俺がモデルになれるわけがない!! 10


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「って、今思えば加奈子ってば休むとか言っときながらひとっつも休めてないじゃん」

振り返ってみると確かに有耶無耶になってしまって休む事をすっかり失念していた事に気づく。
出来ればもう一回クソマネの所に行って休みたいが桐乃と、今さっきのやり取りを見ていたのであろう複数の殺気の篭った視線がこちらを向いているのでそれは叶いそうに無い。
加奈子はハンサムの所に行って飲料を適当に頼むと隅っこの日陰に引っ込んだ。もちろんハンサムに場所も教えてあるので安心だ。

時差のせいだろうか、昼間だというのにジッとしていたせいで眠気が凄い勢いで加奈子に襲い掛かってきた。
眠気眼を擦りながら言い訳めいた言葉が口から出ていく。

「ちょっと、うん、ちょっとだけ寝っかな。休憩も必要だし」

加奈子はそう呟くと重い瞼を押し上げるために使っていた力を抜く。
自然に落ちてきた瞼が真っ暗な闇を作ったかと思うと加奈子はすぐに意識を手放したのだった。






「うん……ぐ」

あれからどのくらい経ったのだろうか。ふと目が覚め、重い瞼を力任せに一気に開くと、そこには思っていた眩しい光は無く、代わりに見えた風景はオレンジ色に染まった世界だった。
夕刻。

そんなに寝たのか、全然気づかなかったな。

今度は体を起こそうと力を込めるが上手い事上がらない。なにやら肩の辺りに重たさを感じるな、と思い視線を向けると、そこには桐乃の顔があった。
どうやら加奈子に寄りかかって寝ているらしい。
反対を見てみるとそこにもブリジットがいた。

加奈子は枕かなんかか。なんて事を苦笑いで考えていると目の端を誰かが通り抜けた。
追いかけるように慌てて視線を正面に向けるとそこには二人居た、リアとクソマネだった。
今まで走っていたのだろうかクソマネはシャツが透けて正にビショビショと言った風体だ、クソマネと同じまではいかないがリアも汗を掻いていてちょっとだがシャツが透けている。
それがまた夕日を反射してキラキラと輝いていて一層綺麗に見えた。二人がまるで一心同体みたいに綺麗な絵を作り出していた。

「ずっりー」

加奈子はそう呟くと二人の頭を優しく持ち上げてなるべく衝撃を与えない様に肩からどかす。寝ている状態から座っている状態になるとリアとクソマネ以外は皆ここで寝こけている事が分かった。起こさない様に気をつける、これ以上人数が増えたら面倒だしな。

勢い良く立ち上がると加奈子は二人に向かって駆けて行った

リアにばっか美味しい思いさせるかっての!

「おーい!、二人で何やってんだよ!!、加奈子もまぜろよな!」
「えー、もう終わるつもりだったんだが……」

何か不満を言っているが、加奈子は無視してクソマネの手を取って無理矢理走り出す。

「いいから!、あと一周ぐらい良いだろ?」

ニシシと笑って加奈子はそう言う
クソマネはまだ不服そうに「一周ってここ無茶苦茶広いんだが…」と言っている。
でももう分かってんだよ、クソマネは嫌だ嫌だと言っておきながら結局やってくれるって。

優しすぎるんだよ。


それに一番厄介なのは優しさは寄こすだけ寄こしてくるのにこっちからの優しさや好意は貰ってくれないところだ。
いや、貰ってくれないじゃないな、それ以前にこちらの優しさや好意に気づきもしないんだから。
それじゃまるで毒だよな。

その優しさが癖になったらどうしてくれるんだ?

なんて事を考えていると、諦めた様なクソマネの溜息が聞こえてきた。

「しゃぁねぇ、一周だけだかんな」
なんて事を加奈子に手をひかれながら、そして優しく微笑みながら言ってきた。

その笑みに思わず熱くなった頬を空いている手で隠すように覆う。あっつぃ。

うぅ、前言撤回、これ、もう手遅れだわ。
加奈子、もう『癖になっちゃってる』っぽい。

だって、今さっき充分 毒《優しさ》を貰ったばかりなのに、もう次の毒《優しさ》が欲しくなっているんだから。

「クソマネェ!!、ちゃんと責任取れよな!!」
「ん?、何のことだ?」

クソマネが不思議そうに首を傾げていると、後ろから慌てて追いかけてきたのだろう。リアの姿が見えた。
すげぇ早い、リアが呆けている内に結構離したと思ったんだけど、この調子だともって後数秒だろう。

「キョウスケおにいちゃん、待って!、リアも一緒に走る!!」

加奈子が追いつかれたっ!、と思った頃にはもうリアはクソマネの腰に抱き付いていた。

「あはっ、やった! 追いついた!!」
加奈子達が動きを止めた事を確認してからリアは腰から手を放し、空いているクソマネ左手の方へとまわった

「一緒に走ろ!!」

リアのその言葉を聞いて加奈子達は笑い合うと走り出す。
まぁたまにはこういうのも悪くないかもな。

気分が良く、妙な高揚感を感じながら、そして熱くなった頬を冷やすために、少しでも多く風を浴びる為に加奈子は走りだそうとする。
だけど無事に出発は出来なかった、クソマネが派手にずっこけたのだ。

「ん?、どした?」
「……二人共手を放してくれ」

あぁ、そりゃこけるわな。
加奈子達が慌てて手を放すと、のそのそと立ち上がり膝の砂埃を払ったクソマネが「よし準備OK、行くぞ。 次からは気をつけろよ」と言って苦笑いで再び走りだす

遠ざかって行く背中に追いつこうと加奈子も再び走り出した。
クソマネ、これからもちょっとでいいからその優しさを加奈子に分けてくれ。もうその優しさが無いと駄目っぽいんだ。
頼むな。

そんな乙女ちっくな事を考えている自分に呆れながら加奈子は追いついた背中を勢い良く叩く

「おっせぇぞ!、クソマネ!!」
「うるせぇ!、こちとらお前と違って一睡もしてねぇから疲れてんだよ!!」
「むぅ、リアはまだ本気だしてないんだかんね!?」

そんな会話をしながら加奈子達はハンサムが迎えにくるまで走り続けたのだった。


一日目、初めての特訓終了






カチャカチャ……、カチャカチャ……。

無機質な食器と箸がぶつかる音が、これまた異様な雰囲気の空間に空虚に響く。
正面には京介氏……とハンサム殿。

拙者左側に3人、そして右側に4人。
今回の席順はまさに男と女を仕切った形となっている。しかもこれが結構距離があり、いつもみたいにちょっとした事を話そうとしてもちょっと大きな声で言わないと聞こえない始末。
これで拙者達が不満が無い訳が無く、今回全てを決めたハンサム殿を睨みつけるが、やはりというかなんというか柳に風の様でござった。今も涼しそうに爽やかに笑っている。
隣の京介氏と談笑しながら。


「兄貴ぃ!!、醤油とって!!」
「無理!」

いきなりきりりん氏が何か言い出したと思うとそれに対して京介氏も即答で返す。
少しでも多く京介氏と話していたいその気持ちは分かるのでござるが、いくら何でもその振りは無茶なのでは?

そんな事を考えて呆れていると、きりりん氏は何に怒ったのか更に声を荒げる。

「何でよ!!?、いいからさっさと取んなさいよ!!」
「何でって、遠いからに決まってんだろ!?。こんな所からそっちに醤油届けるとなると投げるしかないぞ!?、いいのか!?投げていいのか!?、醤油が飛び散って染みになるぞ!?、その真っ白い服に染みがついちまうぞこの野郎!!」
「あんたがこっちに歩いてきなさいよ!!」
「嫌に決まってんだろ!!、それだったらお前が取りに来いや!! ていうか隣に自分専用みたいなのあるだろが!!」

隣席にとってはうるさくて仕方が無い音量で言い合いをする京介氏ときりりん氏。
京介氏の隣に座っているハンサム殿がそそくさと耳栓を取り出しているのが見える。

まぁ、拙者の場合真ん中と端っこという距離が在りますゆえましなのでござるが。

ん~、この味噌汁美味しいでござるなぁ。
拙者は即座にうるさい声を意識の外へと除外して今晩のおかずに改めて目を通す。
そこには食べなれた、とは言わないが、まぁ食べた事のある食べ物が並べられていた。


山菜の味噌汁。

炊き込みご飯。

猪の天ぷら 山菜添え。

ミニ鍋。



まさか外国に来てまで日本食を食べる事になるとは……。
まぁアメリカの食べ物などハンバーガーとかステーキ、そういう肉料理ぐらいだから別に食べたいとは思わないでござるが……。
でもなんか物足りないでござるな。外国に来たっていう実感が感じられないでござる。
アメリカもアメリカでござるな、もっと自分の国だけのオリジナリティー溢れる料理を作ってほしいものでござる。
そんなんだから肥満者が多いんでござるよ。


っと、まぁそんな事はどうでもいい事でござった。
拙者は拙者で今夜の計画を立てなくてはいけないのでござった。
何せ今夜は京介氏と二人っきり、何が起こるか分からないでござるからなぁ。

やはり……勝負下着は大胆な物の方が良いのでござろうか?、それとも純情を表すような縞パン?真っ白?苺?クマちゃん?
京介氏は拙者が見たところMなのでござるが実際はどうなんでござろうか、Sだとしたらこちらとしても心の準備をしときたいのでござるが……。
どうも男性の思考は分からないでござるな。
まぁ、なんにせよ。

「ぬっふっふ、京介氏、今夜は寝かせませんぞ」

どうも最近皆さんにサービスし過ぎて遅れをとっているでござるからな。
今夜は本気で行かせてもらうでござる。

あわよくば既成事実を作って……デュフフ。


「あ、貴方いったいどうしたのかしら?、何腰をクネクネさしているの やめなさい気持ちが悪いわ」
「いやぁ、何でも無いでござるよ~」
「そうは見えないのだけど……」

黒猫氏は何か変な物を見る様に拙者を見てきたが、やがて「まぁいいわ」と言って食事を再開した。
拙者は最後の竹の子の天ぷらに黒塩をちょっとつけて租借すると両手を合わせて「ご馳走様でした」そう言ってハンサム殿の所へと向かうために立ち上がる

「それではお先に失礼するでござる」

皆にそう言うと歩いてハンサム殿の所へと向かった。
念の為に今夜仕事が無いか聞いとかなければ。


結果、仕事は無かった。と言う事で拙者は今、夜の為のセッティングをしている。
「この部屋の電気は~っと、うむ、ちゃんと明るさを変えれる奴でござるな」

一度部屋を薄暗くして確認。これで電気の色を白からオレンジにできたらもっと良かったのだが、この際高望みはしまい。
薄暗くなるだけでも充分雰囲気は出るでござるからな。

セットした布団は隣のふすまにしまって。
よし、これで準備OK、後は京介氏が風呂に入る前に風呂に入って、風呂に入った京介氏が出る前に布団を出しセッティングする。
ふむ、完璧でござるな。

一人納得して頷くと、拙者は風呂に入る為にそそくさと京介氏の部屋から退散する
部屋のふすまを閉め、ホッと一息ついて横を向く

きりりん氏が何とも言えない目で拙者を見ていた。

「アンタ、いったい何してるわけ?」
「いえ、なにも」
「いや、絶対なんかしてたっしょ」
「あっははは、何を言いますかキリリン氏!、拙者別に何もしてないでござるよ?」

拙者がそこまで言うときりりん氏の不機嫌度がかなり上がった

「ま、いいよ、それで。自分で調べるから。ちょっとそこのいて」
「?、ここは京介氏の部屋でござるぞ?」
「だから何?」
「他人の部屋に勝手に入ってはいけないでござるよ」
「あんたが言うな!!」

その会話が終わるときりりん氏は無理矢理拙者を跳ね除けて京介氏の部屋の中へと入って行った
すると程なくして何やら叫び声の様な呻き声の様な声が聞こえてきたではないか。

ふむ、逃げた方が良さ気でござるな。

そう思い拙者が部屋に背中を向けるのときりりん氏がふすまを思い切り開いたのは同時だった

ひとまず走り出そうとした格好のまま固まって話し出すのを待つ

「あ、あ、あ、あた、あんたなんて事してくれちゃってんのよ!!?、あ、あれじゃまるで結婚したての夫婦のしょ、しょしょしょ初夜みたいじゃない!!?」

そんな事を言いながら拙者がセットした布団の斬死体を廊下に放り投げる、飛び出た綿がまるで臓器みたいでござる。
きりりん氏はそれを指差しながら頭からプシューと煙を出している
どうやら言いたい事はあるのだが、あり過ぎてどれから言ったらいいか頭が追いついていないらしい。

「然らば、失敬して」

拙者はきりりん氏を残してその場を後にする
頭の中ではこの後どうするか作戦をねっている。ふむ、今回の『×××作戦』は失敗でござるな。

どうやら勘違いでは無いようでござるな。
結論を言うと、今、拙者は監視されている。さもなければあんな所できりりん氏と遭遇する訳が無いのでござる。

そうなると振り切るのはまず不可能と言っていいだろう、きりりん氏達は普段は良い人達なのでござるが京介氏が関わると、まるで別人の様になり「他人? 敵じゃないの?」と素で聞いてきても不思議じゃない人物に変貌する。
拙者が京介氏を連れて姿を消したら北極だろうと南極だろうとエベレストの天辺だろうと活火山の火山口だろうと平気で探しに来るだろう。

まぁ別に良い、今夜は京介氏の所有権を拙者が握っているのだから後をつけられても邪魔は出来まい。

でもさすがに他人の目がある中で×××は出来ないので、今回の問題は何をするかと言う事だ。
キス?、却下だろう。それこそ殺される。
添い寝?、朝になったら皆が並んで寝ている姿が目に見える様でござるな。

「ふうぅ、しょうがないでござるな。ここは無難に夜景を二人で楽しむって言う事で手を打つとしましょう」

それだけでも結構な差をつけれるからまぁ納得できる。
あぁ、時間が惜しい。早速京介氏を迎えに行くとしましょう。

そう結論付けると拙者はきりりん氏の「あれ!?沙織が消えた!?」という言葉を背後に京介氏がいると思われる座敷に向かったのだった。

座敷に着くと、そこには思ったとおり京介氏がいた。
できるだけ皆と食べ終わる時間をずらそうとしたのか、まだご飯を食べ終わっていない。

拙者はこっそりと近づくと、息を吹きかけるように話しかける。流石京介氏でござるな、こんな距離に来てもまだ気づかないなんて。

「京介氏」
「どわひゃっっ!?」

余程驚いたのか食べていた白米をまるでスイカの種の様に口から吐き出し、思い切り咳き込み始める。
まぁそんな事はどうでもいいでござる

「いや、どうでもいいってお前、ごほっ、お前のせいだろ!?」

蒸せながらも反論してくる京介氏、そんな京介氏を無視すると拙者は用件を話し始める

「まぁ、それは置いといて。今夜、予定は空いているでござるか?、無かったら一緒に散歩にでも行きましょうぞ!」
拙者はそこまで言うとボソッと「まぁ予定があっても無理矢理連れ出すでござるが」と付け足すとニコリと笑いかける。

「あぁ、どうせ俺に拒否権なんてねぇんだろ?」
「それでは今夜拙者が京介氏の部屋まで伺いますので、絶対待っていますよう」

拙者がそう言うと「はいはい」と京介氏は呟くと食事を再開したのだった。

一先ず部屋に戻る、用意などをしなければ。




「まぁ、これで良いですわね」

服もちゃんと薄手にしたし、メガネもちゃんと外したし、髪もちゃんと下ろした。
恥ずかしいけど致し方ありませんね。京介さんがこっちの私の方が好きなのは明白なのですから。

私は鏡に写る頬が赤くなった私に笑いかけると皆に向かいなおした。

「それでは、皆さん、行って参ります」

それだけ言うとそそくさと部屋の扉に向かった。これ以上何か言うと爆発しそうなのだ。
私が行って参りますと言っただけでも桐乃さん達はギリギリと歯軋りをしていたし。

私は鼻歌を歌ってしまいそうなのを我慢しながら京介さんの部屋に向かう為に廊下をひた歩いたのだった。




その頃、沙織の居なくなった女子部屋では……

「よし、私達も行くわよ、びこu……、もとい散歩に」
『確かに、なんか丁度、何故か物凄い行きたくなって来た』
桐乃の声が聞こえた瞬間皆が言い訳を口々に言い始めた。

皆がひとしきり言い訳みたいなのを言い終わると、桐乃が先頭に立ち
「行こっか、散歩」
と、笑いかける。

皆は黒い笑いを顔に貼り付けながら桐乃を先頭に部屋を出たのだった。




コンコン、と軽く扉を叩き、相手の入室許可を待つ。
暫く待っていると中から何か絹擦れの音が聞こえ始めた

ちょっと想像してしまい、頬を赤くしていると中から返答があった


「今着替えてるからちょっと待ってくれー」

言わずもがな、京介さんからの返答だ。
私は「はい、分かりました」と答えて、火照った頬を冷まそうと廊下の窓を開いた。

天気は上々
神様の思し召しか、月も満月で淡い光を地上へと降らせていた。

「良い天気、ですね」

小さく笑って空から外の庭に視線を落とす。
とことん日本を意識しているのか、庭には池に鯉、桜の木やアベマキなど、色々な日本気の多い物が揃っていた。
よっぽど儲かっているのか結構広い。

当然の様にベンチも至る所に設置されている
どこに座ろうか、などと考えていると後ろからガチャリと扉の開く音が聞こえた、すぐに申し訳なさそうな声が聞こえてくる

「わりぃ、待たせたな」

後ろを振り返ると苦笑い気味の京介さんが目を見開いた
私はそれに気づかない振りをして京介さんに笑いかける

「いえ、大丈夫ですよ」
「おま、な、なんで、メガネ外してんの?」

慌てふためきながらも質問を私に投げかけてきた
予想していたので予め考えていた言葉を返した。

「京介さんがこちらの方が好きだからです」

私の台詞を聞いて京介さんは「ぶぅー!!」とお決まりのリアクションを返してきた

「ち、ちげぇよ!?」

このまま話し続けてたらきりが無いので適当に京介さんをいなすと腕を組んで歩き出す

「ちょ、何で腕組んでんだよ!?」
「今夜の京介さんは、私のもの、なんですよ? だから良いんです!」

我ながら恥ずかしい台詞だ、と思い熱くなる頬を京介さんの腕で隠すと、ちら、と京介さんの様子をばれない様に伺う
鈍感な京介さんも流石に今さっきの言葉は効いたらしく、プシュー、と頭から煙を出しながら顔を真っ赤にしていた。

ちょっと嬉しく思い、気を抜いたら緩んでしまいそうな顔を引き締める。
京介さんの腕を再び引いて改めて庭へと歩き出した。


道程では特に話すことは無い。
目指す所は一つ、桜の木だ。京介さんに話しかけられたため、ちらっとしか見えなかったが、桜の木の周りはかなり凝った作りになっていて、ちらっと見ただけでも印象に残っていた。
そこは桜の木の周りに円の池を作っていて小さな石のベンチが一つ置かれている所だった、そこに行くための渡り橋も石でできていた。
一瞬見ただけなのに目を奪われた。

「そんなに急いで何処行くんだよ」
「いいから、ちゃんと着いてきてくださいね。多分、この並木を抜けた所にあったと思いますから」

細々とした並木の道を突き進む、幻想的な雰囲気を出したかったのか前の視界は木や草で見え辛い
もうちょっと。後ちょっと。

胸がドキドキとしてくる、これがここを設計した建築士の狙いなら私はその狙いにドップリはまってしまっている。

期待を胸に京介さんと歩き続けると、池の音だろうか、チャポンという音が聞こえてきた
「もうすぐです!、京介さん、早く行きましょう!!」

腕に入れる力を更に強めて京介さんを早く早くと促す

突然。
本当に突然視界が広がった。

桜の花びらが視界を埋めたような錯覚を起こしてしまう

それ程壮観、かつ綺麗な風景だったのだ

上から見た時より桜は大きく感じ、池は清らかに見えた。
この中ではありふれた鯉さえ荘厳さを出している

時より鯉が跳ねてできる水波ねの音が心に静寂をくれる。

隣の京介さんを見ると、目を見開いて固まっていた
現実に引き戻す様に話しかける

「京介さん、取り敢えず座りましょう?」
「あっ、あぁ」
やっと現実に戻ってきた京介さんは、それでも気の抜けた返事を返してきた。

腕を引っ張り一緒に石の橋を渡る。
空気が冷たく、肺まで届いてまるで広い自然の中で二人だけの様な錯覚をしてしまいそうになる

すぐに見えてきた石のベンチに座って暫く桜を眺めた。
どっちも何も話さない。

だけど気まずい沈黙では無かった、京介さんをちらりと見てみると桜を見ながら優しく笑っている
視線に気づいたのだろうか、京介さんはこちらを見ると笑いながら話しかけてくる

「こんな場所よく知ってたな、前に来た事があんのか?」

他愛も無い、ちょっとした話題だ。
話し始めたら京介さんの視線はもう一度桜に戻った、ちょっと頬が赤い気がするのは気のせいだろうか? 暗いのでよく分からない。

「いいえ、来た事は無いです。でも京介さんを待ってたら廊下から偶然見えたものですから………、ふふ、ラッキーですね」

なんて冗談めかして返事をする。
京介さんも最初は一緒になって笑っていたのだが、どうしたのだろうか、いきなり私を真剣味を帯びた目で見つめてきた。
笑顔も無くなっていて、手が私に近づいてきた

頬が急激に赤くなっていくのが自分で分かる。
目を逸らそうとするが、まるで縫い止められたかの様に視線が外れなかった。

京介さんの顔がどんどん近づいてくる。思わず呻き声がもれた

「ぅあ……」

吐息が掛かる所まで京介さんが来ると、もう何も出来ずにただ目を閉じた。
京介さんの暖かい息遣いが手に取る様に分かる。



「動くなよ、もうすぐだから」
「は………ぃ」

もう後には引けない。身を任せてその時を待つしか私に選択肢は無かった。
嬉しい、やっと京介さんに思いが通じたんですね

鼻がツンとして泣きそうになるが我慢して顎をちょっと上に向けた。


だけど暫く経っても何も起こらない、不思議に思っていると何故だろうか、京介さんが離れていくのが分かった
え?、なんで?

混乱して固まっていると京介さんが話しかけてきた

「沙織? もういいぞ、ほら、取れたから」

何が? と思って目を開けるとそこには手の平に幾枚か桜の花びらを載せた京介さんが自分に笑いかけていた。
ピシっッ

思考どろこか体も固まる。

再び思考回路が復活しても混乱だけが支配していた

ってことはなんですか? 全部私の勘違いって事ですか?
でも、っでも!、普通あんな事されたら勘違いしてしまうじゃないですか!!

っっうぅ、酷いですわ。

「ははっ、この花飾り、結構似合ってたぞ?」

肝心の京介さんといえば私の髪の毛についていた桜をみながら話しかけてきている。
自分の中にあった怒りが急速に消えていくのを感じる。

内心、溜息をつくとさっきの事は水に流した。
まぁちょっとくらいの意地悪はさしていただきますけど。

そう考えてニヤリと笑うと私は大きく息を吸った。

「きゃーーーー、京介さんこんな所でなにをーーーーーーー」

大声で悲鳴をあげる。
するとどこからかザッザッザッと走ってくる音が聞こえてきた。

その間に私は服のボタンをギリギリまで開き、戸惑っている京介さんに顔を近づけると
「お仕置きです」
と呟いてベンチに横になった。

近くの茂みが揺れたと思うと桐乃さん達が揃って姿を現した。
そして沙織の姿を見るなり皆は歯軋りをした

「なぁぁぁああにしてんのよぉおおおおお!!」
桐乃さんが叫んで皆は京介さんに飛び掛った。


その後、皆が京介さんを引きずってどっかに行ったのを確認すると、私は花びらを数枚拾って大切に持ち帰った
折角京介さんが似合ってると言ってくれた思い出の品なんですから、帰ったら栞にでもしましょう。

私は再び静かになった桜の木の下で、一人静かに笑ったのだった。





皆は寝たのか、静かになった部屋にリアだけが起きていた。
今は、『キョウスケおにいちゃんが沙織おねえちゃんを襲った事件』が終わった後の夜だ。


こっちにキョウスケおにいちゃんと一緒に来て暫くは無かったのに、リアは今、現 世界一足の速い小学生、ミーネ・グロッサの事を考えて落ち込んでいた。
ミーネの走りは今思い出しただけでも寒気がする。
あの走りには無駄が一切無かったのだ、あくまで機械的に無機質にただただ速さだけを求めた結果の走りだった。
だけど感情面だけはリアと同い年なのか、とても豊かだった。
勝った時のミーネの顔は今でも忘れられない。

あそこまで相手を見下した笑顔は生まれて初めてだった。
思い出したら悔しさで鼻の奥がツンとしてくる。

「悔しいなぁ、ここのところキョウスケおにいちゃんのおかげで思い出す事無かったのに。やっぱり思い出すと悔しいよ」

目頭が熱くなったが、何とか我慢するとちょっとでも早く眠りにつこうと目を固く瞑った




気づくと、そこにいた。
この夢も最近は見る事が無かったのに…。
見過ぎたせいか、夢を夢と自覚できるようになってきた。

そこは暗い、どこに地面があるかも分からない空間だった。その中でミーネの声だけが響き渡るのだ。


――――――――――――クスクス、頑張ってね、前世界一の小学生さん。
―――――――――楽しいだけじゃこの世界、やっていけないんだよ。
――――――やっぱりこの程度なんだ?

――――一回『楽しい』なんて感情じゃなくて血反吐吐く気持ちで走ってみなよ。

――この甘ちゃんが。



「ち、違う!」
お前にリアの何が分かるんだよ!? リアだって楽しいだけでやってこれるわけ無いだろ!!
リアだって頑張った、頑張ってきてここにいる!!

思わず叫んで腕を横に薙ぎ払った。
だけど姿も見えないのにそんなので追い払えるわけも無く、声は消える事無く響き続ける


どうせそれが限界でしょ?
貴方みたいに笑いながら走る人には絶対に負けない、この世界は苦しんで、苦しんで、やっと勝てる世界なんだから。
私は貴方より苦しんだ、泣いた、頑張った、だから貴方よりも早く走れたんだ。



「や、やめろぉおおおおおおお!!!」


叫ぶと、何の光も無かったこの世界が急に白み始めた
やっと夢から覚めたみたいだった。

「っ眩し」

目を開くと、夜が明けたばかりなのだろうか、カーテンの隙間から真っ白な光が入り込み鳥の囀りが聞こえてきた
これからどうしよ、先に風呂に入ってこの陰鬱とした気分をどうにかしようか?
でもどうせ朝のランニングに行くんだし、入っても無駄かな。

リアはランニングに決めるとダルい体を無理矢理動かして布団から抜け出して、早く走りに行って夢の事を忘れようと着替え始めた。

タンクトップに短パン、朝なんだから出来るだけ軽くする。
流石に足につけた重しは外さないが。

用意が終わると皆を起こさないように静かに扉を開いて廊下に出た
廊下の窓からは強い光が入る事は無いので、若干暗く感じた。そのせいで余計に気分が沈んだ。

「はあぁ」

思わず出る溜息を隠す事もせずに薄暗い廊下を進んでいった

出口は廊下と違って、朝日ともろに向かい合わせとなっているのでとても明るい
何も考えずに取っ手をとってドアを開くと思わず顔を顰めるほどに明るかった。

リアは手で影を作って門まで歩いていった。
手で視界が狭くなったせいか門で座り込んでいる人には気づかずに素通りする



門を出て人通りを確認してから準備運動に掛かった。
今度は門の下の人がこちらに歩いてくるのを視界の端で捕らえた。そんなにジッと見る事は無く、さして気にもしないで準備運動を続ける。

その人はリアの横を通り過ぎたと思った。
だけど実際は違ったらしく、リアの頭は急にワシワシと撫でられた。

結構強い力で撫でられたせいか頭が揺すぶられる。


ビックリして振り返るも、朝日のせいでよく見えない

「なんで無視してくかねぇ、折角早く起きたんだから一緒にランニングでも行こうぜ」

こ、この声って。
もしかして、と思い眩しいのを我慢して目を凝らす

ちょっと大きめのTシャツ、ちょっと細い目、とても優しい眼差し。

「っやっぱり!!」

そこには苦笑いしたキョウスケおにいちゃんがいた
一瞬で今までの暗い気分が吹き飛んで行くのが分かった。

嬉しくて、とても嬉しくて思わず抱きつく。


「キョウスケおにいちゃん!!」
「おほぉ!?」

強く抱きつき過ぎただろうか?、キョウスケおにいちゃんの口から変な声が漏れた。
でも我慢出来なかったのだ、あんなタイミングで出てくるキョウスケおにいちゃんが悪いんだ。
そうだよ、そうに決まってる。

いっきに気が緩んだせいか、力を入れとかないと涙が零れてしまいそうだ
ちょっとだけ鼻をすんと鳴らすと抱きしめる力を強くしてキョウスケおにいちゃんの服に顔をより深く沈めた。

キョウスケおにいちゃんも今回は何時もの様におどけたりせず、ただゆっくりと頭を撫でる

暫くして、落ち着くとリアはキョウスケおにいちゃんに向かってはにかむとお礼を言った。

「ありがとねっ、キョウスケおにいちゃん!!」
「………おう」

そのお礼に対してキョウスケおにいちゃんは目一杯の笑顔を返してくる。

ドクンッッ!!

その瞬間、リアの心臓が大きく跳ねた。

い、いきなりは反則だよ!!

反射的にキョウスケおにいちゃんから目を逸らすが心臓の鼓動が収まる気配は全く無い
むしろ酷くなってきている、頬が熱い、っていうか全身が熱い!

「お、おい、大丈夫か? 顔真っ赤だぞ?」
キョウスケおにいちゃんが心配そうに顔を覗きこんできた
リアは混乱して「ひゃ!、ヒャイ! 大丈夫!!」と叫ぶと足に力を入れて全力で走り出す

あ、あた、頭からキョウスケおにいちゃんの笑顔が離れないよ!!?

「って、え、えぇぇ!?、ちょ、リア、待って! 俺追いつけないから!?」

キョウスケおにいちゃんが何か叫んでいるがこっちもこっちで大変だ、今さっきから心臓が破裂しそうに勢いで運動しているのだ。
今キョウスケおにいちゃんの顔みたら死ぬ!、死んじゃう!!

そんなわけで逃げるリア、そしてそれに追いつこうと必死なキョウスケおにいちゃん。
そんな二人のランニングがここに開催された。

まぁ開催されたといってもそんなのが長続きする訳も無く
30分も経つとリアとキョウスケおにいちゃんは旅館でくたびれていた。
本当だったらリアはまだまだ走れるんだが、運動以外で心臓が早鐘をうちまくっていたのですぐに息が切れてしまったのだ。


『つ、疲れたあぁぁ』

二人はロビーのソファーで寝転びながら声を揃えたのだった。
ツールボックス

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