405 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/03(木) 21:51:26.06 ID:fh2Yys3do [1/8]
「シスコンなのもいいけれど、大概にしておきなさいな。沙織はもう自分の考えを持って生きているし、あなたにいつまでも頼っているような子ではないの。あなたこそ早く妹離れしたらどうかしら」
「でないと……沙織も、あの女も可哀想だわ。そして私は惨めなだけ」
黒猫に相談をもちかけてから数日が経ったが、黒猫の言葉が今も脳裏にこびりついて離れない。
黒猫は何故あんなに怒った? 沙織のブラコンをなんとかしたいと言ったと思えば、今度はブラコンじゃなくなってしまったんじゃないかと言い出すような優柔不断っぷりに嫌気がさしたのか?
あの女って誰だ? 惨めなだけって、一体なにが惨めなんだよ?
「……くそっ、何がなんだかさっぱりだ」
自室のベッドに仰向けに寝転びながら呟く。
ちなみに黒猫は高校受験を既に済ませており、後は合格発表を待つのみということらしい。
黒猫本人に聞くのはなんとも気まずく、あの後沙織に聞いておいたのだ。
その際随分と怒られてしまった。自分の時は怒らなかったってのにな。どんだけ友達思いなんだ、こいつは。あるいは、沙織はほぼエスカレーター式に進学できるが黒猫はそうではないことが関係しているのだろうか。
そんなことを考えていると、ある考えに思い至った。
「……沙織の中での優先順位が変わったのか?」
あなたにいつまでも頼っているような子ではない。黒猫はそう言った。
始めはブラコンじゃなくなったという意味かと思ったが、冷静に考えれば唐突にブラコンじゃなくなることなんてありえるだろうか。ましてやあの沙織が。
実は唐突でもなんでもなくかなり前からブラコンではなくなっていたなら話は別だが、この際その線は置いておこう。
そう考えると別の意味が見えてくる。
沙織は何かしらやりたいことすべきこと大事なことを見つけて、そこでは俺の助けを必要としてなくて――
妹の自立。それはかつての俺が望み、今の俺が恐れたことだった。
黒猫から見れば、今の俺は沙織の自立を妨げる邪魔者に見えたことだろう。
妙な寂寥感が心を支配する。
「なにやってんだろうな、俺は」
ただ、何を考えてもそれは所詮推測でしかない。沙織や黒猫に直接尋ねる勇気もない。
一人暗い思考に囚われていた俺を救ったのは、突然鳴った携帯電話だった。
406 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/03(木) 21:53:34.71 ID:fh2Yys3do [2/8]
「よう」
『明日、17時に公園まで来て』こんなメールに呼び出された俺は、既に到着していたらしい差出人に声をかけた。
「おそい」
メールの差出人・桐乃は少しふてくされたように頬を膨らませる。
「何言ってんだ、時間通りじゃねえか」
今の時刻は16時55分。約束の時間まではまだ5分ほどの余裕がある。
これで遅いと怒られたんじゃたまったもんじゃねえぞ。おまえは一体いつから待ってたんだ。
「今日はどうしたんだ?」
またぞろ人生相談と称した体のいいお願いに付き合うことになるのだろうか。
それもいいな。今はなんでもいいから体を動かして暗い思考を吹き飛ばした気分だしよ。
「……また人生相談か?」
桐乃が中々答えようとしないので先回りして尋ねてみた。
しかし、桐乃は黙ってふるふると首を横に振る。
人生相談じゃないのか。じゃあ一体なんだ? 人生相談以外の用事って言ったら……?
駄目だ。俺には一向に思いつかない。ここは大人しく桐乃の言葉を待つことにするかな。
桐乃は、ふぅ……と深呼吸をひとつしてから、ぽつりぽつりと話しだした。
「あんたをここに呼んだのは……人生相談が……あるからなの」
「はあ? さっき人生相談かって聞いたら違うって言ったじゃねえか」
「う、うう、うっさい! どっ、どうでもいいでしょそんなこと!」
桐乃は不機嫌に舌打ちをし、ライトブラウンの髪をかきあげる。
その流れるような長髪は、夕焼けに照らされて黄金色に輝いて見えた。
あれ、なんだこの既視感。この光景どっかで見たことあるぞ。デジャブってやつか?
「じゃあなんなんだ?」
俺の問いに桐乃は顔を赤くするだけで一向に答えない。
何かを言おうとして口を開いてもそのままもごもごとするだけで、結局言葉は出てこずそのまま顔を背けてしまう。
なんだか妙に切羽詰まっている様子だった。
彼女の焦燥に釣られたのか、俺の胸はどきどきと鼓動を速めていく。
407 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/03(木) 21:54:32.39 ID:fh2Yys3do [3/8]
「あ、あのね」
意を決したのか、ようやく桐乃が言葉を紡ぎ始める。
「最初はあんたみたいな兄貴がいたらいいなって思ってた」
秘密を懺悔する少女のようにぽつりぽつりと、だがはっきりとした声で。
「でも、それだけじゃなかった。地味で冴えないくせに……ただひたすらに優しくて」
桐乃はまっすぐに俺を見つめてくる。
桐乃の顔が赤いのは夕焼けに照らされているからか……それとも……
「やっと気づいたの! 私は……沙織に負けないくらいあんたが好き! だからっ!」
こ、この流れは……。
ま、まさか……まさか…………まさか!
「あたしと付き合って下さい!」
顎が落っこちるかと思った。開いた口は塞がらない。
桐乃の用事は、暗い思考を吹き飛ばしてくれるとかそんな生易しいものではなかった。
俺の思考をそれ一点に集め、他のことなど跡形もなく吹き飛ばしてしまう。
「……だ、だめ?」
そう声をかけられるまで、時間が止まっていた。
はっと我に返り、桐乃の顔を見る。
目にはうっすらと涙がにじんでいて、今にも泣きだしてしまいそうだ。
俺はどうすればいい? 俺と桐乃が付き合うことになったら沙織はどう思う? そもそもこのことを知っているのか?
そんな考えがぐるぐると頭の中で渦を巻く。
そんな中、先ほどまで俺の思考をとらえて離さなかった黒猫の言葉が脳裏をよぎった。
「あなたこそ早く妹離れしたらどうかしら」
そうだ。この後に及んで俺はなんで沙織のことを気にしているんだ。
大事なのは俺の気持ちじゃないのか。桐乃の告白を受けるにしろ断るにしろ、沙織を理由にするなんて桐乃に対しても沙織に対しても失礼極まりない。
まさかこれを見越して言ったわけじゃないだろうけどな。ありがとよ、黒猫。
408 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/03(木) 21:55:42.76 ID:fh2Yys3do [4/8]
「桐乃」
桐乃は依然として涙を浮かべながら俺を見つめていて、その拳は痛々しいほどに強く握られている。
右手で桐乃の頬に触れ、今にも溢れ出しそうなその涙を親指の腹で拭ってやる。
「……俺もおまえが好きだ。これから、よろしくな」
その瞬間、桐乃が俺に抱き着いてきた。ぐりぐりと頭を俺の胸元に擦り付ける。
桐乃を抱きしめるべく両手を桐乃の後ろに回した瞬間、
「おめでとうでござる~!」
「ちょっと沙織! まだ早いわ、これからがいいところなのに!」
人気のない公園に聞きなれた声が響いた。
「お、おまえら!? なんでここに? っていうか、何やってんだそんなところで!」
茂みの中から顔を出したのは、ぐるぐる眼鏡にオタクファッションに身を包んだ沙織とゴスロリファッションに猫耳装備の黒猫だった。
桐乃を見ると俺と同様にぽかんとしているので、どうやらこいつも知らなかったようだ。
「いやあ、お兄様もすみに置けませんなあ」
沙織はうりうりと肘で俺の腕をついてくる。
「……これでやっと一件落着というわけね。長かったわ。好きならばさっさと告白してしまえばいいものを、兄貴になれだのなんだのとわけのわからないことで先延ばしにするから――」
しみじみと感慨深そうに語る黒猫。
「ちょ、ちょっと何言っちゃってんの!?」
慌てて桐乃が止めに入った。
展開が唐突すぎて頭がついていかない。
「お、おまえら、なんでここにいんの?」
事態を把握するべく一つずつ質問していく。
「実は昨日きりりん氏から、今日お兄様に告白するということを言われまして」
「その女がフラれるのを見に来たのよ」
要は出歯亀かよ!
「お、おまえら……」
409 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/03(木) 21:57:40.07 ID:fh2Yys3do [5/8]
今回は告白が上手くいったからいいものの、もし桐乃がフラれてたらどうする気だったの?
……いや、こいつらは確信があったのかもしれない。俺と――桐乃が上手くいくという確信が。
「告白すると聞いた時は、正直『やっとか』と思ったものです」
「え、嘘でしょ?」
沙織の言葉に桐乃は目を丸くし驚きを隠せないでいる。
「嘘ではござらん。きりりん氏がお兄様のことを好きなのはもうバレバレというか、気づかない方がおかしいレベルでありましたから」
嘘だろ? 俺、全然気づかなかったんだけど。
「あなた、ずっと前からやれ『あいつが過保護すぎてうざい、荷物くらい持てるって』だの、『あいつってば腕組んだだけで顔赤くしちゃって、ぷぷっ。キモ~い』だのと、のろけまくりだったじゃない」
それのろけてなくねえ? 俺の感性が変なの?
「う、うう、うっさい!」
だが、桐乃はわかりやすく動揺していた。桐乃の動揺を見るに、どうやら黒猫の言っていることは真実のようだ。
くそっ、なんてわかりにくい愛情表現なんだ。
「では、あとは若い者同士に任せると言うことで……」
「じゃあね、先輩」
そう言うと沙織は黒猫を連れてそそくさと帰っていった。
ほんとに何しに来たんだ……。完全に冷やかしじゃねえか。あと先輩ってなんだ。
「ぐえっ」
沙織と黒猫が公園から去るのを見送り二人の姿が視界から消えた時、どすっ、と胸に衝撃がきた。
感じた衝撃の正体は桐乃が抱き着いてきたものによるものだったらしい。
桐乃の背が高いせいで二人の顔はとても近い。桐乃の息遣いが直に感じられる。
「……好き」
「……ああ、俺もだ」
そして俺は今度こそ、愛すべき彼女を力いっぱい抱きしめたのだった。
410 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/03(木) 21:58:48.73 ID:fh2Yys3do [6/8]
―――――――――
「黒猫氏、よかったのですか?」
「なんのことかしら」
私は、私の隣を歩く友人が心配で声をかけた。
「拙者が見るに黒猫氏もお兄様のことが……」
「……あの子は私以上にあなたのお兄さんを必要としていた。それにあなたのお兄さんを好きになったのはきっとあの子が先だから」
「だからといって――」
私の声を遮るようにして、友人が言葉を発する。
「そう、そこなのよ。私はそう思えてしまう。何が何でも手に入れたいとまでは……まだ思えない」
「黒猫氏……」
「そんな顔をしないでちょうだい。言ったでしょう? 順番よ。今回はあの子が先だった。いろいろとね。そして、あなたのお兄さんとあの子が駄目になったら今度は私の番よ。その時は沙織、あなたに遠慮はしない。もっとも他にいい男が現れなければ、だけどね。……あなたこそよかったの?」
友人はいつになく饒舌で、平静さを保っているとは言い難いようだ。
「拙者ですか?」
「ええ」
自問自答。そして告白。
「……私は今までお兄様に甘え過ぎていました。そのせいでお兄様の人生を制限してしまうのは耐えられませんわ」
「だから最近お兄さんに冷たかったの?」
「いやはや、ばれておりましたか」
「あなたのお兄さん、相当まいっていたわ。兄離れもいいけれどなにごとも急ぎ過ぎない方がいいわ。もうちょっとやり方を考えてあげなさい」
「そうだったのですか……ご忠告ありがとうございます」
そして、私と友人はお互いを励ますように笑いあったのだった。
―――――――――
411 名前: ◆5yGS6snSLSFg[sage saga] 投稿日:2011/03/03(木) 22:00:23.12 ID:fh2Yys3do [7/8]
「ただいまー」
仕事を終え、疲れた体を引きずってようやく我が家へと辿り着く。
「おかえりなさいでござる!」
すると家の奥から元気な声が響いた。
続いて別の声が聞こえてくる。
「ござるじゃないでしょ。何度いったらわかるの?」
ばたばたと足音が響き、奥の部屋から愛する我が子と妻が揃って玄関まで出迎えてくれた。
そして駆け寄ってくる娘を、腰をかがめ抱き上げた。
「あんたからも言ってやってよ。その子、義姉さんのところに遊びに行くと毎回ござる口調になって帰ってくるんですケド」
いったい何をして遊んでるんだ沙織は。
「ま、いいじゃねえか。そのうち治るって」
「もう」
呆れたようにため息を吐く桐乃。
そして、
「……おかえりなさい、あなた」
「おう、ただいま」
俺の妹が身長180cmなわけがない桐乃√
おわり
最終更新:2011年03月22日 19:39