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恋する乙女は女子力100倍だよ!

「三女さん、今度はマフラー編んでるの?」
「…………」
私の問いかけに、大人しい友達はただコクンと首を縦に動かしただけで、また手元の作業に没頭し始めた。

いつの間にか恒例になった三女さん達の家での勉強会。
今日も大きなコタツの上で私と宮ちゃん、杉ちゃん、みっちゃんがカリカリとシャーペンを走らせている中で、
一抜けした三女さんはいそいそと水色の毛糸を取り出し作業に取り掛かり始めた。
……まあ、本当の一抜けは最初の1分でグーグー寝息を立て始めたふたばちゃんなんだけど。
でもコタツの魔力の前では、仕方ない事かなぁ。
窓の外は木枯しさんがひっきりなしに駆け抜けているのに、腰から下はポカポカ別世界で私も幸せすぎて蕩けちゃいそうだよ。
やっぱりコタツはいいなぁ。うちはママがリビングのコーデと合わないからって、置いてくれないんだよね。
う~ん……ママの言う事もわかるけど、生活は生活として……でも似合わないのも確かだし、悩むなぁ。

「その毛糸、初めて見る色だよな。
三女たちは普段使わない色っていうか……矢部っちあたりは好きそうだけど」
「……………………先生用のマフラーだからね」
「えええええええ!??
それってどういう事!?やっぱり三女さんは矢部っちと!?
あっ…クリスマスプレゼントだね!!凄い!ステキ!
輝くツリーの前で頬を染めながら手渡す三女さん!
そしてさっそく首に巻く矢部っち!
『うわあ、凄く暖かいよ!』
『大げさですよ』
『ほんとだって。ほら、ひとはちゃんも一緒に巻こうよ』
『えっ……』
そして近づき、重なるふたりのシルエット!
きゃーーーーーーーーー!!」

 「え~っと、横が6cm、縦が2cm、高さが5cmだから……」
 「みつばって相変わらず算数苦手よねぇ。ほらっ、まずは縦と横で面積を出すのよ」
 「うっさいわね、わかってるわよ。これからやろうとしてたところなんだから」
 「杉崎、こっちの変な形のブロックはどうやって体積を出すんだ?」

「……………はぁ~……。やっぱりこうなっちゃったか。時間が無いから仕方なかったとは言え……。
はぁ~~」
と、三女さんは眉を寄せて重いため息をつく。
歳の差がある上、教師と生徒の禁断の恋なわけだからいろいろ辛いのはわかるけど、
三女さんはもうちょっと柔らかい表情を意識した方がいいと思うんだよね。
せっかく髪も肌も綺麗で、目も鼻も口も耳も整ってるんだから、
もっとこう……自然な感じの表情になったらすっごく可愛いと思うんだけどなぁ。

「これは、あのガチレッドフィギュアとの交換のためにしょうがなく、嫌々編んでるものだよ」
三女さんがその細いアゴで示した先――古い型のテレビの上には、マトリョーシカ(誰がどこで買ってきたの?)と一緒に、
5色のスーツが勢ぞろいしてポーズを決めていた。

「矢部っち、先にクリスマスプレゼントを渡しちゃったんだ。
んも~、ムードわかってないなぁ。ツリーの前で渡さなきゃ!
それに女の子にヒーローフィギュアなんて……あっ、でも恋人が喜ぶものなわけだから、これはこれで正解なのかな」
「あくまでその設定で行くんだね。予想はしてたけど」
「交換って、別にそんなのしなくていいじゃん。
どうせ矢部っちのことだから、ガチャの人形なんて全種余るくらい買ってたんだろ?」
「宮代さんにしては見事な推理だね。ご名答だよ。
……先生はくれるって言ったけど、あの先生に借りをつくったりなんかしたらそれこそ丸井家末代までの恥だから、
マフラーと交換にすることにしたんだよ」
「またまたぁ~!照れ隠しなんてしなくていいから!
それにしても彼に手編みのマフラーなんて、王道中の王道だよね~!」
「……確かに三女は女子力高いわよね、実際。
宮下、あんたちょっとは見習いなさい」
「そう言うお前は編めんのかよ。
だいたいさ、あたしがマフラーって、キャラ違うだろ。
想像してみろよ。教室の隅でピンクのマフラーをいそいそと編んでるあたしを。どう思う?」

「「キモい」」
即答を返したのは杉ちゃんだけでなく、さっきまで算数のプリントにうんうん唸っていたみっちゃんまで加わっていた。

「おい!そこまで酷くないだろ!」
「うわ寒気した。みつば、コタツの温度上げて」
「MAXにするわ」
「コラァ!
吉岡からも言ってやってくれよ!」
「えっ、えっ、えっ……」

頬を染めながら編み棒を動かす宮ちゃん………。

「うん、一生のうちで1回くらいは見てみたいって思うかな。怖いもの見たさっていうか……」
「「ぶふっ」」
急いで返した回答に、即答してくれたのはまたも杉ちゃんとみっちゃんだった。
肝心の宮ちゃんは目にうっすら涙を溜めて、窓の外を向いちゃってる。

「え?あれ?私変な事言っちゃった?」
「…………宮城さんはどうでもいいとして、とにかく私はしょうがなく編んでるんだよ。
先生の手に渡るものに手間をかけるのなんて悔しいから、編み方も可能な限り適当だよ」
ほら、と差し出された水色のマフラーは編み目がばらばらだった。
三女さんの作品はいつもきっちり目が揃って飾り編みまで取り入れられていて、
売り物と大差ないくらいのクオリティなのに、これは明らかに手作り感が丸出しで、
作者の言葉通りの気持ちがそのまま現れてるみたいだ。

「それやたら編むの早いと思ってたら、手ぇ抜いてたのね」
「本来ならこんな不出来な作品は私のプライドが許さないんだけど、
今回は先生にマトモな物を渡してなるものかっていうプライドの方が勝ったよ」
「そ…そうなんだ………」

ある意味すごいこだわりだなぁ。





「はい先生。約束のブツです」

おはようの挨拶が飛び交う朝の教室で、
三女さんが矢部っち用の机に近づいて行き、ポイッと無造作にマフラーを放り投げた。
表情からも声からも動作からも、恋のオーラはまるで見えない。
どころか一切の感情が見えない。
もうずいぶん慣れてきたけど、その姿はやっぱりちょっと怖い。
無表情が作り物みたいな顔立ちをさらに加速させて、周りの景色とそぐわないギクシャクした画になっちゃうんだよね。

「わあっ!ありがとうひとはちゃん!
嬉しいなぁ~~!」
目の前にある静かな画とはまるで正反対に、矢部っちが明るい声と全身を使った身振りで喜びを表現する。
これもいつもの事だけど、まるっきり空回りしていて痛々しい。
こういう空気の読めなさが、いつまで経っても春が来ない最大の理由なんだろうな。

「すごく良くできてるね。それに暖かそうだ。
さすがひとはちゃんの作ったマフラーだなぁ」
「良くできてますか?」
「うん!お店で売ってるのよりも綺麗だよ!」
「はっ……」
会話によって、今日初めて人形の顔に『表情』が浮かぶ。
まるっきり目の前の相手を小ばかにした、嘲笑の表情が……。

「な…何……?」
「ああいえ、先生の目の節穴ぶりが見事すぎて思わず笑いが漏れてしまいました」
「え…あ……え~っと……?」
何のことだか全然わかんないって顔で、矢部っちが目が泳ぐ。
情けないことこの上ないけど、とりあえず目を向けた天井で次の言葉が見つかったみたいだ。
矢部っちは明るさを取り戻し、三女さんへ向き直った。

「な…なんにせよ、手作りマフラーなんて人生初だよ。本当にありがとう、ひとはちゃん」
「はっ……」
そして嘲笑、リテイク。

「……今度はなに?」
「いえいえ。
人生初の手編みの贈り物が小学生の教え子からなんて、実に先生らしくて哀れで笑えました。
そもそも生徒からこんなふうにあっさり物を受け取るなんて、教師としての自覚ゼロですね。
教育委員会に知れたら怒られるだけじゃ済まないかもしれないのに」
「えっ、あそっか。しまっ……。
ひ…ひとはちゃんこのマフラーすごく嬉しいんだけどやっぱ「返却は不可ですから」

今日もまた、慌てた言葉は金属音のような冷たい声でばっさり切り捨てられてしまう。

「ガチレッドを返す気はありませんし、先生に借りをつくるなんてまっぴらごめんです。
まあそのマフラーはもう先生の物なんです。
誰にも見つからないよう教室のゴミ箱に捨てても、埃だらけのクローゼットに一生仕舞ってくれてても、
私は一切気にしませんよ」
「そっ…そんなことしないよ!
確かに生徒からこうやってもらったっていうのは、あんまり良くないのかもしれないけど、
そんなの誰にもわからないことなんだし、こんなにステキなマフラーを仕舞っておくなんてもったいないよ。
今日から毎日してくるからね!
ほらほら、こんなふうに!」
水色のマフラーは、大急ぎの手つきで持ち主の首元に巻かれる。
……あれ?単体で見たときはそうでもなかったけど、こうしてみるとかなり目立つ色合いだ。
矢部っちは服のセンスがダメダメで暗い色ばかり使うから、鮮やかな色だと浮き立っちゃうのか。

「好きにしてください」
「うん!大好きになったから、毎日使うね!」
「………………………………………………………………」
また、正反対の表情が向かいあう。
何も考えてないみたいな底抜けに明るい笑顔と、
眉をぎゅっと寄せたしかめ顔が…三女さん、何かを我慢してるみたい……?

「いやぁ~あったかくて幸せだなぁ~」
「矢部先生~、今週の保険だよりの件でちょっと~」
「栗山先生!何でしょう!なんでもお手伝いいたします!」
正直、矢部っちは栗山っちと向き合うときはもうちょっと目の位置に気をつけた方がいいと思う。
表情がだらしなさ丸出しになるのはもう諦めてあげるけど。

「インフルエンザ予防の……あら、可愛いなマフラー。手編みですね」
うん、やっぱり普通はひと目でわかるよね。
三女さんには悪いけれど、売り物としてはお粗末だから。

「えっ?あ…はい、ちょっと……」
「矢部先生ったら、隅に置けないんだから。
こんなステキな贈り物をしてくれるお相手が居るなんて」
「へっ?いえいえいえいえいえ!違うんですよ!
これはこのひと……じゃなくって、まあ、女の子から贈ってもらったものではあるんですが、
いろいろ事情がありましてですね」
「ふふふっ、惚気話を聞かされないうちに退散しておきます。
保険便りの件は海江田先生にお願いしますから。
じゃあ!」
「栗山先生ぇ~~~~!」

いつものように、表情は正反対。
情けない泣き顔と、愉快そうな笑顔。
まるで、何もかもが計算どおりに進んだ目の前の画が愉快で堪らないっていう、歪んだ笑顔。
……ほんと、表情で損してるよ。
もったいない。


「むふう」



<おわり>