俺の妹がこんなに可愛いわけがない 8?


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1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 16:08:15.20 ID:PMiLBts90
    「呪いは――解けないわ」
    「は?」
    「い、一度かかってしまった呪いは……もう二度と"解呪"することが叶わないの」
    「話が違うじゃねえか。確かおまえの『願い』を叶えれば、呪いは解けるんじゃなかったか?」
    「そうね。確かに……『私の願い』が叶えば、呪いは解ける。
     ただ、それはあなたにかかった呪いがなくなるという意味ではないのよ」

    言ってる意味が分からない。
    黒猫のやつ、完全に電波入ってるが――しかし彼女の余裕のない必死な表情を見ると、
    『いい加減にしろ』なんて言えるわけもなかった。
    「じゃあ……"解呪"ってのは?』
    「もっと強力な呪いで、いままでの呪いを上書きすることよ』

    そうして黒猫は、世界でもっとも強く、古く、恐ろしい呪いを口にする。

    「私と付き合ってください」

    白皙の頬が、西日の中でも分かるくらいに紅潮していく。
    左手はワンピースの裾を握りしめ、膝は幽かに震えてさえいる。
    それでも双眸は逸らさずに、まるで逃がさないとでも言うかのように、俺をひたと見据えていた。

    「え……それって……」

    麻痺していた脳味噌は、数秒掛けて、やっと今の状況を理解する。
    『黒猫』が『俺』に『交際』を申し込んできた。
    曲解する余地を残さない、真っ直ぐな言葉遣いで。

4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 16:56:05.80 ID:PMiLBts90
    「…………」
    「…………」

  俄に始まった蝉時雨が、俺と黒猫の間に横たわる沈黙を満たす。
    黒猫がどれほどの勇気を振り絞って告白に踏み切ったのか、俺には想像することもできない。
    それでも、黒猫の気持ちが本気だということはひしひしと伝わってきた。
    これまでの後輩と先輩、妹の友達と友達の兄という関係を壊すことになると分かっていてなお、
    黒猫は俺に『付き合ってください』と言ったのだ。
    告白された側に与えられる選択肢は、究極的には首を縦に振るか、横に振るかの二つしかない。
    しかし俺は禁じ手を使った。

    「あのさ、黒猫……返事は、少し待ってほしい」

    華奢な肩がびくりと震え、思い詰めたような表情がふにゃっと崩れる。

    「……どうして?」
    「い、いきなり告白されて、びっくりしてさ。
     気持ちの整理がついてないんだ。
     いい加減な返事はしたくねえし……ダメか?」
    「いいわ」

    黒猫は俯き、胸に添えていた右手で目を拭うと、どこか醒めたような口調で言った。

    「"呪い"をそのままにしておくか、"新たな呪い"で解呪するか。
     後で悔やむことのないように、よく考えて頂戴」

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 17:34:10.20 ID:PMiLBts90
    踵を返す黒猫。
    その白い後ろ姿にかける言葉を俺は持たなかった。
    停滞していた時間が再び動き出したように、一陣の夏疾風が校舎裏を吹き抜ける。

    「はぁー……っ」

    盛大に溜息を吐いて、自己嫌悪に浸る。
    何が『いきなり告白されてびっくりした』だ。
    何が『気持ちの整理がついてない』だ。
    俺は黒猫に好かれていることを少なからず自覚していた。
    告白される展開を、告白されたときに黒猫にどう応えるかを、想像してさえいた。
    なのに、いざそれが現実になったとたんにこのザマだ。
    なぜ第三の選択肢を選んだのか、と聞かれれば、
    とっさに今の環境と黒猫と付き合う未来を天秤にかけた挙げ句、
    どちらが重いか見極めきれなかったからという他ない。
    それは純真無垢な黒猫の気持ちを、土足で踏み躙る行為にも等しい。

    「最低だ」

    できることなら百メートルくらいの助走をつけて、自分の顔面をぶん殴りたい気分だよ。
    桐乃は『明日打ち上げのやり直しをする』と言っていたが……俺はどんな顔して黒猫と会えばいいんだろうな?

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 17:50:34.49 ID:PMiLBts90
    家に帰ると、桐乃が階段の二段目に腰を下ろして、膝を抱えていた。
    電気もつけないで何やってんだこいつ。

    「ただいま」
    「………」

    無視かよ。大好きなエロゲの宅配でも待ってるのか?
    俺は靴を脱いでリビングに向かいかけ、
    次の瞬間、手首を掴まれ強制的に振り向かされた。

    「どこ行ってたの?」
    「どこって……どこだっていいだろ。手、離せよ」

    力を込めると、それに応じて桐乃も握力を強めてくる。
    デジャビュ。そういや、これと似たようなことが最近あったっけな。
    桐乃が御鏡と付き合いだしたと仰天告白してきて、
    年甲斐もなく取り乱した俺は、わざわざ玄関先で妹を待ち伏せ、その真偽を問い詰めた。

12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 18:24:46.30 ID:PMiLBts90
    俺は黒猫に告白されたことを明かすことにした。
    勘の良いこいつのことだ、明日の打ち上げで再会した俺と黒猫の態度で、
    だいたい何があったのかは察してしまうだろうし、
    第一、黒猫は俺に告白する前に、桐乃にそのことを話していたのではという予想があったからだ。

    「黒猫に呼び出されて、会ってきた」

    ピン留めされていないせいで前髪が桐乃顔の上半分を覆い、表情が伺えない。

    「会って、どうしたの?
     二人して突っ立ってたわけじゃないよね。何話したの?」
    「……黒猫に付き合ってくれと言われた」

    桐乃はぎゅっと下唇を噛み、

    「それで?
     あ、あんたは黒いのと付き合うことにしたわけ?」

    無意識にやってんのか知らんが、跡形が残りそうな強さで俺の手首を握りしめてきやがる。
    俺はたまらず首を横に振った。

    「えっ……」

    桐乃が面を上げる。
    前髪の隙間から覗いた碧眼が、僅かに充血していたように見えたのは俺の錯視か?

    「痛ぇよ。いい加減離せ」

    今度はあっさりと解放してくれた。
    それどころか反射的に「ごめん」と謝罪の言葉まで口にする桐乃。

13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 18:49:15.00 ID:PMiLBts90
    「そっか。そっかそっか。ふぅ~ん……」

    それまでの緊張した空気から一転、桐乃は和やかな雰囲気を身に纏い、

    「あのね、お母さんとお父さん、今日は外で食べてくるんだって。
     あたしたちはどうする?
     お母さんにお金もらってるんだ。
     兄貴は外食がいい?それとも、家で何か作ろっか?」

    ホットパンツの後ろポケットから、くたびれた二千円札を取り出してみせる。
    なんでそういうことを桐乃には伝えて、俺には何も言ってくれないんだろうなあ。
    知ってたら帰りにスーパー寄って、適当に食材見繕ってきたってのによ。
    今更夕飯の支度する時間はねえし、外食は誰かに妹と一緒にいるところを見られたら面倒だ。

    「家で食べよう。何かできあいのモン買ってくるよ」
    「そう、だよね。あたしもそっちの方がいいと思ってたんだ。
     家で二人で食べる方が、落ち着くし……。
     買い物、あたしも一緒にいこっか?」
    「別にいいよ。お前の弁当の好みは知ってるし、家で待ってろ」

    金貸せ、と手の平を差し出す。
    桐乃はその上にお袋からもらった金を乗せるかと思いきや、後ろ手に隠し、邪気のない笑顔を向けてきた。

    「なんのつもりだ?」
    「とってみて?」

    なにガキみたいなこと言ってんだ。

    「ふざけんなって。時間の無駄だろ。ほら、さっさと寄越せ」
    「お、怒んなくたっていいじゃん……はい、二千円」

15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 19:19:14.04 ID:PMiLBts90
    「お、おう」

    こいつホントに桐乃か?
    普段から『キモい』だの『死ね』だの罵詈雑言の限りを浴びせかけられているせいだろうか、
    まるで性格が変わったように上機嫌で馴れ馴れしい桐乃に、違和感を覚えずにはいられない。
    つーかお前、俺と黒猫の件は、もうどうでもいいのかよ?
    俺はモヤモヤした気持ちを胸に宿したまま、さっき脱いだばかりの靴を履き直して家を出た。
    背後に「いってらっしゃい」という温かい声を聞きながら。



    「きょうちゃん?こんなところで何やってるの?」

    俺が弁当売り場で物色買いしていると、聞き慣れた声が耳朶に触れた。
    振り返ると、私服姿の幼馴染みが、カートを押しながら近づいてくるところだった。

    「麻奈実か。お前こそこんな時間に買い物かよ?」

    腕時計を見る。
    高坂家のようにぴったりと時間が決まっているわけじゃないが、
    田村家でも曖昧に夕食が始まる時間というものがあって、ちょうど今がその時間だ。

    「家にビールが無いこと、すっかり忘れててねえ、慌てて買いにきたんだぁ。
     お爺ちゃんもお父さんも別にいいって言ったんだけど、やっぱり食事の席にはお酒がないと寂しいでしょ?」
    「んー、酒が飲めねえ歳の俺に聞かれてもわかんねえよ」
    「あっ、それもそうだね」
    「麻奈実、自分が婆さんだからって、俺まで爺さん扱いすんじゃねえぞ」
    「ひ、ひどいよきょうちゃ~ん」

16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 19:37:26.75 ID:PMiLBts90
    お馴染みの遣り取りをしつつ、弁当をふたつ、麻奈実の買い物かごに突っ込む。

    「会計のときまで入れといてくれ」
    「あれ、きょうちゃん、今日はどうしてお弁当なの?」
    「親父とお袋が家空けててさ。
     俺もついさっき帰ってきたばっかで、時間もなかったから」

    麻奈実は俺の外出の目的は聞かずに、一瞬、ぱぁっと顔を輝かせて、

    「じゃ、じゃあ、うちで晩ご飯食べていかない?
     いわお、最近きょうちゃんに会えなくて寂しがってたし、
     わたしもね、きょうちゃんが来てくれたら、食卓が賑やかになっていいなあって……」

    晩飯に誘うだけなのに、あたふたとしている幼馴染みについ笑みが零れてしまう。

    「ど、どうして笑うのぉ?」
    「悪い悪い。飯、誘ってくれてありがとよ。
     でも今日は遠慮しとくわ。家で桐乃が待ってるんだ。
     あいつは多分家で食べたがるだろうし、
     あいつを一人家において、俺だけ田村家でご馳走になるのはいい気がしないからな」
    「そっか。うん、分かった。
     あっ、でもね、一応桐乃ちゃんにも、うちで食べないかどうか聞いてあげて?」
    「おう……って、携帯忘れた。麻奈実は?」
    「わたしも急いでたから……あはは、じゃあ仕方ないねえ」

    それから俺たちは一緒に酒類売り場を回り、会計を終えて、スーパーを出たところで別れた。

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 20:10:32.18 ID:PMiLBts90
    『ビール重いだろ?家まで持ってやるよ』と申し出たことには申し出たのだが、
    『桐乃ちゃんが待ってるんだから、早く帰ってあげて、おにいちゃん』と言われると、何も言い返せなくなる俺だった。
    ま、あいつの家は本当にスーパーのすぐ近くだからな。
    ビール六缶セットも、麻奈実のたぷたぷした二の腕の運動に丁度いい重しになるだろうよ。
    峠はとうに過ぎているものの、未だ日は長く、残照が空を藍色に染めている。
    ふと、何の前触れもなく、俺はついさっきの出来事が、
    黒猫に告白されたとき、俺が黒猫と付き合う未来と比べた現在のひとつであることに気がついた。
    もしも黒猫と付き合えば、俺はこれまでと同じように、
    麻奈実と二人でどこかに出かけたり、一緒に飯を食ったりということができなくなる。
    それがイヤだから、この温かい関係が壊れてしまうのが怖かったから、
    いつか赤城に『麻奈実に彼氏ができたんじゃないか』と仄めかされたとき、『そんなことは許さない』と言ったんだ。
    翻って現在、俺は黒猫に告白されて、その答えを保留にしている。
    もしも俺が黒猫と付き合えば、麻奈実は悲しむ。
    これは自惚れじゃない。分かるんだよ。俺が何年あいつの幼馴染みをやってきたと思ってる。
    麻奈実は俺と違って負の感情を滅多に表に出さないやつだから、きっと表面上は、俺と黒猫の交際を祝福してくれるだろう。
    でも、それで最後だ。
    麻奈実は黒猫に遠慮してあまり俺に絡まなくなるだろうし、俺も麻奈実と仲良くすることに負い目を感じるようになるだろう。
    要は、取捨選択なのだ。
    黒猫との関係を友達から彼氏彼女に進めるなら、
    麻奈実との関係を仲の良い幼馴染みから知り合い程度の友達に戻さなくちゃならない。

    「荷物、強引にでも持って帰ってやればよかったな……」

    誰にも聞こえない大きさの声で、そう独りごちた。

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 20:36:29.79 ID:PMiLBts90
    飯、風呂と夜の必須行事を終えた俺は、
    自室に籠もってベッドに寝転び、英単語カードを捲っていた。
    『Monica just wanted to comfort Bill,but he interpreted it as romantic interest』

    「モニカはただビルを慰めたかっただけなのに、彼は彼女が自分に気があるのだと解釈した、か」

    桐乃が海外に留学して寂しい思いをしていた俺を、黒猫は慰めようとしてくれた。
    その積極性を、俺への恋慕の発露なのではないか、いやそれは考えすぎだろうと悩んでいた時分が懐かしいね。
    黒猫はいったい、いつ、俺のことを好きになったんだろう。
    『好きよ……あなたの妹が、あなたのことを好きなくらいには』
    あのとき既に、黒猫の好意は、恋心に変わっていたのだろうか。
    そのとき、"とある仮定"が脳裏を掠めた。
    第六感が『それには触れるな』と警鐘を鳴らす。
    俺は寝返りをうち、単語カードを一枚捲った。
    『You're as indecisive as ever.Isn't it about time you settled down?』

    「相変わらず優柔不断だな、いい加減落ち着いたらどうだ……はっ」

    余計なお世話だ。
    単語カードを投げ出し、大の字になって目を瞑る。
    眼窩に投影される、右手を胸に添え、左手で服の裾を握りしめた黒猫の艶姿。
    ちゃんと、返事しなくちゃな……。

    「兄貴?」

    ノックの音が響く。

    「桐乃か?どうした?」

23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 21:13:51.51 ID:PMiLBts90
    桐乃は遠慮がちにドアを開けると、ひょこっと顔を覗かせて、

    「シスカリやんない?」

    俺はベッド脇に転がった単語カードを一瞥して、

    「いいぜ」

    このまま勉強を続けても、全然身に入りそうにないしな。

    「お前の部屋でやるのか?」
    「は?あんた何言って――ううん、あたしの言い方が悪かったんだよね。
     下でシスカリαしよ。明日のために特訓するの」

    ああ、そういうことね。
    ちなみにシスカリとは個性溢れる妹たちを操作して戦うPC格闘ゲームのことで、
    シスカリαはそのコンシューマ版にあたる……って、今更説明する必要もなかったか。


    さて一階リビングの大画面TVで格ゲーを始めた俺たちだったが、一時間もしないうちに、俺は半ば戦意を喪失していた。
    戦績は酷い有様だ。はん、こうなることは分かってたさ。
    PC版でも滅多に勝てない俺が、いくら良調整されたとはいえ、コンシューマ版で勝てるわけがねえんだ。
    最近はゲー研や黒猫のコミケ活動で忙しかったし、暇な時間は受験勉強に充ててたしな。

    「言い訳カッコわるぅ~。
     あんたってホント、いつまで経っても下手なまんまだよねえ。
     根本的にゲームに向いてないんじゃないの?」
    「うるせえ。もう一戦やんぞ」
    「はいはい。あたしはいくらでも相手してあげるケド?」

24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 21:38:17.26 ID:PMiLBts90
    キャラ選択、ステージ選択が終了し、ロード画面が表示される。
    その折に桐乃は身を乗り出し、テーブルの真ん中に置いた小皿から、クッキーを一つ摘んだ。

    「なあ」
    「なに?」
    「さっきから気になってたんだが……やっぱさあ、体、近くねえか?」

    斜めから画面を見たくない、クッキーから平等な距離を取る等の理由から、
    ぴったりと体を寄せ合う形でソファの上に座ることを強制されているのだが、
    試合展開の如何に興奮した桐乃がぴょんぴょん跳ねるたびに、
    ダイレクトに桐乃の体温や体の柔らかさが伝わってくるわ、
    しかも風呂上がりということもあってか、桐乃のしっとり濡れた髪からは純粋な女の子の香りが漂ってくるわで、
    いくらこいつがただの妹で、性欲の対象にはならないと頭で分かっちゃいても、
    反応しちゃうものは反応しちゃうわけですよ。

    「キモ。妹相手に、なに意識しちゃってんの?
     あ、あたしはそんなの全然気にしてないし?馬鹿じゃん」
    「へいへい」

    やっぱり俺は、お前に馬鹿だのキモいだの罵られる方がしっくりくるよ。
    つーかお前、結局場所はこのままなのな。

    「ほら、試合始まったよ!」

    俺は思考を切り替えて、画面に集中する。
    俺の操作する妹は中堅クラス。対する桐乃の妹は公式認定されているほどの強キャラだ。
    いわゆるぶっ壊れキャラである。

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 22:00:08.94 ID:PMiLBts90
    手数も技の使い勝手もあちらの方が上で、必然的にこちらは防戦一方になり、
    最早差し合いとコンボ精度を競うゲームではなく、
    いかに性能差を引っ繰り返し、桐乃のミスを誘って堅実にダメージを与えていくかというゲームになっている。

    「っしゃ、来たーっ!」

    画面中央からコンボが始動する。
    桐乃も時間を見つけて練習に励んでいるようで、
    今では滅多に操作ミスせず、最大ダメージをとりにくる。
    初めて一緒にシスカリをプレイしたときに比べりゃ、うまくなったもんだよ。
    これでも黒猫の実力にはまだまだ程遠いんだろうけどさ。
    それからも立て続けに三度コンボを決められ、残る俺の妹の体力ゲージは数ドット。
    あと一撃でも攻撃を食らえば防具は粉々に砕け散り、
    俺の操作する妹は黄色い悲鳴と共に赤裸を晒すことになる。

    「あーあ、ちょっと残っちゃったか。超必殺技使っとけばよかった」

    慎重な立ち回りを心がけ、遠距離からの牽制に徹する。
    ちなみに時間制限は設定でエンドレスにしてある。

    「おらっ、早く死ねっ」

    良い笑顔で物騒な台詞を吐くな。
    逃げながら遠距離攻撃を放つという単調な操作を繰り返していると、
    不意に、桐乃に尋ねたいことがあったことを思い出した。

30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 22:46:38.29 ID:PMiLBts90
    プリクラの件だ。
    藤真社長監視下で行った偽装デート中、
    リアリティを出すためという名目で、俺と桐乃はゲーセンのプリクラで、らぶらぶツーショットを撮り、
    仲良くそれを半分こにして持っていたのだが、
    その内の一枚があやせの手に渡ってしまい、
    あわや手錠をかけられての私刑に処されるところだった。
    今思い返しても寒気がするぜ。
    問題は、あやせがどうやってそのプリクラ写真をゲットしたかで、
    桐乃が普通にあげたからじゃないのかといえば、それはあり得ないんだよな。
    なぜなら俺の分はお袋にも絶対見つけられないような場所に仕舞ってあるし、
    桐乃の分は偽装デートから帰ってきてすぐに俺が桐乃を怒らせちまったせいで、桐乃が俺に投げつけてきたからだ。
    従って残るプリクラは俺の手元にあるものだけで、
    俺があやせにそいつをあげた記憶が無い以上、
    あやせはどこからもそのプリクラを入手不可能だったはずである。
    考えれば考えるほどホラーだ。
    しかし真相は闇の中、と決めつけるにはまだ早く、
    桐乃に聞いてみればあっさりと謎が解けるかもしれない。

    「この前あやせに会ったよ」
    「どこで?」
    「お前の中学校近くの公園で、部活帰りに」

    自宅に招かれたことは黙っておく。

    「そのときに、お前とデートした時に撮ったプリクラを見せられたんだが……お前があやせに渡したのか?」

    びくっ、と桐乃が分かり易く肩を震わせる。
    その拍子に操作が乱れ、牽制のつもりで撃っていた遠距離ショットがヒット、
    体勢が崩れたところで肉薄し、俺に有利な状況で中距離戦を展開する。いい感じだ。

32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 23:15:55.76 ID:PMiLBts90
    と思ったのも束の間、PAUSEの文字が現れ、画面内の時が止まる。

    「おい」
    「ちょっとタンマ!」

    桐乃はパーカーのポケットから二つ折りの財布を引っ張り出し、
    俺に背中を向け、ごそごそと何かしていたが、やがて愕然とした様子で

    「減ってる……あやせ……いつの間に……信じらんない……」
    「何やってんだ?さっさと再開しようぜ」
    「うるさい!あんたはちょっと黙ってて」

    ああん?
    なんで俺がキレられなくちゃならねえんだ?
    理不尽にもほどがあるわ――と憤慨しかけて、桐乃が動揺しているワケに思い当たる。
    ははあ、さてはこいつ……。

    「あのプリクラ、この前俺に投げつけてきた分が全部じゃなかったんだろ?」
    「………」
    「何枚かとっといて、それをあやせにパクられた、ってところか」

    桐乃は横目で俺を伺いながら、

    「………笑わないんだ?」
    「なんで笑うんだよ。
     俺なんかお前と違って、全部大切に保管してるっつうの。
     なんだかんだ言って、あれはお前とデートしたことを証明する記念の品だしよ」

    お袋に見つかったときのことを思うと、とんでもない爆弾だがな。
    せっかく誤解――妹に手を出す鬼畜――を解いたのが台無しになっちまう。

34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/11(土) 23:37:36.28 ID:PMiLBts90
    「あれは偽装デートじゃん?」
    「デートはデートだろ。
     理由はともかく、俺はお前と二人でどっか出かけて、彼氏のふりして楽しかったよ」

    これは罪滅ぼしだ。
    デートから帰ってきた後、俺は売り言葉に買い言葉で、
    『嫌々協力してやった』と実に嫌味ったらしい台詞を吐いて、桐乃を傷つけてしまった。

    「ふ、ふぅん。あんた、本当は楽しかったんだ。
     あたしの彼氏のふりできて喜んでたんだ?
     てかシスコンのあんたからしたら、あたしの彼氏役を務めるなんて、最高のご褒美だよねー」

    いちいち一言多いんだよてめえは。
    で、結局あやせが持ってたプリクラは、お前から渡ったってことで間違いないんだな?
    桐乃はふいとそっぽを向いて、

    「まあ、そうだけど……あたしがとっといたプリクラは、
     妹の彼氏気取って鼻の下伸ばしてるあんたを学校の友達に見せるためであってぇ、
     それ以外の意味は全然これっぽっちもないから。分かった?」
    「誰もんなこと聞いてねえっての」

    手元がお留守だぜ、と俺は桐乃のコントローラのスタートボタンを押す。

    「あっ、何すんのよ!」

    すかさず踵で俺の爪先を踏みつぶそうとしてくる桐乃。
    が、その攻撃は予測済みだ。
    ソファの上に両足を避難させ、ゲーム世界で彼我の距離を詰める。

35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 00:00:16.21 ID:r3GjQkKR0
    このゲームでは攻撃を与えても攻撃を与えられてもゲージが増加する仕組み(増加率は異なる)で、
    散々桐乃にボコられ、一度もゲージを消費しなかった俺は、
    まずは超必殺技を絡めた最大ダメージコンボを決め、桐乃の体力ゲージを半分以下に減らした。
    状況は有利なまま、二度目のコンボを始動する。

    「卑怯者!」
    「最初にポーズかけたのはお前じゃねえか!」
    「それはあんたが急にプリクラの話しだしたからでしょ!?」

    桐乃が肩をぶつけてくる。
    おかげで俺の手元は狂い、コンボが途切れた。かっちーん。
    やりやがったな。お前は今ゲーマーとして絶対にやっちゃいけねーことをした!
    肩をぶつけ返す。

    「いったぁーい……痣になったらどうすんの!?」
    「わ、悪い。強くやりすぎたか?」
    「バカじゃん?こんなので痣になるわけないし」

    くそっ、演技かよ!
    時既に遅し、俺が画面に視線を転じると、俺の妹が全裸になって吹き飛んでいくところだった。

    「お前なぁ~……」
    「なに?なんか文句あるわけ?
     あたしも確かに邪魔したけどぉ、あんたもあたしの邪魔したよね?」

    言い返せねえ。
    歯軋りする俺に、桐乃はさらに追い打ちをかけてくる。

    「これで晴れてあたしの20勝目なわけだけど、
     あんた、最初にあたしとした約束、口に出して言ってみて」

36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 00:22:09.14 ID:r3GjQkKR0
    「忘れたわ」
    「はぁ?健忘症?
     先に20勝を達成した方が、負けた方に、なんでも言うことを聞かせられる……でしょ?
     何にしよっかなぁ?」

    喜色満面で俺の顔を覗き込んでくる。
    あぁー腹立つなぁ、もう!
    こいつが弟だったら間違いなく肩パンしてるところだよ。妹でよかったな。
    無言で席を立つと、Tシャツの裾を引っ張られた。

    「どこ行くの……?」

    急に元気ない声出してんじゃねえよ。調子狂うだろうが。

    「喉渇いたんだよ。お前も何か呑むか?」
    「うん」

    コップに麦茶を注ぎ、TVの前のテーブルに持ってくる。
    両手でコップを持ち、コクコクと喉を震わせる桐乃は、年相応の幼さを帯びていた。

    「あたしの顔に何かついてる?」
    「なんでもねえよ」
    「気になるじゃん。あー分かった、あたしの美貌に見とれてたんだ。キモぉ」

    ケタケタと笑う桐乃。
    こいつは冗談で言ってるつもりだろうが、あながち間違っちゃいないんだよな、その指摘。

    「こんなこと言ったら、お前は怒るかもしれないけどさ……。
     俺は、お前はすっぴんの方が可愛いと思うよ。
     無理して背伸びしてないっていうか、自然な感じがする」

42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 01:57:56.05 ID:r3GjQkKR0
    「ごほっ、げほっ」

    気管に麦茶が入ったのか、盛大に咽せる桐乃。

    「だ、大丈夫か?」

    桐乃は何故だか怒りで顔を紅潮させ、

    「無理して背伸びしてないほうが良いって、何?
     あんたの目には化粧してるあたしが、滑稽に見えるってこと?」

    どうしてこいつは俺の言葉を額面通りに受け取ってくれないんだろうな。

    「化粧してるお前も、それはそれでまた別の魅力があるよ。
     俺が言いたいのは、化粧してる時のモデルモードのお前と違って、
     すっぴんの時のお前の方が、親しみやすい感じがするってことで、」
    「もういい」
    「はぁ?」
    「要するに大人っぽいあたしよりも、子供っぽいあたしの方が、す、好きってことでしょ?
     ……あんたロリコンだもんね」

    どうしてそうなる!?

    「リアがホームステイしてたときに確信したもん」
    「あ、あれはリアが勝手に俺に懐いてきて、それをお前が勘違いしたんだろ!」

    それに……お前とリアが中学校のグラウンドで競争したとき、
    俺は恥も外聞も捨てて、全力で叫んだじゃねえか。俺はロリコンじゃなくて、シスコンだってよ。

    「言い訳おつ。シスコンでロリコンとかマジ救いようがないよね~」

43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 02:21:14.88 ID:r3GjQkKR0
    「おま……人を馬鹿にすんのも大概にしとけよ」
    「ほ、本気で言ってるワケじゃないし。それくらい分かってよ」

    まただ。俺が少し怒る素振りを見せると、桐乃はすぐにしおらしくなる。
    人の堪忍袋の緒を切ることにかけては天賦の才を持ってるコイツが、
    今日はまるで、加減をするかのように言葉を選んでいる。
    それでもムカつくことに変わりはないけどな。

    「お前、熱あるんじゃねえか?」

    割とマジで。

    「いきなりワケわかんないこと言わないで……きゃっ」

    額に手を添える。
    平熱っぽいが、妙に頬が赤いんだよな。言動も怪しいし。
    ま、風呂上がりに格ゲーで興奮すりゃ、体も火照るか。

    「……いつまで触ってんの」
    「っと、すまん」

    慌てて手を離し、反射的に身を竦める。
    「汚い手で触んなっ!」と一喝され平手で叩かれるかと思いきや、
    意外にも桐乃はむすっと丸顔をさらに丸く膨らませ、流し目を寄越しながら、

    「あんたがどうしてもって言うなら、家ではすっぴんでいてあげてもいいケド?」

    と言ってきた。
    いやいやそれって世間一般の女子中学生では当たり前のことですよね?
    お前も完全武装してるよりか、すっぴんでいる方がリラックスできるんじゃねえの?

46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 02:56:25.63 ID:r3GjQkKR0
    その後も俺たちはどこか噛み合わない言い争いを続けていたが、
    親父とお袋が玄関の扉を開けた音が響いたところで、本日のシスカリは終了と相成った。
    もしも俺が妹と一緒に妹モノのエッチな対戦格闘ゲームを嗜んでいると知れたら、お袋はまず間違いなく俺を勘当するだろう。
    御鏡の件で、お袋の俺に対する心証は最悪だ。
    親父は……俺が桐乃と御鏡を無事別れさせたと思い込んでいることもあり、目を瞑ってくれそうな気がする。
    俺が妹の部屋で妹のPCを使って妹とエッチするゲームをしていると知っても父親をやめないでいてくれている人だからな。

    自室に戻ってベッドに倒れ込むと、
    待ち構えていたと言わんばかりに眠気が襲ってきた。
    微睡みの中で、さっき階段を上ったところで言われた「おやすみ」の一言を思い出す。
    あいつにあんな優しい声で、寝る前の挨拶を言われたの、何年ぶりだろうな……。

    『おやすみなさい、お兄ちゃん』

    幼く甘い声が聞こえた気がした。
    遠い過去の記憶――否、夢の中で。

53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 11:54:20.58 ID:r3GjQkKR0
    八月十九日。
    天気は快晴、風はなし。
    この茹だるような暑さの中、駅から歩いてきたという黒猫は、
    しかしその真っ白な肌に汗一つかかずに高坂家の玄関先に立っていた。
    今日の服装は私服でも制服でもない、ゴスロリファッションで、お馴染みの猫耳を装着している。
    毎度のことだが、これで自宅から電車乗ってここまで歩いてきたんだよな。
    度胸あるよ、お前。

    「こんにちわ、先輩」
    「よう。つーか、日傘くらい差してこいよ。せっかく綺麗な肌が痛むぞ」
    「妖気の膜を張っているから大丈夫だと、以前言わなかったかしら?」
    「そうでしたね」

    すげなく紅の瞳で睨め付けられ、俺は視線を隣の沙織に転じる。
    丈の短いジーパンにダボダボのネルシャツ、ポスター付きのリュックサックにぐるぐる眼鏡という、
    記号的オタクをそのまま具現化したような出で立ちだ。
    お前は本当に服装にバリエーションが無いな。

    「京介氏、きりりん氏はいずこに?」
    「リビングで色々と準備してるよ。暑かっただろ?
     冷えた飲み物用意してるから、上がってくれ」

    二人とも高坂家の勝手は知ったるもの、
    「き~りり~ん氏~」と声を張り上げながら、沙織は廊下を進んでいく。
    俺はすぐその後に続きかけ、Tシャツの裾を引っ張られて振り返った。

    「あ、あの」
    「黒猫……」
    「……"解呪"する決心は、できたのかしら」

55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 12:19:32.51 ID:r3GjQkKR0
    「……っ……それは……」

    黒猫に告白されてから、一夜が明けた。
    昨日、校舎裏で別れてから今日ここで再会するまで、
    黒猫はずっと告白の成否に心を痛めていたに違いない。
    なのに俺は、これだけ猶予を与えられていながら、未だに眦を決することができないでいる。

    「ま、まだだ」

    黒猫が口を開きかけたその時、リビングに通ずるドアが開いて、沙織が顔を出した。

    「京介氏~?黒猫氏~?何をやっているでござるか?」
    「ああ、すぐ行く」

    Tシャツを摘んでいた手が離れる。
    黒猫はきゅっと目を眇めると、何も言わずに、俺の隣を通り過ぎていった。
    怒ってる……よな。
    黒猫からしたら、告白の返事から逃げているように見られてもしかたがねえよ。
    でも、違うんだ。あともう少しだけ時間をくれ。
    本気で悩んで、悩み抜いた結果の答えじゃなけりゃ、その後に続く未来は嘘のような気がするんだよ。

    打ち上げパーティは至極和やかなムードで始まった。
    それだけで今日の心配の九割は杞憂に終わったと言える。
    黒猫や桐乃が場の空気を壊さないよう、慎重に振る舞っているのは誰の目にも明らかだった。
    二人とも毒は吐かねえわ、沙織のくだらねえ冗談にもニコニコ笑うわで、ちょっと異常に思えるほどだ。
    お菓子を食べ、ジュースを飲んでの談笑が一区切りついたところで、沙織が言った。

58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 12:59:03.06 ID:r3GjQkKR0
    「同人誌の交換をしましょうぞ」
    「ちょっと待って、あたし二階から自分の取ってくるから!」

    桐乃が席を立ち、リビングを出て行く。
    同人誌交換は今日のメインイベントのひとつで、
    コミケでそれぞれが購入した同人誌を持ち寄り、相読みしようというものだ。
    黒猫はマスケラ関連を少々、桐乃はメルル関連を大量に、
    沙織は幅広いジャンルの同人誌を満遍なく購入したようだから、冊数はかなりの数になるだろう。

    「……京介氏?」

    沙織が首を傾げて言った。

    「ん、どうした?」
    「京介氏は自室に同人誌を取りに戻らないのですか?」

    ぎく。

    「お、俺は今年は何も買ってねえし?」
    「嘘おっしゃい」
    「な、なんで嘘だって分かるんだよ。また"闇の力"か?」
    「フッ、ただの風聞よ。
     コミケ二日目の休憩時間に、あなたが方々を回って何冊か同人誌を購入していたと、真壁先輩が話していたわ」

    あ、あの野郎~!
    どうして人がこっそりやってることを、ぺらぺら人(しかも女の子に!)喋るかなあ。
    こんなことなら口止めしときゃ良かったぜ。
    黒猫は艶然と笑んで、

    「さあ、早く持ってきなさいな」

59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 13:14:44.47 ID:r3GjQkKR0
    「やだよ」

    俺は駄々を捏ねた。

    「だってさ、お前らと違って、俺は男だぜ。
     俺が買った同人誌は、モロに俺の性癖を反映してるわけで……。
     お前らだってそんなの知りたくねえだろうし、俺だって知られたら恥ずかしいんだよ」

    『ふむふむ、京介氏はこういったプレイがお気に入りなのでござるな。ニンニン』とか
    『あなたの好きそうなシチュエーションね。セクハラ先輩の二つ名は的を射ていたようよ』
    なんて感想言われながら同人誌読まれたら羞恥で死ねるわ。

    「それは自意識過剰というものですぞ、京介氏」
    「そうよ。あなたがその同人誌を、な、何に使っていようが構わないわ。
     わたしはただ純粋に他人の創作物を鑑賞したいだけ」
    「それでも、イヤなものはイヤ――」
    「おっまたせー!」

    小さな段ボール箱を抱えて、桐乃が帰ってくる。

    「あ、そうそう、あんたの分も一緒に持ってきたよ」
    「なんですと!?」

    勝手に部屋入ってんじゃねえよ!
    しかもお袋にも絶対見つからない場所に隠してたのによく見つけたな!?
    桐乃は悪びれた様子もなく言い放つ。

    「あんたの考えてることなんて全部お見通しだしィ。
     それにー、あんただけ一冊も提供しないで、人の読むばっかなんて不公平じゃん?」

60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 13:49:22.17 ID:r3GjQkKR0
    「まあ、それはそうだけどよ……」

    言葉に詰まった俺は、黒猫と沙織を交互に見た。
    その腹の立つニヤニヤ笑いをやめろ。
    へっ……いいぜ、読みたきゃ読めよ。後悔してもしらねえからな!

    30分後。
    親父がいつも座っている一人用ソファに腰掛け、
    メルルの触手モノ同人誌(もちろん桐乃の)に目を通していた俺は、刺すような視線を感じて顔を上げた。
    対面のソファには、あらかた興味のある同人誌は読み終えたのだろう、優雅に紅茶を飲んでいる沙織がいて、
    左手のソファには、桐乃と黒猫が膝を立ててちょこんと座り、食い入るように俺の同人誌を読んでいた。
    『えぇっ……やだぁ……』『嘘……なんて破廉恥な……』などとぶつぶつ呟きながら、チラチラ俺に流し目を送ってくる。
    ……最悪だ。
    女子中学生と女子高校生に性癖暴かれて喜べるほど俺はマゾじゃねえ。
    だいたい、百合が主体のマスケラ同人誌が好みの黒猫と、
    ソフトエロもしくは非18禁が主体のメルル同人誌が好みの桐乃が、
    ディープなエロを追及した俺の同人誌を読んで楽しもうって発想に無理があるんだよな。

    「あんたさあ、こーいうこと現実でしたら犯罪だから」

    うるせえ。自室に暗黒物質飼ってるお前に言われたかねえよ。

    「…………っ」

    おい黒猫、お前まで犯罪者予備軍を見るような目で俺を見るな。
    俺がその同人誌を何に使おうが関係ないと言ったのはお前だろ。

62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 14:28:16.75 ID:r3GjQkKR0
    「まあまあ、よいではありませんか。
     京介氏も健全な男子高校生、
     同人誌の趣味趣向が過激なR18描写一辺倒になってしまうのも仕方ありますまい?」

    その点、やっぱり沙織は流石だよ。黒猫や桐乃と違って理解がある……。
    と感動したのも束の間、沙織はぽっと頬を赤らめて、

    「登場する女性が皆眼鏡を着用していたのには、京介氏のただならぬ執着が伺えましたが……」

    おいィ!?それは言わねえ約束だろうが!
    ちなみに勘違いされてそうなので言っておくが、
    俺が好きなのは麻奈実や瀬菜のフツーな眼鏡であって、断じて沙織のぐるぐる眼鏡じゃねえからな!
    くそ、居たたまれない気分になってきた。
    ここは話題を変えねえと……。
  視線を彷徨わせていると、ソファの裏手にある段ボールに気が行った。桐乃が持ってきたものだ。
    中途半端に閉じられた上蓋と上蓋の隙間から、カラフルな色使いの表紙が見える。

    「なんで全部出さないんだ?」

    桐乃は血相を変えて言った。

    「こ、これはダメっ!」
    「むむっ、どうして隠すのです?
     きりりん氏と拙者の仲ではありませんか?」
    「独り占めはよくないわ。
     『緋の眼(クレヤボヤンス)』を発動すれば視えないこともないけれど、
     わたしに余計な魔力を消費させないで頂戴」
    「ダメなものはダメなんだってば!」

    持ち前の瞬発力で段ボール箱を抱え、リビングを飛び出す桐乃。

64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 15:01:08.15 ID:r3GjQkKR0
    こうなりゃもう諦めるしかない。卑怯だよな。
    俺のは無断で引っ張り出してきたくせに自分が見せたくねえモンは隠すなんてよ……。
    にしても桐乃のやつ、尋常じゃない慌てっぷりだったな。
    よっぽど俺たちに読まれるとマズイ代物だったのだろうか?

    「京介氏、きりりん氏のマル秘同人誌に心当たりは?」
    「さあ。俺もずっとあいつと一緒に販売所巡りしてたわけじゃねえし。……ここは黒猫の出番だな」

    黒猫は「なぜわたし?」とでも言いたげに、小首を傾げる。俺は言った。

    「今こそお得意の千里眼を使うときなんじゃねえの?」
    「……ッ」

    臑を蹴飛ばされた。痛ぇ。

    「人間風情が軽々しく異能の名を口にしないで頂戴。
     闇の眷属たるもの、顕界への影響は最小限に留めなければならない。
     魔導にはリスクが付きものよ。いたずらに使えば、天使が動くわ」

    ……さいですか。
    それからしばらくすると桐乃が帰ってきたが、
    謎の同人誌の正体については絶対に口を割らない所存のようで、
    結局その話はうやむやになってしまった。
    今度妹の部屋に入る機会があれば、こっそり探してやるからな。覚悟しとけや。

    ごっちゃになった同人誌を分類し直し、片付け終えたところで沙織が言った。

67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 15:52:37.70 ID:r3GjQkKR0
    「ではでは本日のメインイベント、シスカリトーナメントを開催しましょうぞ!」
    「待ってましたぁ!あたし、今日のために特訓してたんだよ!
     前までのあたしと同じだと思ってたら痛い目見るよ?」
    「フッ、なんともはや可愛いものね。
     松戸ブラックキャットの神技の前では人間風情のそれなど児戯にも等しい。
     かかってきなさい、深遠なる闇に葬り去ってあげるわ」

    ノリノリだなこいつら。
    かくいう俺も、結構楽しみにしてたんだけどさ。
    みんなでゲーム機やコントローラの配線作業を分担し、あっという間に準備が整う。
    じゃんけんの結果、初戦は黒猫と俺、桐乃と沙織の組み合わせになった。

    「それでは第一試合を始めましょう。
     黒猫氏、京介氏、準備はよろしいですかな?」
    「問題ないわ」
    「オーケーだ」

    俺が操るは取り立てて長所がないが短所もない平凡な性能の妹。
    黒猫が操るはアリシア・ブラックキャットというシスカリ中最弱のキャラクター。
    どうしてもっとまともな妹を使わないのかといえば、別にナメプレイでもなんでもなく、
    『できる限りゲーム中最弱キャラを使う』のが黒猫流の美学だそうで、俺には到底理解できん。
    さて、試合開始――。

    「……………え、ちょ、……まっ……」

    ――試合終了。
    全裸になった俺の妹が、慣性の法則に従って画面外に離脱していく。
    黒猫はわざとらしく欠伸をしながら、

    「ふぁ……いいトレーニングモードだったわ」

72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 18:24:42.65 ID:r3GjQkKR0
    マジでなんもできんかったわ!
    黒猫さん容赦なさ過ぎ!もうちょっと手心加えてくれてもよくね?

    「時間の無駄よ。差し合いの基本から学び直すことね」

    ばっさり。泣いてもいいかなあ、俺。

    続く桐乃と沙織の一戦は、中盤あたりまでは拮抗した様相を呈していたものの、
    後半にかけては集中切れによる沙織の操作ミスが目立ち、桐乃の勝利となった。

    「いやはや、始めたての頃と比べると、見違えるほど強くなりましたなあ、きりりん氏は」
    「えへへー、wikiや攻略サイト見て、いっぱい練習したからねー」

    沙織は黒猫にコントローラーを手渡しながら、

    「一つ提案なのですが……。
     決勝戦は拙者の自作MODによる、自作キャラを使って頂けないでしょうか?」
    「イヤよ」
    「絶対ヤダ」

    桐乃と黒猫をモチーフにした沙織のキャラクターは、
    体型から手足の長さ、果ては声に至るまで本人そっくりという、
    まさに微に入り細を穿つ出来映えで、
    それだけなら試合を盛り上げるのにうってつけのMODなのだが、
    いかんせんこのゲーム、パッケージの18禁表示の通り、体力が無くなるとビリビリに衣服が破ける仕様なんだよな。
    自分そっくりのキャラクターの素肌を晒したくないという気持ちは分かる。
    痛いほどよく分かる。
    でもさ、なんで二人とも俺を睨むんだ?
    怒りの矛先はその仕様を忘れてMOD作っちゃった沙織に向けられるべきですよね?

75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 18:41:26.26 ID:r3GjQkKR0
    「まあまあ、落ち着いて聞いて下され。
     拙者もあれから反省し、素肌のテクスチャーを弄って、もし試合に負けても、
     一糸纏わぬ裸身ではなく、下着姿になるよう、MODを再調整したのです」
    「恥ずかしいのは一緒じゃん!
     どうせなら服が破れないようにできなかったわけ!?」
    「それはゲームシステムの根幹部分ですから、なんとも……」
    「と、とにかく。あたしは絶対イヤだから!」

    桐乃は同意を求めるように黒猫を見た。
    黒猫は口許に手を添えて、余裕の笑みを浮かべながら、

    「気が変わったわ。
     要は――勝負に勝てばいいのよ。
     勝ちさえすれば、そこの破廉恥な雄に、己の分身の恥部をさらさずにすむ……」
    「あんた本気で言ってんの?」
    「本気よ。あなたがどうしてもイヤだというならこの勝負、わたしの不戦勝ということで構わないわね?」
    「ど、どーしてそうなるのよ」
    「否定は即ち、わたしに勝つ自信が無いことと同義でしょう。
     『前までのあたしと同じだと思ってたら痛い目見るよ』なんて大きな口を叩いていたのはどこの誰かしら?」

    ぎぎぎ、と歯軋りする桐乃。

    「いいよ。やってやろうじゃん!」

    あーあ、まんまと挑発に乗っちまって。

    「その代わり、ステージとルールはあたしが決めるから。
     この前はあんたに選ばせてあげたんだから、いいよね?」
    「ええ、それで結構よ」

76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 18:57:21.58 ID:r3GjQkKR0
    ちなみに桐乃の"この前"とは、桐乃が留学する少し前、
    俺への慰労パーティの席で開催されたシスカリ対戦会のことを指している。
    黒猫のキャラはLv1、桐乃のキャラはLv50という圧倒的なハンデが設けられていたのだが、
    黒猫の完璧な立ち回りによりお互い体力ゲージが満タンのまま制限時間切れ、
    なんと試合はサドンデスモードに突入、自棄になった桐乃が超必殺技をぶっぱなしたものの、
    黒猫はパリングという高等テクニックを駆使しそれを凌ぎきり、
    お互いに最後の一撃を繰り出したところで――俺の記憶は途切れている。
    なぜかって?
    黒猫と桐乃にふたりがかりで、しこたま殴打されたからさ。

    「両人、準備はよろしいですかな?」
    「……ええ」
    「……おっけー」

    試合開始。ステージは障害物の多い市街地で、制限時間は無し。
    レベルはお互いに最高値で、既に画面内では、超高速シューティングバトルが繰り広げられている。

    『闇に食われるがいいわ!』
    「闇に食われるがいいわ!」
    『はぁ?ばっかじゃないの!?死ねっ!』
    「はぁ?ばっかじゃないの!?死ねっ!」

    ぷっ。思わず笑っちまったよ。
    だってこいつら、ゲーム内のキャラクターとまったく同じ台詞喋ってんだぜ。

77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 19:42:19.27 ID:r3GjQkKR0
    一分経ち、二分経ち……趨勢に劇的な変化は訪れない。
    世界大会で入賞する腕前の黒猫を相手に、どうして一介のシスカリプレーヤーである桐乃が互角に戦えているのか?
    その秘密はステージにあった。
    ぶっちゃけた話、この市街地をモデルにしたステージは、桐乃のキャラクターにもの凄く有利な造りになってるんだよな。
    おかげで元々7:3くらいだったダイアグラムが、今や9:1と言っても過言ではない。
    それでも互角の戦いに持ち込んでいる黒猫はマジで何者なんだって話だよ。
    まあ何にせよ長丁場になりそうだな、と思っていたところに、沙織が小声で呼びかけてきた。

    「京介氏。お二人が勝負に夢中になっているあいだに、お伝えしたいことがありまして」

    沙織は眼鏡や髪型はそのままに、性格だけを"スイッチ"する。

    「わたしが数日前に京介さんに言ったことを、今も覚えておいでですか?」
    「もしもこのコミュニティが壊れてしまったら……俺のことを一生サークルクラッシャー男と呼んで蔑む、ってヤツか?」

    クスリ。上品に喉を震わせて、沙織は言う。

    「違いますわ。私は京介さんを信じている、という言葉のことです。
     その気持ちは今も変わっていません。むしろ、より強く、深く私の心に刻みつけられていますわ。
     あのとき、京介氏は仰いましたわね。『お前は俺を買い被りすぎだ』と。『俺は大したことのない男なんだ』と。
     そんなことはありませんでした。私は正しく京介さんを評価していましたし、京介さんは大した男でした」
    「誉めても何も出ないぞ」
    「これは……私からのお礼です。
     この集まり(コミュニティ)を維持するために、京介さんが尽力してくださったことへのお礼」

    沙織は眼鏡の奥の優しい瞳で、ゲームに熱中する桐乃と黒猫を見つめる。

    「このご恩は一生忘れませんわ。……ねえ、京介さん?
     もしも京介さんがこの先、どうしても一人の力で立ち行かなくなったその時は……どうか私を頼ってくださいましね?」

79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 20:10:31.79 ID:r3GjQkKR0
    ……そうだ。この前、桐乃の爆弾発言を聞いてから
    今日またみんなで一緒に揃う瞬間まで、沙織はずっと不安だったに違いないんだ。
    姉が海の向こうへ行ってしまって、姉の友達は次々と疎遠になっていって……。
    寂しがりやの沙織は、人見知りの性格に社交的なペルソナを被ってまでして、
    今度は自分を中心としたコミュニティを作ろうとした。
    そのコミュニティがばらばらになるかならないかの瀬戸際で、沙織はどれほどこのコミュニティの行く末を案じていたことだろう。

    「沙織……実は、俺……」

    確かにコミュニティが崩壊せずにすんだのは、俺ががむしゃらに桐乃と御鏡を別れさせようとした結果かもしれない。
    でも……俺はお前のお礼を、素直に受け取れないよ。
    だってさ、もしかしたら俺は、俺自身の手で、このコミュニティを崩壊に導くかもしれねえんだ。

    「黒猫に……ぶほっ」

    後頭部に衝撃。俺は前のめりに倒れ、強かに額をテーブルの角で強打した。
    痛ってぇー!せっかくシリアスな雰囲気醸してたってのに何しやがる!?

    「今顔上げちゃダメ!上げたら殺すよ!?」

    殺すも何も殺しにかかってたじゃねえか!

    「ご、ごめん。ちょっと強くやりすぎたカモ……。
     とにかく、今は頭下げてて!もうすぐ終わるから!」

    終わるって何が?
    そこまで考えて、ようやく桐乃が狼狽している理由が分かった。
    なんだよお前、結局負けちまったのか。
    つか、別に負けても下着姿になるだけなんだから、こんなに慌てなくてもよくね?
    こちとらお前の無防備なパンチラなんて見飽きてるしよ。

81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 20:40:53.58 ID:r3GjQkKR0
    「――ッ!」

    はい、追加チョップ来ました。
    って、マジで額がぱっくり裂けて出血したらどうすんだてめえ!
    涙目で顔を上げると、ちょうどリザルト画面が表示されたところで、
    残りHPを見る限り、桐乃も黒猫にあと一歩のところまで迫っていたようだ。

    「すごいな」

    心からの誉め言葉だったのだが、

    「負けは負けじゃん……」

    桐乃は消沈したご様子。
    別に陸上の大会で負けたわけじゃねえだろう、たかがゲームじゃねえか――とは言わない。
    桐乃にとっては、勝負事に規模の大小や種類は無関係なのだ。

    「瞬殺された俺に比べりゃ、大したもんだよ」
    「うん、そっか。そうだよね」

    第一試合の俺のやられっぷりを思い出したのか、桐乃は険しい表情を綻ばせて、

    「……あんた、次はギタギタのメッタメタにしてあげるから、覚悟しときなさいよ!」
    「期待せずに待っているわ」

    黒猫は涼しい顔で答える。
    あんまり余裕ぶっこいると、桐乃に足許すくわれるかもしれねえぞ?
    まあ世界大会の公式ルールでやるなら、この先もずっと黒猫無双だろうけどさ。

82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 21:07:51.71 ID:r3GjQkKR0
    それから何戦か野良試合をして、
    リビングの壁時計が五時を告げたところで、打ち上げパーティはお開きとなった。
    親父は夜まで仕事だが、友達と買い物に出かけたらしいお袋は、
    遅くても六時前には帰ってきて、晩飯の支度を始めるだろう。

    「なんならあたしの部屋で、もうちょっと遊んでく?」
    「その申し出はありがたいのですが、拙者、実は夕方から所用があるのでござるよ」
    「あ……そうなんだ」
    「わたしも妹を二人家に残してきているから……」

    心配なの、とは付け加えない黒猫。
    しかしそれを敏感に察した桐乃は、穏やかな笑顔になって、

    「あんたの妹、今度あたしに紹介してよね」
    「ええ、そのうちにね」

    黒猫ははにかんで答える。

    「あんたの妹って、どんな性格なの?あんたにそっくり?」
    「そうね……上の妹は、とても生意気で、まるでわたしの崇高な思想を理解しようとしない、いえ、できないの。
     それに比べて、下の妹はとても素直で、従順ね。この前もわたしが与えた魔導具に夢中になっていたわ」
    「ふぅ~ん?いいお姉ちゃんやってるんだ?」
    「な、何を言っているの?
     闇の眷属にとっては肉親の情なんて些末なものよ。毎日のように虐めてやっているわ」

83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 21:40:57.63 ID:r3GjQkKR0
    「構ってあげてる、の間違いじゃなくて?」
    「もう、違うと言っているじゃない」

    シスカリ対戦中の挑発や暴言が嘘のような、毒もなければ棘もない、温かな会話。
    黒猫と桐乃が仲良くするのに文句はねえが、なんか腑に落ちないんだよな。
    お互いが相手に優しくしようと努めているような……お互いが相手のことを気遣っているような……。
    それが特に顕著なのは、桐乃のほうだ。
    事実、桐乃は今日一度も黒猫の厨二病発言を咎めていない。
    しかし、面と向かって「なんでお前ら気持ち悪いくらいに仲いいの?」と聞けない俺は、
    ただの喧嘩の反動だろう、と自分を納得させることにする。


    夕刻。
    日が傾いても、灼けたアスファルトから立ち上る熱気のせいで、
    ちょっと歩いただけで全身から汗が噴き出してくる。
    運動部に所属しているせいか平気な風で歩く桐乃と、
    妖気の膜とやらでまったく暑さを感じていないらしい黒猫が恨めしい。
    そんな二人の後ろで、沙織はぱたぱたとネルシャツの胸元を手で扇ぎながら、

    「夏も後半ですなあ。
     拙者、ヒグラシの鳴き声を聞くと、夏の終わりが近づいているように思えて、どうにも切なくなるのです」
    「同感だ」

    俺は適当に相づちを打ち、背後に伸びる四つの影法師を見つめる。
    結局、沙織には黒猫に告白されたことを明かせなかった。
    言おうと思えば今だって言えるのだが……。
    コミュニティを維持できたことをに安堵している沙織に、
    新しい不安の種を植え付けるのは気が引けたんだよ。

84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 21:58:27.00 ID:r3GjQkKR0
    「あっ……」

    駅まであと数百メートルといった辺りで、突然桐乃が歩みを止めた。
    視界の先には、斜陽を背負った黒いシルエット。

    「なんだよ、お前の知り合いか?」

    こくん、と頷く桐乃。
  目を凝らして見てみれば、シルエットの正体は――

87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 22:34:09.49 ID:r3GjQkKR0
    加奈子、だよな。いや、絶対加奈子だ。
    小学生と見紛うほどのちっこい体をブランドもののアクセサリーで着飾っている女子中学生なんてそういないしな。
    加奈子は桐乃の同級生で、あやせと同じ芸能事務所に所属するモデルでもある。
    性格の悪さは折り紙付きで、あいつのマネージャーを担当したときは何遍理不尽な我が侭に泣かされたか知れない。
    なんでこんなところを歩いているのかは分からねえが、大方街に出て男漁りでもしていたんだろう。
    釣果は芳しくなかったようで、普通にしてりゃ可愛らしい童顔を顰めて携帯をぴこぴこ弄っている。
    まだこっちの存在には気が付いていないみたいだな……。

    「ど、どうしよう?」

    桐乃は焦った調子で言った。

    「どうしようって、普通に喋ればいいじゃねえか」

    身のない会話はお前らの得意分野だろ。

    「そうじゃなくて!こんなところ加奈子に見られたら、マズいことになるでしょ?」

    デジャビュ。一年前、初めて参加したコミケの帰り、
    あやせと偶然出会った桐乃と、目の前の桐乃はよく似ていた。
    お前なあ……いくらお前が世間体気にするからって、この期に及んで黒猫や沙織を他人扱いするようなら怒るぞ。

    「だ、誰もそんなこと言ってないじゃん!
     黒猫も沙織もあたしの大切な友達!誤魔化すつもりなんてないし!」
    「じゃあ何がマズいんだよ?」
    「あたしが言ってるのは……あんたのことっ!
     あーもーなんでわっかんないかなァ~!」

    え、俺?

88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 22:55:20.29 ID:r3GjQkKR0
    痺れを切らした桐乃は、俺の耳に唇を寄せて、

    「あんたとそのっ……付き合ってるフリしてたときに、
     加奈子とブリジットちゃんに、偶然街で会ったっしょ?
     あたし、まだ加奈子には本当のこと話してないから……」
    「今も俺がお前の彼氏で、お前が俺の彼女だって、勘違いしているってことか?」

    うん、と顔を赤らめて頷く桐乃。
    事情を知っている黒猫はともかく、偽装デートのことを知らされていない沙織が一緒のところに、
    『あーっ、桐乃とその彼氏じゃーんっ!……この見るからにキモオタの女二人は誰?』
    と加奈子がやってくるところを想像する。
    うえ、最悪だ。
    俺は沙織や黒猫の目の前で桐乃と付き合ってるフリをするなんて死んでもご免だが、
    桐乃は実の兄に彼氏役を頼んでいたことを、加奈子に知られたくないみたいなんだよな。
    ここは――。

    「桐乃、加奈子と二人でどっか行ってろ。
     黒猫と沙織の見送りは、俺がやっとくからさ」
    「はぁ?」
    「まだこっちには気づいてないみたいだから、お前が走って回れ右させれば間に合うだろ」
    「なんか使われてるって感じがヤなんですケドぉ……」

    桐乃はぶつくさ文句を垂れていたが、
    俺と一緒にいるところを目撃されるよりはマシだと思ったのか、

    「あたし、ちょっとあの子に話したいことあるんだ。今日はわざわざ来てくれてありがと。じゃねっ」

    と実に等閑な台詞を残して、加奈子のところへ駆けていった。

90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/12(日) 23:32:14.85 ID:r3GjQkKR0
    「きりりん氏はいったいどうしたのですか?
     なにやら切羽詰まった様子でしたが……」
    「詳しいことは、後で桐乃本人から聞いてくれ」

    ぎゃーぎゃー喚く加奈子の背中を、桐乃が脇道に押し込んでいく。
    黒猫は薄く笑って、

    「あなたの妹も大変ね?」
    「狼少年ならぬ、狼少女の末路だな」



    改札口の手前で、沙織は出し抜けにビシッと敬礼した。
    通行人に白い目で見られることにはもう慣れたよ。

    「黒猫氏、京介氏、今日はありがとうございました。
     拙者はここでお別れです」

    俺と黒猫は顔を見合わせ、

    「黒猫とは途中まで一緒なんじゃなかったのか?」
    「いやあ、実はさっきも申しましたとおり、
     夜からどうしても遅刻が許されない所用がありまして……帰りは車を呼んでいるのでござるよ」

    幽かな響めきが巻き起こる。
    駅前のロータリーにゆったりと滑り込んできた深緑のラグジュアリー・サルーンは、
    素人目に見てもそこらの高級車とは一線を画していることが分かった。
    なんつーか、オーラが違うもん。

114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 18:02:44.13 ID:tv6s+yzI0
    「また近いうちにお会いしましょうぞ!」

    言動はオタクだが、自然と体が動いちまうんだろうな、車に乗るときの所作が優雅極まりねえわ。
    遠ざかる車を見送りながら、改めて思ったよ。

    「あいつってマジでお嬢様なんだな……」
    「所用というのも都内高級ホテルの立食会といったところかしらね……」

    黒猫と二人して溜息を吐き――沈黙が訪れる。
    黒猫は何か迷っているようだった。
    親指の爪を噛み、チラと俺の表情を盗み見ては、視線を逸らすを繰り返す。

    「あ……あのっ……」

    駅構内のアナウンスが、黒猫の乗るべき普通電車があと幾ばくもしないうちに到着することを告げた。
    黒猫は改札口に背を向けて言った。

    「先輩に、話しておきたいことがあるの」

    話しておきたいこと?

    「でも、電車は?」

    黒猫はかぶりを振った。

    「話……長くなりそうか?」
    「それは先輩次第ね。あなたの理解が早ければ、それだけ早く終わるわ」

116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 18:28:29.76 ID:tv6s+yzI0
    黒猫に先導される形で駅前の喫茶店に歩き出した俺は、
    これからされる『話』が昨日の告白に関係したものだと信じて疑わなかった。
    返事の催促?
    あるいは、告白そのものの取り消しだろうか?
    黒猫は俺の優柔不断さに辟易しているはずで、可能性としては十分あり得る。
    窓際の席に腰掛けた黒猫は、コーヒーを注文したきり一言も喋ろうとしなかった。
    多分、ウェイターに話の腰を折られるのが嫌だったんだろう。
    コーヒーが届くと、黒猫は一口、喉を潤し、
    まるで"悪いことをしようかしまいか迷っている子供のような"表情で、口火を切った。

    「あなたは……あなたの妹からどう思われているのか、真剣に考えたことはある?」





    家に帰ると、七時五分前だった。
    リビングに通ずるドアから、温かい光と香ばしい匂いが漏れている。
    食卓には俺以外の家族が全員揃っていて、今まさに合掌しているところだった。

    「ただいま」
    「ああ」と無表情に頷く親父。
    「先に食べちゃうとこだったわ。早く座りなさい」とお袋。

    そして桐乃は――

    「こんな時間まで何やってたの?あたし、あの後加奈子の相手するので大変だったんだから」
    「…………学校の友達に会ってさ。話し込んでた」

    桐乃の顔を、まともに見ることができない。

117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 18:42:58.26 ID:tv6s+yzI0
    「ふぅん、そうだったんだ。
     そんなとこに突っ立ってないで、早く座ったら?」
    「……ああ」

    席に着いて、合掌する。
    基本的にうちの食卓は静かだ。
    親父は元々喋らないタチだし、食事中にテレビをつけるのを許さない。
    会話といえばお袋が友達とどこどこに行ったとか、
    近所の奥様がどうとか、そういった他愛もない話題を振ってきて、
    俺と桐乃が適当に相づちを打つぐらい。
    なのに今日は――いや、正確には昨日から、高坂家の食卓は賑やかだった。

120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 19:20:05.86 ID:tv6s+yzI0
    「はい、お父さん」
    「あ、ああ。ありがとう」

    桐乃に酌をされて、ニヤつきを堪えられず顔面がえらいことになってる親父。

    「桐乃、たまにはお母さんがいるときに友達を呼びなさい」
    「えぇ~ヤダァ~。だってお母さん、あたしと友達が遊んでるところに邪魔しに来るでしょ?」

    友達母娘という表現がぴったりな桐乃とお袋。
    食卓が賑やかな理由は言わずもがなだ。
    本当、なんでだろうな。
    桐乃が上機嫌だと場が華やぐんだよ。
    容姿と同じで、人の内面にも、努力でどうこうできないモンがあると思い知らされる。

    「お代わりしよっと」
    「桐乃、炭水化物たくさん摂ったら太るわよ~?」
    「分かってるってばぁ。今日はスッゴクお腹空いていたから、ちょっとだけ」

    桐乃は席を立ち、ふと俺の空になった椀を見下ろして、

    「あんたもお代わり、いる?」
    「ん、ああ。頼む」

    桐乃は手際よくご飯をよそい、俺の前に椀を置くと、ニコッと笑って一言、

    「はい、大盛りね」
    「ありがとよ……」

    ……この一見自然な遣り取りが、高坂家ではどれほどの異常事態か分かっていただけるだろうか?

123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 19:52:27.83 ID:tv6s+yzI0
    俺の知ってるこいつは、まず人の椀の状態など気に掛けない。
    もし「俺の分もよそってくれ」なんて頼んだ時には、
    わざとらしく舌を鳴らし、「自分でやれば?」と冷たく言い放つ――それが桐乃じゃなかったか。

    夕食後。
    部屋に戻り無心になって勉強していると、控えめなノックの音が響いた。
    「兄貴、今だいじょうぶ?」
    「どうした?」

    桐乃はドアの隙間からひょっこり顔を出し、俺が文机に着いているのを見ると、

    「ごめん。勉強中なら後でいい。
     キリのいいところまで進んだら、壁越しに呼んでくれる?」

    無意識のうちに、呼び止めていた。

    「待てよ。用があるなら言ってくれ。
     ああ……俺がお前の部屋に行けばいいのか?」

    いつか言われた『あんたの部屋は汚いからヤダ』という台詞を思い出してそう言ったのだが、

    「ううん、別に兄貴の部屋でもいい。……入ってもいい?」
    「お、おう」

    真っ直ぐに俺のベッドに近づき、当たり前のように腰を下ろす桐乃。

126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 20:29:27.71 ID:tv6s+yzI0
    たぶん、風呂から上がってそのままここに来たんだろう、
    ショートパンツにTシャツというラフな格好で、
    露出した肌にはうっすらと赤みが差し、髪もしっとりと濡れている。

    「…………」
    「…………」

    え、なにこの気まずい雰囲気。
    用があるって言ったのはお前だろ?
    桐乃は口をモゴつかせて言った。

    「あ、あのさ。
     最近学校の友達が、彼氏紹介してくれってうるさいんだよね。
     今日、加奈子に直接聞いたら、やっぱり加奈子がうっかり喋っちゃったみたい」

    うっかり?嬉々として、の間違いだろ。
    加奈子に箝口令を敷いても意味がないとは分かっちゃいたが、
    やれやれ、もう学校の友達に情報が出回ってるのかよ。

    「それでね、明日109にみんなで買い物に行く約束してるんだケド……」

    嫌な予感がした。

    「もう一度、あたしの彼氏のフリしてくんない?」

  胸元に落ちた髪を指でクルクル弄りながら、上目遣いに見つめてくる桐乃。
    無意識でやってんのか知らんが、とりあえずその色っぽい仕草をやめろ。

130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 20:55:42.67 ID:tv6s+yzI0
    「いっそのこと、正直に話しちまったらどうだ?
     嘘に嘘を重ねても、絶対いつかボロが出てバレるぞ」
    「い、今更兄貴を彼氏代わりにしてました、なんて言えるわけないじゃん!
     それに、彼氏がいるってことにしといた方が、色々と都合がいいの。
     フリーだとひっきりなしに同年代のダサ男が言い寄ってくるし、
     そんなのにコクられる度に、どんな返事したら一番相手を傷つけずにすむか考えなくちゃいけないんだよ?
     ま、あんたにはこんな苦労、一生わかんないだろうケド」

    久々に出ました、桐乃節。
    ああ、分からねえよ。俺はお前と違って美形に生まれなかったからな。

    「それで?
     明日、学校の友達が集まる場所に、お前の彼氏のフリして、一緒に行けってか?」

    こくん、と頷く桐乃。
    簡単に言ってくれるぜ、まったく。

    「……やっぱり、嫌?」

    妹にんな顔されて、きっぱり「嫌」だと言い切れる兄貴はいねえよ。
    でもさ、桐乃のダチに囲まれるところを想像すると、どうにも気が滅入っちまうんだよなあ。
    『これが桐乃の彼氏?あはっ、なんか地味だね~』
    『桐乃が好きならいいんじゃない?恋愛に顔は関係ないしィ』
    などと好き放題言われるに決まってる。

131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 21:13:29.65 ID:tv6s+yzI0
    俺が返答に窮していると、桐乃はベッドのシーツを握りしめて、

    「い、いっとくケド、最初からあんたに拒否権なんてないから」
    「はぁ?」
    「昨日、シスカリであたしにボロ負けしたの忘れたの?
     約束したよね?先に20敗した方が、20勝した方に服従するって」

    服従て。
    もっと女子中学生らしい、可愛い言い方がいくらでもあっただろ。
    まあ、確かに一つだけ、なんでも言うことを聞くとは約束したけどよ……。

    「こんなことに使っていいのか?」

    桐乃は翠眉を顰め、足をぱたぱた動かしながら、

    「な、何に使うかは、あたしの勝手でしょ!?
     とにかく、あんたは明日、もう一度あたしの彼氏になるの!分かった!?」

    剣幕に押され、つい頷いてしまう。
    俺はせめてもの交換条件として言った。

    「お前の彼氏のフリをするのは、これで最後なんだろうな?」
    「それは……っ……」

    あん?
    いくらなんでも、お前の学校の友達が「彼氏に会わせて!」とほざく度に、
    彼氏のフリしてノコノコ出て行くのはご免だぜ。
    俺はそこまで暇人じゃねえ。曲がり形にも受験生なんだよ。

133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 21:51:05.24 ID:tv6s+yzI0
    「そんなこと、わざわざ確認しなくったっていいじゃん。
     あたしだって、す、好きであんたに頼んでるわけじゃないし……、
     本物の彼氏がいたら、あたしだって……」

    しまった、という表情で口を押さえる桐乃。
    きっと今の俺も、桐乃と同じ顔をしているんだろうな。

    『お前の彼氏役なんざ、もう二度とごめんだね』
    『もういい、次からは、本当の彼氏に頼むから』

    どんな馬鹿でも、ここまで同じ応酬をすれば、これが数日前の再現だということに気づく。

    「悪い。言い過ぎた」
    「ううん、あたしも……兄貴の都合、考えてなかった。
     でも……彼氏のフリなんて、あんた以外に頼めないしさ……?」

    両手の指を絡ませ、耳を真っ赤にして呟く桐乃。
    脳裏に黒歴史が蘇る。
    弛緩した雰囲気を引き締めるように、俺はぱんと手を打って、

    「明日の予定は?」
    「んーと、この前と同じ。駅前に九時半に待ち合わせ」
    「渋谷でお前の友達と合流するのは?」
    「お昼ご飯食べてからって言ってたから……二時くらいかな。
     じゃ、そゆことだから」

    昼過ぎに合流するなら、朝から偽装デートする必要なくねえか――と聞く前に、桐乃は部屋を出て行った。
    釈然としない気持ちで、ベッドに寝転ぶ。
    桐乃の残り香が、鼻孔を擽った。
    香水やヘアスプレーのそれじゃない、石鹸のふんわりした匂いだ。

134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 22:25:58.75 ID:tv6s+yzI0
    なに意識してんだか……ごろりと寝返りを打つ。
    黒猫の言葉は遅効性だった。
    メゾソプラノの囁きが、耳許で繰り返しリフレインする。

    『あなたは……あなたの妹からどう思われているのか、真剣に考えたことはある?』

    バカじゃねえのか。
    んなことあるワケねえだろうが。
    桐乃は俺の妹で……俺は桐乃の兄貴なんだぞ。
    誰でもいいから、そう怒鳴りつけてやりたい気分だよ。

    御鏡の一件を境に、奇妙なほど柔和な態度を取るようになった桐乃。
    黒猫に校舎裏に呼び出された俺の帰りを、思い詰めた表情で待っていた桐乃。
    黒猫に告白されてなお、俺が付き合う選択をしなかったと知った途端、甘えてくるような素振りさえ見せた桐乃。

    これらの不可解な行動の数々を、黒猫の臆測はまとめて説明してくれる。
    でも、それが真実だと認めた瞬間に、
    俺がこれまで保ち続けてきた何かが、壊れてしまうような気がした。

136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/13(月) 23:14:09.49 ID:tv6s+yzI0
    雲一つ無い蒼穹。
    そよぐ微風が汗ばんだ肌に心地よい。
    未来都市めいたモノレールが滑らかに視界を横切っていく。
    まるで初めて桐乃とデートしたあの日の焼き直しのような朝だった。

    「おまたせ」
    「行くか」

    嬉しそうに微笑み、腕を絡めてくる桐乃。
    柔らかな胸の感触にも動じることなく、俺は隣の『彼女』が苦にならないよう、普段よりも歩調を落として歩き出す。
    お互い……慣れたもんだよな。
    今なら藤真社長の洞察眼も騙せそうな気がするぜ。

    「なあ、桐乃」
    「なに、"京介"?」
    「……いや、なんでもねえ」
    「なによそれ。あ、分かった。
     呼んでみたかっただけ、ってやつ?」

    キモぉ、とは続けずに、クスクス笑って体を密着させてくる。
    本当は『109でお前の友達と合流するまで普通にしてないか』と言うつもりだったんだが、完全にタイミングを逃しちまった。
    現在、九時四十分。
    昼飯と渋谷までの移動時間を引いても、悠に三時間は余裕があるな。
    お前はどっか行きたいとこあるか、と桐乃に尋ねるのはNGだ。流石に同じ轍は踏まねえよ。

142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/14(火) 00:18:43.68 ID:7UltnA160
    歩くこと十分。

    「到着だ」

    と俺が言うと、それまで大人しく着いてきた桐乃は目をぱちくりさせて、

    「到着って……ここ、中央公園だけど?」
    「ああ、中央公園だ」

    見りゃ分かる。

    「池とバラ園と噴水くらいしか見るものないよ?」

    それだけあったら十分だろ。
    麻奈実と一緒なら終日楽しめる自信があるぞ。

    「昼から体力使うし、午前中はここらでゆっくりしようかと思ったんだがな。
     お前が気に入らないんなら、場所変えてもいいぞ?」
    「だ、誰もそんなこと言ってないじゃん。
     まあ、あんた――じゃなくて、京介らしいよね。
     前なんか植物園に連れて行かれかけたわけだし」

    桐乃は絡めていた腕を解いて、池に臨んだ遊歩道を歩き出す。
    池の水は綺麗なもんじゃないが、夏の陽光がきらきらと反射し、、
    水面の細波を白く彩っている光景は、いくら眺めても飽きが来ない。
    ジジ臭いってか?しかたねえだろ。
    麻奈実と一緒にいると、自然とそういうのに趣を感じる感性が培われちまうんだよ。

144 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/14(火) 00:57:30.91 ID:7UltnA160
    「あっ、あれ見て、あれ!」

    桐乃に服を引かれて視線を転じれば、
    カルガモの親子がすいーっと橋の下を横切っていくところだった。

    「可愛い~。写メっとこ」

    携帯を取り出して構えるものの、なかなかシャッターボタンを押そうとしない。
    普段から被写体としてカメラに接しているせいか、写真には拘りがあるらしい。
    俺は撮影に夢中になっている桐乃から離れ、近場の自販機に向かった。
    勝手知ったる中央公園、どこに何があるか、どの遊歩道がどこに通じているかは大体頭の中に入っている。
    元の場所に戻ると、満足行く写真が撮れたのか、桐乃は木陰のベンチに座って携帯を弄っていた。
    隣に腰掛けると、体を寄せてきて、

    「改心の一枚。どう?なかなかいい感じでしょ?」

    どれどれ……。へえ、上手く撮れてるじゃねえか。
    親ガモと小ガモの配置のバランスが絶妙だ。

    「あやせに送ってあげようっと。あの子、こういう和み系の画像大好きなんだよね~」
    「その前にジュース、どっちがいい?」
    「あ、買ってきてくれたんだ。気が利くじゃん?
     ……あたし、オレンジジュースがいいな」
    「ほらよ」

    カシュ。プルタブを開ける小気味良い音が重なる。
    しばらく無言で、喉を潤した。

147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/14(火) 01:32:17.13 ID:7UltnA160
    「ねえ……あたしたち、ちゃんと彼氏彼女に見えてるのかな」
    「腕組んでるだけでも十分らしく見えると思うけどな」
    「それだけじゃダメなの。結局、この前は藤真社長に兄妹だってこと、見抜かれてたわけじゃん?」
    「あれは色々とお前がボロを出し過ぎたからじゃねえの」
    「あんたの演技力が足りなかったから、の間違いでしょ?」

    会話の内容だけ聞けば責任を擦り付け合っているように思われるかもしれないが
    桐乃の声は不思議なほどに穏やかで、そしてそれはきっと俺も同じで、まるで喧嘩に発展する気配がない。
    ふと、肩に重みを感じて首を動かすと、鼻先にライトブラウンの髪が触れた。

    「何やってんだ」
    「肩借りてるだけ。文句ある?」

    肩くらいいくらでも貸してやるし、文句もねえけどさ。

    「109でお前の友達と合流するまでは、無理して彼女らしいことしなくてもいいんじゃねえか。
     今日は誰にも監視されてないんだから」
    「……ッ。あたしは姿勢が楽だから、こうしてるだけ!
     あと、何事も下積みが大切なの。分かる?
     いきなり『ハイッ、今から彼氏彼女の演技始めて』なんて言われて、自然な演技はできないでしょ?」
    「要するに、今から役に入り込んどくことで、本番でも自然に振る舞えると?」
    「そういうこと」

    桐乃はもぞもぞと体を動かして言った。

    「だから、あんたも………してよ」

    すまん、よく聞こえなかったんだが?

    「だからっ……あんたも彼氏らしいことしてって言ってんの!」

148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/14(火) 01:51:47.44 ID:7UltnA160
    またこいつは無理難題を吹っ掛けてきやがる。

    「彼氏らしいことって何だよ?」
    「はぁ?あたしに言わせてどーすんの?
     そういうのは自分で考えなきゃ意味ないし」

    脳味噌をフル回転させること十秒。
    絶望したよ。自分の女心の理解力にな。

    「すまん。マジで分からん」
    「……彼女が肩に頭乗せてきたら、することは一つじゃん?
     あんたの腕は何のためにあるわけ?」

    ああ、ここまで言われたら流石に分かったわ。
    でもコレ、かなり恥ずかしくねえ?
    いくら俺たち以外の利用客のほとんどが、還暦を迎えて久しい人生の先輩たちとはいえ……なあ?

    「街中であんたに腕絡めてたあたしに比べたら、こんなの余裕でしょ?ほら、早く」
    「だぁっ、急かすなよ。ちょっと待て。……これでいいか?」
    「………う、うん」

    さて勘の良い方はもうおわかりかと思うが、
    俺は今、桐乃の肩に腕を回して、元々密着していた体をさらに密着させている。
    やばい。これ、メチャクチャ恥ずかしい。
    どれくらい恥ずかしいかというと冗談抜きで顔から火を噴くレベル。

174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/14(火) 22:46:16.77 ID:7UltnA160
    通りがかった老夫婦が揃ってこちらを一瞥し、
    顔を見合わせて生暖かい微笑を浮かべ、歩き去っていく。


    「な、なあ。これ、いつまで続けていたらいいんだ?」
    「………ん」
    「桐乃?」
    「…………」
    「おい、桐乃」

    さっきから妙に静かだと思ったら、

    「………すぅ、すぅ」

    寝息たてて眠ってやがるよコイツ!
    こんなところでコロッと寝入っちまうほど眠たかったのか?
    ……ああ、昨日も深夜まで積みゲーの消化に勤しんでいたみたいだから、その反動か。
    目を覆う髪を指で左右に分けてやる。
    無防備な寝顔だ。
    知らず知らずのうちに、俺は妹の顔に見入っていた。
    コイツ、マジで睫長いのな。アイラッシュと見紛うほどだ。
    マスカラだけでここまで伸びるとも思えねえし、やっぱ、地毛が長いんだろう。
    反面、アイライン、アイシャドーは薄めで、普段と比べるとケバさ三割減で穏和な印象を受ける。
    女の子の集まりってのは、お洒落を披露する場でもあるんだろ?
    ティーン誌のモデル様が、こんなに薄いメイクで渋谷に繰り出していいのかよ?

177 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/14(火) 23:12:20.29 ID:7UltnA160
    「………」

    桐乃はムニャムニャと口を動かし、

    「……逃げんな……馬鹿兄貴……」

    どんな夢見てんだよ、お前は。
    あと涎垂らしたらソッコーで叩き起こしてやるからな。
    寝言も大概にしとけってんだ。



    「………ん、……あれ、ここどこ……?」
    「中央公園だよ。
     ベンチに座って、お前が俺の肩に寄りかかってきて、そのまま眠っちまったんだ」

    説明終わり。
    微睡みから醒めた桐乃が、俺の肩から離れて言う。

    「あたし、どれくらい寝てた?」

    腕時計を見せてやる。

    「一時間半も眠ってたの?嘘じゃん?」
    「俺の時計は壊れてない。……あと、見苦しいから口許の涎拭っとけ」

    桐乃は顔を赤くして、ぐしぐしと口の端を手の甲で拭い、

    「あ、あたしが寝てるあいだ、ずっと動かないでいてくれたんだ?」

181 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/14(火) 23:52:03.64 ID:7UltnA160
    あん?
    何勘違いしてんだコイツ?

    「動かなかったんじゃなくて、動くに動けなかったんだよ。
     無理に起こしたら怒るだろ、おまえ」
    「ハァ?何勝手に決めつけてくちゃってんの?
     あたしはそれくらいで怒るほど子供じゃないし……まあ、優しく起こしてもらったら、の話だケド。
     てか、あんたもおかしくない?
     普通デート中に彼女が寝だしたら、叩き起こすのが基本でしょ?」

    つくづく女ってのは自分勝手な生き物だと思う。
    俺に望む行動を言った次の瞬間には、それに相反する彼氏の模範的行動を示すんだからよ。

    「あーあ……こんなに時間無駄にしちゃったじゃん」

    恨めしそうな目でこっちを見るな!

    「お前が眠っちまうのが悪いんだろ。
     だいたい、今日の朝から出かけるのが分かってて、夜更かしするなよな」

184 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/15(水) 01:30:23.36 ID:ks1DjwCF0
    「しょーがないじゃん!
     ユキちゃんルートのCGコンプ間近だったんだよ?
     やるっきゃないっしょ?
     隠しHシーンまで行くの、超大変だったしィ。
     ま、あたしにかかればどうってことなかったケド」

    あーあーあー恥ずかしいからデカい声でHシーンとか口にすんじゃねえよ。
    あと「どうってことない」なら日付変わるまでに終わらせとけや。

    「そういやさァ、あんた、しすしすはちゃんとプレイしてんの?」

    話題転換早ッ。
    ここでしすしすを知らない人のために解説しておくと、
    正式名称妹×妹(Sister×Sister)は
    義理の妹りんこちゃんとみやびちゃんとの儚くも切ない恋愛模様を描いたADVゲーム、つまりはエロゲである。
    桐乃が留学する少し前に『それをあたしだと思って大事にしなさいよね!』という言葉と共にプレゼントされたのはいいが、
    身の回りで起こる各種様々なイベントや受験勉強も相俟って、全然プレイできていないのが現状だ。
    俺は正直に言った。

    「進んでない」
    「みやびちゃんルートは、ちょっとは触ってるんだよね?」
    「まあ、ほんの触りだけな」
    「……りんこりんルートは?」
    「全然」

    桐乃はハァ、と深い溜息を吐いて、

    「あり得ない。あの神ゲーをやらずして妹モノのエロゲ語ろうとかマジで烏滸がましいことこの上ないから」

    いや、語ってねえし。

185 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/15(水) 01:55:25.73 ID:ks1DjwCF0
    「帰ったら、一緒にやってあげる」
    「は?」
    「だってそうでもしないと、あんた一生かかってもしすしすクリアできないでしょ?
     しすしすは神ゲーだけど、BADエンド多いし、攻略チャートは超複雑だし」

    こいつ、完璧に俺が受験生だってことを忘れてやがる。

    「……へいへい」

    それでも首を縦に振っちまうのは、最早条件反射みたいなもんだ。

    「ねえ」

    桐乃は不意に声の調子を変えて言った。
    顔を背け、唇を人差し指の腹で撫でながら、

    「あんた、あたしが寝てる間に……キスとかしたり、した?」

    するかボケ!
    全力で否定する。

    「何ワケわかんねえこと聞いてんだ」
    「あ、あんたがシスコンだから心配になったんでしょ!?
     起きたらあり得ないくらい唇濡れてたし……」
    「それ全部お前の涎だから」

207 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/15(水) 19:20:40.17 ID:ks1DjwCF0
    「ふん、どーだかァ。
     じゃあ聞くけどさあ、あんたはあたしが眠ってる間、何やってたの?」
    「…………ぐ」

    天地神明に誓ってキスなどしていないとは言えるが、
    あどけない妹の寝顔に、しばし魅入っていたことは事実だ。
    俺は顎を掻きながら、小さな嘘を吐く。

    「景色、眺めてた」
    「ふぅーん……一時間以上も?飽きずに?ずっと?
     こんなに可愛い『彼女』が隣で無防備に寝てたのに?」

    お前なあ、その言い方だとまるでお前が何かされたがっていたように聞こえるぞ?

    「き、キモ。誰もそんなこと言ってないし。
     自分に都合良いように解釈するの、やめてくんない?」

    ぷい、と思い切り顔を背ける桐乃。
    立ち上がって伸びをすると、バキバキと威勢よく骨が鳴った。
    桐乃の添え木として長時間同じ姿勢を取っていたせいで、体の節々が凝り固まっている。

    「ちょっと歩かないか?」

    『暑い』、『面倒』――想定していた言葉はいつまでも聞こえず、腕に柔らかい感触が絡みついた。

    「いいよ。あんた、ここには詳しいんでしょ?
     一番いい散歩コース、案内してよ」

211 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/15(水) 20:19:16.00 ID:ks1DjwCF0
    昼過ぎ。
    中央公園で適度に時間を潰し、昼食を取った俺たちは、
    桐乃の友達との待ち合わせ場所である109の2Fピロティにやってきた。
    ここを訪れるのは去年のクリスマス、桐乃の取材に付き合わされたとき以来だが、
    テナントは女性向けばかり、通路は劣化版桐乃とでも言うべき派手めの女でごった返していて、
    改めて男が楽しめるような場所ではないと再確認する。
    彼女の買い物に付き合わされている彼氏の方々にはホント同情するよ。

    「あっ!来たみたい!」

    桐乃がベンチから腰を上げ、大きく右手を振る。
    『地味顔』だの『釣り合わない』だの辛辣な評価を食らう覚悟はできているが、
    せめて清潔感のある微笑でも浮かべていれば、ちょっとは好印象を与えられるのではないか、
    と考えた俺は、口角を上げて桐乃の後に続き――氷点下の視線に射貫かれた。

    「桐乃~!待ったぁ?」
    「ううん、さっき来たトコだよ。
     きゃ、このバッグ~~(聞いたことのない言葉。たぶんブランド名)の新作じゃん?」
    「あはっ、やっぱ桐乃は見る目違うね~。
     あれ、今日の桐乃、なんかいつもと印象違くない?」
    「いつもの桐乃は大人っぽい感じだけどぉ、
     今日の桐乃は可愛い系で攻めてるっていうかァ、そんな感じだよね?」
    「うんうん、それ分かる~。桐乃、メイクの仕方変えたりした?」
    「と、特に変えたりはしてないケド?」
    「うっそだぁ。秘密にしないで教えてよぉ~」

218 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/15(水) 20:59:03.30 ID:ks1DjwCF0
    桐乃を取り巻く輪に加わらず、どこまでも白く冷たい眼で、
    俺を睨み付けてくるそいつは、できるなら桐乃との偽装デート中、最もでくわしたくない人物だった。
    瓜実顔に秀麗な目鼻立ち。
    一本一本梳ったように艶やかな黒髪。
    女子中学生のそれとは思えないほど均整の取れた体つき。
    桐乃とは対極的な、それでいて桐乃と同等の人となりを持つ美少女――あやせ。
    おいおいおいおい、なんでここに俺の天敵にしてラブリーマイエンジェルがいるんだ?

    「ねえ」

    喧噪の中でも、あやせの声はよく通った。

    「そろそろ桐乃に、彼氏さんを紹介してもわない?」

    それまでチラチラと俺の様子を伺っていた女どもが、無遠慮で好奇に満ちた視線を投げかけてくる。
    俺の隣にやってきた桐乃に、俺は小声で問いかけた。

    「おい、あやせが来るなんて聞いてねえぞ?」
    「今日あんたに彼氏のフリしてもらうことは、ちゃんと話してあるから。心配しなくてもいいよ」

    ハッ、心配しなくてもいい?
    どうせお前には分かんねーだろうけどよ、
    今現在俺が浴びせかけられているのは、ガキなら余裕で失禁するレベルの殺意なんだぜ?

226 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/15(水) 21:36:41.31 ID:ks1DjwCF0
    桐乃は頬をポリポリと掻きながら、

    「えっとね、もう加奈子から聞いて知ってると思うケド、この人が、あたしの彼氏だよ」

    ども、と頭を下げる俺。
    一先ず今は、あやせの存在を忘れることにする。
    桐乃の友達その一が言った。

    「いつから付き合ってるの?」
    「今年の夏の初め頃から、かな」
    「知り合ったのはいつ?」

    生まれたときから、とはもちろん言わずに、

    「去年の春くらい、だったと思う」

    去年の春、ねえ。
    無難な返事だが、初めて人生相談に乗ってやった時期と重なるのは偶然だよな?
    桐乃の友達その二が言った。

    「てことは桐乃と彼氏さんは、一年半くらいずっとタダの友達だったんだよね。
     どーして付き合うことにしたワケ?」

    桐乃が横目で俺に発言を促す。
    言えばいいんだろ、言えば。
    台詞は一応10パターンくらい考えてきてあった。

    「桐乃のことは、最初は恋愛対象に見てなかった。なんつーか、妹みたいな感じでさ……。
     でも、一緒にいるうちに好きになっていって、それで、俺の方から付き合ってくれって頼んだんだ」

231 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/15(水) 22:11:21.26 ID:ks1DjwCF0
    桐乃の友達その三が言った。

    「彼氏さんは、桐乃のどんなトコロが好きになったんですか?」

    以前、青い瞳の女の子にまったく同じ質問をされたことを思い出す。
    おかげでスラスラ言葉が出てきた。

    「何にでも一生懸命なところと……。
     あと、こいつのやる気が空回りしたり、失敗したりして折れかけてる時に、
     なんとかして支えてやりたいって気持ちにさせられるところ、かな」

    陶然とした表情で俺を見つめる桐乃フレンズ。
    俺、何か変なこと言ったか?
    少なくとも前みたいに外見だけを誉めるようなミスは犯さなかったはずだぜ。

    「桐乃は?桐乃は彼氏さんの、どんなトコロが好きになったの?」
    「………」
    「桐乃、大丈夫?顔真っ赤だよ?」

    隣を見る。
    桐乃は編み上げパンプスの爪先に視線を落としたまま、熱にうかされたような声で言った。

    「優しいところ、と……頼りになるところ。
     あたしが悩んでるときに、ずっと傍にいてくれるところ。
     あたしがワガママ言っても……、怒らないで聞いてくれるところ。
     それから、」
    「き、桐乃、もう十分だよ」

236 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/15(水) 22:43:40.13 ID:ks1DjwCF0
    おいおい桐乃、お前友達に軽く引かれてるぞ。
    いくら演技に熱が入っちまったとはいえ、

    「………ッ」

    痛ぇ!なんで俺足踏まれてるわけ!?
    自爆したのはお前だろ!
    桐乃フレンズはお互いに顔を見合わせ、得心がいったように頷く。

    「あのね、桐乃」

    その瞬間、俺はこいつらの醒めた反応を予感した。
    『カレシさんさーぶっちゃけなんか地味だしい。桐乃とぜんぜん釣り合ってないと思うんだけどー』
    脳裏に、見下すような半眼をした加奈子が過ぎる。
    あいつほど直截的な物言いはしないだろうが、どっちにしろ、似たようなことは言われるだろう。
    そうだ。いくら俺たちがお互いを思い合っている演技をしたところで、俺と桐乃はお似合いのカップルには――。

    「おめでと。加奈子に桐乃の彼氏には期待すんなって言われてたんだけどぉ、全然そんなことなかったよ?」
    「いい人見つけられてよかったね、桐乃」
    「今までごめんねー、無理に男紹介したりしてさぁ。
     でも、好きな人いるのに隠してた桐乃も悪いんだからねー?」

256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/16(木) 01:17:55.92 ID:am+0f5CQ0
    あれ、なんか眼から塩水出てきたんですけど。
    聞いた?聞きました?
    『いい彼氏』だってよ。びっくりだよ。俺、誉められてるよ!
    ハハッ、やっぱ俺ってさあ、悲観するほど顔悪くねえんじゃねえの?

    「ちょっと冴えない感じはするけどねー」
    「それは言わない約束でしょ」
    「彼氏さんの地味さは、桐乃の派手さと足して2で割ったら丁度よくない?」

    希望を抱いた俺が馬鹿でしたよ。
    謝るから。謝りますからもうそれ以上俺のガラスハートを傷つけないで下さい。
    桐乃ははにかんで言った。

    「ありがと、みんな」

    和やかなムードが流れかけたそのとき、

    「――桐乃」

    それまで一歩引いたところで見守っていたあやせが、俺と桐乃の前に進み出る。
    精緻な美貌は今や醜く歪んでおり、俺はあやせの背後に、鬼神の幻覚を見た。

    「あ、あやせ?」
    「…………」
    「どうしたの?」
    「…………わたしからも、言わせて。おめでとう、桐乃」

    引き攣った笑みを浮かべるあやせ。こめかみには青筋が浮かんでいる。
    この表情を作るためだけに、いったいどれだけの努力が払われているんだろうな。
    俺には想像もつかねえよ。

258 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/16(木) 01:35:52.95 ID:am+0f5CQ0
    「彼氏さんも桐乃のこと、大切にしてあげてくださいね。
     もしも桐乃を泣かせたら……ふふっ、そのときはわたし、彼氏さんのことを殺しちゃうかもしれません」

    冗談になってねえ。目が笑ってねえもん。
    桐乃を泣かす泣かせない以前に殺る気満々じゃねえか。

    「あっ、ちょっと動かないで下さい」

    あやせは何か発見したという風に目を丸くして、すっと距離を縮め、俺の耳許で囁いた。

    「いくら桐乃の許可を得て彼氏役に扮しているとは言え、あまり調子に乗らないで下さい。不快ですから。
     わたしは今日ずっとお兄さんを監視しています。後悔したくなければ、くれぐれも出過ぎた真似は控えて下さいね」

    ごくり。生唾を飲み込む音がやけに大きく頭の中に響いた。
    怖ぇ。今日のあやせたんマジで怖えわ。
    人間って、出そうと思えばこんなに平坦で無感情な声が出せるんだな。
    あやせは俺から身を離し、おそらくは最初から手に持っていたであろう白い糸くずをかざして、

    「髪にゴミがついてました。
     もう、桐乃~、彼氏さんの身嗜みのチェックは、彼女の仕事だよっ?」

289 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/16(木) 16:24:52.63 ID:am+0f5CQ0
    「ご、ごめ~ん」
    「あやせってそういうトコによく気が付くよねー」

    コロッと騙される桐乃と桐乃フレンズ。
    先が思いやられるね。
    もし今ここであやせが俺の手をとり涙ながらに「痴漢です!」と叫ぼうものなら、
    四の五の言う間もなく警備員に連行され、警察のお世話になること請け合いだ。
    しばらくは桐乃と距離をおいて、大人しくしていよう、と思っていたのだが……。
    気を遣ったらしい桐乃フレンズは、二手に分かれて買い物することを提案し、
    当然あやせは俺や桐乃とは別行動だろうと胸を撫で下ろした矢先、
    「わたし、桐乃たちと一緒に買い物するね」とあやせが言い、肝が冷えた。
    おま……そこは空気読むところじゃねえの?
    いや別に、桐乃と二人きりで買い物したいワケじゃねえけどさ。

    「あ、あやせ?
     桐乃と彼氏さんのこと、邪魔しちゃ悪いよ」
    「そ、そうだよ~。あたしたちと一緒に行こっ?」

    焦燥を滲ませた声で、桐乃フレンズがあやせに呼びかける。
    そうだそうだ、もっと言ってやれ!

    「関係、なくない?」

    あやせは一時、普段なら絶対に友達に見せないであろう、絶対零度フェイスを、
    近づいてきた女の子の一人に向けた。半泣きになって、後ずさる少女。
    可哀想に。こりゃトラウマになるぞ。

    「わたしは桐乃と一緒に買い物するのが楽しみで来たのに……離れ離れになったら、全然、意味ないよね?
     いつも……いつも桐乃と一緒にいられる彼氏さんと違って、
     わたしにとって桐乃と一緒にいられる時間は、本当に、本当に大切なの」

291 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/16(木) 16:57:26.75 ID:am+0f5CQ0
    桐乃と一緒にいたい、というあやせの言葉は、紛れもない真実なんだろう。
    部活やコミケの準備、そしてお互いのモデル活動の擦れ違いなど色々な理由で、
    最近あやせと遊ぶ機会がめっきり少なくなったと、この前桐乃が言っていたしな。
    冷えた場の雰囲気を温め直すように、桐乃はあやせの肩に手をおき、友達を見渡して、

    「みんな、気を遣ってくれてありがと。
     でも、今日はデートだけが目的じゃないから……一緒にいこ、あやせ?」
    「桐乃……」

    ぱぁっと天真爛漫な笑顔を咲かせるあやせ。
    こいつはどんだけ桐乃のことが好きなんだよ。
    桐乃と桐乃以外に対する接し方の違いは、もはや二重人格の域に達してると言っても過言じゃねえ。

    さて、そんなこんなで俺、桐乃、あやせの三人組は、109の散策を開始した。
    妙ちきりんなブランド名が頻出するガールズトークに俺の入り込む余地はなく、
    物理的にもあやせが俺と桐乃のあいだに体を割り込ませた上、
    嫌悪感剥きだしの視線で牽制をしかけてきやがるので、自然と距離を置かざるを得ない。
    これじゃ桐乃の彼氏っていうよりか、桐乃とその友達の保護者って感じだな……。

    「どこに行くんですか?」

    ぼーっと歩いていると、背後からあやせに呼び止められた。
    ああ、次はそこの店に入るのか?

    「桐乃が大好きなブランドの服を取り扱っているお店なので。
     当然、男物の服はありません。
     見て回っても退屈でしょうから、お兄さんは一人で帰って下さっていてもかまいませんよ?」

    そこは「店の外で待ってもらっていても」だろ?
    こっから一人で帰るとか惨めすぎるにも程があるわ!

292 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/16(木) 18:21:12.50 ID:Yjqs9Qmf0
    店内に足を踏み入れると、煌びやかな照明が目を刺した。
    マネキンが着ている衣装はどれもこれも意匠が凝らされており、
    麻奈実がこよなく愛する丈夫で質素な服とは全てにおいて対照的だ。
    桐乃は早速服を手に、なにやら話し込んでいた。
    親友を取られて所在なげにしているあやせに話しかける。

    「なんですか?」

    いやさ、お互い一人で服見るのもアレだろ?
    お前もさっき言ったとおり、こういう女物の服ばっか置いてあるトコって、男の俺にとっちゃ最高に居心地悪いんだよ。
    桐乃はなんか店員と知り合いみてえだし、試着室行っちまったし、
    ここは一つ、お前の服選びの付き添いさせてくんねえかな?

    「わたしは、ここで服を買うつもりはありません。外で待っていたらどうですか?」
    「ここを一人で歩いて白い目で見られない男は、警備員くらいだろうよ」
    「それは、そうかもしれないですけど……きゃっ、さりげなく近づかないで下さい」

    ここまで嫌われると憤慨する気も失せてくるね。

    「なんで俺がまた桐乃の彼氏役やってんだって、お前が怒る気持ちは分かる。
     でも、俺も好きでやってんじゃねえんだ。
     あいつが彼氏いるコトにしといた方が都合良いって言ったから、仕方なくだな……」
    「そんなことは分かってます。桐乃がちゃんと説明してくれましたから」
    「じゃあ、なんであやせはそんなにツンツンしてんだよ?」

    あやせはキッと俺を睨め付けて、

    「ツ、ツンツンなんかしてませんッ!」

    してるって。いくら元々の好感度がマイナスだとしても、今日のお前の態度はシビアすぎ。

296 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/16(木) 19:16:46.57 ID:Yjqs9Qmf0
    「お兄さん、一応聞いておきますけど……。
     桐乃が抵抗できないのをいいことに、桐乃にいかがわしいことをしたりしていませんよね?」

    するかボケ。桐乃といいお前といい、俺を女性の隙を見てセクハラする変態扱いするのはやめろ。

    「だって、実際そうじゃないですか」

    ああ、そうでしたね。
    桐乃とお前を仲直りさせた公園での『俺は妹と愛し合っている』発言で、
    俺は近親相姦上等の鬼畜兄貴のレッテルを貼られているんでしたね。
    泣いていいかな、俺。

    「いかがわしいことなんてしてねえよ。そもそも、いかがわしいことの定義って何なんだ?」
    「そ、それは!
     ご、強引に桐乃の唇を奪ったり、いやらしい手つきで桐乃の体を触ったり……。
     って、何言わせてるんですかこの変態ッ!ブチ殺しますよ!?」

    ぎゃー、人気のない公園でならまだしも、こんなトコで物騒な台詞口にしてんじゃねえよ。
    店員さん思いっきりこっち見てるよ。

    「あのなあ、俺は自分から桐乃に、恋人らしいことをした覚えはねえ。
     腕組むのも、手繋ぐのも、全部あいつからやってきたことだ!」
    「桐乃が好き好んでそんなことするわけがありません。
     こうしなければ恋人っぽく見えないぞ、とかなんとか言って、
     お兄さんが強制していたんじゃないですか?そうに決まってますっ」

    ぷくーっ、と頬を膨らませるあやせ。可愛い。
    さんざ罵倒されていながらそう思えるのも、ひとえに俺がラブリーマイエンジェルの虜囚だからだ。

298 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/16(木) 19:52:36.45 ID:Yjqs9Qmf0
    適当に反駁しようとしたそのとき、試着室のカーテンが開いて、
    トータルコーディネートされた桐乃が姿を現した。

    「あやせ、きょ、京介」

    これどうかな、と桐乃が言葉を紡ぎ終える前に、

    「すっごーい。すっごく可愛いよ、桐乃。
     このキャミワンピース、色もデザインも、すっごく桐乃に似合ってるよ?
     ホント桐乃は何着ても似合うよねー!」

    ベタ褒めである。つか何遍『すごい』言えば気がすむんだよ。
    頻用するとありがたみがなくなるぞ。

    「あ、あんたは?」

    桐乃は(普段モデルやってる分、無意識にそうしちまうんだろう)長い髪を右手で流し、
    ポーズを取って流し目を送ってくる。
    体のラインがはっきり分かる桜色のワンピースは、確かによく似合っていた。
    あやせが言ったとおり、何でも――たとえ麻奈実のお古でも――完璧に着こなしてしまうヤツなのだ、桐乃は。
    俺は言った。

    「いいんじゃないか?」
    「……もっと具体的に言ってくんない?
     良いか悪いかなんて、小学生でも言えるよ?」

    誉め言葉のボキャブラリーに乏しくて悪かったな。

310 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 00:06:53.92 ID:Dca7CqIp0
    俺は見たまま、感じたままに感想を述べることにした。

    「余計なアクセントがなくて、色も大人しめで、
     なんつーか、お前らしくないチョイスだけど、清楚な感じで可愛いよ」

    これで満足か?と見返すと、桐乃は唇を尖らせて、

    「あっそ。……もう一着あるから、そっちも見て」

    シャッとカーテンを閉め直す。
    な、なんなのコイツ。
    せっかく誉めてやったんだからはにかむくらいの可愛げ見せろよな。
    続く二着目。
    カーテンの向こうから現れた桐野は、
    花柄のプリントキャミソールに、黒のフリルレーススカートを身に纏っていた……のだが。
    なんつーか、肌の露出度が半端ねえ。
    この格好で真夜中を出歩けば、変質者に襲われても文句は言えないだろう。

315 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 01:15:32.63 ID:Dca7CqIp0
    あやせの誉め口上と店員の解説を聞きかじるに、
    桐乃が今着ている服は上下とも海外の有名デザイナーが手掛けたもので、
    つい先日まで品切れ状態だったのだが、折良く昨日再入荷したらしい。

    「桐乃、さっきのよりも絶対こっちの方が、可愛く見えるよ!
     あのワンピースは、桐乃が着るには無難すぎるかな~って感じ。
     桐乃には、これくらい大胆な服を着て欲しいな」

    あやせに続いて、店員も同じようなことを言った。
    熱の入った語りから、決してお世辞でこの服を勧めているわけじゃないことが分かる。
    桐乃は思案するように鏡を見つめ、鏡面に映った俺と目を合わせて、

    「あんたは――京介はどう思う?」

    俺の意見なんて聞いてどうするよ。
    服の流行りに無頓着な俺よりも、ずっと確かな審美眼を持つあやせや店員さんがこう言ってるんだぜ。

    「いいから言ってよ」

    恥をかくことになるが、仕方ない。

    「俺は……俺は、さっきのが好みかな。
     お前、似たような服はたくさん持ってるじゃんか。
     ああいう自己主張しねえ服の方が、
     素材の良さが引き立って逆にいいんじゃないかな、と思う」

316 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 01:42:32.52 ID:Dca7CqIp0
    「そ」

    桐乃は自分の隣に桜色のキャミワンピースを並べ、
    真剣な面持ちで今試着している服と見比べていたが、やがて吹っ切れたような表情になり、

    「こっちにします」

    ワンピースを店員に差し出した。
    予想外の決断に、桐乃を除く全員が呆気に取られる。
    あやせは掠れた声で言った。

    「桐乃?おかしいよ。どうしてそっちを選ぶの?
     桐乃に本当に似合ってるのは、桐乃が今着ているほうだよ。
     わたしの言うことを信じて?ね?」
    「聞いて、あやせ。
     よく考えたらあたし、この前撮影でこれによく似た服もらってたんだ。
     それに、たまにはこういう大人しめの服着てさあ、ギャップ受け狙うのもアリじゃない?」
    「き、桐乃がそういうなら……そうかもしれないけど……」

    あやせが親の仇を見るような目でこちらを睨んでくる。
    だから、なんで俺?
    桐乃の言い分を聞く限り、俺の意見が反映された結果とも思えねえし、
    自分の意見が聞き入れてもらえなかったことで俺を恨むのはお門違いだぞ。

340 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 15:36:37.59 ID:Dca7CqIp0
    にしても桐乃のやつ、どうせなら二着買えば良かったのにな。
    モデル業のおかげで金はうなるほど持ってるんだし……。

    「あのう」

    店員は俺に向き直り、ニッコリと営業スマイルを作って言った。

    「お会計はこちらになります」

    ああ、そういうオチね。
    桐乃に払わせるという選択肢もないではなかったが、
    彼氏がそんな甲斐性なしでいいのかよ、という妙な虚栄心が邪魔をした。
    気づけば俺の財布からは、二人の諭吉が天に召されていたよ。



    夕方五時。約二時間半に渡るウィンドウショッピングを終え、
    7Fの喫茶店で再び合流した桐乃フレンズと桐乃は、互いの戦利品を披露しあっていた。
    大勢のイケてる(これって死語か?)女子中学生に囲まれ、
    美味くもないケーキを黙々と食ってる俺は、周囲からどんな風に見られているんだろう。

342 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 16:21:24.33 ID:Dca7CqIp0
    ちなみにあやせとあやせを止めようとした桐乃フレンズは
    数時間前の遣り取りが無かったことのように仲良く話していて、
    さっきそのワケを女の子の一人に尋ねたら、

    『あの娘が桐乃のことでおかしくなっちゃうのは、みんな分かってますから』

    と乾いた苦笑で返された。
    偏執狂に理解のある友達が多くてよかったな、あやせ。

    「どうかしましたか?」

    あやせが振り向く。
    ちなみに俺が座っているのは長テーブルの通路側右端で、あやせが座っているのは俺のすぐ右隣。
    理由はもちろん俺と一緒にケーキを食べあいっこするため――ではなく、桐乃を変態の魔の手から護るためだ。

    「いや、何も言ってねえけど?」
    「生暖かくていやらしい視線を感じました」

    どんな視線だよ!
    ま、確かに横顔可愛いなー、綺麗な髪だなー匂い嗅ぎてーとは思ってましたけどね。
    仕方ないじゃん?俺も健全な男子高校生だもの。
    桐乃と桐乃フレンズはフリートークで盛り上がっているみたいだし、
    ここはひとつ、今日一日罵倒された分の意趣返しをしてやるか。

    「見てたことは認める」
    「わたし越しに、桐乃をですか?」
    「なんで桐乃?俺が見てたのはあやせだよ。
     前にも言ったろ。俺お前の顔とか体とかすっげー好みだって」

343 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 16:45:17.34 ID:Dca7CqIp0
    「いきなり何を言い出すんですか?通報しますよ!」

    両手で肩を抱き、体を仰け反らせるあやせ。
    実にいい反応ですなあ。
    ここが人気のない公園じゃなくて、衆目に富み大立ち回りできない喫茶店でよかったよ。
    もし前者なら、俺は今頃ハイキックを食らって昏倒してるところだ。

    「通報?できるもんならやってみやがれ。
     視姦は罪にはならないぜ。近くにいる可愛い女の子を見て何が悪い」
    「ひ、開き直りましたね!?」

    あやせは怒りで顔を耳まで赤くし、利き手を固く握りしめ、

    「……セクハラ発言はやめてください。桐乃に聞かれたらどうするんですか」

    俯き、肩をぷるぷる震わせる。
    なんとか殺害衝動を抑えることに成功したようだ。
    こういうバッドコミュニケーションの積み重ねが、あやせと結婚する未来に繋がるんだよな。
    強い負の感情はひょんなことで強い正の感情に変わる。
    どこでそんな知識を得たかって?エロゲーからに決まってんだろ。
    まだ弄り足りないような気もするが、爆発されても困るので、

    「そういや、お前がなんで桐乃と俺のプリクラを持ってたか分かったよ」

    話題を変えてみる。

    「桐乃が持ってたのをパクったんだってな?」

    ちゃんと桐乃には謝ったのか?
    いくらお前らが親友でも、窃盗は窃盗だぜ。

347 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 17:21:46.70 ID:Dca7CqIp0
    「人聞きの悪いことを言わないで下さい。
     わたしは、あのプリクラを盗んだわけじゃありません。
     撮影で一緒になった日の帰り、ご飯を食べに行って、
     お金を払うときに桐乃が落としたのを拾ったんです」

    これが即興の言い訳か、そうでないかを判断する術はない。

    「そっか。勝手に疑って悪かったな。
     つうか今更だけど、なんで桐乃はあやせにプリクラを見せなかったんだろうな」

    桐乃は昨日こう言った。
    プリクラの一部を保存していたのは俺の馬鹿面を友達と一緒に見て笑うためだ、と。
    でもそれなら、どうしてあやせとご飯を食べた時に、
    『この前あたしの兄貴に彼氏役頼んでさぁ、仕方なくプリクラ撮ってやったんだケドぉ、
     見てこのニヤケ顔?超キモくない?ホント、これだからシスコンは困るよねー』
    だのボロカスに言って(自分で想像して悲しくなってきた)プリクラを見せなかったのか分からない。
    そこで桐乃がきちんとあやせに事情――恋人のフリはスカウトの話を断るための演技――を説明していれば、
    俺があやせ邸で手錠をかけられながら折檻されることもなかったのにな?

    「…………」

    口を噤み、物言わぬ貝になったあやせは、
    やがて苛立ちと呆れを同居させた瞳で俺を見据え、

    「……お兄さん、それ、本気で言っているんですか?
     もしそうなら、鈍いにも程がありますよ?
     お兄さんみたいな昼行灯の幼馴染みを何年も続けているお姉さんを尊敬します」

    グサッ。
    今の発言、今日で一番傷ついたわ!

349 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 17:50:50.58 ID:Dca7CqIp0
    「ちょっと考えたら、簡単に分かる矛盾じゃないですか」

    俺は数秒、あやせの言う矛盾とやらの解明を試み、

    「全然分からん」

    早々に諦めた。
    なあ、知ってるなら隠さないで言ってくれよ。

    「ほ、本当はこんなこと、言いたくありませんけど」

    あやせは下唇をぎゅっと噛み締め、

    「あのプリクラに映っている男の人を、『彼氏』ではなく『お兄さん』として笑いものにするつもりなら、
     桐乃が今日、みんなにお兄さんを彼氏として紹介するわけが――」
    「きゃはっ。あやせー、桐乃の彼氏さんと何仲良くなってんの~?」
    「確かあやせも桐乃と同じで、年上の人が好みなんだよね」
    「桐乃~、気をつけないと、あやせに彼氏とられちゃうかもよ?」

    デクレシェンドがかかったあやせの声に、桐乃フレンズが癪に障る甲高い声を被せてくる。
    くそ、てめーらのせいで後半あやせが何を言っているのか聞き取れなかったじゃねえか。

    「ち、違うよ桐乃っ。わたしは別におに――彼氏さんと、そんなつもりで話してたんじゃないからね?」
    「ぷっ、あやせってば、必死すぎ」

    顔を真っ赤にして否定するあやせと、苦笑でそれに応える桐乃。
    結局、それからあやせは桐乃に気を遣ったのか、一言も俺と口を利いてくれようとせず、
    喫茶店を出た俺たちは109のエントランスで別れ、とうとう『矛盾』の正体は分からず終いだった。

350 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 18:20:19.67 ID:Dca7CqIp0
    あやせを含めた桐乃フレンズが雑踏に消えたことを確認し、

    「俺たちも帰るか」

    振り返る。桐乃は驚いたような顔になって、

    「晩ご飯は?食べて帰るんじゃないの?」

    俺は桐乃の目の前に、出かけに比べて随分と薄くなった財布を見せてやった。
    耳を澄まさなくても聞こえてくるだろ?
    閑古鳥の鳴き声が。

    「じゃあ……ご飯代は、あたしが出すよ?」
    「別にいいよ。家で食おうぜ?」

    昔気質だと笑われちまうかもしれないが、
    割烹店で連れの女に財布出させるのは、嫌なんだよ。

    「見栄っ張り」

    ほっとけ。
    桐乃は渋々ながらも納得してくれたみたいで、表情をふにゃっと崩し、

    「今日は……あたしの我が侭に付き合ってくれて、……服まで買ってくれて……ありがと」
    「あ、ああ」

360 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 18:57:20.30 ID:Dca7CqIp0
    「本当は、服はあたしが自分のお金で買うつもりだったんだ。
     試着室出たら、あんたが買ってくれててビックリした。
     よくあんなにお金持ってたね?」
    「ば、馬鹿にすんな。俺だってあれくらいの金は常に持ち歩いてる」
    「ふぅ~ん?そうなんだ?」

    ジト目で見上げてくる桐乃。こりゃ完璧に見透かされてんな。
    ああ、そうだよ。今月の小遣いや、麻奈実家の手伝いの駄賃が今回の買い物で綺麗に無くなっちまったよ。
    ま、109に買い物に行くとお前が言い出した時点で、こうなることは分かってたんだがな。
    なんせ去年の冬に携帯小説の取材で付き合わされたときは――。

    「お前、そのイヤリング……」
    「……き、気づくの遅すぎ」

    桐乃は恥ずかしそうに俯き、耳にかけていた髪を下ろす。
    さっきまで見えていたイヤリングは、間違いなく俺が去年のクリスマスに、
    三万もするシルバーアクセサリーの代わりとしてプレゼントしてやったものだ。
    顔がカッと熱くなるのを感じる。

    「このイヤリングは、あくまで取材用に買ってもらったモノだけど、
     一応あんたからもらったことには、変わりなくて……。
     前のデートでプレゼントされたモノを、次のデートに付けていったら、
     恋人っぽいかなって……そう思っただけ」

    支離滅裂な言い訳をする桐乃。
    俺は何も言わずに、桐乃の頭を撫でてやった。
    イヤリング、大切にしてくれてたんだな。
    とっくに収納箱の底に仕舞われて、存在すら忘れられてると思ってたよ。

367 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 20:59:08.71 ID:Dca7CqIp0
    「こ、こんなとこで撫でんな。みんな見てんじゃん」

    言葉とは裏腹に、桐乃は俺にされるがままになっている。
    兄貴が妹の頭撫でてるだけだぜ。
    何も恥ずかしがることなんてねえだろ。
    満足したところで、俺は言った。

    「そろそろ、帰るか」
    「うん」

    帰路を歩き出し、しばらくしたところで、
    買い物袋を持っていない方の腕を柔らかい感触が包み込む。
    隣を見れば、ライトブラウンのつむじ。
    もう騙す相手はいねーんだ、こんなことしても無意味だろ、
    なんて台詞をすんでのとこで飲み込む程度には、俺も桐乃の心が読めるようになったつもりだ。
    家に帰るまでが遠足、とも言うしな。
    桐乃は普段の覇気の欠片もない声で言った。

    「ねえ、また今度……兄貴がホントに暇なときでいいからさ……あたしの買い物に付き合ってくんない?
     か、彼氏のフリをしてって頼んでるワケじゃなくて……ホラ、あたしって超可愛いじゃん?
     くだんない男にナンパされたり、モデルにスカウトされたり、面倒なことが多いんだよね。
     あんたと一緒だったら、そういうの寄ってこないし……もし寄ってきても、追い払ってくれる……でしょ?」

    妹にここまで頼まれて、首を横に振れる兄がこの世にいるだろうか。いや、いない(反語)。

369 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 21:24:12.63 ID:Dca7CqIp0
    「分かった分かった。たまになら荷物持ちになってやるよ」

    桐乃が思ってるほど受験勉強は逼迫してねえし、
    ここだけの話、余裕で志望校の合格圏内だしな。
    ホント、麻奈実様々だよ。

    「約束、破ったら怒るから」
    「へいへい」

    それから俺たちは他愛もない話をしながら帰路に着いた。

    この日の俺と桐乃は、今思い返しても寒気がするくらい、仲睦まじい兄妹だったように思う。
    初めて偽装デートした時のようなぎこちなさも失敗もなく、
    考え得る限り最高の形で、俺は桐乃の彼氏役を、桐乃は俺の彼女役を演じきった。
    このむず痒くも心地よい関係の余韻が、いつまでも続くような予感があった。
    だが、心の隅に巣くう蟠りが――耳許で蘇る黒猫の言葉が――それに甘んじることを許さなかった。

372 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 21:49:45.39 ID:Dca7CqIp0
    夜。
    飯を食った後、桐乃に続いて手早く風呂をすませ、パジャマに着替えた俺は、
    桐乃の部屋に請じ入れられ、ベッドの上で桐乃の美しい肢体に魅入っていた……。
    とまあ、エロゲーのHシーンみたく描写してみたが、
    現実はなんのことはない、ただ単にベッドに腰掛け、
    桐乃の一人ファッションショーを観賞しているだけである。
    ちなみに着ている服は、今日俺が買ってやったワンピース。

    「えへへー……かなり良い感じじゃない?」

    姿見の前でポーズを取り、着飾った己の美貌に陶酔する桐乃。
    ナルシストの鏡だね。
    実際見てくれが最強で、馬鹿に出来ないところが余計にムカつくぜ。

    「感想は?」
    「はいはい可愛い可愛い」
    「全然感情こもってないんですケド」

    こめたらこめたで『シスコンキモぉ』とか『うわ、マジで言っちゃってるし』とか言って扱き下ろすんだろ?
    俺は肩を竦めて言った。

    「親父に見せてきたらどうだ?きっと泣いて喜ぶぞ」

    ついでに両手を胸の前で組んで瞳潤ませながら『お父さんいつもありがとう。大好き』って言ってみろ。
    脳溢血起こすぜ、きっと。

    「お父さんはあたしがどんな服着てても誉めてくれるから、意味ないし」

373 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 22:11:59.20 ID:Dca7CqIp0
    さあ早く、と言わんばかりに仁王立ちで腕を組み、俺を見下ろしてくる桐乃。
    しかたねえなあ。何遍同じことを言わせりゃ気がすむんだよお前は。

    「……よく似合ってる」
    「ぷっ、んなの当たり前じゃん。
     あたしを誰だと思ってんの?どんな服でも華麗に着こなしちゃう天下の読モだよ?
     ま、あっちの服よりこっちの服の方が良いって言ったあんたのセンスは、認めてあげないこともないケド?」

    うっぜぇ~!
    せっかく恥を忍んで心込めて誉めてやったってのに、何このムカつく反応。
    誰もお前に認めてほしいなんて言ってねえし!
    俺がこめかみの血管をピクつかせていると、桐乃はチョイチョイとドアを指さし、

    「ほら、さっさと出てってくんない?」

    は?

    「部屋着に着替えるの!
     なに?……あんたもしかして、あたしの着替え見たいワケ?」

    妹の着替え姿なんざ見たくねえよ。
    俺はベッドから立ち上がり、桐乃の部屋を出て、ドアを背もたれにして廊下に座り込んだ。

    「の、覗いたら殺すよ?」

    ドア越しに聞こえてきた声に、

    「誰が覗くか」

    即答する。

379 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/17(金) 22:33:19.21 ID:Dca7CqIp0
    なんで妹様の着替えを待たずに自分の部屋に戻ってしまわないかと言えば、
    それは今夜のメインイベントがまだ消化されていないからで、

    「入っていいよ」

    再びドアを開けた俺は、ショートパンツとTシャツ姿になった妹と、
    しすしす(桐乃一押しのエロゲ)のオープニング画面が表示された液晶画面を見た。

    「ささっ、座って座って」
    「はいよ」

    ご丁寧に椅子を引いてくれる桐乃。
    座ろうとしたら、案の定スカされた。

    「ガキかお前は!」
    「お、怒んないでよ。ちょっとした悪戯じゃん?」

    予測して空気椅子の姿勢とっててホントに良かった。
    気を取り直して座り直す。
    背もたれに体重を預け、マウスにそっと右手を乗せれば、エロゲをプレイする準備は万端だ。
    桐乃はすぐ後ろのベッドに膝で立ち、背もたれに手をかけてバランスを取っている。
    ひっくり返りそうで怖い。あんまり体重かけんじゃねえぞ。

    「うっさい。さっさと始めたら?
     今夜中に最低でも一ルート攻略するって約束、守れるの?」

    言い返す気も失せた俺は、カーソルを滑らせ、スタートの文字をクリックする。

387 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 01:15:01.56 ID:X3NsEiFd0
    デフォルメされたヒロイン二人が踊るアニメーションとともに
    「いもうと、足りてる?」というキャッチフレーズが流れる。
    ロード画面が終わると、いよいよ本編開始だ。
    主人公は取り立てて特徴のない平凡な青年。
    親の再婚を切欠に、双子の義理の妹ができる――という、妹モノのエロゲにしてはありがちな導入。

    『あんたがアタシの兄貴?マジ有り得ない、サイアクなんですケドぉ…』

    腰に手を当て、見下すような声音で罵倒を浴びせてくるのがりんこ。
    髪型はライトブラウンのショートカットで、前髪の両脇には赤いピン。
    空色の双眸は性格を反映しているかのように吊り気味だ。

    『今日からよろしくね、お兄ちゃん』

    りんことは対照的に、柔らかい微笑みで迎えてくれるのがみやび。
    髪型は黒のセミロングで、豊かな後ろ髪を二つの赤いリボンで纏めている。
    菫色の双眸は見る者に聡明で穏和な印象を与える。

    「どっちから攻略すんの?
     ま、清楚系が好みのあんたのことだから、だいたい予想はついてるケド……」

    耳許で現実世界の妹が言った。

396 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 02:11:42.20 ID:X3NsEiFd0
    「りんこからにする」
    「え、なんで?
     りんこりんもマジ天使だけど、あんた的にはみやびちゃんの方が好みなんじゃないの?
     その、容姿とか……性格とか……色々さあ?」

    桐乃の言葉に返事せず、淡々とと左クリックを繰り返す。
    テキストに視線を這わせながらも、俺の脳味噌はまったく別の考えに支配されていた。
    初対面の相手に暴言を吐き散らすりんこへの怒りでも、
    双子の粗相を一生懸命取り繕う健気なみやびへのときめきでもない……。
    ここ最近の桐乃の態度と、昨日黒猫に聞かされた話が導き出す、ひとつの可能性について。

    『あなたは……あなたの妹からどう思われているのか、真剣に考えたことはある?』

    という黒猫の質問に、俺は咄嗟に答えることができなかった。
    それから数秒の間をおいて、絞り出した言葉はこうだ。

    『だいたいどう思われてるのかは、分かってるつもりだぜ。
     相談に乗ってやったり、悩みの解決に力を貸してやったりしたことで、
     俺はあいつに、感謝はされてる……とは思う。
     でも、それはそれ、これはこれでさ。
     基本的に俺は、あいつにとっちゃベタベタ構ってくるウザい兄貴で、
     世間一般の年の離れた兄妹の兄貴みたいに、尊敬されてもなけりゃ、慕われてもいねえよ』

    黒猫は薄く笑んで一蹴した。

    『どうしてそう言い切れるの?
     それはあくまで、先輩の主観で見たあなたの妹の姿でしょう?
     相手が自分に対してどんな気持ちを抱いているかなんて、そう簡単には推し量れないものよ。
     特にあなたとあなたの妹のような、特殊な肉親関係では』

397 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 02:22:00.45 ID:X3NsEiFd0
    --------

    親交を深めるべく訪れた海辺で、水着姿のりんこは腕を組んで言った。

    『キモ、慣れ慣れしくすんな』

    主人公は言う。まあ、そういうなよと。りんこはすげなく言い返す。

    『喋んな。むかつく。ばかじゃん』

    ・おまえ、いい加減にしろよ
    ・ガマンだ、ガマン……
    選択肢。俺は逡巡無く後者を選択した。
    口を出しかけて、言葉だけを飲み込んだのか、耳に桐乃の吐息がかかる。

    『これだけ言っても怒らないんだ?情けないやつ』

    じゃあどうしろってんだ?と主人公は嘆く。

    『死ねばいいと思うよ アンタなんかど~せ生きててもしょうがないでしょ?』

    暴言の矢面に立たされながら、主人公は辛抱強く話しかける。
    しかしりんこに、主人公の気持ちは届かない。

    『うっさい! 他人のくせに、兄貴面しないでよ!』

    どこかで聞いたような台詞だな、と思った。
    りんこが一年と半年前の桐乃にそっくりなのは、言うまでもないよな。
    いや……口を利いてくれるだけ、まだりんこの方がマシかもな。
    あの頃の俺たちは、家の中ですれ違っても見ず知らずの他人のように振る舞っていたんだから。

411 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 10:51:15.88 ID:X3NsEiFd0
    「出会ってすぐのりんこりんは、ツン120パーセントって感じだよね~。
     あたしも最初にプレイしたときは、こんなのヒロインじゃない、ユーザーなめてんのかって思ったよ?」

    桐乃は懐かしそうにそう言って、一拍間をおき、

    「……でも、それりんこりんの照れ隠しだから」
    「分かってるよ。いつかデレなきゃゲームになんねえだろ」
    「その考え方は甘過ぎィ。
     りんこりんの好感度が一定値以下になったら、BADエンド直行だよ?
     あとでみやびちゃんにも言われると思うケド、りんこりんには、とにかく優しく接してあげなきゃダメ」

    --------

    『特殊な肉親関係?』

    と俺は黒猫にオウム返しに言った。
    相変わらず婉曲で小難しい言葉遣いが好きだな、こいつは。

    『物わかりが悪いわね』

    黒猫は頬杖をつき、

    『お互いを嫌い合っていた時間が長すぎて、
     その関係が改善されつつあることを、素直に認められない兄妹のことよ』
    『仲直りしてすぐに元の状態に戻れないのは、どこの兄妹でも一緒だろ』
    『話を普遍化しようとしても無駄よ。
     あなたとあなたの妹の関係がおかしくなったのは、いつからかしら?
     喧嘩の原因は?そういったことを、あなたはきちんと覚えている?』
    『…………』

413 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 11:22:27.73 ID:X3NsEiFd0
    関係が拗れた直接の原因なんて、思い出せるわけがない。
    あいつが陸上で賞を獲るようになったことや、学業で優秀な成績を修めるようになったこと、
    血の繋がっている俺にさえ『綺麗だ』と言わしめる容姿に成長したことは、
    あくまで俺のコンプレックスを助長し、桐乃嫌いに拍車をかけた要因に過ぎない。

    『覚えてるワケねえだろ』

    黒猫の言うとおりだった。
    俺と桐乃は、大元の喧嘩の原因が何だったか忘れちまうくらい、長い間お互いのことを避けていた。

    『それが何だったのか思い出せない限り、
     俺はあいつと本当の意味で仲直りすることはできないのかもな』
    『そう悲観することはないわ。
     言ったでしょう?
     あなたとあなたの妹の関係は、それが冷え切っていた頃に比べれば、着実に改善されていると。
     ただ、先輩の考え方が正鵠を得ていることも真実よ。
     雨降って地固まる、という格言は、最早あなたたちには当てはまらないでしょうね』

    長きに渡る豪雨で崩壊した人間関係の地盤は、到底元の状態には修復不可能で、
    その上に築かれるのは、きっと全く別の、新しい人間関係だと、遠回しに黒猫は言っていた。

    -------

    『ごめんね、お兄ちゃん。りんこのこと、あんまり怒らないであげて?
     きっと、りんこもね?本当はお兄ちゃんができて、嬉しいはずだから……』

    そうかな?と頭を掻いて首を傾げる主人公。
    みやびはブランコを揺らしながら、柔らかく笑んで答える。

    『うん、りんこ照れ屋さんだから』

414 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 11:35:06.12 ID:X3NsEiFd0
    みやびは束の間、その可愛らしい紅唇を噤み、
    やがて上目遣いで主人公を見上げると、

    『あのね、お兄ちゃん。わたしはお兄ちゃんと会えて、嬉しかったよ。
     きっと、りんこだって同じだと思う。
     わかるんだ、わたしたちは、双子だから』

    お兄ちゃんと会えて嬉しかった、か。
    面映ゆい気持ちになった主人公は、
    ブランコを降りたみやびから、さらなる追撃を食らう。

    『……お兄ちゃん、大好き』

    アップで映し出されるみやびの顔と、その周りを飛び交う大量のハートマーク。

    「みやびちゃんの思わせぶりな告白キター!!」

    現実の妹は大はしゃぎだ。

    「あっ、これは別にみやびちゃんルート行ったワケじゃなくてぇ、全ルート強制のイベントだから。
     あーもー、みやびちゃんカーワーイーイー!」

    うるせーな、ちょっと声のトーン落とせ。
    お袋か親父がお前の奇声に気づいて部屋に入ってきたらどうするつもりだ?

416 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 11:55:49.15 ID:X3NsEiFd0
    「大丈夫だって。早く先進めて?」

    お前の無根拠な楽観ほど当てにならないものはねえよ。
    俺は溜息を吐き、親父やお袋が夫婦団欒の時を過ごしていることを祈りつつマウスを操作する。

    『あのね、お兄ちゃん。今度の日曜日はヒマ?
     わたし、買い物に出かけたいんだけど、ひとりで街を歩くのは怖くて……』

    りんこを連れていったらどうだ、と提案する主人公。
    みやびはゆっくりとかぶりを振って、

    『りんこちゃんは、用事があるみたい。
     お兄ちゃんが一緒に来てくれたら、みやび、嬉しいな』
     
    イエス。ここでノーを選ぶヤツは頭がどうかしてる。

    『ありがとう、お兄ちゃん』

    主人公とみやびは暮れなずむ空を見上げながら、
    朱色に染め抜かれた帰り道を、手を繋いで歩いて行く……。

    -------

    『お前にはどう見えてるんだ?』

    黒猫は質問の意味が分からなかったのか、二、三度瞬く。

    『お前は、俺が言った俺と桐乃の関係は、あくまで俺の主観で見たモンだと言ったよな。
     じゃあさ、お前から……客観的な視点から見た俺たちは、どんな風にお前の目に映ってるんだよ?』

419 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 12:20:34.60 ID:X3NsEiFd0
    『それは、わざわざわたしに聞かなくても、少し頭を働かせれば分かることではないかしら』
    『はぁ?』

    黒猫は幽かに頬を赤らめ、コーヒーカップの水面に視線を落としながら、

    『わ、わたしはずっとあなたのことを……あなたとあなたの妹のことを見ていたわ。
     わたしがあなたをどう思っているのか、
     あなたの妹の気持ちと比較して口にしたことは、一度や二度ではなかったはずよ』

    俺は黒猫と出会ってから今までの記憶を辿り、

    『……ッ』

    唐突に理解した。『おまえ、俺のこと好きなの?』と訊いた俺に、黒猫は、
    『好きよ……あなたの妹が、あなたのことを好きなくらいには』
    『好きよ……あなたの妹が、あなたのことを好きな気持ちに、負けないくらい』
    と答えた。あのとき、俺は『好きよ』に続く妹の気持ちとの対比が、
    『好き』という言葉が本来持つ意味を失わせるためにくっつけられたモノだと、信じて疑わなかった。
    でもあの時と違って、今の俺は黒猫が純粋に俺を好いてくれていると知っている。
    すると黒猫の言葉は、引き合いに出された桐乃の気持ちは、俄然その意味を変えて――。

    『有り得ねえよ。黒猫、いくらなんでもそれは間違ってる』

    俺は脳裏を過ぎった可能性を打ち払うようにかぶりを振った。
    そんなことをちょっとでも真面目に考えちまった自分に、寒気がしたよ。

421 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 12:37:40.01 ID:X3NsEiFd0
    『間違ってなんかいないわ。
     それは不思議なことではない、何も不思議なことではないのよ、先輩』

    黒猫は生徒を諭す先生のような優しい声音で、

    『ウェスタ―マーク効果という言葉を知っていて?
     人は幼い頃から一緒に育った相手――妹にとっての兄や、兄にとっての妹――を性的な目で持つことはないとされているわ。
     でも、もしもその関係が、長い空白期間によってリセットされてしまったとしたら……きゃっ』

    気づけば俺は、テーブルを拳で叩いていた。

    『やめろよ』

    今考えても、ガキみたいな行動だったと思う。
    耳に入れたくないことから逃げようとして、暴力に訴えるなんてよ。

    -------

    次の日曜日。
    駅前の待ち合わせ場所に主人公が赴くと、そこで待っていたのはみやびではなく、りんこだった。

    『な、なんでアンタがここにいるワケ!?』

    それはこっちの台詞だよ。なんでお前がここに?と驚く主人公。
    俺はみやびに言われてここに来たんだが、と事情を説明すると、

    『ウソ、アンタも?
     く、くっそぉ~、みやびのやつ、あたしをハメたな~っ』

    どうやらりんこの言うとおり、主人公とりんこはみやびに一杯食わされたようだ。

424 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 12:53:43.57 ID:X3NsEiFd0
    これからどうするよ、と主人公が言うと、
    りんこは腕を組んでそっぽを向き、それでいて顔をうっすらと赤らめながら、

    『……ち、しょうがない。
     こうなったら、今日はアンタでガマンしてあげる』

    それを照れ隠しだと察するくらいに成長した主人公は、
    『デートみたいだな』とりんこをからかう。

    『デ、デートじゃないっての!
     キモいからそれ以上近づくなっ!』

    りんこは逃げるように早足で歩き出した後、
    主人公が着いてきているか確かめるように振り返り、

    『一緒に行ってあげるんだから、感謝しなさいよね!』

    「全然デレねえな、りんこ」
    「はぁ?デレの片鱗はところどころに見えてるじゃん」
    「そうかあ?」
    「あんた読解力なさすぎ」

    桐乃は身を乗り出して、俺の手に自分の手を重ね、ログを表示させる。

    「ここの『アンタでガマンしてあげる』って台詞、マジで主人公のこと嫌ってたら絶対言わないでしょ?
     主人公一人に買い物任せて帰っちゃうでしょ?」
    「それくらいは言われんでも分かる」

    俺が言ってるデレってのは、もっと誰の目に見ても明らかな好意の表現であってだな……。

429 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 13:50:25.63 ID:X3NsEiFd0
    「りんこりんをイベント三つ四つこなしたらすぐデレる、そのへんのツンデレキャラと一緒にしないでくんない?」

    桐乃は捲し立てる。

    「この頃のりんこりんは、まだ主人公が自分のことをどう思ってるのか悩んでる状態なワケ!
     兄妹として仕方なく自分に接してくれているのか、
     それとも、一人の異性として意識してくれているのか……。
     てかこの主人公、ホント優柔不断な性格してるよねー。
     思わせぶりな態度とったかと思えば、すぐその後に有り得ないくらい冷める発言するしィ」

    お前はどんだけりんこりんに感情移入してんだよ。
    つーかこいつ、さっきから思いっきり俺の背中に胸が当たってることが分かってないのかね。
    指摘したら指摘したでギャーギャー喚くだろうし、さっさと自分で気づいてくんねーかな。

    --------

    黒猫は怯まなかった。

    『いいえ、やめないわ』

    フッ、と小馬鹿にするように鼻を鳴らし、

    『認めたくないのなら、はっきり言ってあげましょうか。
     あの女は――あなたの妹は、あなたのことが好きなのよ。兄としてではなく、一人の男として』

    シンと静まり返っていた店内に、徐々に活気が戻ってくる。
    俺は振り下ろした拳はそのままに、うまく働かない脳味噌で、黒猫の言葉を噛み締めていた。

431 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 14:22:57.41 ID:X3NsEiFd0
    『なぜあなたの妹が、他でもないあなたに彼氏の代役を頼んだのか。
     なぜ知り合いの男に彼氏のフリをさせて、あなたの反応を伺うような真似をしたのか。
     あなたはもう少し、あの女の行動一つ一つにきちんとした濫觴を求めるべきよ』

    桐乃さんは、お兄さんに、気づいて欲しかったんですよね――御鏡の問いかけに、桐乃は答えることができなかった。
    言葉を詰まらせ、大粒の涙を零す妹に『なぜこんなことをしたんだ』と強く問い詰めなかったのは何故だ?
    『無理に言わなくてもいい』と桐乃の頭を撫でて終わらせたのは何故だ?
    兄の義務を果たすため?違う。
    俺はみっともなく逃げだしたんだ。
    俺は怖れていた。
    妹の口から飛び出すかもしれない、俺と桐乃の関係を根底から覆す可能性を持つ言葉を。

    『黒猫……俺は……』

    面を上げて、そこで初めて、目の前の赤い瞳が潤みを帯びていることに気づく。
    な、なんでお前が泣きそうになってんだよ。

455 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 20:00:25.74 ID:X3NsEiFd0
    『あなたに告白する前の日の夜、わたしはあなたの妹と電話で、
     あなたに思いを告げることを宣言した。反対されても、やめる気はなかった。
     けれどあなたの妹は動じずに、確信に満ちた声でこう言ったわ』

    黒猫は桐乃の声色を真似る努力もせずに、

    『兄貴はね、あたしのことが一番大切なの』

    眼窩を過ぎるのは、リビングでの一幕。
    桐乃のことが大好きだと宣った御鏡に、俺は真っ向から言ってやった。
    俺よりも桐乃を大切にできると認めさせなければ桐乃はやらん、と。

    『あなたの妹はね、暗にわたしがフラれることを予言したのよ。
     どこの世界に妹のために彼女を作らない男がいるのかと、せせら笑ってやりたい気分になったわ。
     けれど、あなたとあなたの妹に限っては、それも有り得ると考えてしまう自分がいたの』

    黒猫の真っ白な頬を、小粒の涙が伝う。

    『それでも、諦めることなんてできなかった。
     わたしにとってもっとも望ましい結果がもたらされるようにわたしなりの全力を尽くすと、
     そうしなければ嘘になると、わたしは他でもないあなた自身に誓ったのだから』

460 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 21:14:56.37 ID:X3NsEiFd0
    両頬を伝う涙は、やがて顎先で合流し、雫となってテーブルに落ちる。
    黒猫は畳みかけるように言った。

    『ねえ、あなたは……あなたが返事を保留にするのはどうして?
     焦らされるのは、もう厭よ。
     わたしよりもあなたの妹が好きなら、はっきりとそう言えばいいわ』
    『違う、違うんだ黒猫、俺は……』
    『妹のことが好きじゃない、なんて白々しい台詞はやめて頂戴ね。
     胸に手を当てて顧みてごらんなさい。
     その上でまだ自己欺瞞を続けるつもりなら、わたしはあなたに失望せざるを得ないわ』
    『お前の言うとおり、確かに俺は桐乃のことを、好きなのかもしれない。
     でも……でもさ、それはあくまで兄妹としての好きであって、異性としての好きじゃない。
     百歩譲って桐乃が俺を異性として好きなんだとしても、俺が桐乃をそういう目で見るなんてことは有り得ねえよ』

    それなら――と黒猫は酷く醒めた声で言った。

    『あなたは今口にしたものと全く同じ言葉を、あなたの妹に突きつけることができるというの?』

    --------

    『あっ……この公園……』

    買い物の帰り道、りんこは寂れた小さな公園の前で足を止めた。
    以前、主人公とみやびが訪れたことのある公園だ。
    風に吹かれ、寂しげに揺れるブランコを見つめるりんこに、主人公は寄り道を提案する。

    『こ、こんなトコに寄っても意味ないじゃん。
     早く帰ろうよ。みやびも待ってるし……ッ!触んな、変態!』

    主人公は喚くりんこの背中を押して、公園に足を踏み入れた。

461 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 21:32:21.64 ID:X3NsEiFd0
    りんこはブランコの一つに腰を下ろし、足をぷらぷらと遊ばせる。
    その光景がなぜか、主人公の胸を締め付けた。
    こがないのか、と尋ねると、りんこは自嘲気味に笑んで、

    『アタシ、ブランコこぐの下手なんだ』

    小さな期待を込めた瞳で、上目遣いに見つめてくる。

    選択肢。
    ・押してやる 
    ・押すかどうか迷う
    ・逃げる
    俺は迷わず一番上を選んだ。

    『……………な、何するつもり?』

    りんこの背後に回り込み、華奢な背中をそっと押し出す。
    徐々に大きくなる振れ幅。りんこの表情に、あどけない笑みが浮かぶ。
    郷愁に似た切なさが、主人公の胸に去来したその時――。

    『あーっ、アンタ今、アタシのお尻触ったでしょ!?』

    りんこは突然ブランコから飛び降り、綺麗に砂場に着地した。
    主人公に、りんこのお尻を触った覚えはない。
    きっと、主人公にされるがままになっている自分に気が付いて、恥ずかしくなったのだろう。

    『変態ッ、痴漢ッ、強姦魔ッ!』

    はいはい。主人公は溜息を吐いて歩き出す。
    隣に感じるりんこの気配。また来ような。主人公の言葉にりんこは応えない。

464 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/18(土) 22:13:09.48 ID:X3NsEiFd0
    主人公は誰ともなしに呟いた。
    前にも、りんこと一緒に公園で遊んだことがあるような気がするんだ。
    りんこは絞り出すような声で言った。

    『……前って、いつ?』

    ・りんこがもっと小さかった頃
    ・気のせいか

    直感的に分かったよ。
    前者は一周目のプレイでは選択不可能、という表示さえされない選択肢だ。
    やむなく『気のせいか』を選び、涙を呑んだプレイヤーだけが、ハッピーエンドに到達できる仕組みなんだろう。
    なぜ初めてプレイした俺に、両方の選択肢が見えているかと言えば、
    それはこの『しすしす』が桐乃の手によって一度コンプリートされているからで、
    その恩恵にあずかり、上の選択肢をクリックすると、
    後ろで見ていた桐乃が絞り出すような声で訊いてきた。

    「……なんで、そっち選んだの?」
    「わざわざ好感度が下がりそうな方を選ぶほど俺は馬鹿じゃねえよ。
     BADエンド見てる時間ももったいねえしな」
    「あっそ」

    ---------

    桐乃を異性として意識することは有り得ないと、桐乃本人に言うことができるかどうか。
    『できる』――喉もとまで迫り上がってきた言葉を、あろうことか俺は呑み込んだ。
    愕然としたね。
    黒猫に嘘を言うことは簡単だ。でも、自分は誤魔化せない。
    俺は泣きじゃくる桐乃を思い描いて、そんなことは『できない』と思った。思ってしまった。

471 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/19(日) 00:01:49.82 ID:bXAtVviK0
    黒猫は一瞬顔をくしゃっと歪め、すぐに持ち直すと、

    『それがあなたの答えよ。認めてしまいなさい。
     "客観的"に見て、あなたの、あなたの妹に対する独占欲、庇護欲は、シスコンの限度を逸しているのよ。
     あなたは自分が妹を性的な存在として意識している事実から、これまで必死に目を背けていただけ。
     でも、良かったわね。あなたの妹は、あなたに異性として愛情を注がれることを何よりも望んでいたのだから。
     何も問題はない……そう、何も問題はないわ』 

    伝票を手に、席を立つ。
    待ってくれ、と呼びかけた俺を、黒猫は濡れた瞳で一瞥し、

    『予言はある意味で正しかったと、あなたの妹に伝えておいて頂戴。
     知っていて?"解呪"はあなたの妹にもできるのよ。
     むしろ呪いの上書きという意味では、わたしがするよりもずっと効果があるでしょうね』

    踵を返し、去っていく黒猫。

488 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/19(日) 01:36:17.51 ID:bXAtVviK0
    追いかけなくていいのか、と心の裡で誰かが囁く。
    なのに体はテーブルに縛り付けられたみたいに動かない。
    それくらい、黒猫が俺に突き付けた『可能性』の衝撃は大きかった。

    ――桐乃は俺を好いている。それも、兄としてではなく、一人の男として。

    その『可能性』は、確かに桐乃の不可解な行動原理を、綺麗に解き明かしてくれる。
    桐乃が御鏡を彼氏に仕立て上げたのは、
    俺の嫉妬を誘うため、俺の妹に対する気持ちを確かめるためだった。
    黒猫に告白されたあの日、家に帰ってきた俺を出迎えた桐乃は、
    俺が黒猫の告白に首肯しなかったこと知るやいなや、雰囲気を明るくした。
    桐乃は恐らく安堵していた。
    『俺が黒猫よりも自分を選んだ』と確信し喜んでいた。
    だとするならば、今日の桐乃の黒猫に対する妙に物柔らかだった態度は、
    告白に失敗した友人への慰めとも見て取れる。

    ……なんだか馬鹿らしくなってきたよ。
    俺は何を大真面目に、妹が俺を好きだという仮定で物を話しているんだろうな。
    馬鹿馬鹿しさついでに、黒猫が語ったもう一つの『可能性』について考えてみる。

    ――桐乃がそうであるように、俺も実は血の繋がった妹を異性として好いている。

    確かに客観的に見れば、俺の妹に対する独占欲、庇護欲は、シスコンの限度を逸しているのかもしれない。
    留学したあいつを寂しいからという理由で無理矢理こっちに連れ戻したり、
    男としては完璧なスペックを持ち、『桐乃のことが大好きだ』と言ってみせた御鏡に、
    『お前に桐乃はやらん』と啖呵を切ったり……。
    小さいことも含めれば、俺が桐乃のことでおかしくなっちまった例は枚挙に暇がねえよ。

489 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/19(日) 02:01:30.74 ID:bXAtVviK0
    でもな、黒猫。
    お前がそのご立派な客観視で、俺と桐乃の関係を決めつけようと、
    結局最後にものを言うのは、俺の主観なんだ。

    追いかけなくていいのか、と再び心の裡で誰かが囁く。
    ――追いかけるに決まってんだろ。
    俺は喫茶店を飛び出した。

    -------

    病室を出た主人公は、壁にもたれ掛かり目を泣き腫らしているりんこを発見する。
    話は終わったよ、と主人公が言うと、りんこは頭を主人公の胸に預け、

    『みやびに、なんて返事したの?』

    主人公はみやびに言ったことを、そのまま腕の中のりんこに伝える。
    みやびの気持ちに応えることはできない、
    みやびのことは大切だけど、それ以上にりんこのことが大切だから。

    『みやび、泣いてたでしょ?』

    主人公が首肯すると、りんこは嗚咽を漏らして、リノリウムの床に大粒の涙を落とした。

    『ゴメン……ゴメンね……みやび……』

    みやびは重い病に罹っていた。
    顔色が優れない日が続いていて、主人公が病院に連れて行こうと考えていた折に倒れたのだ。
    治る確率はゼロに等しい、と主治医に宣告され、主人公に出来ることは奇跡を願う他に何も無かった。

491 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/19(日) 02:25:48.23 ID:bXAtVviK0
    主人公にとって一番辛かったのは、
    主人公以外の人間がみやびが不治の病に罹患していることを知っていたことだ。
    みやびは主人公と『兄妹』でいる時間を少しでも長くするために、入院の要請を頑なに拒んでいた。
    搬送先の病院で、一時的に容態が落ち着いたみやびは、
    病室に主人公を呼び、りんこと主人公の関係を知りながらも、これまでずっと主人公が好きだったと伝えたのだった。

    「このシーン、何度見ても泣けるよね~…。ホント神様って残酷だわぁ」

    スン、と洟を啜る桐乃。
    どっかの携帯小説家はこれよりもっと残酷で惨たらしいストーリーを書いていた気がするんだが?

    「携帯小説とエロゲは別モンじゃん」

    さいですか。
    肩に鼻水垂らすんじゃねえぞ、と釘を刺しつつ、クリックを再開する。

    『……ひぐっ……えぐっ………みやび……みやび……』

    治療の甲斐も虚しく、みやびは死んだ。
    主人公は泣きじゃくるりんこの体を、優しく背後から包み込みながら、
    まるで子守歌のように、慰めの言葉を繰り返す。

    『兄貴も辛いよね……本当は誰かに慰めて欲しいんだよね……ごめんね、アタシだけ……』

    主人公はりんこの頭を撫でてやる。
    密着した体から伝わる、りんこの温もり。りんこの柔らかさ。
    小さな女の子のように慟哭するりんこは、どうしようもなく無防備で――

493 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/19(日) 02:39:46.44 ID:bXAtVviK0
    選択肢。
    ・襲う
    ・慰め続ける
    下を選ぶと、桐乃は意外そうに言った。

    「やるじゃん。今の上選んでたらBAD直行だったよ」

    自分の分身とも言うべき存在がいなくなって悲しみに暮れてるところを襲うとかどんだけ鬼畜だよ。
    つーかお前、なんでBAD直行って知ってんの?選んだことあるのかよ。

    「CGコンプのために仕方なく!あたしが好き好んでりんこりんに酷いことするワケないでしょ!?」
    「はいはい俺が悪かったからデカい声出すのはやめろ」

    時計を見る。午前一時。流石にお袋たちも浅い眠りについている時間だ。
    始めたのは八時前だから、もう五時間もぶっ続けでプレイしてるのか。
    物語は佳境に入ってるし、エンディングまではあと一時間ってところかね?
    俺はうんと伸びをして、気合いを入れ直した。

    ----------

504 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/19(日) 11:52:50.13 ID:bXAtVviK0
    黒猫を見つけたのは、改札の向こう側だった。
    恥も外聞も捨てて叫ぶ。

    『黒猫!』

    黒猫は振り返らない。
    が、声は届いたようで、歩みを止めて待ってくれている。
    大急ぎで一番安い切符を買い、改札をくぐって黒猫に近づいた。

    『はぁっ……はぁっ……』

    膝に手をついて、呼吸を整えて、

    『認める。認めるよ!
     俺は妹のことが大好きだ。
     桐乃のことが可愛くて可愛くてしかたねえし、心配で心配でたまらねえ。
     桐乃がお前に電話で言った、俺が桐乃のことを一番大切に思ってるって台詞も、全然間違ってねえ!』
    『あ、あなた……この衆人環視の中で、何を叫んでいるの……!?』

    こちらを向いた黒猫の両頬には、まだ涙の痕が幾筋も残っていた。

    『俺がお前の告白にちゃんと応えられなかったのは、桐乃のことが頭の中に浮かんできたからだ』

    麻奈実との温い関係や、沙織が一生懸命作ったサークルを壊してしまう懸念は、
    しょせん、その事実を誤魔化すための、自己暗示みたいなモンだった。
    だってそうだろ、どこの世界に妹の嫉妬が怖くて彼女を作るのを躊躇う兄貴がいるってんだ?
    俺は自分が例外だってことを認めたくなかったんだよ。
    今日、お前にはっきりその事実を突き付けられるまでな。

506 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/19(日) 12:38:08.87 ID:bXAtVviK0
    『そう。きちんと自覚できたようで何よりだわ。
     わたしが熱弁を振るった甲斐もあったというもの……ね……』

    ぶわっ、と黒猫の双眸が潤み出す。
    こんなに可愛い女の子を一日に二度も泣かせるとかどんだけ罪作りな男だよ、俺は。

    『それで?あなたはその決意を告げるために、わざわざここまで追いかけてきたというわけ?
     ッ……近親相姦でもなんでも、勝手にするがいいわ……!
     ただし、盛るならわたしの見えないところでやって頂戴』

    もの凄い台詞を大声で叩きつけ、駅構内に歩いて行く黒猫。
    肩を掴むと、振り向きざまに頬を張られた。
    痺れるような痛みを堪えながら、

    『俺が桐乃のことを好きだって気持ちは、どこまで行っても兄妹としての好きに変わりはないよ』
    『だからっ……だからそれは、あなたがそう思い込んでいるだけで……!』
    『思い込みもクソもねえよ。
     確かに傍からは、俺は桐乃を溺愛しているように……異性として好きなように見られてるのかもしれねえ。
     ……でも、そんなの関係ねえんだ。一番大事なのは、他の誰でもないこの"俺"がどう思っているかだろ。
     俺は……俺はやっぱり、兄妹同士で、その、恋人みてえな関係になるのはおかしいと思う』

511 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/19(日) 13:35:26.28 ID:bXAtVviK0
    俺は黒猫を真っ直ぐに見据えて言った。

    『俺が一人の女の子として好きなのはお前だけだよ。
     この気持ちは、桐乃への気持ちとは別物だ』
    『………優しい嘘はやめて頂戴』
    『嘘じゃねえ。
     確かにオフ会で見初めたときは、なんてトチ狂った女だと思ったよ。
     服装はゴスロリに猫耳だし、喋る言葉の端々に電波入ってるし、俺への態度は辛辣だし……。
     それでも何度か一緒に遊ぶうちに、だんだんお前の本質が分かってきた』

    お前は本当は寂しがりやで、負けず嫌いで、友達想いで、心優しい女の子だ。
    お前が俺を見ていてくれたように、俺もお前のことを見てたんだから間違いねえよ。

    『コミケ行ったり、出版社に持ち込みしたり、ゲーム作ったり……。
     一緒になって何かするたびに、俺はちょっとずつ、お前のことが好きになっていったんだ。
     いいか、もう一度言うぜ。
     この気持ちは、桐乃への気持ちとは別物だ。まったく別の物なんだよ、黒猫』

    ------

    みやびの葬儀が終わってから数日後の夜。

    『バカ兄貴……こっち来て……』

    清冽な白のシーツの上で、りんこは甘えるような声で主人公を誘う。
    瑞々しく弾力に富んだ肌に指が触れると、りんこはぎゅっと目を瞑り、

    『あ、あのさ……ちゃんと優しくしてよね』

515 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12/19(日) 13:53:21.14 ID:bXAtVviK0
    主人公は丁寧にりんこの服を脱がせ、たっぷりと時間をかけて愛撫する。
    耳を甘噛みし、瞼、鼻先、頬にキスをして、最後にりんこの薔薇色の唇に、自分のそれを合わせた。

    『ん……んむっ………』

    舌先を入れると、りんこは一瞬だけ身体を強張らせたが、
    すぐに主人公の舌を受け入れ、熱く濡れた自分の舌を絡ませてきた。
    室内に妖艶な水音が響く。
    りんこは唇と唇を繋ぐ銀色の糸を指で断ち切りながら、

    『……兄貴……アタシたち……すごくエッチなことしてるね……』

    熱く怒張した主人公の愚息に、そっと手を伸ばす。

    『兄貴の……すごく苦しそう……しても、いいんだよ……アタシは平気だから』

    それがりんこの強がりだと知りながら、
    主人公は固く閉じたりんこの秘所に、唾液で濡らした指を這わす……。


    「…………なあ、Hシーン終わるまでスキップしねえか?」
    「な、なんで?」

    上擦った声で聞き返してくる桐乃。
    なんでって、気まずいからに決まってんだろうが!
    妹に見られながらHシーン(しかも近親相姦)鑑賞するとかどんな羞恥プレイもとい拷問だよ!
ツールボックス

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