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 ――あたたかく、柔らかな光が降り注ぐ白い世界で、一人の小さな少女を抱きしめている。

 ぴったり重なっているお互いの体はまるで磁石が引き合っているかのように強く離れがたいものを感じ、私はずっと彼女を自分の手元に置いておくかのように、ぎゅっと腕の中に収めていた。

 ふと、腕の中の少女がわずかに身じろぎして私を見上げる。

 ――ごめん、苦しい?

 私の問いに少女は小さく首を振り、にこっと微笑む。私も微笑み返す。

 と、腕の中の少女が目を閉じて、ほんの少しだけ唇を突き出した。
 キスしやすそうな、可愛い形をした唇が私の目の前にある。

 いいのかな、と思いながらも私は目の前の唇の感触を味わいたくて、そっと唇を近づけ――




 ジリリリリリ………!

「………はっ!!」

 けたたましい目覚まし時計の目覚まし音で、はっと目が覚め反射的に体を起こして腕を伸ばし、目覚ましを止める。

「はぁ……はぁ……」

 目覚ましこそ止めたものの、長距離走でも走ったかのような私の荒い息遣いはまだそう簡単には止まらなかった。
 いくら夢とはいえ私、あの子とその、キスを――

 思い返して、ぼっ、と首から上に一気に血液が集まり、両耳から蒸気でも出てきそうな感じになる。
 今なら風邪をひいたわけでもないのに私の頭に水の入ったヤカンでも置いたらいい感じにお湯が沸かせそうだ――いや実際にそんなことは無理だろうけど。

「……って、早く学校に行く準備しないと!」

 先程までの夢を振り払うかのように私は布団を畳むといつもより多く顔を洗うためにも、部屋を出て洗面所を目指した。




「はあ……」

 あれからいつものように学校に向かい、いつものように授業を終え、放課後を迎えていた。
 が、一息つくと今朝見ていた夢が頭に思い浮かんできてしまい自己嫌悪からか無意識に溜め息がもれたりしてしまっているようで、

「なんだ? また溜め息か、みおー」
「今日の澪ちゃん、ため息が多いね~どうかした?」
「澪ちゃん、大丈夫? 何か悩み事?」

 部室でお茶を飲み始めた時も、どうやら溜め息がもれていたらしく皆が心配そうに気にかけてくれていた。

「ん、ああ大丈夫。なんでもないよ」

 私は無理に笑顔を作ってごまかす――さすがに内容が内容なだけにみんなに言えるわけがない。

「しかし今日の体育のフットサルでの澪、大活躍だったなー」
「うんうん! 積極的に前に出て3ゴールも決めて……はっととりっくっていうんだっけ?」
「なのにゴール決めても平然としていて……あんなにクールで格好いい澪ちゃんになら、抱かれてもいいわ~」
「理想を抱きながら溺れ死のうか、ムギ」
「ひどいわりっちゃん!」

 三人の話に、単に今日は体を動かしている方が下手なこと考えずに楽だったから……とぼんやり心の中で思っていると、

「すいません、日直の仕事で遅れました!」

 部室にやってきた梓の声にどきん、と心臓が跳ねる。

「おお~おそいよ、あずにゃん!」
「ひゃっ、今日も相変わらずですね唯先輩……」

 いつものように抱き着く唯を引き離しつつ、席に着こうとする梓と極力顔を合わせないようにするが、

「どうしたんですか? 澪先輩」
「あ、梓」
「顔が赤いですよ? もしかして熱があるんじゃ……」

 私の様子に気付いた梓が、心配そうに私の顔をのぞき込んできた。

「――――」

 ――それが、今朝見た夢の光景を鮮明に頭の中に思い返してしまい、

「ち、ちょっと屋上で頭冷やしてくる! 私の分のケーキ、誰か食べて構わないから!」
「み、澪先輩!?」

 慌てて梓から離れ、私はそのまま部室を飛び出してしまっていた。




「全く……何やってるんだろ、私」

 屋上に吹く穏やかな風が沸騰していた頭を少しずつ覚ましていく。
 手すりに掴まりながら、先程慌てて部室を飛び出してきた自分の行為を思い返してまったく自分が情けなく思う。

「梓が心配してくれてたのにそれを振り払うように出てきちゃったしな……」

 戻ったら謝らないと、と思うものの梓にまともに顔を合わせられない状態でどうやって?
 頭を悩ませていたところ、

「澪先輩」
「わわ、梓」

 ガチャリと屋上の扉が開く音とともに、梓が私の元にやってきていた。

「急に部室を飛び出していったから、びっくりしちゃいましたよ」
「ああ……ごめんな」
「それで……何があったんですか?」
「…………」

 言いたいのは山々だけど……その悩んでいる内容に梓があまりに深く関わっているので、他のみんな以上に口に出来ない。
 少しの間私が無言でいると、

「私で良ければ、何でも聞きますから……悩み事があるなら溜め込まないで言ってほしいです」

 私の制服の袖を握りながら、梓が優しい目で見上げてきていた。
 まいったな……梓は時々、すごく優しくなるから困る。

「気持ちは嬉しいけど……私が梓とキスする夢を見たから上手く梓と顔を合わせられない、なんて言えないよ」
「えっ……? 澪先輩と私が、キスをする夢?」
「え? ……あ!」

 な、なんて間抜け!
 言えないと言いつつ、梓に優しくされたからかポロッと口に出てしまった……!

「せ、先輩あのっ……」
「ああなんだ、その……」




「……そういうわけで、厳密に言えばキスをする直前で目が覚めたんだけど」
「そ、そうだったんですか」
「まあ、だからその……ごめんな」

 つい口に出してしまったこともあり、私は梓に朝見た夢の内容を顔に熱が集中しながらも話すしかなかった。
 話を聞いている間、梓は私と同じように頬を赤く染めながら話を聞いていたが……やっぱり夢とはいえ嫌だったろうな。




 お互い沈黙が続き、少しの間屋上に吹いている風の音だけが耳に聞こえていたがふと、

「先輩は……嫌だったんですか? 私とキスするの」

 梓は私に、そんなことをたずねていた。

 ――梓とキスするのが嫌? 私が?

「ま、まさか! 少なくとも私は梓が相手なら嫌がったりなんて」
「私だって、嫌じゃないです」
「え……?」

 そう言うと梓はぽすん、と私に身を預けてきた。

「あ、梓?」

 まるで子供が甘えるかのように抱き着いてきた梓に戸惑いながらも、そっと抱きしめ返す。

「私、初めてキスする相手が澪先輩ならどんなにいいかって思ってましたから、だから……」
「梓……」

 小さくもあったかい梓を腕の中に抱いている内になんだかすごく幸せな気分になり、胸がドキドキする。
 にも関わらず、なんと梓に言葉を返すか、頭ははっきりしていた。
 梓にここまで言わせて私が関係ない言葉ではぐらかすわけにはいかないし、何よりごまかすこともしたくなかった。

 ――だから、

「――好きだよ、梓。愛してる」

 ――ごく自然な感じで、梓への好意を口にしていた。
 恥ずかしがりで引っ込み思案な自分からすれば考えられないぐらいすらりと告白の言葉が出て、これも梓が相手だからなのかな、なんて密かに心の内に思ったりした。

 一瞬、梓の息を呑む音が聞こえたが、

「――私も大好きです、澪先輩。ずっとずっと、大好きでした」
「梓……」

 私の梓に対しての好意の言葉に、梓もまた私に好意の言葉を返してくれた。
 同時に私を抱きしめる梓の腕に力がこもり、私もまた強く、ぎゅっと梓を抱きしめる。

「ごめん、苦しいかな?」
「大丈夫ですよ、先輩」

 私の問いに梓は顔を上げて小さく首を振り、にこっと微笑む。私も微笑み返す。
 と、

「澪先輩……」

 腕の中の梓が目を閉じて、顔を上げながらほんの少しだけ唇を突き出した。
 頬を赤く染め、そしてキスしやすそうな可愛い形をした梓の唇が私の目の前にある。




 キスしてもいいのかな、というためらいはもうない。
 私もまた目を閉じ、そっと顔を近づけて――

「ん……」

 ――静かに、唇と唇が重なり合った。

 唇から伝わる梓のあったかさと柔らかさが、これが決して夢ではなく現実のものだと私に認識させた。

 しばしの間、唇を通して梓だけを感じたのち、唇が離れると目と鼻の先で見つめ合う。

「キスって今までしたことなかったですけど……こんなに甘くてあったかくて、幸せな気分になるんですね」
「うん……でもやっぱりキスしてこんなに気持ちがいいのは、相手が好きな人だからだろうな」
「も、もう、先輩ったら」
「ふふっ、照れてる梓も可愛いくて好きだぞ」
「んもう……えへへ」

 抱きしめながら、よしよしと頭を撫でてあげると梓はまた嬉しそうに微笑んでくれた。

「……と、そろそろ戻らないと流石にみんなが不信がるな」
「そ、そうですね」
「じゃあ、行こっか」

 そうして梓と手を繋いだまま屋上を出ようしたところ、

「ま、待ってください」
「どうした?」
「戻る前にその、もう一度だけ……キス……」

 梓がごにょごにょと小さな声で、もう一度キスしてほしいと私にお願いしていた。

「ん、了解」

 お願いに答えるため、私はそっと梓の両頬を両手で包む。

「ファーストキスの相手が梓で本当に嬉しいよ、私」
「私も澪先輩が相手で本当に嬉しいです……」

 そうして私はありったけの親愛を込めて、梓ともう一度唇を重ねた――。

(FIN)