白き願い

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mioazu

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「梓、これから何か予定ある?」
「え? 特に何もないですけど……」
「よかった。じゃあ、二人で一緒に商店街のほうにでも行かないか?」

 部活を終えた今日この日、私は澪先輩からお誘いを受けた。
 特に断る理由はないし、断る気もまったくないので、

「はいっ、ご一緒します」
「よーし、じゃ行こっか」

 なんだろう、澪先輩から誘ってくれるのはもちろん嬉しいけど……今日はただそれだけじゃないような?




「さてと……何か要望はありますか、お姫様?」
「え?」

 まばらに人が行き交う商店街の入口に着いた所で、澪先輩は私にそうたずねてきた。

「せ、先輩? 要望って……?」
「ああ、今日はホワイトデーだからな。
 バレンタインのお返しになにか一つ、梓の要望に応えようと思って」
「えっ……でも」

 それならもう、部活で他の先輩達と一緒にいる時にクッキーをバレンタインのお礼ということで、もう頂いたのだけど……?

「あれはあくまでみんなと同様、梓の先輩としてのお礼さ。
 今度は梓の恋人として、お礼に何か一つ梓の要望に応えたいんだ」
「せ、先輩っ」

 恋人として、なんて言われたからだろうか。
 今更ながら改めてそう言われると、急に心臓がどきどきして、頬がなんだか熱くなってくる。

「無茶なことでなければ基本的に応えるからさ、言ってくれ。
 何か食べたいものがあればおごるし、欲しいものがあればプレゼントするよ」
「そ……そんな、えっと……」
「変に遠慮することはないぞ? さ、言ってくれ」

 しかし、そう言われてもすぐにはなかなか思いつかない。
 でもせっかくの澪先輩のご厚意をむげにするのも失礼だし……。

「あ、あのですね……じゃあ……」
「うん、なんだ?」




「ふふっ、梓らしいといえば梓らしいけど……これでいいかな?」
「はい……温かいです」
「家にきて、ぎゅって抱きしめてください、なんて」

 私の家、居間にあるソファ。
 そこで私はソファに座る澪先輩の膝の上に座らせていただいて、後ろからぎゅっと抱きしめてもらっている。

「だって……最近あまり澪先輩と二人でいられなかったから……だから……」

 ただこうして、澪先輩に甘えたかったと。
 せっかく先輩が私の要望に一つ応えてくれると言ってくれたのに、頭に思い浮かんだ願望がそれだけなのは何だか間抜けなような気もする。

 ――けど昔から、私は小さい体格に反して何かと強気で、勝ち気で、生意気な性格が災いして。

 おかげでよく人から「小さいのに可愛くない」とか「小さいくせに生意気」などと言われ、人に甘えることが出来なくて。
 いや、誰かに甘えるということ自体を考えようともしなくなっていて。

 そんな私でも心から甘えたいと思い、甘えられる人が――。

 そんなコトを考えていると、

「梓」
「え? せんぱ……んっ」

 そっと振り向かされると澪先輩の顔が目の前にあって、唇には温かく柔らかな先輩の唇が重ねられていた。

 少し驚きながらも、先輩が目を閉じて私を優しく抱きしめながら私だけを感じているのを見て、私もゆっくりと目を閉じて先輩だけを感じる。

「ん……ん……」

 目を閉じながらのキスは視界が塞がれているからか、全身に澪先輩の存在を感じさせた。
 触れ合う唇、そこから伝わる先輩の温かさと柔らかさがすごく心地好くて。

 何より、すごく優しくて、幸せで、心がとけていきそう――。




 ――どれくらいそうしていたんだろうか。

「梓……」

 ゆっくりと唇が離れていくのと同時に静かに目を開けると、澪先輩は目を潤ませ、頬を赤く染めながらも柔らかな笑みで私を見つめていた。
 ちょっぴり目頭が熱くて、頬も熱い感じがする私もきっと、同じような表情をしているだろうなって思う。

「澪先輩」
「ん、なに?」

 私の言葉に優しく聞き返してくる澪先輩に、私は、

「――大好きです……澪先輩」

 先輩が優しくキスしてくれたからだろうか。
 今までになく、穏やかな心で。
 まっすぐに先輩の目を見ながら、好意を口にすることが出来た。

「私も大好きだよ……梓。
 こうして梓が私の傍にいる……それだけで本当に嬉しくて、幸せだよ」
「私もです……澪先輩」

 お互いに深く染みいるような声でそう言うと、お互いにぎゅっと抱きしめあう。

「今日はずっと澪先輩に甘えたいです……甘えてもいいですか?」
「ああ……お姫様のお望みのままに」

 そうして顔を見合わせて、くすくすと笑うと、

「澪先輩……」
「梓……」

 どちらからともなく目を閉じてもう一度、キスをした。

 ――先輩の温もりと優しさが広がるこの瞬間、この時間に触れながら。

 私も心から優しくなっていけるような、そんな気がする――。

(FIN)
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