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みんなとの待ち合わせには少し早い時間だったけど、両親にいってきますと言い残して玄関を開けた。
するとまだ暗い歩道に、小さな黒い人影が立っているのが目に映った。

「どうした梓。何かあったのか」

あわてて駆け寄る。白い息が身体にまとわりつく。昨日から雪が積もるほどの寒さだったから。

「昨日、夜、テレビを見てたんです。そしたら……」

そのままうつむいて言いよどむ。

「そしたら……?」

できるだけ優しい声音で私は先を促す。すると再び梓が顔を上げる。

「ストレスやプレッシャーに一番効き目があるのは『抱きしめてあげること』なんだって」

消え入りそうな声で。

「それで、今朝は本命の大学の受験日だから、きっと先輩もプレッシャー凄いんじゃないかと思って」

ひたむきな色をたたえた瞳で。

「だから、あの、もし私でよかったら、思いっきり抱きしめてくれてもいいです」

すっかり血色を失った唇を懸命に動かしながら。

「そのためにわざわざ駆けつけてくれたのか」

左手で梓の頬に触れる。まるで氷の彫像のように冷たかった。

「なんか自分でもバカみたいだと思うんですけど、これなら私でも役に立てるなって思ったら、いても立ってもいられなくなって」

自分でも驚くほど自然に両手が出た。
すっかり冷え切った梓の小さな身体をそっと抱きしめる。
早朝とはいえ、どこかで誰かが見ているかも知れないが、かまうもんか。

「いったいどのくらい待ってたんだ」
「ついさっき来たところです」

可愛いウソだった。
彼女の頭や両肩にうっすらと雪が積もってる事実には突っ込まないコトにする。
私の方が泣いてしまいそうだ。




「電話でもメールでも、連絡くれればよかったのに」
「断られるかなと思って。こんなコトしてたら、なんか引かれちゃいそうですし」

腕の中でモジモジしてる梓がとても愛おしかった。ホントにお前はもう。

「もしそんなことを言う奴がいたら、一人残らず私がぶん殴ってやる」
「そんなことしてたら、受験どころじゃなくなっちゃいますよ」
「いやそれ、冗談だから」

どうやら真剣に心配してくれているらしい。
困ったような笑顔を作ると、ようやく梓もそれに気づいたらしく、バツの悪そうな表情を浮かべる。
その時、ふところの携帯がぶるっと震えた。
身体を離して携帯を取り出し、画面を確認する。
昨日のうちに、家を出る時間をセットしておいたアラームだった。

「そろそろ時間だ。それじゃ、行ってきます」
「受験、頑張ってくださいね」
「うん」

そう言って歩き出そうとしたところで、ちょっとステキなことを思いついて振り返る。

「そうだ、来年は私が梓に抱かれに行ってあげるよ」
「ふふ、楽しみにしてますねっ」

こくんとうなずく梓の顔にも、ようやく小さな笑みが戻った。

(おしまい)