リトルプリンセス:9スレ目511


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511 :◆Neko./AmS6 [sage saga]:2011/04/17(日) 20:28:32.31 ID:tbBN9wvGo

リトルプリンセス

春休み最後の日曜日、俺はめずらしく早起きして出掛ける支度をしていた。
人と会う約束をしていたからなんだが、そう言ってしまえば元も子もねえか。
俺が今日会う約束をした相手というのが、ブリジット・エヴァンス、なんと十歳。
いくら俺に彼女がいないからって、そこまで守備範囲を広げたわけじゃねーよ。
ブリジットが先日、俺に相談事があるといって電話を寄越してきたのが発端だった。

『……あの、マネージャーさんに折り入ってご相談したいことがあるんですが、
 今度の日曜日にでも会っていただけますか?』

ブリジットとは、俺が加奈子の臨時マネージャーを務めたときからの知り合いだった。
あのときは、桐乃が欲しがっていたフィギュアを手に入れるためにあやせと協力して……。
いや、そうじゃねえ、あやせの策略にまんまと嵌められたんだっけか。
その後、加奈子とブリジットがあやせと同じモデル事務所に入ってからも、
加奈子があやせの言い付けを守り、ちゃんと禁煙しているのか確認するためと称して
あやせに頼まれ臨時マネージャーを引き受けたこともあった。

そんな経緯から俺はブリジットと知り合い、台本の読み合わせや飲物の買い出しなんかを通じ、
彼女とは何かと親しくする機会があった。
と言うわけで、そのブリジットからの相談ともなれば、無下に断るわけにもいかない。
なにも、ブリジットに会うのがいやだってわけじゃない。
美少女小学生から相談事を持ち掛けられるなんて、そうあるもんじゃないしな。
ただ、今回に限っては、会う前から何かいやな予感がして……。

『それで、待ち合わせの場所なんですが……』

ブリジットが電話で指定した場所というのが、近所の中学校近くの児童公園だった。
そのとき既に、俺の脳は反射的に警告を発していた。
なぜ地元でもないブリジットが、あの公園を知っているんだってな。
咄嗟に俺は、秋葉原で待ち合わせないかと逆にブリジットに提案した。
秋葉原と聞いてブリジットは少し慌てた様子だったが、仕舞いには俺の提案を了承してくれた。
そして今日、その日を迎えたわけだ。

俺が秋葉原の駅に着くと、ブリジットは既に改札口で待っていた。
しかし、今日は秋葉原に来るときにいつも利用している電気街口ではなく、
三ヶ所ある改札口の一つ、昭和通り口で待っていた。
こちらはラジオ会館や秋葉原UDXとはちょうど反対方向になる。
今じゃ秋葉原では超有名になっちまったブリジットを、
俺があまり衆目に晒したくなかったっていうのが理由なんだけどな。

「よお、待たせちまったかな」
「あっ、マネージャーさん、おはようございます」

ブリジットが丁寧に頭を下げて挨拶をすると、周囲の視線が俺に集まるのが分かる。
ブロンドヘアの幼い美少女が俺みたいなのに挨拶すりゃ、当然かも知れんけどな。
それにしても、改めて間近で見ると、ブリジットってやっぱ可愛いや。
細くて柔らかそうなストレートのブロンドの髪の毛といい、
年齢の割には出る所は出ているのに、それでいて顔はまだ幼いなんてな。
俺の中で、何かが目覚めそうだよ。

それにしても、俺に向けられた周囲の視線の痛いことといったら……。
俺がブリジットの肩に手でも掛けようもんなら、速攻で通報するヤツが現れるかも知れん。
ここは慎重を期して、一定の距離を保つのが賢明かも。
俺は見知った顔がいないか、周囲を良く確認してからブリジットを喫茶店に誘った。

「ブリジットちゃんは、朝飯は食って来たのか? 実は俺、まだ何にも食って無くてさぁ」
「えっ、あっ、わたしも今日はまだ何も……」
「よしっ、じゃあ決まりだな。今日は俺が奢るから遠慮なんかしねえでくれ、な」
「……あ、ありがとうございます、マネージャーさん」

ブリジットは俺の言葉に頬を赤らめ、丁寧にお辞儀をした。
アルファ・オメガのコスプレをしているときのブリジットも可愛いとは思ったけど、
私服のときのブリジットには、それにも増して清楚さと気品を兼ね備えた可愛さがある。
彼女が超短いスカートでお辞儀をすると、周囲の男共が一斉に振り返った。

「なっ、ブリジットちゃん、早いとこ行こうぜ」

男ってのは、どうして可愛い女の子のミニスカートにこうも素直に反応するのかね。
いくら可愛いからって、ブリジットってまだ十歳じゃねえか。
俺はロリコンじゃねえから、そういった連中の気持ちなんか分からんけどな。

気が付いたら俺は、ブリジットの手をしっかりと握って歩き始めていた。
まあ、そうは言っても加奈子より身長は高いし、それに胸だってそれなりに……

「あ、あの、マネージャーさん……」
「あっ、すまねえ。……歩くの、ちっとばかし早かったよな」

危うくあっちの世界に足を踏み入れるところだったよ。
俺はブリジットに合わせて少し歩調を緩めたが、繋いだ手はそのままにして置いた。
急に手を離すのも何か悪い気がしたし、それに喫茶店だってすぐ近くだもんな。

秋葉原で喫茶店に入るときには、十分に気を付けなくちゃいけねえ。
喫茶店の扉を開けた途端にメイドさんがお出迎え、じゃあ洒落にもならねえよ。
俺は以前に一度だけ立ち寄ったことのある、ごく当たり前の喫茶店にブリジットを案内した。
モーニングセットを二人分注文してから、俺は早速ブリジットに言った。

「ところでさぁ、俺はもう、おまえらのマネージャーでもねえし……だろ。
 だから、そのマネージャーさんって呼び方はどうにかなんねえかなぁ」

俺にそう言われて、ブリジットは少し困った表情を浮かべた。
だけど、いつまでもマネージャーって呼ばれるのは、俺にも違和感があるんだよ。
ブリジットは下を向いたり上を向いたりとしばらく思案した挙句、

「あの、それじゃあ……お兄さん?」
「ちょっと待ってくれ。……その呼び方だけは勘弁してくれ。
 “お兄さん”って呼ばれると、なんでか知らんけど背筋が寒くなってくるんだ。
 ……まあ、仕方ねえか。やっぱ、今まで通り“マネージャー”でもいいや」

俺のことを“お兄さん”と呼ぶヤツは、俺の知る限り一人しかいない。
桐乃の裏の親友で、俺の友達でもある黒猫が俺をからかって呼ぶ時は“兄さん”だし、
本来そう呼ぶべき実妹の桐乃に至っては、俺のことなんか“あんた”だもんな。
それでも、何度かは“兄貴”って呼んでくれたこともあるけど……

「あの、マネージャーさん、この近くに公園はありませんか?」

桐乃がかつて俺のことを“兄貴”と呼んでくれた日のことを想い出していたら、
俺はブリジットが目の前にいることも忘れて、しばらくの間、感傷に浸っちまった。
あいつも、小さい頃は素直でいいヤツだったのになってな。
今頃あいつは俺のことなんかすっかりと忘れて、アメリカの空の下で頑張っているんだろうよ。
目の前のブリジットと桐乃が重なって見える気がして、俺は慌ててかぶりを振った。

「公園に何か用でもあんのか? 
 ……喫茶店にいるのに、わざわざ公園のトイレってわけでもねえもんな。
 そういや、電話でも公園で待ち合わせしたいって言ってたけど」
「マネージャーさんにご相談したいことが、少し広い場所じゃないと……」
「まあ、ブリジットちゃんがそこまで言うなら……」

モーニングセットのコーヒーを啜りながら、俺は秋葉原の地図を頭の中に広げた。
しかし、何度も来たことのある場所とはいえ、電器屋かゲーム屋、それ以外にはブリジットと
加奈子も出演したコスプレ大会が開かれた、秋葉原UDX周辺くらいしか思い浮かばねえ。

「……上野なら……上野公園なら、そんなに離れてもねえか」
「あっ、上野公園ならわたしも知っています。たしかパンダさんのいる所ですよね」
「そりゃあ上野動物園は公園の中にあんけど、パンダが見たいわけじゃねえよな?」

上野公園と聞いて、ブリジットの眼が俄かに輝いた。
秋葉原から上野公園までなら、歩いたところでほんの一キロ足らずのもんだ。
俺がブリジットを小脇に抱えるか、肩に担いで歩いて行ってもいいんだけどな。
そうすっと俺は上野公園に着く前に別の所へ連れて行かれそうなんで、
今回は電車で行くことにしたんだ。
喫茶店での朝飯を済ませ、俺とブリジットは再び秋葉原の駅へと向かった。

秋葉原から山手線で二つ目、御徒町駅の次が上野駅。
駅に降りてから公園口の改札を抜ければ、目の前はもう上野公園だ。
ちょうど桜が満開の時期とも重なり、上野駅の駅前はかなりの人出で賑わっている。
ここでもブリジットと俺の取り合わせは、否応なく周囲の注目を浴びていた。

上野公園は、俺がよく行く児童公園なんかとは比べ物にならないくらいに広い。
美術館なんていったら三つもあるし、道を挟んで博物館まである。
ブリジットが喫茶店で眼を輝かせていた上野動物園も公園の敷地内にあるし、
駅から左手にしばらく歩いて行けば、ボート乗り場もある不忍池がある。
別に今日がデートって言うのなら、その手の所が定番なんだろうけど……。

「まあ、何にしてもここに突っ立ってるわけにもいかねえし、公園の中に入るか」

いつまでも駅前にいても目立つだけだし、俺はブリジットに水を向けてみた。
しかし俺の言ったことが聞こえなかったのか、
ブリジットは落ち着きなくキョロキョロと辺りを見回していた。

「ブリジットちゃん? どうかしたのか?」
「いっ、いいえ。……マネージャーさん、今何かおっしゃいましたか?」

俺はブリジットの不審な様子に何となく違和感を覚えたんだが、
相談に乗ると言った以上、その相談内容を聞く前に帰るわけにもいかねえ。
これでも俺を頼って相談を持ち掛けてくれたんだ、最後まで面倒を見ねえとな。

「ここに突っ立っててもしょうがねえだろ。中に入ろうぜ」
「はっ、はい……」

ブリジットを促すつもりで、俺は彼女の手を取って歩き始めた。
俺に手を握られて、ブリジットは頬を赤く染める。
こういう素直な反応を示されると、俺の方が何だかドキドキとしちまうよ。
大体、俺の知っている女共ときたら、ロクでもねえヤツらばかりだしな。
厨二病丸出しのヤツとか、藤原紀香と同じスリーサイズでぐるぐる眼鏡とか、
それに隙あらば通報しようとするヤツもいるし。

上野公園の中は、どこを見渡しても桜が満開に咲き誇っていた。
桜の木の下でビニールシートを広げ、花見の準備をする中高年のグループや、
小さな子供を連れた若い夫婦が何組も眼に映った。
しかし公園が広いせいか、駅前ほど人の多さは気にはならない。

「――で、俺に相談ってのはどんなことだ?」
「はっ、はい……それが、その……とっても言いにくいことなんですけど……」

顔を赤らめて、モジモジと身体をくねらせ言い淀むブリジット。
かっ、可愛いいじゃねえか。
これで十歳っていうんだから、世の中どうかしてんじゃねえのか。
やっぱ、このままブリジットを小脇に抱えて……なんていう妄想を無理やり払いのけ、
近くの自販機で二人分の飲物を買うと、俺は適当なベンチを指差して言った。

「あの辺に座ってから、ゆっくりと話を聞こうか、なっ」

俺には、ブリジットが緊張している様子が手に取るように分かる。
ブリジットが外国人でいくら発育が良いとはいえ、所詮はまだ小学生だ。
親父さん以外の男と二人きりになるなんて、今までなかったんだろう。

ベンチに座ってから、俺は先ほど買ったオレンジジュースを手渡してやった。
可愛い小さな手でプルトップを開けるのに苦労しているブリジットを見ていると、
俺の理性が崩壊しそうになってくる。

「俺に貸してみな、開けてやっから」

カシュッという音と共にプルトップが開いて、俺は缶をブリジットに返した。

「マネージャーさんって、お姉さんが言っていた通り、本当に優しい人なんですね」
「――誰が言っていたって?」
「あっ、え、えーと……事務所の先輩のお姉さんです……」

事務所の先輩といっても、あの加奈子が俺のことを褒めるわけはねえ。
第一、ブリジットと加奈子とは歳の差こそあれ、言ってみれば同期みたいなもんだ。
そうなると、俺の頭にはたった一人のヤツしか思い浮かばねえ。

「その事務所の先輩ってのは、あやせか? あやせだろ、あやせなんだろっ」
「マ、マネージャーさん? ……あ、あの、その、ふっ、ふぇ」
「えっ、あ~申し訳ないっ。ブリジットちゃんのことを怒ったんじゃねえんだ。
 この通り謝っから、なっ、勘弁してくれ、なっ」

半ベソをかいて今にも泣き出しそうなブリジットに、俺は両手を合わせて謝った。
何で俺はあやせの名前が出ると、こうも過敏に反応しちまうのかね。
俺は引きつりそうになる顔を必死に抑えながら、ブリジットに優しく言った。

「ブリジットちゃん、ちっとばかし電話してえとこがあんから待っててくれ、な」

涙目になりながらも不思議そうな顔で俺を見るブリジットに一言断ってから、
俺は携帯のアドレスからある人物の電話番号を選択すると、迷わず発信ボタンをプッシュした。
数秒後、携帯からツ、ツ、ツ、という断続音に続いて呼出音が聞こえるのに続いて、
俺のすぐ背後で聞き覚えのある着メロが聞こえてきた。

俺は手に持っていた缶コーヒーを一気に飲み干すと、背後の木の植え込みに狙いを定め、
その空き缶を思いっきり投げ付けてやった。
すると空き缶を投げ付けた植え込みが俄かに騒がしくなり、
知った顔のヤツが携帯を片手に血相を変えて飛び出して来るじゃねえか。

「おっ、お兄さん! そんなことをして、人に当たったらどうするつもりですかっ!」
「誰かと思えばあやせじゃねえか。おまえ、そんな所で一体何やってんだ?」
「わ、わたしがどこで何をしていようと、お兄さんには関係のないことじゃないですか。
 それと、空き缶はちゃんと所定の場所に捨ててください」
「へいへい。……ところで、携帯が鳴ってっけど、いいのか?」

俺は自分で投げ付けた空き缶を拾いながらあやせの顔をチラリと見ると、
あやせは仕方がないといった表情で携帯を耳に当てた。

「……はい、あやせです」
「よっ、俺だけど……あやせ、今どこにいる?」
「……お兄さんの目の前にいます。って、そんなに苛めなくてもいいじゃないですか」
「誰も苛めてねーだろ。それはあやせの考え過ぎだって、なあ、ブリジットちゃん」

糸電話じゃあるまいし、何で電話の相手と面と向かって話さなきゃなんねえんだよ。

俺とあやせの世にも奇妙な光景を見ていたブリジットは、
肩から提げていた小さなポシェットから何やら取り出すと、トコトコとあやせに近づいた。

「あやせお姉さん、お姉さんから渡されていた……これ、お返しします」
「ブ、ブリジットちゃんっ!? そ、それはいま返さなくても――」

俺は携帯を切りながら、慌てふためくあやせを尻目にブリジットに優しく語り掛ける。

「なあ、ブリジットちゃんが手に持ってるヤツ、俺に見せてくんねえか?」
「おっ、お兄さん、それは何でもないんです。決して怪しいものでは……」

ブリジットはあやせをチラリと見てから、それを俺に手渡してくれた。
やっぱ事務所の先輩よりも、元マネージャーの方がブリジットの信頼度は上なんだよ。
ブリジットが持っていた物は、一見すると携帯電話と見紛う外観をした代物だった。
俺は受け取ったブツを矯めつ眇めつ眺めてからあやせに聞いた。

「あやせ、これはCMで見たことあるけど、ココセコムっていうヤツじゃ?」
「……わたしには事務所の先輩として、
 お兄さんの魔の手からブリジットちゃんを守る義務があるんです」
「おまえなぁ、言うに事欠いて俺の魔の手って、そりゃあんまりだろうが」

俺は、あやせがてっきり開き直るのかとも思ったが、どうもそうではなかった。
自分の言っていることに無理があるってことは、十分承知しているらしい。

「こんなことまでして、本当は悪いと思っているんですよ。
 もし、お兄さんが怒ったのなら、別にわたしのこと殴ってもいいですよ。
 だって……わたしは、いつもお兄さんに酷いことしているんですから……」

あやせは上目遣いで俺にそう言ってから、俯いてしょんぼりとしちまった。
重苦しい沈黙の時間が、俺とあやせの間に流れる。
ブリジットは、ココセコムが何かなんて全く知らない様子だった。
むしろ、それをあやせに返そうとしたことであやせが俺に殴られるんじゃないかと、
今にも泣きそうな顔でオロオロとするばかりだ。

しかし、俺とあやせの気まずい雰囲気を打ち破ったのは、ブリジットだった。

「あ、あの、マネージャーさん、あやせお姉さんは……」
「分かってるって、心配すんな。俺はあやせのことを殴ったりなんかしねえから。
 あやせだって俺が絶対に殴らないって、百も承知なんだからさ」

自分の方が悪いと思ってしょんぼりとしていたあやせも、今の俺の言葉に安心したらしい。
ようやくいつものあやせらしい明るい笑顔に戻った。

「そんなことはないですよ。……本当に、わたしが悪いと思っているんですから。
 でも、たしかにお兄さんって、わたしがどんなに酷いことをしても怒ったりしませんよね。
 どうしてだろう、なんでかなぁ、ねぇ、何でなんですか?」
「あやせ、おまえは知っててそういうこと言ってんだろ」

俺はあやせからどんな酷い目に合わされようが、殴ったりなんかしない。
別に、惚れている者の弱みってわけじゃねえよ。
あやせに限らず、桐乃にしろ麻奈実にしろ、女を殴る男なんて俺は最低だと思っている。
とは言うものの……男を気安く殴る女って何なの? なあ、あやせさん?
初めの内こそ不安そうな顔で俺たちのやり取りを聞いていたブリジットも、
仕舞いには上気した顔で、俺とあやせを交互に見ながら興奮した様子で俺に聞いてきた。

「マネージャーさんとあやせお姉さんって、もしかしたら恋人同士さんなんですか?」
「――なわけねえだろっ」
「ブリジットちゃん、お兄さんは、わたしのことが好きで好きでしょうがないのよ」
「なわけねえだろ。ブリジットちゃんになんつーこと言ってんだよっ」
「あら? それじゃあお兄さんは、わたしのこと嫌いだったんですか?」
「……………………」

今日はブリジットが相談に乗ってくれって言うから来たのに、
これじゃあ話が一歩も先に進まねえじゃねえか。
ブリジットは俺が次に何を言うのか期待するような眼差しをしているし、
あやせは憎たらしいほどの笑顔で俺を見つめているし……。

「――で、その話は横に置いとくとしてだな、相談事ってのは一体何なんだ?」

あやせは今までの俺とのやり取りなんかまるっきり忘れたかのように、
しれっとした顔でブリジットの相談事というのを話し始めた。

「お兄さんは、ワイヤーアクションというのをご存知ですか?」
「ワイヤーアクション?」

ブリジットはと言えば、俺とあやせが恋人同士だと勝手に勘違いしているようで、
今も顔を真っ赤にしてふわふわとしている。
心ここに有らずというのは、今のブリジットのようなことを指すんだろうよ。
もしかしたら、あやせはブリジットが俺に上手く相談内容を説明出来ない事態を見越して、
それで密かに俺たちの後を付けて来たんだと善意に解釈してやるかね。
かなり無理があるんだけどな。

あやせの説明によれば、ブリジットの相談事というのはけっこう複雑だった。
要約すれば、ブリジットと加奈子によるコスプレショーが以前にも増して人気を博し、
それに気を良くした主催者側が、どうやら更なる演出を考えたらしい。
それが、ワイヤーアクションを取り入れたメルルとアルファ・オメガによる空中戦なんだと。
馬鹿じゃねえの。しかし、肝心の俺への相談事ってのが未だに分からねえ。

「コスプレショーでワイヤーアクションをやるってことは分かった。
 それで、俺にどうして欲しいんだ? まさか、俺にそのワイヤーを引っ張れとでも?」
「何をわけの分からないことをおっしゃっているんですか、もう」

わけが分かんねえのは、おまえの方だろっての。
俺はしばし、あやせからワイヤーアクションについてのレクチャーを受けることになった。
あやせの話では、身体に装着したハーネスというベルトにカラビナという金属の輪を取り付け、
更にそのカラビナに取り付けたワイヤーロープを上から引っ張り挙げることで、
出演者が空中に舞い上がったように見せる仕掛けなんだと。
あやせからレクチャーを受けたところで、それが俺とどんな関係があるのか全く見えねえ。

「それでお兄さん、ここからが大切なんですが……
 ブリジットちゃんは、空中に引っ張り挙げられることには何の問題もないんです。
 高所恐怖症でもないようですし。
 でも、こんな感じで身体を水平にする場面になると、上手くバランスが取れなくなるんです」

あやせはミニスカートにも拘らず深く腰を曲げ、手を前に伸ばした格好で俺に説明した。
俺はその説明に軽く頷きながら、あやせの後ろに何気なく回り込もうとすると、
それに気付いたあやせの表情が急に険しくなった。

「ブチ殺されたいんですか?」

俺はあやせに蹴り飛ばされた尻をさすりながら、ワイヤーロープで引っ張り挙げられ、
空中に浮かんで加奈子扮するメルルと対戦しているブリジットの姿を頭に描いた。
それにしても、『星くず☆うぃっちメルル』のステージは今も大人気らしい。
二人があの衣装のまま空中で対戦するとなれば、さぞかし大きなお友達が喜ぶことだろうよ。
だが、ブリジットのアルファ・オメガはともかく、あのヒモみてえな衣装のメルル(加奈子)が
よくも承知したもんだよ。まあ、俺には関係ねえけど。

「空中でその姿勢は、たしかにバランスが取りにくいだろうけど。……で、俺にどうしろと?」
「お兄さんは、クラシックバレエやアイスダンスでリフトという技をご存知ですか?
 男の人が、女の人を両手や片手で持ち上げる技なんですが」
「……俺、何も聞かなかったことにして、このまま帰ってもいいか?」

俺はあやせとすったもんだの末、そのリフトという技を結局やる羽目になった。
二人の言い争いを心配そうに見つめるブリジットの瞳が、俺にイヤとは言わせなかった。
それに、相談事を抱えたブリジットを何とかしてやりてえと思ったのも事実だった。

俺たち三人は、地面の柔らかそうな芝生の生えた場所へと移動し、何度も手順を確かめた。
万が一にも失敗して、ブリジットが怪我でもしたら大変なことになるからな。
先ず初めに、俺は両膝を地面に着けてからブリジットの腰の辺りに手をやった。
そして、あやせは俺の背後に立って、ブリジットが頭から落ちないように身構えて準備した。

「ところでさぁ、ブリジットちゃん、おまえミニスカートだけどいいのか?」
「えっ、あっ、はい、ステージ用のパンツを穿いていますから大丈夫です」
「あっ、そうなんだ」
「お兄さんっ、真面目にやってください。……ほんとに変態なんだから」

あやせに頭を叩かれながらも、気を取り直して先ずは一回目。
さすがにブリジットは運動神経がいいのか、上手く俺とのタイミングを見計らって、
体重を移動させながら俺の両手に自らの身体を乗せてきた。

「うっ、こ、こうしてみると、なんとか出来ねえこともねえが……
 ブリジットちゃん、体重は幾つだ?」
「は、は、はいっ、よ、四十三キロです。……ご、ごめんなさいマネージャーさん」
「ま、まあ、それほど重くもねえか。……で、どうよあやせ、ブリジットちゃんの様子は」
「うーん、そうですね。悪くはないんですが、少し頭が下がってるかなぁ」

あやせの指導の下、俺とブリジットは何度もリフトを繰り返した。
しかし、ようやく形も様になってきたところで、あやせが飛んでもねえことを言い出した。

「この高さなら、それほど問題は無いようですね。
 でも、実際のステージではもっと高い位置でやるんですよ。
 お兄さん、今度は立ったままの位置で、ブリジットちゃんをリフトしてみてください」
「あやせって、可愛い顔して飛んでもねえことを平然と言うのな、分かっちゃいたけどさ」

どうせ俺が拒否したところで、あやせは一度言い出したら許してくれそうにもねえし、
ブリジットはブリジットで澄んだ瞳でまた俺を見つめることが眼に見えてたしな。
俺は無駄な抵抗は諦めて何度か屈伸運動を繰り返してからしゃがみ込むと、
ブリジットの腰を両手でガッチリと掴んだ。
もう、どうなっても知らねえからな。

「よっ! ど、どうよっ、ブリジットちゃん、怖くねえか?」
「は、はいっ、大丈夫です。……でも、少しだけくすぐったいです」
「あやせ、ブリジットちゃんのスカートが目に掛かって前が見えねえんだ……
 後ろにいるんだろ? 何とかしてくんねえかな、このミニスカート」
「お兄さんには、その方がいいんじゃないんですか?」

初めから数えて十数回目のリフトを成功させた頃には、俺の腕はパンパンになっていた。
このままブリジットを下ろせば、一気に力が抜けて地面に落としちまうかも知れねえ。
俺はブリジットを一旦自分の肩で受け止め、抱きかかえながら地面に下ろそうとした。

「ブリジットちゃん、ちょっとだけスカートが捲れちまうけど……我慢してくれな」
「いっ、いいえ……マネージャーさん……あ、あの……えっ、あっ……」

ブリジットを抱きかかえた際、妙に柔らかで弾力のある感触を頬に感じたんだが、
それが何なのか確かめている余裕はなかった。
ブリジットを見ると、なぜか顔を真っ赤にして俯いたままモジモジしている。
一方、これだけやればいくら何でも十分だろうと思ってあやせを見ると、
あやせは地面にひとり腰を下ろし、不機嫌そうな顔で俺を見据えていた。
この眼は、絶対に何かロクでもねえことを考えている眼だ。
すると俺の視線に気付いたのか、あやせは急に表情を和らげ立ち上がった。

「ブリジットちゃん、今からお姉さんが見本を見せるから、しっかりと見ていてね」
「は、はいっ、あやせお姉さん、よろしくお願いします」

あやせはブリジットにそう言ってから、その場で何度も屈伸運動を繰り返した。
おいおい、冗談だろ。いくら事務所の先輩で後輩思いだからって……何考えてんだよ。
まさか、本気で言ってるわけじゃねえよな。

あやせは準備運動を続けながら、ブリジットに優しく何やら語り掛けていた。
その一方で、俺には無表情の顔を向ける。

「よしっ、こんな感じかな。……それではお兄さん、お願いします」
「――って、やっぱそういう流れかよっ。いや、つーか、あやせだってミニスカートだろうが。
 まさか、おまえもブリジットちゃんのように下に何か穿いてんのか?」
「お兄さんに心配して頂かなくてもけっこうです」

だめだ、何か分からんけどあやせのヤツ、スッゲー怒ってる。
一旦あやせがこうなると、誰も手を付けられねえことは既に学習済みだった。
仕方なく、俺はしばらく腕を揉んでからあやせに声を掛けた。

「どうなっても、俺は知らんからな」

俺は足元を確かめてから腰を落とし、あやせのウエストと腰の中間くらいに手を添えた。

「あれ? あやせって、ブリジットちゃんよりも細いの?」
「変態!! お兄さんどこを触っているんですかっ! ブチ殺しますよっ」

あやせに頭を叩かれながらも、俺の手はそのまま。
だって、この情況になったことは偶然でも、俺があやせの腰周りを触ることは必然、だろ。
あやせに手の位置を修正され、俺は再び腰を落としリフトのタイミングを計った。
怒りが治まらない様子のあやせは、俺の肩に手を掛けた後、軽く膝を曲げ一気に……

「あやせっ! タイミングがバラバラじゃねえかっ」
「おっ、お兄さんこそ……しっ、しっかりと持ち上げてくださいよっ」

公園にいる他の奴らから俺たちはどう映っているのかと思うと、俺は哀しくなってきた。
あやせは俺の肩に両手を置いたまま爪先立ちで背伸びをした状態だし、
俺は俺で腰を落としたまま、あやせの腰に手を廻し彼女の胸に顔をうずめていた。
公衆の面前で、誰に憚ることなく抱き合うバカップルといったところか……。
しかも、妙な体勢で。

慌ててブリジットを見ると、彼女は俺たちに背を向けて電話の真っ最中だった。
電話の相手と英語で話している様子から、多分親父さんだろうと俺は見当を付けた。
俺に抱き締められ、と言うよりも、胸に顔をうずめられてすっかり固まっていたあやせも、
恥ずかしさと怒りの入り交じった表情で俺を突き放すように身体を離した。
これじゃあ、ブリジットに俺たちが恋人同士と勘違いされても仕方ねえよな。

ちょうどそのとき、ブリジットが電話を終えて俺たちに振り向いた。

「マネージャーさん、パパが両国国技館にお仕事で来ていてるそうなんです。
 ……それで、あ、あの、その……パパが動物園に……」
「両国国技館に、ブリジットちゃんのパパが相撲でも取りに来てんのか?」
「お兄さんっ、ブリジットちゃんは一言もそんなこと言ってないじゃないですか」

俺も一度会ったことのあるブリジットの親父さんが、仕事で近くまで来ているらしい。
ブリジットは俺とあやせに何度も礼を言い、俺たちはブリジットと加奈子のステージが
大成功するようにと願った。
何はともあれ、ブリジットの相談事とやらに多少なりとも俺は貢献出来たようだった。
三人で他愛もない話に花を咲かせていると、ブリジットの携帯が再び鳴り、
親父さんが公園の入り口に到着したと知らせてきた。

「じゃあな、ブリジットちゃん。……でぶっちょの親父さんにもよろしくな」
「は、はいっ、今日は本当にありがとうございました。
 あの、マネージャーさんのこと、これからは“お兄さん”と呼んでもいいですか?」

そんなキラキラとした瞳で言われたら、俺だってダメだなんて言えるわけがねえだろ。

「ブリジットちゃんがそう呼びたいなら、俺はそれでも構わんよ」
「そ、それじゃあ……お兄さん、あやせお姉さん、今日はありがとうございました」

ブリジットは溢れるような笑顔を俺たち見せると、
丁寧にお辞儀をしてから公園の出口に向かって小走りで駆けて行った。
時々振り返りながら手を振るブリジットに向かって、俺とあやせも手を振って応える。
まるでイギリスからやって来た、“小公女ブリジット”って言葉がぴったりだよ。

ブリジットの後ろ姿が見えなくなるのを待って、俺も出口に向かって歩き出した。

「じゃ、あやせも気を付けて帰れよ」
「お兄さんっ、いくら何でもそれは無いんじゃないですか?」
「そうは言うけどさぁ、あやせだって何か用があるから上野まで来たんじゃねえのか?」
「……………………」
「悪かったよ、冗談に決まってんだろ。……そんな恨めしそうな顔すんなよ。
 あやせにそんな顔されたら、俺はどうすりゃいいんだよ、だろ」
「だったら、わたしのお願いも聞いてもらえますか?」

あやせのお願いなんてロクなモンじゃねえことくらい、初めから分かってはいたんだ。
でも、あやせからお願いされると、つい浮かれちまう自分が妙に可笑しかった。
情けないと言うのかも知れんけどな。

「で、あやせのお願いってのは?」
「この先の不忍池に、ボート乗り場があるんです」
「あやせがボート乗って、俺はそれを見ていればいいのか?」
「そんなことをして、何が楽しいんですか? 一緒に乗るのに決まってるじゃないですか。
 もちろん、ボートを漕ぐのはお兄さんですけど」

あやせに催促されるまでもなく、俺たちの足は自然と不忍池へと向かった。
俺の腕に、さり気なく自分の腕を絡めてくるあやせに戸惑いながら……。

桜並木の下を歩きながら、あやせは何が可笑しいのか穏やかな笑みを浮かべている。
花がたわわに咲き、枝先を垂らした桜の木の下であやせは急に立ち止まると、
記念に二人で写真を撮ろうと言い出した。

「これじゃまるで、初めっからあやせとのデートみてえだな」
「それでもいいじゃないですか。だって、今日は桜も満開なんですから。
 それに今日を逃したら、今度はいつ来られるのかわからないじゃないですか。
 ねっ、そうでしょ、お兄ーさんっ」
「ぶら下がんなっつーの、そんなことしたら重いじゃねえか。
 ……そういやさ、あやせもスカートの下に、何か穿いて来てたのか?」
「見たいんですか? ちなみに、わたしの体重はブリジットちゃんと一キロしか違いませんから。
 それよりも、もしもブリジットちゃんに手を出したら……」

いくらなんでも十歳の女の子に手を出すほど、俺の守備範囲は広くねえよ。
それに、ブリジットと俺じゃあ釣り合いが取れねえだろっての。

だからといって、俺があやせと釣り合うとも思ってねえけど。
あやせは読モをやっているだけあって人並み以上に可愛くて美人だし、
スタイルだって申し分の無いことは、さっきのリフトのときに実証済みだった。
あやせがどういうつもりで、いま俺とこうして腕を組んでいるのかは分からねえ。
からかわれているのか、それとも……

「まあ、お兄さんのことだから、わたしが言わなくてもわかっているとは思いますけど。
 あっ、そうだ、ボートに乗る前にソフトクリームを買ってくださいね」
「俺があやせにソフトクリームを買う理由が分かんねえよ」
「桜とボートといったら、後はソフトクリームというのが定番じゃないですか」

そんな定番なんて、俺は今まで聞いたこともねえよ。
あやせの頭ん中にも、もしかすっと桜の花が咲き捲くってるのかも知れねえけどな。
それにしても、今頃はブリジットも大好きなパパと動物園で楽しんでいることだろうよ。
イギリスから遥々とやって来たリトルプリンセス、ブリジット・エヴァンス。
俺を悩ます頭痛のタネが、また一人増えちまった。

「ソフトクリームを一つだけ買って、お兄さんと半分ずつというのもいいですねぇ」
「おまえ、本当にあやせか? また何か、とんでもねえことを企んでんじゃねえのか?」
「うふっ、いいんですよ。だって、もう春なんですから」

俺はボート乗り場の入り口で料金を払おうとして、何気なくボート池を見た。
マジかよ、家族連れの他はどこを見渡してもカップルだらけじゃねえか。

「あやせ、本当にここでボートに乗るつもりか?」
「そうですよね。……出来れば、あの白鳥さんの形をしたのに乗りたいんですが」
「そういうことを聞いてんじゃねえんだけど…………ま、いっか」

スワンボートは三十分で七百円ね。……まあ、一時間も乗っかってりゃ十分だろ。

「あっ、お兄さん、その前にソフトクリームぅ」


(完)
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