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――――――――――


「だ~っ、やっぱ今日はスロットやめときゃよかった」

ゲーセンの自動ドアを潜ったところで、日の落ち始めた空に向かってひとり愚痴る。
せっかくのメダルがかなり吸い込まれちまった。
気のノらねえ日は、出が悪いんだよな。わかってはいたんだが……ちくしょ。
俺はムカつきをちょっとでもごまかすため、愛用の『69』帽のツバを意味無くいじってから、
チャリ置き場へ足を向けた。

あの後一旦家へ帰った俺は、着替えてからノートをコピーしにコンビニへ行こうかと思ったんだが、
気を勉強に向ける気力がどうしても沸かなかったんで、ちょっと気晴らしに駅前までやってきた。
そして、結果は見ての通りってわけだ。チッ、順調に増やせてた最初でやめときゃよかったぜ。

「くそっ」

イライラする。
何がってわけじゃねえ、何もかもがムカつく。
チビ女も、弓野郎も、杉崎も。
シノケンまで好き勝手いいやがって。何が『髪長姫を脅してる』だ。ふざけんな。
ムカつく。ムカつく。ムカつく。じめついた重ったるい空気も鬱陶しい。
モスグリーンのタンクトップに薄手の迷彩ズボンの、これ以上ないくらい軽装なはずなのに、
汗が後から後から吹き出てくる。
太陽が居なくなったんだから、とっとと涼しくなりやがれってんだ。

「……晩メシ食ってとっとと寝るか」
今日はもう何もする気になんねえ。ノートのコピーも明日で良いや。どうせ一週間あるんだ。

この後の予定を脳内で組み上げた俺は、まとわり付いてくる鬱陶しいモノ全部を蹴り飛ばすつもりで、
足をペダルにたたきつけた。

シャー

うっし、我ながらいい加速だ。そしてハンドル捌きも華麗だぜ。
車と歩道の間に生まれた細いスペースを縫って、駅前を駆け抜ける。
前輪によって高速で回されるダイナモが、俺を喝采するかのように快音を鳴らす。
そして風が身体に当たり汗を吹き飛ばすと同時に、雨の匂いを運んできた。
くあ~っ、涼しくて気持ちいい……雨の匂いだと?

パラパラ...ザー

「げっ」

水滴が帽子のツバを叩いたとおもったら、すぐさまアスファルトが真っ黒に染まった。
よりにもよってゲリラ豪雨かよ。とことんついてねえ。
…かまうもんか、濡れたってすぐ乾く格好だし……?!
さらに加速するため足に力を込めたところで、視界とケツがガクガク揺れだした。
この感触……嘘だろ、パンクしやがった!!
急いで愛車の後輪に目を向けると、予感の通りタイヤが無残にひしゃげてやがった。

今日は最悪だ!!

泣きたくなる気分を押さえ込んで、とにかく避難場所を…と見回すと、
ちょうど進行方向左手に、シャッターの下りた文房具屋が、
自転車1台分ちょっとくらいの広さの屋根を突き出しているのが見つかった。
すぐさま俺は残っていた勢いごと、安全地帯へと身体とチャリを滑り込ませる。


「ふう……。
くあぁ~……最っ悪だ……」

ザー...

…はぁ~あ、パンクしちまったものは仕方ない。
この雨脚も長くは続かないだろうから、ちょい雨宿りしてから押して帰るか。
おふくろに晩メシ待ってくれって電話……ま、いいか。めんどくさい。言わなくても待ってくれるだろ。

ジャバジャバジャバ

「そこの緑色!ちょっとどきなさい!」
「あん?」
一息ついたところに突然、盛大な雨しぶきと一緒に、命令形が俺に向かってきた。
その方向へ顔を向けると、淡い栗色の髪の女が必死の形相でチャリをこいでいるのが、雨のカーテン越しに見えた。
運転者の様子と裏腹に、その速度は大したことはない。
前カゴいっぱいにつまったスーパーのレジ袋のせいも有るんだろうが、それにしたって遅い。
……体力無い上、自重が重いんだよな、コイツ。

「……!!
ぼさっとしてんじゃないわよデカブツゴリラ!私が風邪ひいたら国家の一大事よ!
さっさとどきなさい!」
向こうも俺だってことに気付いたみたいだ。根拠不明の上から目線がさらに一段昇った。
いきなりこんな態度で来られたら拒否するのが普通だろうが、一応付き合いは長いんだ。
心の広さを見せて、場所を空けてやるとしよう。

「へえへえ。
久しぶりだな長女…って待て停まれ危ねぐわっ」
「きゃっ!」

ガシャン!

信じられないことに長女は、勢いを殺さず鉄のフレームごと突っ込んできやがった。
スペースを空けようと体を傾かせていた俺は、(雌豚の体重+自転車)×スピードを喰らって、
濡れた石畳に勢い良く吹っ飛ばされてしまう。

「いってえっ!」
「おっとっと……ふう、上手く停まった。さすが私ね。
あー、これでひと安心だわ」
なんとか上半身を起き上がらせると、さっきまで俺の立っていた場所では、
丸井家長女、みつばが満足そうな表情で人心地ついていやがった。
そのまま、背中まで伸ばした髪を慣れた手つきで軽く絞り、赤いカチューシャを1度外してパパッと水滴を払う。
謝罪の言葉は一向に出てこない。

「なに考えてんだクソ女!!停まれよ常識以前の問題として!!」
「うっさいわね。
私の進行方向にボーっと突っ立てるからよ。ほら、あんたの自転車も早く退けなさい。
私のがちゃんと入らないじゃないの」
「マジぶっ殺すぞ雌豚!!」
「ぎゃんぎゃん吠えないでよ、うっとうしい。
早く自転車退けなさいってば。特別にあんた自身は端っこに入らせてあげるから」
「ここ、俺が先に入ってたろうが!お前が出て行けよ!!」
「こんな美少女が、あんたみたいなガラ悪いゴリラと一緒に雨宿りしてあげようって言ってるのよ。
ありがたく思いなさいよね」
コッチの命令を無視して、長女は自転車から降りて本格的に滞在準備を始めやがった。
デニムの短パンからハンカチを取り出し、薄ピンクのキャミソールから露出した肩を丁寧に拭いていく。
動きの振動で、アゴ先から雨粒がひと粒ポトリと落ちて、胸の谷間に消えていった。
……こいつ結構おっぱいでかくなったよな……って違う!

「おい!出て行けって言ってんだろが!!」
「こんなか弱い女の子を雨の中放り出そうなんて、どうかしてるんじゃない?
いいじゃない、あんたもあんたの自転車も、濡れようが雷にうたれようが大した被害じゃないわ。
こっちなんて明日明後日のお弁当のおかずが入ってるのよ」
言って、長女はカゴのレジ袋を指差す。

……ちっ、気に入らんが、しょうがねえ。

「……なんでお前がスーパーで買い物なんてしてんだよ」
立ち上がって軒先へと戻った俺は、渋々ながらも愛車を雨の下へと移動させ、スペースを広げる。
この女がこんなもん持ってるときに出会っちまうとは、タイミング悪いぜ。

「バイトの終わりとスーパーの特売が重なるから、ひとはにいつも色々頼まれてんのよ。
私は年がら年中能天気に遊びまわってるあんたと違って色々考えてて、色々忙しいの。
そっちはどうせゲームセンター帰りでしょ?」
「うるせえ」
「あんたただでさえガラ悪いんだから、もうちょっとマトモな遊び方しなさいよ。
しかもなにそのカッコ?かっこいいつもり?暑苦しいのが余計ひどいわよ。
ワキ、毛が見えてキモいんだけど。死になさい」
「うっせえ!!」
なんでこいつは…女ってのは余計なことばっか言うんだ。ムカつくぜ。
怒鳴られたのを気にせずに、澄ました顔でピンク色のケータイをいじってんのが更にムカつく。
おまけにクマやらウサギやらストラップをごてごて付けやがって、ジャラジャラうるせーんだよ。

「…あっ、もしもし。ひとは?
…うん、最悪。ちょっと雨宿りして帰るわ。
…大丈夫よ。隣に千葉居るから。こいつ無駄にゴツイし。
…そうね。ま、ブタゴリラの方は、美少女を襲ってると勘違いされて通報されるかも知れないけど」

あーくそっ!さっさと止めよ雨!!


ザー...


「……………」
「……………」
長女のチャリを挟んで、シャッターの左端で俺が、右端で長女が、それぞれ背を預けて降りしきる雨を眺める。
雨の勢いは大分ましになったが、まだここから踏み出そうとは思えない。
頼むからマジでそろそろ止んでくれよ。甘ったるい匂いがするせいで、むちゃくちゃ腹減ってきたぞ。
さっき跳ねられたときに、トランクスまでぐしょぐしょになったから気持ち悪いんだよなぁ。
いい加減左肩が冷たいのも我慢できなくなってきたし。雌豚の野郎、横幅でかいんだよ。

「ねえ」
雨音に、違う音が混じる。

綺麗な声だな。

不覚にも、感想を浮かべてしまう。
昔から思ってたが長女は……こいつら三つ子って、妙に綺麗な声してやがるんだよな。
……まあ、綺麗なのは声だけじゃなくて……三女さんとは比べもんになんねえけどさ。

「ねえって言ってるでしょ。
私が呼んであげてるんだから、1秒以内に返事なさいよ」
「うっせ。…なんだよ?」
「あんたこんな遊びまわってていいの?
バカ過ぎて進級も危ないんでしょ。ひとはが心配してたわよ」
「超大きなお世話だよ!!」
「来週テストなんでしょ。
成績のいいひとはが帰って勉強してるのに、最底辺バカのあんたがゲームセンター行ってるとか、
寝ぼけてるか脳が腐ってるとしか思いようがないんだけど」
「う・る・せ・え!
さっきから大人しく聞いてやってりゃ、誰がバカだ!誰が!!
てめえとは高校のレベル自体に差があんだよ!!
東高でギリ中間のお前が相手なら、余裕で俺のが上だっての!!」
「なっ…なんですって!!」
チャリをはさんだ向こうで、赤カチューシャ女が目を吊り上げる。
はんっ、そうだよこんなヤツ相手にムキになることないんだった。立場は俺の方が遥かに上なんだ。

「おっと、俺としたことが。
東高のバカ女相手に声を荒げるなんて恥ずかしいぜ。いかんいかん」
「むっか!
なによ、あんたなんてちょっとバクチに勝っただけじゃない!
中3のとき、担任から無理だからやめとけってしきりに言われてたくせに!!
むしろあの頃、私の方が順位上だったでしょ!!」
「はぁ~あ、負け犬の遠吠えは哀れですなぁ。
あっ、『負け犬の遠吠え』って意味わかりますかぁ?難しい言葉使ってすみませーん」
「ぜったい殺すブタゴリラ!ムサい!汗臭い!ハゲ隠しの帽子がウザい!!」
「帽子の下は普通だよ!!何回言えばわかんだバカ女!!」
「どぉ~だかしらね。
何年も何年も、わざわざ古臭い学帽まで買って被ってるなんて、ハゲてるからとしか思いようがないわ」
「違ぇってんだろ!
この帽子は繊細な男心っつーか、付き合いっつーか、複雑な事情があんだよ!!」
「なによ男心って!キモいわね!!さっきも文句言うふりして私の豊満なおっぱいガン見してたし!!
キモ過ぎてキモ死しなさい!!」
「うっ…なっ……見てねーよんなもん!
豊満っつーかお前はただの豚だろうが!!
土日に思い出したかのようにジョギングしてるのが見苦しいんだよ!!」
「あっ…あれは健康のためにやってるのよ!ダイエットなんか私には必要ない…あっと」
長女は無駄な反論の途中で、身体をビクッとひるませたかと思ったら、
慌てた手つきで短パンのポケットからブルブル震えるケータイを取り出した。

「ロッカー入れた時にマナーにしたまんまだったわ……家か」

ピッ

「…なに?今忙しいんだけど。
…えっ、とっくに雨やんでる?」
「お?」
長女が向けた目線を追って外を見てみると、空には三日月がくっきり浮かんでいた。
どうやら目の前の事に注意を奪われて、無駄な時間を過ごしちまったみたいだ。

「…色々あったのよ。
…わかってるわよ、すぐ帰る。じゃね」

ピッ

「ああもうっ、あんたのせいで晩ゴハンが遅れちゃったじゃないの」
文句を垂れながら、さっそく長女は自転車のスタンドを戻して発進の準備を始める。

「こっちの台詞だっての。
…………あー、送って…俺、ゆっくり目だったら漕いで帰れるぜ」

何言ってんだ俺は。……いやしゃーねえだろ、もうかなり暗いんだから。
こんなヤツでも一応女なんだし、むしろ帰り道ほとんど一緒なんだから当たり前っつか、いいじゃん!
そういう気分のときもあるんだよ!!熱くなんな俺の顔!!

「?
……ああ」
長女が、いざ出発しようとペダルに足をかけた格好で、コッチへ振り返る。
ぽかんとしていたのは一瞬で、すぐ俺の意図に気付きやがったのか、目を糸にして楽しそうに笑った。
最悪だ。いつもみたいに気付かず流せよな。
しかも……ちくしょ、こういうときだけ素直な笑顔とかやめろ!!

「大丈夫よ、15分もかからないんだし、この辺明り多いし。
あんたこそ風邪引かないよう、さっさと帰ってシャワーでも浴びなさい。
ちゃんとテスト勉強もしなさいよ」
「うっせ。とっとと行け雌豚」
「じゃあね。
ひとはを心配させてるって事、ちゃんと考えなさいよ」
最後まで余計なひと言を残して、太めの――ってネタで言うほど太いとは思わんが――身体が風に乗る。

ジャバジャバジャバ...

さて俺も行くか、と愛車のハンドルを押したところで、

「あっ!そうだー!!」
前の方で、小さくなった背中が止まって大声を上げた。

「あんだよー!」

「肩、濡らしてくれてありがとー!一応お礼言っておいてあげるー!
本当に一応だからねー!!勘違いしないでよねー!!!」

ジャバジャバジャバジャバ

……屋根から外れたとこまで寄ってたの、バレてたか…。
あぁ、くっそっ!!
いつもいつも鈍いくせに、なんでこんなときばっか良く見てんだ、あの女!

「何もかも上手くいかねぇな!!」
むしゃくしゃする気分をまぎらわすため、すぐ横にあった空き缶入れを蹴っ飛ば……そうとして、やめる。
……俺は別に不良じゃねえんだ。無意味に物壊したり汚したりしないっての。

「……ううっ…風が寒ぃ……。
ちっ……」



そして家へ帰ると、晩メシはとっくに片付けられていて、
俺はカップラーメン2つで我慢するハメになった。



なんだそりゃあ!!!

「当たり前に決まってるだろ。
遅くなるなら連絡よこしな、バカ息子」






机の上に広げたノートには、綺麗な文字が綴られている。
うむ。持ち主のイメージ通り、コンパクトで良く整ってる。
更には赤青緑のペンで色分けされて、華やかさも備えてると来た。
唯一問題なのは、内容が全くわからん事だ。

「ジドウシにタドウシぃ?
めんどくせーなぁ……」

英文の上下に書かれた『ポイント』らしき日本語は、
けれどさっぱり意味がわからず読み手を混乱に陥れるばかりだ。
外人はマジでこんなの意識して会話してるんだろうか?アメリカ人に生まれたかった……。

「……だーヤメヤメ!
今日はシャワーあびたしメシ食ったし、もう勉強無理!早めに寝て明日の朝やろう!!」

サクッと英断を下して、教科書とノートを本棚(8割漫画で埋まってる)に戻す。

「……………………」
戻した手をずらし、本棚からB5サイズの薄い紙包みを取り出す。
大分手垢が付いてしまったが、昔からむしゃくしゃしてるときはなんとはなくこれを見てしまうんだよな。
なので、まあ、やっぱり今日も手にとってしまったというわけだ。

俺は左手で紙袋を軽く持ち、右手で慎重に、貴重なその中身を引き出す。
中身……かなり昔の『主婦の友』を。

『私があげたせいで殴られちゃったね…』
『いいよ』

「……………三女さん……」
表紙を見ていると、色んな事を思い出す。
コレをプレゼントしてもらった日の事とか、一緒にザリガニ釣った事とか、
鉄棒でちょっとしたイタズラをしてしまった事とか。

中学の帰り道、夕日に照らされたあの横顔とか。

明るい思い出が内側に染みこんで、心を緩ませてくれる。
無礼な雌共……松原もチビ女も杉崎もみつばも、まあ許してやろうかという気持ちになる。
まったく。ちょっとは三女さんを見習って、おしとやかにしろよなあいつら。
ふた言目にはキモいだのイタいだの。この俺のどこが………………「おいちょっと待て」

あれ?冷静になると俺、なにを何年も前にシャレで渡された雑誌を大事してんだよ。
しかも表紙だけ見て癒されてるとかマジでキモくね?
ってか、運よく近所に住んでるってだけで何も頼まれてないのに、バクチの受験してまで同じ高校入って、
補習で苦しみながらそれでも付きまとってるって、勘違い男もはなはだしくね?
真性にイタい気が……。

「……寝よう!」
今度こそ決めた!今日はもう寝よう!

本を紙袋へ、そして本棚へ戻す。
明りを消して、ささっと布団へ身体を横たわらせ、ぎゅっと目を閉じれば……


『突然調子付いて、かなりイタかった』
『自分ができへん方やってわかっとるなら、人の倍の努力しろや』
『底辺な自覚が全然足りないのよ』
『ちゃんとテスト勉強もしなさいよ』


「わかったよ!地道に毎日勉強すりゃいいんだろ!!!」

もっかい、今度こそ、俺は真面目に机に向う。
夢見てるだけじゃ、明日はマシにならないことくらいわかってんだよ、俺だって。