無題:2スレ目449


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449 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:05:24.83 ID:6kUOPD/Q0
「ウソなの!!付き合ってるとかウソなのっ!キスもしてないし……!ぜんぶ、でたらめだったのっ!」
「ウソ……だって?」
あたしの叫びに驚いた兄貴は、状況が把握できてないような、何も表情が読み取れない
拍子抜けしたような顔になった。
当然だと思う。さっきまでの会話の流れから今までのが全部演技だっただなんて思わないだろうから。
「……僕が代わりにもう一度言いますけど」
御鏡さんの説明の最中、
「とりあえず、僕が桐乃さんと付き合っているというのは」
兄貴の顔が一瞬。今まで見たこともないような能面みたいな無表情になって。
「嘘なんでs」
言い終わる前に、あたしの左頬が乾いた音を立てて炸裂した。
何が起きたか分からず、勢いのまま尻もちをつく。
叩かれた?私が?兄貴に?
痛い。いたい。
兄貴の右腕は振りぬかれた形のまま。
いたいよ。
床にへたり込んだあたしを、兄貴が見てる。今まで見たこともない冷たい目で。
左耳がきこえない。
まだ状況を把握できないでいる私に、生ゴミを見るみたいな視線を投げかけてる。
心臓がすごい速さで脈を打ってるのが分かる。
胸倉を掴まれて、強制的に立ち上がらせられる。
体に力が入らない。腕と足に鉛が入ってるみたい。
もう一度右腕を振り上げる兄貴。今度は平手じゃない。手が固く握り締められているのが見えた。
「――――お兄さんっ!?」
今まで固まっていた御鏡さんが兄貴を抑えようと駆け寄るけど
兄貴はその顔に思いっきり拳を叩きつけた。
「……っ」
「あぁ、顔か。悪い」
まるで何にも感じてないような抑揚のない声で言い放つと、胸倉をつかんだまま
優しい口調であたしに話しかけてきた。

451 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:06:42.02 ID:6kUOPD/Q0
「なぁ、桐乃」
痛くて、怖くて、答えられないでいるあたしを見て、
一瞬だけ『困ったなぁ』みたいな感じで眉を八の字にして苦笑いして見せるけど
とても不自然な、作った顔だっていうのが分かった。
「ぁ……ぅっ、……はっ……」
舌が回らない。息が口から洩れるだけ。
「なあ、ちょっと落ちつけよ」
そう言って兄貴は左手をあたしから離すと自分の口の端に引っ掛けて
口の中をあたしに見せた。
「あ…………」
さっきあたしがビンタした時についたらしい傷から、まだ血が流れていた。
「お前さ、結局何がしてぇの?」
真っすぐあたしを見つめるその視線は、変わらずに生ゴミを見るような眼のまま。
「ぁ、たし、は……あたし、は、ただ」
声が震えて、どもる。
目の前に立っている男のひとが、たまらなく怖い。
「ただ、気づいて、ほ、欲しくて」
「彼氏がいるって、そう嘘ついてるってことに気づいて欲しかったのか?」
そう、だけど。そうじゃない。あたしが言ってるのはもっと
「ここは黙ってちゃあ分からねえからな。首振るだけでいいから、これはちゃんと答えろ」
そんなこと言われたって。違うから、あたしが兄貴に気づいて欲しかったのは

452 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:08:42.65 ID:6kUOPD/Q0
「いいから――――早く答えろって言ってんだろうが!!」

怒鳴られて、そこで初めて涙か溢れて来た。
「そんなくだらねぇ理由で親父凹ませてんのか!?あぁ!?」
兄貴が怒ってる。
「俺を殴ったのだって、どうせまたテメェの思い通りにいかなかったからとかそんな理由だろうが!!」
今までみたいに、あたしの為を思ってとかそんな理由じゃなくて。
「黒猫や沙織にまで迷惑かけて、んなにしてまで構って欲しかったのかテメェは!!」
『あたし以外』が『あたしのせいで』被った迷惑について――――『あたし以外』の為に本気で怒鳴ってる。
「――――っ、うっ、――ふっ、――ぅ」
胸がいっぱいになって、嗚咽が自然に漏れてくる。
「都合が悪くなったら、また妹ヅラか」
奥歯を噛みしめるようにして兄貴が言う。
「普段テメェが年下で女だからってどれだけお目こぼししてもらってるかも知らねぇで
調子に乗った口の利き方してるくせによ」
その目にはさっきまでの冷たさとはうって変わって、憎しみが強く表れていた。

「――――この状況で『弱さ』にすがりつく資格がテメェにあるとでも思ってんのか!?」


453 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:09:55.75 ID:6kUOPD/Q0
思いっきり肩をつかまれて、食器棚に叩きつけられた。
あたしのお気に入りのグラスが、兄貴のお茶碗が、床に落ちて割れる。
「何をしている!!」
音を聞いて奥から飛び出してきたお父さんが兄貴を取り押さえようとするけど、いつも通りにはいかなかった。
「離せっ!!親父、駄目なんだよこいつは!もうどうしようもねぇんだ!!一発ブン殴って――――」
「馬鹿者がぁ!!」
そう一喝すると同時にお父さんが何か柔道の技のようなのをかけようとして。
抵抗する兄貴がバランスを崩し、その勢いのまま倒れこんだ。
兄貴の右肩が曲がっちゃいけない方向に曲がって床に叩き伏せられた瞬間
ブチッ、と。鳥の軟骨を噛み切るような音がして。
「――っ、あ゛ぁあぁぁあぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!」
兄貴が叫んだ。
顔を真っ蒼にしたお父さんが、あわてて兄貴の上から退く。
兄貴の顔にはすぐに脂汗が浮かんで、顔色は土気色になっていく。
「京介!!」
お父さんはいつもの冷静さを完全に失っていたけど、すぐに復調して携帯で119番に連絡を付けていた。
「――ぁ――良かったなぁ、桐乃」
パニックで放心状態のあたしに、兄貴が言う
「……出来の良い……『か弱い娘』、を。『出来損ないの息子』から、守ってくれる……優しい親父でよ……」
吐き捨てるようなその言葉に、あたしは何も言い返せず。
ただ、涙を流すことしかできなかった。

454 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:12:34.73 ID:6kUOPD/Q0
その後すぐに病院に担ぎ込まれた兄貴は、
右肩の脱臼、右腕の開放骨折でそのまま手術を受けた。
折れた骨で神経が傷付いているとかで、後遺症が残るかも知れないらしい。
病院でそう説明を受けたお父さんは、この世の終わりのような顔をして頭を抱えてしまった。
こんなことになった原因――――あたしの狂言をお父さんとお母さんに伝えた時。
お父さんに殴られることも覚悟していたけど、そんなことはなかった。
兄貴のことで二人とも頭がいっぱいだったからだ。
次の日には入院が決まって、お母さんが兄貴の荷物を準備していた。
あたしは手伝うこともできなかった。お父さんから言われたから。
「気にせずに普段通り学校へ行け」って。
言われたとおりに学校へは行ったけど、どうしても駄目で
休み時間に気持ちが悪くなって吐き戻してしまった。
「大丈夫、桐乃?」
教室に戻ると、心配そうな顔をしたあやせが声をかけてきた。
いつもと変わらないあやせの様子にいくらか心が落ち着く。
「何でもないよ……大丈夫」
精一杯の虚勢を張って笑顔で答えるけど、どの程度の意味があるのか。
今朝鏡で見た自分の顔はひどいものだった。
泣き腫らした目はまだ治っていないし、クマもひどい。
左頬もまだほんの少し腫れている。
「大丈夫じゃないよ、どうしたの?お兄さんと何かあったの?」
お兄さん、兄貴。
その言葉を聞いただけで、一瞬身体が硬直する。

455 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:13:44.82 ID:6kUOPD/Q0
「――――やっぱり、お兄さんなんだ」
私の反応を見逃さなかったあやせの顔が険しくなった。
いつも兄貴をボコボコにけなす時とは少し違う、本気で怒った時の表情。
あたしの趣味がバレた時の、相手を軽蔑するような顔だった。
「違うの、あやせ。あたしが悪いの」
ここで、あやせ相手に自分の非を認めたところで、何になるんだろうか。
「例えそうだとしても、女の子に手を上げるなんて――――」
「ごめん、もう今日はダメみたい。早退するね」
あやせがあたしを庇ってくれるのはうれしかったけど、兄貴が悪者にされるのを聞くのが辛かった。
何か言いたげなあやせを尻目に、鞄を持って教室を出る。
何をどうしたらいいかなんて分からない。
自分がやったことの重さに押し潰されそうだし、正直に言って怖い。
けど、兄貴に会いに行かなきゃいけない。そう思った。

458 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:16:19.14 ID:6kUOPD/Q0
タクシーに乗って到着した大学病院。
なぜか兄貴の病室は個室だった。これが大部屋なら、まだお見舞に行くハードルも低かったかもしれないけど
これでは必然的に1対1の状況になってしまう。
昨日のことが脳裏に浮かんで、足が鈍る。
重くなった足を引きずって、病室のある階でエレベーターから降りると
ちょうどお父さんとお母さんが病室から出てくるところだった。
たった一日の間に少し老けたように見える二人は、一瞬だけ驚いた表情を見せると
すぐにあたしから目をそらした。
「学校はどうした」
「早退してきた。……兄貴は?」
「骨折で熱が出て、今は薬で寝てるわよ」
「……そう」
寝てる今なら、とりあえず顔を見るくらいは出来るかもしれない。
そう思ってドアノブにかけた手を、お父さんが掴み止める。
「何?」
「しばらく放っておきなさい」
ごもっともだけど、ここで引いてしまっては駄目だ。
「何で?……お見舞に来ただけじゃん」
「お前が行って、何が出来る?」
お父さんの手に力が入る。顔を見上げると、厳めしい顔に青筋が浮かんでいた。
「誰が悪いかなんて――――そんなの分かってるから、だから今あたしが謝らないといけないんじゃん!!」
そう叫んで、お父さんの手を振り払い、ドアを開ける。
近くの自然公園や競技場が臨める大きな窓からは夕日が差し込んで、部屋を金色に染め上げていた。
消されたテレビ、大きなベッド、兄貴の腕にはめられたギブス。
消毒液の匂いが漂う病室は純白で、清潔感と冷たさに満ちていた。
そんな真っ白な部屋の中、あたしの視線はある一点にくぎ付けになる。
他の調度と同じように白い、見舞客用の椅子。
ベッドのすぐ脇に置かれたそれに腰かけた、兄貴と同じデザインのブレザー。
小さな体躯に真っ黒な長髪。
あいつが――――黒猫が、兄貴の手を両手で握ってそこに居た。

459 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:17:33.96 ID:6kUOPD/Q0
「――――静かにして頂戴。目を覚ましてしまうわ」
こちらを一瞥すると、そう言い捨てる。
「な、んで。あんたが」
「田村先輩から聞いたのよ」
そんなことが聞きたいんじゃない。
「五更さんね、麻奈実ちゃんから事情聞いて早退してまで駆けつけてくれたのよ」
詰め寄ろうとするあたしの後ろからお母さんが言う。
「そんなことまでさせてしまって……本当に申し訳ない」
お父さんが黒猫に頭を下げる。
「いえ、そんな……やめてください」
あわてた黒猫がお父さんに向き直って、顔を上げるように懇願した。
早退、なんて。そんなのあたしだって、今こうしてここに居るじゃない。
「実は午前中から手がつけられなかったのよ、京介。お医者様から説明があったんだけど
それ聞いたらもうぐしゃぐしゃになっちゃって、――――当たり前よね」
聞きたくない、よ。
「でも、五更さんが来てお話ししてくれてからは落ち着いて。ついさっき寝たところなの」
ききたくない。
「お父様、お母様。しばらく桐乃さんとお話ししたいのですけれどよろしいでしょうか」
黒猫がそう言うと、後ろでドアが閉まった。
静かな病室に、音は兄貴の規則正しい寝息だけ。
点滴の薬剤が垂れ落ちるその音さえ聞こえて来そうな錯覚に陥る。

467 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:40:16.89 ID:6kUOPD/Q0
「『ごめんな』って」
「え?」
静寂を破ったのは黒猫だった。
「泣きながら、そう言っていたわ。『桐乃があんな態度とって、本当にごめん』って」
胸に氷を突っ込まれたように、息が詰まる。
「腕の痛みや高熱に朦朧としながら、それでもただ私や沙織に申し訳ないって」
何も言えない。
「腕、動かなくなるわけではないらしいけれど。以前のように上に揚げる事は出来なくなるそうよ」
まだ知らない事実を黒猫の口から聞くということに対して、心が揺れる。
「そう、なんだ」
ただ、そう言うしかなかった。
「それと――聞いたわ、あなたの『彼氏』について」
来た。
何を言われるんだとしても、覚悟は出来ているつもりでいる。
兄貴をこんな目に合わせて、黒猫を怒らせて。
どう言われようと私が悪い。そこまで心を決めていたのに。
「――――」
何も言わない。
いや、言ってくれない。
寝ている兄貴を見つめたまま、じっとしている黒猫。
「何か、言えば?――――言いたいこと、あるんでしょ」
堪らなくなって、言葉に出てしまったあたしの気持ち。けど、それは。

「責められることで赦されたいだけの女に言う言葉は無いから」

黒猫の言葉で真っ向から叩き割られた。


470 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:42:22.33 ID:6kUOPD/Q0
「私は別に、気にしていないから。そもそも構って欲しいが故に口から出た出まかせだっていうのは分かっていたし、
あのタイミングでそれを言い出すのは……私と先輩の話している内容を聞かれたからでしょうから、私にも責任はあるわ」
憐れむような眼であたしを見ながら淡々と語る黒猫。
「けれどそれとは別に今の貴女は許せないわね」
細まった目が私を見据える。
「『兄貴に謝らなきゃ』」
ポツリと発せられたその一言は、あたしの思考の大半を占めていて、ここに来るまで頭の中で繰り返されていた言葉。
「――――どうせそんなことを考えていたんでしょう?」
図星を突かれて、何も言えない。けど。
「それって悪いことなの?あたしのせいでこんなことになったんだから。ごめんなさいって、そう思うのは普通でしょ!?」
「貴女の『謝りたい』は『あたしを許して欲しい』というだけで、傷付いた先輩に対する謝罪の気持ちではないのよ」
「そんなこと、ない」
「でなければ、学校を早退して駆けつけるだなんてことをするかしら?」
「何で!?兄貴が心配だから――――」
「心配だったら、どうして最初から付き添っていなかったのかしら?学校を休むなりなんなりできたでしょう?」
「――――っ」

「ただ単に、自分の中の罪悪感を解消したかったから。罪悪感に耐えられなくなったから。だから貴女は来たのよ。
そこに先輩への気持ちは欠片も存在していないわ」

475 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:47:25.69 ID:6kUOPD/Q0
何も言い返せなかった。
言われた内容に対して反論できなかったというのもあるけど。
自分に対する謝罪に『気にしてない』と返した黒猫が、今は明らかに怒っていた。自分のことよりも、兄貴のことで。
それが怖い。あたしはここまで兄貴の為に怒れるだろうか。
「ハッキリ言うけれど、貴女に先輩を気遣う資格なんてないわ」
「なんで、あんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ」
折れかけた心と裏腹に言葉が出た。
「あたしは妹で、あんたは他人じゃない」
最後の砦。この時点でもう負けを認めているようなものだ。そんなことは分かってる。
「あたしが兄貴の心配したり、許してもらおうとしたり――――その資格なら、あたしが妹ってだけで十分じゃん!
他人のあんたには分かんない!あたしと兄貴の関係は!」
しどろもどろになっているのが自分で分かるけど、言葉を止めてしまったら決壊しそう。
「絆、とでも言うのかしら?」
「……だったら何?」
くすくす、と黒猫が笑う。不出来な子供を可愛がる母親のような仕草で。

476 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 21:54:39.30 ID:6kUOPD/Q0
「とんだ絆もあったものね」
「何、言ってんの?……何を知ってるの?」
「貴女、先輩が時々薬を飲んでいるのを知っているかしら?」
突然、何の話だろう。そんなの知らない。見たことがないし、お父さんもお母さんもそんなことは言ってなかった。
そもそも兄貴が病院に行ってるのも、あたしは知らない。
「知らないみたいね。まぁ、問題はそこではなくて」
黒猫の、少し楽しそうな口調。嫌な予感がする、とても嫌な予感が。
「先輩が飲んでいた薬は、メイラックスというの。他にもいくつか処方されているみたいだけど、
さすがに私も全ては把握していないから……」
薬の名前がどういう意味を持つのかは分からない。けど、どういうことなのかというその雰囲気は少しだけ伝わってきて。
「問題はね、その薬。心療内科で出される鎮静剤で主に鬱病に処方されるものよ。数年前からずっと飲んでたみたいね」
その雰囲気が実体をもって、あたしを押しつぶした。
「病気の原因、分かるかしら?」
聞かなきゃよかった。
「私は先輩から聞いたのだけれど」
きかなきゃよかった
「こういうのは大抵、家庭か学校でのストレスが原因らしいわ。心当たりはない?」
もう嫌だよ
「――――御両親から言われたそうよ。『桐乃には気づかれないようにしてやってくれ』って。意味、分かるかしら?」
全部嘘だったんだ
「本来なら私がここで言うべきことではないのだろうけど。どうせもう御両親から説明されるだろうから言ってしまうわね」
あたしの趣味を守ってくれたのも
「私にそのことを教えてくれた時の先輩も、やっぱり泣いていたの」
あたしの為にしてくれたことも、全部。無理して、嫌々やってたんだ。

483 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 22:05:25.85 ID:6kUOPD/Q0
「――――さて、ここで当ててあげましょうか」
笑顔で楽しげに言う黒猫。
「『全部嘘だったんだ』」
「っ」
「『あたしを騙してたんだ』」
「!!」
「いくらストレスの原因とはいえ、自分の妹。その妹に心配をかけまいと病気のことを黙っていたとは考えないの?
言おうと思えば『お前のせいだ』とも言えたはずなのに。
不満はあれど、それを隠し続けたことは嘘なんかではなくて本当の思いやりだったとは考えないの?」
「ぁ」
「貴女の為に身を砕いて来たのも、貴女を守ろうという思い――――損得勘定抜きの、貴女の言う絆によるものだったとは考えないのね?」
「――だ、やだ」
「貴女の世界では、貴女だけが悲しく、貴女だけが被害者」
「やめてよ」
「やっぱり貴女には、資格がないわ」
「やめてよっ!!」

「『兄さん』には私が付いていてあげるから。気にせずに自己憐憫を楽しんでいるといいわ――――『桐乃ちゃん』」

「っ、うわぁあああああああああああぁああああああああああああああああああああああ!!」
頭の中が真っ白になって、反射的に黒猫に跳びかかった。
されるがままにあたしに押し倒された黒猫は、ニヤニヤと笑いながら手に握りこんでいたナースコールを押す。
看護師よりも先に、あたしの叫び声を聞いたお父さんとお母さんが入ってきてあたしを取り押さえた。
さっきまでのニヤついた顔を止めて、怯えたような表情を作る黒猫を見て殺意が湧いた。
お父さんが素早く後ろから私の襟を持ち、絞める。一瞬で意識が落ち、そこからの記憶はなくて。
冷たいリノリウムの床の上でお父さんに背中を押されて目が覚めた。
黒猫は、もういなかった。
もう二度と面会に行ってはいけないって、そうお父さんに言われた。
何も言い返せなくて、ただ悲しくて、悔しくて、家に帰って一晩中泣いた。

487 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2010/11/29(月) 22:11:08.30 ID:6kUOPD/Q0
それから、兄貴が退院してしばらく経つけど、あたしは兄貴に一度も会っていない。
お父さんとお母さんは兄貴が退院する前に独り暮らし用の部屋を用意して、
兄貴は家に帰ってくることなく退院すると直にそっちへ移った。
会いに行こうとすれば、行けたのかもしれない。いや、行ける。
けど、あの時のことを思うと体が動かなくなる。そして何より――――
お父さんが電話しているのを、少し聞いてしまったことがある。
『京介を、よろしくお願いします』
いるんだ、あいつが。兄貴の部屋に。
それを知ったところで、責める気なんて起きない。それをする資格がない。
だって、あたしなんかが傍にいるよりもあいつが居たほうがいいに決まってるから。
それでも、それが分かっていても。もしあたしが尋ねた時にあいつが兄貴の部屋にいたら。
そう考えるととても正気ではいられなくて、だから私は兄貴の部屋へ未だに行けていない。
いつか、兄貴に謝りたいけど。その気持ちすらあいつに指摘されたような汚いものではないかと思ってしまう。
くやしくて、みじめで、気が狂いそうになる。
いっそ、心が壊れてしまえばいいのに。
兄貴と同じように病気になれば、兄貴のせいで病気になれば。それはあたしの『資格』になるだろうか。
そんな薄汚れたことを考えてしまう自分に吐き気が湧いてくるけど。
それがまぎれもない自分の本心だってことも分かってる。やっぱり、あたしには資格がないみたい。
こうしてあたしは『兄貴』を失って、『妹』じゃなくなった。

「――――『お兄ちゃん』」

ずっと言いたくて言えなくて、そしてこれからもう言えなくなってしまった言葉を呟く。
聞いてくれる人は、私が傷付けて。私が壊してしまった。


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