雪月抄


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715 : ◆36m41V4qpU [sage saga]:2013/05/26(日) 01:11:19.37 ID:vPs0BN+70


  "雪月抄"




相変わらず今日も家には両親は居なかった。
でも俺はそれで良かったんだ
ずっと姉ちゃんが―――雪乃姉ちゃんが居てくれるから淋しくはない。


「ただいま」

「おかえり、きょうちゃん♪
ご飯にしますか?それともお風呂?
―――………そ・れ・と・も・♪」

俺がドアを開け玄関に入った時、雪乃姉ちゃんがいつもの様に俺を出迎えてくれた。
大きなアニメ?のキャラの柄のエプロンをして、手にはおたまを持ったままだ。


「雪乃姉ちゃんさ、その面白コントの台詞は常に言わないとダメなのかよ?」


「ぶー、コントじゃないもん」


「はいはい、腹減ったからご飯食べたい」


「うん
もう出来てるから手を洗っておいで」


「いただきます」

「はい、いただきます」

今日の夕食は俺の好物の手ごねハンバーグに、具沢山の炊き込みご飯、
みそ汁もわざわざ料理に合わせた味付けで、サラダのドレッシングも
姉ちゃんの手作りだった。
―――味はもちろん、きっと栄養のバランスも計算されているのが
子供の俺にも分かった。


「あ~マジで美味い
ってか母ちゃんよか、雪乃姉ちゃんの方が絶対に料理上手だよな」

「きょうちゃん、有り難う
凄く嬉しいけど、でもお母さんの目の前で言っちゃダメだよぉ?」

「もちろん分かってるって………お代わり!」

「はいどうぞ………でもちゃんとよく噛んで食べてね」

「うん」

「ねぇ、きょうちゃん
こうやって二人っきりで食事してると、わたし達って本当に新婚さんの夫婦みたい
じゃない?」

「嫁さんにしては、姉ちゃん年上過ぎる」

「あー、年上の奥さんは世の中の男の人達には実は人気なんだからねっ!
ぷんぷん」


「………それはそれとして、姉ちゃんは彼氏とか作らないの?」

俺が言うのも何だがうちの雪乃姉ちゃんは、
―――家庭的で、気立てが良くて、可愛くて
―――おまけに優しくて、胸も大きくてどう考えてもメチャクチャモテると思う。
いつも姉ちゃんの料理を食べてて世話を焼かれてる俺には、その事がよく分かる。

「わたしの彼氏はきょうちゃんだよ」

「いや、姉弟じゃん」

「良(い)いの
わたしにはきょうちゃん居るから」

「そ、そっか」

「それともわたしに彼氏が出来た方がきょうちゃんは嬉しい?」

「べ、別に嬉しかねぇけど」

「だったら出来ない方が嬉しい?」

「そんなの分かんないよ!―――ゴホゴホ」


俺からすれば、絶対に姉ちゃんに彼氏なんて作って欲しくない
―――なんてのは、どう考えても分かりきってる。

でも俺の我が侭で雪乃姉ちゃんに好きな人が出来ちゃダメ
―――なんて、口が裂けても言えるわけがないさ。


「あ~、ほらお口にご飯ついてるよ」

「ありがとう」


「きょうちゃんの方こそ、彼女は?」

「居るわけないじゃん」

つーか、彼女どころか学校には友達すらいない俺なんだぜ
―――なんて姉ちゃんを心配させられないから言えないけどな。

「だったらァ例のお団子ちゃんはー?」

「辞めてくれよ!
あいつはそんなんじゃ―――」

「―――『あいつはそんなんじゃない、勘違いしないでくれ?』」

「そうそう」

「きょうちゃん………それテンプレ♪」

「て、テンプレって?」

「ふふ………ううん、何でもない。
そっか、お団子ちゃんとは何でもないのか」

「とにかくそうだよ!」

「だったら………まだ、わたしにもチャンスがあるよね?」

「………」

俺は誤魔化すようにご飯を頬張った。

チャンスも何も
―――俺の初恋の相手……………………は


きっと、雪乃姉ちゃんは二人きりの淋しい食卓だから
こんな風に冗談や軽口で、俺を楽しませてくれてるんだろう。

俺の姉ちゃんは本当に優しい
雪乃姉ちゃんが居なかったら、俺はもっとダメな奴になってたよ

だから雪乃姉ちゃんには絶対に幸せになって欲しい
―――彼氏だって本当に好きな人が出来たなら俺は絶対応援する



「ごちそうさま。今日も超旨かった」

「はい、お粗末様でした」

「俺が食器洗うから、姉ちゃんはのんびり風呂にでも入っててくれよ」

「一緒にお片づけしよう」

「いや、ここは俺がするよ
姉ちゃんは無理したらまた熱出ちゃうからさ
だから俺が―――」


妹のキリちゃんは前に言ったように入院してる。
姉ちゃんは色々と俺の面倒を見てくれてるけど、実はあんまり身体は強くない。
姉弟妹の中で、俺は丈夫だけが取り柄みたいなものだった。

「―――良いから、良いから♪」

結局二人で洗い物をして終わると………


「きょうちゃん、お風呂入ろう」

「姉ちゃんが先で良いよ。ゆっくり入ってくれよ。
俺は後から入るから」

「一緒に入ろう」

「いやだから」

「一・緒・に・入・ろ・う・♪」



「う、うん」


「ハァーァ♪
お風呂はやっぱり良いね、気分も身体もさっぱりするよ」

「………………ブクブク」


「きょうちゃん、どうしたの?」

「俺、もう上がるからさっ」


「烏の行水はダメだよぉ
ちゃんと、お風呂に浸かって暖まらないと風邪引いちゃうから」


「もう暖まったからっ」

「ダ~メだよぉ。ほらァつかまえた♪おいで」

「ぎゃーちょっと苦しいって」


『むにゅ、むにゅ』したものがちょっと当たってる


「もう逃げないー?」

「逃げない――逃げないから、離して!」

「うふふ
最近のきょうちゃんは、何だかちょっぴり照れ屋さんですね」


「いくら姉弟でも
ずっと一緒に風呂入ってるっておかしいって」

「仲良し家族のスキンシップだよぉ」

「…………う~ん」

「きょうちゃんはわたしのこと、嫌いになっちゃったの?」

雪乃姉ちゃんは目を潤ませて淋しそうな顔をした。
―――俺はこの顔に凄く弱かったりする。


「あーあ、しょうがないな
寂しがり屋の姉ちゃんの為に、俺が我慢して大人になってやるよ」


「あれー?
ちょっと前まで『雪乃姉ちゃんと一緒じゃないと風呂入らない』
って駄々こねてたきょうちゃんとは思えない台詞ですね♪」

「そ、そんな昔の事は忘れた」

「はいはい
きょうちゃんが忘れても、わたしはずぅ~と覚えてるから♪」


「………………………………………ブクブク」


風呂上がりは
―――つーか、寝る前の俺は大体、姉ちゃんの部屋に行くのが日課だ。

姉ちゃんの部屋は、すぐ俺の部屋の隣にある。
和室で―――俺の部屋よりちょっとだけ広い。


「よし、宿題出来た。」

こんな俺でも一応は勉強してたりする

「………はい、よく出来ました」

勉強はこんな風に姉ちゃんが見てくれている。
多分、うちの姉ちゃんは頭も良いと思う。


「何して遊ぶ?」

「ゲームの続きして良い?」

「うん、良いよ
終わったら教えて、一緒に遊ぼう」

そう言って、雪乃姉ちゃんは俺の背中に自分の背中をくっつけて
携帯ゲームで遊び始めた。

そして暫くすると毛布を一枚だけ、何処かから持ってきて
お互いに背中越しのままその毛布に二人でくるまった。

―――これも"仲良し家族のスキンシップ"なんだ、きっと。



暫くして

「きょうちゃん、何処まで進んだ?」

『なんとこの私が好きと申すか!?
そ、それはいかん!もう1度考えてみなさい』

「えー?
まだお嫁さん決めてないのぉ?」

「ごめん、まだ悩み中」


「う~ん
きょうちゃんって本当に優柔不断なんだから、もう!
ほら、わたしにちょっとコントローラー貸して?」

―――と雪乃姉ちゃんは言うと
俺の背中越しから抱きつくようにして手を伸ばしてゲームを操作し始めた。

で、ツンデレの黒髪女に話しかけて何の躊躇もなく嫁に決めた。


「えぇ?
ちょっと姉ちゃん………何で寄りにもよってデボラ?!」

「…………だってわたし、黒髪で年上だもん」

「何?その…………理由」

「良いから、ちょっと待っててね」

雪乃姉ちゃんは、コントローラーのボタンを超高速で動かし始める。
ルーラであちこち飛び回り、画面のコマンドが何度も点滅した。

でコマンドを入力する度に
やっぱし―――『むにゅ、むにゅ』してた。

「雪乃姉ちゃん、む、胸当たってるって!」

「あ~神様
欲張りで可愛いわたしの弟―――きょうちゃんの為に………〆#♪∮」

雪乃姉ちゃんが何やら芝居がかった口調でそう唱えると


何と画面の中では
俺のピエール(スライムナイト)とスラりん(スライム)が、
それぞれ『フローラ』と『ビアンカ』に変わっていた。

「きょうちゃんが決められないなら、こうしちゃったら?」

「す、すげぇ
姉ちゃん…………どうやったの?これ」

「ふふ♪
きょうちゃんには言ってなかったけど
わたし、実は魔法少女なんだァ」

「つーか、姉ちゃんの歳だと少女って言うよりもう―――」

「―――メラミ!」

「い、痛いって」

「きょうちゃん、ノリが悪いぞ!
次はメラゾーマだからねっ、ぷんぷん」

「………ご、ごめん」


「きょうちゃんには言ってなかったけど
わたし、実は魔法少女なんだァ」

と改めて雪乃姉ちゃんは言った。


「す、すごいぜ。流石は俺の姉ちゃん」


「これでみんな幸せじゃない?
欲張りで優柔不断で、お嫁さんを選べないきょうちゃんでも平気♪」


「マジか、一夫多妻じゃん」

「きょうちゃん、難しい言葉知ってるね
今からは、きょうちゃんが好きな女の子を全員お嫁さんに出来て
ずっと冒険出来るね」


俺は暫く画面を眺めていたが

「…………………う~ん
でもこれはやっぱダメだと思う」

「どうしてー?」


「つーか、みんなに悪いよ。
もし、うちの父ちゃんが同じことしてたら、母ちゃんは絶対にキレるだろうし
子供の俺だって絶対嫌だ!
俺は海岸に住んでるセイウチでも、猿山のボス猿でもないからな
俺は人間様だからハーレムで雌を囲ったりしないんだ」


少し驚いた顔をした雪乃姉ちゃんが―――

「きょうちゃん………偉い♪」

―――と言うと、俺は頭を撫でられた。


雪乃姉ちゃんは俺を慰めたり、褒めてくれる時に
こんな風に頭を優しく撫でてくれる。

結構照れくさいけど、実は嬉しかったりする。


「本当に良い子だよー、この子はァ♪」

頭を撫でられながら、ついでにギュと抱き締められた。

「ちょっと、ぐるしいって姉ちゃん!」

「そうだよ
きょうちゃんを、誰かと仲良く半分こになんて出来ないもん」

「………………姉ちゃんどうしたの?」

「ううん
ごめんね、わたしが間違ってたよ」

「いや、気にしないでいいって
取り合えず、ゲームは辞めて二人で遊ぼう」


「うん♪」



その日、寝る時間になって


毎日、必ず一緒に寝ようって言ってくる姉ちゃんが
今日に限って何も言わなかった。

いつもの雪乃姉ちゃんなら―――

きょうちゃんは『雪乃姉ちゃんと一緒じゃないと風呂入らない』って駄々こねた

のと同じ様に

きょうちゃんは『雪乃姉ちゃんと一緒じゃないと寝ない』って愚図った

―――ってからかってくるのにな


俺は照れくさかったけど、淋しそうに見えた姉ちゃんの為に
彼女のベットに無言で潜り込んだ

「きょうちゃんはわたしと一緒にねんねしたい?」

「う、うん」

「きょうちゃんは、とっても優しい男の子………だね」

「ち、違うぜ。優しいのは雪乃姉ちゃんだよ!」

俺がそう言った時、雪乃姉ちゃんは何も言わず
ただ微笑んでいた。

「おやすみ」

「はい、おやすみなさい♪」


俺は何となく眠れなくて
隣ですやすや眠っている雪乃姉ちゃんの息遣いを背に感じなら、
ベットの中から窓の外に浮かんでいる月を眺めていた。

俺が学校に行くのが苦痛だった時(今でも別に楽しくはねぇけど)
こんな風に隣に寝ている姉ちゃんと、ずっと一緒に居たいと願った。

もしも、姉ちゃんと二人だけで遠くに行けたら―――………………

―――そこには面倒くさい学校も、辛い事も、悲しい事も無い
―――本当に何も無い世界で、優しい雪乃姉ちゃんだけが側に居てくれる。

―――………………そんな事をいつも俺は想っていた。


だからベットからあの窓を見て、闇夜の空に『月』が輝いていると、
俺はとても安心して嬉しい気分になった
夜、あの月が照ってる間は、俺は姉ちゃんと一緒に家で過ごせるから。


―――同じあの窓から見える
朝、目が覚めた時に、俺の顔を照らす暁の『太陽』は大嫌いだった。
あの月が消えて、太陽が輝けば俺は学校に行かなきゃいけなくなる。
そしたら当然、俺は雪乃姉ちゃんと過ごせなくなったから。

そして同じ太陽でも―――『夕陽』の色は好きだった
それは学校から家に帰って雪乃姉ちゃんに会える色だったから。


今の俺はあの月を見ながら、何を思っているんだろう?
自分でその気持ちを確かめようとしながら、俺はそのまま意識が混濁して
静かな眠りの中に包まれていった。



―――夢を見た

場所は、何故か舞台は"サラボナ"

『なんとこの私が好きと申すか!?
そ、それはいかん!もう1度考えてみなさい』

おっさん、それ"テンプレ"なのか?
と俺は思う。


そして次に
―――団子が団子の髪型を辞めて、髪を三つ編みにして
俺の目の前に佇んでいた。

『高坂、こんなわたしで良い?
アンタのお姉さんみたいに女らしくないのに』

『ちなみに、高坂―――
わたしの髪型は"団子"じゃなくて"シニヨン"って云うって知ってた?』

その隣は
―――妹のキリちゃんが

『お兄ちゃん♪
わたしは守って貰うしかできない女ですわよぉ』


『でもぉ………えらんでほしいなぁ♪』


そして最期に

『もうっ、何してるの?
きょうちゃん早く、わたしを選びなさいっー!』

と雪乃姉ちゃんに抱きつかれて―――


俺が躊躇して、マゴマゴしてると

『ぱふぱふなら、わたしがいくらでもしてあげるのに!』


『むにゅ♪』

ああ……………"柔らかい"と"幸せ"はなんて似てるんだ
と思ったところで目が覚めた。


「おはよう。きょうちゃん、朝だよ♪」

俺が起きた時
雪乃姉ちゃんに例の如くギュっと抱っこされて、顔にスリスリされていた。

「お、おはよう 姉ちゃん………………今、何時?」

「う~んと、9過ぎてるよ
朝ご飯出来てるから早く食べよう」


そっか……今日は休日だったんだ。
だから別に学校に行く必要はない。

昨日の夜、月を見ながら考えたことを何となく思い出しながら
休日の俺にはその答えを出す必要が無いことに今更気付いた。



朝食を食べ終わった後、さっそく姉ちゃんの部屋へ。


「ねぇ、きょうちゃん、前に言ってたゲーム覚えてる?」

「それって姉妹のゲーム?」

―――それは俺が恥ずかしがって、姉ちゃんから何度勧められても
遊ぶことから逃げ回っていたゲームだった。


「そうそう………可愛い女の子が沢山出てくるんだけど」

「それってヤバいやつ?」

「ううん………別にそれほどでも無いと思うよ。
でもお父さん達には絶対に内緒だよぉ?」


「うん……………い、良いよ、やってみよう」

俺は少しだけ迷ったけど、結局肯いた。
何でだろう?

その理由は、自分でもよく分からなかった。
もしかしたら、昨晩の雪乃姉ちゃんの淋しそうな顔を思い出したから?
―――だったのかも知れない。



「うんっ♪
わたしね、ずっときょうちゃんとやってみたかったんだぁー♪」

そう言うと姉ちゃんは、秘密?の本棚をどけて
謎のコレクションの一角からお目当てのゲームを持ってきた。


「これってさ、普通のプレステとかじゃねぇの?
ゲームの箱がちょっと大きし、何か見た目も派手みたいだ」

「そうそう
パッケージにも拘って作ってあるんだよ
こういうのって」

雪乃姉ちゃんはゲームやアニメが好きみたいだ。
それも―――超がつくほど相当に好きなんだと思う。

俺みたいなガキの話にもちゃんと付き合ってくれて、
性別も年齢も違うのに二人共、それなりに趣味が合うのも、
そのお陰なんだと思う。

俺は一回だけ、雪乃姉ちゃんのコスプレ?と言うのを見せて貰ったことがあった。
色々意味で挑発的でセクシーだったので、俺はその格好の姉ちゃんを見て
鼻血を出してしまった。

『きょうちゃんしか見せる相手居ないのに、ちょっとだけしか
見せられなくて残念だよ~』

と雪乃姉ちゃんに言われて、鼻血を出しながら俺はちょっと嬉しかった。

そうなんだ
―――この秘密を知ってるのは家族の中でも俺だけだった。


いざゲームをする段階になって
俺は少し緊張して同時に変な意味でドキドキもしていた。

そのゲームの解説書を読むと
―――可愛い女の子(妹との)恋愛はあるし、(姉との)お色気要素もあるわで
それを実の姉とやると言う状況は、俺の気持ちをアレ?って感じにする
のに、充分刺激的だと思えたからだ。


例の『仲良し家族のスキンシップ』で
―――また二人で一緒に毛布にくるまった。

「きょうちゃんはいつも暖かいね♪」

と俺の頭を撫でながら雪乃姉ちゃんが言った。

―――何だか、雪乃姉ちゃんから本当に誘惑されてるような気が
ちょっとだけする。


―――いざ、ゲームを起動しようとした時、家の電話が鳴る。


「きょうちゃんに電話」

「誰?キリちゃんかな」


「ううん………でも女の子だよ、やるね」

「そんなんじゃないって!」

俺はその瞬間
―――電話先の相手が誰か分かったから、からかう姉ちゃんに必死に抗議した。
俺に電話をかけてくる女・の・子・なんてキリちゃん以外には
この世界で一人しか居ない。

「何で、おまえがうちの番号知ってるんだよ」

『もしもし、高坂元気?』

「元気だぜ!
で・おまえは何で番号知ってるんだよ?」

『だから同じクラスメートだって、何回言えば分かる?』

「あっそ
そのクラスメートが休みの日の俺に何の用なんだよ?」

『高坂、今暇?』

「忙しい」

『そっか、残念
わたし、近くの公園でリレーの練習してる』

「へぇ、クラス委員は本当に真面目だな」

『良かったら、高坂もって思ったけど―――無理ならしょうがない
また明日………学校で会おう。
アディオ―――』


「―――おまえ、もしかして一人でやってるのか?」

何で俺はこんな事聞いたんだろう
団子の声が元気ないって勝手に思ったからなのか?
それとも………………

『うん、一人』


自分で聞いた癖に、俺は意外だと思った。
こいつはいつも、クラスメートに囲まれてるクラスの中心人物だと思ってたし
―――事実、そうだった筈だ


「…………………………あのさ、俺は」

だから何だってんだよ…………俺には全然関係ないだろ?
何で"休日"に学校の奴に、わざわざ会わなくちゃならない?
今日は大好きな姉ちゃんとゆっくり一日過ごせる大切な日なんだぞ?
今から一緒にゲームするんだったんじゃないのか?



でも、結局俺は―――


「ちょっぴり残念だけど
学校のお友達は大切だからね、うん」

「ごめん、でもすぐ帰ってくるし」

「わたしも一緒にお出かけ出来たら良いんだけど
ちょっと熱っぽいから」

「なら看病するからさ。俺、やっぱ行かない!」

「ううん
わたしは平気だよ、少し休めば大丈夫
だから………きょうちゃんは行っておいで」


「………でも」

「わたしは良いから。今日は一日のんびりしてるよ」

「う、うん」

「ふふ、やっぱりお団子ちゃんか
ついに………………きょうちゃんを取られちゃった」

「だからそんなんじゃないって!
俺、行かな―――」

「―――う・そ・…………だよ
ほら行っておいで」

「………………うん」


「きょうちゃん、いってらっしゃい♪」



―――この時の雪乃姉ちゃんの顔だって
本当は、淋しそうだったんだ。




公園に着くと

「ちくしょう、やっぱ勝てねぇ」

「そうでもない
今のは………わたし結構、ヤバかった」

そうやって、その休日の間
俺はずっと団子と二人で走った。


「少し休憩しよう」

「お、おう」

「高坂、お昼ご飯食べた?」

「いや、けど起きたの遅いから遅めの朝メシは食べたけど」


「良かったら、食べる?」

「おうサンキュー、せっかくだから貰う」

団子が大食い自慢じゃなければ、
その弁当の大きさと量はどう考えても二人分だった。
そして団子の弁当は、見た目はちょっとだけ不格好だったけど
味は決して悪くなかった。

何故か、俺は団子のおにぎりを頬ばりながら
家に居る姉ちゃんのこと考えていた。


「なぁ………おまえさ」

「何?ほら、お茶―――」

「―――あ、有り難う
何でそこまで俺の為に色々やってくれんの?
リレーだって、何でわざわざ」

「わたしはクラス委員
もちろん、点数稼ぎに決まってる」

「やっぱ、そうか」

「ちょっと普通、それで納得する?」

「なら、違うのかよ?」

「普通に………好きでやってるだけ」


「お、おまえ………やっぱ俺に惚れてたの?!」

「高坂―――アンタは一体何を言ってる?」

「いや…………実は俺の姉ちゃんがさ―――………」

「………―――ふぅん
高坂のお姉ちゃんって高坂と同じで面白い人みたい
でも女のカンって言われても、わたし困る」


「だったら…………す、好きって何の話だよ?」

「好きってのは物好きって意味でしょうに
アンタに惚れてるとか、高坂はちょっと自惚れ過ぎで
わたしドン引きです」

「お、俺だって………さ、最初から知ってるつーの!」

「なら良(よ)いよ」

「でもおまえって物好きにしたってよ、
どうして俺なんかに親切にしてくれるんだ?
やっぱ妹の面倒見てる俺に同情してるとか―――」


「―――偉いと思うけど、それは直接関係ない」

「なら、何でだよ」

「アンタ、うちのクラス全員と仲が悪いじゃん
スカートめくるならクラス全員の女子で、喧嘩するなら男子全員と喧嘩してる」

「悪かったな、極惡人でよ」

「でも、特定の誰かの名前を出して悪口は絶対に言わない
特定の誰かを狙い撃ちにもしない
自分より弱い人とは喧嘩もしないし、しかけもしない」

「はぁ?
おまえこそ、一体何の話してるんだよ?」

「うちのクラスって面倒なのが多い
アンタを見習ってその子達の名前を今は出さないけど」

「そいつの名前言われても、俺は多分知らないぜ?
―――だからそれだけの話さ
悪口言おうにも名前を知らねぇし、言う友達もいねぇしさ
喧嘩だって、仕掛けられたらやり返すだけの話
要するに単なる正当防衛」

「ふぅん
わたしさ、前の学年で虐められてた」

「う、うそ
おまえ、今はボス山のボスメスザルじゃねぇか?」

「高坂―――アンタ、わたしに対してだけかなり口悪過ぎる」

―――ボキボキ


「わ、悪い――悪かったから、関節は鳴らすなよな!
それに…………おまえが虐められてたとか、流石に全く想像出来ねぇよ」

「キッカケは虐められてる子が居たから、親切心から助けてあげた。
そしたら、次の日からその虐められてる子の代わりにわたしが無視されて
結局、その子からも嫌がらされた」

「うげぇ、何かハードな話だな」

「別にそれは良い
問題はわたしがその時、その虐められてる子と同じことをしようとしたってこと。
未遂だったけど、虐められていたわたしを助けてくれた別の子を、
わたしは―――わたしの様にしかけた。
幸い、その子はそうなる前に親の都合で転校したし、今でも良い友達のままでいる」


「でも………別に、そいつが転校しなくても
おまえは、そんな事をやらなかったかも知れないよな?」

「わたしはそんなに強くない
普通、アンタみたくクラス全員を相手に戦えない」

「俺だって強くねぇよ…………全然―――ぜんぜん強くなんかねぇ!」

俺は初めて―――本当に初めて
雪乃姉ちゃん以外の人間に弱音をこぼしていた。

妹はもちろん両親にすら、心配させない様に俺は自分の気持ちを殺していた。
でも今のこいつを前にしていると―――何故か我慢出来なくなっていた。


「強くないから、俺は逆に学校じゃ強がってるんだ
俺って寝るのも雪乃姉ちゃんと一緒だし、風呂も一緒に入ってるし
学校で話せない分、姉ちゃんと沢山話してるんだよ!」


「高坂ってシスコン?」

「いや―――俺の朝食はケロッグ派だぜ?」

「ぷ………それ"シスコン"じゃなくて"シスコーン"
アハハ 高坂、意外にウケる」

と言って、団子は笑った
いつもみたいに―――俺も結局、釣られて笑っていた。

何故か俺はこいつと居ると、本当にいつも一緒に笑ってしまう。
―――まるで、雪乃姉ちゃんと居る時みたいに……………

何となく暖かい気分になった。
こいつ相手なら、俺は変にカッコつけたり、自分を飾らなくて済む
きっと俺は―――俺らしく振る舞える。

「俺はいつも、もし姉ちゃんが居なかったらって考えると怖いんだ。
本当に想像するだけで、ブルブルって身体が震えるんだよ。
姉ちゃんが居なかったら、学校に行くのだってイヤがってたかも知れない。
だから俺は強くねぇんだよ、全然
ホントは、すげぇビビりなんだ」

「………………」

「おい…………な、何か言えよ」

俺は急にこんな告白を始めた自分自身が恥ずかしくなった。
でも不思議と全然嫌な気分はしない。


「高坂がビビりなら、わたしもビビり………になる」

「………………お、俺」

「………………何?」

「俺さ……………
おまえが色々話しかけてきてくれて嬉しかったんだぜ
最初はうぜぇと思ってたけど、今でもちょっと思ってるけど」

「本当に今もうざい?」

と言って、何故か団子は真剣な顔で俺の顔を
ずっと――ずっと見ていた。

「お、おい………おまえ」

「今もうざいって思ってる?」

「あんま…………お、思ってねぇよ
もし思ってたら、わざわざ休日に会ったりしねぇからな!」

団子との睨めっこに簡単に負けて、
またもや俺は自分の気持ちをあっさり告白していた。
でも負けず嫌いの俺が、今は負けまくってるのに全く気にならなかった。
―――いや、俺はきっと嬉しかったんだ。


「うん。なら、良(よ)いよ」

「俺さ………妹には、学校で俺って超人気者って言ってるんだぜ?」

「アンタって本当に面白い
フフ……………ちょっと本当にお腹痛い」

「へへ………だろ?」

本当におまえはよく笑うな

―――こいつの笑顔は何処までも優しい
そして見てる俺までも優しい気分にさせる。


団子の眼差しは、
まるで―――俺の大嫌いだった『太陽』みたいにキラキラしていた。


「高坂、どした?」

「あのよ、もし良かったらなんだけど
俺と………友達に―――」


俺は
―――まるで今から団子に愛の告白でもするみたいに
喉がカラカラになり、情けなく言葉をつまらせた。

でも今のこのポカポカした気持ちをどんな形でも良いから
この目の前の女の子に伝えたいと思った。


でも俺の予想に反して、急に団子は不機嫌な顔になった。

「―――……………高坂、アンタさー?」

「やっぱ、俺なんかダメだったん―――」


「―――今更、友達になってくれとか言うなら、
そんな水くさいこと言うなら、わたしはアンタを殴る」

「わ、悪い。何でもない」

「うん、なら良(よ)い♪」


不思議だった
―――本当に雪乃姉ちゃんみたいに、いつまで話しても話は尽きなかったし
話す内容が無くなって、ずっと二人で黙ってても居心地の悪さも感じない


この気持ちを呼び方を、その時の俺は知らなかった。



団子と馬鹿やって気付くと辺りはすっかり暗くなっている。
俺がいつも気にしていた『夕陽』はとっくの昔に沈んでいた。

「ま、またな」

「………………え?」

「な、何だよ?」

「ううん、別に。またねー高坂」


「おう!」


その日から、俺は登校する時も、学校にいる時も、下校する時も
いつも、この風変わりな同級生と一緒に過ごすようになった。




すっかり遅くなって帰宅したことに
少しだけ罪悪感を感じながら、家のドアを開けて
玄関に入ると―――

「おかえりなさぁい、お兄ちゃん♪」

「え?何で………………キリちゃん?」

「ごはんにしますかぁ?それともおふろ?
―――………そ・れ・と・も・♪」

「えっと…………どうしたの?」

「キリちゃん、一時退院したんだよね?」

とリビングのドアを開けて出てきた
雪乃姉ちゃんが言った。


「うんっ♪」

「そっか!良かったな。
でも俺は知らなかったぜ………教えてくれたら迎えに行ったのに」

「「ふふふ」」

何故か姉妹が揃ってお互いに耳元でコソコソ話し合っている。
その後、ついにはクスクスという笑い声を抑えられずに二人共吹き出した。

「何だよ…………二人で内緒話しやがって」

「キリちゃんが、きょうちゃんを驚かせたいって言ったんだよね?
ねー?♪」

「ねー?♪」

雪乃姉ちゃんがそう言うと、ユニゾンしてキリちゃんがそう言った。

「マジか
俺はキリちゃんのせいで、超メチャクチャスーパーウルトラハイパー驚いたぜ!」

「やったぁ!」

キリちゃんは顔がパァと明るくなるくらい、本当に喜んでくれた。
妹が―――キリちゃんが喜んでくれるなら、俺はどんな下手な芝居だって
一生懸命に全力でやるさ。


久し振りに一家団欒で食事をすると
その後はずっとキリちゃんの相手は俺の役目だった。

風呂に入れてあげて
その後は早めに(俺自身が久し振りに)自分の部屋のベットで一緒に寝る。


「今度はキリちゃんに、きょうちゃん取られちゃったか」

と冗談っぽく雪乃姉ちゃんは笑った。


眠る前にキリちゃんがせがむので、俺は学校での自分の話をする。
もちろん―――大半の話は大嘘だった。
話の中の学校での俺は勉強が出来、スポーツ万能、おまけに親切で
何を取っても完全無欠の最強ヒーローだった。

こんな嘘っぱちの俺の活躍を
それでも(もちろん知らないんだから)キリちゃんは―――

『やっぱり、お兄ちゃんすごぉい』

       とか

『かっこいい♪』

と、一々大きく肯いて、目を輝かせて聞いてくれた。


「お兄ちゃんを応援できるように
ぜったい――ぜったい――ぜぇっつたい早くよくなる♪」

と頬を真っ赤にして、鼻の先にうっすら汗までかいて
キリちゃんは俺に約束してくれた。


キリちゃんがぐっすりと眠った後

俺は―――

「本当は今日初めてちゃんとした友達が出来たんだ。
それまで俺は学校に、ダチは一人も居なかったんだ。
その子は―――その女の子は"団子"って言うんだけど
―――もちろん本当の名前じゃないんだけど
今更その子の名前をちゃんと呼ぶのが照れくさいから、俺はそう呼ぶんだ。
でも本当にすげぇ良い奴なんだ。
俺はその子とキリちゃんの為にリレーで一番になれるように練習してるんだよ。
こんな俺でも―――」

―――こんな俺だって
キリちゃんは、俺を応援する為に辛くても頑張っているんだから、
俺だって学校で少しは頑張っても良いよな?

キリちゃんに話して聞かせた本当のヒーローなんてなれないかも知れない
(きっと、俺には絶対に無理だ)
でもキリちゃんが退院して大会を見に来てくれた時
そして、俺の好きな雪乃姉ちゃんの前では無様な自分だけは
絶対に見せたくなかった。

―――だから少しだけ足掻いてみるさ。



朝、いつもより少しだけ早く目が醒めた時、
妹と一緒に並んで眺めた『太陽』の事を、俺は少しだけ好きになれた気がした。



「おはよう!」

団子と並んで登校して、教室のドアを開けると俺は開口一番
出来るだけ元気よく、クラスメートに挨拶した。

俺の突然の言葉に、大半のクラスメートは面喰らっていたが
団子が親しい良い友達とは、その日のうちに自然に話せるようになった。




それから暫くは平穏な日々が続いた。

そんなある日のこと
放課後リレーを走るメンバーで、バトンの受け渡しの練習をして
いつもの様に団子と俺――二人だけが居残って練習していた時


俺は少し疲れて休憩していた。
団子は全く休まず、ずっと走り続けていた。

少し気になって俺が何か声をかけようとした矢先―――

「―――痛っ」

「おい、大丈夫か?!」

団子は全力疾走していたが、途中で急に止まって
片足だけで立っていた。

「大丈夫…………ちょっと捻っただけ」

「おまえ、ちょっと無理し過ぎだ!」

「だって
せっかくやるなら、勝ちたいから」

「ちょっと良いか?
リレーは個人戦じゃないんだぜ?」


「………」

「おまえ一人で頑張ってもしょうがないだろう?
頼りにならないかも知れねぇけど、少しは俺の事も
―――仲間のことを信用してくれよ」

「ごめんな………さい」

「ほら、肩つかまれよ」

「高坂―――やっぱり優しい」

「うっ、うるさい」


俺は団子を保健室に連れて行き、足の手当をして貰った。
保健の先生が用事で何処かに行ったので、俺達は暫く二人だけで保健室の中に居た。

「立てるか?」

「ちょっと、大げさ。わたしは全然大した事ないから」

「なら良いけど。
とにかく、これからは絶対に無理するなよ?」

「………………うん」

「まぁ今日は終わりだな。さて帰るか―――」


その時、保健室の前の廊下から声が聞こえてくる。
どうやら俺のクラスの奴等何人かが放課後たむろって雑談してるようだった。

『最近、高坂って大人しいよな』

『馬鹿のあいつが真面目にやるわけないじゃん
私、あいつの事が超嫌いなんだけど』

『友達居ないし』

『キモイし』

『今更、張り切ってるとか超笑える』

『最初から、誰もおまえに期待なんてしてないって』


当然、腹は立った
―――でも目の前で、悪口を言われてる当の俺本人が引くくらい怒ってる奴が
居た場合………………話は全く別だった。

「ちょっと待て!おまえ何する気だよ?」

「殴ってくる」

「辞めろ!」

「辞めない!」


「何でおまえが………」

何でおまえがそ・ん・な・顔するんだよ?


「高坂がエロガキなのは知ってる………けど」

「おいおいおい、ちょっと酷い」

「ふっ」

俺は自分のムカつきなんかよりも
団子が泣いてることの方が何倍も、何百倍も―――何千倍も嫌だった
だから、こいつが泣きながらでも、少し笑ってくれて本当にホッとした。

だからもうその時の俺は、悪口を言われたことなんて本当にどうでも
良くなっていたんだ。


「機嫌直ったか?」

「ちょっとだけ
でもあいつらは絶対に許さない」

「別に良いって
あんな奴らに何を言われようが、俺には一㍉も関係ねぇよ
今の俺には………な」

「どうして?」

「例え、誰に何を言われてもな
おまえはそ・う・思わないんだろ?」

「思ってない」

「なら、俺はそれで良い」

「実は、わたしはもっと酷いこと思ってる」

「おい、実は俺の方が泣きそうだぞ」

「ちょっと、笑わせないでくんない?
わたし怒ってるって言ってるでしょうに」

「だからおまえが怒る必要はないって
とにかく、俺の問題でおまえが他人を殴るのは辞めろよな」

「…………でも」

「良いから、絶対に辞めろ!」

「………………」

「な、分かったか?」

「………………うん、分かった
あ~あ、でもわたしもすっかり落ちぶれました」

「何で?」

「高坂に正論で説教されちゃったら
クラス委員のわたしの方が本当の問題児みたい」

「確かに全く、その通り」


「「………アハハ」」

俺らは顔を見合わせて、一瞬息を止めると
同時に大声を出して笑った。



きっと、俺はこいつが側に居てくれたら
あの時の気分なんて忘れる所か―――もう思い出しもしないのかもな

強がってた頃の自分が少しだけ懐かしく感じて
同時に、団子の存在が自分の中でどんどん大きくなるのが分かった。

それに比例するように、
俺が一緒過ごす時間も姉ちゃんから、この不思議なクラスメートばかりになった。


その時の俺は
きっともう―――『月』と同じくらい『太陽』のことが好きになっていた。




そうやってまた何日か過ぎた頃


いつもの様に、団子と一緒に登校して教室の中に入ると
クラス中奴らが俺を見ていた。

団子と仲の良い友達はバツが悪そうに
そうじゃない奴等はまるで俺を嘲笑するような顔で

違う、正確に言うなら―――俺ら二人を見ていた。
そして、俺らと交互に向けられた視線の先は、何故か黒板に集中していた。


俺は黒板に目をやる。
黒板には、大きな"相合い傘"が描かれていた。


その相合い傘の中には―――

学校一のおしどり夫婦

高阪京介/田村麻奈実

―――と書かれてあった。


団子は無言で黒板に向かって歩いていき、黒板消しを握った。


俺はこの時、
今まで生きてきた人生の中で、本当に一番ムカついていた。

俺は別に馴れている。
でも俺のせいで、こいつまでこんな形で巻き込んだことを滅茶苦茶 後悔した。

俺が団子を―――田村を巻き込んだせいで
何で、こんな良い奴がこんな目に遭わなくちゃならねぇんだ?

俺の後悔は次第にどす黒い怒りへと変化した。
本当にニヤニヤしているクラスメートの何人かをぶん殴るつもりでいた。


相手がどうなろうが知ったことか
もちろん俺がどうなろうが構わない
男だろうが、女だろうが関係ない
とにかく、絶対にこいつらに報いを受けさせなければならない

だから事実、掴み掛かろうとしていた―――

―――でもすんでの所で


「ねぇ、誰が書いたの?」

『………………………』

田村、こいつらに何を言っても無駄だよ
ここで名乗り出るわけがない

「聞こえない?」

だから、無駄なんだ
田村―――おまえが何を言っても


でも次の瞬間、
ニヤついている奴等の顔は、文字通り引きつることになる


「せっかく一生懸命描いてくれたのに残念
これを書いた人は、ちょっとそそっかしいねぇ
『高坂京介』の『阪』の字が違うよ?」


もう誰も笑わなくなった中
田村は、この教室の中で、ただ一人クスクス笑いながら
そう言うと

相合い傘の中の俺の間違った名前の一部だけを消して、
わざわざ訂正して書き直した。

そして、何故かこれ見よがしに自分自身の手で
ハートマークや花柄の絵を、次々に描き足していく。


―――カツカツ

教室の中は、完全に沈黙包まれて
田村が黒板にチョークを走らせる音だけが響いていた。


クラスメートは唖然としていた。
俺が一番唖然としていた。

「うん♪よく書けてるね
ねぇ、高坂 せっかくだし記念写真でも撮ろう?」

「は?」

「ほら、早くっこっち来る
ついでに腕でも組くんどく?」

「………………おまえ」

「あっ、その前に―――」

本当に嬉しそうにニコニコしながら田村は―――

『わたし、高坂と出会えて嬉しかった』

『高坂、好きだよ』

『ずっと一緒にいようね』

―――と更に、ダメ押しで黒板に書き込んだ

相合い傘はもはや、最初の原型を全く留めてなかった。
田村本人が楽しんで描いた部分の方がよっぽど目立っていた。


「―――ねぇ、誰か携帯持ってなーい?」

田村と俺は本当に文字通り
―――相合い傘の形で並ぶと、腕をしっかり回して組んで、
黒板を背にしてニッコリ笑って、ついでにピースサインまでした。



これじゃまるで
この悪戯を―――俺達の方からお願いしたみたいじゃねぇか。


でも、俺らをからかった張本人は
やり返されて、どうやら収まりがまだつかないらしい

この悪戯―――と言うには悪質な行為を行った
本人がついに登場してきた。

『田村さん、高坂って
女子のスカートめくったりして、みんなに迷惑かけたんだよ?』

声と話し方で分かった、
保健室の廊下で俺の話をしていた女はこいつだ。


「ごめんね
高坂ってさ、すごく浮気者なんだ」

『は?一体何を言って―――』


「でもこれからは
わたしがちゃんと、高坂をつかまえてずっと一緒にいるから」

『だ、だから、何を?』

「ねぇ、高坂良(よ)い?
今度からスカートは―――わたしのほら?、めくらせてあげる」

「え?」

―――例のキャロットスカートだったが
本当に俺はスカートの裾を握らされて、途中までめくるポーズまで取らされる。


だから他の女の子のは、もう絶対にめくらせない
―――同級生の女の子はもちろん
―――どんな年・上・の・女の子も
―――どんな年・下・の・女の子も
わたし以外のスカートは、二度とめくらないって約束
高坂、出来るよね?



「………………」

「出・来・る・よ・ね・?」

「わ、分かった。約束する」

「こいつが―――わたしの彼氏が浮気してたら、
みんなもちゃんと教えて?」


『だから、私はそんな話を―――』

「でもわざわざ、これを描いてくれたのはあなたでしょう?
わたしと浮気者のこいつの間を、こんなにも一生懸命に応援してくれてるんだ。
うん♪素敵な相合い傘を書いてくれて、親切にどうも有り難う。
もし名前を間違えなかったら100点満点だったのにね」

『………………』

「朝のホームルームで先生が来ちゃったら色々面倒だから
あなたが責任を持ってちゃんと消してね?
はい、これどうぞ」

と田村はそう言うと
黒板消しをその女に放り投げる様にして渡した。

その女は完全に戦意を喪失し
その女に同調していた奴等の顔からも血の気が引いていた。


田村は結果的に、そうやってこの場をちゃんと完全に納めた。
もっと酷いことになる可能性だって普通に有ったんだ。
事実俺は頭に血が上って、その時は何も考えられなかった。



こいつは何でこんなに―――強いんだ


もし、田村が俺の立場だったなら
こいつはきっと俺のようにはなってなかった。
絶対に―――そうなってなかった。


ああ…………そうか
俺は強がってたけど、結局は周りから見下されてただけだったんだ。
本当に強いと言うことは
―――虚勢を張ったり、威張り散らかすこと、無理に強がること
そんな行為からもっと遠くにあったんだ。

まるで―――今のこいつの姿そのままの様に


もしまた今度、こんな騒動が起きたら?

俺は田村がしてくれたみたいに
―――こんな風にスマートに場を納めることが出来るのか?

こいつが一番困ってる時に、
―――田村をちゃんと助けてやることが出来るのか?

田村が俺を笑顔にしてくれた様に
―――俺も田村を笑顔にしてやることが出来るのか?



この後、俺はずっと『この事』を何度も――何度も考えた。




放課後二人になった時

「お、おまえイイのかよ?
何で田村が俺のとばっちりを受けなきゃいけないんだよ!」

「別に全然良(よ)いよ」

「だってよ―――」

「済んだ事でウジウジしない
高坂、アンタ―――それでも男の子?」

「いやだから、俺のことなんかどうでも良くて
そんな話をしてるんじゃなくて―――」

「わたしが虐められた時
わたしの名前を、あの子に間違えられたことがあった
わたしの場合は確実に、ワザとだったけど…………」

「………………」

「でも高坂の場合は完全に、普通に間違えられてたね、フフ」

また田村は優しく笑った
―――でも俺はいつもの様に釣られて素直に笑うことが出来なかった。


「だから俺のことなんてどうでも良いって言ってるだろ!」

「どうでも良くはない
―――わたしは絶対に良くないって、アンタに何度も言ってる」

「どうしてだよ?
おまえは何でいつも―――いつも…………」

「ねぇ
この前、保健室の前でアンタの悪口をわたしが聞いた時
高坂は全部自分の問題って言った」

「ああ」

「だから
わたしは関係ないから余計なことするなってアンタは言った」

「ああ、言ったよ…………だから?」


「今度は―――次は、高坂の悪口を言ってる人間が居れば
たとえアンタがいくら止めても、わたしは殴る
絶対に殴る」

「だから、何でだよ!」

「だってわたし達、夫婦…………だから
せっかく相手がそう言ってくれたんだから、当然やる
―――旦那さんの悪口言われて、笑って許せるお嫁さんは居ない」

「お、おまえさ」

「何?」

「い、いや………何でもねぇよ
俺の同級生は怖い奴だなって思っただけ」

「ふぅん
高坂もやっと分かった?
わたしには逆らわない方がイイかもね?」

「ああ…………そうする」

「そして、ちゃんと名字でも名前で呼んでくれてあんがと
もう団子って言わないでくれる?」

「わ、わかった。怖いからそうする」

「ふふ、うん♪
せっかく、高坂も名前で呼んでくれたし、この髪型も変えようかな?」

と亜麻色の髪の毛を触りながら
田村はいつもの悪戯っぽい笑顔を俺に見せた。


―――おまえは本当にすげぇよ






つづく
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