すっかり後延ばしになっちまった、当初の頼まれごとである買い出しをこなしていく。
加奈子と桐乃は普段の調子で雑談に興じていて、やれ某が可愛いだの面白いだのといったやり取りに花を咲かせる。
年も性別も違う俺は正直ついていけず、若干茅の外感をおぼえたりしつつ……
休みに入ってからこっち、やっと心置きなく友達と盛り上がれている二人を微笑ましく見守った。
一通りの買い物を済ませた頃には昼を回っていて、いい時間なんで飯を食っていく事にする。
「それにしてもお前ら、店冷やかすのもいいけどさ。
いちおう一緒に買い出しするって建前なんだから、ちっとは手伝わんかね?」
オーダーを伝えて席に腰を落ち着けたところで、少しばかり釘を刺しておく。
別に話に加われなくて寂しかったとかじゃあない、勘違いしないでくれ。
「えー。だって兄貴だけでもテキパキこなしてたでしょ。買うものだって多くはないんだし。ねー?」
「ねー」
ねー、じゃないよ。こいつらときたら……
「そんな露骨にガッカリすんなって。荷物運びは交代でもってやるから。
桐乃も、そんなんでいいよな?」
「あたしは最初からそのつもりで来てるし」
とまぁ、何とも頼もしいお言葉をいただいた。
へーへー、お嬢様がたにおかれましては寛大なるお気遣い有り難く……
「でもよ加奈子、お前んちの方はいいのか。買い物とか大掃除とか」
「いいのいいの。ウチはあんたらの家ほど気合い入れて新年迎えるでもないし。
そういうのは姉貴がどうにかしてくれるから。全面的に任せてきた」
そうなんか。見も知らぬ来栖姉に、労いの一言も送りたい気がした。
「そういう訳だからさぁ、あんたの家に行ったらこのまま何か手伝ってってやるよ」
邪魔でなければだけど? と付け足して加奈子は申し出た。
我が家もあらかた片付いていることだし、普通に桐乃のとこに遊びに来るノリで構わないんだが。
昼飯を食らって一息ついてから、大通りへ出て我が家への帰途を辿る。
俺たちのような買い出しを終えた人間を目当てにしてか、通りにはタクシーが長蛇の列を作っていた。
「ぷは~、食った食ったぁ~」
いっそ清々しいくらい開けっ広げに、加奈子が爪楊枝で食べ滓をつつきながら言う。
「お前ね……言っちゃ悪いが豪快すぎだって。食い方といい、それといい……」
「あ、あたしも同感かな……いかにも加奈子らしいんだけど、ちょっと……親父入ってると思う」
あれだけ旺盛な食欲を見せておきながら、それが体型に反映されてないのは驚嘆に値するってのもある。
珍しく兄妹一致した意見を受けて、さしものちんちくりんも多少たじろぎ、
「いーじゃんかこれぐらい、見逃せよー。
こう見えて仕事関係じゃどうこう言われないように自重してんだ」
要するにその反動でプライベートでは、特に飯時に完全に地が出てしまうらしい。
そういうことなら、直すべきと強くは言えないものの。
初見の奴には外見とのギャップが大きすぎて、損しちまうんじゃなかろうか。
そう指摘してやったところ、
「ばっか、アタシだってそこまで迂闊じゃねーっての。
よそさまの目があるとこなら、ちゃんと年相応の大人しく振る舞いも出来る……わよ」
言葉尻が不自然に浮いちゃってんじゃん!?
心配だこいつ……
俺は既にマネージャーならぬ身ながら、一抹どころでない不安を禁じ得ないんだぜ。
常人離れした集中力を持つ加奈子のことだ、体裁を繕うくらいわけないって自負があるのかもだが、取り繕う以前に、そのがさつな面を少しは改めていこうな?
と、前々から妹に向けていたのと同じ感覚が胸に去来するのだった。
家へ帰る途中で加奈子がケーキ屋に寄りたいと切り出して、いまは桐乃とやいのやいのとブツを選んでいる。
この上ケーキまで食うとは……女子の言う「甘いものは別腹」の恐ろしさの片鱗を味わったぜ。
まぁ、あいつら二人とも、片や生活習慣、片や体質で、脂肪が付きにくいみたいだけどよ。
加奈子はもうちょい脂肪もつけたほうが良いと思われる。
いや、ほら、寒そうじゃん。あの体型だと。他意は無い……
帰宅。
やけに長い時間が経った気がしたが、実際にはまだ三時ぐらいだった。
荷物を手分けして運び入れて行くと、お袋がキッチンに立っている。
夕飯の支度を始めるには早いし、コーヒーでも淹れてるのだろう。
「「ただいま」」「お邪魔します」
「お帰んなさい。あら加奈子ちゃん、今日も来てくれたのね~」
お袋がにこやかに応対する。
この数日の訪問で以前にも増して加奈子への心証は良くなったと見える。
実際そこまでしなくても……ってほど連日見舞いに通って来てたし、俺たちと違って親に対しては最低限の礼儀は保って接してもいたし。
「寒かったでしょ、ご苦労さま。ちょうどコーヒーにするところだから、こっち来なさいな」
お誘いに応えて、三人とも上着を脱いでリビングへ。
親父がまた無愛想に「ゆっくりしていきなさい」と声をかける。
その厳つさは娘と同じ中学生にゃ怖かろうよ……と思うも、肝の太い加奈子は動じてないようだ。あぁ、初対面でもないしな。
「お忙しい中、今日もお邪魔します。おじさま、おばさま」
加奈子は居住まいを正して挨拶する。
こういう姿勢を、見てくれだけじゃなく、明らかに気持ちを込めて出来るのがコイツのすげぇところだ。
この親父をして「齢15にしてよく出来た娘さんだ。桐乃は良い友を持った」と言わしめていた。
無論桐乃も同感で「意外だけど、ああいうところちゃんとしてんだよね……あの子」と。
買ってきたケーキは年末の挨拶に、ということらしい。
ご迷惑をかけて勝手ですけど今後も変わらないお付き合いをお願いします云々。
定型とすらとれる文言ではあったが、台詞臭さを感じさせない語りで加奈子は締めくくった。
「うへ~……緊張したわぁ…」
茶会を終え、二階の部屋に上がるなり、ヘナヘナと脱力する加奈子。
いや大したもんだったから気を張ってたのは当然なんだろうな。
もっと楽にしてくれて構わないと親は言ってた。
全くだ。例の件で責任を感じて、ってのが拭えないのは仕方無いにしろ、もうそろそろ……そういった面は抜きで、俺ら兄妹共通の友達として家に上がって欲しい。
前のように「オバサンお邪魔しまーす」「んだよ桐乃、兄貴はまた冴えねーツラしてんな」ぐらいでいい。
やや大袈裟だが、そのほうが望ましいのは本音なんだ。
うまい具合に言葉を選べたかイマイチ自信のないまま、俺の思いを伝えようと試みる。
「言いたい事は解ってっけど、ついこんなんなっちまうのは責任だけが理由じゃないってゆーか……」
あれだけ凛とした姿を示したのとは一変、加奈子の様子はしどろもどろだ。
「わからないな、そういう自然な付き合いに戻ったら親父もお袋も喜びこそすれだ。俺だってさ」
「察しろよ、バカ……お前ホントに気が付かねーヤツな……」
「無理無理、兄貴にそんなデリカシー期待するだけムダなんだから」
呆れ果てたと言わんばかりのふいんきを漂わせ、見計らったようなタイミングで妹様がやって来た。
なんだ、その言い様だと加奈子が今みたいなかしこまった対応を続けちまう理由がわかるのか?
「悪いがニブチンな俺にも納得いくように説明してくんないか。頼むぜ」
「兄貴が思ってるように申し訳なさ一杯で徹底的に丁寧な対応してるんじゃなくてさ。
加奈子はさ、兄貴のこと好きなわけじゃん?
あたしがこんなん説明する義理は無いけど。
よーするにこの子ってば……お父さんお母さんに、ふつつか者ですが」
「あー! あー!! やめぇ――――!!!!!」
そ……そういう含みだったの?
桐乃はヤレヤレとジェスチャーし、加奈子は突っ伏すような格好で固まっちまった。
俺が今更ながら自分の不明を恥じ入っていると、
「話は聞かせてもらったわ!」
意気揚々と、お袋が満面の笑みを湛えて部屋の扉を開いた。
<終>
最終更新:2010年12月31日 21:07