『私の大切な――』side 澪.

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mioazu

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 私は、いま、思い人へ告白をする。

「――の事が好きなんだ」
「ごめんなさい、――のことは好きになれません。……――がそんな人だとは思わなかったです」
 私の言の葉は思い人の心を揺り動かす力もなく、無情にも振り払われた。
「では」
 私の前から去っていく思い人。

「――待って!!」
 私らしくもない大声を上げても――思い人は振り返ることはなかった。

 その場に立ち尽くす。

 ぽっかりと、私の心に穴が開いた感覚。
 足下が無くなり、ただひたすらに墜ちていく感覚。

 ――暗転する世界。

 ――――

 ――目が覚めた。まだ外は薄暗いし、目覚まし時計も鳴ってない。
 手探りで携帯を手に取り、携帯を開いた。

 ……まぶしい。反射的に目を閉じてしまった。

 うっすらと目を開けて、携帯の液晶を見た。
 決戦の日。朝の6時。

 決して良い目覚めではない。
 そりゃ、あんな夢を見れば誰だって。

「うーん……」
 約束の時間までだいぶあるから二度寝に入ろうかと悩んだけど……。
 寝ぼけ眼の頭で、私の大好きな人から送られてきたメールを開く。朝起きる度に開いて、見て、閉じて。

「――」
 送り主の名前を漏らした。


 私に後輩が出来るとは思わなかった。
 小学生、中学生と部活に入ってはいたけど、後輩とまで積極的に関わってこなかったから。
 律と一緒にいる時間のほうが長かったし、いまもそう。

 それに私は、本来人から尊敬される人間ではない。自分自身が一番よく知っている。
 私が恥ずかしがり屋で引っ込み思案という性格のせいで、みんなにはたくさん迷惑をかけたし、何より律にはものすごい勢いで迷惑をかけてたし。よく『かっこいい』とかファンクラブの子に言われたりするけど、これも自分に自信を付けるためとか、恥ずかしがり屋という気質を直すとかそんな目的で始めた口調や仕草で――結局は自分を“隠す”ための手段でしかなかった。

 根本は変わっていない、小さな女のコ。
 頬を赤めてうつむくことしか出来ない、私。
 まさに歌詞の通り。

 それでも、そんな私を見てくれた。
 私の――私の演ずる『先輩』がどんな痴態を見せても、私のことを尊敬していてくれていた。
 だからこそ、私も期待に応えられるように自分を変えて行けたのだと思う。……少しは。

 お互いに良いライバル(?)だったのかも。
 ライバルというのはおかしいけど、お互いがお互いを高め合う良い関係。
 気の置けない親友の律とは違う、また別の関係。

 その関係が――崩れた。いや、いつの間にか超えていたと言った方が良いのかも知れない。
 それに気づいたのは、去年の春休み。

 ちょっと顔を合わせなかっただけで不安になって、春休みの宿題にも手が着かなくなって……。
 彼女の顔を見たいがために、彼女の家まで遊びに行ったことがある。

 彼女の顔を見た瞬間、私は悟った。

 私は、恋をしているのだと。

――――

「澪? どうしたんだよ。突然話があるって」
 私は部室集合の2時間も前――8時過ぎたぐらいに律の家に特攻した。もちろん、ギリギリにならないと起きてこない律が、こんな時間に起きているはずもなく、パジャマ姿で出てきた。起きたばかりでまだ頭が回っていないのか、まぶたが半開き程度だった。

「なあ、律、私のこと好きか?」
「ぶっ!! なんだよ突然」
 ベットの上に腰掛けて――でも、今にも倒れ込んで寝そうになっていた律は、私の質問で完全に目が覚めたようだった。
「なあ、律」
「好きだよ! 好きだけど――」
 もちろん、この後の解は分かっている。
「恋愛感情じゃない」
「だな」
 律は、あぐらの体制を作りながら言った。
「普通はそうだよな……」
 自然とため息が出てしまう。
「なんだよ。あたしに気があるのか」
「ない。親友が一番心地良い関係だと思うんだ」
「あたしも今の関係が一番いい」
「そう、そうだよな……」
 次ぐ言葉に戸惑ってると、律が助け船を出してくれた。
「なんだよ。何が言いたいんだ?」

「……言うっていうか、相談」
 そこまで言って、口が止まる。金魚のように何度か口をぱくぱくさせて……口が開いても、喉から声が出てこない。
 バスケで激しく運動している時のように、心拍数が急に上がっていく。

「? 澪?」
「ごめん、ちょっと待って」

 名前が出てこない。出したいんだけど、出てこない――!
 数分、もしかしたら数十分黙っていたかも知れないけど、律は根気よく待っていてくれた。

「あ……梓、のこと、なんだ、けど」
「梓がどうしたんだ?」

「す……好き……みたいなんだ」
「それは、恋愛感情的な意味でか?」
「たぶん」
 こくり、とうなずいた。
「私も分からないんだ。近くにいたいのに、近くにいると胸が痛むんだ」
 律はしばらく黙っていた。
「そりゃあ、重傷だな」
「どうすればいいのか、分からないんだ」
 自分でもびっくりするほどか細い声だった。
「どうするも何も……」
 律は悩んでいる様だったが――。
「素直に言っちゃえ。当たって砕けろ。ダメだったらあたしの胸のなかで泣け」
 そう、そうすればいい。それは分かってる。
「……ない胸張るな……」
 こう、軽口でも言わないと涙が出てきてしまう……。
「ぐはっ。でもな――」

「自分に素直になれよ。先輩ぶってるのも疲れるんだろ?」

「!」
 ばれていた。私の驚いた表情をみて、
「あたしが気づいていないとでも思ったのか? あと、澪が3年に上がったぐらいから、梓に対する反応がなんかよそよそしいっていうか、なにかおかしいな思ってたんだけど――今日の話で納得した」
「!!」
 そこまで――。
「澪、私と何年一緒にいるんだよ」
「……9年ぐらい」
「もうちょっと長いと思うけどな……でも、まあそんだけいれば分かるさ」

 本当、自分は涙もろいと思う。もう涙が滲み出してきた。
「律」
「なんだ?」
「本当は怒ったりしてない?」
「なんでさ」
「2年の時、和と仲良くしてたことに嫉妬してたんだろ? そのとき、気づけなかった私がバカだったんだけどさ」
「……気づいてたのか」
「何年一緒にいると思ってるんだ?」
 さっきの律の言葉を蒸し返してみる。すると、律の表情が軟化して、
「……バカはあたしだ。澪は悪くない」
「じゃあ、梓の事は?」
「全然。あたしに一番に相談してくれてむしろうれしかった」
 その表情に、嘘は描かれていなかった。
 本当に、良い親友を持ったのだと思う。
「律……ありがと」
「いいって気にすんなって。今度なんかおごってくれればそれでいいから、な」
「……うん」

 ――――


 その後、律がうとうとし出して――時間になるまではいいかな、と思って起こさずにいたら、私もうとうとしてしまって、起きたら10時ちょっと前。
 律の家を出たのが10時ぐらい。
 でも、まあ――。今日ぐらいは良いよね。


 登校途中、律の携帯にメールが入ってきて……メールを開いてニヤニヤしていた。
「ふふっ」
 突然、笑い出す。
「? 誰から?」
「ひ・み・つ!」
「?」
「澪ちゃんよかったわねー^^」
「なんだよ突然」
 たまに律はよく分からないことをいう。でも、何か私にとって善いことがあった……んだと思うよ。たぶん。
「ふーん……そうかーあz」
 と、口を思いっきり押さえてる。
「?」
「あはははなんでもないなんでもない! さっ、早くいこ!」
 と言うなり、私の手を引いて走り出した。
「ちょ、ちょっと律!」
「さーはやく学校行こうぜ!」



「ちーっす!!!!」「おはよう」
 いつも通り、でも、最後の部活。高校生としても、“私”としても――梓とも。
 律がドアをやかましく開けたのも、さほど気にはならない。だって、扉を開けたら梓がいて、私の心は梓しか見てなかったから。

「梓、久しぶり。元気にしてた?」
 そう、普通に話しかければいいんだ。
「はい!」
「いつもの事ながらこの扱いの差は……」
「ごめんな遅刻して。バカ律が――」
「へぇー? そんなこと言うんだ。言っちゃうぞー?」
「ごめんなさい律様それだけは言わないでください」
「?」
 梓がぽかーんとしてるけど、そういうこともあるんだよ。たまには。

 平沢姉妹はだいぶ遅くきた。11時ぐらいか。
 唯がなかなか起きなくて、ご飯食べさせたり制服着せていたらこんな時間になっていたらしい。
 別に制服で来なくても良かったんだけど、ね。せっかくだし。

 私物――主に、唯と律の――をまとめて、卒業前に大掃除はしたけど、もう一度けじめをつけるために簡単に掃除して。
 お茶を飲んで、たわいもない話をして。

 お昼も過ぎ、お腹もすいたので近くのMAXバーガーで軽くお昼ご飯を食べることにした。冬は太りやすいから軽く、ね。

 店に入って30分ぐらいで解散することに。
 自分の分の片付けを手早くやって、店の外でみんなを待つ。
 このタイミングを逃したら、もう期はない。深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 ――と、梓が片付けを終えて店の外へ出てきたみたいだ。

「梓」「澪先輩」

 ……被った。

「あ、ああああ梓から」
「い、いいいえ澪先輩から」

「じゃあ……今日、私のうちに来ないかって言おうとしたんだけど」
「あ、私も澪先輩のおうちに行きたいなぁーって思ってたんですけど」

「「……あはは」」
 二人して小さく笑った。
「じゃあ、この後澪先輩の家に――」
「あっずにゃーん!!」
 唐突に、唯が梓に抱きついた。
「人が話してるときに抱きつかないでください!! っていうかせめて荷物を置いてください! 痛いです!!」
「そんなこといわないでよー」
 もちろん、いつもの光景にはいつもの光景だ。でも、梓は――。

 ――――

「じゃあねー!! あずにゃーん!! また会いに行くよ-!」
 しばらく抱きついてたけど「あずにゃん成分」を十二分に補充できたのか、梓から離れた。
「唯先輩、一人暮らし気をつけてくださいね」
「ありがとー!」
「じゃあ、また4月に!」
「またね、憂」

「ごめん今日ちょっと用事あるんだ。ちょっと楽器店に」
 律。
 気を遣ってくれてありがとう。
「あ、じゃあ私もいく」
 ……ムギも? っていうか両手の荷物、律のだよな……。持たされてるのか。おつかれ……。
「そうか。またな律。ムギも」
「律先輩、ムギ先輩おつかれさまです」
(がんばれよ)
 去り際、律の声が聞こえた。


「「…………」」
 梓と二人っきりで並んで歩いていることと、家に帰ってからどうするかのシミュレートで、頭がいっぱい。
 喋る余裕がない。
「澪先輩」
「………」
「? 澪先輩?」
「……え? ごめん、なんだ?」
 ごめん、梓、気を遣わせちゃって。
「先輩って、大学生になって一人暮らしするんですか?」
「するよ。今月末には引っ越し」
「引っ越し、しちゃうんですね」
「だから、今日にこk――はっ。なんでもないなんでも!!」
「?」
 危なかった。
 まだ心の準備が出来てないから――!!

 ……勢いで言っちゃったほうが、楽だったのか……?


「洗濯機と冷蔵庫は知り合いからもらえることになったけど、調理道具とか、いろいろ準備する物が多くて大変なんだ」
「自炊とか大変そうですね」
「そうなんだよ。でもさ、唯が一人暮らしする思うと、いろいろ悩んでいたのがどうでも良くなっちゃってさ」
「唯先輩、朝起きれなそうですよね」
「そうそう」

 私の家に帰るまで、たわいもない話を続けた。
 本当はこのままの関係ならば、私も梓も傷つかなくて済む。
 でも、私と梓の関係が崩壊するかもしれないけど、もう一歩踏み込んだ関係になりたい。

  :
  :
  :


 気がつけば、もう、お家。
「ママただいまー」
「お、お邪魔します!」
「お帰り澪ちゃん。あら、お友達?」
「初めまして。中野梓といいます。いつも澪先輩にはお世話になってます」
「梓ちゃんね。こちらこそ澪がお世話になっております」
「ママ!」
 私の心の支え的な意味では本当の事だけど。
「あ、そうだ。澪ちゃん、梓ちゃん、何か飲み物欲しい? 甘い物もあるし」
「私持ってくよ。梓、上でちょっと待ってて」
「はい」

 ――――

 梓を先に2階に行かせたのは、甘いものを取りに行くだけじゃなくて、自分の心を落ち着かせるための時間が欲しかったからというのもある。……どちらかと言えば、落ち着かせるためのほうが大きい。
 ドアには「MIO」のプレートもあるから、私の部屋はわかるはず。

 キッチンで甘いもの――ケーキと、紅茶とクッキー――を、ママがお盆に乗っけて、準備してくれていた。

「ねぇ、あの子が澪ちゃんが良く言ってた梓ちゃんよね?」
「そうだよ」
「なんかステージで見るより、ちっちゃくてかわいい子ね」
「でしょ! ギターうまいし」
 まだ彼女じゃないけど自分の彼女をほめて貰っているようで、テンションが上がった。
 お盆を受け取ろうとしたら、ママが真剣な表情で私の名前を呼んだ。
「澪ちゃん」
「なに? ママ?」
「あんまり思い込んじゃダメよ。何があっても、ママは澪ちゃんの味方だから」
 何のことに関してなのかは、全く言ってない。
 でも、ママは分かっているんだと思う。私の胸の内を。
「……ありがとう、ママ」
「行ってらっしゃい」
「うん!」
 本当に、ありがとう。ママ。
 ママからお盆を受け取って、梓の待つ私の部屋に向かう。


 お盆を持って、階段の一段目に足を掛けようとしたら――体が震えてきた。
 今まで一時の気の迷いだと思って、1年も経てば薄れて消えてしまうと思ったこの“想い”は、消えるどころか1年間を経てより増幅されて、今、私の胸の中に渦巻いている。その想いを今日伝えると決心した。
 決心したんだけど、どうしても震えてくる。

 その想いが拒絶されてしまったら――。
 朝の夢が正夢になったら、私はどうすれば良いんだろう。
 きっと、壊れてしまう。

 壊れてしまったら?

 それでも――私は、伝えたい。
 ママも、律も、私を支えてくれた。励ましてくれた。応援してくれた。
 一歩、踏み出すことを恐れていては、何も変わらないんだ。

 だから、私は梓に伝える。

 何も『先輩面』をすることはないんだ。
 本当の私を、伝えるだけなんだから!


 階段の1段目を、しっかりと踏み締めた。

「おまたせ」
 ドアノブをお盆で器用に開け、足で何とか開ける。
「あ、持ちますよ」
「大丈夫。座ってて」
 ずぼら全開。足で適当に扉を閉める。両手がふさがってるなら普通にやるよね?

 とりあえず机にお盆を置いて、梓と向かい合って座る。

 2人向かい合って、微妙な時間が過ぎる。1分か、2分か、そう長い時間ではなかったけど。

「あ、あの……!」
「梓」
 梓の言葉を遮っちゃったけど、もう止められない。
「は、はい!」

「今から話すことは、私ではない誰かの話だからな」
「え?」
「私ではない、誰かの高校生活の話」
 直接伝えられないから、詩の力を借りる。

 物語の主人公さん、ちょっとだけ、私に勇気をください。


――とある高校に入学した一人の女の子がいました。

 その子は、とても人見知りで、恥ずかしがり屋でした。
2  目立つことが嫌いで、極力目立たないようにして高校生活を送ろうと決心していました。

 文芸部に入って、放課後は詩を書いていようと思っていました。
 ですが、親友に無理矢理軽音部に入れさせられ、ベースをやることになってしまいました。

 さらに文化祭ではボーカルもやって、とても恥ずかしかったけれど、みんなのおかげで無事に終わることが出来ました。
 なんだかんだ言って、その女の子はとても楽しい日々を送っていました。

――2年に上がり、その子には後輩が出来ました。同じパートではないけど、バンドの仲間が増えてとてもうれしかったようです。

 小さな女のコでした。
 でも、小さな女のコのギターは、バンドのみんなを驚かせるほど上手だったのです。
 「私も負けないように、がんばって練習しよう!」
 そう、心に決めた日でした。

――かわいい後輩でした。
 その女の子は、人見知りで恥ずかしがり屋を隠すため『格好良い人』を演じているだけなのに、尊敬されるような人柄ではないのに、後輩の小さな女のコは慕ってくれたのです。
 精一杯、先輩らしくしなくちゃ。

 せめて、みんなと打ち解けるまでは。
 打ち解けたあとは――。

――もちろん、みんなとはすぐに打ち解ける事が出来ました。みんな優しいから。心があたたかいから。
「私の役割はここまで。みんなと打ち解けたから」

 そう、思っていたのだけど。
 モヤモヤとした気持ちを持っていたのです。

 もっと、私を見てほしい。もっと、一緒に話したい。


 ――――もう泣き出しそう……。

 ――――もうちょっとだけ、私を支えてください。



――3年生になりました。
 小さな女のコも2年生に上がってきました。
 この頃から極力、小さな女のコとは関わらないようにしました。
 何故か分からないけど、胸が苦しくなってしまうのです。

 話したい。でも――。

 何故か、

 胸の中、奥底がちくりと痛んで。


――恥ずかしがり屋な女の子は、大学受験を控えていました。
 部活のみんなと一緒の大学に入るため、一生懸命勉強しました。
 でも、モヤモヤが取れなくて、勉強に差し支えてしまう。

 だから、人見知りな女の子は、自分に一つ約束をしました。

『大学受験が終わったら、小さな女のコに、私の全てを伝えよう』と。

――無事、大学に合格して、卒業式も迎えました。
 でも、私は想いを伝えられずにいました。


―――――ああ、もう。結局、“私”が混ざって来ちゃった。


 卒業式が終わって、私は、気づいてしまった。
 私は、小さな女のコに何を残せたの?
 先輩後輩という関係だけ?

 もっと、何か残してあげたかったのに。

 そんな私を好きになってくれるのか?

 それでも、自分の想いを伝えたい。


 ――――勇気を分けてくれた。
 ――――なんとか、私の想いを伝えられそう。


 一緒にもっと話をしたいんだ。
 一緒に買いもの行きたいんだ。
 一緒に甘いもの食べたいんだ。

 一緒に――。
 ずっと 一緒に いたいんだ


 ――――ありがとう。
 ――――今までの“私”。


 梓、私は――梓の事が大好き。誰よりも、この世界で一番、梓のことが。

 頼りない先輩だったかもしれないけど、こんな私でも良ければ――。


「澪先輩!!!」
「!」
「なんでそんなに自分を卑下するんですか!」
「私だって、澪先輩のことが大好きです! ずっと一緒にいたいです!」

「……えっ?」
 空気の塊が、喉を通った。

「入ったばっかりの私を支えてくれたのは澪先輩じゃないですか! 今でも感謝してます!
 澪先輩がいなかったら、私、たぶん辞めてました。
 夏の合宿のときだって、初めての学祭のときだって、いつも見てくれていたのは知ってます!
 澪先輩と付き合い始めて、部活の空気が悪くなったりしたらと思うと怖かったし、唯先輩と仲が悪くなったり、澪先輩と律先輩の仲が悪くなっちゃったりしたらって思って。

 でも、一番怖かったのは……澪先輩に嫌われちゃうと思うと、私……私……!」

「あ……ずさ……」

 ――私のことを、

「だから、そんなこと言わないでください…。澪先輩はあこがれの先輩で――一番好きな人です!」

 ――愛してくれるの?

 梓。
 私たちは、なんて遠回りをしていたんだろう。

 私たちは、なんて“片思いな両思い”をしていたんだろう。

 目をぎゅっと閉じ、口を堅く結んでる梓を見て、自然と抱きしめたいと思った。
 ゆっくりと立ち上がり、梓の小さな体を優しく、でも力強く抱きしめた。
 梓の背中に右腕を回して、頭を左腕で包む。
「!」
「初めて、だね」
 2年間、一緒にいたのに。
「はい……っ」

 梓の身体ってこんなに小さかったんだ。
 こんな小さな身体に、あれだけの想いが詰まっていたんだ。
 ちゃんと受け止めきれるか不安だけど、私は梓の想いを受け止める。

 だって、私も梓の事が大好きだから。

 私の腕の中で、梓が堰を切ったように泣き出して――。

 最初は、頭を優しく撫でていたけど、私も声を出して泣き出して――。


 梓が落ち着いてきたので、ちょっと腕を外して顔をのぞき込んだ。
「梓、ひどい顔してるぞ」
 目は赤くなって、涙の跡がたくさん。
「澪先輩だって、相当ひどい顔してますよ」
 たぶん、私も梓と同じ顔なんだろう。

「梓、目を閉じて」
「はい」
 恥ずかしい? 梓の前で恥ずかしいもなにもあるか。
 恋人の前で、何を気取る必要があるんだ。

 梓の首に腕を回して、私も目を閉じて、そっと唇を重ねた。

 初めてのキスは――とっても、あまかった。


「私たち、似たもの同士ですね」
「え?」
「まじめで、変なところで意地張って、見栄張って、気を遣ったけどなんかずれてたり、自分に素直になれなかったり」
「恥ずかしがり屋で、人と積極的に関われなくて、だろ?」
「私、澪先輩ほどの恥ずかしがりじゃないですよ?」
「言うようになったな」
 梓の額をこづく。もちろんそんな力は入れてないけど。


「梓」
「はい」
「絶対に梓のこと離さないからな」
「私も、澪先輩と一緒にいますから。絶対に離れませんから」

 梓になら、私の唇、奪われてもいい。
 むしろ、奪いに来て欲しいな。

 そう思っていたら――。

 ―――

 おまけ3。

「あ、そうだ。梓にこれを」
「?」
 立ち上がって、制服を掛けているハンガーに一緒に掛けてある、一本のタイを手に取る。
「! 澪先輩のタイ……」
「もう制服を着ることないし、梓にあげる。お守り代わりに、ね」
 青色のタイ。梓の学年は赤色だから私のをつけて登校することは出来ないだろうけど、お守り代わりになら。
「澪先輩……大切にします! 宝物にします!!」
 来年からは梓と離ればなれになってしまうから、私の代わりに。
「そんな喜ぶとは思ってなかったけど……」
 ちょっと苦笑する。本当は指輪とか、名前を彫り込んでもらって交換したいところだけど。
「澪先輩のプレゼントなら何でもうれしいです」
 と、満面の笑みで返してくれた。
 そう言ってもらえると、こっちもうれしくなっちゃう。

 4月になったら、今までのように毎日顔を合わせることは出来なくなってしまう。
 でも、梓と私は繋がっている。強い想いで繋がっている。

 だから、寂しくはない――ほんとは、ちょっと寂しいけど。

 それは、きっと梓も一緒だ。
 だから、3年間私と一緒に高校生活を送ったタイを贈ることにした。

 世界に一つだけの、思い出の品。
 だから、本当に大切な人に渡すことにしたんだ――。
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