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 日曜日の朝。
 二人の姉を起こさない様に、ベッドから起きだす。

 昨日の内に用意したお弁当に、水筒。
 下着には、ガチレンジャーのタンクトップ。
 ハムスターのチクビの餌も用意して。
 今日も矢部先生の家へと向かう準備は万端だ。

「いってきます」
 そっと玄関から出て、ドアを施錠する。
 朝日が眩しい。休日の午前六時前だから、人もまばらだ。

 先生の家に着くまでは、軽い運動時間。
 みっちゃんも、この位歩けば良いのに。経過は順調。
 でも、唯一計算違いをしていたとしたら。

「ひとと一緒にお出かけー。矢部っち、起きてるっスかね」
 玄関のことばかり気にかけていて、庭先に誰がいたかをまるで確認していなかった、
私の失態だろう。

「なんでついて来たの。パパが心配するよ」
「大丈夫っスよ。パパにはちゃんとお手紙残して来たから」

 自慢気に話しているけど、サンタへの手紙すら書き間違えるふたばに、
まともな文字が書けたとは思えない。今頃、必死に解読している頃だろう。

「それに、小生も矢部っちのこと、ひとと同じ位大好きなんスよ。
 ガチレンジャーのDVDを一緒に観て、エンジョイするっス。
 ガチレンジャーごっこもしたいなあ」

 意味不明な単語を聞き取ったせいで、信号が青なのに、歩くのを止める。
 私が、誰のことを大好きなのだと言うのだろう。

「どうしたんスか。矢部っちの家、すぐそこだよ」

 気が付くと、ふたばは既に横断歩道を渡り終わっていた。
 追い付いてから、角を二つ曲がって先生の家へ。302号室のドアの前。
 案の定鍵がかかっていたけど、複製した合鍵を使って、易々とドアを開ける。

 そういえば、ここに挟まれた時は痛かったっなぁ……。
 あれ? 先生が挟まれたんだっけ。まあいいか。

「ガッチガッチに決めるぜ~♪」
 無駄にテンションの高いふたばに、足を拭いてから入る様に釘をさしてから、先生の部屋へ。

「ちちぃ、ちー」
 真っ先に出迎えてくれたのは、チクビだ。
 私がプレゼントした、手編みの毛糸部屋から出てきて、回し車の中で、
ぐるぐる走っている。かわいい。

「おはよう、チクビ」
 ご褒美のひまわりの種をあげてから、先生の居るベッドににじり寄る。
 お弁当と水筒はテーブルの上に置いたので、少し身軽だ。

「先生、いい加減起きてください」
 案の定、先生は寝ていた。一日中横になっていては体に悪いと、こうやって起こす習慣が、
自然に身についてしまったのは何故だろう。

「海江田せんせぇ~。もう勘弁して下さいよぉ」
 それでも、今日は特別目覚めが悪い。どうせ夜遅くまで飲み歩いて、
二日酔いになったに決まっている。お酒なんて、ろくに飲めないのに。

「どうしたんスか。矢部っち、起きないの?」
 ようやく部屋に入ってきたふたばが、目を黒豆のような形にして、こちらを見ている。
「二日酔いみたい。何回か起こしたんだけど」
「う~ん、コレは強敵っスね。何か方法は……」
 両手の人差し指を頭の近くでくるくる回しながら、何やら考えている。嫌な予感。

「そうだっ!」
 閃いたらしい。頭に電球が出た後のふたばの行動は早い。
 急に髪を卸し始めたかと思うと、むふぅと深呼吸。
「小生がひとになりきって、起こしてみるっス。矢部っちなら、きっと反応してくれるはずっス」

 ……どうしてそうなるの。風邪でも引いて、頭でもおかしくなったのかな。
「そんなことしても、無駄だよ。だって……」
『無意味だし、不必要だよ』もう始まってるし。
 私になりきっているふたばが、先生の上に馬乗りになると。
『矢部先生、起きてください。朝ですよ』

 そう言って、先生の頬を叩き始めた。力のベースはふたばのままだから、
爆発音みたいな衝撃が発生している。凄く痛いんだろうなぁ。

「あぅっ、ぐはぁっ……良いです、凄く良いですっ!」
 逆に悦んでいるようにも見えてきた。あまりやり過ぎると、先生、別の意味で死んじゃうよ。
「あれ、ひとは……ちゃん? ううっ、頭と顔が痛い」
 死ぬ前に起きちゃったよ、このドMが~。

『やっと起きましたね。全く、先生は本当にダメ人間です』
「ごめん……でも、勝手にうちに入ってくるひとはちゃんに言われたくないよ」
『……先生は、一刻も早く死ぬべきです』

 寝呆けているせいか、ふたばを本物の私だと勘違いしているようだ。
 どこまでダメ人間なのだろう。
『DVD、早く観させて下さい』不意に、ふたばがDVDのパッケージを手に取って、先生に渡した。

 先生の右の脇の下とベッドシーツの間。そこにガチレンジャーのDVDが高確率で転がっている。
 深夜に何回も観た後に、元の場所に戻さないで寝落ちするから、よくそこにあるんだ。
 と、行き掛けにふたばに教えてしまった自分を呪いたい。

「そうだった。一緒に観ようって約束だったもんね」
 パジャマのままの先生が、フラフラしながらDVDをパソコンにセットして、力なく床に座り込む。
 部屋の隅にいる本物の私には、気が付いていないみたい。

『失礼します』
「ちょ……ひとはちゃん?」
 アグラをかいていた先生の膝の上に、何事もなかったかのように、ふたばが座り込む。
『落ち着いて座れる椅子が無かっただけですから、勘違いしないでください』
 本人は、相当私になりきったつもりでいるらしい。
 先生は、まだボーッとしている。それにしても、少し甘えすぎではないだろうか。
 普段の私は、ここまであからさまなことはしていない。

 そうこうしている内に、DVDが再生されていく。番組の宣伝が終わって、始まったのは……。

『劇場版・本気戦隊、ガチレンジャー!!』

 五つの色の煙をバックに、決めポーズをとる、正義のヒーロー達。
 三人とも、鼻息が自然と荒くなる。

 劇場版では、組織に内乱が起きて女幹部が脱走。
 裏切り者として始末されそうになっていた所を助けたガチレッドと、
それを認めない他のメンバーとの間に険悪な雰囲気が……というのが冒頭のシーン。

 しかも、ガチピンクがガチレッドと女幹部との関係に嫉妬しているみたい。
 吉岡さん、これを観たら大騒ぎするんだろうな。

 展開は、中盤までドロドロの昼ドラ展開。
 しかも後半では、ブルーが敵に洗脳されて、アオカビラゴンに。
 それに立ち向かう女幹部、自分に芽生えた気持ちが分からないガチピンク。
 三角関係に巻き込まれるガチレッド。かつての敵と味方に、ガチの怒りは届くのか、
という所でクライマックス。

 ガチバズーカ、ガチスパイク……新しい必殺技が織り成す、感動のスペクタクル。
 結局、私は最後までベッドに座ったまま、後ろから見ているだけだった。

「いやぁー、何回みても面白いなぁ。今日の放送も楽しみだね」
『今日の放送、またゴルフで中止ですけど』
「うそぉっ! そ、そんなぁ~」
 へたりこむ先生。それにタイミングを合わせて、お腹の鳴る音が部屋中に響いた。

「そういえば、お腹減ったなぁ、頭もまだ痛いし。
 ひとはちゃんも、お腹空いてるでしょ。何か作ってくるよ」

 結局、最後まで私になりきったふたばに突っ込みを入れないまま。
 そっと立ち上がった先生が、台所へと消えていった。

「どうだったっスか。ちゃんと、上手く出来てた?」
 ふたばがもじもじしながら聞いてくる。悔しいけど、相当上手かったことは認めざるを得ない。
「上手かったと思うよ。少し嫉妬したくらい」
「しっと? どういう意味っスか」
 しまった。余計なことを言ってしまったか。

「そうだ。今度はひとが小生になるっていうのはどうっスか。髪結んであげるっス」
「い、いいよ。そんなことしても、無意味だし、不必要だよ」
「遠慮しない、遠慮しない」

 強引に、ふたばが私の髪をいじり始めた。短めのツインテールに、頭のてっぺんのちょんまげ。
 靴下まで脱がされたあげく、スパッツも貸してあげようかと聞かれたけど、断った。

「わ~、小生にソックリ!やっぱり姉妹なんスね」

 喜ぶふたば。まあ、ここまで来たら、もう引き下がれない。
 せっかくふたばになれたんだから、普段言えないことを言ってみるのも、いいかもしれない。
「それじゃあ、小生から小生に質問っス。矢部っちのこと、やっぱり大好きなんすか?」

 私は、ふたば。ふたばは、私。
 正直に答えればいいんだ、何の問題もない。

『もっちろん! ガチレッドと同じくらい、だ~い好きっスよ』
 同時に、台所の方から何かが落ちたような、甲高い音がした。
 振り向くと、鍋を床に落としたまま、固まっている先生が。

「ふたばちゃん……じゃなくて、ひとはちゃん? 僕のこと、すすす好きって!?
 やっぱり、この前教室で言っていたことは本当で……」

 まずい、なりきりすぎた。絶対に勘違いしちゃってるよ。
 そうだ、ふたばは先生とガチレンジャーごっこをしたがっていた。
 遊ぶ流れに持っていって、誤魔化すしかない。

『矢部っち、ガチレンジャーごっこしよっ。小生がガチレッドで、先生がアオカビラゴンで』
「小生? ひとはちゃんだよね、でもその格好は……えっ?」
 混乱している。やるなら今だ、全力で決めてみせる。
 記憶が飛ぶくらい、目一杯の。

「必殺っ、ガチッスパイクゥ!」
 先生の大事な所に、会心の回し蹴りが決まった。
 真っ白になって、燃え尽きていく先生。大事な何かを失った自分。

「ねぇねぇ、何作ってくれるんスか。ラーメン、そうめん?」
 本物のふたばだけが、妙に元気そうだった。
 この後、気まずい雰囲気のまま。
 一部の記憶が飛んだ矢部先生が茹でてくれた冷や麦と、私が持ってきたお弁当は、
殆どふたばのお腹の中に消えていった……私も、怪人の最後みたいに消えてしまいたい。

 今度も助けて……ガチレンジャー。