心の重なり

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mioazu

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「……い、せんぱい」

 ――誰かが私を呼んでいる。

 私を呼ぶ声に深く眠りに落ちていた意識がゆっくりと、確実に浮上していく。

「ん……うーん……」

 重い目蓋を開け、顔を上げると最初に飛び込んできたのは赤い陽射しに染まった教室と、そして日本人形のようにしなやかな長い黒髪――

「あっ、起きましたか? 澪先輩」
「あずさ……?」

 どうして梓が三年の教室にいるのか。
 起きぬけの頭ではその答えは出せずにいると、

「もうすぐ下校時間ですよ、先輩」
「え、わわっこんな時間になるまで眠ってたのか!?」

 梓の言葉に教室の時計を見ると、もう5時半を過ぎようという所だった。
 梓が起こしてくれなければ6時を過ぎても眠っていたかもしれないな……。

「先輩、どうして教室で眠ってなんて?」
「あ、ああ、それは……」

 ――ちょうど今はテスト期間中で最近は夜遅くまで勉強していてちょっと疲れてたのに加え、今日は最後の授業が体育だったからもうクタクタで。
 それで帰る前にちょっと一眠りしようと思ってたのだが……こんな下校時間になるまで眠ってるなんて、自分で思ってた以上に疲れてたのかな。

 とりあえず梓に自分が教室で眠っていた経緯を話す。

「……とまあ、そんなわけでさ」
「そうだったんですか」
「けど、梓はどうしてこんな時間まで学校にいたんだ?」

 今はテスト期間中で部活もないので、梓が学校に残っている理由は特にないと思うのだが……。

「あ……私は家だとその、レコードとかギターに気をとられてあまり勉強に集中出来ないので、さっきまで図書室の方でずっとテスト勉強していて。
 一通り勉強が終わって、今帰ろうとしていたんですけど靴箱に先輩の靴があったので……」

 少々気恥ずかしそうに話す梓。
 家にいると音楽関連に気をとられて勉強に集中しにくいと言う辺り、何だか梓らしくて微笑ましい。




「それで教室まで見に来てくれたのか。すまないな、梓」
「いえっ、そんな」
「せっかくだし、これから一緒に帰っ……あっ」
「きゃっ先輩!?」

 椅子から立ち上がろうとした所、足元がふらつき危うく倒れそうになったのを梓に支えられた。

「大丈夫ですか、先輩?」
「あ、ああごめんっ、まだ目が覚めきってないみたいだ」

 正面から梓に覆いかぶさるようになってしまい慌てて身体を離そうとした所、

「あ、あのっ!」
「どうした?」
「そのっ……もうちょっとこうしていたいっていうか……あの……」

 梓は私の制服の袖を掴み頬を赤らめ、もじもじとしながら小声でそんなお願いを口にしていた。

 ちょっと恥ずかしいけど、恥ずかしがりながら私なんかに甘えようとしてくれる梓はいつも以上に可愛いかったので、

「……ああ、わかった」
「澪先輩……」

 お願いに答え、梓をぎゅっと腕の中に抱きしめる。
 梓の小さい身体はこうして抱きしめていると予想以上に華奢で、力を入れすぎたら折れてしまうんじゃないかと思うほど。

「いつもごめんな、梓」
「えっ、何がですか?」
「いや……私はいつも梓に迷惑かけてるなって思ってさ。本当にごめん」

 こんな小さい身体にいつも迷惑をかけていると思うと、自分が情けなくて申しわけなくて。何ともいたたまれない気持ちになる。
 しかし、

「いいえ、そんなことないです」

 背中に回った細くも柔らかい腕にじわじわと力が込められ、梓の柔らかさと温かさが伝わってくる。

「私は先輩が傍にいてくれるだけで、なんだか心があったかくなって、嬉しいんです」
「梓……」
「だから、そんな卑屈に考えないで下さい。澪先輩には澪先輩にしかない良さと優しさがあるんですから」

 優しく、身体に深く染み入るような声で私に言ってくれた。




「……ありがとう、梓」
「えへへ……」

 そっと梓の頭を撫でると、梓はくすぐったい笑みを浮かべて喜んでくれた。

「もう少しこのまま抱きしめててもいいかな、梓」
「はい……嬉しいです、澪先輩」

 そうして温もりを分かち合うかのように互いに目をつぶり、身体を抱きしめあう。

 ――こんな私でも、せめて二人きりの時ぐらいはいつでも梓をこうして包んであげられるようになりたい。

 少しの間、夕日に染まった教室で二つの人影は一つに重なっていた――

(FIN)
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