無題:5スレ目788

「あたし、やっぱりあんたのことが好き」

 深夜、俺の上に馬乗りになった桐乃がそう囁く。
 シャンプーの匂いだろうか。辺りには女の子特有の甘い匂いが漂っていた。

「お、おま……い、一体何を」
「やっとわかったの、自分の気持ちが」

 カーテンの隙間から漏れる月明かりに照らされた桐乃の顔は優しい微笑みを湛えていて、どこか浮世離れした美しさすら感じさせる。

「だからもうあの黒いのにも遠慮しない。変に気を遣うのもやめるし、意地を張るのも今日まで」

 こ、こいつは一体何を言っているんだ? ……俺には桐乃の言っていることがよくわからない。
 ただ一つ確かなのは、こいつが俺に明確な好意を抱いているらしいということだけだった。

「お、おまえ、俺達は兄妹だぞ!? い、いくらなんでもそれはまずい!!」
「え……あ! な、何勘違いしてんの!? 好きってのはそういう意味じゃない!」
「他にどんな意味があるってんだよ!?」

 好きって言ったらそれしかないだろうが!
 大体、このシチュエーションからして大好きな兄貴の部屋に夜這いしにきた風にしか見えねえぞ!?

「話は最後まで聞けっての! あたしが言ってんのはあくまで兄貴として好きってこと!!」

 あ、兄貴としてだぁ? おまえが? ……俺のことをか!?

「だからそう言ってんじゃん!」

 ……まさか桐乃からこんな言葉を聞くことになるなんて思わなかった。
 確かに最近は、こいつに感謝されたり感謝したりもしたし、俺達兄妹の間に存在した“溝”もなくなりつつあったと言っていい。

 だけど、それが一足飛びに『好き』に発展するのはどういう要件だ?
 そもそもおまえの俺に対する態度は『好き』とはかけ離れたものだったと思うんだが。

「……にぶちん」

 俺が未だ理解できていないと悟ると、唇をとがらせ不満そうな表情になる桐乃。

「あんた、今日のやりとり聞いてて何も思わなかったの?」
「今日? 黒猫と沙織達がいたときの話か?」

 桐乃は無言で首を縦に振り、肯定する。

「あのときは精神統一してたからなぁ…無我の境地ってやつだ」
「……あんた、あんな大事な話してた時にいったい何やってんの?」

 半眼で呆れるような視線を寄越してくる。
 いや、そうは言うがな―――――



 時は遡り……昼過ぎ、桐乃の部屋。

「俺達付き合うことになったから」

 俺は黒猫と付き合うことになったことを桐乃達に告げた。
 こいつらはさぞ驚いてくれることだろうと思ったのだが……

「むふふ、やっとですか京介氏」
「……ふん」

 こんな口ωをしてにんまり笑う沙織。
 一方、桐乃は腕を組んで不満そうにこちらを見ているものの驚くといった様子はない。

「あ、あれ? おまえら驚かねえの?」
「黒猫氏が京介氏に好意を持っているのはバレバレでしたからなぁ。後は京介氏の甲斐性次第と思っておりました。まぁ、こんなに遅くなるかという意味では驚きましたが」
「ほっとけ!」

 鈍いのは認めるけど、それと甲斐性は関係ないだろ。

 沙織はともかく桐乃がこんなに落ち着いてるのはなんでだ?
 こいつのことだからてっきり黒猫を取られるのが嫌で騒ぎ立てると思ったのに。

「お、おまえは驚かねえの?」
「……この子には私が告白することを前日に告げておいたから」
「なんでそんなことを!?」

 なんで俺が驚く側にまわってるんだ…ちくしょうなんか悔しい。

 告白の前日っていうと、桐乃が俺んちに御鏡を連れてきた日か?
 あの時は桐乃と黒猫が喧嘩して黒猫が怒って帰っちまって、その翌日に桐乃が御鏡を連れてきて……

 確かその後桐乃と電話で仲直りしたって言ってたな。ひょっとしてその時か?

「あなた、その様子だとこの子がなんであんなこと言い出したのかもわかっていないようね?」
「う……わ、悪いかよ」

 あの時は桐乃が泣いちまって、なだめるのに必死で……
 結局その理由とやらは聞かずじまいだったんだよ。

「呆れたものね…。あのね、あなたの妹は―――」
「ちょ、ちょっと待て! あんた何言おうとしてんの!?」

 半ばタックルするようにして黒猫ともどもベッドへとダイブする桐乃。
 ちょ、いくら言われたくないからってやりすぎだろ!

「こうでもしないと、あのにぶちんは一生きづかないわよ!?」
「だ、だからってそれをあんたが言うんじゃない! 余計なお世話だっての!」

 おまえら! あんまりバタバタするんじゃない! 目のやり場に困るだろうが!

「――――――――――――!」
「――――――――――――!」

 くそっ……鎮まれ、鎮まるんだ俺のリヴァイアサン。
 さながら修行僧のごとく煩悩と戦う俺には何も見えないし何も聞こえない……

「お二人ともそこまでです! このままでは京介氏の理性が吹っ飛びますぞ!」

 沙織の言葉で自分たちの現状を理解したのか大人しくなる二人。
 ふぅ…さすが沙織だ。沙織の仲裁がもう少し遅かったら危なかったぜ。

 でもその言い草だと、俺がまるでこいつらのパンツをがん見してたみたいじゃないですか。
 俺は必死に煩悩と戦って見ざる聞かざるを貫いていたというのに。
 チッこのままじゃ俺という人間が誤解されちまう……
 だから俺は胸を張ってこう言ってやったんだ。

「俺は何も見てねえから安心しろ。縞パン同士でお揃いだな、なんて思ってねえからよ」
「このど痴漢がっ!」
「“あちら側”へ行くがいいわ!」

 はっはっは、こいつらにKOされるのは2回目だな。
 今回は完全に俺が悪いんだけどさ。



「すまん、やっぱり縞パンしか憶えてない」
「この変態!」

 ドスという音をたてて俺の脇腹に桐乃の拳が突き刺さる。
 なんというマウントポジション!

「ぐぁ…ギ、ギブギブ! お、おまえの気持ちはわかったからこれ以上は勘弁してくれ!」

 これ以上は俺の内臓がもたねえよ!

「…あんたほんとにわかったの?」
「お、おう! 要はおまえは俺のことが兄貴として好きだってことだろ!?」

 半分眠ってしまっている必死に回転させもっともらしい言葉を考える。
 実の所、桐乃のセリフをそのまま返しただけだったのだが、桐乃はどうやら納得してくれたらしい。

「わ、わかったならいいケド。じゃあ明日からはそういうことだから。おやすみ兄貴」
「お、おやすみ」

 気が済んだのか桐乃はそそくさと自分の部屋へと戻っていく。
 い、一体なんだったんだ? それに『そういうこと』ってどういうことだ?

「もっと仲良くしようってことなのか?」

 しばらく考えを巡らせてみるが、いくら考えたところで答えはあいつにしか分からない。
 結局、再び襲ってきた睡魔に打ち負け俺は思考を放棄した。




「あ、おはようお兄ちゃん!」

 瞬間、我が家の時間が止まった。

「え?」

 お袋は目玉焼きが焦げ始めているのにも気づかないし、親父は元々大きくはない眼を限界まで見開いてこちらを見ている。

「ちょ、お母さん目玉焼き焦げてるよ!?」

 桐乃の言葉で再び時は動き出す。

「あ、あんたたち一体どうしたの!?」

 理由は俺が聞きたいくらいだぜ。
 しかしお袋の疑問ももっともだ。
 確かに最近は多少仲良くなってはいたがあの桐乃がいきなり『お兄ちゃん』だなんて、疑問を持たない方がおかしい。

「えへへー、今まで意地はって損した分今日からお兄ちゃんにいっぱい甘えようかと思って!」

 誰だおまえは!? 甘えるって何する気だ!?

「あら、そうなの? てっきり京介がなにかやらかしたのかと思っちゃったわ」

 そしてお袋はなんですんなりと納得してるんだ! どう考えたっておかしいだろ!

 昨日言ってた『そういうこと』ってこういうこと!?
 これからはお兄ちゃん大好きっ娘になるよって意味だったの!?

 はっ! そうだ、こんな時頼りになるのは親父だ! 親父なんか言ってやってくれ!

「むぅ、そういうことか。家の中では構わんが、外では恥をかかんようほどほどにな」

 おやじいいいいいいいいい!

「えへへ、だいじょーぶだって!」

 何が大丈夫なのかさっぱりわからん。
 あれ? ひょっとしてついていけてない俺がおかしいの?



「そうなんだ~、よかったねぇきょうちゃん」

 どうやら俺がおかしかったらしい。
 朝一で麻奈実に相談してみたところ、返ってきた返事が先のセリフだ。

「いや、だっておかしいだろ!? あの桐乃がだぞ!?」
「桐乃ちゃんも女の子だったんだよ、やっと素直になれたんだねぇ」

 しみじみと遠い目をする麻奈実。
 まるで孫の成長を喜ぶおばあちゃんみたいだな。

 それはさておき、『女の子だから』と今朝の現状がさっぱり噛み合わねえぞ。
 ひょっとしてちょっと前に沙織が言ってた『女の子の態度には他意がある』ってやつか?
 桐乃が実は俺のこと大好きで、今までの俺への態度は愛情の裏返しだったってこと?

「ありえねぇ……」

 ツンデレなんてレベルじゃねえぞ。

「えへへ、よかったねえお兄ちゃん」
「おまえがその呼び方をするんじゃない!」

 俺をそう呼んでいいのは桐乃だ……違う違う! 何を考えてるんだ俺は!?

「そういうのは桐乃だけでお腹いっぱいなんだよ! ……………あれ?」





おわり

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最終更新:2010年12月31日 13:18
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