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――――――――――


「熱っ!」

玄関を開けた途端耳をつんざいた悲鳴に驚いて、キッチンへ駆け込むと、
エプロンにポニテ姿のみっちゃんが、お鍋の前で耳たぶを摘んでいるところだった。

「大丈夫みっちゃん!?」
「そんなに慌てなくたって、大丈夫に決まってるでしょ!心配性ね!」
今日もみっちゃんの声が、ゴム毬みたいに家中を跳ね回る。
あっちこっちにぶつかって、素直に私の手元へ来る気なんてサラサラ無いって主張してるみたい。
でも中身の気持ちはもう届いちゃってるんだけど。
ヤケドしたのは指のはずなのに、顔の方がよっぽど真っ赤になってるよ。

「いや、みっちゃんじゃなくてお味噌汁の方。
あ~あ~、そんな煮立てちゃって。
前にも言ったでしょ。お味噌汁は煮立てると風味が飛んじゃうんだよ」
「うっさい!味噌汁かぶって死ね!!」
すぐさまいつもの台詞が飛び出すってことは、ほんとに全然大丈夫みたいだな。まったく…いつまで経っても人騒がせな姉だよ。
……にしても、ふたばもパパも顔を出さないって事は、まだ帰ってきてないのか。
ちょっとふたばが遅くなっちゃってるな……暗くなる日は親衛隊の人たちが影ながらガードしてくれるから、大丈夫だろうけど。
とすると今大丈夫じゃなさそうなのは、晩御飯だけか。

「んも~…みっちゃん、いったいどういう段取りでご飯の用意してるの?
メインのおかずができてないのにお味噌汁が煮立ってるなんて、信じられないよ。
はぁ~…いつになったらまともにお手伝いしてもらえるんだか」
「うっさいうっさいうっさ~~~い!!」

…ま、しっかりコンロの火を止めてから怒るようになったあたりは、成長したかな?

ワンテンポ遅れてほっぺに迫ってきた指を軽くかわしながら、私もエプロンを着けて髪をくくる。
できれば一旦部屋で着替えて、セーラー服についちゃった先生の部屋のホコリを払いたいところだけど……軌道修正は早いほうがいいし、
今日はこのままいくか。
『体育のジャージで掃除をすればよかったのに』?
そんな可愛くない姿、先生に見せられるわけないよ。
……オホン。はてさて、まな板に乗っている『下ごしらえ』はいかがなものか……。

「ブタバラ、小麦粉、卵、パン粉……ミルフィーユカツにするつもり?」
「………なによ。文句あんの」
「文句ってわけじゃないけど、テンプラ油があるの確認してくれた?」
「えっ!ウソっ!?」
私の問いかけに、もちろん素直な『YES』/『NO』が返ってくるはずなんてなく。
だけどブスッと尖ってたのが一転、まん丸に開いた口が、これ以上無いくらいわかりやすい回答になってくれてる。

はぁ~…見事な抜けっぷり。さすが我らが長姉だよ。期待を裏切らない。

「上の棚に買い置きのがあるかもしれないから、ちょっと見てみて。右の奥の方」
私は普段使わないものは、その辺りにまとめて置いてるから。台に登って。

……だというのに、

「んげっ、マジで無いの?」
つま先立ちとはいえ届いてるし。むぐぐ……。

「んう~~……?」
晩御飯が掛かってるとなって、みっちゃんの背中が結構必死な様子で棚の奥をガサゴソ鳴らしてくれる。
まぁ実際はまだまだどうとでもできるんだけど、真面目にやってくれるのはいいことだから言わないでおこうか。
背中といっしょに色々が揺れるのも、見ててそこそこ楽しいし。
この太ももの揺れ具合、またダイエットをサボってるな。いい加減脂肪だけじゃなくて管理能力と忍耐を身に着けようよ。
大体、アルバイトで立ちっ放しの歩きっ放しなのに、なんでそんなにすぐに横幅を増やせるのか教えて欲しいくらいだよ。
太ももだけじゃなくてお腹もまたちょっと揺れ始めちゃってるし。その上おっぱいも…揺れている……っ!?

なっ!?
こないだ洗濯カゴに入っていたCは、見栄じゃなかったんだ……!!

突然飛び込んできた残酷な現実のせいで、今度はこっちの世界の方がグラグラ揺れだしてしまう。
平衡感覚すら弱い私の身体は、すぐさまガクリと膝から崩れ落ちてしまう。
どころか、足元にできた地割れに飲み込まれて沈んでいってしまう……ところだったけど。
けどまぁ、今は目の前にみっちゃんが居てくれてるので。

「ん~…暗くてよくわかんないじゃない、もうっ!
テンプラ油もテンプラ油よ!この私が必要としてあげてるんだから、1秒でパパッと出てきなさいっての!」
「もう高校生なんだから、いい加減物にまで女王様気取りはやめようよ」
「熱した油ぶっ掛けるわよ!」
跳ねる声も揺れる姿も何もかもが派手で騒がしくて、沈み込んでる暇なんて1秒もくれないんだよね。
こんなふうに今みたいに背中を向けられてても……そうだ、ちょうど良いや。

「ねえ、みっちゃん」
「なによ?」

背中が相手なら、少し気が楽だ。

「最近……えっと…さくらちゃんにあ…会った、でしょ?」
「会ったわよ」
それでも震えてしまった私の声と違って、姉のそれは自然なまま。背中も腕も、滞ることなく揺れ続けてる。
……やっぱり私たちは似てなんて……。

「眼鏡に変えてもキモいのはあいっかわらずだったわ~。
人が食べてるのをニヤニヤしながら見てきて、そのこと注意したら、、
『いやぁ、みつばさんのお食事姿があまりに幸せそうで、見ているだけでお腹が一杯になってしまったんです』とか言って。
うぅ…思い出したら寒気が……」
……さくらちゃん…。

みっちゃんを好きになる子は何故か…『だから』なんだろうけど、愛情表現が微妙に歪んでるんだよね。
将来どんな人がお義兄さんになるのか、ちょっと…かなり不安だよ。
って、そんな先のことは置いといて。

「先生の話、した?」
「したわよ。みすぼらしい童貞がいるって。
ついでに魔法が見れるかも知れないから、暇つぶしに行ってみたらって勧めたわ」
やっぱり似てるんだろうか?
まぁみっちゃんは、先生がもう魔法使いになれないことを知らないはずだから、単純な軽口なんだろうけど。

「松原、なんか感想言ってた?」
「……優しそうだって。
あとアドバイスとかもちょっとしてくれたよ」
「ふ~ん……。
普段無駄に口まわしてるくせに、肝心なときは当たり前の事しか言えないなんて、思ってた以上につまんない奴ねぇ」
「………他に……」
「ん~?」

ごくり。自分の喉の鳴る音が、耳に響く。
さっき先生からあんなにたくさんの勇気をもらったのに。
今目の前にいるのは三つ子の姉なのに。
なのに、それでも私の喉はひきつって、自分の仕事をズル休みしようとする。
ダメだよ。確かめなきゃいけないんだ。
さくらちゃんとみっちゃんの間に何があったのか。今、ふたりにどんな壁があるのかを。
さくらちゃんが安心して近づいて来れるのかどうかを。

「他にも何か話した?」

言わなければよかった。

決意はやっぱり薄っぺら。
目の前の背中がちょっと止まっただけで、あっさり『後悔』で塗り変わってしまう程度。
所詮その程度のものしか持つことのできない、私……。

「……他につまんない話をした気もするわ。あんまりつまんなかったからもう忘れちゃった。
…あっ、な~んだあるじゃない!
ほらっ、テンプラ油!これでいいんでしょ!」
それでも淀んだのは一瞬だけで、私へ振り返る頃にはもういつもの『みっちゃん』に戻ってくれる。
……ううん、違うな。これは『いつも』に戻りなさいってことか。
こっちはついこないだの事だもんね。そにれみっちゃんが本気で怒ったときは、なかなか熱が冷めないもんな……。

しょうがない、また今度にしよう。

そう決めたのと同時に、片隅で小さな私がほっと胸をなでおろした。
その現実が、何より苦しい。

「どうしたのよ?
これでいいんでしょ?それとも油の賞味期限とかあんの?」
「え…ううん、大丈夫だよ」
「……あんた、最近ボーっとし過ぎよ。
気になることは無くなったんだし、ささっと衣を着けちゃいましょ」

好きな人の前じゃあんなにはっきりと決意したくせに、いざとなったら立ち止まってしまう。
いつになるかわからない『また今度』に先延ばしして、壁の後ろに隠れたまま。

「あっ、ダメだよみっちゃん。お肉は一旦1枚1枚はがさなきゃ。
それから脂身のところをずらして重ねなおすんだよ」
どころか手元を得意なもので埋め尽くして、嫌なものが見えないようにまで。
そうやって誤魔化さないと、怖くて姉と並んで立つことすらできない。

……ダメだ、やっぱり私たちは全然似てないよ。
隣の姉は怒ることも泣くことも怖れずに、はっきり伝えたっていうのに。

「えぇ~…めんどいわねぇ……」
ほら今だって。
口ではこう言ってても『今』のみっちゃんはしっかりお手伝いしてくれる。
苦手な事にも自分から進んで頑張ってる。

私は。には……。

「よっと……そういや何枚重ねで1個にすんの、コレ?」
「……4枚だよ。みっちゃんのお腹の段数と一緒だから覚えやすいでしょ」
「なるほど、確かに覚えやすいわね!…なんて言うわけ無いでしょ!
って、あっと!」
あ…お肉の真ん中を突き破って、ひとさし指がコンニチハしちゃってる。
ふふっ…ただでさえ不器用なのに、集中してやらないから。爪を短くキレイに切ってたって、それじゃあダメだよ。

「気をつけてよ、みっちゃん。
重ねて貼ればいいって言っても、あんまり細切れにされるとハンバーグにメニュー変更になっちゃうよ」

あぁ…やっぱりみっちゃんの隣は気持ちいいな。
いつだって、楽しい『いつも』を引っ張ってきてくれる。
だからみんなも、いつも此処に集まるんだよね。そうでしょう、みんな?

「コレはあんたが余計な事言うからでしょ!!
ったく…あ~、それにしてもチマチマめんどくさいわねぇ。こんなの最初から4枚ずつはがしていけばいいじゃない」
「面倒でも何でもやらなくちゃダメだってば。このひと手間が美味しさの秘訣なんだから。
料理は辛いから、面倒だからなんて言ってサボっちゃダメなんだよ」
うむ、我ながらなかなか上手いこと言ったな。むふ。
パクリだけど。

「……あんた、その台詞」
「へ?……あっ!!」
今さら慌てて口を押さえたって、もちろんもう遅いのはわかってる。
だけど押さえずにはいられないよ!

ああ~っ、杉ちゃんにぜったいばらさないでって言われてたのに!
しかもパクリ元の本人に、ドヤ顔して言っちゃったよ!
もうっ、もうっ、もう~~~っ!!
近頃の私は完全にダメな子だよ!!

「あ…これは、そのぅ……」
無かったことにはしてくれまいか。まんじゅう味ポップコーン3袋…いや、5袋出すから……。

「……ふんっ、いつまで経ってもそんな事言ってるんだ、あいつ。
全然変わんないわねぇ。
なっさけない。みっともない」
心の交渉術が成功するはずはなく。
見上げる姉の表情は、すでに一面蔑みで染まりきってしまってる。
違うよみっちゃん。杉ちゃんは約束を覚えてたんだよ。だけど私を元気付けるために……!

「ち…ちがっ…!すぎ……」



「ほんっと、いつまで経っても変わり映えしない童貞ね」


え?

「………先生……?」
杉ちゃんじゃなくて?

「なによ?
童貞が醜いドヤ顔して言ったんでしょ。
『生活を組み立てるっていう事は、辛いから、面倒だからってサボれない。とっても大変な事なんだ。
今日だってきっと、みつばちゃんが遊んで帰る頃にはあったかいご飯ができあがってる。
ひとはちゃんが、みつばちゃんたちが帰ってくるのを見計らって作ってくれてるんだ。すごいよね。
お料理も、お洗濯も、お掃除も小さい頃からずっと毎日頑張ってる。今日もみんなが楽しく元気に過ごせるようにって。
今日だけじゃない。明日から先のことまで考えて、おうちのお金をしっかり管理してる。
こんなに頑張ってる子は、世界中探したってひとはちゃんだけだよ』とかなんとか。
姉妹にまでおんなじことしか言えないなんて、かっこつけのバリエーションの少ないヤツね!」
「あ……えっと、うん。そう、だね……」

どういうこと?なんで先生?

「しかも何年も同じ事言ってるなんて、呆れを通り越して引くわぁ。
私がそれ聞いたの6年生のときよ?
…ま、だからいつまで経っても童貞のままなんでしょうけど」

…あっ、そっか。
これ、元々先生が言った事だったんだ。
先生の言葉を自分のものにして、杉ちゃんに伝えたんだ。
きっと、今みたいなすごい上機嫌で。

「…ぷっ、あはは!なにそれ、かっこ悪い!」
「えっ、あ……そりゃそうなんだけど、そこまで笑うほどじゃなくない?
童貞も童貞なりに色々考えて言ったんだろうとは思うし……そこそこ良い事言ってるって思わなくもないし……」
「そ…だね、ぷふっ。
ごめんごめん…くくっ……!
笑っちゃ悪い…よね……っ!みっちゃんも大好きなんだからっ!!」

その言葉が。
今も…今までずっと想い続けてるくらいに。

「へっ!!??」
こ~んな真っ赤になっちゃうくらいに。
くふふっ、耳までそまっちゃってるよ。どれだけ図星なの!
ダメだ、我慢できない……!


「あはははははっ!」


「はっ…はぁああっ!?
ななななに勘違いしてるわけ!?んなわけないでしょ!!ばっかじゃないの!!
ぜんっぜん!これっぽちもすっ…好き、とかじゃないわよ!世界がひっくり返ったってありえないから!!
気持ち悪い事言わないでよね!!」
「くふっ…ふ、はぁ~っ、わかっ…てるって!わかってるよみっちゃん!
あはははは!必死すぎ!!」
「なっ…なによその上から目線……。
っていうかいつの間にそんな大笑いできるくらい余裕になったわけ?
……まさかあんた、今日遅かったのって……っ!!」
「いやいや、ちがっ…ぷふっ!
ごめっ…ぷふっ、でもっ……あはははっ!」
「……………」

あ~ダメだ。ツボに入っちゃったよ。
やめてみっちゃん。顔をプクってしないで。火に油だよ!

「あはははははははっ!苦しっ…あははっ!」
「いい加減にしなさいよ~!」
「ごめんごめんって!くくっ…ふぅ~、はっ。
でもっ、元々はみっちゃんがズルするからだしさ……っ!」
「なっ…なにがズルいってのよ」
しかも最後まで嘘をつき通せない。
そんな露骨に及び腰になっちゃ、後ろに何か隠してるのが丸わかりだってば。

「いやぁ~、別に。
まっ、私から言うようなことはもちろんしないけど、これを知ったらどう思うかな~?」

きっと呆れるだろうな、杉ちゃん。
久しぶりにあの頃みたいに、『みつばめぇ~!』ってムキムキ怒り出すかも。
むふう、ちょっと見たい。

「う……」
効果てきめん。
私の言葉に押されて、みっちゃんはさらに引き下がる。
下がりながらも目をあっちこっちにやって、反撃の糸口を捜してるみたいだけど、
お口の方はパクパクと「あ…うぅ……」って、意味無い音を洩らすのが精一杯。
むふふぅ。これは相当かっこつけて言ったみたいだな。

「……わかったわよ、もうっ。
でも別にそういうのじゃないからねっ!
今さらあいつのウザいお説教なんて絶対聞きたくないだけだから!しょうがなくよ、しょうがなく!」
「はいはい」

どうやらグルグルしてたものを飲み込めたみたいだ。
みっちゃんは胸が反るくらいに背を伸ばて、腰に両手をあてたいつものポーズ。
「勘違いしないでよね!!」
これまたいつもの台詞。……なんだけど…ふふふっ、顔が真っ赤なままだよ。ヤカンを乗せたらお湯が沸きそう。

「今度松原に会ったら言っといて。
あんたの話を最後まで聞いてあげなかったのは、ちょっとだけ悪かったって」

「え?」

今度はさくらちゃん?
なんでいきなりそっちに話が飛ぶの???

「何よ、まだ文句あんの?」
「え…いや……」
文句なんてつけようが無い。
だけど突然進路が変わった理由が不明すぎて、思わずマジマジと見つめてしまう。
顔はまだちょっと赤いまま。
でも、壁は綺麗さっぱりなくなってる。はっきりとわかる。

「でもなんでとつ「さあ、もういいでしょ!この話は終わり!さっさと衣を…あっ!?」 あっ!」

『終わり』って主張したみっちゃんの方こそ、気持ちの切り替えができてなかったみたいだ。
照れとかふてくされとか、わけのわからないものとか。
色々籠もったままの指は、ボウルの中へ黄身と一緒に殻までパラリ。
だから料理のときは集中しなきゃダメだってば。っていうかそもそも片手割りなんてできないでしょ。

「せめて両手をつか「大丈夫っスかひとっ!?みっちゃん!?」

「あ~もうっ!どいつもこいつも!
別に私は大丈夫だっての!!あんたたちと一緒にしないで!!」

やれやれ…ほんとそっくりすぎて参っちゃうよ、私達。

「ふふ…あははははっ!」
「あんたもいちいち笑うな!キラキラがウザいのよ!!」
「おお~、久しぶりに超キレイなひとはっス!」

「ただいま~。帰ったぞ~」

「あっ、パパまで帰ってきちゃったし!
ほらほら急ぐわよ!ふたばも手ぇ洗って手伝いなさい!
私が小麦粉、ふたばが卵、ひとはがパン粉!」
「小麦粉が1番指が汚れないもんね!ズルいズルい!」
「みっちゃんズルいっス!」


「うるさ~~~い!!」