「高坂京介は落ち着かない」10-3


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「ん~……しょっ」


出入口まで戻ると加奈子は大きく伸びをして首やら肩やらほぐす。
帰りの混雑を避けるべく、閉会の時間より少し早めに会場をあとにして正解だったようだ。


「お疲れ。まぁ、あれだけ着替えこなせばくたびれもするか」


すぐそこで買ったジュースを渡してやる。
半分以上売り切れになってる自販機が、今日のイベントの人出を語っていた。


「サンキュ。ふう……案外楽しめたわ、うん」
「なに言ってやがる。俺が勧めた衣装よりも自分で選んで着たのが明らかに多かったじゃねえか」
「えー、そうだったっけ」


かわす言葉にも満足感がうかがえる。
加奈子は続けて靴を履き直し、爪先をトントンとリズミカルに鳴らした。


「つーかお前の選んだのはあれな、いっそ見事と言えるぐらいコスプレの基本を網羅してたもんな」
「普通に店に置いてないのばっかだったからさ。ついつい」


随分ノリノリの様子にちょっと笑えそうになった面もあったが、
加奈子自身がコスプレに次第に積極的になるにしたがって華やぎを増してもいた。
どれもハズレ無しだったのはモデルの面目躍如ってとこか。



「ウェイトレスだろ、チャイナ、ナース、ガンマンに、ゴスロリ、チアガール、サンタ……だったか?」


着てねーのって例の事情から魔法少女路線ぐらいじゃなかろうか。
とはいえ今日で(かなかな、ではなく)加奈子に新規のファンがついただろうことは疑いない。
結果からしたら取り越し苦労だったかもしれないと話していると


「それにしたって最初のコスプレで強烈に掴み成り立たせたのは京介のせいじゃん」


ああ…あの時のな。


「今更だけど、あんでよりによって『クマの着ぐるみ』とかリクすんの。しかも一発目に」
「あれもコスなんだって。ただ展示してた側も実際に着たいって人間が出るとは想定してなかったっぽいが」
「そりゃそうでしょ。とんでもない視界が狭いし、嵩張って歩きにくいし、おまけに蒸れるんだかんねアレ。
 何より中の人間が見えないんじゃ似合うも似合わないもないし」


チッチッチッ
あえて芝居がかったジェスチャーで、ぶーたれる加奈子を遮る。


「大変な格好させて悪かったが反響は大きかったろ。ほら、被り物とったとき」
「あ~、あんときの騒ぎ。耳がおかしくなるかと思った。狙ってたならあらかじめ話しとけっての、もう…」



「愛嬌はあってもシュールなフルフェイスの着ぐるみの中身が美少女。
 一目見たとき、お前なら元ネタに合致するとピンと来たわけだ」


お前の可愛さあってこそだと力説したところ、
調子良いこと言って…と返す加奈子はまんざらでもない気色。



「そういや、あの直後のあれはよかったな。コアな連中に質問ぜめに囲まれかけて」
「う…そこは思い出さなくていいし」
「加奈子は元ネタ知らないからろくに応答できないで、終いには「京介たすけろー!」だもんなwwww」


思い出し笑いに襲われていると、腹を軽く小突かれる。


「こっちは状況が飲み込めなくてすげー焦ったんだかんね。あれで割り入って来なかったら今頃とっちめてるし」
「そこらへんは心得てるよ。事実、今日は久しぶりにお前のマネージャーこなせてたろ」
「言うわりには場当たり的だったけど」


ぉぅ、結構辛口な評価きた


「それで途中からグラサンだったんだ? マネージャーってよりSPみたいな服着たり」
「別に形から入るでもないが、偶々それっぽい衣装みかけたんでな」


髪もキメればより雰囲気を出せたものの、そこまで作れなかったぜ。
てゆーか誰も気付いてないだろ、あの…『電脳神』コス崩れ。




最初のインパクトがあんまり強かったため
自分に似合うコスを見立てたら人を集めてしまうと加奈子にしては早々に学んだらしい。
以降あいつ自身が選ぶ衣装はごっこ遊びの延長みたいなものにしぼっていたが、
あるいは特定キャラのコスが混じっていたかもしれない。
正直俺もカバーしてる範囲は広くないから、何気なく見過ごしてたもんがあってもおかしかない


「俺が勧めたのの合間に色々着て見せてくれて、周りの連中だけじゃなく俺も眼福ではあったな」
「(あたし、周りはどうでもよかったんだけど)」
「ん、何てった?」
「なんでも~」



「そぉいや京介、チャイナ服のときは他と反応違ってたじゃん。何か気になった?」


って程のこともないが、うぅむ…


「しいて言うなら、スリットがえらい深いのはまだアリでも、胸元が大胆に開いてると逆にさびしいててててっ
 痛いって。悪かったって。勘弁」


……だから言わないでおいたってのによ。


この時は知らず、後で伝え聞いた。
加奈子は無い胸に去来するなにかがあったらしく、試着したチャイナ服から一着を見繕って買っといたそうな。
あまり心臓に悪い真似をしないでほしいもんだ、いやはや…



「ね、いちおう訊いとくけど」
「どうしたよ改まって」
「京介は、あたしにあれだけコスプレさせて、これは手元に置きたい、また着せたいってのは無かったわけ?」


ふむ。どれも想像通り、あるいはそれ以上に似合ってた。それは確かだが。


「例えばあのとり…『鳥居…なんとか』のレオタードっぽいのとヒラヒラした上着の組み合わせとか」
「おー。たまにはああいうのもありだろ。ちょっと際どいか、さすがに」
「さりげにエロいし、涼しげな感じと思ったけど。いいの、買わないで?」
「そこまで思い入れはねーかな。だいいち外出着にしづらいってんじゃ勿体無い」
「へぇ…舐めるように見てたわりには意外と割り切り」


誰が舐めるように見ただ。
健康美的なコスで、すこし見入ってたのは否定できないにせよ。


「じゃああれ。その後の、ヘソ出し短パンで『なんでか小道具にオレンジ持たされた』ボーイッシュな感じのは?」
「そうそう、事前に愛想悪くしていいぞって、お前マッチしすぎ。背格好といい…」



そんなこんなでコスプレ談義をしつつ帰途につく。
物珍しいのも新鮮だが、加奈子の魅力を引き立てるにはむしろカジュアルな普段着のが適当というのが俺の結論。



「で、どーすんの、このまま帰る? それともどっか寄ってく?」
「帰りでいいだろ。お前がどっか寄りたい所あるなら聞くけど」


特に無いなーと答え上着を羽織り直す加奈子に、俺からも念のため確認しとくことに。


「なあ、加奈子のほうこそ買いたい服はなかったか。あれば一着ぐらい、その…プレゼントするぞ」


プレゼント。
何でそんな表現が口をついて出たのか自分でもよくわからん。
買ってやる、なんて言うのはこの場の空気にそぐわない気がしたってとこだろうか。


らしくない単語に加奈子も面食らったようで、へ?ってな顔を浮かべてから、にへへ…と頬を弛ませる。


「なんだよー、気前良いこと言っちゃってー」


じゃれる加奈子を見ていて思う。
どんなコスプレが似合うとか以前に、素のこいつ自身がひどく愛らしいんだよな。
とはいえ流石にそんな歯の浮く台詞は……無理。沈黙のうちに飲み込む。


「あ、わかった。京介さっきは流してたけど、やっぱ“コスチュームプレイ”に未練あるんだろ。このすけべ」
「違えよっ」


もうやだこの子…
この感想も何度目になるか。
てか、ンなもんどこで憶えやがったんだ。そりゃ本来はそっちの意味からきた言葉なのかもしれんが



「ホントかよ~。どの衣装の加奈子に興奮したって正直に言えば?」
「ハイハイ。要らんならいいんだ。よし帰るか」
「あ、待てって。ねー京介ー」


わざとらしいやり取りを挟んで数歩先に行くと、追い付いてきた加奈子がえいっと指を絡め取る。
あっさり捕まった俺へ向けられる、はにかんだ笑み。
なんだかなー。基本的にペース握ってるのは加奈子ばっかなんだよな……まぁ、いいか



「ちょっと思った」
「あぁ。どした?」
「コスプレ。楽しめたけど、もしかしてアタシにはあんまりむいてなかったかな、って」


藪から棒な言葉に意表をつかれて加奈子に向き直る。特に沈んでる様子はないが…


「急になに言ってんだ。どれも似合ってたぞ。お前目当ての奴らにあれだけ囲まれてたのがいい証拠じゃねぇか」
「そっかな? 似合ってたって言ってくれんのは嬉しいけどさ。話は最後まで聞く」
「…おぅ」
「で。自分に似合う格好を探すのも、それで褒められるのもファッション感覚で良い気分なのね」


なるほど、衣装を念入りに選んでたのはそういう自負あればこそと。
時々ドヤ顔してたのも頷ける。小憎らしい可愛さを醸し出してたりとかな。


「でもコスプレってアニメとかのキャラの成りきりがメインっしょ。メインってゆーか前提?みたいに聞いたし」
「聞いたっつーと、あぁ桐乃からか」
「んにゃ、瑠璃から」
「お前らいつの間にそんな仲良く……いや、続けてくれ」


瑠璃、ねぇ。
その呼び方、黒猫は押し切られたか。


「だから、成りきりに必要な思い入れがないアタシはコスプレにはむかないかなーなんて思ったわけ」
「つっても、今日俺がリクしたのはどれもお前知らなかったんだし、思い入れも持ちようがないだろ」
「あー、別にそこまでフォローしなくてもいいって。ちょっと勿体なかったかも、って程度」


ふむ……またそのうちこの手の遊びにくり出すときは、事前に打ち合わせもしたほうがよさげだ。


「ノープランその場任せってのは確かに勿体なかったかもな。
 ただ、どれも似合ってたってのは本当だぞ。どうだ俺の彼女は可愛いだろ!って自慢したかったくらいだ」


ぶっちゃけてしまった。
あらぬ告白に加奈子は小さく俯いて、消え入りそうな声でアリガトと呟く



「コスプレってさ、つまり変身願望みたいなもんじゃん?」
「そう…なのかな、言われてみれば」


黒猫やあるいは沙織と違って、俺もその道に通じてるわけじゃないから滅多なことは言いにくい。


「それがアタシにはあんまし無いなーって。こうありたい姿ってのは、あるけど」
「そのありたい姿は普段のお前の延長で、それで変身願望とは違うと感じたってか」
「ん」


割とリアリストみたいだしな、こいつって。


「よければ教えてくれよ。そのありたい像ってのを。やっぱモデルか? それともタレントとか女優のほうか?」


軽いノリで訊ねた俺に、加奈子は短い躊躇いを見せてから答える


「えぇと、スタイリッシュで、出来るオンナって感じで」
「うんうん」
「それでいて可愛くて親しみが持てるような」
「うんうん?」


「……京介のお嫁さん」



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意識的に他愛ない雑談をしながら駅近くの商店街を流す。
服はまたいつか買いに行こうと結論、軍資金が手元に残ったから…だけが理由でもないが…雑貨屋に寄ってみた。


加奈子はリップのコーナーで迷っているらしい。その間にヘアピンをひとつ見繕っておく。
こればかりはセンスの合う合わないなんで、及第点を貰えるかどうか。
少しばかり落ち着かない時間を過ごす俺である


さいわい、加奈子のお眼鏡にかなうセレクトだった。
胸を撫で下ろして会計を済ますと、加奈子はすぐに着けたいと言って近くの鏡の前でフードを脱ぐ。
途端に広がるざわめき。イベント会場でのそれに比べたら控えめなものだったが。
そりゃそうか、コスプレほどじゃないにしろ、猫耳フードは何気に人目を集めていたんだな。
被りものの下から美少女。シチュエーションは昼間と同じようなもんだ。
いつかの如くナンパやらに絡まれないか気が気でなくなり、加奈子を急かして離脱する。



「大して問題なくない? もし変なのに絡まれても、昼間だし、周りに人もいるし」
「まぁ気持ちの問題だ。今日みたいな日の終りにケチつけられなくねーからな」
「それもそっか」


第一あの時とは事情が違う。
今や加奈子は俺にとって「年長者として助けてやるべき知り合い」じゃない。
願わくばもうあんな目には遭いたくないもんだ。
しみじみそう言うと、心配性だな~と加奈子に笑われる。



「あー、やっと着いたか……何か妙に疲れたぜ」
「おつかれ。京介、まだ本調子に戻ってないんじゃね?」


そういや昨日から今朝までは体調崩してたんだっけ。


「すっかり忘れてた。もう随分前のことみたく思えるわ」
「そう感じるなら、回復してきてんでしょ」


加奈子は軽快な足取りで部屋に上がり、冷蔵庫から飲み物を持って来る。


「サンキュー、悪いな」
「いいって。昨夜は何もしてやれなかったし」
「ああ……昨夜な」


たぶん熱のせいで記憶にハッキリしない部分はあるが、昨夜の加奈子はかなり強引に泊まってくと決めてたような


「昨夜よりずっとよくなったっぽいけど、まだ弱ってんなら今夜もついててやるしかないかなー」


チラッチラッとこちらの顔を伺いながら、今日は幾分遠回しに言う。
風邪ならうつしちゃマズイと昨日は断ったんだが……
最終的には食い下がって押し通されたしな、今日は平気だから帰れっつって素直に帰るとも考え難い。


「じゃあ、お言葉に甘えて面倒になるわ」
「マジで? やたっ!」
「…家にはちゃんと連絡入れろよ」


実のところ、断りきれないんじゃなく帰したくないってのが本音かもしれない。
…大丈夫だよな、俺の理性…



喉を潤して、ふと今朝スポーツドリンクを飲んだときの直感に思い当たる。


「あー、そうだ! そういうのか……」


閃きのあまり声が大きくなりすぎた。加奈子が胸を押さえている。


「ど…どったのいきなり」
「すまん。吃驚させたな」
「いいけど、何か重大事?」
「重大かって、どうだろう……説明しづれーな…」


俺の感覚的なつっかえは解消されだが、それを言葉にするとなると難しい。というか気恥ずかしい。
しばしば途切れがちになる話に加奈子は辛抱強く耳を傾けた



俺が加奈子に結びつけようとした、朝のあの感覚…
あれってつまり俺が加奈子を、普段の生活の一部、日常に不可欠なピース、
要するに家族に準じるものとして受けとめたって現れなんじゃねーかな。
当然、可愛い彼女、大事な恋人って認識は以前からハッキリ持ってたけども。
それが今回、俺のことを案じて側についてると言い張った加奈子に対して
ようやく「居て欲しい」じゃなく…だけじゃなく、だよなこれも…生活レベルで必要なんだって認めちまった。
その落差が、朝具合よくなって飲んだ水の染み渡る感じに重なったんだろう。


同じ必要でも「空気みたいに当たり前」って言うと扱い軽いようにとられる風潮あるけどさ。
それでかな。水みたいに、俺の日々を潤して、俺の人生を満たすもの、加奈子にはそうあってほしい、
てな感覚が自覚されたわけだ。実際にはこんなわかりやすく話せなかったが、そこは割愛。



たどたどしい話が一段落して。
長いこと聞き手に徹してくれた加奈子が口を開く。


「京介も、さ…加奈子のこと、潤して、満たしてくれるんだよね?」
「まさかこんな時にもエロい意味で言ってるんじゃないよな」
「バ、バカ! そういうんじゃないっての!うぅ~」


気恥ずかしさに耐えかねてついおどけたりしたが、許されたい。
だって、その、上目遣いで言われたらそう聞こえちまったんだもん。


「もちろん、誓って精一杯やるさ。お前が望む限りな」
「…一言多い」
「やれやれチェック厳しいな」


では改めて


「俺はいよいよお前が必要なんだ、加奈子、愛してる」
「アタシも愛してる…っ」



…なあ


「ん……なに?」


こんな調子だと、買ったばかりのリップすぐに使いきるんじゃねーの


「いいじゃん、すぐ使いきっちゃえば」


望むところ、ってか


「ん~……そ、望むところ」
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