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バレンタイン・ストーム ~その1 対立要因~

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mioazu

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 よろしい、ならば戦争だ。

    ◇  ◆  ◇

 自分の席のサイドにスクールバッグを引っかけて、ほっと一息つく。半ば凍りついていた身体がようやく融けはじめる。気温的にはそれほど暖かくはないはずだけど、校舎の中はもう天国と呼んでもいいくらい。特に最低気温が氷点下を記録した、今朝のような日であればなおさらだよね。

 高校生になって最初の二月がやってきた。もちろん季節は冬たけなわ。地球温暖化の危機ってよく聞くけど、いったいどこの世界の話だろうって思っちゃう。ここしばらくは最低気温が氷点下になることだって決してめずらしくない。コートなしで登校なんて自殺行為だ。だけどこの気候とは裏腹に、毎年この時期になると激烈な戦いが繰り広げられることになる。

 そ。明日は2月14日。いわずと知れた『バレンタインデー』だ。きっと日本の女子なら三歳児だって知ってるはずだよね。

「ねえねえ、バレンタインどうする?」
「みんなでつくりっこしようか」

 最近はクラスメイトの間にも、どこかうわついた空気が漂っている。女子高ではそんなの関係ないと思ってたんだけど、最近は友だち同士でもチョコをやりとりするのはわりと普通だし、まあそういうのもアリなのかもしれない。さすがに夜更かしして前夜に集まり、手作りチョコを作って送るほどの気合はないけどね。

 でも、チョコかー。

 木枯らしの吹く窓の外の寒々とした光景をぼんやりと眺める。こんな時でも、やっぱり思い起こされるのは澪先輩の笑顔だ。もし私がチョコあげたら喜んでくれるかなぁ。それとも迷惑に思われちゃうのかなぁ。うーん……。

 その時。

「何真剣に考え事してるのー?」

 ──ドキッ!!

 心臓が跳ね上がる。いつの間にか憂が机に両ひじをついて、自分の身体をあずけていた。下から見上げるような姿勢で、いたずらっぽい笑顔を浮かべながら私のことを見つめている。

「べ、別にバレンタインの事なんか考えてないんだから!!」

 両手で口を押えたけど、もちろんもう遅い。し、しまったーっ。もうバカっ。私のバカっ!!

「あはは、バラしてるバラしてる」

 そう言いながら憂は、いつもの人懐っこい笑みを見せてくれた。

「それで、誰にあげようと思ってるの?」
「う……」

 それでも憂の追及は単純かつ明快、しかも容赦がない。あううう、ど、どうしよう。まさか澪先輩にあげたいだなんて、とてもじゃないけど恥ずかしくて言えない。たとえ相手が憂でも。

「えっと……軽音部の先輩達にいろいろお世話になってるから、お礼に渡そうかと」

 ということにしておこう、うん。我ながら百点満点の模範解答だ。ところが憂はそれに対しては何のリアクションも示そうとしない。なにやら期待に満ちた表情で、穴が空きそうになるくらい私のことを見つめている。

 あーはいはいわかったわかった。目は口ほどに物を言うって、まさにこういう状態のことだよね。

「もちろん憂にもあげるわよ。手作りのヤツ」
「えへー」

 そう答えると、憂はとろけるような笑顔を浮かべた。どうでもいいけど、そこまで嬉しいのか、私からチョコ貰えるのが。なんか微妙に間違ってるぞ、イロイロと。でもこういうところは、やっぱ唯先輩と姉妹なんだなあと思ったり。

 ま、いいか。こういうのは勢いだしね。しょうがない。あんまし料理とか得意じゃないけど、いっちょ気合入れてみるか。

「よーし。こっそり作ってみんなを驚かせてやるぞー」
「わー」

 小さな拍手で憂が歓迎してくれた。それはありがたいんだけど、その前に私にはどうしても釘を刺しておきたいことがあった。

「というわけで、誰にも言っちゃだめだよ!?」

 私は憂の両肩をがしっとつかみ、さらに彼女の両目をにらみつけるようにしながら念を押した。放っておくと、なんでもかんでも唯先輩に報告しかねないからな、この子は。

「うん、わかったけど……」

 そう言いながら憂は後ろを振り返る。あれ、そういえば。いつになく教室が静かなような。

「クラスのみんなにはバレちゃったみたい」
「ああっ!?」

 いつの間にか私たちはクラス中の注目を浴びてしまっていたらしい。みんながみんな、私たちのことをニコニコしながら見つめてた。好意的な視線という、ひょっとすると死に至るほどの恐るべき物理的圧力を、ひしひしと肌で感じてしまう。

 ……つか、ぶっちゃけ死にたい。恥ずかしいにもほどがあるよ。

    ◇  ◆  ◇

 放課後の部室で繰り広げられるお茶会は、今ではすっかり軽音部の日常となってしまった光景だった。だけど今日ばかりはこの時間も思うように楽しめない。というのも、朝からいろいろ考えているうちに、ひとつの重大な問題に突き当たってしまったからだ。

 そもそも澪先輩って、部室であんまりお菓子食べてない。

 ひょっとしたら甘いものが好きじゃないとか、そういう理由だろうか。もしそうだとすると、せっかくのバレンタインの計画が根本から崩壊してしまう。もし好きでもないものを贈られても心の底から喜べると主張する人がいるとしたら、それはよほどの聖人君子か、さもなきゃ自分でも気づいてないくらい真正の偽善者に違いない。

 などと考えをめぐらせているうちに、いつの間にか私は澪先輩のことを見つめてしまっていたらしい。

「ジッとこっち見てどうしたの?」

 けげんそうに澪先輩が、私のことを見つめ返してる。

「は、まさかっ!」

 その表情がみるみるうちに驚愕へと変化していく。そんな、まさか、バレンタインのこと考えてたのに気付かれたっ!?

「ひょっとして今朝コンビニで買った焼きそばパン(20%OFF)のラベルが私の髪にくっついてるとかっ」
「なんでそこまで具体的なんですかっ!」

 ……あ、しまった。つい反射的に突っ込んでしまった。なんとかフォローしなくちゃ。引きつっていた表情筋を理性の力でねじ伏せ、苦労して笑顔を浮かべる。

「いやその、安心してください。別に澪先輩の髪に何かついてるとか、そういう話じゃありませんから」
「それじゃいったい……?」
「あの、澪先輩って甘い物好き……」

 ところが私の質問は、時ならぬギターの大音響でかき消されてしまう。振り返ると、レスポールをかかえてノリノリの唯先輩の姿が目に入った。

「ふぅ。今日は何か練習がはかどるぜ」

 ちょっと唯先輩、なんで今日に限って部室でギターかき鳴らしてるんですか。かっとなった私は、思わず唯先輩のことを怒鳴りつけてしまう。

「うるさーい! 静かにしてください! 大事な話してるんですっ!!」
「ええええっ!? いつもと違う!!」

 仰天する唯先輩の反応に、ようやく私は我に返った。

 ……ああああ、またやってしまった。両手で頭を抱える。しかしすぐに別の視線が私に注がれていることに気づいた。

 顔を上げてあたりを見回す。椅子にふんぞり返った律先輩が、私に向かって見るからに挑発的な視線を投げかけていた。しかも口元には不敵な笑みまで浮かべている。それを目にした瞬間、私の奥底にどうにもうまく言葉にできない予感が生まれた。

「おい梓。今からそんな調子じゃ、明日が思いやられるぜ」

 この律先輩の一言で、先ほどの予感は確信へと変わった。それはひょっとすると、原初の時代からDNAレベルで受け継がれた、女としての本能に基づいた警告なのかも知れない。

「負けませんから、律先輩」

 もしこの確信を無理やり言葉にすれば、きっとこんな意味になるのだろう。

 バレンタインデーが終わるまで、貴女は敵だ──。

 (つづく)
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