「願い」破4


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                   【破】 4章 

千葉県千葉市 高坂家
AM 11:30


<<桐乃side >>

12月の刺すような寒さも、雲一つない快晴の中である程度過ごしやすい空気に変わっていた。
千葉の閑静な住宅街は、クリスマスを間近にしてか、浮わついた雰囲気に包まれており、
道行く人々の表情もどことなく期待に満ちているように見える。

――キキィッ

そんな中、小さなブレーキ音と共に年代物のパジェロが、1つの家の前で静かに停車する。

「さ、着いたぞ。」

「ここが……。」

「うん。私たちの家だよ。」

「……俺の家。」

車から降り、物思いに耽りつつ家を見つめる京介に声をかける。
その顔はどこか寂寥感を帯びて、普段より大人びた雰囲気を醸し出していた。

「どうだ、京介?」

「ん…。ごめん、やっぱり何も思い出せない。
 でも、なんだか懐かしい感じもする…。」

家に帰れば何かしら変化があるかもしれないという淡い期待もあったが、
京介の記憶が戻る様子は見られない。
しかし、京介にも何かしら感じるものがあるのか、じっと家を見つめ続ける。

「ほら、京介っ。早く入ろう?」

「お、おいっ?」

そう言うと、私は半ば強引に京介の手を取って家の方へと引っ張っていく。
手を握ったままで先に私が玄関から家の中に入り、
京介もそれに続いてドアをくぐったところで、クルっと京介の方に振り返り、


「おかえり、京介っ。」

「……ああ。ただいま、桐乃ちゃん。」

「ふふっ…。」「はは…。」

私が満面の笑みで心から〝おかえり〟と言うと、
京介もはにかんだ笑顔で〝ただいま〟と応えてくれた。
そのやり取りがどこか照れ臭くて、思わず小さな笑みが零れる。

「……あんた達、いい雰囲気のところ悪いんだけど、
 後ろがつっかえてるんだからさっさと入りなさい。」

すると後ろから、あんたらいい加減にしろ、と言外に仄めかすお母さんにせっつかれて、
私達はお互い苦笑しながらリビングに駆け込んでいった。




「へぇ…。」

「京介。あんたはそこのソファに座ってなさい。
 まだ体も本調子じゃないでしょう?」

物珍しそうにリビングを見廻す京介に、お母さんがソファで体を休めるよう薦める。
昨日からお父さんもお母さんもバタバタとしていたのだろう、
リビングは普段と比べると少しだけ散らかっているように思えた。

「お母さんたちも座っててよ。
 私、みんなの紅茶淹れるから。」

私は二人にも座って待つようお願いして、紅茶を淹れるためにパタパタとキッチンに向かう。
そして、話は冒頭に遡っていく……。


<<京介side>>

「ふぅ―――。」

空になった紅茶のカップを机に戻した後、体にじわじわと広がる満足感から吐息を吐く。
桐乃ちゃんが淹れてくれた紅茶は、本当に驚くほど美味しかった。
しかし、思ったままに味を褒めただけなのに、なぜか桐乃ちゃんから少し睨まれてしまった。

いや、まぁ睨まれても全然怖くないし。
というより、ぷうっと頬を膨らませて怒る顔は、
この上無く可愛いらしいからいいんだけどね?


ぐぅぅっ……。


そんな馬鹿なことを考えていると、俺のお腹から小さくない腹の虫音が鳴り響く。
記憶を無くしていても、生理的欲求は通常運転のようだ。

「ふふっ。そうね、いい時間だしお昼にしましょ?
 こんなこともあろうかと、ちゃんとご飯は作ってあるから。」

「朝から何も食べていなかったからな。
 話をするのも、まずは食事を済ませてからにするか。」

俺の腹の音を合図として、母さんと父さんはキッチンの方へと移動していく。
昼御飯の準備を始めた母さんが、キッチンの奥から桐乃に呼び掛ける。

「桐乃ー?使ったカップとかこっちまで持って来て頂戴。」

「はーい。
 それじゃ京介のも持っていくね?」

「ああ、ありがとう桐乃ちゃん。
 紅茶すっごく美味しかったからまた淹れてもらってもいいか?」

「うっ…。///
 そ、そんなに言わなくても、紅茶くらいなら毎日でも淹れてあげるって。」

桐乃ちゃんは少し頬を染めてそう言うと、パタパタとカップを片付けに行ってしまった。
ちなみに、次の日から毎朝食卓に紅茶が並ぶようになったことをここに明記しておく。

「京介…。あんたもそんなこと言う余裕があるなら、お皿並べるのを手伝いなさい。」

「はーい。」

その様子に母さんが少し呆れた口調で、食器の準備をするよう命じてくる。
俺はどうやらまた何か変なことを口走ってしまったようだ。





「………。」

食卓の席についた俺は、目の前に並べられた料理を無言で見詰めている。
別に、出てきた料理が石炭だったとか、
明らかに毒物に見えるとかそういった理由じゃないぞ?
ただな…。

「カレーと、……味噌汁?」

「「「いただきます。」」」

変わった組み合わせに思わず首を傾げてしまうが、
他のみんなは何事も無くカレーと味噌汁を口に運び始める。
記憶は無いけど、カレーに味噌汁って組み合わせはどう考えてもおかしくないか?

「どうしたの、京介?
 お腹空いてるんじゃないの?」 

「あ、いや…なんだ?
 カレーに味噌汁って変わった組み合わせだなと思ってさ。」

食事に手をつけようとしない俺を不思議に思ったのか、母さんがそう問いかけてくる。
少し迷いながらも、俺はありのまま感じた疑問を口にする。

「…?別に普通じゃない?」

「あんた、バカなこと言ってないで早く食べちゃいなさい。」

「ふふ、おかしな奴だな。」

あれ~?俺、また変なこと言っちゃった?
当り前のことを言ったつもりが、逆に全員から、
『何言ってるのこいつ』
と疑問の眼を向けられてしまい、思わずたじろいでしまう。

『そう言われると確かに、カレーには味噌汁がセットだったような……?』

1人のささやかな疑問を解決(洗脳)しつつ、
高坂家の食事の時間は和やかに進んでいくのだった。




「「「「ごちそうさまです。」」」」

全員で手を合わせて、空になったお皿に頭を下げる。
よく考えると、まともな食事は昨日から何も口にしていなかったので、
胃袋の方は相当に栄養を求めていたのだろう。
流動食?あれは食べ物なんて言える代物では無い。
気が付けば、カレーと味噌汁をそれぞれ2杯もおかわりし、ペロッと平らげていた。


「京介、ちょっとそこに座りなさい。」

流し台から食器を洗う音が途切れるのを見計らって、
父さんがソファに座るよう促してくる。
横に長めのソファに腰を下ろすと、すぐ隣に桐乃ちゃんも座って来た。

「どうだ。気分は落ち着いたか?
少し話をしようと思うが、大丈夫そうか?」

「問題ないよ、父さん。
 俺も話を聞きたいと思ってたし。」

「…よし。それなら、まずは俺たち家族のことから説明せんとな。」

父さんは俺の目を見て問題ないと判断したのだろう。
そこから、父さんが警察官であること、母さんが専業主婦であること、
桐乃ちゃんと俺を含めて4人家族であることなどが順々に説明されていく。


「それでね、この人ったら、
『京介から父さんと呼ばれるのは子供の時以来だっ』
て、 デレッデレになって言うのよ?
こんな怖い顔して真っ赤になってるもんだから、もうおかしくておかしくてっ!」

「ぶふぅっっ!!お、おまえ、それは2人には言わない約束だろうっ!?////」

「えー?だってあまりにおかしかったから。」

途中から話の主導権を握った母さんが病院での父さんの醜態を暴露し、
秘密をばらされた父さんが慌てふためく姿に思わず笑いが起きる。

少し聞いただけでも、この家族が本当に理想的な〝良い家族〟ということがよくわかる。


父さんは風貌がおっかないし図体もデカいから、一見怖い頑固オヤジにしか見えないが、
実際は非常に家族想いで、なんていうか……ツンデレ(?)だ。

母さんも典型的なお喋り好きな母親といった感じだが、
言葉の端々から家族への深い優しさと気遣いが読み取れる。
けど、父さんとの秘密をあっさりとバラして笑いこける母さん、マジ鬼畜。


「そしたら桐乃がね、……。」

「も、もー。お母さん!
 そんなのもうずっと昔の話じゃん。///」

そして気づけば母さんの話は、段々と桐乃ちゃんのことへと移っていく。
話を簡単にまとめると、中学3年生ながらも学業優秀、運動抜群、容姿端麗、
多芸多才でなんでもござれな桐乃ちゃん。
えっと…なに、そのチート?
まぁ一番の驚きは桐野ちゃんがまだ中学生だったことだが…。

「これが初めて桐乃がモデルの仕事をした時の写真でね、……。」

母さんは、まるでご近所さんに自慢の娘を紹介するかのように、
桐乃ちゃんのモデル姿や陸上で走っている写真を誇らしげに見せてくる。
その写真は分厚いバインダーに入れられており、
そのバインダーの数は両手の指では数え切れない程だ。
これを見れば桐乃ちゃんがどれだけ2人から大切にされてきたかがよくわかる。
モデルの写真もそうだが、恐らく父さんが撮った陸上の写真もプロ顔負けの出来だし。

「へぇー。オシャレだとは思ってたけど、桐乃ちゃんモデルもやってるんだな。」

「ん。まぁ読者モデルだけど一応ね。」

「いや、読者モデルでも十分すごいだろ。
大人びてるなとは思ってたけど、そういうことだったんだな。」

「…お、大人びてるかな?///」

俺が素直にモデルのことを誉めると、少し照れつつも嬉しそうに首を傾げる桐乃ちゃん。
そういうところには年相応の可愛らしさがあって、実に微笑ましい。



「それでね、京介はどんな子だったかとういとねぇ…。
 一言で表すなら〝普通〟かしらね。」


「…普通?」

「ええ。勉強もスポーツもなんでもそこそこできるんだけど、
 特別目立つようなことは無かったのよねー。」

俺がどんな奴だったかという話題になると、
母さんは少し頭の中で考えてから、とにかく普通だったと答える。
桐乃ちゃんの話があまりに凄かったせいか、どこか拍子抜けする気持ちは否めない。
…べ、別に悔しくなんか無いんだからね!?

「小学校のときから、田村さんと赤城くんって子といつでも一緒に遊んでたわね。
 あ、田村さんっていうのは、近くにある和菓子屋さんの子でね…。」

そして、話は俺の友達の話へと切り替わっていく。
なんでも、俺は小さい頃から田村さんと赤城って奴の3人でいつもつるんでいたらしい。
その2人は所謂〝幼なじみ〟ってやつだった。
余程仲が良かったのだろう、俺の昔話になると必ずといっていい程その2人、
特に田村さんという女の子の姿は常に現れた。

「………。」

「……?」

そして、なぜか『田村』という単語が出て来る度に、
桐乃ちゃんの表情が苦虫を噛み潰したような顔になっていくのがわかった。
マシンガンのように話し続ける母さんには申し訳ないが、
俺の意識は隣に座る女の子の方へと傾いていくのだった……。



<<桐乃side >>

「そしたらその田村さんがね……。」

京介の昔話が始まってから、私の心は徐々に黒く濁った何かに覆われていった。

当たり前のことだ。
京介と地味子はいつも一緒だったから、
昔の話となると自然にあの女寄りのものになってしまうのは予想できた。
最近のオタクの趣味や友達との付き合いをお母さんには話したことがなかったから、
この展開は当然と言えば当然なのだ。


私も最初は地味子の話題が出るのを覚悟していたし、
京介の手前、不機嫌な顔にならないように気を付けようとした。
しかし、いざ地味子の話になり、京介が夏にお泊まりしたとか、
高校受験で勉強を毎日教えてもらっていたという話を改めて聞かされると、
どうしてもイラつく気持ちを抑えることができなくなっていた。

「………ぃ。」

「あんたったら、田村さんのこと怒らしちゃってね?それから…。」

私の口から無意識に言葉が漏れる。
しかし、その声は耳をそばだてていないと聞こえない程小さいもので、
お母さんは地味子と京介のエピソードを夢中で喋り続ける。
その話の中に出てくる京介は、すごく楽しそうで、幸せそうで、
それだけ地味子との差を見せ付けられるようで……。

ブチッと私の中で何かが裂ける音がした。



「―――――うっさいっっ!!!!」


自分でも驚く程大きな怒鳴り声で、
和気藹々とした雰囲気は一瞬でシンッと息苦しいほどの沈黙に包まれる。


「ど、どうしたの桐乃。急にそんな大きい声出して…?」

あまりに突然のことに、お母さんも理由がわからず尋ねてくる。

「……ごめん。
 でも、さっきから田村さんの話ばっかりで京介のことと少し違くない?」

「え…?でも田村さんは京介と一番仲が良かったんだからしょうがないでしょ?」

その沈黙に当てられて少し冷静さを取り戻した私は、
謝りつつ、それでも地味子の話は聞きたくないと遠回しに訴える。
しかし、そんな私にお母さんは至極最もな応えを返してくる。

「でも……、あいつはっ!地味子は……っ!」

「……桐乃ちゃん。」


「あっ………。
――――っ。ごめん!!」

それでも何とか反論しようとする私は、
勢い余ってそのあだ名を口にしてしまう。
私の名を呼ぶ京介のほうを見ると、不思議そうな、
そしてどこか非難するような表情をしていた。

それが決め手だった。

私は京介の視線に耐えられず、ごめんと一言だけ言い残すと、
その場から逃げるように自室に駆け上がっていった。
扉を勢いよく閉めた音が、高坂家に重く響くのだった……。


                   【破】 4章 完
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