無題:8スレ目611


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611 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/16(水) 20:11:13.69 ID:7ELZkzypo [2/5]
「京介。今度の日曜日の夜は、予定を空けておきなさい」

親父が俺にそう言ったのは、俺が20歳になったその日の夜だった。

時刻は18:30を少し過ぎたところ。
俺は家から一番近い繁華街の駅前にいた。日曜ということもあり、この時間帯は帰宅のため駅を利用する人たちでこの場所は少し混雑していた。
俺のような学生や、明日は休みを取っている社会人には、その混雑は関係ないが。
親父との約束は19:00。少し早く来すぎたかと思っていると、

「京介」

独特の重厚感がある声が、俺の名を呼んだ。
声がした方に目を向けると、家の中ではあまりお目にかかれない、スーツを着た親父がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。

「待たせたか?」
「まだ約束の時間じゃないんだから、そんなこと気にする必要は無えよ」
「それもそうだな」

19:00までにはまだ20分以上あるというのに、こういうことを気にするのは親父らしいと思えた。
親父は「付いて来い」とだけ言うと、一人でスタスタと歩き始めてしまった。俺はおとなしく、親父の後を追う。


親父の後ろに付いて10分ほど歩き、俺たちはとある一軒の店の前で歩を止めた。
店の名前や外観から察するに、個人で営業している居酒屋のようだ。俺の方を一度だけ振り返った親父は、慣れた様子でその店の暖簾をくぐった。俺もそれに続く。
店内はあまり広くなく、カウンター席とその向こうに厨房、座敷の上にテーブルがいくつかある程度のもので、暖色の光がすでに来店している数人の客の姿を照らしていた。
厨房内には、人の良さそうな笑顔を浮かべた店主と、着物を纏った妙齢の女性がいて、俺たちに向かって「いらっしゃい」と声を掛ける。

「久しぶりだね、大ちゃん」
「ご無沙汰してます、大将」

親父はこの店を何度か利用したことがあるようだ。口角を少しだけ吊り上げて、顔なじみの店主に挨拶を返した。
大将は久しぶりの再会が嬉しいようだが、着物を着た女性の方は俺のことが気になったようだった。

「大介さん、後ろの子は?」
「ウチの息子ですよ、女将。今日は成人になったコイツのお祝いをしようかと思いまして」
「はじめまして、高坂京介です」

親父による俺の紹介が終わると、俺は二人に向けて頭を下げて挨拶をした。こういった行動が自然と出来たのは、両親の教育の賜物だろう。
女将は「あらあら、ご丁寧に」と言って笑顔を浮かべている。大将は「いい子だね」と親父に感想を漏らしていた。
高坂家で子どもが他人様から褒められる場合は、往々にして桐乃のことなので、俺は内心照れくさかった。
いや、ちゃんと挨拶を返しただけで褒められるのもね、少し情けない気もしたけど……。
その後、俺たちは女将に案内され、店の奥にある座敷に通された。


席に案内され、おしぼりを受け取ると、女将は俺たちに「ご注文は?」と訊ねてきた。

「俺は日本酒を。京介、お前はどうする?」
「初めてだしな……。ビールにしとくよ」

飲み物が決まり、親父はメニューからいくつかの品物を注文した。それをメモし終えた女将は、厨房にいる大将にオーダーを伝えに行く。
俺もメニューに目を通したが、そのラインナップは居酒屋というより小料理屋のように思えた。

「今日は祝いの席だ。遠慮は要らん」
「ありがとな、親父」

俺が親父に礼を述べたあたりで、女将が飲み物とお通しを載せた盆を持ってやって来た。てきぱきと注文した品をテーブルの上に並べていく。
俺はビールの入ったジョッキを、親父は手酌で日本酒を入れたお猪口を掲げる。

「「乾杯」」

こうして、男二人の酒宴が始まった。

612 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/16(水) 20:12:20.16 ID:7ELZkzypo [3/5]

ケータイの液晶を見ると、時刻は20:00をすでに過ぎていた。かれこれ、一時間以上は飲んでいることになる。
テーブルの上には、料理の入った皿と空いた皿がいくつかある。結構食べたな。
親父は毎晩の晩酌のように、手酌で日本酒を呷っていた。俺も最初の内はビールだったが、今は親父のように日本酒をちびちびと飲んでいた。
初めての飲酒だが、アルコールへの耐性は思ったより弱くは無かったようだ。
けれど、酒の作用もあって顔は熱い。きっと赤くなっているだろう。
対する親父は、俺より飲んでいるにもかかわらず顔色すら変わっていない。お袋がいつか言っていた「あの人はさっぱり酔わない」という言は、嘘ではなかった。

「京介」

俺が注文した揚げ出し豆腐を口に運んでいると、親父が声を掛けてきた。だが、いつものようにこちらに視線を向けてこない。

「お前に大事な話がある」
「なんだよ、改まって……」

俺は軽い調子で返したが、それもすぐにやめた。さっきまで視線を落としていた親父が、真剣な眼差しでこちらを見ていたからだ。
そこにただならぬものを感じた俺は、箸を置いて親父の目を見た。

「大事な話って?」
「ああ、実はな……」

親父の口から出てきた言葉は、俺の短い人生の中でも一番驚いたと言っていい内容だった。

「お前は……、俺と母さんの本当の子どもではない」




親父から聞かされた内容は、俺にとっては衝撃の事実だった。
自然と呼吸が浅くなり、自分の心臓の音がうるさいくらいに聞こえてきた。そんな中でも、親父の話している内容がきちんと理解できるのだから、人間の脳というのはなかなかにタフらしい。
俺は親父達の本当の子どもではなく、お袋の兄弟方の子どもだという。

「優しい人たちでな。俺も母さんも、随分とお世話になった」

その人たちには生後間もない息子がいた。それが俺だという。

「だが、不幸な事故が有ってな。二人とも、若くしてこの世を去ってしまった」

残された赤ん坊は、最初は施設に入れようという話になったのだが、

「当時、俺たちには子どもがいなくてな。そこで、俺たちが引き取ると申し出た」

こうして俺は、"高坂京介"として生きていくことになった。

「冗談……、ってわけじゃなさそうだな」
「当然だ。こんな話、冗談でもしていいものではない」

親父はそう言って、酒を一息に呷った。
俺は、今聞いたことを頭の中で整理するのが精一杯だった。

「驚いたか?」
「……そうだな。今まで生きてきた中で、一番驚いたよ」

俺は場の雰囲気を軽くしようと、無理矢理に笑ってみた。けれど、上手く笑えた自信は無い。
軽く思考が麻痺しながらも、俺は親父に、一つだけ気になることを訊ねた。

「なあ、親父。俺の本当の両親って……どんな人たちだった?」
「……。お前によく似て、優しい人たちだったよ」

親父はその人たちと過ごしたときのことを思い出しているのか、やわらかい笑みを浮かべてそう言った。

「お節介とも言えるな。お前が以前、桐乃のことで俺に掴みかかってきたことが有っただろう?」
「そんなことも……あったな」

親父は、桐乃の趣味のことで一悶着あった時のことを口にした。あれ以来、親父はこのことを話題にしたことは無かったのだが。
俺にとっても、あれは永遠に忘れたい黒歴史の一つである。

「あの時のお前を見て思ったよ。やっぱりお前は、あの人たちの子どもだとな」
「え?俺の本当の両親って、あんな感じなの?」
「ああ。俺や母さんが悩んでいたときも、ああやって親身になってくれた。あの時のお前は、あの人たちにそっくりだったよ」

ええ~~~~~。俺のこの悪癖って、遺伝だったのかよ。
親父よ、なんか微笑ましいことのように語ってますがね、俺にとっては迷惑以外の何物でもないわけよ。
こいつのせいで、俺がどれだけ苦労したことか……。あぁ、今思い返しても胃が痛くなる……、はぁ。

「どうした?溜息なんぞ吐いて」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

このやり取りで気が抜けたのか、さっきまで麻痺していた思考がやっと平常運転に戻ってくれた。
そのせいで、もう一つだけ気になることが思い浮かんだわけだが。

613 名前:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福井県)[sage saga] 投稿日:2011/03/16(水) 20:12:53.68 ID:7ELZkzypo [4/5]
「このこと、桐乃は……」
「言ってはいないが、気付いてるかも知れんな。なにせ勘のいい子だ」

親父は口が堅い。お袋も、おしゃべりだからと言ってこんな事を簡単に口にするような人ではない……と思う。
それでも、勘のいい桐乃のことだ。普段の生活で、何かを感じ取っている可能性はあった。確信までは無いだろうがな。

「親父。この事は、俺から桐乃に説明させてくれ」
「それは構わんが……」

親父は、俺の懇願を渋った。それも当然だろう。なんたって、家族の問題だからな。親父は、家族の中に溝が出来ないか懸念しているのだろう。
俺はそんな親父の心情を理解しつつも、引き下がらなかった。

「安心してくれ。今すぐに説明する気は無い。ちゃんと時期を見計らって、大丈夫だと思ったときに説明する。だから……」
「……わかった。お前のことだからな。好きにしろ」

俺の真摯な態度が通じたのか、親父は素気無い言葉を投げるだけだった。
勘違いしないでくれよ。ウチの親父は桐乃と一緒で、ただ素直じゃないだけだ。この返事も、親父にしてみればかなり色よい返事なんだ。

「ありがとうな、親父」
「礼を言われる覚えは無い」
「いや、桐乃のことだけじゃねえよ。俺を育ててくれたこともだ」

俺の言葉を聞いて、親父は酒を飲もうとしていた手を止めてしまった。そんなことに構わず、俺は言葉を続ける。

「いくら俺が鈍くても、親父とお袋が、俺のことを実の息子のように育ててくれたのはちゃんとわかってる。だから、ありがとう」

俺は親父の目を見ながら、素直な気持ちを述べ、頭を下げた。
「高坂家の長男の扱いは悪い」と、心内ではさんざん悪態を吐いてきたが、親父たちは俺のことを大切に育ててくれた。実の息子じゃないにも関わらず、だ。
こんなこと、なかなか出来ないと思う。実の娘がいるのにな。だから、それを出来た親父たちはすごいと思う。
俺の感謝の言葉を聞いた親父は、さもつまらなさそうに溜息を吐いた。

「バカ息子が」
「ちょ!」

オイ!俺の感動的な言葉を聞いて、返す言葉が「バカ息子」とはどういうことだ!
別に優しい言葉を期待していたわけじゃないが、よりにもよって「バカ息子」は無いだろクソ親父!

「何をくだらんことを。お前は俺たちの"息子"だ。これまでも、これからもな。血の繋がりだとか、そんなつまらんことを気にするな。このバカ息子が」
「親父……」

ちくしょう……。親父のクセに、なんて事を言いやがる。おかげで、目から汗が出てきたじゃねえか。
この恨み、いずれ晴らさせてもらうからな。せいぜい長生きしろよ!



時刻はもうすぐ21:00。
俺たちはすでに店を出て、今は駅に向かって二人で歩いている。今日は俺の成人祝いということで、勘定はすべて親父が支払ってくれた。
いや、こういうことじゃなくても親父は奢ってくれそうだけどな。お堅いオッサンだし。

「親父、今日はご馳走様」
「礼など要らん。息子に支払いを任せるほど、俺も落ちぶれてはいない」

礼を言ったらこれだよ。ったく、どんだけ素直じゃねえんだって話だ。ま、このオッサンが素直になったところなんざ、気味が悪くて見てられんだろうけど。
親父の素気無い態度も気にせず、俺は話しかける。

「今度はさ、俺から誘うよ。そんときゃ、俺の奢りだ」
「要らん気を回すな。気持ち悪い」

ちょ!気持ち悪いは流石にひどくね!?桐乃の「キモ」もきついけど、はっきり「気持ち悪い」って言われるのはもっときついわ!
ったく、ツン成分多すぎだろこのオッサン……。
俺が親父の言葉に大ダメージを受けていると、親父は突然足を止め、空を見上げた。
繁華街の光害に阻まれながらも、晴れ渡った空には輝く星を見ることができた。

「へぇ。こんなトコでも、綺麗に見えるもんだな」
「そうだな」

親父は相変わらず、素っ気無い感想を口にするばかりだ。けどな、俺は見逃さなかったぜ。
親父の目の端に、うっすら涙が浮かんでたことをよ。


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