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貴女はどこから来たの。貴女はどこへ行くの。私たちはいったい、何。

    ◇  ◆  ◇

「むぐっ……!」

カラン、と右手に持っていたフォークを床に取り落とすと、そのまま唯が口とノドに手をあてて目を白黒させ始めた。

「おい唯、大丈夫か。なんかすっげー顔色悪いぞ」
「むごごぐっ……!」
「まあ大変、きっとケーキがノドに詰まってしまったのね」
「んむごぎぐごぐっ……!」

心配そうに律とムギが唯を顔をのぞき込む。
だけど私の見たところ、当の唯はそこまでせっぱつまってるような感じじゃなかった。
強いていえば小学校の学芸会でも見せられてるような気分とでもいおうか。

「あの、そういうことなら、とりあえず飲み物でも──」

心配そうに自分のカップを差し出そうとする梓を、あわてて律が両手で制止する。

「いいや梓、そういう素人の生モノは食中毒のモトだっ」
「それを言うなら『生兵法は怪我の元』だろ」

いまひとつわかりにくい律のボケに、つい私は突っ込んでしまう。
これはもう長年の付き合いで形成されてしまった一種の条件反射みたいなものだ。
その間も唯はむぐぅむぐぅとヘンな声を上げ続けている。

「やっぱり、保健室に連れて行った方がいいと思うんだけれど」
「お、今ムギがいいこと言った。よし、さっそく唯を保健室に連れて行こう。ムギも手伝え」
「え……あ、そっか。お、おー」
「というわけでっ! 私たちはちょっと保健室まで行ってくるからっ! 澪と梓は部室で留守番よろしく!」

そう言い残して、どこかおかしなテンションの律と、妙に棒読みなせりふ回しのムギは、相変わらずうめいている唯を両脇から抱えると、そそくさと部室を出て行ってしまった。

「……なんなんですかね、あの三文芝居……」
「さあ……」

残された私たちは、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべるしかなかった。

それでなくても五人しかいない軽音部にとって少々広すぎる音楽準備室である。
たった二人しかいない状態では、嫌でも晩秋の空気を強く感じさせられてしまう。

机の上には、すでに元の半分くらいの大きさになってしまったホールケーキ、
そのための五人分のお皿とカップ、それにクラッカーなどさまざまなパーティグッズとかが散乱している。
もちろんお皿の上には、食べかけの取り分けた食べかけのケーキが所在なさげに乗っかっていた。

中でも異彩を放っているのは、唯たちが梓への誕生プレゼントと称して持ってきた、いろいろな種類のポッキーたちだ。
小学生じゃあるまいし、そろいもそろっていったい何を考えてこんなものをチョイスしてきたのだろうか。
きっと律あたりの発案なのだろうけど。

それにしても見れば見るほど、まるでお祭りのあとの光景のようだった。
先日終わったばかりの学祭の惨状に比べればまだしもだが、もしさわ子先生あたりに見つかったら文句のひとつも言われそうではある。




「それにしても今日のケーキは、なんか一段と気合はいってるな」

なんとか場をつなごうと、私はとりあえず目の前のケーキのことを話題にした。
普段から『余ってるから』などといってムギがいろんなお菓子を持ってきてくれているが、今日のケーキは明らかにそれとは一線を画している。

「そうですね。こんな豪華なの、なんかちょっと申し訳ないような」
「それは別に気にしなくていいんじゃないか。なんせ梓の誕生日なんだし」

照れくさそうな笑顔を浮かべる梓に私は応じた。
要するに本日、つまり11月11日は我らが軽音部で唯一の一年生、中野梓の16回目の誕生日なのである。
それでなくても何かにつけて騒ぎたがるみんなが、この絶好の口実……いやイベントをスルーするはずがなかった。

「今日だって、みんな梓の誕生日をお祝いしようって気持ちは本物だろ」
「それはそうですけど、こうお祭り騒ぎになるのは……もうちょっとなんとかなりませんかね」
「そういうの、梓は苦手か?」
「そうかもしれないですね。今まであんまり、同年代の仲のいい人たちにお祝いしてもらうなんて、ほとんど経験なかったので」

なんとも複雑な表情を浮かべながら梓は答えた。胸の奥がちくりと痛む。

基本的に真面目すぎるのだろう、この子は。

いつでもどこでも全力疾走。それ自体は悪いことじゃない。
だが周りはたまったものじゃないだろう。誰も彼もが力の限り走れるわけじゃないのだ。
彼女がそういうことを周囲に強要する性格じゃないことはわかっている。
けど考え方、いや生き方自体があまりにも違いすぎるのだ。
多少そりがあわないと敬遠されることがあったとしても仕方がないかもしれない。

たとえば自分の感情を抑えてしまうところとか、それにスキンシップが苦手なところとか、何より昔のことを語りたがらないこととか。
思い当たることはいくつもある。

もし小学校時代に律と出会えなかったとしたら、はたして私はどんな人生を歩むことになっていただろうか。
目の前の彼女を見つめているうちに、その思いが膨れ上がりはち切れそうになる。

「でもこういうのだって、悪くはないだろ」

こんなとき唯なら、ぎゅっと抱きしめてやるのだろう。
もし律なら、くだらないジョークで場を盛り上げてやるのだろう。
きっとムギなら、ただ黙って優しく見守ってやるのだろう。

では、私は……どうすればいい?




「はい、それはもう。学祭ライブもちゃんと盛り上げるところはさすがです」
「もっとも唯には、ずいぶん冷や汗かかされたけどな」
「ホントですよね。直前に風邪を引いて寝込むわ、当日はギターを忘れてくるわ」

台詞だけを聞くとただの恨み言だが、くすくすと笑いながら話す彼女には、もうそれほどの悪感情は残っていないように見えた。
もっとも学祭ライブの当日、奇蹟的に復活した唯に向かって半泣きになりながら「最低ですっ」と叫んでいたのも、半ば安堵の混じった照れ隠しだったに違いない。

「それでも本番だけはちゃんとやってのけるんだからな。大した奴だよ、ほんと」
「まったくです。不思議な人ですよね。ホント」

私の脳裏に、ギー太を背負って観客席に姿をあらわした唯の姿がまざまざと浮かび上がった。
どこか遠くを見つめるような表情を浮かべる梓も、きっと似たようなことを思い出してるのだろう。

「それにあの時は、梓も頑張ってくれたしな。最高のリードだったよ、あの時のお前は」
「本当ですかっ!」

一転して梓が気色満面になる。ホント、可愛いなあ。
それになにより、梓がステージ上でテンパってた私に声をかけてくれたから、なんとか『ふでペン』を歌えたんだしな。
本当に感謝してるんだぞ。

ああ待てよ、これはチャンスかもしれない。

「そうそう、ちょっと待ってて」

自分のスクールバックからキレイにラップした小さな紙包みを取り出す。

これを渡していいモノかどうか、今の今まで迷ってた。
他のみんながそろいもそろってプレゼントにポッキーを持ってきているのに、
自分一人が明らかに違うモノを手渡すのにはかなりの抵抗を感じていたからだ。
だけど部室に梓と私だけというこの状況なら、誰にも見られずに手渡せる。
考えようによっては絶好のタイミングだった。

「ところでさ、実は梓に渡そうと思って」
「な……何ですか、これ」
「誕生日おめでとう」
「え……」

一瞬だけ狐につままれたような表情になるが、すぐにそれが笑顔に変わる。

「あ、ありがとうございます!」
「まあ別に大したもんじゃないけど、気に入ってもらえると嬉しいな」
「今すぐ開けてもいいですか」
「いいけど、ちょっと恥ずかしいかも」

まるでクリスマスプレゼントをもらった幼児のような勢いで、彼女が中身を取り出す。

「うわぁ、カワイイーっ!」

それは彼女の手にすっぽり収まるくらいの、それはそれは小さなウサギのヌイグルミだった。

「けっこうあちこち探したんだよ、そのウサギ」

ショップに並んでいたもののうちで、わざわざ一番カワイイのを時間をかけて慎重に選んだのだ。
既製品なんだからみんなおんなじだろ、などと思ってはいけない。
よくよく見るとみんな少しずつ表情も身体つきも違うのだから。




「あれ、これは……」

しばらくの間ヌイグルミに夢中になっていた梓が、ようやく紙包みの中の封筒に気づいた。

「ん、それはバースデーカードが入ってるんだ」
「へえ。今読んでもいいですか?」
「え、と……」

心が揺れる。
これを書いたときは深夜のテンションも手伝って最高の出来だと思ったのだけど、
改めて冷静に考えるとメチャクチャ恥ずかしいことしてる気がしてきた。

「やっぱダメ、ですか?」

自分の顔にも困惑があらわれてたのだろう。懇願するような表情を梓が浮かべる。
まいったな。そんな目で見つめられちゃったら、とてもじゃないけど断れないじゃないか。

「その、絶対笑わないって約束してくれる?」
「もちろんです」

そう言うと梓は、ピンクを基調にしたハートマークまみれの封筒からそっとカードを取り出す。
せめてもう少しおとなし目のデザインにしておけばよかったかと後悔するが、今さらとっくの昔に手遅れだ。

笑顔でカードに目を落とした梓の表情が、しだいに真顔へと変わっていく。
それほど長いメッセージではないのだからすぐに読み終わるはずなのに、なかなか顔をあげようとしない。
どうやら何度も何度も読み返してようだった。
身を切られるような沈黙の時間が続く。
何この放置プレイ。やっぱりメチャクチャ恥ずかしい。逃げ出したいよ、もう。

「これって、『ふでペン ~ボールペン~』ですよね」

ようやく顔を上げた梓が、ぽつりとそんなことを呟いた。
頬を朱に染め、ほんの少しだけ紅くなった目を、まっすぐ私に向けながら。
かすかに声が上ずり、カードも小刻みに震えていた。

そっか、わかってくれたんだね。うん、正解だよ。もっとも半分だけね。

「これまで誕生日ってあんまり感慨なかったんですよね」

窓の外の紅葉まっさかりの景色に目をやりながら、梓がそんなことを言い出した。
茜色が加わった陽光に照らしだされた彼女の姿はどこか神秘的で、むしろ神々しさすら感じられる。
ふと『妖精』という単語が頭をよぎった。決して大げさな形容とは思わない。
それほどまでに人間離れした美しさを辺り一面にまき散らしていたのだから。

「でも今年の、今回の誕生日は凄くうれしいんです」
「どういうこと。理由を教えてくれるかな」

再び視線を私に戻した梓の顔には、これ以上ないというほどの満面の笑みが広がっていた。

「だって私、ようやく先輩に歳が追いついたんですよ?」
「ああそうか、16歳になったから、か」

そう。次の私の誕生日は来年の1月15日。それまで私と梓は同い歳というわけだ。




「目標で、理想で、あこがれで、その上カワイくて、たくさんのファンがいて。
どれをとっても敵わない先輩に、ようやくひとつだけ肩を並べることができたんです」

真顔でそんなことを言う。悪いけど、それはいくらなんでも買いかぶりってもんだ。
この怖がりで臆病者の私には、あまりにも過ぎた評価だよ。

だけど。

できることなら梓が思い描く理想に、ほんの少しでも近づきたい。
きっと梓の先輩でいることが、ふさわしい先輩でい続けることが、
おそらく私にできる、彼女にしてあげられる、たったひとつの恩返しなのだろう。

「もっとも2か月後にはまた先に行くけどな」
「そしたら私はまた後を追いかけます」

きっぱりとした口調で梓が言い放つ。まばゆいほどの自信に満ちた顔で。
だがその表情もたちまち消え失せ、今度は一転して不安そうな口調で話し出す。

「あの、それで、一つだけお願いしても……いいですか?」
「いいよ。私にできることなら、なんだって。可愛い後輩の頼みだからな」
「それじゃ……」

どこか迷うように言葉を区切ってから、再び彼女が口を開いた。

「もう一度、澪先輩のヴォーカルで『ふでペン ~ボールペン~』が聴きたいです。あの時の学祭ライブの時みたく。もちろんリードは私で」
「いいよ。じゃあみんなが戻ってきたら……」
「いえっ!」

すると梓はめったにないくらい強い調子で私の言葉をさえぎった。

「その、それはさすがに恥ずかしいので、できれば今……お願いします」
「ならみんなが戻ってくるまで、ふたりで演奏するか」
「はいっ」

笑顔で返事する梓に対し、私の胸中はほんの少しだけ複雑だった。

やっぱりこれだけは言えないよね。あの学祭ライブの『ふでペン ~ボールペン~』。
あれだってお前のために、お前に向かって歌ったんだってことだけは──。

    ◇  ◆  ◇

「ワン、ツー、スリー!」

私の掛け声にあわせて、梓のムスタングがすさまじい咆哮をあげ、部室全体がまるで地震のようにビリビリと震える。
私も負けじとベースを奏でながら渾身の力を振り絞って声を張り上げる。

目の前の光景ががらりと一変する。
鮮やかな色彩を伴なって過去の出来事がよみがえる。

それは先ほど手渡したバースデーカードに書き連ねた、ささやかな私の想いにほかならなかった。




 ──ふでペン FUFU
 ──ふるえる FUFU
 ──はじめてキミへのGREETING CARD

ねえ、知ってるかな。私と君がこうしてバンドしてるって、わりと凄いことなんだ。

 ──ときめきPASSION
 ──あふれてACTION
 ──はみだしちゃうかもね

ちょうど私より1年遅れで君が生まれてくれたから。
親御さんがジャズバンドをしてくれてたから。
小学4年の時にギターを習い始めたから。

 ──キミの笑顔想像して
 ──いいとこ見せたくなるよ
 ──情熱をにぎりしめ
 ──振り向かせなきゃ!

私がベースを始めたから。
進学先に桜高を選んだから。
律が文芸部の入部希望届を破っちゃったから。

 ──愛をこめて スラスラとね さあ書き出そう
 ──受け取ったキミに しあわせが つながるように
 ──夢を見せて クルクルとね 字が舞い躍る

軽音部が廃部寸前だったときにムギが見学に来てくれたから。
半ばあきらめてた時に唯が入部してくれたから。

 ──がんばれふでペン ここまできたから
 ──かなり本気よ☆

嫌がる山中先生が最終的になんとか顧問を引き受けてくれたから。
学祭のときに和が講堂使用の許可を取り付けてくれたから。
初めての学祭ライブが大成功だったから。

 ──ふでペン FUFU
 ──無理かも FUFU
 ──くじけそうになるけど

そして翌年、やはり君が桜高に入学してくれたから。
憂ちゃんと新歓ライブを聴きに来てくれたから。
演奏に感動して入部してくれたから。

 ──手書きがMISSION
 ──熱いわTENSION
 ──印刷じゃつまらない

みんなが度肝を抜くようなギターテクを持っていてくれたから。
自分の理想と違ってても我慢してついて来てくれたから。
君の笑顔が見たいと一生懸命部活を盛り上げたから。

 ──ハネるとこトメるとこ
 ──ドキドキまるで恋だね
 ──これからもヨロシクね
 ──ひとことそえて




そんなささやかな幸運の積み重ねがあったから、
私は君という後輩を得ることができたんだ。

 ──はしゃぐ文字は ピカピカにね ほら磨きかけ
 ──まっすぐキミの ココロまで 届けばいいな
 ──走る軌跡 キラキラだね そう乾くまで
 ──待っててふでペン ごめんねボールペンは
 ──おやすみしてて
 ──かなり本気よ☆

誰よりも頼りになる後輩。
私にとって特別な後輩。
たった一人の後輩。
最高の後輩。

 ──キミの笑顔想像して
 ──いいとこ見せたくなるよ
 ──情熱をにぎりしめ
 ──振り向かせなきゃ!

君のおかげでどれほど頑張れたか知れない。
この情けない先輩を支えてくれたことには、もう感謝の言葉も思いつかないよ。

この奇跡のような出会いを、私は誰に感謝すればいいのだろう。
この燃えるような喜びを、私はどうやって伝えればいいのだろう。

 ──愛をこめて スラスラとね さあ書き出そう
 ──受け取ったキミに しあわせが つながるように
 ──夢を見せて クルクルとね 字が舞い躍る
 ──がんばれふでペン ここまできたから
 ──かなり本気よ☆

だから今はたったの一言だけ。

ありがとう、梓──。




    ◇  ◆  ◇

貴女はどこから来たの。どこへ行くの。私たちはいったい、何。

そんなこと知らない。
それがわかれば苦労はしない。
きっと一人一人理由も目的も行き先も違う。
出会い、共に歩み、いずれは別れていくのだろう。

だけど私がこの世に生を受けた理由、それだけはわかってる。

もちろんそれは。

貴女と出会うため。
貴女の先輩になるため。
貴女に先輩と呼ばれるため。


いつまで行けるのだろう。
いつまで走り続けられるのだろう。

どこまで行けるのだろう。
どこまで走り続けられるのだろう。

できることなら、どこまででも一緒に駆け抜けたい。
いつまででも一緒に駆け抜けて行きたい。

たとえ世界の果てまででも。
この世の終わりまででも。
行けるところまで。
最後の最後まで。


そうとも、貴女こそ中野梓。
小さく可愛らしい、私の最強の後輩。

そして私は、そんな貴女に『先輩』と呼ばれる幸運を得た。
それはとても誇らしいコトで、すごくうれしいコトで、でも少しだけ怖いコト。

羨望の視線で見つめられるたびに思う。
私は目標なのだろうか、理想なのだろうか、あこがれなのだろうか。
くだらない醜態をさらして貴女を落胆させてはいないだろうか。

貴女にいつでも笑っていてほしいから。
貴女の期待を少しでもかなえ続けたいから。
だから私もまた力の限り走り続けるよ。


さあ、これからどこに行こうか。
お望みとあらば、どこへだっていっしょに行くよ。

いつまでも、どこへでも、どこまでも。

貴女が私のことを先輩と呼んでくれる限り、絶対に──。

(おしまい)