624 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/01/10(月) 21:05:30.80 ID:2bl3+4MAO [6/10]
その日――兄貴の様子がいつもと違うことに気付いた。
どこがと言いにくいけれど垣間見られる違和感。
ううん、違和感を覚えているのは兄貴の方かもしれない。
さりげなく振る舞っているつもりでも周囲を伺うような視線を隠しきれていない。
なにか置き忘れた物がある? それを思い出せないでいるとか。
それか、誰かが会いに来るのを待ってるとか……?
挙動不審ってほど露骨じゃないにしろ、その微かな落ち着かなさが気になり始めるともうダメ。
見てるこっちがヤキモキして仕方無い。
心中にわき出てきた靄を払うべく声をかけてみる。
「ねえ」
「ん…ああ、どうかしたか桐乃」
「どうかしたかはこっちの台詞。なに朝から気もそぞろな顔してんのよ」
「いや、ンなことは……そう見えるか」
一瞬否定しかけて、それでいて直ぐにトーンを落とし渋面を作る。
これってよっぽど深刻なこと?
「あんた、ただでさえ冴えない顔してんのに、そんなんじゃこっちまで調子狂うじゃん」
「おぅ。スマン心配かけて」
「べ、べつに心配なんかしてないけどね。キョドってるアンタが見苦しかっただけだっての」
言ってやると、兄貴はようやくいつもの苦笑を浮かべた。
「やっぱり桐乃にはかなわねーか。親父もお袋も気付いちゃなかったってのに」
「……そうでもないと思う」
気付くよ普通。だって家族だもん。
あたしだけが兄貴のこと特別気にかけてるってわけはないよね? ないハズ。
なんて思ってると
「しかしだ、気遣ってくれるのは有り難いが、おまえ相変わらず口が悪いのな」
折角心配して声かけたげたら、またそうやって余計な一言を。
人の気も知らないで……ムカつくやつ。
バカ兄貴はクックッとひとしきり笑って、迷いの晴れたような顔で続けた
「けど桐乃のおかげで確信が持てた。どうやら今回も戻れなかったか、やれやれだ」
625 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/01/10(月) 21:08:46.73 ID:2bl3+4MAO [7/10]
戻れなかった? 確信が持てた??
唐突に脈絡のないことを言われて、まるで理解が追いつかなくなる。
「あのさ~、独り言じゃないなら、わかるように話してほしいんだけど」
「悪い悪い。立ち話もなんだ、まぁ座れよ」
兄貴は腰かけたベッドの隣を指さす。
わけがわからず、語りの続きが気になって勧められるまま座っておく。と――
いきなり頭を抱き寄せられた
「な、なにしてんの!ちょっと、離しなさいって!!」
思わず振りほどく勢い余って叩いちゃってた。
すこし後悔。
でもだっていきなりすぎでしょ、ものには順序が
「お~痛ぇ。そうくるか……だよなぁ」
「何したり顔で納得してんの、意味わかんないっ」
「もしかして嫌だったか?」
「嫌じゃないけど!ってゆーか何その質問キモッ!あんた今おかしいよ!?」
うんおかしい。根本的に。嫌じゃなかった。全然嫌じゃなかったけど
動揺の波を鎮めるべく呼吸を整える。はいて吸って、はいて吸って、吸って吸って、違う!
平常心を完璧に見失ったあたしに、兄貴は憎たらしいほど穏やかに言う
「そんな取り乱すことないだろ、取って食おうってんじゃないんだ。落ち着けって」
あんたに言われたくないッ
やだ、なんなのこの状況……?
626 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/01/10(月) 21:11:25.52 ID:2bl3+4MAO [8/10]
……
…………
………………
かろうじて平静を取り戻したところで改めて大きく一息つく。
そんなあたしに兄貴が語ったのはまるきり荒唐無稽な、それでいてどこか信じさせるような、
普段なら一笑に伏すチャンチャラおかしな、それでいて今しがたの場面を説明できるような
そんな話だった。
「シフト?」
「そう。入れ換わり、押し出し、言い方は幾らもあるけどな」
要するに自分は違う時間線にいた高坂京介が何の因果でか追いやられ
意識だけシフトする形で結果玉突き事故のように本来ここにいた京介を押し出してしまったと
「……SFの定番ね」
「だな。コテコテの古典だ。現実にあるとは思わなかったぜ」
hahahaと芝居がかった笑いで間をとってから
「安心しろ。元々の原因は不明だがシフトのトリガーはわかったんだ」
「そ、そうなんだ」
「こう見えて俺も元いた場所に帰るのに必死でな。無駄に何度もシフトを繰り返してはないさ」
この兄貴の言うことは多分ホントなんだろう。
それでも外見はよく見知ったもので、とても別人とは見にくく、妙な感覚にとらわれる。
「じゃぁ、あんたがシフトしたらどうなるっての?あたしの…あたし達の兄貴は戻ってくるんだよね?」
「ああ、生憎俺は居なくなるから直ぐにかは保証できないが。桐乃の愛しの兄貴はじき戻るよ」
「誰が愛しのだっつの」
「言わせとけよ、これぐらい」
確かに目の前の高坂京介はあたしの兄貴とは別人らしい。こんな軽快なノリじゃなかったもん。
そこでふと思い立って、訊ねてみた。
「あんたは元いたとこでは、その……妹と仲良かったの。あたしらとは結構違うんじゃん?」
「大して違わないって。おまえたちと同じさ、すこぶる仲は良いよ」
とっても同じとは思えないんだけど。
ウチの唐変木はこいつみたいに何気無く妹を、だ、抱き寄せたりなんてしないし。
あんなのが自然な関係とか変態兄妹もいいとこよね。裏山。
627 名前:VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] 投稿日:2011/01/10(月) 21:15:48.03 ID:2bl3+4MAO [9/10]
「さて。これで一通りの説明はした。名残惜しい気もするが、そろそろ行くわ」
待たせてるやつもいる。呟いて『兄貴』はパシンと膝を叩いた。
それって誰のこと?
勢いこんで聞いてしまいかけたものの、どうにか衝動を抑える。
あたしの期待した答かもしれないし、そうでないかもしれない。
夢は残したままにしておこう…
いつしか道を違えた別世界に思いを馳せていると『兄貴』がとんでもない爆弾を投下してきた。
次のシフトを引き起こすトリガーは――
「は、ハグ? って言ったの? あたしの聞き違い…じゃなくて?」
「引いてくれるな。そこは兄貴のために快く引き受けてくれって」
あんたあたしの兄貴じゃないって言ったじゃんっ!
体と中身が噛み合ってないから会話の感覚も引きずられるのかな
「断固ムリってなら麻奈実か黒猫かに頼むが、今から会いに行って事情を説明するのも……」
あーもー、わかったわよ、付き合ったげればいいんでしょ。
地味子や黒いのを巻き込むのは抵抗あるし、渋々引き受けることにする。
「ホントに世話が焼けるんだから、バカ兄貴ってば」
「恩に着る。可愛い妹を持って俺は果報者だ」
「調子いいことばっか言って」
この際、なんでハグがトリガーなのかはツッコまない。
なんか恥ずかしいしね、ハグって単語。
「じゃあな桐乃、ツンデレマイシスター。お前の兄貴ともよろしくやってやれよ」
最後まで余計な一言を残してあいつは行ってしまった。
気を失った体を慌てて支え、ベッドに横たえる。
兄貴が目を覚ましたらどんな風に迎えてやろうか。
寝顔を眺めながら考えを巡らせるうち、いい閃きが浮かぶ。
そしてあたしは漸く起きる兆しを見せる兄貴に跨がって、ペシリと頬を張ってやるんだ。
「ほら兄貴、しっかりしなさいよね!」
おしまい。
最終更新:2011年01月10日 21:20