずだ。あれ以来、街にはなるべく行かないようにしてるじゃないか。
あのコートだってまだ使ってるんだろ?」
「それは……」
「確かにキミは小柄でスレンダーだが、重要なのは全体としてのバランスやデザインだからね。
三女は小顔だから頭身は高いし、身体のラインだって十分に女性的だよ。
特にその腰の細さ、ちゃんと内臓が入ってるのか疑わしいんだけど。
加えて雰囲気が落ち着いてるから、むしろ大人っぽいって言えるくらいだよ。
そんな『髪長姫』に好意を向けて特殊趣味扱いされたら、さすがに男どもが可哀相だ。
…『ロリコン』ってのは、神戸みたいな寸胴で騒がしい小娘に手を出した輩を言うのさ。
クククッ」
「でもなんで突然……」

中学2年生の中頃から急に…本当に突然、私に向けられる視線が変わった。
もちろん私の感覚は相手の感情まで読めるほど便利じゃない。それが『好意』なのかどうかなんて全くわからない。
それでも『量』だけじゃなく『質』も変わったことはわかる。認めざるを得ない。

でもなんでなんだろう?

「私もこんな台詞を口にするのはアレなんだけど、三女の容姿は完璧過ぎてるんだよね。
よく知らない人間からすれば威圧感を感じるほどに。普段の生活に取り入れるには異質なほどに。
妖精とか天使、御伽噺が引き合いに出されるのはそのせいだ。
周りからもそういう事、言われるだろう?」
「本当にアレな台詞だね。暖かくなってきたからって……

―――『やべぇ!あたしこの美少女にいじめられるような事しちゃってた!?』――
―――『姫はちょっとデザインが完璧すぎて現実味が薄いんだよね』――

…あ」

まさか。

「そんな『恐ろしいほどの美少女』に恨みがましく睨まれれば、『恐い』のは当たり前さ。
実際私も中学で出会ったときには、『恨まれるようなマズイことしてしまったのかな?』って思った。
そう、誰もが自然と三女にイニシアチブを渡しちゃうんだよ。
自然、そんな相手とは距離を置いちゃう」

そんな馬鹿な…でも、言われてみると思い当たる事がいくつも……。

「……と言っても、それだけじゃ説明できないところもあるけど…オーラとか……。
いや…私は何をバカなこと言ってるんだ。マンガじゃないんだぞ…」モニョモニョ

待て待て、騙されるな。相手は自分の馬鹿な台詞に照れてモニョモニョしだしたぞ。
そうだ、話の起点をずらされてるじゃないか。

「でっ…でもそれじゃ、突然扱いが変わった説明になってないよ」

私の会心の反撃に、けれど彼女は余裕たっぷりな顔で明確な答えを示す。
「中2の夏休み明けに、突然雰囲気が柔らかくなったんだよね。
よく覚えてる。私もびっくりしたから。
ふと見たら突然アゲハ蝶…しかもオオルリアゲハが羽化してたんだもの」
「……昔の私は芋虫だったの……」
「はっきり言うとね?」
「むぐぐ……」
体育のときの仕返しか。ひどい言い様だ。

………だけど、中2の夏休み明け。あの日の後。
『世界』が一気に変わったから。
そう考えれば話の整合性は取れてくる。信じられないけど、本当に私って……?

「でも……いやけど…それじゃ、まさか………」モニョモニョ
「……ずいぶん話が逸れてしまったなぁ…。
本当はさ、ちょっといらぬ無理と苦労が多くなっちゃってますよ、ってことを言いたかったんだ。
理由は良くわかった。『彼』を想って努力する姿は素晴らしいと思う。
だけどそれも含めてもう三女の負担になってしまっているよ。
実際、このところ疲れてるみたいだし。
助けてもらってる側としてはありがたいんだけど、無理まではして欲しくないんだ。
…あんまり言いたかないが、キミのそんな姿を見てると、『彼』はやめた「無いよ」

「なら卒業するまでは距離をと「それも無い」

今度は私がはっきりとさえぎる。
そんな夢の無い言葉は、僅かに口にされるだけでも不愉快だよ。

「…なるほど。『無い』、ですか。『嫌』とかじゃなく。
とはいえもし……いや…。
とにかく『彼』以外の選択肢は無いわけだ。三女には」
「うん」

絶対に。

「ならせめて、日曜日に会うのは避けるべきだね。
金曜に機嫌が良いのはかまわないさ、週末なんだから。
だけど月曜にそれじゃあ余計な疑いを生んじゃうよ。
こっそり会ってる『彼』とイイコトがあったのかも知れない、って」
「……私、そんなに顔に出てる?」
昨日、柳さんにも似たような事を言われた気が……。

「顔っていうかオーラに……だからバカを言うなって私。マンガじゃない……。
とっ…とにかく上手く言えないんだけど、雰囲気にモロに出てるよ。こないだまでは特にだった。
気づいてなかった?」
「そうだったのか……」
うむむ…気をつけねば……。

「土曜に会えば?」
「それだと理由がつくれないんだよね……」
「めんどくさいなぁ…。
無礼を承知で言うと、三女がそこまで気を使わなきゃなんない相手に見えないんだけど。
さっきの話とちょっと矛盾するけどさ、実際見ると信憑性がまるで無いってくらいだよ。だらしないヒゲ生やしてさ。
まぁ童顔だからそれほどオジサンには見えなかったけど…あれ程の高評価を得られる人間にも見えなかったよなぁ……。
正直いま、三女におっっそろしい目で睨まれるまで、私も『無い』と思ってた。
もちろん優しさは大きな魅力だと思うし、キミに群がる男子の姿はガキ過ぎる。
にしても、ちょっとなぁ。
……想い出は美化されやすいませんごめんなさい許してくださいそんなつもりじゃなかったんです」
バカな事を言ったのに気付いてくれたんだろう。さくらちゃんはテーブルに額をすりつけ謝罪してくれた。
むふう。わかればよろしい。

…私が本気で睨むと、大抵の人は同じ行動パターンを取るな。……そんなに怖い?

若干落ち込んでいる私の前で、謝罪を終えた自称文学少女がごほん、と咳払いして話を戻す。
「あ…あれじゃ女日照りだろうし、上目遣いのひとつでもして誘惑してみたら?」
「そんなの何度もやったよ」
「何度もトライしたのかよ、この女……。
いや、しかしだとしたら思った以上に強敵だね。
うちの男子相手なら、真冬の川に飛び込ませることだってできるのに」
「そんなのやった覚えないし、絶対試そうとも思わないよ……」

なんでみんな男子を川に飛び込ませたいの?流行ってるの?

「それはそれとして、キミの瞳にこれほど一途に見つめられて、さらに誘惑までされても手を出さないなんて、
やっぱり『おかしい』と言っても過言じゃないな。
…不能かホモじゃないの?」
「………あの人、巨乳フェチなんだ…」
「次はアッサムティーはどうかな?」
「あからさまに話題を変えないで」
「………………………………………………………………………………」
「顔を背けて沈黙しないで」
「通販にバキュームDXというのがあってね」
「そのネタ昔やったから」
「……」

さぁどう返す!?

「……モノの本によると」
彷徨っていた瞳に意思を戻し、決意の表情とともに重々しく浮上させてきたのは、しかし意味不明な切り出しだった。

「…?」

「胸で挟むという技は、男性からすると視覚効果メインで刺激的にはさほど気持ちよく無いそうだ。
なのでもっと実用的な、キミが『狭い』ことなどをアピールしてみてはどうだろう?
食い千切っちゃうくらいキツイです、とか」

「な………ッ」

「………どうだろう?」


「……負けた…!」ちょっとだけ『なるほど』と思ってしまった……っ!
こみ上げる敗北感によって傾く体を、私はテーブルに両手をついてなんとか支える。


「クックックッ。
肉を切らせて骨を断つというやつさ。
……こっちも真顔で言うのはかなりキツかった…」
言葉通り敵も相当のダメージを受けたみたいだ。ぐったりと全身をソファに預け、深いため息をつく姿が目の端に映った。
一方的ではなかったということが、せめてもの救いか……。

…………………………。

……まぁ、私もたまにはこういう会話がしたいときだって有るよ。

「でもそうだったのか。キミが自分の魅力に自信を持てないのは…えぇ~?
ちょっと待って、アレに振り向いてもらえないから『髪長姫』が……?
それって力学的におかしい……」ブツブツ
「どうしたの急に?」深刻そうな顔して。
「あぁ、いや…ちょっと新たに世界の不条理を突きつけられたんでね……」
「…??」

キーンコーンカーンコーン

「あっと…予鈴だ。そろそろ行くね。
ごちそうさま…それにありがとう。いろいろためになりました」
「いえいえ。麗しの姫に…友達にそう言って貰えて嬉しいよ。
あっ、覚えてると思うけど、今週の金曜は委員会があるから頼むね。
キミが出席するしないで男どもの出席率が大きく変わりやがるから、できれば早めに図書室に来ておいて。
まったく…雄って単純だよなあ」
「……うん。書記が出ないと困るもんね。
じゃあまた」

スイ...

「ねえ、三女?」
「うん?」
ドア前で背中に投げかけられた疑問符。
それを形作る声の僅かな鋭さに、私は少し身を硬くして背中を向けたまま返事をする。

「『とはいえもし『彼』に、別に意中の女性ができたらどうするの?いい歳なんだ、お見合いなんかもあるだろう』」

ああ、そんなことか。
わらっちゃうよ。

声のした方へ振り向く、と、黒髪の束がヴェールのように視界を覆い、答えを伝える相手の姿が霞んでしまった。
だけどそれにかまわず、私は喉を震わせる。



「もちろん、そんなの、ずぅっとまえからきめてるよぉ……」



「聞かなかった事にしよう。…させて。
巻き込まれて共犯者とかにされたくない」
「ギャグだよ。笑ってよ」
「………アハハハハハハハハハ。もしくは(笑)」
「ほんとにギャグだって」
「(笑)」


………ほんとだよ?