無題:9スレ目417


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417 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/10(日) 21:53:38.21 ID:UPURqhJ/o [3/16]
「はぁ……」

休日の朝。俺は一人で繁華街を歩いていた。
時刻は午前十時を少し過ぎたあたり。この時間だとほとんどの店が開店しており、周囲にはそれなりに人が溢れている。
こういうゴミゴミした雰囲気はあまり好きではないので、俺のテンションは下がる一方だ。
おまけに、この繁華街はつい先日、実の妹と"偽装"デートした場所でもあり、個人的にはあんまり来たくない場所だった。

「桐乃のヤツ、恨むぞ……」

夏真っ盛りの時期、人の多い場所。
俺が朝早くからこんな場所に来たのは、もちろん能動的な理由からではない。桐乃からある"お願い"をされたからだ。
そうでなきゃ、ここに来るはずがない。麻奈実と鉢合わせたことも、まだ記憶に新しいんだからな。
いつも以上に背を丸めながら、ケータイに表示させている地図で場所を確認する。
目指しているのは、この繁華街にある個人経営のゲームショップだ。
現在位置からだと、あと十分ほどで到着するはずだが……。

「あ、あのっ! そこのお兄さんっ!」

俺がケータイとにらめっこをしていると、背後から少女の切羽詰った声がした。
周囲を見渡すが、「お兄さん」に該当するような人物は見当たらない。どうも、俺のことを指しているらしい。

「あ、あの……」

今度はやや落ち込んだような声で呼びかけられる。どうやら、無視されたと思っているようだ。
う……。なんだ、この罪悪感は……。
俺は何もしていないのに、何だか悪いことをしたみたいな雰囲気が漂ってるじゃねえか!
小心者の俺は、その雰囲気に耐えられず後ろを振り返った。

「げ……」
「うっ……」

そこには可愛らしいピンクのサマーワンピースを着た、金髪の少女がいた。
自分から声を掛けてきたのに、俺が振り返ると怯んでしまい、数歩後ずさる。
だが、今はそんなことなど気にならない。
なにしろ、声を掛けてきたのは俺の知ってる娘だったからな。

「ブ、ブリジットちゃん……?」
「え? ど、どうしてわたしの名前を……」

いきなり名前を呼ばれたことに、金髪の少女――ブリジット・エヴァンスは困惑していた。
が、それも一瞬。俺の顔をしばらく見つめ、誰なのかを思い出したようだ。

「あ! 彼氏さん!」
「はは……、久しぶり」

おいおい、なんでまたここでブリジットと会うんだよ!
決して困ることはないが、なるべくなら会いたくないんだよ。この娘には、"赤城浩平"としても会ってるからな。
バレると色々マズイんだよ、主に俺の身が……。
よ、よし! なんとかこの場をやり過ごそう!

「あの、今日は彼女さんといっしょじゃないんですか?」
「う、うん。まあね。それより、ブリジットちゃんはなんで俺に声を掛けてきたのかな?」
「あ。そ、それは……」
「うん?」

俺が当たり障りのない質問をすると、ブリジットは頬を赤らめて言い淀んでしまった。
な、なんかマズったのか?そこで止まられると、俺が困るんだが。
この後、「そっかー。じゃ、俺は用があるから~」とか言って、この場を脱出する算段なんですけど……。
なんとか話題を変えようと思案していると、新たな少女が現れた。

「なーにやってんだよ、ブリジット」
「あ、かなかなちゃん!」
「はぁ~~。だーからぁ~、かなかなちゃんはやめろっつってんだろーが」
「う゛ぅ~。い、いひゃいよぉ~、かにゃかにゃひゃん~」

少女――来栖加奈子は、駆け寄ってきたブリジットの頬を思いっきり引っ張っている。
びろーんと。むにょーんと。
突然の攻撃を受けたブリジットは、なんとも締まりのない声で抗議した。
はぁ、こいつにも会うことになるとはな。今日の俺の運勢は、どうやら最悪のようだ。
仕方ねえ。会っちまったからには、こいつにも挨拶くらいはしないとな。

「やあ。加奈子ちゃん、だったよね?」
「あ? オメー誰よ? いきなり馴れ馴れしく話しかけてくるとか、チョーキモいんですけど~」

こ、このガキィ……。
変装なしで会うのは三度目だというのに、何で覚えてねえんだよ! いや、覚えてないほうが好都合だけど。
それよりも、相変わらずムカつくッ! すっっっっげームカつくッ!!

「もぉ~。かなかなちゃんもこの間会ったのにぃ~」
「あ? こんな地味面知らねーよ。誰コレ?」

418 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/10(日) 21:54:04.15 ID:UPURqhJ/o [4/16]
コレ!? 今、"コレ"って言ったよね!?
人扱いすらしねーのかよ、このクソガキ! あああああああっ! ブン殴りたいっ!!

「ほ、ほら。かなかなちゃんのおともだちの彼氏さんだよぉ~。ケーキ屋さんで会ったでしょ」
「……あ~、桐乃のカレシだっけ? なんか地味だったな~、ってコトしか覚えてないわ」
「は、はは」

もういい……、こんなことでイチイチ腹なんか立ててられるか。俺が無駄に疲れるだけだ。
コイツ等がここにいる理由も、別にどーでもいいや。さっさとここから離れよう。
ロリっ娘二人を放って、俺は踵を返す。そこで、背後から流行の曲が流れてきた。

「うーす。何か用か、あやせ?」

どうやら加奈子のケータイに設定された着うたのようだ。ま、どうでもいいか。
それよりも、さっさとここを離れて用を済ませよう。そんで家に帰って、ゆっくりしよう。うん、それがいい。
無視を決め込んだ俺だが、次の瞬間にはつい後ろを振り返ってしまった。

「はぁ!? いや、ちょっと待てって! いきなりンなコト言われても、加奈子にも予定が……!」

なにやらトラブルがあったらしく、加奈子が大声を上げたからだ。
しばらく口論していたが、やがて加奈子は通話を終え、ケータイを仕舞った。心なしか、落ち込んでいるようにも見えるが……、

「クッソ、あんのブスがぁ!! っざけんじゃねーぞォ!!」

いきなり怒りを爆発させて、地団太を踏み始めた。あまりの剣幕に、ブリジットも声を掛けられずにいる。
電話相手はあやせのようだが、一体何を言ったんだアイツ?
ひとしきり怒りを発散させたあと、加奈子はフーフーと息を荒く吐きながらブリジットに向き直った。

「ブリジット、今日はシメーだ」
「え?」
「加奈子、これから行かなくちゃいけねートコがあるから、今日はもう帰れ」
「そ、それならわたしも……」
「ダメに決まってんだろーが。ついてきたら、オメーとはもう口利かねえかんな。んじゃな~」

加奈子は言いたいことだけ言って、駅に向かって走り出した。が、少し離れたところで止まると、

「桐乃のカレシさんよー。そいつのこと頼んだー」

などと言って、今度こそ駅に向かった。
……いや、待て。勝手に「頼んだ」なんて言われても、こっちは困るんだっつーの!!
けどなぁ、ブリジットだけをここに置いていくのも後味悪いしなぁ。はぁ、仕方ないか。

「ブリジットちゃん? もう帰るなら、駅まで送っていくけど……」
「まだ帰りません!」

正直に言おう、驚いた。
だってさ、俺の知ってるブリジットって、こんなに大きな声を出す女の子じゃないんだもん。
おまけになんか怒ってるみたいだしさ。まあ、こんな小さい娘が怒ってても、ただただ可愛らしいだけなんだけどな。
頬を膨らませてるところが、また可愛い。

「そ、そう。じゃあ、どうするの?」
「えっと……それはですね……」

さっきまで怒っていたのに、今度はもじもじ俯いて、真っ赤になってしまった。
もともとの愛らしさも相まって、非常に可愛らしいことこの上ない。桐乃がこの場にいたら、思わず持ち帰ってしまうだろう。
ブリジットはしばらくそうしていたが、やがて意を決して、俺にこう言った。

「彼氏さん! 今日一日、わたしと付き合ってください!!」
「………………え?」

419 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/10(日) 21:54:39.49 ID:UPURqhJ/o [5/16]
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「ありがとうございましたー」

エプロンを付けた中年のオッサンの声を背に受けて、俺はゲームショップを出た。
その隣には、まだ年端も行かない金髪の美少女がいる。

「ごめんね。付き合わせちゃって」
「いえ、いいんです。彼氏さんには、わたしのワガママを聞いてもらったので」

結局、俺はブリジットの突拍子もない申し出を受け入れた。
正直、気は進まなかったのだが、あのままブリジットを帰すのもなんだかなぁと思ったのだ。
幸い、受験勉強は順調だし、一日くらいはこんな風に時間を潰しても問題は無い。
それに、こんないい娘のお願いを断るのも忍びないしな。
言っておくが、俺は決してロリコンじゃないからな。年下の女の子のお願いに弱いだけだ。

「それじゃ、今からどうしようか? どこか行きたいところとかある?」
「そうですねぇ……」

ブリジットは顎に指を当て、どこに行こうか考えている。真剣に考えているようで、目を閉じ、眉を顰めながら「う~ん……」と唸っていた。
なんというか、非常に微笑ましいな。本人にそんな気は無いだろうけど、このぐらいの年齢の娘のこういう姿は、それだけで可愛らしいものだ。
それが美少女ならなおさらである。
桐乃や加奈子が同じ仕草をしても、きっとこんなことは思わないだろう。アイツ等は普段がひどすぎる。

「あの……、彼氏さんにおまかせしてもいいでしょうか?」

必死に考えたが、妙案は出てこなかったらしい。ブリジットは恥ずかしそうに言ってきた。
それにしても、「彼氏さん」という呼び方は勘弁してほしいな。……よし。

「わかったよ。ただ、その『彼氏さん』ってのはやめてくれないかな? 今日は桐乃もいないし、なんか変だろ?」
「えっと、じゃあなんてお呼びすれば……?」
「ブリジットちゃんの好きに呼んでくれればいいよ。名前でもなんでも」
「そういえば、お名前聞いてませんでしたよね」
「あれ、そうだっけ?」

そう言われると、前に会ったとき自己紹介してない気がするな。あの時は……そうだそうだ、桐乃だけ自己紹介したんだ。
なんか変な感じだが、一応しといた方がいいよな。

「それじゃ、今さらだけど……。俺は高坂京介だ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします。……あれ? 高坂って……」
「あ……」

やっべええええええええええええええええ!!
しまった! ついいつもの調子でフルネームを言っちまったよ、オイィィィィ!!

「あの……彼女さんも、たしか"高坂"でしたよね?」
「うっ……」

しっかり覚えてるなんて、ブリジットは本当にいい娘だね。
ただ、今回に限っては忘れていてほしかったよ。あぁ~~~~~~~~~、仕方ないな。

「そうだよ。実はね……」
「はい?」

420 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/10(日) 21:55:09.25 ID:UPURqhJ/o [6/16]




「……というわけなんだ」
「そうだったんですかぁ~」

良い言い訳が思いつかなかった俺は、ことの真相をブリジットに話した。もちろん、桐乃やあやせ、加奈子には内緒にしてくれるよう頼んである。
桐乃にバレたら怒るだろうし、あやせにバレたら何をされるかわかったもんじゃねえからな。想像もしたくねえよ。
加奈子にも言わないようにしてもらったのは、アイツ経由で桐乃やあやせに話が伝わるのを防ぐためだ。あのガキ、口が軽そうだしな。
それに、こういうところから美咲さんの耳に伝わる可能性もある。嘘だってわかっちまったら、また桐乃にしつこく迫るだろうしな。

「ごめんな、なんか騙すようなマネをして」
「いえ、気にしないでください。そうしなくちゃいけない理由があったんですよね?」
「ああ。あの時は、ああするしかなかったんだ」
「じゃあ、仕方ないですよ。お兄さんが気にすることじゃないです」

ブリジットは笑顔を浮かべながら言った。
本当、いい娘だなぁ~。桐乃も、せめてこの娘の十分の一でいいから、性格が良ければなぁ~。
…………あ、ダメだ。軽く想像してみたが、めちゃくちゃ気色悪いモノが出来上がった。
十分の一でコレなら、ブリジットと同じくらい性格が良くなったら、はっきり言って嘔吐物だろう。想像すらしたくないわ、うん。

「じゃあ、今度こそどこか行こうか。こんなところで時間を使うのも勿体無いし」
「はいっ!」

事情も説明し終えたので、俺達は並んで繁華街を歩き始めた。
はっきり言って、どこに行けばいいのかわからない。とりあえず、適当にぶらついてみて、気になる店や場所があったらそこに行こう。
そう考えていると、俺の右手の指に温かく柔らかな感触が伝わってきた。
隣を見れば、ブリジットが俺の人差し指と中指を小さな手で握っていた。

「そっか。はぐれたりしたら、大変だもんな。ゴメンね、気が付かなくて」
「い、いえ!」

ブリジットの顔は真っ赤だ。
きっと、男とこうやって手を繋いだことがないんだろうな。八つも離れているんだから、お父さんと手を繋いでる感覚でいればいいのに。
俺はこの小さな同伴者とはぐれないよう、その手をぎゅっと握った。

「あっ……」
「あ、ゴメン。痛かったかな?」
「いえ、あの……大丈夫ですから」

ブリジットはさっきよりも顔を赤くして、か細い声で答えた。そして、俺の手をぎゅっと握り返してきた。
可愛い娘ではあるのだが、歳が離れすぎてて俺まで恥ずかしくなるようなことはない。むしろ、父性が働いてしまうので、非常に微笑ましく思えてしまった。
けど、このままじゃブリジットはロクに楽しめもしないだろう。どうしたもんかなぁ~。…………と、その時。

ぐぅ~~~~~~~~~~~~~。

誰かさんの腹の虫が悲鳴を上げた。俺の虫さんではないので、そうなると当然……。

「あ……こ、これは……その……。ち、違うんです……」

ブリジットのものだよなぁ。
たとえ十歳でも乙女は乙女。腹の虫の音を聞かれたら、恥ずかしくてどうしようもないのだろう。
ただ、その慌てっぷりがおかしくてな。

「ぷっ……」
「わ、笑わないでください!」

笑いが込み上げてきちまったよ。俺の顔を見て、ブリジットはますます慌てて弁明をし始める。
それがまたおかしくて……という悪循環に陥ってしまった。

「ご、ゴメン。くふふ……。ホントゴメン……ははっ」
「も、もう~~~~~~~~」

ああ、しまったなぁ。ちょっと笑いすぎたか。
ブリジットは頬を膨らませて、そっぽ向いてしまった。顔は依然として赤い。だが……。

ぐぅ~~~~~~~~~~~~~。

またブリジットの腹の虫が悲鳴を上げた。
ここまで来ると、コントじゃないかと思えてくる。
ブリジットは誤魔化すのを諦めたのか、赤い顔のままで「うぅ~~」と唸っていた。
さすがに、これ以上は俺も笑わんよ。それくらいの分別は弁えてるさ。

「ちょっと早いけど、メシにしようか。なにか食べたい物とか行きたい店はある?」
「……お兄さんにおまかせします」
「了解」

俺はむくれてしまったブリジットの手を引いて、繁華街の中を歩き出した。

421 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/10(日) 21:55:45.16 ID:UPURqhJ/o [7/16]
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「いらっしゃいませ~」

俺達が入ったのは、昔懐かしい雰囲気を色濃く残している老舗の定食屋だ。
老年の店主夫婦が切り盛りしている店で、以前桐乃と訪れたケーキショップのような華やかさはない。
そのせいか、店内にいたのは休日なのにスーツ姿のサラリーマンが数人。俺と同い年くらいの男連中が二グループ。女の子は一人もいなかった。
空いているテーブル席に座ると、頭には白い手拭いを巻き、綺麗に洗濯された割烹着を着た六十代ぐらいの女性が水を持ってきてくれた。ここの店主の奥さんだ。

「あの、ここは?」
「定食屋っていう、少し前の日本では割とポピュラーだった飲食店だよ」
「へぇ~」

こういった場所は珍しいのか、ブリジットは店内の色んなところを眺めていた。
俺は壁に掛かった品書きを眺め、何を食べようか考えていた。

「ブリジットちゃんは、日本語読めたよね?」
「はい。むずかしいものでなければ、だいたいは読めますよ」
「じゃ、あの壁に掛かっているメニューから、頼むものを選んでね」
「え? あ、あれがメニューなんですか? わたし、ああいうのははじめて見ました」

最近の飲食店では、各テーブルにメニューが備え付けられているのが一般的だ。写真付きで非常に見やすいのだが、俺はこういうのも悪くないと思っている。
ブリジットもそういう店にしか行ったことがないのだろう。「ふわぁ」なんて言いながら、品書きを眺めていた。

「お兄さん。わたし、エビフライ定食にしようと思います」
「わかった。じゃ、頼むかね。すいませーん!」
「はいはーい。ちょっと待っててくださいねー」

俺は大きな声で奥さんを呼んだ。
程無くして、厨房にいた奥さんは、片手にメモを握ってぱたぱたとこちらに駆け寄ってきた。

「お待たせしましたー。ご注文は?」
「チキンカツ定食、ご飯大盛りで。あとエビフライ定食を」
「はいはい。チキンのご飯大盛りとエビフライ。ひとつずつね?」
「はい」
「じゃ、ちょっと待っててね」

注文を聞き終えた奥さんは、厨房に向かった。そこで、ブリジットから声が掛かる。

「あの、お兄さんはこのお店によく来るんですか?」
「そんなことはないよ。友達と何回か来たことがあるくらいだし」

注文した品が持ってこられるまでの間、俺とブリジットは他愛のない話をして時間を潰した。




「お待たせしましたー。チキンカツ定食のご飯大盛りと、エビフライ定食ね」
「ども」
「ありがとうございます」
「それじゃ、ごゆっくり」

約二十分後、注文した品がテーブルに届けられた。
ブリジットの頼んだエビフライ定食の乗った盆には、スプーンとフォークも置かれている。奥さんの気遣いだろう。

「ふわぁ、たくさんありますね~」
「食べきれるか?」
「た、多分……」

ここの売りは、安い値段でお腹いっぱいになれるところだ。そのため、常連というと学生連中が多い。
そのことを伝えていなかったため、ブリジットは目の前に置かれた定食の量に圧倒されていた。まあ、デカいエビフライが三本もあるからな。
それに加えて、盆の上にはご飯、味噌汁、お新香。エビフライの周囲にはキャベツの千切り、ポテトサラダ、切られたトマトもあるのだから、驚くのも無理はない。

「とりあえず食べようか」
「そ、そうですね」

俺はテーブルに置かれている筒から箸を抜き、手を合わせた。
ブリジットも同じように手を合わせている。

「いただきます」
「いただきます」

まず手をつけたのは味噌汁だ。油揚げとネギの入った味噌汁は素朴な味がして、それが実に俺好みで美味かった。
次にメインのチキンカツ。揚げたてなので衣はサクサクしており、あらかじめ醤油などで下味が付けられた肉厚の鶏むね肉に、良いアクセントを加えていた。
ブリジットもフォークを手に持ち、エビフライを頬張っている。

「わぁ、美味しいですね」
「安くて美味い。庶民の味方だよ」

422 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/10(日) 21:56:18.45 ID:UPURqhJ/o [8/16]




「すみません。ごちそうになっちゃって」
「気にしなくていいよ」

食事を終えた俺達は、昼時前に店を出た。
案の定、ブリジットは定食を食べきることが出来ず、余ったおかずは俺が食べることになった。
おかげで、今は少し腹が苦しい。こんなことならご飯は大盛りにするべきじゃなかったな。

「あんまりこういうところには来たことないだろうけど、どうだったかな?」
「はじめて見るものがたくさんあって、ごはんもおいしくて、すごくよかったです!」
「はは。そう言ってもらえると、俺も連れて来た甲斐があったよ」

女の子があまり利用しないところだが、どうやらブリジットは気に入ってくれたようだ。

「今度、かなかなちゃんとも来ようと思います」
「あー、それはやめとけ」

アイツ、絶対ゴネるからな。


ーーーーーーーーーーーー


少し過分に腹が満たされたので、俺達は腹ごなしもかねて繁華街を歩いていた。
渋谷や原宿ほどではないが、ここいらも若者をターゲットにした店が多く、歩くだけでもそれなりに楽しめるようになっていた。
服飾店のウィンドウには、綺麗に着飾ったマネキンが並び、店先に服を置いてある店もあった。
そういったものを発見するたび、ブリジットは歩みを止め、じっと眺めたり手に取ってみたりしている。
こういうところを見ると、いくら小さくても女の子なんだなぁと感じられた。
そんなことを繰り返していると、ブリジットがある店に小走りで駆け寄った。
手を繋いだままなので、俺もブリジットに引っ張られる形であとを追うことになる。

「わぁ、かわいいですね」
「へぇ。コイツは……」

そこはアクセサリーショップのようで、リングやネックレスなどが安価で売られていた。おそらく中高生を意識した店なのだろう。
ブリジットが見ていたのは、黒塗りの棒に紫色の六花と細やかな装飾が施されたモノ。

「簪だな」
「かんざし、ですか?」
「ああ。日本の伝統的な髪飾りだよ。知ってる?」
「はい。名前を聞いたことはあります」

ファッションアイテムの一つとして使われたりすると聞いたことはあるが、実際に売られているのを見たのは初めてだ。
その周りを見てみると、これ以外にも数種類の簪が展示されていた。人気があるのだろうか?
ブリジットはこの簪が気に入ったらしく、先程からじっと見つめたままだ。
簪に付けられている値札を見ると、ずいぶんと手頃な価格だった。こんなに安いモンなのか?

「すいません」
「はい、いかがされました?」
「この紫六花の簪が欲しいんですけど……」

店員さんに頼んで、ブリジットが見つめ続けていた簪を出してもらった。
当のブリジットはというと、驚いた表情のまま俺を見上げている。

「2,625円になります」
「じゃ、これで」
「2,650円お預かりします。25円のお返しです。お包みになりますか?」
「いや、この娘に付けてもらえますか?」
「え?」

ブリジットの頭にポンと手を置いて、そう言った。ブリジットは突然のことで、状況が把握できていないようだ。

「あと、簪の基本的な付け方も教えてもらえますか?」
「かしこまりました。お嬢さん、こちらへどうぞ」
「え? あ、え? あの……?」

依然としてブリジットは困惑したままだ。その様が可愛くて、俺は自然と笑みを浮かべていた。

「行ってきな。俺からのプレゼントだ」
「あ……、ありがとうございます!!」

ブリジットは過剰なほどに頭を下げて、女性の店員さんの方に駆けていった。
あんなに喜ばれると、俺としてもプレゼントした甲斐があったと思えるよ。

423 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/10(日) 21:56:44.30 ID:UPURqhJ/o [9/16]




ブリジットを店員さんにまかせている間、俺は店内の品物を眺めていた。
簪以外にも、可愛らしい装飾が施されたバレッタやコームといった髪用の装飾具が並んでいる。
そのどれもが女の子向けで、価格設定も学生に優しいものだった。

「お待たせしましたー」

ラインストーンが散りばめられたバレッタを手に取って眺めていると、先程の女性店員さんに声を掛けられた。
そちらに向き直ると、店員さんの後ろにブリジットがいた。
少し恥ずかしいのか、頬をほんのり染め、もじもじと俯いている。
いつもは美しいブロンドを後ろで一つに纏め、ポニーテールにしているが、今は髪を垂らしておらず、団子のように纏め上げて簪でそれを留めていた。
見慣れた髪型と違うだけで、ひどく印象が変わるものだ。
普段は年相応の女の子っぽさが感じられるのに、今はその中に艶やかさも感じる。
いつもは見ることの出来ないうなじと、そこに少しだけ垂れた髪。そこから色気を感じた。

「へえ、似合ってるじゃないか。うん、可愛いよ」
「あ、ありがとうございます」

俺からお褒めの言葉が出たことで、ようやくブリジットに笑顔が戻った。
笑顔もいいが、今の髪型ならさっきまでの物憂げな表情もすごく良いと思う。口には出さないけど。

「じゃ、このままもらっていきます」
「はい。ありがとうございましたー」

簪を付けたブリジットの手を握り、俺達は店を後にした。


ーーーーーーーーーーーー


「今日はありがとうございました。ごはんだけじゃなくて、こんなステキなものもいただいて……」
「気にしなくていいよ。俺も楽しかったから、そのお礼だと思ってくれれば」

その後、繁華街をぶらつきながら過ごした俺達は、時刻が五時になる前に駅前にやってきた。
周囲には、俺達のように帰宅しようとしている人達が集まり始めている。

「今日はすごく楽しかったです!」
「本当か? お世辞とかならいらないよ」
「ほんとうですよ~。お兄さんの彼女さんがうらやましいです」
「はは……。残念ながら、俺には彼女なんていないけどな」
「え?」

その答えが余程意外だったのか、ブリジットはずいぶんと驚いた表情をしていた。
いや、俺の方が驚きだよ。こんなに地味な俺に、彼女なんているとでも思ってたのか?

「それ、ほんとうですか?」
「こんなことで見栄を張っても寂しいだけだからな。本当だよ」
「そうなんですか……」

改めて彼女の有無について尋問してきたブリジットは、俺の回答を聞くと何事か呟き始めた。
声が小さくて聞こえないが、「そっか……そうなんだ……」と言っているのだけは聞き取れた。
ブリジットさん、そんなに何度も言わないでもらえませんか? たしかに彼女はいませんが、繰り返されると傷付くんですよ。
そんなやり取りをしていると、ブリジットが乗る電車の時間が目前に迫っていた。

「ブリジットちゃん。そろそろ電車が来るよ」
「え? あ、すいません!」

なにやら考え事をしていたブリジットは、俺の声を聞いて慌て始めた。
すぐにでも駅構内に向かっていくと思ったのだが、俺を見上げたまま黙ってしまっている。はて、どうしたのか?

「あ、あの……。また、おひまなときに遊んでもらえますか?」
「うん? いいよ。ブリジットちゃんさえ良ければね」
「本当ですか!? ありがとうございます! それでは!!」

それだけ言うと、ブリジットは別れの言葉を慌しく告げ、走り去ってしまった。
また遊ぶのはいいんだが、ブリジットって俺の連絡先って知ってたっけ?

424 名前: ◆lI.F30NTlM[sage saga] 投稿日:2011/04/10(日) 21:57:15.15 ID:UPURqhJ/o [10/16]
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「ただいま~」

時刻が六時になる前に、俺は帰宅した。本当なら午前中に帰ってくる予定だったのに、ずいぶんと遅くなってしまったものだ。
玄関には桐乃の靴もある。あいつ、帰ってからすぐにこのゲームをやろうと思ってただろうから怒ってるかも知れねえな。
靴を脱いで家に上がろうとしたところで、二階からドアを乱暴に開け放つ音が聞こえてきた。
程無くして、桐乃が俺の前に現れる。

「お、おう。ただいま」
「遅い」

うわぁ~、怒ってるよこれ。頼まれたものはちゃんと買ってきたのに、理不尽過ぎるだろ……。

「あ、すまん。でもさ、ちゃんと買ってきたから。ほら、『星くず☆うぃっちメルル PORTABLE -THE BATTLE OF WITCHES-』初回限定版。
 店舗特典もあるからさ。勘弁してくれよ」
「あっそ。ねぇ、それとは別に、あんたに聞きたいことがあるんだけど……」
「え?」

あれ? 帰ってくるのが遅かったから怒ってるんじゃないの?
う~ん、コレ以外にコイツが怒りそうな出来事……思い当たらねえな。いったい何だ?

「さっき加奈子から電話があってさ。『桐乃のカレシの連絡先を教えてほしい』って言われたの」
「ちょ、え? マジで?」
「マジよ。あたしビックリしちゃってさぁ、ワケを聞いたの。そしたら……」
「そ、そしたら……?」

ヤバい。これは本当にヤバい。
桐乃の後ろに明王が見えるぞ……。怒りの炎もはっきりと見える……。
自分の心臓の音がうるさい。喉もカラカラだ。はっきり言おう。俺は今、生命の危機をひしひしと感じている。

「『ブリジットが知りたがってんだ。なんでも、またいっしょに遊びに行きてーんだとよ』だって。よくわかんないから詳しく聞いたらさぁ……、
 今日、ブリジットちゃんと一緒にあんたに会ったって言ってた。加奈子はあやせに呼び出されて、ブリジットちゃんのことをあんたにまかせたって言うし。
 あんたは帰ってくるの遅いし。ねぇ、こんな時間まで何してたの?」
「いや、あの……」
「何? 話が長くなりそうなら、あたしの部屋でみっっっっっちりと聞かせてもらうから。気を使わなくていいよ」
「お、おう……」

桐乃は口調こそ穏やかだが、その身から溢れ出る殺気の量は親父以上のように感じられた。
ああ、俺は明日の朝日を拝めないかもしれん……。



おわり
ツールボックス

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