そして17歳になった先輩と

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mioazu

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貴女はどこから来たの。貴女はどこへ行くの。私たちはいったい、何。

    ◇  ◆  ◇

「なんですか、このお祭り騒ぎ……」
「やっぱり梓は知らないか」

呆然とする私に対して、苦笑いを浮かべながら、澪先輩はそんな反応を示した。

先日の約束に従ってやってきた公園の光景は、いつものそれとはまるで違っていた。
普段はロクに人気もないのに、今日に限って何十人という見物客が集まっている。
半分以上は子どもだろうか。
その中心では正月飾りのたぐいや、だるまの人形なんかがうず高く積み上げられ、今にも紅蓮の炎で焼き尽くされようとしていた。
まるでキャンプファイヤーか何かのようだ。ただし、かなり場違いな。

「『どんど焼き』って言うんだ。聞いたことはない?」
「ごめんなさい、全然知りませんでした」

イマイチ状況が呑み込めず首を左右に振る私へ、澪先輩が解説をしてくれた。

「その年に飾ったかど松やしめ縄とか、書き初めで書いた物を持ち寄って焼くんだよ」
「どうして、そんなことするんですか」
「かど松やしめ縄って、もともとは歳神さまを出迎えるっていう意味があるんだ。で、それらを焼くことによって炎と共に天にお返しする、というわけ」
「そうなんですか……」

こくこく、と私は小さな子どもに返ったように相づちを打つ。
それを横目で見ながら、さらに澪先輩の解説は続く。

「それから、焼いた時の灰を持って帰って家の周りにまくと、その年の病を除くって言われてるんだ」
「澪先輩って、ホントそういうコト、よく知ってるんですね」
「いやまあ、これは親や近所の人たちの受け売りみたいなもんだけど」

再び澪先輩の笑顔に、ほんの少しだけ苦いモノが混じったのを、私は見逃さなかった。

「小学生の頃は、しめ縄飾りを集めたり、それを山と積み上げたり、その時の炎でお餅を焼いて食べたり、最後にお掃除の手伝いとか、まあイロイロさせられたもんだよ」
「律先輩と……ですか」
「まあ、そうだな。わけもわからず無理やり連れてこられてさ。なんせこういう人がいっぱい集まるのだけでも苦手なのに、あいつってすぐ目立つことするだろ。
だからイヤだったな、あの頃は」

ふふ、と懐かしそうに笑う。先ほどまでの屈託は、もうどこかに消え去っていた。

「地方によっては名前が違ったり、そもそもやってなかったりって所もあるらしい。だから梓が知らなくても仕方ない」
「なるほど……」

それからしばらくの間、私はお餅をほお張りながら、無言で立ち上る炎を見つめていた。
もしかしたら、天に返る歳神さまの姿が一瞬でも見えるかも、なんて期待しながら。
もちろん、そんな奇蹟的なことが起こるはず、ないんだけどね。




頃合いを見計らって、私はふところから小さな紙包みを取り出す。

「ところで澪先輩。これ、バースデープレゼントなんですけど。今のうちにお渡ししておきます」
「え……ああ。ありがとう。開けてもいいか」
「はい、どうぞ」

中身を見た澪先輩の顔に、満面の笑みが広がる。
いろいろ考えた末に、私のバースデーの時にいただいたウサギと同じくらいの、小さいサイズのヌイグルミを選んでみたんだ。

「カワイイ黒猫だな。まるで梓みたいだ」
「そ、そんなことないです」
「いやいや、全然あるって。ありがとう、大切にするよ」

そんなことを言いながら、笑顔で私のことを見つめてくれる。
恥ずかしさに耐えられなくなって、つい顔を背けてしまう。
でもよかった、喜んでもらえて。

「あれ、これは……バースデーカード?」

だけど、そんな澪先輩のつぶやきを聞いた瞬間、私の浮ついた気分は一瞬で吹き飛んでしまう。

 ──先輩の何から何まで、大好きですっ!

やっぱダメだ。あんな頭のねじの外れたような文面。読まれたら絶対ヘンな子だって思われる。

「あ、やっぱりそれ、ナシです。返してください」

あわててカードを取り返そうと手を伸ばす。だけど今日に限って、澪先輩はちょっと意地悪だった。

「ダメダメ。私だって梓にカード送ったじゃない。えーどれどれ」

笑いながら澪は両手を高く伸ばし、頭上でカードを読もうとする。
必死に阻止しようとしたけど、残念ながら私の身長ではとても届かない。

こうなったら最後の手段。ごめんなさい、澪先輩っ!!

 ──むにゅ。

着ぶくれした服の上からだというのに、自分の両の手のひらに、それはもう予想以上の手ごたえを感じる。それに一瞬遅れて。

「ひやああぁぁぁぁあああ!!」

それはもう情けない澪先輩の悲鳴が、辺り一帯に響き渡った。




さっきの騒ぎの時に、どうやら足首をひねったらしい澪先輩を後ろに乗せて、私は自転車で先輩の家に向かっている。

「また梓に助けてもらっちゃったな」
「いえ、元はと言えば私のせいですし。でも、またって、何のことですか」

意味が分からず、私は問い返す。

「覚えてないか。去年の学祭ライブのこと。梓は私に喝を入れてくれたじゃないか」

脳裏によみがえる。あの時の、真っ青だった澪先輩の顔と、すがるような目を。

 ──私が力の限り支えて見せますから。だから、澪先輩もがんばってください

とっさに口走った台詞。あの時はただ、澪先輩を元気づけようと思っただけなのに。

「今となってはいい思い出だけどな」

そう言って澪先輩は小さく笑う。

思い出。

それを聞いた瞬間、力いっぱい頭を殴られたような気がした。
そうか。澪先輩にあって、私にないモノ。
それは『思い出』だ。

この街の、公園の、道路の、草や木や鳥や空や、律先輩をはじめとする友だちや、その他のありとあらゆるモノ。
その全てに澪先輩はたくさんの思い出があるんだ。

でも私には、それがない。

いつの頃からか。
同性代の子と遊ぶことに嫌悪感を覚え。
くだらない連中と軽蔑するようになって。

親たちの世界にあこがれ。
音楽だけをひたすら追い求め。

その結果が、これなの?

空っぽの私。
音楽のコト、ギターのコト、それ以外の何も知らない、空っぽの私。

目の前が暗くなっていく。
絶望の鎖が私を縛り上げていく。

遅いよ。今さらそんなこと気づいたって。

遅いよ。もう取り返しつかないよ。




「そんなことない。今からだって遅くないよ」
「へ……?」

その時だった。壊れかけた私の心に、思いがけない澪先輩の言葉が響いたのは。

「すいません。あの……今なんて?」
「今からだって遅くない、そう言ったんだ」

小さな、しかしきっぱりと自信に満ちた声で、澪先輩はそう言い切った。

「空っぽだなんて嘆いてるヒマなんかないぞ。これから作ろう。一緒に探そう。二人で集めよう。もうたくさんですって悲鳴を上げるくらいの思い出を」

すっかり干からびた地面みたいな私の心に、ゆっくりと、でも確実に、先輩の言葉が染み渡っていく。

「それともその相手が私じゃ、不足か?」

 センパイ トノ オモイデ ヲ──。

息が苦しい。
こらえ切れない。
心臓がバクハツしそう。

お願いですからやめてください。
そんな優しいコト言わないでください。
だって自転車の運転中なのに、そんなコト言われちゃったら。

もうダメ。
前が、見えない。
涙があふれそうで。

いろんな意味で限界に達してしまった私は、かろうじて道路脇に自転車を停めるという奇蹟をなしとげた。偉いぞ自分。

「どうした」
「ちょっと、目にゴミがはいっちゃって」
「そっか……」

その直後、腰に回された先輩の両手に、一段と力が込められるのを感じた。

「そんなに……掴まなくても大丈夫ですよ。停まってるんだから揺れたりしません」
「そうじゃない。梓が落っこちないように支えてるんだ」
「もう、そこまでドジじゃありませんよ」

震える声でそんな憎まれ口を叩きながらも、本当はわかってた。
私が今にも崩れそうなのわかってて、支えてくれてるんだってコト。

「でも、ありがとうございます」
「いちいち気にするな、そんなこと」
「はい」

背中いっぱいに広がる澪先輩の、まるで春の日差しのような優しさに包まれながら、いつの間にか私は、ほんの少しだけ泣いていた。

まったく、今日の先輩は、ちょっとだけ意地悪ですよ──。




    ◇  ◆  ◇

一度自宅に戻り、改めて身支度していたら、机の上の携帯がぶるっと震えた。

「澪先輩……?」

メールの内容は、さっきのバースデープレゼントに対する簡単なお礼だった。
ただ最後の一行のところで、私の目はすっかり釘づけになってしまう。

 ──ありがとう。私も梓のコト、大好きだよ(*^_^*)

大好き。大好き。大好き。

「えへへへっ」

鏡の中の自分の顔が、これ以上ないというくらい緩んでいることに気づいて、あわてて気を引き締める。
これからまた出かけるんだから、こんなキモい姿を他人に見られるわけにはいかないしね。

だがメールの画面を閉じようとして、何かその文面に引っかかるものを感じた。
何度か深呼吸して、さらに何度か読み返して、ようやくその違和感の正体に気づく。


あれ? 『私も』って何だ。『も』って。


今まで澪先輩に向かって『好き』とか『大好き』とか口走ったことなんか、一度もないはずなのに。
なのに、なぜ『も』なのか。ひょっとして先輩には、私の心の中の声も聞こえてしまうのだろうか。

いや、いくらなんでもそんなはずない。
どちらかというと、そういうのはかなり鈍い方の部類のはずだし。
でも、それじゃいったい……。

 ──先輩の何から何まで、大好きですっ!

「あ」

致命的な失敗に気づいた瞬間、確かに聞こえた。
さーっという自分の血の気が引く音が。

「バースデーカード取り返すの……忘れてたああぁぁぁっ!!」

もうやだあ。これから澪先輩の家に行かなきゃいけなのに、いったいどんな顔して会えばいいのよ。
うっわー、恥ずかしいにもほどがある~。
結局、時間ぎりぎりになるまで、私は自分の部屋でずーっとのた打ち回っていた。

もうっ、今日の先輩は、メチャメチャ意地悪ですよっ──。




    ◇  ◆  ◇

貴女はどこから来たの。どこへ行くの。私たちはいったい、何。


そんなの知りません。
それがわかれば苦労はしません。
きっと一人一人理由も目的も行き先も違うし。
出会い、共に歩み、いずれは別れていくんですよね。

だけど私がこの世に生を受けた理由、それだけはわかってます。

もちろんそれは。

貴女と出会うため。
貴女の後輩になるため。
貴女を先輩と大声で叫ぶため。


いつまで行けるでしょうか。
いつまで走り続けられるでしょうか。

どこまで行けるでしょうか。
どこまで走り続けられるでしょうか。

できることなら、どこまででも一緒に駆け抜けたいです。
いつまででも一緒に駆け抜けて行きたいです。

たとえ世界の果てまででも。
この世の終わりまででも。
行けるところまで。
最後の最後まで。


そうです、貴女こそ秋山澪。
美しく可愛らしい、私の最強の先輩。

そして私は、そんな貴女を『先輩』と呼ぶ幸運を得ました。
それはとても誇らしいコトで、すごくうれしいコトで、でも少しだけ怖いコト。

優しげな視線で見つめられるたびに思うのです。
私はお役に立ててるでしょうか、期待に応えられてるでしょうか。
融通のきかない石頭っぷりを発揮して貴女を落胆させてはいないでしょうか。

貴女にいつでも笑っていてほしいんです。
貴女の期待を少しでもかなえ続けたいんです。
だから私も力の限り走り続けようって思うんです。

さあ、これからどこに行きましょうか。
お望みでしたら、どこへだっていっしょに行きますよ。

いつまでも、どこへでも、どこまでも。

貴女が私のことを後輩と認めてくれる限り、絶対に──。

 (おしまい)
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